泥の中から銃を拾い上げて、目詰まりが無いことを確認する。
銃弾が突き刺さっているグリーフシードを優しく盾の中に収納し、泥に汚れていない瓦礫を探して座った。
撃鉄を起こし銃口をこちらに向けた後、銃を上下逆さにしながらグリップを包み込むように両手で持つ。
それから引き金に両手の親指を掛けて、自分の喉へ突き上げるようにして銃口を当てた。
ワルプルギスの夜のグリーフシードごと、わたしの盾が消滅すれば全て終わる。
わたしが死ぬことでもソウルジェムを破壊することでも同じだけど、綺麗なままでは…というのが一番の理由。
ぐっと引き金に掛けた親指に力を入れる。
次の瞬間、衝撃でわたしの頭が身体ごと跳ね上がった。
ただ…その衝撃は50口径の弾丸によるものではなく、殴られたような痛みを伴っていた。
右の頬から顎の辺りに熱い痛みが走る。
吹き飛ぶ最中、見えたものは一人の魔法少女。
邪魔が入った。
その事実が頭の中を一瞬で真っ白にする。
手の平から零れ落ちそうになっている銃をしっかりと掴みなおす。
空中で強引に上半身を捻って右目の端になんとか目標を捉える。
肩の関節から軋む音が聞こえるのも構わず、右手を伸ばして目標の頭部へ照準を合わせるのと同時に引き金を引いた。
射撃の反動で右手がちぎれるかと思うぐらいに後方へ引っ張られる。
受け身を取ることもままならず、わたしはそのまま地面へと叩きつけられて転がった。
泥の冷たさが、わたしの頭を冷やす。
口の中がじゃりじゃりとして非常に不愉快だ。
今の魔法少女は見覚えがあった。
切り揃えられた青い髪。
無駄に露出の多い服装。
手に持つのは真っ白な刀剣。
おそるおそる顔を上げる…。
視界の先には頭部を破壊された美樹さやかが横たわっていた。
という予想に反して、そこに彼女は居なかった。
「グリーフシードを返して貰うよ」
代わりに居たのは…インキュベーター。
ワルプルギスの夜のグリーフードを取り出そうと、触手のような耳をわたしの盾に突っ込んでいる。
転倒した拍子に盾を手放してしまったようだ。
…考えることが多すぎて纏まらない。
分かっているのは、わたしが美樹さやかの頭部を撃ち抜いた…ということ。
美樹さやかの形をしたものに、殺意を持って引き金を引いたという事実は変わりない。
殺そうとした。
幻覚?
私が美樹さやかを。
何度目だっけ?
そして、その事実から…もっと良いことを思いついた。
死ぬよりも、もっと良いこと。
「契約をしましょう、インキュベーター」
膝に手を付きながら立ち上がる。
「契約?」
インキュベーターが盾をまさぐるのを止めて、こちらを見た。
感情を持たない不気味な赤い目が、こちらを真っ直ぐに見つめる。
「わたしは金輪際、貴方の邪魔をしないと誓う。だから、代わりにグリーフシードを処理しなさい」
「断れば?」
「全ての魔法少女を消し去ってやるわ、この手で」
手の平を掲げるように突き出す。
薄い紫に光るソウルジェムがとても綺麗。
「まどかが契約したとしても?」
「無論、殺してあげる」
即答できた自分に少し戸惑う。
「ひとつ、聞いてもいいかい」
インキュベーターが少し間を置いてから遠慮がちに言葉を発した。
わたしは沈黙で肯定する。
「君は僕達を嫌っているはずだ。君が契約を違わないという確証が欲しい」
「…あなたのことは嫌いではないわ」
恨んではいるけれど、と前置きをして率直に答える。
わたしの答えを咀嚼するようにインキュベーターが目を瞑って俯いた。
たっぷりの沈黙。
「さぁ、契約してよ、キュゥべぇ」
子供がお菓子をねだるように、急かすように、右手の手の平をインキュベーターに向かって差し出す。
「……分かった、契約は成立だ。グリーフシードを渡してくれ」
投げつけられた盾を受け取り、そこからグリーフシードを2つ取り出して投げ返す。
インキュベーターは器用に耳を使ってグリーフシードを上空へ弾き飛ばした後、落下してきたそれらを背中の口で飲み込んだ。
瞬く間に空が本来の青さを取り戻す。
長い長い夜がようやく明けた。
思わず空を仰ぐ。
ずっと夢を見ていた光景。
「転校生」と呼ぶ声がした。
よく知っている声。
わたしを転校生と称するのは一人しかいない。
けれど、その子は…死んだはずだ。
わたしが先ほど殺したはずだ。
わたしが何度も殺したはずだ。
でも。
魔法少女なんてものが居るぐらいだもの、幽霊だって居ても不思議ではない。
空を見上げるのを止めて、声がした方に振り向く。
美樹さやかが何でもない様子で立っていた。
「あら、随分と元気そうで安心したわ」
「あんたも相変らずだね」
インキュベーターが居なくなっていることに気が付く。
「都合が悪くなったから逃げたんじゃない?」
という美樹さやかの指摘は的確だ。
「それにしてもさ、あんな約束して大丈夫なの?」
「約束ではないわ、契約よ」
「何が違うのよ」
「説明しても貴女には理解できないから、しない」
「なにそれ酷い!」
キーキー喚く美樹さやかを放っておいて、再び空を見上げる。
空の青さが眩しくて目を細めてしまう。
「あんたさ、不思議に思わないの? あたしのこととか!!」
空を見上げたまま、視線だけを美樹さやかに送る。
そうね、貴女には聞きたいことも言いたいことも沢山あるけれど。
「いざ本人を目の前にすると、どうでもよくなってきたわ」
「…そうですか」
わざとらしく美樹さやかが大げさに肩を落とす。
「貴女、ずいぶんと馴れ馴れしいけど…わたしを嫌っていたはずでしょ?」
「そりゃそうだけどさ」
そう言う美樹さやかの目の奥に、僅かながら好意的な感情を見つける。
わたしの目には何が宿っているのだろうか。
見透かされるのが嫌でわたしは視線を外す。
不意に美樹さやかの真面目な声。
「ねぇ、転校生。もし行くとこないんならさ…」
そこまで言って、「やっぱり何でもない」と彼女は頭を振った。
魔法少女は生きている限り戦わなければならない。
魔法少女は死ぬ、その瞬間まで戦わなければならない。
申し出は有難いけど。と前置きをしてから、わたしは答える。
「罰を受けなければ…わたしはどこへも行けないわ」
「そっか」
「約束を破ろうとした罪への…罰」
「まどかは怒らないと思うけどな」
約束の相手を言い当てられて心臓が跳ねる。
この存外に聡い部分をもっと上手く活用すればいいのに。
「そんなの分かってる」
「あんたって、ほんと面倒くさい性格よね。ちょっとは周りの人を頼りなさいよ」
「貴女にだけは言われたく」
「ですよねっ!! 自分で言っててそう思ったよ…」
わたしの言葉を遮って、美樹さやかが頭を抱えてしゃがみこんだ。
かと思うと次の瞬間、勢いよく立ち上がり、空の彼方へ視線を向けた。
本当に落ち着きがないわ、この子。
「ホアさんだ」
美樹さやかの視線を追うと、小さくミデア(だったかしら)が見えた。
徐々に大きくなるホバリング音。
わたしの口から「あっ」と声が漏れた。
美樹さやかが怪訝そうな顔をしてこちらを向く。
彼女との約束…忘れていたわ。
ああいうタイプは根に持ちそうだから…面倒なのよね。
さっさと終わらせましょう。
「彼は無事?」
「えっ?」
「あの青い機械人形のパイロット」
「アランさんのこと? うん、コックピットの中で気絶してるだけだけど」
「そう、それは良かった。それじゃ、彼らによろしく」
「会っていかないの!?」
「あまりイレギュラーなことはしたくないから」
嘘だけど、ね。
「それと…ありがとう、と」
「……うーん、まぁいっか。分かった伝えとくよ。じゃあね、転校生」
美樹さやかが軽く手を上げた。
わたしもそれに右手を小さく上げて応える。
それを契機に美樹さやかが青白い光となって霧散した。
「ええ、また」
と、誰に聞かせるわけでもなく呟いた。
それからすぐに足に力が入らなくなって、手の震えが止まらなくなった。
今からのことを思うと、怖くて堪らなくて、叫びだしてしまいそう。
けれど、
さようなら、
優しさと勇気と希望で溢れた世界。
座り込んで目を瞑り…盾に手をかけながら…まどかとの約束を想う。
そして、
こんにちは、
血と硝煙と絶望で塗れた世界。