暁美ほむらの受難   作:tihiro

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諦めた約束

多分、ここは夢の世界。

 

見渡す限り、真っ白な何もない空間が続く場所。

目の前にはテーブルが寂しそうに置かれている。

突っ立っているのも何なので、わたしはテーブルの前に腰を下ろした。

地面はふかふかとしていて、気持ちいい。

テーブルはガラス製で実用的でない三角形…って、これ巴さん家にあったやつじゃない?

 

だからここは夢の世界。

夢が覚めれば、わたしはまた戦場へと向かう。

 

それまでは少しだけ休んでもいいかな。

ね、まどか。

 

 

 

「お邪魔するよ」

暫くするとキュゥべえがやってきて、テーブルの上で猫みたいに丸まった。

 

それからもう一人。知っているけど知らない人。

猫みたいに丸まっているキュゥべえを、ホアさんが猫を摘まみ上げるように持ち上げる。

 

「お行儀が悪いですねぇ」

そう言って、キュゥべえをぽいっと投げ捨てた。

放り投げられる途中のキュゥべえと目が合って、なんとも言えない感覚を覚える。

着地したキュゥべえは何事もなかったかのようにトコトコと戻ってきて、今度はテーブルの下で丸まった。

テーブルを挟んでわたしの反対側にホアさんも座る。

 

しばらくの沈黙。

ホアさんはニコニコしてこっちをじーっと見てる。

キュゥべえは目を瞑って尻尾をぱたぱた。

んー、気まずい。

 

「け、結局、『えぐざむ』とはなんだったんですか?」

沈黙を破ろうと絞り出した言葉がそれだった。

もっと他に言うべきことがあるでしょう、わたし。

 

「EXAMシステムとは、簡単に言うとニュータイプに対抗するためのシステムですね」

ホアさんの返答の中に聞きなれない言葉があった。

 

「ニュータイプ?」

「新人類、と言った方が分かりやすいかな。宇宙という新しい住環境に適応した人類のことだよ」

今度はキュゥべえが答える。

 

「人類が宇宙に住む…!?」

「はい、宇宙コロニーという大きな建造物の中で生活しています」

「ホアさんも宇宙に行ったことあるんですか?」

「ええ、何度か」

はぇー、すごい世界があるもんだ。

 

あれ?

「…なんでキュゥべえがそれを知っているの?」

テーブルの下を覗き込んで質問する。

 

「観測するぐらいなら僕達の科学力ででも出来るさ」

なるほど。

 

「説明を続けるよ。彼らは物理レイヤーではなく精神レイヤーでコミュニケ―ションを取れるんだ」

レイヤー…?

また、聞きなれない言葉が出てきた。

 

「簡単に言うとテレパシーで会話が可能だってことさ」

わたしの表情を察してキュゥべえが補足をいれてくれた。

 

テレパシーで会話が可能ってことは…

「それならキュゥべえ達もニュータイプなの?」

「僕達は違うよ」

首を振って否定される。

 

「他にニュータイプの特徴としては、未来予知に似た勘の鋭さなどが挙げられますね」

顔を上げると、いつのまにかテーブルの上にはティーポットがあって、ホアさんが紅茶を入れながら教えてくれた。

いい匂いがする。

紅茶の匂いにつられたのかキュゥべえがテーブルの下から這い出てきて、わたしの隣に座った。

 

「そんなニュータイプに人類…便宜上、旧人類としておくよ。その旧人類が恐怖を感じたんだ。ニュータイプによって淘汰されるんじゃないかって」

「いじめられっ子の発想ね」

って巴さんが言ってた。

 

「それは僕には良く分からないよ」

「でも、それでニュータイプに対抗するために作ったのがEXAMシステムなんです」

目の前に紅茶の入ったカップが置かれる。

手を合わせて、頂きます。

 

「…EXAMシステムの具体的な特徴と言えば、やはり機体性能の向上だろう。それもとびきりの」

ちらっとホアさんの顔を見てからキュゥべえが話を続ける。

 

「一体どういう仕組みなんでしょうねぇ」

「興味深いことには間違いないけれど、調べようがないからどうしようもないね」

ホアさんとキュゥべえの、のんびりとした会話。

なんか不思議な感じがする。

 

「あ、そういえばあの機械人形のパイロットの人は無事ですか? 助けて頂いたのにお礼もできなくて」

「3人とも元気ですよ。ほむらさんに会いたがってましたけど、他に用事があって」

「しかし機械人形って呼称は随分と古めかしいね。素直にロボットって言えばいいのに」

「機械人形だよ、あんな大きなロボットがあるわけないじゃない」

「君の基準は良く分からないよ」

やれやれと言った感じでキュゥべえが項垂れて首をふる。

 

「ホアさん達は何者なんですか?」

紅茶を一口すすってから別の質問をする。

美味しい。けど、少し濃いからか甘いものが欲しくなってきた。

 

「私達は地球連邦軍広域特殊対応MS部隊第1小隊。通称『SRT-ユニット1』です」

「軍人…なんですか?」

「もっともユニット1自体は既に解体されているので軍属ってわけではないのですが…愛着がありますから」

「なんで見滝原に?」

「気がついたら、この辺りに居たんです。まぁ私達の世界では、別世界に移動することなんてよくあることですから〜」

えぇ…よくあるんだ…。

 

「一番可能性が高いとしたら契約による願いだろうね、実際にそのような願いは過去に確認されている」

「それって、どういう願い…?」

「簡単じゃないか。『ワルプルギスの夜をやっつけてください』という願いさ」

「随分と回りくどい実現方法ですねぇ」

ホアさんがちょっと意地悪そうに口角を上げて、わたしの気持ちを代弁してくれた。

 

「それは君たちの願いが曖昧過ぎるせいだ。せめて時と場所ぐらいは指定してくれないと困るよ」

「インキュベーターの言いそうなことね」

美樹さんが突然現れて、テーブルの空いているところにどかっと座った。

それから、キュゥべえを詰め込んだら丁度良さそうな大きさの白い箱をテーブルの上に置いた。

 

「あれ、美樹さんって死んでたはずじゃ?」

油断していたせいか、頭に浮かんだことがそのまま口から出てしまっていた。

白い箱から赤くてまぁるいケーキを取り出していた美樹さんの手が止まる。

それから不思議そうな顔をしてホアさんの方を見た。

ホアさんは何も言わずただ優しく頷くだけ。

 

「僕からも質問させてもらうけど、君の姿は一体どういう原理なんだい?」

キュゥべえが質問を重ねる。

困惑気味の美樹さんがキュゥべえの方に顔を向けて答える。

ケーキはホアさんの手に渡り、人数分に切り分けられて、各人の目の前に配られる。

ベリー系のとっても美味しそうなケーキ。

頂きます。

 

「んーと、この姿は思念体みたいなもんなの」

「本体は別にあるということかい?」

「身体なら何処にも居なくなっちゃった。けど、心ならEXAMシステムの中にあるよ」

「システムの中?」

「なんかマリオンって子が『行くところないなら、ここに代わりに住んで』って」

「…システムの中に人間の魂か、ますます興味深い」

表情は変わらないけど、なんとなく悪巧みな雰囲気をキュゥべえから感じる。

ホアさんが何気なくキュゥべえの側までやってきて膝を曲げてしゃがんだ。

それからキュゥべえを摘み上げて、自分の顔と向かい合わせになるように持ち上げる。

そして暫く静止。

私からの角度では、キュゥべえが邪魔になってホアさんの表情は読み取れない。

何となくキュゥべえの毛が逆立って、ガタガタと震え始めた気がするけど?

 

それを見た美樹さんが慌てた様子で話を続ける。

「そっ、それからミノフスキー? ミノスフキー? とかいう粒子っていうのが有ってね、それと魔力を混ぜると…ほら、この通り! 美樹さやかちゃんが出来るのだっ!!」

なんと美樹さんの手のひらには小さい美樹さんが。

そして美樹さんが息を吹きかけると、小さい美樹さんはふぅっと消えていった。

 

「ソウルジェムが無くても魔力は使えるのか」

視線を美樹さんから戻すと、ホアさんが元の位置に戻って紅茶を飲んでいた。

キュゥべえもわたしの隣でいつも通りの様子。

 

「本来の用途は通信妨害らしいけど、ビーム兵器とか空を飛ぶのとかにも応用されているんだって」

「素晴らしい素材だね」

「実際、ミノフスキー粒子が実用化してからは戦闘方法が一変しましたしねぇ」

それがあれば、そのうちに魔法なんてものは要らなくなりそう。

 

「…って、ほむらっ!! ケーキばっかり食べてないで会話に参加しなさいよ!!」

美樹さんに怒られた。

キュゥべえは相変わらず無表情。

ホアさんは朗らかに笑っている。

なんかデジャヴ。

 

咀嚼中のケーキを急いで飲み込んで口の中を空っぽする。

そうしてから、引っかかっていたことをホアさんに尋ねてみた。

 

「ホアさん達がワルプルギスの夜を倒すためにやってきた、というのは理解出来たんですけど」

「まだ何か?」

「わたしとか避難所を守る必要があったんですか…? 負担になるだけなのに」

「それはユニット1が正義の味方だからだよ。ね、ホアさん」

美樹さんに同意を求められたホアさんが笑顔で応える。

 

「今度はこっちから聞くけど、ほむら。なんでアイツにまどかのことを任せたの?」

「あの時点で信頼できる魔法少女って言ったら、佐倉さんしかいなくて…」

そこまで言って、一旦区切る。

息を吸って、呼吸を整える。

 

「美樹さん、意地張ってグリーフシード受け取らないし…統計上、あの後に佐倉さんは美樹さんと共倒れになっちゃうから…」

残りのケーキをぱくりと一口で食べて、紅茶で流し込む。

 

「だったら美樹さんを…」

そこから先はあまり喋りたくない。

 

「…なんというか、その、すみませんでした…」

「僕とまどかの接触を防ぐという意味では良い選択肢だったと思うよ」

「それってフォローしているつもり?」

「別に僕は思ったことを言っているだけだからね」

なんとなくちょっと重たい雰囲気。

 

「まどかとの約束がそんなに大事なんだ」

にしてもさー、と前置きしてから美樹さんが重苦しい空気を振り払うように明るく喋り出した。

だからわたしも出来るだけ明るく返事をする。

 

「はいっ」

「うわ、めっちゃ良い笑顔…そんなんだから、あんたの『まどコン』っぷりがこっちの世界にも響いてくるのよ」

その言葉を聞いて、反射的に体が動いていた。

懐からハンドガンを取り出し、美樹さんの額に押し付ける。

セーフティーを外した後、今にも引き金を引きそうになっているのを理性で押しとどめる。

わたしってこんなに短気だったっけ。

 

「それは詳しく聞きたいですね」

「銃を向けずに話をしよう、ほむら」

無言のまま、美樹さんの目を見つめる。

 

「その前にさ、確認させてよ」

「…何を?」

「ほむらってガチなの?」

 

 

…ガチ?

あまり使わない言葉に、美樹さんの発言の意味がしばらく分からなかった、けど。

 

 

「……ああ、わたしのこの感情がそういうことと言うのでしたら」

美樹さんの喉がごくりとなった気がした。

ホアさんは何となく期待しているような目。

 

「貴女とまどかや志筑さんとの関係も、そうであると言うのですね?」

「インキュベーター!!」

キュゥべえを掴んで勢いよく美樹さんが立ち上がった。

そして、そのままの勢いでキュゥべえをわたしの頭に叩きつけるように押し付ける。

非常に不愉快。

 

「魔法少女の語るサイコレズ的な精神波の流れを解析したところ、嘘は付いてないみたいだ」

「…マジ…で!?」

「美樹さんは本当に失礼です」

「いやいや、だって」

「わたしとまどかは友達です。それ以上でもそれ以下でもないです」

わたしの言葉に美樹さんは納得がいっていないようだった。

でも、ホアさんに促されて、しぶしぶといった様子でキュゥべえを床に置いて座る。

失礼しました。と言葉を添えてわたしも銃を放り捨てた。

 

「でさ、そうならほむらの幸せってなんなの?」

「まどかと…」

「まどか以外で!」

いつになく真剣な顔の美樹さんに少し気圧される。

 

まどか以外…考えたこともなかった…

 

「ほむらさんとまどかさん、二人が幸せになれるものを探してみたらどうでしょう?」

「…忠告、として受け取っておきます」

「約束だよ」

美樹さんが念を押す。

 

約束、という言葉を聞いて胸の奥が疼いた。

 

「さて、と。隊長からも連絡がありましたし、そろそろ失礼しましょう」

「ほらインキュベーター、あんたも行くよ」

と美樹さんが言ってキュゥべえを乱暴に掴んで立ち上がる。

キュゥべえは抗議するように身をよじって逃れようとするけど、なすすべなく美樹さんの小脇に抱えられた。

 

まどかの幸せって、

わたしの幸せって、

なんだろう。

 

「約束、忘れないでくださいね」

にっこり笑顔のホアさんが小首を傾げて、顔の横で両手をパチンと合わせた。

 

 

 

…今のは本当に夢だったんだろうか。

なんとなく心に棘が刺さっているような感覚。

 

でも早くしないと…もうすぐ、まどかが来ちゃうから。

 

さぁ、眼鏡を外して、

お下げを解いて、

ほら、ね。

まどかがやってきて。

 

 

 

やっと、捕まえた。

 

 

 

でも、なぜかしら。

このまま貴女の手を離すことの方が、貴女とわたしの幸せだと思えるのは。

 

ずっと気が付いていたけど無視していた。

本当は分かっていたけど胸の奥に蓋をして仕舞っておいた。

蓋をしていたのは「諦め」で、仕舞っていたのは「約束」。

そして、その蓋を開けたのも…「約束」。

 

わたしはまどかとの約束を守ろうとしていたけど、そうじゃなかった。

わたしの勝手な願いをまどかとの約束だと思い込もうとしていた。

勝手に約束して、勝手に諦めていた。

それに気が付いたら、なんだか無性に可笑しくって笑ってしまった。

 

だからわたしは手を離して、まどかを優しく抱きしめた。

やっと、まどかとの約束を果たせた気がした。


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