うちの鎮守府〜無能(自称)提督が着任してます〜   作:無貌のハサン

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うちの鎮守府〜無能(自称)提督が着任してます〜

2XXX年……人類は未曾有の危機に瀕していた。

深海棲艦。

突如海から出現した正体不明の敵の攻撃により、世界各国のシーレーンは崩壊。彼ら……否、彼女らが放つ特殊な航空機や対空兵装により、空輸すらままならなくなった。

退治しようにも現代兵器の効果は薄く、彼女らの物量の前に為すすべもなく、人類は衰退する一途を辿るかと思われた。

しかし希望はあった。

深海棲艦に(つい)になる存在にして唯一の対抗手段……「艦娘」が現れたからである。

彼女らの活躍により、人類は生きながらえる事が出来た。

これは、深海棲艦を相手に死闘を繰り返す艦娘と、彼女らを指揮する提督の戦いである!

 

(日常の話が多いとは言っていない)

 

 

 

 

 

提督とは一体何か?

人類を守護せし艦娘を操り、日々人類の為に戦う守護者である。

……というのが一般人における提督のイメージに当たるが実態は違う。

 

艦娘が十全に戦える様にする為の資材回収。

艦隊の備蓄と相談しながら艦娘の建造、装備の開発による戦力拡充。

任務終了後の艦娘たちへの修理(ケア)酒保(サービス)の提供etc. etc.……

 

とにかく艦娘のサポートをするだけで務まる仕事なのだ。

それだけでやっていれば人間性と自立心を持った艦娘達は勝手に行動してくれる。

そこにカリスマはいらない。

指揮能力も軍事知識も必要ない。

それ故に提督の人格も人種も問われない。

適性が最低限あれば、節度さえ守れれば誰でも良い。

だから。

だから……

 

「だから、提督辞めたいから誰かに代わって欲しい」

「しれーかーん、そのジョーク今日何回目ぴょん?」

 

とある鎮守府の提督室にて、後ろ向きな発言と、それに対してうんざりしている声が上がった。

部屋には二人。

一人は執務机に向かって両肘をつき指を組んで悩むポーズを取っている、海軍軍服に身を包んだ男。どこか老け込んだ雰囲気を持つこの男がこの鎮守府を『サポート』している提督であり、名は【アインハルト】という。

 

もう一人は執務机の対面のソファで寝そべっているややピンクがかった赤髪の艦娘。

睦月型4番艦【卯月】である。

 

 

「冗談じゃなくて俺は本気だ……そもそも俺は元会社員。軍事知識ほぼ皆無に等しいのになんで提督やっているんだ……その段階でおかしいんだよ……」

うな垂れた状態から更にうな垂れた状態になる提督。

そんな姿を尻目に、寝そべった状態で卯月が尋ねた。

「さっき、しれいかん『艦娘がやってくれるから軍事知識は必要ない』って言ってなかったぴょん?」

「それは最低限の知識があれば、の話だ。俺は全く知識がなかった」

提督はため息を吐くように否定した。

「上層部の提督たちに『君は何の為に提督になったのかね?女の尻を追っかけて居るだけで仕事が出来るとか考えているなら家に帰れ!』って怒られてな……」

「それは確かに怒られても仕方ないぴょん……」

はた、と卯月が気がつく。

「そう言えば、しれいかんはなんで提督になったんだぴょん?」

 

軍事経験もない、先ほどの辞めたい発言からモチベーションは皆無、使命感すら感じられない人間が何故提督になったのか?それは当然の疑問だった。

「今まで4年間勤めてて全く気づかなかったぴょん」

「以前言った様な……いや、話したのは龍田と大井だけだったか」

すまなかった、と謝るとつらつらと語り始めた。

 

 

「俺は、さっき言ったが会社員だった」

「ぴょん(←はい、の意)」

「何度も同じ仕事に失敗してな。信用を失った。仕事ってのは信用を失うと一気に拗れるんだ。人間関係も最悪の状態になって、仕事も回って来なくなった。仕事は取りに行くもんだって?斡旋してもらいに行ったら『無駄に仕事を増やすな』『話するのも苦痛だ』『今忙しいから他所へ行け』って取りつく島もなかった。いっそ辞めてくれとか言ってくれた方がどんなに楽かと……楽……かと」

「しれいかん?」

「オゲェええええ」

「しれいかん!?もうわかったぴょん、それ以上その事を話すのはやめるぴょん!!」

机の横に常備されていたバケツに向かって吐き始めた提督に危険を感じた卯月はそう諭すと、吐き続ける提督の背中をさすり始めた。

 

〜5分後〜

 

「ああ……助かった、礼を言うぞ卯月。吐くのを5分に縮められた。過去最短記録更新、これは快挙だ」

「どういたしましてって言いたいけど、話の後半のせいで有り難みが台無しぴょん……。そもそも吐いてる時点で快挙でもなんでもないし、何度も吐いてる経験があるって事自体がもうダメすぎるぴょん……」

「それで話の続きなんだが」

「もう話さなくても良いのに無理にしなくても……」

中途半端に話を終わらせるともっと気分が悪くなる、と卯月に言い聞かせると提督は話を続けた。

 

「まあそのなんだ。結局境遇に耐えられなくて3年後辞職してな。新しい職を探して彷徨ってた。ただ辞職した時のショックや働いてた時のトラウマで精神状態がボロボロ。身なりもボロボロだったような気もする。

まあそんな状態だったからを雇ってくれる所は当然なかった。で首でも括るしかないか、って考えてた時に声をかけられた」

割と重たい話や自殺を起こし掛けたという事実に、流石の卯月も『うわぁ……』と心の中でドン引きしていたが、何とか心を奮い立たせて先を促すことにした。

 

「声を掛けられたって誰にぴょん?」

「海軍関係者のスカウト」

「ああ、そこで提督に……」

「うん。まあ、その段階だと提督になるとは思いもしなかったんだが……」

「?どういう事ぴょん?」

言葉を濁した提督の態度に卯月は訝しんだ。

 

「その時言われた事が『女の子とお話しするだけでお給料が貰える仕事やりませんか?』だったんだよ」

「明らかにろくでもないキャッチセールスの謳い文句じゃないですか何考えてるんですか

ウチのスカウトとバカ提督は!?」

あまりの下らなさに卯月のガワが剥がれた。

はっとなった卯月は「ん、んっ……」と軽く咳払いをして取り直しを図る。

付き合いの長い提督は既に卯月の『キャラ作り』に関して知っているので、取り敢えず見なかった振りをして話を続けた。

 

「俺は心の中で『そんな上手い話は無いだろう』と解ってはいた……だがそれ以上にどうでも良くなっていてな。所謂自暴自棄という奴だ。スカウトはそれを知っててそんな風に声を掛けたんだろう。

一応スカウトに関してフォローしておくが、当時は提督の数が少なかったし、スカウトにもノルマがあった。だからそんな詐欺じみた行為に走らざるを得なかったんだ。

俺を誘ったスカウトは責任とって辞めているし、今じゃもうそんな事はされてないぞ」

話すのに疲れたのか、提督は椅子の背もたれにもたれ込んだ。

ギギ、とやや錆びついた音が鳴る。それは疲れ切った提督自身の心情を表しているかの様だ、と卯月は益体も無い事を連想した。

 

「そうして俺は提督になった。知識もなく、誇りもない。取るに足らない無能の提督に」

どうだ滑稽で面白いだろう?と提督は自嘲した。

「だから俺は提督に向いてないんだ。だから誰かに……」

「しれいかん」

静かに、しかしどこか怒りを宿しているような雰囲気で卯月が言った。

「それ以上言ったら流石のうーちゃんも怒るぴょん」

「………………」

「今更何言っても聞かないぴょんが……」

卯月は提督の机を指差した。

理路整然としている何の変哲も無い机である。

 

「普通の提督なら処理しきれない案件で書類がうず高く積まれてる筈なのに、殆ど片付けられてるのはどういう事ぴょん?」

「何の話だ?」

提督は怪訝な顔をしながら、あっけらかんと答えた。

 

「書類を全て整理するのは提督の仕事だろう?普通のことじゃ無いのか?」

それに後回しにできる案件を後回しにしてるだけで全部片付けてるとは言い難いしな、と提督。

「(少なくとも3日は処理にかかる案件を1日で全部整理するとか人間業じゃ無いぴょん)……じゃあ二つ目の質問ぴょん。しれいかんはここに勤めて何年目ぴょん?」

「そう言えば5年目になるな」

「辞めたいって言ってる割には続いてるのは何でぴょん?」

 

「引き継ぎの提督探してるからだ。お前らを路頭に迷わせる訳にはいかん。

ああ、ただ……なんでかわからんが、断られる事が多くてな。少なくとも俺より有能で能力も有るはずなのに……」

「(5年前は深海棲艦との戦いが本格化した年、つまり提督は明らかなベテランって事ぴょん。処理能力が高くて経験も豊富、そんな有能な人間を軍が手放すはずはないし、後任なんて見つかるはず無いぴょん)……最後の質問ぴょん。しれいかんは今も知識がない状態で提督業をやっているのかぴょん?」

「ん?ないに決まっているだろう。何を言っている」

さも当然、と言った具合に提督は続けた。

 

「まだ軍務規定や提督として習得しないとならない項目1万あるうちの8千までしか覚えきれていないんだ。艦種・装備・艦隊の運用、それぞれの艦の癖や付き合い方、他提督の心理掌握くらいは網羅できたが、他にも覚えなければならん。この5年間でそれが出来てない以上、俺は提督の知識は皆無に等しく、また提督の資格はない」

 

「それだけ出来れば十分有能なのになんでそんな卑下しか出来ないのかぴょん!?」

流石の卯月も突っ込まざるを得なかった。

しかしだな……と提督は弁解する。

「今でも知識が覚えきれてないことに関して指摘されるんだ。それくらいやっておかないと認められないということだろう」

「それ明らかに難癖つけられるところが無くてどうでもいいことに難癖つけられてるだけだぴょん!?なんで気がつかないんだぴょん……」

「知っている」

「……は?」

「どうでもいい事に難癖付けられているのも知っている。陰口も叩かれているのも知ってる。本気にしているつもりはない」

「なら……!」

「だが、難癖にも陰口にも文句にも正しさがある」

卯月は言葉を詰まらせた。

 

「俺の能力が低いせいで彼らにそんなことを言わせてしまっている。俺の有り様を正して欲しいから彼らは正しい事を言ってるんだ。俺はそれを無視する事はできん、言われてしまっている以上、それは正すべきだ」

 

「(絶句)」

「まあただ悪口を言っているだけ、という見方がない訳じゃないから安心しろ。だからこそ俺は提督になるべきではないんだ。それだけ批難を受けているという事は嫌われているという事だからな」

ダメだこの提督、こじれ過ぎて何言っても聞かないというか理解してる分余計タチが悪い……卯月は頭を抱えた。

「ほら、休憩はそれくらいでいいだろう。大淀を呼んできてくれ……おっと」

PRRRRRR……と机の上にあった固定電話が鳴る。提督は受話器を取ると「はい、こちらアインハルト鎮守府、提督です」と応対し始めた。

 

「ん?ああ、イクト提督か。リヴァイア提督の腹肉を突きたいだって?はいはい腹肉乙。

本題は?……ああ、改二にする艦娘を迷っているのか。以前、北上・大井・夕立・時雨を改二にしたと言っていたな。オススメなら甲標的が積めるようになる阿武隈辺りが……戦艦の榛名を改二にしたいと。メリットは十分にあるからやっていいと思うぞ?……うん、わかった。宜しくやってくれ」

 

PRRRRRR……

 

「はい、こちらアインハルト鎮守……リヴァイア提督か。はい取り乱さない取り乱さない。イクト提督はジョークを言ってるだけだし誰も君を殺そうとも貶めようとしてないから大丈夫。

……続けざまに言われてもわからないから一つ一つ言って行こうか。大丈夫、ゆっくりでいい。

………………ああ、上位の元帥に無茶な仕事を寄越されたのか。あの元帥殿は相変わらず部下に対して配慮に欠ける事をやるな。わかった、メールでその元帥と関係者に発信しとくからしばらくその件は保留して他の業務に集中してくれ。また困った事があったら連絡を頼むよ。じゃあ失礼する」

 

PRRRRRR……

 

「はい、こちらアインハルト鎮守府、提督です……ふくろう提督か。用件は資材が底をつきかけていることか?……なんで解ったのかって?そりゃ君の鎮守府からACが最低3回出撃しているのを観測しているし、作戦予定海域の敵殲滅報告を受けてるから流石にわかる。

ただでさえコストのかかる物を運用すれば資材も尽きるだろう。

それに敵を殲滅してしまったら他の艦娘の経験にならん。

……でも、じゃない。それほど君の艦娘は信頼に欠ける部下なのか?ああ、すまん、失言だった。

とにかく暫くの間業務を縮小化するべきだ。それで資材は回復できる。

それと艦娘の経験がなさすぎて今の戦況について行けてないのも問題だ。どうせスナイピング技術と新連邦軍の戦術しか教えてないんだろう。

いい機会だから何人かこっちに寄越すといい。講習と訓練の斡旋くらいロハでやるさ。特に君が「ヤンデレ化」したとか言ってる時雨と榛名を連れてこい。見てくれがマシになるくらいにカウンセリングしておくから」

 

 

「フーーーッ……」

受話器を置くと、提督は大きく息を吐いて背もたれにもたれかかった。

そしてひとりごちる。

「なんで無能で嫌われまくっている俺に、みんなはアドバイスを求めるんだ……」

「いい加減にするぴょんこのクソ提督」

 

〜完〜




ミクシイで投稿して評判良かったので、試しに投稿しました。
連載するかどうかは未定です(´・ω・`)

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