一夏が箒と共に教室を出て数分。
幻徳は己の席から動かなかった。
背中に那由多の視線を受けながらも幻徳は表情を変えない。
強いて言うなら、さっき一夏が立ち上がったタイミングでトイレに行けば良かったな、と後悔しているところである。
お腹、まだ痛い。
気晴らしに幻徳はポケットから三つの何かを取り出した。
手の平に収まるサイズの細長い容器である。
ダイヤモンドを模した水色の容器と鳥らしき生物を模した赤い容器。
振ると何か入っているのかシャカシャカと軽快な音が鳴る。
キャップ部分は回り、炭酸が抜けるような音がするがそれだけである。
そして、その二つとは明らかに異なる容器がもう一つある。
ダークパープルの色にワニの顎の様な形をした容器だ。
それは振っても何も鳴らないし、キャップを合わせても何も起こらない。
これがとある経緯で手に入れた………と言うよりは盗んだ物の一つだ。
もう一つは幻徳の着ている制服の内ポケットに入っている。
幻徳曰く『起動するとビリビリして痛い機械』らしい。
全くもって何に使うのか分からないが、手持ち無沙汰な時に容器をシャカシャカと振るのは中々解消になる。
今も幻徳はダイアモンドの容器を振っていた。
「ちょっとよろしくて?」
「ん?」
声をかけられ俯いていた視線を少し上に向けると目の前に一人の少女がいた。
少女は腰まで伸びた金髪に青いカチューシャを付け白人特有の透き通ったブルーの瞳をしている。
「まあ!なんですのその返事?」
態とらしく声をあげる少女に幻徳は気にせず、容器を振り続ける。
シャカシャカ。
「私に話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないかしら?」
シャカシャカシャカシャカシャカシャカ。
「それともそれすらも無いお馬鹿猿なのでしょうか?」
シャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカ。
「何とか言ったらどうですの………ってさっきからシャカシャカ煩いですわよ!?」
「あぁ、それはすまない。これはしまっておこう」
「全く………これだから男は──」
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ。
「シャカシャカの次はパチパチですか!?何ですの、その色んなボタンが付いた四面体は!?」
「フィジットキューブと言ってな。イライラ解消に役に立つ。イライラ解消に、な」
「何で『イライラ解消に』を二回言ったのかしら!?イライラしてますの!?この私との会話はイライラしますの!?」
「別にそうとは言ってないだろ。まぁ、腹の奥が曇るかの様に蠢き、今にもペンを机に叩きつけて『ちくしょーめ!!』って叫び出したくなるがな」
「それをイライラしていると言うんですの!!」
「…………ッ!?」
「『そうだったのか………!?』みたいな顔しても私、許しませんからね!?後、その間ずっとパチパチするのを止めなさい!!」
『喧嘩売ってますの!?』と付け加える少女。
対して幻徳は『どうやったらあんなクルクルになるんだ?針金でも入れてるのか?』とボーッと少女の荒ぶる金髪を見ていた。
何とも自由な男子である。
そこでチャイムが鳴り、少女は悔しそうに『覚えておきなさい!』と定番中の定番な逃げ文句を置いていき自分の席へと帰って行った。
(そう言えば名前聞いてなかったな………)
名前を知らないと覚える物も覚えられない。
これからはちゃんと名前を聞こう、と反省する幻徳だった。
因みにチャイムが鳴る寸前に顔を赤くした箒だけは帰って来ており、遅刻した一夏には姉による終焉の一撃が待っていた。
特撮に出てきそうな怪人さえ一撃で沈めそうな炸裂音に幻徳は手放しで拍手を送りそうになったのは内緒だ。
☆
(分からねぇ)
一夏は前髪を掻き毟りながら心の中で焦っていた。
初日からの授業が開始して早くも二十分。
頭の中はデッドヒート状態だった。
(げ、幻徳はどうなんだ?)
そこでもう一人の男である氷室幻徳の方へ視線を向ける。
(ひょ、表情が読めない………)
表情をピクリとも変えず幻徳は黙々とシャーペンを動かしノートに黒板と山田先生の言葉を写していた。
それを見るとどうやら幻徳は理解しているのだろう。
同じ男なのにすげぇ、と尊敬の眼差しを送る一夏。
そして、幻徳は──
(腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹痛い)
──腹痛を紛らわせる為に勉強に集中していた。
「織斑君、分からない事があれば言ってくださいね?私は先生ですから!」
視線をうろうろさせている一夏が気になったのか、山田先生は一夏に尋ねる。
そして、胸を張ると同時に胸が揺れた。
一体、あの胸にはどんな希望があるのだろうか。
一夏はそう言う考えを一旦、端に置き、真上に手を上げた。
「はいっ!山田先生!」
その言葉で教室中の視線が一夏に集まり、山田先生は期待に満ちた眼差しをする。
「全部分かりません!」
そして、その発言に教室の空気がポーズした。
「ぜ、全部ですか?ここまでで何か分からない所がある人は居ますか?」
目を白黒させている山田先生は教室の生徒に聞く。
一夏を除く生徒達は手を挙げない。
「えっと………氷室君はどうですか?」
「いえ、無いです。寧ろ分かりやすいかと」
少し頼りない印象を与える先生だが教え方は超一流だろう。
だから、そんな救世主を見るような目で見ないで欲しい。
その後、一夏は事前に読むべき参考書を電話帳と間違えて捨てたとかで千冬の出席簿による究極の一発をくらっていた。