これからはスローペースになりますが少しずつ投稿していこうとおもいます。
「どうやら切り札は常に俺の所に来るようだ」
「いや、ババ抜きだから来たら駄目だろ」
揺れるバスの車内。
その一番奥の席辺りでは幻徳達は暇潰しのババ抜きをしていた。
補助席には乱雑に放られたトランプのカードが積み重なり、勝負も終盤に差し掛かっていた。
最後に残ったのは一夏と幻徳……………プラス幻徳の膝の上に座っているラウラだった。
『二人一組って卑怯じゃね?』と抗議する一夏だったが『アレだ。『ふたりはプリキュア』的なやつだ。気にするな』と幻徳に意味不明な事を言われ渋々引き下がる。
真剣な顔で幻徳の二枚しかないカードを選ぶ。
「………」
「………」
「…………」
「…………」
「………なぁ、ラウラの表情がころころ変わるから丸わかりなんだけど」
「ラウラ、俺の膝から降りなさい」
「ッッッ!?!?」
まるで終末が訪れたかのような顔をするラウラを他所に脇に手を入れ持ち上げて隣の席に置いた。
『ふたりはプリキュア』とは一体何だったのか。
ラウラよ。
そんな捨てられた兎のような顔しても知らない。
「さぁ、今の俺は亀仙人の修行が終わり亀の甲羅を取った悟空が如くだ。選ぶがいい」
「大分、最初の頃だよな………」
頬を膨らませながら幻徳の横腹を小突くラウラは無視。
二枚しかないカードを一夏に見えない位置でシャッフルし、一夏の前へ出す。
幻徳の顔は全く変わらない。
気のせいかはしゃいでいる周りの声が不思議と静かになり、代わりに自分の心音が喧しくなる。
この勝負は幻徳が買ってきたイルカさん(浮き輪)の順番を賭けた戦い。
一番はシャルロットに取られてしまったが、それでも一人でも早く乗りたい。
「これだぁぁぁああああ!!!!」
「喧しい」
「がぁぁあああ!?!?」
一夏の指がカードに触れる時、クロックアップして飛んで来た出席簿が一夏のこめかみに直撃した。
その際に掴んだカードはジョーカー。
そして、その隙を逃さず幻徳は一夏のカードを抜き取った。
「俺の勝ちだな」
「いや、卑怯………だろ………」
そこでガクリと崩れ落ち箒の太腿に頭を乗せてしまう。
顔を真っ赤にしながら手を振り慌てまくる箒を眺めて心の中でほくそ笑む。
臨海学校当日。
三日間で行われる行事に生徒達のワクワクは止まらなかった。
そんな車内を堪能しつつ、おもむろにトランプを手放した幻徳は首から下げたドッグタグを胸元から取り出す。
一見楕円形のドッグタグに見えるが、これは巧が作ったISである。
巧との邂逅から三日。
放課後に一夏と共に寮へと帰っていた時の事。
何が最強のスタンドか熱く談義していたら、丸く白い風船に繋がれたダンボールが一夏の頭に落ちて来た。
ぶつかって頭の上にお星様を回す一夏の無事を確認した後、そのダンボールを開けてみると巧からの手紙と共にドッグタグが入っていた。
手紙にはこう書かれていた。
『前略、氷室幻徳様。盛夏の候、氷室様には変わらず健やかにラッシーを飲んでお過ごしのことと存じます。さて、前日に話したISが完成したのでそちらへお送りさせていただきます。今はまだ半起動状態なので必要な事は後日にさせて頂こうと思います。そう言えば先程ラッシーを飲んでて平行世界に行き来できる機械を思いつきました。下手をすれば二つの世界がぶつかり合って消滅する危険性を孕んでいま────』
そこで手紙を読むのをやめた。
何であの男はカップラーメンを作るようにラスボス的な事をやるのだろうか。
しかも後日とか言ってるけど、また脱獄するのか?
そう考えているとバスはトンネルを抜け、窓に差し込む光と共に広がったのは壮大な母なる海。
「海だぁ。やったぁー………じゃかじゃん」
「1/6の夢旅人は流さないぞ」
「む………」
棒読みで腕を振り下ろす幻徳に千冬は鋭い目で睨み付けて制する。
そして、備え付けのマイクでバス内に放送を流す。
「もうすぐ目的地に着く。各々、降りる準備をしておけ」
「「「「はい!」」」」
今まではしゃいでいた一組のクラスメイト達は両手を膝の上に置き、背筋をピンッと伸ばした。
ブリュンヒルデのカリスマ&威圧力は世界一であった。
程なくして高速を降りたバスは目的地である旅館──花月荘に到着した。
「ここが今日からお世話になる花月荘だ。全員、挨拶しろ」
「「「「よろしくお願いします!」」」」
クラスメイトが腰を曲げて挨拶をする。
それに答えるように着物姿の女将が丁寧にお辞儀する。
「はい。こちらこそ………あら、こちらが噂の………」
「はい。今年は男子二人増えましたから浴場分けが難しくなって申し訳ありません」
「いえいえ。それにいい男の子達ではありませんか。しっかりしてそうで………」
女将の視線は一夏から幻徳に移るが、幻徳と目を合わせた瞬間、カチンと固まった。
「えぇっと………強そうに見えますよ?」
「幻徳、何で上を向いているんだ?」
「…………涙が零れ落ちないように、な」
当然の如く、幻徳の表情は変わらない。
「見えるだけですよ。ほら、挨拶をしろ」
「お、織斑一夏です。よろしくお願いします」
「氷室幻徳です。ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします」
「あらあら、本当にしっかりしてますよ?女将を務めさせていただいてます、清洲景子です」
お互い挨拶を済ませた所で千冬は荷物を持つ生徒達の方へ振り向く。
「では各自部屋に荷物を置いてから自由時間だ。決めている集合時間には必ず集まれ。それから織斑、氷室。お前達は私達に付いてこい。部屋に案内する」
女子全員が『はい!!』と返事をし、男子二人は『はい?』と首を傾げながら返事をする。
千冬と山田先生に付いていき廊下を歩いているとドアに『教員室』と謎に威圧感のある部屋が並んだ所に着いた。
「織斑は私と同じ部屋だ。氷室は──」
そこで千冬はチラリと隣を見る。
「──山田先生とだ」
幻徳の視線の先には、たぱー、と涙を流している山田先生の姿があった。
☆
山田先生としては正に計算外であった。
例年とは違い男子が二人いる一年一組。
幻徳はまだ良しとして、一夏の場合だと就寝時間を守らず部屋に文字通り突撃してくる女子が絶えないだろう。
それにより教員と一緒の部屋が良いだろうとなった。
そして、面白半分で織斑姉弟を一緒にしたのは良かった。
しかし、その後の氷室幻徳をどうするかの話で千冬は復讐するかのように『山田先生でどうでしょうか?』と提案してしまったのだ。
思わず待ったをかけようかと声を上げかけたが元世界最強の圧力には勝てなかった。
山田先生は入学式から幻徳の重力みたいに感じる凄みに、未だに苦手意識を持っていた。
一年一組では天然系男子として親しまれている幻徳だが、まだ他のクラス、教員にはその強面に怯える人間がいるみたいである。
山田先生もその中の一人だった。
だが、山田先生は一年一組副担任だ。
自分が受け持つ生徒が親しく接しているのに自分だけ怯えているのは如何なものだろうか?
この相部屋になったのはある意味交流を図るチャンスだろう。
『50番繁多寺、ファンタジーーーー』と何かよく分からんことを海に向かって言っている強面野郎に震える声で話しかけた。
「ひ、ひひひひ氷室君!」
「はい、何でしょうか。山田先生」
「あ、あくまで私は教員ですから、羽目を外し過ぎないようにお願いしましゅッッ!!」
「……………」
己の全力全開を込めて放った言葉(噛んだけど)。
幻徳は無表情のまま何も言わない。
波の音が嫌に静かに聞こえる部屋に山田先生のSAN値は砕氷船に砕かれる氷のようにガリガリと削れピンチになっていた。
マジ泣き五秒前の時、幻徳はおもむろに制服の前を開く。
中に着ていたTシャツには『YES!』と『NO!』と左右に別れて書かれていた。
ポケットに手を突っ込み、右左交互にパタパタさせる。
「ずっちゃずっちゃずっちゃずちゃずちゃずちゃ………ドォン」
最後に顕になったのは『NO!』と書かれた拒否の文字だった。
「だ、駄目なのですか!?」
山田先生の反応に頭の上に『?』を浮かべながらTシャツを見る。
「あ、こっちか」
納得いったのか直ぐに『NO!』を隠し、『YES!』に切り替えた。
直後、頭から全身にかけて衝撃と痛みが駆け巡る。
痛む頭を抑えながら振り向くと出席簿を持った千冬がいた。
「使いこなせないなら口で言え、馬鹿者」
「すみません。次からは使いこなせてみせます」
グッ、と力強く拳を握り誓いを胸にする幻徳の頭にまたも出席簿が落ちた。
「出来れば次からは使うな。私達は今から仕事だ。とっとと海に行ってはしゃいで来い」
「はい。早速海に行ってきます」
旅行カバンから取り出した水着用のリュックサックを背負い、幻徳は部屋から出ていく。
尚、廊下を歩いている途中、ひたすらに制服をパタパタさせながら練習していたのは誰にも知られてない。
☆
臨海学校の初日は自由日。
本格的な練習は翌日からなる。
荷物を置いた一年は各々の水着を持って更衣室へ着替えているだろう。
更衣室へ向かっていながら制服をパタパタしていた幻徳の目の前に見慣れた人物が二人いた。
一夏とセシリアだ。
声をかけようかと思ったが、その近くにいる奇抜な格好をした女性がいたのでやめておいた。
まるでアリスが絵本から飛び出した様なワンピースに明るい髪の上には機械的なうさ耳。
遠くから見ている限り一夏とは知り合いらしい。
話に邪魔になりそうなら軽く会釈しながら通るのが無難だろう。
一夏達の隣を通り過ぎようとする幻徳。
その女性と歩く幻徳の目が一瞬だけ合う。
そう一瞬。
時間で表せばコンマ一秒だろうか。
その女性が幻徳を見るその目はあまりにも冷たかった。
──怨念
──敵対
──殺意
様々な負の感情が混ざっており、周りの温度が下がったかのように錯覚してしまう。
思わず歩く脚を止めてしまった幻徳だったが女性は気にすらせず、ワンピースを翻して走って行ってしまった。
「えーと、一夏さん。あの方は………」
「束さん。箒のお姉さんだ」
あっけらかんと言う一夏にセシリアは数秒遅れて驚きの声を上げた。
「あれが篠ノ之博士………全ての始まりである天災か」
対して幻徳は何故自分にあのような視線を投げかけてきたのか。
考えても分からず首を傾げるしか出来なかった。