悪の道を貫き通した山羊と
マイペースば自然科学者の物語
ピロン
〈〈ヘロヘロさんがログアウトしました〉〉
無情にも目の前に突きつけられる通知画面に、脱力感とともに不意に冷たく滾る気持ちが湧いてきた。
現実では財産も親友も持たない自分が、唯一生きる中で楽しみを感じられるとき。
ユグドラシルというゲームとはそんな存在だった。
なのに今、かけがえのない仲間たちは誰も目の前の椅子に座っていない。それどころかほとんどのメンバーが引退してしまい、先日の『お誘い』メールの返信すらない。
(どうして...いや、理解はしているんだ。皆それぞれリアルでの生活がある。でも、それでも何年間も一緒に遊んで、笑いあって、たくさんの思い出をつくってきたじゃないか。最後の日くらいまたわいわい騒ぎながら、ユグドラシルは運営がクソだけど最高のゲームだった、そう言い合えると思ってたのに...)
鈴木悟はそうして寂しくサービス終了を迎える
かと思われた。
仲間を引き留めるためにのばされた手は次第に拳へと変わっていく。しかしそれは振り下ろされることなく、再び鳴った通知音によって固まった。
ピロン
〈〈ウルベルト・アレイン・オードルさんがログインしました〉〉
思いもしなかったその表示に、先ほどとは打って変わって言いようのない高揚感がこみあげる。
「いやあ危ない危ない、アップデートにこんな時間がかかるとは」
聞き間違えるはずもない。
かつてその強さとロールプレイのかっこよさに憧れ魔法職の仲間として師事したこともある、誰よりも”悪”にこだわったちょっぴり中二な男。その懐かしき声だ。
「ウルベルトさん!!来てくださったんですね!!」
「お、モモンガさん!お久しぶりです!すみません、4年ぶりなもので更新に手間取ってしまいまして...。とゆうより、ギルドのホームまだあったんですね...たっち以外の皆さんとモモンガさんにはホント申し訳ない」
「いえいえ、むしろお忙しい中無理させてしまったようですみません!というか...フフフ、全くお変わりないですね」
ギリギリのタイミングでやって来たことに文句の一つもあっていいものを、申し訳なさそうに謝罪をしたりこちらのユーモアを律義に拾ってくれたりと、相変わらず気配りの塊のようなギルマスにウルベルトはリアルでの顔を苦笑させる。とりあえず、間に合ってよかったが...
「そんな、モモンガさんが謝るようなことはないですよ。それにしても他の皆さんはどこにいるんですか?一か所に固まっているかと思ってたんですが」
「ええと...」
当然の疑問に答えられず言い淀む。
まずい。
せっかく特別関わりの深いギルメンが来てくれたのに、他に誰もいないと分かったらまた早めに切り上げられてしまうかもしれない。そうなると最後の瞬間を結局はひとりで迎えなければならなくなる。
とりあえず先ほどまでヘロヘロさんがいたことを伝え、すぐに誰かが来るはずだと苦しい言い訳をしようとしたところで再び通知音が鳴り響く。
ピロン
〈〈ブルー・プラネットさんがログインしました〉〉
「ふうー。セーフ、かな?」
急に現れた意外な第三のメンバーに、骸骨魔王と山羊悪魔は揃って声をあげた。
「「ブルー・プラネットさん!!」」
鈴木悟の心は晴れやかだった。
二人は強制ログアウトまで付き合うと明言してくれた。今はそれぞれの自作NPCを見に別行動をとっているが、ラスト10分は玉座の間で駄弁ってからロールプレイで〆ようと話し合って決めている。
そこで自分も宝物殿に赴き、黒歴史と向き合うことにしたのだ。
本当はここに来るつもりはなかった。
時間にかこつけて三人でまっすぐ玉座の間に向かおうと考えていた。
しかしブルー・プラネットに焦り気味で
「遅れた身でわがまま言って本当に申し訳ないんだけど、第六階層の星空と森林部のデータだけできるだけ記録しておきたいんです。あそこは僕の、このゲームだけでなく人生における理想の一つなんです」
と言われ、
さらにウルベルトも少し考えてから
「...俺も最後にデミウルゴスや第七階層を見ておきたいですね。」
と同調されると、多数決で覆しようがない。
「私は全然かまいませんよ。ではまた後ほど玉座の間に集合ということで」
少しでも長く皆と一緒にいたかったが...仕方なく先にひとりで玉座の間に向かおうとすると、
「それに、なるべくナザリックの多くを思い出しておいた方がユグドラシルⅡが出たときに再現しやすいかと思いまして」
...ウルベルトの続く発言に、やはり自らも宝物殿に行かなければならないと決意する。
最奥へと続く扉の合言葉は、
そうして進んだ先の待合室のような空間で、ナザリック最強を誇る純銀の聖騎士が見事な剣と盾を携え勇壮な雰囲気を醸して立っていた。
「変身機能・オフ」
しかしモモンガがコマンドで指示をだすと、聖騎士はピンクの埴輪顔に前時代的なロングコートの軍服という奇抜な出で立ちへと変貌を遂げる。いや、正確には元の姿に戻っただけであるが。
宝物殿には金策のために足繁く訪れていたが、この場所まで来たのは本当に久しぶりだ。このパンドラズ・アクターと名付けたドッペルゲンガーに会うのも二月ぶりだろうか。
「改めてじっくり見ると、意外と悪くないのかもなぁ。というより、わざわざ外装とか頑張って考えたのに普段は他の人に変身させるのもったいなかった気がする...」
設定欄を読みながら、これは他の人達には見せられないなとにわかに羞恥心がこみ上げる。
仕方ないじゃないか
誰にともなく小声で弁明する。当時の自分は病にかかっていたのだ。ギルメンの多くも患っていた(というよりウルベルトなどはいまだに患っていそうな)男の子のかかりやすい流行り病に。
舞台役者のように全身を大きく使う大仰な仕草に、軍服のモチーフとなった独国のセリフ。それらを書き直そうかとマスター権限を発動させるが、今さら変更するのも無粋かと一文を付け加えるにとどめる。
ことここに至っては、黒歴史に足掻くのはやめて何か言葉をかけてやろう。
...よし、決めた。
「お前はお前のままでいてくれ、
伝承に基づいてはいるがちょっと強引なこじつけだったかなと思いつつ、ユグドラシルⅡで作るNPCの設定に使えそうだと密かに病を再発させながら今度こそ玉座の間へと転移で移動する。
その姿が消えた位置を卵頭についた洞のような目がいつまでも見つめていた。
原作のパンドラズ・アクター初登場時の変身相手とアルベドいる場であのセリフは完全フリですよね?