骸骨と山羊と自然科学者   作:chemin

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今回の地震で被害に遭われた大阪の方にお見舞い申し上げます。



魔導王と鮮血帝6

四騎士レイナースの敗北。

しかし受け取る者によってその印象は大きく異なる。

一般市民の目には、善戦の末カウンターによる逆転負けに映った。

ある程度腕の立つ戦士の目には、子供の如くあしらわれたように映った。

 

 

 

そういった認識の差異は、魔導王と鮮血帝の寛ぐ貴賓室でも生まれている。

 

(ちょ、ロンデスなんで相手の顔撫でてんの!?公衆の面前で女性の肌に触れるとか、勝負に関係ないタイミングじゃただのセクハラだよ!)

 

恋沙汰に疎い超越者(オーバーロード)の目には、ハラスメント問題として映っていた。

 

使者団護衛部隊騎士長が帝国四騎士にセクハラしたとなれば、これはもう大問題だ。

国のトップとしての振る舞いを心がけるアインズは、部下が他国の女騎士をたぶらかそうとしてるのではないかと不安になっていた。

 

「...ジルクニフ殿。どうやら私の部下が貴国の騎士に不適切な対応をしているようだ。後でロンデスには厳罰を下すので、レイナース殿には私から直接謝罪をさせてもらえないだろうか」

 

「その必要はないよゴウン殿。むしろ彼女の方があの状態を望んでいるように見えるからね。レイナースも頼れる男性を探していたようだし、そちらさえ良ければ帝国としても二人の仲は応援したいくらいだよ」

 

上司としての責任を果たそうとしたが、相手はなぜか嬉しそうに即答してきた。

 

「そ、そうか?そう言ってくれるとこちらも助かるよ」

 

「なに、お互い部下を重んじる気持ちは同じだろう?気に病むことはないさ」

 

(おお!さすが皇帝。鮮血帝なんて呼ばれてるけど、やっぱり偉い人はどっしり構えて余裕もってるものなんだなぁ。表情も柔らかいし、俺も見習わないと!)

 

 

一方アインズが感心する爽やかな笑顔の裏で、ジルクニフは必死に思考を巡らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く二試合目のドルトとブレインの戦いは壮絶だった。

開始早々にまずドルトが手数で攻めた。対するブレインは最小限の動きで躱し、居合によるカウンターの一撃必殺を狙う。しかし待ちは下策と、すぐに鯉口を切り刃を交わらせた。

 

その後は剣戟の暴風である。

双剣が紅白の荒波を描けば、刀が黒い一文字で塗り潰す。

ドルトが短曲刀の反りで巧みにいなせば、ブレインは神域で無駄なく急所を狙う。

 

 

レベルが同じである以上、戦闘で拮抗するのは当然のことだ。アインズはそう考えながら観戦していたが、しばらくして毛色が変わったことに気づいた。

ドルトが明らかに攻めあぐねているのだ。レイナースのときのように疲労や動きの鈍さは感じないが、見かけによらず堅実で粘り強いブレインの技巧に、徐々に後退を強いられているように見える。

 

結局30分に及んだこの激闘は、そのままブレインが圧し切る形で決着をみた。

最後は短曲刀を順手から逆手に持ち替える一瞬の隙をつき、八光連斬で弾き飛ばしたのだ。主攻を担う武器を失えば、もとより劣勢のドルトに天秤が傾くことはもうない。

 

 

この時アインズは、森妖精という種族に共通の課題ともいえる、パワー不足で決定打を欠いたことがで鍵だったのではないかと推測していた。実際のところはドルトの職業構成に若干指揮官系統が含まれていたことで、単騎のぶつかり合いでは純粋な剣士であるブレインに軍配が上がっただけなのだが。

 

 

とにかくこうして準決勝の顔ぶれが確定した。

エルヤーとロンデス、武王とブレインである。

シード権を与えられたエルヤーと武王は、次の準決勝がそれぞれにとって魔導王杯での初陣となる。対するロンデスとブレインは、一時間の休憩を挟むとはいえこの日だけで三戦目だ。この大きすぎるハンデは皇帝がフールーダ篭絡の腹いせに仕組んだもので、アインズも『装備を長く宣伝できるじゃないか!』と快諾したために実現した挑戦者泣かせのルールだった。

 

 

 

 

 

_休憩時間中_

 

<< 貴賓室付近の別室 >>

 

 

盗聴を防ぐために鉄板が埋め込まれた小部屋で、緊迫した四人の男が声を潜めて相談をしていた。皇帝とその秘書官に、四騎士が二人である。

 

「時間がないため、主に私の考えを伝えていく。意見や質問は必要最低限にしろ」

 

「分かりました」

 

ジルクニフが無駄を省きたいときの常套句を使うと、すかさず他の三人は頷いた。

 

 

 

「ではまずレイナースだ。会話は聞こえなかったが、あの様子ならおおよその想像はつく。大方の想定通り引き抜かれたようだ」

 

これは事情を知る者全員が薄々感づいていたことで、聞かされる者にも狼狽こそあれど驚愕はない。彼女には呪いを解くという単純明快かつ効果的な誘い文句があるのだ。帝国より少しでも可能性を感じれば、喜んで飛びつくだろう。

 

 

「引き抜きは予期していたが、最後に色目を使ってくれたのは思わぬ置き土産だな。もし男女の仲にでもなれば、四騎士の離反などではなく慶事として処理すればよい。奴も焦っていたようだし、上手くいけば弱みにできるかもしれん」

 

国に背いたとはいえ、元同僚を利用する後ろめたさに二人が眉を顰めた。

 

「それとバジウッド。あのアングラウスという男、本当にガゼフ・ストロノーフに負けてるんだろうな?お前が『武王なら奴に勝てます』と言うから組んだのだぞ?」

 

「俺だって驚いてますよ!ですがいくら昔強かったとはいえ、あんなビックリ剣士になってるとは思わないじゃないですか!」

 

 

ジルクニフが音量を絞ってバジウッドを問い詰めるが、こればかりは彼だけを責めるわけにはいかない。そもそもブレイン・アングラウスという男が魔導国で剣客待遇を受けている事実は、本選進出が決定するまで帝国では誰も知らなかったことだ。判明したのは彼の経歴を耳にしたジルクニフが、懐柔しようと接触を図ったとき。レイナースの動向が不透明な今、四騎士の座さえもほのめかして破格の条件を提示したというのに、遣いの騎士曰く剣客の立場を盾にすげなく断られたらしい。

また、当時王国の御前試合を観戦したとあるワーカーが

『あの時のアングラウスと今のエルヤーなら、今のエルヤーの方が強い』

と断言したことも多分に加味されている。飼い馴らせぬなら後顧の憂いは断つべき。エルヤーと同等程度なら武王に負けはないと楽観視していたが、先ほどのあの戦いの後では勝利を確信することなど不可能だ。

 

 

 

「くそっ、御前試合の後は長らく消息不明だったと聞くが、おそらく奴も相当な修羅場をくぐり抜けてきたようだな。それになんだあの最後の光る斬撃は?奴が『こんなものか』などと抜かしていたが、派手なだけのこけおどしか?」

 

「いやいやいや!冗談きつすぎますよ陛下。ありゃあ見た感じ、七か八の連斬ですね。噂によると王国戦士長の奥義でも六が限界らしいので、『こんなもの』呼ばわりしていい技なんかじゃありませんよ」

 

「...」

 

逃した魚はあまりに大きかったようだ。しかし今は野良から這い上がったかつての剣豪も、僅かに覗く魔導王の力量も後回しだ。

 

 

「まあよい。次にあの武具だ。ニンブル、彼らの武器や防具をどう見る?」

 

「ハッ、強度もさることながら、いずれも魔化が施されていると思われます。実用性に加えて、遠目からでも分かるあの色合いの美しさや光沢。美術品としても最高クラスでしょう。アダマンタイト級の標準をはるかに上回るものだと判断します」

 

白羽の矢が立ったニンブルは即座に見解を述べる。ジルクニフが相手を濁して話すのは高位魔法での盗聴を警戒してのことであり、四騎士ともなれば慣れたもので暗黙の了解としてそれに従う。

 

 

「奴によればあの程度なら量産が可能らしい。鎧の彼の装備一式を百揃えられたとしたら、対抗するためにこちらはどれだけの戦力が必要になる?」

 

「百となりますと...断定は出来ませんが、標準装備の歩兵ならば万単位の犠牲は覚悟しなければならないでしょう」

 

「万か...」

 

「魔術師による高所からの遠距離攻撃は、パラダイン様なしではまず失敗します。そして我が軍の弓や弩程度での殺傷は見込めません。そうなれば白兵戦に持ち込まれることは必至です」

 

「バハルス帝国単体で相手どるのはかなり分が悪いわけだな?」

 

「はい。兵力の全容が掴めていないため、あくまで仮定でございますが」

 

 

外交は無駄な折衝がなければそれに越したことはないが、同時に常に最悪を想定して備える姿勢も忘れてはならないのだ。

 

 

 

「ならバジウッド、彼らの戦士としての技量はどの程度だ?」

 

「王国戦士長並みですね。さすがにどっちが強いかまでは分かりませんが。奴さんあれだけ動いておきながら、本気は出してないし息も乱れてませんでした。ありゃ魔化の底上げがあったとしても、とんでもない化け物です」

 

「もし同じ武装で対峙したらどうなる?」

 

「..それでも一対一ならもって2分てとこでしょう。撤退戦で防御一辺倒ってのが前提ですがね」

 

「ふむ、なるほど。お前たちの意見をまとめると、要はストロノーフに並ぶ化け物が複数いて、それぞれが全身に宝具を纏ってる、ってわけか」

 

 

ジルクニフはしばし天を仰ぎ、三人も俯くしかなかった。

これはもう笑うに笑えない話である。フールーダが後方に控えてなければ、単純に帝国全軍の火力と対応力が半減したと言っても過言ではない。そのフールーダはあろうことか敵方に回ってしまい、しかもその陣営には元より彼以上の魔法詠唱者と王国戦士長以上の戦士が何人もいるそうだ。正面突破は考えるだけ時間の無駄だろう。情報戦にしても、魔法省でのアンデットを使役する実験が漏れているあたり、魔導国の諜報活動能力は法国すら凌ぐものだ。

 

 

痛ましいほどの静寂を破ったのは、この場で唯一の文官であるロウネだった。

 

「やはり此度の催しは、帝国全体に向けた示威行為が目的だったのでしょうか?」

 

「そうだ。そして同時に私への脅迫でもある」

 

「脅迫、でございますか?」

 

 

一拍置いてからゆっくりと斜向かいに立つ秘書官と目を合わせる。脅迫というネガティブな言葉とは裏腹に、その顔にはいつもの不敵な笑みが戻っていた。

 

 

「現在だけでなく未来をよく考えろ。奴が嘘を吐いていなければ、むこうはいくらでも『凡庸な騎士をあそこまで鍛える』ことが出来るのだぞ。待てば待つほど縮めようのない差がさらに大きくなるだけだ。つまり奴は、暗に『魔導国の勝利はこの先も揺るぎないのだから、さっさと服従しろ』と伝えてきたわけさ。友好的な関係なんぞと取り繕っているが、これはとんでもない外交圧力だな」

 

 

たしかに魔導王はロンデスの最初の試合後に『私自ら鍛えた』と発言していた。実際に一国の王が付きっきりで指導することなど、まずあり得ない。となるとそもそも国自体、途轍もなく効果的な訓練マニュアルを有していると考えられる。

 

 

「で、ではどうなさるおつもりで?」

 

王国戦士長ばかりの軍団など身の毛もよだつ地獄絵図だが、下書きを示した当人が悠長なため、危機感が現実味を帯びてこない。

 

 

「力で劣るなら、知恵で崩せばいい。幸いその特殊な訓練を受けた男と、こちらの大事な部下がお近づきになったではないか」

 

「!...そういうことでございましたか。では彼女が自ら動く前に、公式に連絡係の任を与え鎖をかけておきます。また彼についても詳しく調査致します」

 

ここでロウネはようやく理解した。

レイナースを帝国の人間としたままロンデスとくっつける。ここに一筋の光明があったのだ。

 

 

彼は女性に泣きつかれたら引き離せないところを見るに、騎士道精神をもつ実直な剣士タイプなのだろう。そういった正義漢は同情を誘いつつ必至に頼みこめば、大抵のことは断れずに引き受けてしまう。レイナースを伴侶にすると、さらに帝国に義理立てる必要も出てくるわけだ。あとは部下に便宜を図るためなどとあれこれと口実をつけて干渉し、合法的に彼の強さの秘密を探ればいい。それに初対面かつコブつきの女でも大丈夫そうだったのだから、女衒で上手くたらしこめばこっそり子供まで儲けてくれるかもしれない。さぞ優秀な子供が生まれるだろう。

もし見た目に反して狡猾な野心家ならば、自尊心を掻き立て王位簒奪をさせるのも手だ。王冠を戴くのは優秀な魔法詠唱者より短絡的な戦士の方が扱いやすい。また謀反人の糾弾という大義名分があると、後々周辺諸国と連携して叩く理由になる。

 

謎の訓練を導入し味方を強化するもよし。内乱の火種で敵を弱体化させるもよしだ。

その取っ掛かりとして、ロンデスという男を最優先で調査せねば。

 

 

陛下は魔導国の足元を掬い、彼らが育てた強者で彼ら自身を滅ぼそうとしているのだ。

搦手は弱き者の基本戦略。ただ目の前に立ち塞がればいいわけではない。

 

「いつも通り回り道を忘れるな。では外も騒がしくなってきたことだし、ロンデス殿の試合に間に合うよう出るとするか」

 

未だよく分かっていない四騎士の二人には後で説明するとして、そろそろ戻らねば怪しまれる。腰を上げながらさらに付け加えた。

「遠方の幼子たちもまだ利用できないと決まったわけではない。力があっても土地や歴史が曖昧なものなど、土台から崩して終わりだ」

 

幼子とはもちろん陽王と陰王のことだ。

視野狭窄に陥っていたが、他にもつけ入る隙はまだまだある。諦観には早いと活気づき始めたロウネたちを背に、ジルクニフは努めて余裕ぶっていた口元の笑みを消した。

 

 

(もうしばらく士気が保てればいいが)

ニンブルが扉を開け、外に出て貴賓室につながる廊下を重い足取りで進む。

 

(さて、どうやって餌を用意するかが問題だな。レイナースへの興味が異性へのそれでなく、呪いへの好奇心であったならかなりまずい。身近にあのナーベラル・ガンマという使者がいては、そこらの美女なんぞ路傍に咲く凡庸な花程度にしか映らんだろう。それに物でつれるとも思えん。あの男にこちらへつく価値があると植え付けねば、どちらにせよ帝国の将来は暗いぞ...)

 

臣下の手前、弱気な面は心の奥底だけに秘めておくものだ。正体が曖昧な敵は倒し方も曖昧なのだから、とにかく臆病なくらい慎重を期してことを運ばねばなるまい。

 

 

しかしナザリック地下大墳墓に招かれたことのない今のジルクニフたちには誤算があった。

ロンデスはナザリック勢から見ればか弱き雑兵で、あの程度の人間がいくらいようと脅威たり得ないこと。そしてなにより、アインズの悪意なきプレゼンに耐性がないことだった。

 





下書きなしで予定にないことすると時間かかりますね。
それとうちの上司が大阪出身なので、来週は色々忙しくなりそうです。更新また遅くなるかと。すみません。

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