骸骨と山羊と自然科学者   作:chemin

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ジルさん視点です


魔導王と鮮血帝8

 

闘技場のような巨大な娯楽施設では、身分や料金によって座る場所は区別される。

金払いが良い貴族や大商人は前列の特等席に、中流以上の商人や一部の冒険者などがその後ろ、そして最後列には一般庶民といった具合だ。それとは別にグレードの異なる貴賓室がいくつか用意されており、そこからは遮るもの無く全体がよく見渡せる仕組みになっている。

 

故に競技場の壁際で隠れるようにこっそりと渦巻く闇は、ジルクニフからもよく見えた。

 

 

 

 

 

『『我々が治める国を理解する上でまず知って欲しいことは、民とその暮らしである』』

 

隣に立つ魔導王が発する支配者の風格たっぷりな声で、眼下に奪われかけていた意識が引き戻される。

何か重大な部分を聞き逃した気もするが、今はそれどころではない。

 

『『しかしながら文化や生活の違いを口だけで説明するのは難しい。そこで百聞は一見に如かずだ、どうせなら我が臣民を紹介しようと思ってな。今から呼び寄せるので(みな)はあの黒き門に注目したまえ』』

 

 

そうして奴はどこかもったいぶった調子でフィールド上のある一点を指さした。その先にあるのはやはりあの闇の塊。

こちらを仰ぎ見ていた数万の瞳も武王の倍近くまで育ったそれを捉えたらしく、静寂が喧噪へと様変わりする。異変を察知したバジウッドもこちらに駆け寄ろうとしてくるが、静かに手で制すると不承不承といった面持ちで足を止めた。

ここ数日だけで散々驚かされてきたのだ、今さら取り乱しても仕方あるまい。

 

(まったく、使者の女といい王といい、魔導国は断りなく魔法をぶっ放すのが礼儀だと勘違いしているんじゃないか?それに毎回やられるがままでは鮮血帝の名が廃る。今後のためにもここは異議を唱えておかねば)

異様な現象を前に平静を保っていられるのは、半分は諦念からであり、もう半分はやられっぱなしのままでは終われない皇帝としての矜持からである。

 

「挨拶の最中にすまない、あの黒き門とはゴウン殿の魔法なのだろう?責める気はないが、王である君が何の前触れもなく異国の地であんなに禍々しい魔法を行使してはあらぬ誤解を招いてしまうのではないか?」

 

あのセリフからして答えなど分かりきっているが、念のためにも本人から確認をとっておく。

奴も詰問されることは予想済みだったのか、拡声器のアイテムを口元から遠ざけマントを華麗に翻しながらこちらに向き直った。

 

「余興のつもりであったがエル=ニクス殿の御忠告ももっともだ、以後心に留めおこう。しかし今回は貴国の者に前もって許可をもらってあるので心配無用。またあれは正確に言うと私ではなく信頼する部下達と協力者による魔法だ。害が無いこともすぐに証明されるはずだから安心して欲しい」

 

許可をもらってあるだと?

魔導国関係の情報はどんな些細なものでも自分まで届ける徹底しているが、そんな報告は受けた覚えはない。目線でロウネに問いかけると、案の定勢いよく首が横に振られた。

 

(となると、オスクが怪しいな...今夜あたり喚問してやろう)

魔導王杯を陰で手引きしたあの男なら、余興にかこつけて隠し事の一つや二つしかねない。

 

 

「そうだったのか、知らずに余計な口を挟んでしまったね。それで、証明されるとはいったいどうやって―――」

 

そうして別角度からさらに問い詰めようとした次の瞬間に、予想外の光景が目に飛び込んできた。

宙に浮く黒い塊から、なんとフールーダ・パラダインその人が出てきたのだ。

 

 

(なっ...くそ、やられた!裏にいたのはオスクではなくフールーダだったか!上手く遠ざけていたつもりだったのに、まさかもう連絡をとり合っていたとは...)

 

まさに青天の霹靂である。

少なくともナーベラルという使者が来てからは両者の接触を最大限避けるよう努力してきたはずだ。

魔導王杯の開催中も、表向きには他国からの工作員への対応で王城に詰めているため、観戦を欠席すると大々的に公表してある。万が一にも筆頭宮廷魔術師が公衆の面前で他国の人間に半狂乱で教えを乞う姿を晒されでもしたら、帝国魔法省の面目は丸潰れだからだ。特に彼の本性を嫌というほど知っているジルクニフにはそれが容易に想像できてしまう。

 

 

 

「これで信じてもらえたかな?」

 

唖然とするこちらを一瞥するし、魔導王は再び場内へと語りかける。

 

 

『『楽しんでもらえたかな?此度は皆を驚かせるためパラダイン翁に短距離転移魔法の協力をお願いしたところ、なんと我が配下の行進を先導するという大役まで進んで申し出てくださったのだ。快く引き受けて頂いた偉大にして親愛なる大魔法詠唱者(マジックキャスター)殿には、この場を借りて感謝を申し上げる』』

 

この演出の効果は抜群だった。

誰も転移魔法の正体を知らないことも手伝い、生まれかけていた混乱の波はすぐに興味と驚嘆の潮騒へと変化する。壁際まで後退しそれぞれ武器を構えていた銀糸鳥やフォーサイトの面々も、緊張を解き静観の姿勢に入った。

これではもう、迂闊な抗議は自らの首を絞めかねない。

なぜならフールーダ・パラダインの名前は良くも悪くもこの地では魔法の代名詞的存在だからだ。しかも人類の到達点として崇められる”英雄”からさらに一線を画す”逸脱者”であり、彼への信頼は神話級の転移魔法すらもただの見世物に成り下げてしまう程に厚い。つまり無害であることの証明はこれ以上なくされてしまっている。

もしここでフールーダの職務を離れた勝手な振舞いを責めたりそれを仕組んだ魔導王を非難したとしても、最高権力と最高戦力の不和を露呈して終わりなだけだ。

 

(まさか最初からそれを狙って...いや、それは考えすぎか?内部分裂の誘発は弱者のとる策だが、あの様子では奴が逸脱者を魅了するほどの力を持っているのは間違いない。強者がなぜわざわざ下手に出るようなまねをした...ダメだ、まだ分からないことが多すぎる。とりあえず情報を集めねば)

 

 

「一本とられたよ、まさか爺が一枚噛んでいたとはね。私も知らない内にどうやって段取りを決めていたのかぜひ教えてもらいたいものだ」

 

「種明かしは後でパラダイン翁にしてもらうといい。それに本番はこれからだよエル=ニクス殿」

 

暗に『裏でコソコソと何をしていた』と尋ねるも、取り付く島もなく突き放されてしまった。裏切り者(フールーダ)を盾にするあたり逃げ方もまた意地が悪い。

 

「...そうだね、まずはゴウン殿の臣民とやらを見させてもらおう」

 

ジルクニフは一旦会話を諦め、情報を求める先をこれから現れる相手に切り替えた。

 

 

 

 

 

フールーダは周囲を見回してからしばし天を仰ぎ小さく震えていたが、一度だけチラリと後ろを振り返るとそのままゆっくり歩き始めた。

やがてそれにつられるかのように、闇の渦が次から次へと人影を吐き出していく。

 

まず執事らしき老年の男性を先頭に、20人のメイドが二列に分かれて出てきた。

機械のごとく一分の狂いもない整った足取りもさることながら、特筆すべきは花も恥じらう程の美貌である。最前列に並ぶ貴族らは一人の例外もなく情欲を掻き立てられ、貴賓室から道具(マジックアイテム)越しに見るジルクニフでさえも思わず喉を鳴らす程だ。

前の四人だけ服の意匠が異なっているのはお手つきの愛妾だからなのか、それとも良家の娘を厚遇しているのだろうか。ふと気づけば、魔導王の後ろに控えていたはずのナーベラル嬢もいつの間にかそこに加わっている。

 

その後に続くのは男女20人ずつの森妖精(エルフ)

またもや全員の容姿が整ってはいるものの、前を行くメイドと比べると数段見劣りしてしまう。それでも生来の気高さを保ったままの彼ら彼女らが醸す神秘的な色香は、耳を切られ、心を折られ、みじめな慰みものにされた帝国の森妖精(エルフ)などには決して望めないものだ。華やかな皮鎧を纏って勇ましく歩く様子も、奴隷扱いされていないことを雄弁に物語っている。

これには多くの帝国民がショックを受けた。いくら法の認めるところであったとしても、やはり倫理的な観点から後ろ暗さを感じる者が少なからずいたからだ。

 

 

しかし本当の衝撃がやってくるのはここからだった。

次に姿を現したのは、目を見張るような美男美女でも煌びやかな騎士でもない。

鱗や毛に覆われ、太く長い尻尾や鋭利な牙と爪をもつ生物。

そう、亜人だったのだ。

その数なんと46体。妙に理性的なゴブリンと戦士然としたリザードマンやトードマン、通常より二回りも大きいナーガに長い尾をもつ四足歩行の屈強そうな魔獣など、種類も個性も豊かである。しかもこれまで闘技場の演目で見慣れてきた凶暴な獣とは違い、前を行く人間種に(なら)って歩調を揃え行儀よく行進までしている。

彼らの身に着ける見事な武器と掲げる魔導国の旗から判断できること。それはつまり、彼らもまた森妖精(エルフ)同様に正規の臣民であるということだ。

 

とはいえこれはジルクニフにも予想できていた。

使者にはきっぱり否定されたが、奴らの正体は南方で生き残った魔神だと想定していたからだ。

もし違っていたとしても、人類至上主義を唱える法国から異種族を守るために敵対するのはアークランド評議国のような亜人国家の可能性が高い。

 

(奴の言う『本番はこれから』とは十中八九こいつらのお披露目を示していたのだろう。だが残念だったな、こちらも読んでいたぞ)

 

久しく忘れていた優越感に上がりかけた口角は、しかし新たに登場した”ソレ”によって凍りつく。

 

”ソレ”―――アンデッドは曲がりくねった金属製の楽器を軽快に響かせ、肉のない脚を一定の間隔で動かしていた。

亜人はまだ意思疎通ができるため冷静でいられたが、どうやら音楽を奏でる骸骨というのは人々の恐怖と困惑をないまぜにしてしまうらしい。独特の曲調を遮るのは悲鳴半分、疑問半分の数万の声だった。

 

 

『『落ち着きたまえ。このアンデッドはパラダイン翁の許可を頂いて召喚した楽団なので武器は所持していない。無用な混乱はかの御仁の名誉を損なうことと同義であると心得よ』』

 

雑然とする中、紹介と言いつつ何の説明もしなかった魔導王がようやく口を開いた。

 

『『あれは召喚されたモンスターであって、カッツェ平野などで自然発生したアンデッドとは根本的に異なるのだ。生者への憎しみとは無縁なある種のアイテムだと思ってくれて構わない。むしろ感情も自我も無いおかげで、自衛のためですら人を攻撃することはない』』

 

奴はまたもフールーダの威光を利用して沈静化を図っており、そして腹立たしいことにその試みは成功だった。

30体のアンデッドが吹いたり弾いたりする音が貴賓室にまで聞こえるようになる。

 

「『アンデッドの労働力』、か...」

 

誰に向けたわけでもない独白は部下の耳にしっかり届いたようで、ロウネが奏者の手元を見ながらハッと息を呑んだ。

 

「へ、陛下。あんなに細かい作業を、同時にあれだけの数にやらせるなど...」

 

不可能だ。そんなことは分かっている。

魔法省の深部で極秘で行っている実験でも、農耕作業が精々なのだ。

なら魔導国は既に複雑な命令をこなせるような特殊技術か召喚方法を発見したのか?

 

(そうでないのなら吟遊詩人(バード)のアンデッドかもしれんな)

 

果たしてそんな陽気な死者など存在するだろうか。いや、いてくれた方がむしろ幾分気が楽になるくらいだ。

隔絶した戦力差に奢らずフールーダを離反させ、さらにアンデッドを使いこなす他種族国家を相手にしているのだから。

 

(もうあそこから竜が出てきても驚かないぞ。)

 

 

ジルクニフは一旦思考するのを諦め、ただあるがままを受け入れることにした。




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