骸骨と山羊と自然科学者   作:chemin

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前話から約一か月後


ウルベルトと王国の影
蒼の薔薇と王国


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薄暗い部屋の中。

そこには椅子に囚われた九人の男女と、彼らを冷たい眼で眺める一人の悪魔がいた。

 

 

「結局人間のやることなんてのは、どこの世界でも変わらないんだな...まったく、反吐が出る」

 

悪魔は人の強欲を愉しみつつも、隠しきれない憎しみを込めて呟く。

するとその声から伝わる負の感情に呼応するかのように、床や壁に映る影が不自然に(うごめ)いた。影はユラユラと揺れ動く蝋燭の火に翻弄されながらも、明確な殺意を持って捕虜の方へと伸びていく。

 

 

「おっと、いらんこと思い出しちまった。影の悪魔(シャドウ・デーモン)、今はやめとけ。こいつらにはまだ働いてもらわねばならんし、どうせこの後に盛大な歓迎会が控えてるんだ。腹を空かせた誰かさんの眷属もいることだし、さっさと運んでおいてくれ」

 

しかし軽く諫めれば、それらは殺気を消し淡々と運搬の作業へと移行する。すぐに引き攣った顔の人間が一人、また一人と闇の渦へと運ばれた。

 

「ああ、そこの全身に動物の入れ墨を施した奴だけは例の実験室に連れていけ。なんか特殊な武技でも習得してるかもしれないからな」

 

そして最後の大男だけは別の指示を出し、綺麗に片付いた部屋で独りごちる。思い出すのは調べていくうちに分かった、この国の実態だ。

 

 

「理不尽な既得権益に、搾取されるだけの弱者、か。腐ってんなぁ、ここは」

 

今回捕らえた巨大犯罪組織の長達。私腹を肥やすことしか頭にない貴族。搾取されているのに、立ち上がる覚悟のない弱者。どいつもこいつも、本当に...

 

 

本当に、壊しがいがある。

 

理想の”悪”を瞳の奥に描いて悪魔は笑う。

これは帝国で魔導王杯が行われる少し前の出来事であった。

 

 

 

 

――――

―――

――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

麦畑が黄金色(こがねいろ)に染まる頃。リ・エスティーゼ王国の王都では、ある一つのことに関心が寄せられていた。

それは領土をめぐる戦争である。といっても、毎年この時期に行われる帝国との小競り合いのことではない。

今回の相手は突然現れた隣人、アインズ・ウール・ゴウン魔導国だ。

かの国はしばらく前に、アゼルリシア山脈とトブの大森林全体を領土とし建国するという声明を発表した。王国になんの断りもなく『国を作りました』などとのたまう暴挙にはこの際目を瞑るとしても、問題は一方的に告げられた領土の範囲だ。

険しい山岳地であるアゼルリシア山脈の方はまだいい。だがトブの大森林までとなると話は変わってくる。あそこは国王ランポッサⅢ世の直轄領である城塞都市エ・ランテルからほど近く、森林外縁部にはいくつかの開拓村が散在している。村が存在しているということはつまり、王国が実効支配しているということだ。

かの地域では人物や地名で、『アインズ・ウール・ゴウン』なる名はどの史料文献にも記録されてはいなかったので、村人が独立を企んだということもない。となるとこれは、侵略からの防衛、奪還のための戦いとなる。

この主張を軸に、王国貴族はほぼ全員が魔導国に敵対する意思を示した。

 

 

 

 

 

しかし今度の戦争には不安材料も多い。

それは王都のとある酒場の一角に集まった、アダマンタイト級冒険者”蒼の薔薇”の面々にとっても同じだった。

 

 

「魔導国との戦争のために冒険者の徴用だぁ?おいおい、貴族様は本気で言ってるのかよ?」

 

戦いでも話し合いでも先陣を切る全身鎧の大柄な女(?)戦士、ガガーランがあきれたように鼻を鳴らす。リーダーであり希少な復活魔法の使い手、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラからの報告を受けてのことだ。

 

「どうせいつもの馬鹿貴族が喚いてるだけ。冒険者組合が黙ってない」

 

「人や国どうしの争いには干渉しないのが掟。私達が言えた柄じゃないけど」

 

ニンジャと呼ばれる、隠密が得意な特殊な職業(クラス)につく双子のティアとティナもすぐに同意する。

 

「おい、お前ら。盗聴対策に防音の魔法をかけてるとはいえ、もう少し声を落とせ」

 

二人の人目を憚らない発言を、見た目に反しチーム最年長である仮面をつけた魔法詠唱者(マジックキャスター)のイビルアイが注意するが、あまり効果はなかった。

 

「大丈夫。これはイビルアイの魔法を信頼してる証」

 

「そうそう。それに口元は隠してるから、唇の動きで読まれることもない」

 

この双子は元・凄腕の暗殺者なので、イビルアイとて本心から咎めているわけではない。しかし今日の話題は内容が内容なので、慎重にならざるをえなかった。

 

 

 

冒険者。彼らの仕事は名前のごとく冒険すること、ではない。実質は国家や政治権力から独立した、基本”対モンスター専門の傭兵集団”だ。盗賊からの護衛などは例外だが、そういった依頼を除けば、いかなる国民にも危害を加えてはならない。そのためここリ・エスティーゼ王国だけではなく、バハルス帝国や、亜人国家のアークランド評議国にカルサナス都市国家連合など、かなり広域に根を張っている。

もし掟を破り特定の政府や組織に肩入れした場合、冒険者の資格をはく奪され、ケースによっては組合お抱えの暗殺者が差し向けられたりするのだ。実は蒼の薔薇も裏でラナー王女の依頼を受け、犯罪組織”八本指”の活動に対する妨害工作を手伝っているという背景がある。今日の集まりだって、ラキュースが登城して王女から得た情報を皆で共有するためである。それでも彼女らが王都の冒険者組合から罰を受けないのは、最高ランクであるアダマンタイト級の地位のおかげであった。

だからといって決して表沙汰にしていいことではない。特に本人達の口から洩れたとなれば間抜けもいいところだ。

 

 

「宮廷会議では私達のことは話題に上がらなかったそうだから、まだこちらが黒粉(くろこな)の栽培を邪魔している証拠を掴めていないのだと思うわ。でも八本指と結託している可能性の高い貴族が、不自然なくらい冒険者を徴用すべきだと言い張っていたらしいの」

 

ラキュースが逸れかけた話題を元に戻す。ちなみに黒粉とは近頃王国を中心に流行している麻薬であり、その栽培を行う農村の畑を焼き払うのが最近の主な活動だ。

 

「つまりあれか?商売の邪魔してくるから、(やっこ)さん貴族をけしかけて俺達を無理矢理徴用させちまおうって魂胆かよ。気持ちは分かるが、大掛かりなわりにそいつはちょっと成功の見込みが薄いやり方なんじゃねえか?」

 

「たしかに今までの戦争ならそう。けど今年は...」

 

八本指からの圧力。そう示唆するラキュースに対してガガーランは懐疑的だったが、こと今回ばかりは相手の軍勢に無視できない要素があった。

 

「たぶんティアが想像している通りよ。いつもなら突っぱねるのも簡単だったけれど、これから戦おうとしてるアインズ・ウール・ゴウン魔導国は多種族国家。軍の規模が分からないだけでなく、トブの大森林に棲む亜人に加えてアンデッドまでも従えているそうなの」

 

 

そう。魔導国が建国の表明とともに人々に衝撃を与えたこと。それはあらゆる種族が暮らす、人間国家でも亜人国家でもない、()()()()()であることだった。

 

「...」

 

腕を組み無言を貫くイビルアイをちらりと見やり、ラキュースは続ける。

 

「そこで王国は魔導国を国とは認めず、”モンスターの群れ”とみなすことにしたのよ。だから『モンスターの討伐依頼』という名目にすることで、徴用を成立させられると考えているみたい」

 

「なるほどな。国家間のいざこざに介入しない決まりがあるなら、相手を”国じゃない”ことにしちまえば解決って寸法か。こりゃあ、思ったより話がややこしくなっちまいやがったな」

 

ガガーランは眉をしかめながら背もたれに上半身を預けた。

国対国の構図を、国対モンスターの群れにすり替える。屁理屈に聞こえなくもないが、完全には否定できない口実だ。しかも戦いに負ければ民が文字通り”食い物”にされることもあり得るわけで、むしろ参加したがる冒険者だっているかもしれない。

 

 

「現状はそんなところかしら。それで、私達はこれからどう動くべきなのか、皆の意見を聞かせてほしいわね」

 

ラナーから聞かされた内容の説明が済み、議題は今後の活動方針へと切り替わる。

 

「とりあえず、戦争には行かないに一票」

 

「同意見。でも建前が()るから、戦争の時期に合わせて依頼を見繕ってもらうよう、今から組合と交渉しておくべき」

 

「俺もそう思うぜ。あとは八本指が裏で貴族に圧力かけてんなら、そっちの力も削いでおかねえとな」

 

ティア、ティナ、ガガーランの三人の考えは、概ね合致している。

 

 

「戦争に関わらないことには賛成だ。だが、魔導国については調査しておく必要があるだろうな」

 

しかしイビルアイは根本こそ大差ないが、こちらは魔導国との関与を主張した。

 

 

「...やっぱり、アンデッドを使役してるのが気になる?」

 

「..ああ」

 

仮面の下でイビルアイは紅い瞳をそっと閉じた。

彼女には、メンバーと他に極少数の者しか知らない秘密がある。それは彼女の正体が、”国堕とし”と呼ばれる伝説の吸血鬼であるということだ。妙な縁から蒼の薔薇に加入し行動を共にしているが、人でなくなってからはもうかれこれ二百五十年以上も経つ。

しかし秘密はそれだけではなく、実はメンバーすらも知らない過去があった。

いまだ色褪せぬはるか昔の記憶に刻まれているのは、十三英雄としての壮絶な旅。そして...”ぷれいやー”なる存在との関わり。

 

 

「まあ、あくまで危険性を調べる程度だ。ことを構えるつもりはない。そこはリグリットと相談しながら私がやっておくから、お前達は八本指に集中しろ」

 

「おっ、あの婆さんなら任せても大丈夫そうだな」

 

「そういえばリグリットにはしばらく会ってないわね。連絡とれたらよろしく伝えておいて」

 

「分かってる。暇があったら顔を見せるよう言っておく」

 

頭にこびり付いて剥がれないその可能性を口にはせず、なるべく普段通りを装う。何か隠していることなどバレているだろうに、こういうとき深く追求してこない仲間の気遣いを、イビルアイはありがたく感じた。

 

「ありがとう。じゃあ、他に何かある人は?」

 

 

ラキュースが問いかけるが、誰からもそれ以上の発言はない。各人の考えが出揃ったことを確認し、チームとしての統括に入る。

 

「では皆の意見をまとめると、蒼の薔薇は戦争には不参加で決定ね。というわけで、ティアとティナはなるべく急いで八本指の拠点や取引を洗ってちょうだい。イビルアイはリグリットと魔導国の情報収集。ガガーランと私は待機組だから、最近噂の魔道具店でも見に行ってこようかしら」

 

「了解、鬼リーダー」

 

「さすが、人使いが荒い」

 

「二人ともそれ以上言ったら仕事増やすわよ」

 

やや不満そうな双子のささやかな抵抗は、満面の笑みによってあえなく撃沈する。

 

「逃げるが勝ち」

 

「負けを認めたわけじゃない。これは戦略的撤退」

 

「もう...それじゃ、今日はこれでお開きにしましょうか」

 

ちょうどタイミングよく防音の魔法が切れたのを見計らい、ニンジャは音もなくその場をあとにした。そのうしろ姿を見送りながら、ラキュースはため息をついて残る二人にも解散を宣言する。

 

 

 

 

「なあリーダー。さっき言ってた噂の魔道具店ってのはなんだ?」

 

別行動のため酒場を去っていくイビルアイの背中を見送り、ガガーランが尋ねる。

 

「あら、知らないの?最近エ・ランテルから移転してきたお店で”マルム商会”って名前なんだけど、品質が良いって評判よ」

 

ラキュースによると、その魔道具店はふた月くらい前に王都に進出してきた商会とのことだ。扱っているのは多種多様な魔法武器に、希少なアイテムの数々。特筆すべきは、それらを格安な値段で冒険者に貸し出していることらしい。購入しようとすれば高額すぎて手が出ないものも、短期間だけ貸し出す制度を導入して低コストを実現しているそうだ。

 

その話が本当ならば、たしかに冒険者にとっては非常にありがたい。

しかし売るのではなく()()という行為には、必ずと言っても過言ではない、重大かつ避けようのないリスクが伴う。それは持ち逃げする者が現れる可能性、つまり『貸したものが返ってこない』現象である。商品がなくなったら当然店も立ち行かなくなるわけで、ゆえに大きな後ろ盾がないと何かを貸す商売が長続きしないのは常識でもあった。

 

 

「それがね、返却率が十割なんですって」

 

ガガーランが疑問をそのまま伝えるが、ラキュースの返事は意外なものだった。

 

「十割だぁ?そりゃさすがに嘘くせえな。仮に善人ばかり客として選んでようが、そいつが依頼の最中に死んじまったり、貸りたもんを誰かに奪われたりでもしたら、回収のしようがねえだろうよ」

 

「私もそう思ったわ。でも、実際にできてるからこそ噂になってるの」

 

「へえ...マルム商会か、ちょっと興味がわいてきたぜ」

 

 

品物の管理を徹底している店は、信頼も得やすくなる。新進気鋭の小さな一商会であろうとも、伸びしろがありそうならチェックしておく価値は十分にあるだろう。

どんなアイテムが置いてあるのかを想像しつつ、二人は目的地に向かうために腰を上げた。




(あれ、思ったより文字数が少ない)
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