絶世の美女とことあるごとに目が合う。
ふと視線を感じてそちらを見ると、熱い眼差しがあるのだ。
それだけで大抵の男は恋に落ちるだろう。
相手が
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コンコン
このナザリックではノックの音だけでその扉の先にいるのが礼儀作法に長けた者だと分かる。扉そのものの材質が良いのだろうか、いつもながら不思議な技術だなと感心しつつ来訪者の名を告げた側仕えの一般メイドに入室の許可を出す。
その来訪者はノック同様に優雅な足音を響かせ、ブルー・プラネットが大気組成の分析作業をしている机の正面から少し離れた位置で跪いた。一連の動作の中棘つきの無骨なガントレットがメイド服に引っかからないよう器用に立ち回っているが、その一挙手一投足は美しさを欠片も損なっていなかった。
「ユリ・アルファ、御身の前に」
ブルー・プラネットは手を止めて机の前まで進み出た。
思えばこうしてしっかり対面するのは転移してから初めてかもしれない。
彼女は細身ではあるが女性らしさにあふれた肢体と、知性を醸し出す眼鏡の奥に慈愛に満ちた瞳をもっている。カルマ値が極悪上等のナザリックにおいて今後その瞳に映る光景は必ずしも手放しで歓迎できるものばかりではないだろう。モモンガやウルベルトと違いカルマ値が中立なブルー・プラネットは、かつての同業者が残していったこのメイドのケアは自分がやるしかないなと決意を新たにした。
「お疲れユリ、ずいぶんと早かったけど仕事は大丈夫か?」
実際つい先刻『手が空いた時に来て』と呼び出してからまだ5分も経っていない。
「ぼ...私共は至高の御方にお仕えすることこそが存在意義。労いやお気遣いの御言葉など不要にございます」
案の定、謙虚や低姿勢の度を越した返答が来る。NPCたちのこの態度には特に元営業マンのモモンガは辟易としていた。
(それでも上位者ロールが崩れないんだから、ギルマスには本当に頭が下がる)
もう少し軟化させたいが、しかし意識改革というものは一朝一夕でなし得ることではない。社会人ギルドでもあったアインズ・ウール・ゴウンのメンバーは日々の仕事の中での経験や、ゲーム内でも異形種狩りに悩まされたこともあり偏見や思い込みなどには根気強い対応が必要だと理解している。
「まあそんなこと言わないで気を楽にしてほしいんだけど...」
そうしてやや間をおいてから真剣な空気をつくると、雰囲気から何事かを感じ取ったようでユリも再度姿勢を正す。
「最近ユリからとっても視線を感じるんだけど、どうしたんだろうと思って。ああ、そんな顔しないで。別に不快だとか思ってないし無理に全部話せとも言わないよ。ただ単純に気になるし、ユリが何か嫌なことを我慢してるなら僕もどうにかしてあげたいだけだから。それはモモンガさんやウルベルトさんも同じ気持ちだよ」
話している途中ユリが『やってしまった!』みたいな顔になったが、とりあえず言いたいことは先に言わせてもらった。
そう、転移してからこちら、九階層を歩いていたりプレアデスを集めて指示を出したりするたびにユリからの視線を感じていたのだ。これほどの美人に見つめられるのはまんざらでもないが、憧憬や恋慕といった表情ではなく『話しかけたいが躊躇している』といった様子なので、彼は安い男のよくある勘違いなどはすることもなく上司として問うてみようと考えた。
「...至高の御方のお手を煩わせてしまうなど、メイドとしてあるまじき無礼をお許しください。この頃ブルー・プラネット様を見ておりましたのは、実は...その...ずっとブルー・プラネット様にお伺いしたかったことがございまして...」
遠慮気味なもののどうやら無事に核心を聞き出すことができそうだと安心し、続きを促す。
「いいよ、知ってることなら何でも答えるから。言ってごらん」
ユリは一度目を閉じ、意を決して尋ねてきた。
「ブ、ブルー・プラネット様は『ぼくっこ』なのでしょうか!?」
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円卓の間で三人の定例会という名の休憩をしながら、ブルー・プラネットは二人に先ほどの出来事を語った。
「えっ、ユリがそんなこと訊いてきたんですか!?」
「ぶふっ...くくく...そんな面白い、いや大変なことがあったのならたしかに我々に報告しないとですね」
モモンガさんは純粋に驚いているようだが、ウルベルトさんは絶対に楽しんでいるな...
「いや笑い事じゃないですよ。アインズ・ウール・ゴウンで一人称が僕だったのはやまいこさんと自分だけでしたし、やまいこさんとぶくぶく茶釜さんが『ぼくっこ最強説』を唱えてたのを覚えていたらしくどうやらずっと気になってたみたいです。そのあと一応ユリに『僕っ娘』の本当の意味を教えてあげたら気の毒なくらい真っ青になって...とりあえず誤解が解けてよかったけど、あんなに疲れる質疑応答は教師時代にもなかったよ...」
深いため息をつくブルー・プラネットを見て、やっとウルベルトも心労を察したようだ。
「でも実際俺やモモンガさんも知らないうちにあらぬ誤解をされてるかもしれないし、他のプレイヤーがうちのNPCと接触したときに間違った情報を渡さないよう注意しないとな」
「ウルベルトさんの言う通りですね。じゃあアルベド...は統括が忙しそうだから、デミウルゴスにナザリックの意識や知識調査を頼んだらどうですか?」
明日は我が身な出来事だといち早く気づいたモモンガの提案に反対意見はなかった。何も知らないうちにナザリックで最もこの三人を誤解している存在に調査を託すことが決定したが、残念ながらそれを指摘してくれるものはどこにもいない。
ふとモモンガは気になったことがあり質問をぶつけてみた。
「でもブルー・プラネットさんって一人称が僕ですよね...こう言ってはなんですが、オフ会で見たときは非常に立派なお身体でしたので『俺』とかの方が似合ってる気もしますが...」
傍目には全くもってその通りだろう。亡き妻にも外見と喋り方のギャップをよくからかわれたものだ。
「それはよく言われます。でも元来気の小さな性分でして...それに教員時代に子供が怖がらないよう目線を合わせるためにずっと一人称を僕にしてたら、そのまま板についてしまっただけなんですよ」
苦笑しながらユリにもした説明を繰り返す。職業柄が普段の会話にも反映されてしまうのが同じ社会人の二人にはよく共感できたようだ。
「そうだったんですか。私も営業職でしたから、もう丁寧な話し方が自然体なんですよね...その反動で魔王ロールが好きになったのかもしれません」
「俺は機械やプログラミングをしてたから他人との接点が少なかっですね。だからしっかり丁寧な話し方しようとすると悪魔ロールのときみたいになってしまうんですよ」
それからはお互いのリアルでの生活についてで盛り上がった。暗黙のマナーとしてゲームにリアルは持ち込まないということもあったが、異世界に来てたからこうして友人たちの知らない面を知れたことに三人とも少なからず嬉しさを感じられた。
「そうそう、さっきの一人称の話にちょっと関係するんですけどね」
急に人型の霧が右手らしきものを挙げて発言する。
「僕だけ名前呼びづらいでしょうから、短くしませんか?」
唐突ではあったが、その意見には正直二人とも同感だった。
「そうさせてもらえると助かりますね。じゃあなんとお呼びすれば?」
「なんでもいいですよ。そちらのお好きなように」
呼び名をこちら任せにされたのでしばらく考え込み、おもむろにウルベルトが提案した。
「...キリンさん?」
「ぶはっ!」
...彼は骨の身体のどこがむせたのだろうか。それよりも。
「ウルベルトさん、たしかに麒麟になってみせましたけど、それはないでしょう」
「すみません、あまりにインパクトが強すぎたので。でもモモンガさんとは名前で、僕とは種族的に動物つながりですよ」
『何でもいい』には信頼に基づく言葉だ。それを分かっててわざとふざけているらしい。
先日第六階層から帰ったあと二人にもフレーバーテキストが忠実に再現されていることを報告し、その証拠として麒麟や人に変化してみせたのだ。唖然としている両者だったが、むこうもパッシブスキルやマジックアイテムの検証結果を教えてくれてこちらも驚いた記憶がある。当初はカッコイイと持て囃してくれたが、日常生活は不便なうえ骸骨と山羊と麒麟の組み合わせがシュールすぎるので普段は原形である霧状のままでいた。
「あ、沈静化された...」
とか呟いてるギルマスはおいといて、仕方なく自分で決めることにする。
「シンプルに『ブルー』でいいです。普通におねがいします。」
「分かりましたブルーさん」
こうして夜は更けていく...
「キリン・ブルーなんてどうですか?」
「モモンガさん?」
とりあえず序盤はこれにて終了です。
今さらだけどここまで捏造設定多いとオリ主にした方がよかったのかも...
次話は一か月後のナザリックから物語スタートです。
色々といっきに展開します。
...これ需要あんのかな?