今回は其の弐である「夕陽の仕掛人」の転載版です。
クオリティとしては前回より下がっております。
その日、輝(ひかり)梅安は、第13鎮守府の東へ半里(約2㎞)海沿いへ行った所にある料亭〔出雲丸〕に向かっていた。梅安にとってそこは馴染みの料亭で、そこの女将である元艦娘の飛鷹とは、情事を共にする関係であった。
梅安と飛鷹が、何故このような関係に至った経緯は、時を5年ほど遡る。
五年前の初夏、南方海域のサブ島戦線から本土に召還された梅安は、歌舞伎町で百貨店を営む裏稼業の元締〔大黒屋市兵衛〕からある仕掛けを200万で頼まれた。当時の梅安は、サブ島で多くの兵士の生き死にを目の当たりにしていた事から精神的にまいっていたため、到底仕掛けをする気にはなれず断ってしまった。
その2日後、梅安は川で身投げしようとした1人の艦娘を助けた。それが飛鷹である。
梅安は飛鷹に、なぜ自殺しようとしたのか、その経緯を尋ねた。
それはあまりに酷い話であった。飛鷹は元々第89鎮守府に所属していたが、2週間前のサーモン海域での任務の道中で弾薬が底をついたため、撤退を進言したが、司令官の〔今井千蔵〕はそれを却下、進軍を命令した。飛鷹はその命令を破り、独断で撤退を決断し、鎮守府に帰還した。
だが、帰ってきた飛鷹達を待っていたのは、〔憲兵〕を騙った今井の雇ったヤクザ共による凌辱であった。飛鷹達は死に物狂いで抵抗し、なんとか鎮守府を逃げ出したが、その代償として純潔を失ったのである。路頭に迷った飛鷹達は、帝都の歌舞伎町で仕掛人の噂を聞き、頼み金を稼ぐべく皆が泡風呂に身を沈めた。その中で、1人、また1人が首をくくり、とうとう飛鷹だけが残されたのである。
梅安は事の経緯を聞くと、飛鷹が持っていた50万の金のうちの10万を貰うと、遂に今井の仕掛けを決心した。その数日後、梅安は今井を
(卒中に見せかせて)
仕掛けたのである。その翌日、今井の死は地元憲兵により〔病死〕として片付けられた。しかし、本題はここからであった。
数日後、市兵衛の自宅に呼ばれた梅安は、驚くべき事を聞かされた。実は、今井の仕掛けを市兵衛に頼んだ〔起こり〕は、飛鷹その人だったのである。結果的に梅安は、図らずも市兵衛の依頼を間接的に引き受けてしまったのである。市兵衛は前金と後金を含めた仕掛料を梅安に渡すと、
『いやはや、最初は断っておきながら、〔蔓〕である私に黙って〔起こり〕に直接会って引き受けてくれるとは、梅安先生もお人が悪いですなぁ。はっはっはっ』
と、笑いながら言った。その時、梅安は貰いたくもない仕掛料を懐に入れた。
その後、梅安は飛鷹が居たソープを見つけると、その仕掛け料で飛鷹の身請けをして、1夜限りの関係を持つと、当時海軍軍人であった半右衛門に預けたのである。
その4年後、梅安は第13鎮守府に着任して1週間が経ったある日、偶然にも料亭の女将となっていた飛鷹と再会した。そして、梅安はまた飛鷹を抱いた。それ以降の梅安は
(もう吉原に行く気も失せた…)
と思うほど、飛鷹以外の女には手を出さなくなり、そして、今に至るのである。
梅安にとって、4ヶ月振りとなる出雲丸での晩酌であった。
(今夜は飛鷹と朝までいるか…)
そんな事を考えながら、梅安は鎮守府で借りたLEDランタンを右手に持ち、夜道を歩いていた。
行手は真っ暗闇だった。
鎮守府の門を出て、どのくらい経ったのだろうか。
突然…
梅安は、背後から誰かが近づいているのを感じた。梅安が立ち止まると、その者も立ち止まった。梅安が再び歩き始めると、その者もまた、歩き始めた。
梅安は再び立ち止まると、今度は背後から殺気を感じとった。梅安はLEDランタンの電源を消すと、ぱっと3間ほど飛び退った。
「誰だ?」
梅安は重く低い声で、今しがたまで自分が歩いていた彼方の闇に問いかけた。
闇は答えない。ただ、その闇の中に、キラリと光るものが見えた。
銃身が光ったのだ。
再び梅安は飛び退ると、
「この私を、帝國海軍第13鎮守府司令官・輝梅安と知っての闇討ちか?」
闇に切りつけるように言った。
すると、梅安は相手の殺気がゆるんだのを感じた。
よくは見えないが、覆面の艦娘…しかも戦艦娘らしい。
そのまま、梅安も相手も動かなかった。
ややあって、相手が銃をしまう音が聞こえた。
「第13鎮守府(うち)の艦娘じゃないな…どこの所属だ?」
梅安は訊ねたが、相手は答えない。ただ、
「traurig(すまない)…」
といって、闇の中に消えた。
梅安はしばらく身を沈めていたが、すぐに身を起こすと、静かに、そしてゆっくりと鎮守府に戻った。
鎮守府に戻った梅安は、まず執務室の電話を使い、飛鷹に急用で来れない事を告げた。
「本っ当にごめん!突然急用が入っちゃったんだ!この埋め合わせはちゃんとするから!な!だから機嫌直して!…うん、うん、それじゃ、また暇な日に」
電話を切った梅安に、それを隣で聞いていた矢矧が皮肉めいた口調で問いた。
「また、飛鷹さんのご機嫌とりですか?」
その言葉に、梅安は舌打ちして外を向いた。このごろの鎮守府では、梅安と飛鷹の関係は、もはや
「誰も知らぬものはいない」
ほどであった。
だがそれよりも、梅安と矢矧は先刻梅安を襲った謎の艦娘のほうが気がかりだった。
「しかし、あの提督が近づかないほど気がつかないとは…」
「ああ、恐らく結構腕が立つガンマンだな」
梅安は、襲われた時こそ相手の見た目は分からなかったが、その手に持っていた銃は把握していた。
「S&W M3スコフィールド・リボルバー。かつてあのSAAと米陸軍正式拳銃の座を争った傑作中折れ式リボルバー。しかもそのステンレスモデルだ」
「しかしステンレスモデルはS&W社では製造していないはずでは…」
「恐らく特注品、いやカスタムモデルだろう」
「カスタムモデル…ですか?」
「ああ…それも腕利きの職人によるな」
「では、相手はやはり仕掛人…」
「いや違うな」
梅安は矢矧の考えを否定すると、湯呑みに淹れていた茶を啜った。
「何故そうだと?」
「本来腕が立つ仕掛人なら、仕掛ける的の顔を事前に見て、そっから段取りを考える。そして相手に殺気を感じさせることなくあの世に送る。ところが奴は、俺を的かどうかも確かめずに殺気を剥き出しにして襲いかかった。ようは殺しに関してはドがつくトーシローだ。尤も、それを言っちまうとお前もまだまだ青いって事だ」
梅安の説明を聞いた矢矧は、自分もまだまだ甘いという事を実感した。
「さて、と。俺は自室で寝てくるか。お休み」
梅安はそういいおくと、執務室から退室した。そして、矢矧もまた、執務室の灯りを消して、退室した。
*
その日の深夜、ある事件が起きた。1年前、海軍警務隊に逮捕された反体制派の最大勢力である〔新日本赤軍〕の最高幹部〔江戸島権蔵〕が収監されている小田原の政治犯収容所をテロリストが襲撃、激しい銃撃戦の末、収容所の所員全員が射殺され、テロリストは収監されていた権蔵を連れ出したのである。
*
翌日の朝、地元警察から報告を受けた源蔵は、副官の佐嶋弥三郎中佐と秘書艦の武蔵及び第1夜戦特化隊の隊長である軽巡棲姫と共に現場である収容所に来ていた。
「奴ら、結構派手にやりやがったな」
源蔵は現場の内情を見て、そう言った。壁には流血の跡が飛び散り、床には爆破された外壁の破片が飛び散り、至る所に弾痕が確認できた。
4人は奥に進むと、ブルーシートで覆われた仮の遺体安置所に到着した。4人は中に入ると、夥しい数の遺体が列を成してブルーシートを被せられている様子が目にうつった。源蔵は遺体の一つに近づき、手を合わせて短く念仏を唱えると、被せていたブルーシートを剥がした。
そこには、とてもかつてこの場で生きていた人間とは思えない程、蜂の巣にされた凄惨な遺体があった。
「ひでぇ事しやがる…」
源蔵の背後で遺体を見た佐嶋はそう呟くと、目を瞑って手を合わせた。源蔵は無言で、再びその遺体にブルーシートを被せた。
「殺されたのは所員だけか?」
源蔵は同行していた鑑識に聞くと、鑑識はバインダーに挟んだ資料を捲った。
「いえ、他にも収監されていた政治犯も全て殺されています」
「口封じのつもりか…外道が」
武蔵は吐き捨てるように言った。当然の反応だ。仮にも同じ釜の飯を食った囚人達を、解放するのではなくその場で殺したのだ。源蔵たちは保管された遺体の列に、再び黙祷した。
その時だった。不意に、武蔵の横にいた軽巡棲姫が外の方向を向いたのだ。それに気づいた佐嶋は、軽巡棲姫に声をかけた。
「ん?どうした、軽巡?」
『ナニカ…殺気ヲ感ジル…』
その言葉を聞いた源蔵らは、周りを見渡すが、何も感じなかった。
「……?別に何も感じないが?」
『狼ノヨウナ…鋭イ殺気デス…感マセンカ?』
「気のせいだろう。さ、早く次行くぞ」
源蔵はそういうと、3人はブルーシートの外に出た。それを遠くで見つめる影がいるとも知らずに…
*
それから数日後、梅安と矢矧は音羽屋を訪れた。日進から、新しい仕掛の依頼が来たという報告を受けたのである。
茶室に着いた2人には、既に半右衛門がそこに待っていた。
「お待ちしてました」
梅安と矢矧は、軽くお辞儀をすませ、手前の座敷に座ると、直ぐに本題に入った。
「で、今度の仕掛けの的は?」
「数日前に小田原の政治犯収容所を脱獄した江戸島権蔵を覚えておりますか?」
「ええ…もしや…」
矢矧が察した時、半右衛門はニヤリと笑うと、仕掛の的を明かした。
「察しの通りです。今回の仕掛けの的は、江戸島権蔵と、その脱獄を手引きした新日本赤軍の構成員12名の仕掛けです」
半右衛門はそういうと、前金を梅安の手前に置いた。それを見た2人は、前金の額がいつもの倍ある事を悟った。
「前金2000万ですか…〔起こり〕はかなりの大物と見ました」
「時間をかけてもよろしい。それも今回は相手が多いですから、助っ人の仕掛人を呼ぶのも許します」
半右衛門の話を聞き終えると、梅安は前金の半分を懐にしまうと、残りを矢矧に手渡した。
「引き受けましょう」
そういうと、梅安と矢矧は茶室から退室した。
その時、梅安は座敷にお膳を運ぶ1人の外人の女中を見た。綺麗な、しかも美しい金髪の外国人の女中だった。
「……」
「…提督?」
しばらく見とれて我を忘れていたが、矢矧の声で、梅安ははっと我に返った。
「大丈夫?」
「ああ…大丈夫だ」
そういうと、2人は鎮守府に戻った。
*
鎮守府に戻った梅安と矢矧は、すぐに支度のため自室に入った。
梅安は自室の棚から砥石を取り出し、水に浸すと、懐から殺し針を取り出し、それを研ぎ始めた。
その時、自室の扉が開き、1人の艦娘が梅安の部屋に入ってきた。その艦娘は、右手に手持ちサイズの筒を持っていた。
梅安はその気配を感じ取ると、研いでいた殺し針を人差し指と中指の間に挟んだ。
「俺を殺すなら、そんな剥き出しの殺気は出さねぇ方がいいぜ…阿賀野」
梅安がそういうと、背後の艦娘は筒を懐にしまうと、ニコッと笑うと、その場に座った。
「流石は梅安さん。私もまだまだね」
軽巡阿賀野…第13鎮守府第4水雷戦隊の旗艦を務めるこの艦娘は、梅安にとっては古い付き合いの仕掛人である。梅安は阿賀野と組むときは、基本大がかりとなる仕掛けが常であり、今回のような多人数を仕掛ける場合ではいつも阿賀野の助けを借りていた。
阿賀野の言葉を聞くと、梅安は自分の取り分を引いた500万を阿賀野に手渡した。
「今回の仕掛けってもしかして阿賀野と能代の助けがいるほどの大物?」
「ああ、それも結構骨の折れる大仕事だ」
「相手は?」
阿賀野の問いに、梅安は殺し針を研ぎながら答えた。
「新日本赤軍最高幹部、江戸島権蔵と、その手下12名」
「ほえ~…」
それを聞いた阿賀野は、ひょうきんな声を上げた。当然であった。こちらは4人、相手は権蔵合わせて13人。4人でもやれるかどうかは微妙であった。
能代と矢矧は、刀を多用する仕掛人だから多人数でも然程支障はないが、梅安と阿賀野はスニークキルに長けた仕掛人であるため、多人数戦は論外であった。
「段取りはどうするの?たとえ的の場所がわかっても、能代と矢矧は問題なくても私と梅安さんじゃあせいぜい合わせて4人が限度よ?」
「それに相手はチャカを持っている。マトモにやりゃあ自殺行為だな」
梅安は2本目の殺し針を研ぎながら言った。
「そこでだ。今元締に頼んでもう1人助っ人を用意させている」
「もう1人?一体誰なの?」
さあな。と、梅安は答えると、梅安は3本目の殺し針を取り出した。
殺し針の先端が、キラリと光った。
*
翌日の深夜、日進は平塚にいた。裏の情報筋から、権蔵によく似た男が、手下の男衆を引き連れて平塚にある老舗料亭〔駿河〕に入ったという事を聞いたのだ。
日進は屋根に上ると、慣れた手つきで屋根裏の隙間に入った。
その頃、旅館の広間では、権蔵をはじめ新日本赤軍の構成員が集結していた。
「で、正門の守りはどうなっている?」
「思っていたより手薄です。当直の守衛が4人体制の6時間交代です」
「武装も拳銃1丁だけなんで、どタマに一発入れれば楽に侵入できます」
手下の報告を聞いた権蔵は、ある図面を懐から取り出した。図面には、〔第七鎮守府〕と書かれていた。
「いいか、今回の襲撃の目的は、我ら新日本赤軍の崇高なる目的を邪魔する海軍警務隊の総本山である第7鎮守府を壊滅させる事にある。奴らがいる限り、我らの行動に支障をきたす。奴等が寝ている隙に少人数で押し入り、鎮守府営舎と資材保管庫にプラスチック爆薬を仕掛け、奴等が目覚める前に時間をセットし、爆発させる。この作戦の支度は、予てより我が同志達が箱根山中に建設した〔別荘〕で行う」
権蔵の説明を、構成員は無言で聞いていた。
「既に逃走経路は確保している。奴等の鎮守府が爆発している頃には、俺達は既にこの国とはおさらばだ」
そういうと、権蔵は手下の一人ひとりに偽の身分証と航空券を配った。航空券には、
〔羽田発→北京着〕
と書かれていた。全員分配り終えた権蔵は、手を叩き、女中を入れた。
「今日は前祝いだ!思う存分呑め!」
それと同時に、女中が膳を置き始めた。
そして、宴が始まった。誰1人、屋根裏の”鼠”に気づく事もなく…
*
その頃、半右衛門は近くにある釣り堀に来ていた。無論、1人ではない。そこには、先刻座敷女中をしていた外国人がいた。
正確に言うと彼女は外国人ではなく海外艦であり、名をビスマルクといった。乞食同然の身を半右衛門の妻である三笠が手を差し伸べ、音羽屋で働く事になったのである。
「一体どういうつもりなのかしら?」
ビスマルクは、釣りに興じる半右衛門を見ながら言った。
「はて…?なんの事でしょう」
半右衛門は惚けたが、ビスマルクはそのまま続けた。
「乞食同然の身の私を女中に雇って三月…その間の親切、貧乏人のひがみではないけど、ただ事とは思えないわね」
「何か、『下心があるのではないか?』と、仰るので?」
「そうではないけど…」
ビスマルクはそういって、半右衛門から目を背けたが、今度は半右衛門がビスマルクの方を向いて答えた。
「実はそうなのですよ。実を言うと、あなたの腕を見込んで頼みたい事がありましてね…」
「私の腕?そう言ってもあなたは…」
今度はビスマルクの方がとぼけたが、半右衛門は真剣な眼差しで続けた。
「存じてますよ。先だっては人違いで無実の人を殺しかけたが、君は既に”新日本赤軍の幹部”を3人撃っておいでだ!」
《推奨BGM:西村佐内》
半右衛門がそう言った途端、ビスマルクは顔を変えて立ち上がると、懐にしまってある銃に手をかけた。それに対し、半右衛門は袖に隠したデリンジャーピストルに手をかけた。
「やはりばれていたのね。流石は“鬼の半右衛門”」
「やはり、私の裏の顔を知っていましたか。流石は〔連邦情報局〕のスパイですな」
「表向きは料亭主人を装い、裏では殺しの請負、上手いこと考えたわね」
ビスマルクの正体は、ドイツの諜報機関〔連邦情報局〕のスパイであった事を、半右衛門は既に悟っていたのだ。
「それで、私をどうする気?〔仕掛人の掟〕とやらに従いここで消す気かしら?」
「いいえ、実は貴方に”頼み事”をお願いしたくてね」
半右衛門は、釣竿をしまいながら答えた。
「どんな事かしら?」
「断っておきますが、聞いたら最後、もし誰かに口外すれば貴方の命はないと覚えてもらいます。たとえそれが”貴方の上司”であってもね」
半右衛門の言葉を聞くと、ビスマルクは懐から手を離した。
*
数刻後、半右衛門とビスマルクは茶室でその”頼み事”について話し合っていた。
「新日本赤軍の最高幹部、江戸島権蔵とその手下12名の仕掛けの手伝いね」
「口止め料として、貴方には200万を私に払ってもらいますが、その分貴方には400万の仕掛け料を頂き、且つ貴方自身の目的も達成できる。悪い話ではないと思いますよ」
ビスマルクは茶を啜り、渋る仕草を見せた。確かに悪い話ではない。本局からの指令は〔新日本赤軍の壊滅〕であり、それを勧められる事に越した事はないが、その代償として人殺し稼業の片棒を担ぐ事が、どうにもビスマルクの決断を渋らせた。
その時、ビスマルクの背後の戸が開いた。戸には梅安が殺し針を右手に持って立っていた。
「断る手はないぜ。それにあんたは俺に借りがある。今度の仕掛けであんたは俺の借りを返す事ができる。悪い話じゃないでしょう?」
梅安の言葉を聞きながら、ビスマルクは懐に手をかけた。
「やはり貴方も…」
その瞬間、ビスマルクは懐からスコフィールドを取り出して銃口を梅安の眉間に向けた。向けたが、撃鉄を下ろさなかった。
「……なぜ撃たない」
その問いに、ビスマルクはニコッと笑うと、こう答えた。
「貴方がNadel(針)を止めたからよ」
ビスマルクの喉元に、梅安の殺し針が手前で止まっていた。
2人は互いの殺し道具を懐にしまうと、座敷に座った。
座ると、ビスマルクは半右衛門にこう答えた。
「その話、乗ったわ」
*
その日の夕方、極力照明を絞った第13鎮守府の提督執務室に、梅安以下、5人の人間が集まっていた。そこに、天井から日進が入っていた。
「で、どうだ?」
「今春日姉が見張ってますが、奴等明日の夜中に押し込むようです」
「どうするの?」
「厄介ですが、奴等のアジトに乗り込むしか手はありません」
「手筈は?」
ビスマルクが聞くと、日進は懐から折り畳んだA1サイズの紙を取り出した。
「アジトの図面と周辺の地図は手に入れました。少々荷は重いが、よろしく頼みます」
《推奨BGM:荒野の果てに~鏑木創アレンジver.~》
日進の報告を聞くと、能代は立ち上がり、ビスマルクに擦り寄り、低い声で言った。
「新入りさん。ヘマしたら…その首が飛ぶわよ」
それに対し、ビスマルクはガンつけて答えた。
「貴方もね。Gelb Affe」
それに対し、能代は舌打ちしてその場を去った。それに矢矧、阿賀野、日進が続き、最後にビスマルクが静かに退室した。
1人残った梅安は、唯一執務室を照らしていたLEDランタンの電源を、静かに切った。
仕掛けは、今夜_
*
それと同じ頃、第7鎮守府は慌ただしい空気の中にあった。それは、今から約3時間前に遡る。
その日、丁度今日の執務を終えた源蔵に、”軍令部”からある指令書が届いたのだ。それは、大本営直属の諜報機関が、新日本赤軍の本部の居場所を特定したという内容であった。場所は、かつて南西諸島海域の絶対防衛線であった〔沖ノ島〕。源蔵はこれを好機と見て、警務隊に出動を命じたのである。
《推奨BGM:捕り物のテーマⅠ》
時刻は、1800時を回ろうとしていた。
「武蔵、時計合わせ!」
「了解!」
武蔵達が、全員腕時計に目を合わせた。
「5、4、3、2、1、0!」
時計の秒針が、12時の方向を回ったその時、源蔵は号令を出した。
「良し、総員抜錨!暁の水平線に勝利を刻め!」
源蔵の号令と同時に、鎮守府の艦娘出撃用カタパルトから、主力艦隊が勢いよく出撃し、源蔵を乗せた指令艦が、ゆっくりと大海へ走り出した。
「しかし、”大本営”の情報部も偶には仕事をしますな」
源蔵の隣にいた佐嶋が皮肉そうに言った。それを聞いた源蔵は、不敵な笑みで答えた。
実際には、新日本赤軍のアジトが沖ノ島には存在しない事は、源蔵らは既に承知していた。指令書の正体は、半右衛門が源蔵宛に出した密書だった。この時源蔵は、権蔵がこの第7鎮守府に押し込みをかける事を知り、万一に備えて鎮守府には囮の警備隊を残して全隊を沖ノ島に退避させようと考えたのだ。艦隊が足の遅い指令艦の護衛をしながら鎮守府→沖ノ島海域間を往復するのに丸2日かかる。資材は後で遠征や任務を遂行すれば手に入るが、艦娘と人員は失えば2度と戻らないのだ。源蔵に選択の余地はなかった。
(後は、梅安達に任せるか…)
そう思いながら、源蔵は暗い太平洋を眺めた。
*
深夜の箱根山中、そこにあるなんの変哲も無い木造瓦葺き平屋建の別荘こそ、新日本赤軍権蔵一派のアジトだった。
「いいか!いよいよ明日、我らはにっくき海軍警務隊の総本山に突入する!決して楽な道では無いが、この作戦が成功すれば、我らの行く手を阻むものはいなくなる!この国を我らの赤旗に染めようではないか!」
【オウ!】
地下の広間で、権蔵が部下を鼓舞すると、部下達は一斉に右手を上げて吠えた。権蔵は手下達の声を止めさせると、高らかに叫んだ。
「同志万歳!阿修羅に死を!」
権蔵の叫びのすぐ後、部下達は右手を鼓舞してそれに続いた。
【阿修羅に死を!阿修羅に死を!阿修羅に死を!】
だが彼等は、これから自らの身に降りかかる災厄をこの時点では知らなかった…
《推奨BGM:仕掛人梅安》
その時、天井裏から鋭い音と共に走りでたものが、細い閃光の尾を引いて、権蔵の右隣にいた手下の1人の眉間に突き立った。
ブシュッ!
「ぐぉっ!?」
眉間に深々と突き刺さった針から、即効性の毒が男の身体中に廻り、遂に口から血を出してその場に倒れた。
「!?どうした!同志山田!しっかりしろ!」
隣にいた権蔵がその男に駆け寄り、身体をゆさぶるが、既に事切れていた。
この時権蔵は、何者かがこの屋敷に侵入した事を察した。
「曲者だ!であえ!であえぇー!」
権蔵の掛け声と同時に、広場にいた者達は一斉に退室した。
その様子を天井裏で見ていた阿賀野は、手に持っていた吹き矢を懐にしまうと、すぐにその場を離れた。
広間を出た権蔵の部下は、手分けして侵入者の捜索にあたった。6人が玄関を、3人が庭を、2人が1階の探索にあたった。
「まだこの中にいるはずだ!草の根をわけて探し出せ!」
1階についた手下の1人が、叫びながら言った。だがそれが最後の言葉となった。
ドシュッ!
「「!!?!?」」
手下の1人とその横にいたもう1人の手下が、声にならない悲鳴をあげた。その背後には、黒装束を身に纏った梅安が、2人の男の盆の窪に深々と殺し針を刺し込んでいた。
梅安は針を抜き、廻りを見渡した後、その場を離れた。しばらくして、息絶えた2人はその場に倒れこんだ。
*
《推奨BGM:紫煙立ち上る時》
玄関の方に向かった6人の手下は、懐から匕首を取り出し、玄関の扉を勢いよく開けた。すると、そこには抜刀状態の能代と矢矧が待ち構えていた。
「な、なんだてめえら!」
能代と矢矧は、無言で手下達に無常の刃を振り下ろした。
バシュッ!
「「グァッ!?」」
ドシュッ!
「「ウェッ!?」」
前の4人が斬り殺されると、背後の2人は尻込みを始めた。
「ま、待ってくれ!殺さないでくれ!」
「い、命だけは助けてくれ!」
2人の命乞いも虚しく、能代は腰に差した「兜割り」を抜くと、左の男の胸に刺し込んだ。
ドスッ!
「ガハッ!?」
それと同時に、矢矧は両手に持っていた長ドスでもう1人の男を斬り裂いた。
ズバッ!
「ギャッ!」
断末魔の悲鳴を上げて、2人は倒れた。能代と矢矧は刃にこびりついた血を払い、刀を鞘に収めると、その場を離れた。
*
一方、庭の方に向かった3人の手下の前に、腰にガンベルトを巻いた男装のビスマルクが立ち塞がった。
「だ、誰だ貴様!」
手下の1人がそう言うと、ビスマルクは重く、低い声で答えた。
「地獄から迎えにきた戦乙女(ヴァルキューレ)よ」
そういった瞬間、ビスマルクは腰のホルスターからスコフィールドを取り出してものすごい早さで3人の眉間を撃ち抜いた。
ズドン!
「「「グワッ!?」」」
3人は音を立てて崩れ落ちた。その時、ビスマルクの右肩を激しい苦痛が襲った。
ブシュッ!
「くっ!?」
ビスマルクの右肩から赤い血が流れる。ビスマルクは左手で右肩を抑えながらその場に座り込むと、背後を振り向いた。
そこには、右手にマカロフを構えた権蔵が立っていた。
「江戸島権蔵…」
「へっ…ドイツの女(アマ)か」
権蔵はかねてより組織からドイツのスパイが自分の周りを嗅ぎ回っている事を知っていた。そして、そのスパイが”ある事件”に関わった者を消している事も知っていた。その事件とは、4年前に権蔵が計画し、実行したものであった。
「権蔵…忘れたわけじゃないでしょうね?4年前のキール軍港爆破テロ事件…あの日からずっと私は貴様を追ってきた…貴様に殺された妹の仇をとるために…」
「へっ、御大層な女だ。今更そんな昔の話を穿り出してなんになる?所詮貴様は国の犬よ。だが俺は違う。俺には力がある!その力でこの世界を変える!深海棲艦との戦争を再開し、そして駆逐する!その為には貴様等艦娘が1番の障害だ。だから俺はキールを爆破した。それだけだ」
権蔵はそういうと、銃の撃鉄を起こした。
「貴様はただでは殺さん。両肩を撃ち抜いた後にその躰を犯しつくしてから眉間を撃ってやる…」
源蔵は銃を構えたまま、座った状態のビスマルクに近づいた。
「最後に言い残すことは?」
権蔵がそういうと、ビスマルクは権蔵の顔に唾をかけて答えた。
「Arschloch!…(クズ野郎が…)」
それを聞いた権蔵は、怒りを露わにして銃の引き金を引こうとした、その時
《推奨BGM:仕事人から一言~中村主水のテーマ~》
ドシュッ!
「!!???!」
権蔵は、声にならない悲鳴をあげて、手に持っていた銃を落とした。その背後には、権蔵の盆の窪の急所に殺し針を深々と刺し込んだ梅安がいた。
「狙撃手が1番警戒するのは…背後からの敵だぜ…!」
梅安はそういいながら、殺し針を抜いた。
殺し針を抜いた途端、権蔵はその場に倒れこんだ。
梅安は座り込んだビスマルクに近寄った。
「また貸しができたな」
「ええ…」
そういうと、梅安とビスマルクは息絶えた権蔵に目をやった。
「4年前の爆破テロの実行犯がまさか権蔵だったとはな…」
「妹の仇だった…」
「……そうか…」
ビスマルクの言葉に、梅安はそう答えた。
*
その日の深夜、箱根山中にある木造瓦葺き平屋建の別荘から火が出たという通報が地元消防署に届いた。火は6時間後に消し止められたが、全焼した別荘の焼け跡から、男性13人の焼死体が見つかった。いずれの遺体も、身元を特定する情報が得られなかったため、地元の共同墓地に埋葬された。
後日、この火事は『事故』として処理された…
*
数日後、梅安とビスマルクは出雲丸にいた。あの後、梅安はビスマルクを鎮守府に連れてきて、傷の手当をしたのだ。
「傷は、大分癒えたな」
「流石は”海軍一の鍼医者”ね」
ビスマルクが茶化すと、梅安は苦笑いをして酒を飲んだ。
「お前さん。これからどうするね」
「まだ私の任務は終わってないわ。音羽屋で女中をしながら、また情報収集ね」
「そうか…」
そういうと、梅安は再び酒を飲んだ。
「それじゃ」
ビスマルクは立ち上がると、個室の扉を開けた。
「おう、またな」
梅安が答えると、ビスマルクは少し笑みを浮かべて店を出た。
(スパイにしておくには、惜しい女だな)
梅安はそう思いながら、三たび酒を口にした。そのすぐ後、飛鷹が膳を2つ持って入ってきた。
「あら?もう1人の連れはどうしたの?」
「ああ、今さっき帰った所だ」
「そんなぁ~、折角鯛の尾頭付き持ってきたのに」
膳には、この時期が旬の鯛の尾頭付きがほのかな匂いを漂わせてのっていた。
艦これ仕掛人其の弐『夕陽の仕掛人』
終劇
おまけ『設定資料』
〔仕掛〕のシステム
仕掛けのプロセスは基本原作準拠だが、例外として其の壱のように、頼み人の正体を既に仕掛人が知っている場合、元締が〔起こり〕の正体を話す事がある。
新日本赤軍
現政権転覆と深海棲艦絶滅を掲げる国際テロ組織。名前だけ聞けばかつて70年代~80年代にかけて活動した日本赤軍の後継組織と思うかもしれないが、旧赤軍との関連性は皆無である。日本の何処かに本拠地を構えているとされており、その組織体制は謎に包まれている。
連邦情報局
実在するドイツの諜報機関で、前身は『ゲーレン機関』。略称はBND。第1〜第8局まで存在し、今回登場したのは、対テロを専門とする第5局である。
キール軍港爆破事件
本作の4年前にドイツ海軍の総本山〔キール〕の艦娘隊舎が権蔵指揮下の新日本赤軍によって爆破された事件。舎内にいた艦娘及びドイツ海軍の将校の殆どが死亡、又は重傷をおった。死亡した者の中には、ビスマルクの唯一の妹であるティルピッツも含まれていた。
ビスマルク
所属:BND第5局
ドイツの諜報機関、連邦情報局第5局のスパイ。普段は音羽屋の座敷女中として働いている。S&W M3スコフィールド・リボルバーを愛用している。モデルは『必殺からくり人血風編』の土左ヱ門とドル箱三部作の名無し。
殺し技
銃で相手を撃ち抜く。
飛鷹
元艦娘で、現在は第13鎮守府の離れにある料亭〔出雲丸〕の女将をしている。梅安の情婦。モデルはおもん(原作に登場する藤枝梅安の愛人)。