艦これ仕掛人   作:ピカリーノ1234

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 今回は本格コラボ回です!
 コラボに協力してくださった彼ら観光さん、一角さん。本当にありがとうございました!


ひとでなし消します

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 のさばる悪を、何とする

 

 天の裁きは、待ってはおれぬ

 

 この世の正義も、当てにはならぬ

 

 闇に裁いて、仕置きする

 

 南無阿弥陀仏

 

 

 

 

 

 

 

 

(必殺仕置人より)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冬の海風が鼻にくる如月(2月)の頭…

 輝梅安(ひかりばいあん)が、陸戦隊時代から懇意にしている外科医・山村源内(やまむらげんない)の自宅を後にしたのは、21時頃であった。

 この数日間、梅安は源内の往診にかかりっきりであった。

 それというのも、既に80を超えた源内老先生が肝臓を悪くしてしまい、

 

「これはもう、梅安さんのほうがちょうどいい」

 

 というので、若い看護師を第13鎮守府まで走らせたのである。

 これまでに梅安は、いろいろと源内先生に迷惑をかけていた手前、捨ててはおけなかった。

 この話を聞いた梅安は、

 

「よろしい。すぐに向かいましょう」

 

 と、即決したのである。

 数日間も通いづめで治療を施したので、源内の容態はたちまち回復した。

 実は、この日は源内宅に泊るつもりでいたのだが、新年に入ってまだ一度も逢っていない女将の飛鷹の肌が恋しくなり、

 

「源内先生、また明日伺います」

 

 と、いいおき、料理屋〔出雲丸〕へ泊るつもりの梅安は源内宅を後にした。

 源内宅と出雲丸の間はそう離れてはおらず、歩いておよそ30分ほどの距離であった。

 その道中には大きい交差点があり、長さ18m、幅3.6mの歩道橋があった。

 その歩道橋を渡りつつあった輝梅安であったが…

 

「う…うぅ……」

 

(む……)

 

 橋の中程で、かすかなうなり声が聞こえた。

 梅安は足を止めて身を屈めると、歩道橋を向こうへ駆け去る複数の足音が聞こえた。

 

(誰か、やられたのではないか……)

 

 コートの内ポケットからスマホを取り出し、ライトを点灯させると、梅安は階段を駆け上った。

 人が倒れていた。しかも、まだ生きている。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 片手で抱き起し、ライトで照らすと、40ぐらいの海軍士官で、顔半面が血で紅く染まっていた。

 

「斬られたのか?」

 

「うぅ……」

 

「待っていろ、すぐ手当てしてやる」

 

 男の傷は、左の鬢から顎にかけて一ヶ所。ここまでなら大したことではないが、背中を深々と突き刺されていた。梅安はその傷口を男のコートで塞ぐと、これを抱き上げて、肩で担いだ。

 

(この傷の具合ではとても鎮守府まで持つまい。こうなれば、源内先生のところまで運ぶしかねえな)

 

 と、思ったのだ。

 ご高齢とはいえ、山村源内は優れた外科医であるということは、梅安がよく知っていた。

 

「しっかりしろ。もうすぐだ。もうすぐ手当をしてやる」

 

 歩道橋を引き返し、源内宅まであと500mほどといったところか…

 巨漢の梅安は、男を担いで息を切らせず駆け戻った。

 

「源内先生!人が斬られました!すぐに手術(オペ)を!」

 

 梅安は出迎えてくれた看護師に急患をつげると、看護師はすぐさま源内を呼んだ。

 

「なんと、人が斬られた……」

 

 看護師から話を聞いた源内が跳ね起きてきてくれた。

 手術用のベッドにうつ伏せで寝かされた士官の傷口をあらためると、源内はすぐに治療に取り掛かった。

 しばらくして……

 手術中を知らせるライトが消灯し、手術室からストレッチャーに仰向けで寝かされた士官に続いて、源内が出てきた。

 

「先生……」

 

 手術室前の椅子で待っていた梅安が源内に問い掛けたが、源内は無言で首を横に振ると、口を開いた。

 

「一命こそは取り留めたが、いかんせん出血量が酷い。ここの設備では、どうも……」

 

「…………」

 

 梅安は黙ってそれを聞いていた。源内は続けた。

 

「あの男はな、名を森山久治郎(もりやまひさじろう)といって、海軍警務隊の隊員なのだよ」

 

「警務隊の……?」

 

「そうじゃ。土地(ところ)では評判のいい男でな…“有明の親分”と呼ばれるくらい慕われておったくらいじゃ」

 

「…………」

 

 その時、久次郎を運んだ看護師が慌てた様子で駆け込んできた。

 

「せ、先生!久次郎さんの容体が急変しました!」

 

「な、なんじゃと!?すぐに向かう!それと鎮静剤の用意を!」

 

「は、はい!」

 

《推奨BGM:哀の色で染めて(必殺仕事人Ⅴより)》

 

 病室では、久次郎が凄まじいうなり声を上げていた。

 

「久次郎!これ!わしじゃ!山村源内じゃ!わかるか!」

 

 源内の呼びかけに、久次郎がわずかに目を開けて、

 

「あっ……げ、源内先生……」

 

「おおっ!久次郎、わかったか!これ、じっとしておれ!じっと……」

 

「せん……せ……ぐうぅっ!」

 

 たちまち、久次郎の呼吸がせわしくなり、源内の襟元を掴んで半身を起こそうとするのを、梅安が抱き支えてやった。最早手当どころではない。久次郎は最後の炎をこの瞬間(ひととき)に燃やし尽くそうとしている。

 

「これ、久次郎!何か言い遺すことは……」

 

「……ぁ、()()()

 

「あどう?」

 

「あどう……悔しい……ちきしょう……あ…………」

 

 いいさして、遂に言い切れず、海軍警務隊隊員・森山久次郎は山村源内の腕の中で、がっくりと息絶えてしまった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 海軍警務隊隊員・森山久次郎は、第7鎮守府の敷地内にある官舎に住んでいる。

 3LDKの住まいに、久次郎は女房である艦娘浜風と、5歳になるひとり息子の平吉と仲良く暮らしていた。

 久次郎は元々、海軍特別警察隊第47方面隊の隊員であったが、とある事件に深入りしすぎてしまい免職の危機にあったところを長谷川源蔵の目に留まり、警務隊にスカウトされた。

 その際教育係を務めたのが、浜風であった。

 まじめで正義感の厚い久次郎の人柄に、浜風はいつしか惹かれていき、ついには源蔵の仲立で夫婦(めおと)となり、息子の平吉を設けたのだ。

 

「わしが知り合ったのは、3年前にとある事件に巻き込まれたとき、悪漢に襲われかけたのを久次郎に助けてもらってな……それ以来親しくなったのじゃ」

 

 源内は久次郎の死顔を見守りながら、そうしみじみと語った。

 久次郎の死体には、今夜うけた刀痕のみではなく、肩や腕に、いくつかの傷跡がきざまれていた。

 看護師が、久次郎の死体を(きよ)めるにつれ、その死顔もおだやかな顔に変わっていった。

 山村源内同様、これまでに軍医として、幾人もの死顔を見てきている輝梅安である。

 ヒトという生き物は、どのようなクズでも、どんなに無様な死に様を晒しても、息絶えてその後、死の静謐(せいひつ)に導かれると、やがて例外なくおだやかな死顔になっていく。

 

(俺が仕掛人としてこの手にかけた奴も……また、いずれは俺も、無様な死に様を晒すことになるだろう。この俺も、死ぬときはこのような“いい顔”になるのだろうか……)

 

 梅安はいつも、そのことを考えている。

 仕掛けたときは、相手の死顔がおだやかになるのを見てはいけない。すぐに逃げねばならぬからだ。

 

「時に源内先生。このことを家に知らせなくては……」

 

「うむ、そうじゃな。明日の朝というわけにもいくまいし……」

 

「よろしい、私が知らせましょう。警務隊の長谷川様とは親交もありますので…」

 

「あ、お待ちなさい」

 

「なんですか?」

 

「梅安さんも、さきほど久次郎が言い遺した言葉を聞きましたな」

 

「はい」

 

「そのことに、儂らはあまり立ち入らぬ方がよいと思ったのじゃが……どうじゃ?」

 

 久次郎は

 

「あどう……悔しい……ちきしょう……」

 

 と、言い遺した。その中ではっきりとわからないのが“あどう”の3文字である。前後の様子からおして、これは人の苗字と看てよいのではないか……

 さらに、久次郎は海軍警務隊の人間。ともすれば、この“あどう”という姓の人間は

 

(海軍の士官…)

 

 と、梅安は思っている。

 ともすれば、久次郎の稼業柄、その“あどう”某は、何かの犯罪に手を染めているのではなかろうか……

 それは、山村源内も察しているに違いなかった。

 

「わかりました」

 

 梅安はすぐに頷いた。

 

「立ち入らぬほうがよろしいでしょう」

 

「わしは、あまり面倒ごとに巻き込まれるのが嫌いでな。毎日の仕事だけで手一杯なんじゃよ」

 

「ごもっともです」

 

「では、久次郎からは何も聞かなかったことにしましょう」

 

 と、源内は看護師に

 

「山田、わかったな」

 

 念を入れた。

 

「では先生。行ってまいります。いや、私がまいります」

 

「そうですか、わかりました」

 

 梅安は、治療箱を持って、外へ出た。

 もしも輝梅安が、海軍警務隊隊員・森山久次郎の人柄とその暮しぶりの一端を聞かなかったら、源内の言う通りにしていたであろう。

 他人事ではない。梅安自身も場合によっては、久次郎の縄にかかる事もなかったとは言えないではないか……

 もっとも、山村源内は梅安の“裏”の稼業を全く知らない。ただもう、優れた軍医として、梅安を高く買っているのだ。

 再び、あの歩道橋を渡りながら、梅安はあの息絶えんとするときの久次郎の無念そうな形相を思い浮かべていた。

 

(あれだけの警務隊員が、あれほど悔しそうにして死んだんだ。久次郎を殺した奴は、よっぽどの悪党にちげえねえ……)

 

 と、思う。

 いずれにしても、梅安は久次郎の女房の顔を見て、その態度を確かめたうえで久次郎の遺言を伝えるつもりであった。

 

(そのうえで、俺のやることは決まる……)

 

 のである。

 歩道橋を渡りきり、真っ暗な通りを進んでいる途中、

 

(む…………)

 

 梅安は、背後に微かながら人の気配を感じ取った。

 感じ取ったが、梅安は構わず歩を進めた。

 そして……

 通りを抜けた先の住宅街を過ぎたとき、それまで梅安を尾行していた人の気配が消えた。

 梅安は少しも歩調を変えず道を進み、途中でタクシーを拾って第7鎮守府に向かうと、まず敷地内に建てられた源蔵の役宅に向かって事情を説明すると、そのまま源蔵とともに官舎にある久次郎の部屋に赴き、玄関で出迎えてくれた妻浜風に彼の死を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、小鳥の囀りとともに輝梅安は目を覚ました。

 隣には、飛鷹が静かに寝息を立てて添い寝をしており、彼女の甘いぬくもりが寝具を包み込んでいた。

 昨夜あれから、梅安は第13鎮守府には戻らず、小料理屋〔出雲丸〕の戸を叩き、いつもの2階の自宅スペースで泊った。

 警務隊員・森山久次郎の家に着いて彼の死を告げた時、女房浜風は気丈に

 

「……稼業が稼業です。いずれは…こんな時がくるかもしれないと、覚悟はできていました。あなたのおかげで山村先生に夫の死水をとっていただけました。あの人も……さぞ満足しているでしょう。本当にありがとうございました」

 

 丁寧に、礼を述べた。

 

「なにか、あの人が言い遺した言葉はありませんか?」

 

「…………」

 

 この時、梅安は例の“あどう”のことを打ち明けようと思ったが、必死に耐えている浜風は、これから息子の平吉と共に源内宅へ駆けつけ、夫の亡骸と対面しなくてはならないのだ。

 それをおもうと、

 

(なにも、いまでなくともよい)

 

 梅安は思いなおし

 

「いや、手当したのは源内先生なので、先生に聞くのがよろしいでしょう」

 

「そうですか……」

 

 浜風は頷きながらも、梅安を喰い入るように見つめた。

 知らせを聞いて、近くに住んでいた第十七駆逐隊の面々が駆けつけてきた。浜風の姉である浦風も真青になってあらわれた。

 これだけ人手がいれば、なにも自分が源蔵とともに浜風に付き添って行かなくてもよいと考えた梅安は、第7鎮守府の正門まで浜風・平吉母子と同行し、そこで別れた。

 

「いずれ、改めてご挨拶に……」

 

 浜風は涙も浮かべずにいった。

 

(今頃、あの親子はどうしているのだろう……)

 

 出雲丸の天井を見上げながら、昨夜、冬の道を泣きじゃくりながら、十七駆の艦娘に支えられて歩いていった平吉の後姿を、梅安は思い浮かべていた。

 すると、それまで可愛い寝息をたてて寝ていた飛鷹が目を覚ました。

 

「んん……あ、梅安先生。おはようございます」

 

「ああ、おはよう」

 

 飛鷹ははだけた寝間着と乱れた髪を整えながら起き上がった。

 

「すぐに朝ご飯と……あの、お風呂の支度を……」

 

 少し恥じらうように飛鷹は部屋を出たが、その声にははずみがあった。今年に入って初めて出雲丸を訪ねた梅安を、飛鷹は初めてみたのである。

 飛鷹が部屋を出ると、梅安は部屋の隅に置いていたスマホを手に取って電源を入れると、留守電が入っていた。

 電話主は、日進だった。

 

(げ…………)

 

 大抵、日進からの電話は言わずもがな

 

「仕事」

 

 の案件である。

 

(正直、それどころじゃねぇんだよなぁ…)

 

 今の梅安は、仕事をする気にはなれなかった。

 どうにも、あの久次郎の死が気になって仕方なかったのもあるが、

 

(どうにも、気にかかる…)

 

 ことがあった。

 あの時、山村源内宅から第7鎮守府に向う途中、歩道橋を渡ったあたりから住宅街の近くまで、

 

(たしかに、俺の後をつけてきた奴がいる。とすれば、久次郎を殺した奴が、俺が久次郎を源内先生のところへ担ぎ込むのを見届けていたことになる……)

 

 このことであった。

 ゆえに、輝梅安は第7鎮守府からこの出雲丸まで行くとき、細心の注意を払った。

 だから

 

(つきとめられては、いないはずだ)

 

 その自信はある。

 もっとも、

 

出雲丸(ここ)から鎮守府までの帰りも、充分に気をつけねぇとな…)

 

 梅安は、寝間着から普段の軍服に着替えながら、そう感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 出雲丸で朝食と朝風呂を済ませた輝梅安が第13鎮守府に戻ったのは、12時を少し過ぎた頃であった。

 この時も梅安は、細心の注意を払って鎮守府まで帰ってきた。

 2日も鎮守府を留守にしていたので、業務がたまり込んでいたのである。

 

「あ、提督。どこにいっていたんですか?」

 

 留守を頼んでいた秘書艦の翔鶴が、

 

「そんなにお医者様がよろしいのでしたら、軍を辞めて開業医になればいいのに」

 

 と、いった。

 どうもこの頃、第13鎮守府(ここ)の艦娘たちの態度が馴れ馴れしくなってきて、遠慮介釈もない口をきく。

 

「実は今朝方、元帥府から通達がありまして……」

 

「元帥府から?どのような内容だ?」

 

「はい。本日1700時頃に八雲元帥がこちらに来訪するとのことです。詳細は、これに……」

 

「ふむ……」

 

 梅安は翔鶴から書類を受け取った。

 文面は、つぎのごとくであった。

 

 

 

 

 本日1700時ニテ、帝国海軍七元帥ガヒトリ、八雲紫元帥ガオ忍ビデ第13鎮守府ニ訪問スル。クレグレモ粗相ノナイヨウニスルコト。

 

 

 

 

 梅安は書類を折り畳むと、懐にしまった。

 

(日進のメールに八雲元帥の来訪……少々タイミングが良すぎるな……)

 

 八雲紫……帝国海軍元帥府を統括する海軍七元帥に名を連ねるこの女性は、海軍大臣松平定助の後見人であり、その絶大な影響力から、〔海軍のゴッドマザー〕と呼ばれているが、それは表向きのことで、裏へまわれば、仕掛人と同じく、晴らせぬ恨みを晴らす裏稼業の一派である〔仕置人〕の総元締であると同時に、仕掛人の蔓の一人である。

 梅安はかつて、仕置人を始めとした裏稼業のものたちと共に“世紀の大仕事”を手掛けたことがあるのは、以前にも触れたが、梅安はこれ以前にも、紫から“仕掛”を頼まれたことがある。

 その時、彼女と渡りをつけてくれた東間吉兵衛いわく、

 

「先生。他からの仕掛の頼みには、私もあまりいい気持ちはしませんが、八雲の姐さんならば、おうけなすっても大丈夫でございますよ。あのお人は、仕掛のことについちゃあ、それはもう念を入れなさるお人でございます。よくよく納得がいかねぇ限り、仕掛は引き受けません。ですからね、あのお人が持ってきた仕掛は私同様、間違いなく“この世に生かしておいては世のため人のためにならねぇ奴”への仕掛でございます」

 

 とのことである。

 その心情は仕置人の総元締となった今でも変わってはおらず、以前仕置人と共に手掛けた仕事で仕掛けた的も

 

「この世の屑みたいな奴」

 

 だった。

 その八雲紫が第13鎮守府(ここ)に来る……梅安は直感で

 

(間違いなく、“仕事”だろう)

 

 と、悟った。

 

(正直会いたくねぇが…この“世界”にはぬきさしならぬ“義理”というものがある…それに、公務である以上、会わぬわけにはいくまい)

 

 梅安は思いなおし、

 

「翔鶴、昼は軽めのものを頼む。すぐに業務に取り掛かろう」

 

 と、いった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その、17時がきた。

 第13鎮守府の正門前に停車した車から、枯れた和装の男性を連れた長い金髪の女性が現れると、整った軍装に着替えた梅安が出迎えた。

 

「これはこれは輝大佐。お初にお目にかかりますわ」

 

 女性……八雲紫が、丁寧にあいさつをのべた。

 裏の世界では何度も顔を合わせた二人であるが、公務の上では、これが初対面であった。

 

「ようこそ第13鎮守府へ。八雲元帥」

 

 梅安もまた、儀礼的にあいさつをのべた。そして……

 

「それに……山本前司令」

 

「どうも。ご無沙汰しております」

 

 紫の隣にいた男性……山本半右衛門とも、挨拶を交わした。

 

「さあ、いつまでも外にいてはお寒いでしょう。執務室までご案内します」

 

「では、お言葉に甘えまして……」

 

 梅安は二人を執務室まで案内した。

 

「翔鶴。すまないが鳳翔さんに執務室まで酒を持ってくるよう伝えてきてくれないか。熱いのでな」

 

 梅安は翔鶴にそういうと、翔鶴はその場を後にし、梅安は辺りを確認してから、執務室の扉を閉めた。

 執務室には、半右衛門と梅安、そして紫の三人しかいない。

 梅安は二人と向かい合うように座った。

 

「で、御用のおもむきは?」

 

 物やわらかい口調で梅安が問うと、半右衛門が無言で懐から“何か”を取り出そうとするが、梅安は手を指して止めた。

 

「仕掛の話なら、今はちょいと」

 

「いけませんか?」

 

「はい」

 

「それは、少し困ったわね…」

 

 紫の眉間に、少しばかりシワが寄った。

 

「梅安先生をたのみにして、半右衛門さんにつなぎをたのんでここまで来たのだけど…」

 

「それが急に、取り込みごとができてしまいましてね…」

 

「はぁ……」

 

「先のことでは、いけませんか?」

 

「それがですね梅安さん。私もつなぎを頼まれた際に紫さんから話を聞いたのだが、この相手を一日も生かしていると、その分世の中が迷惑するというのでな。だからこうして、私も紫さんと一緒に、この仕掛を頼みに来た次第でして……」

 

 半右衛門がいいさしたとき、鳳翔が酒を持ってあらわれた。

 それに続いて、間宮が土鍋を持ってあらわれ、火鉢にかけた。

 昆布を敷いた湯の中へ、厚めに切った大根が、もう煮えかかっていた。

 これを小皿にとり、醬油(しょうゆ)をたらして食べる。

 なんの手数もかけぬものだが、大根がよろしければ、こうして食べるのが梅安は大好物であった。

 

「さ、つまらないものですが…」

 

 梅安が小皿にとった大根をすすめると、

 

「まぁ……」

 

 少し紫が目をみはって、

 

「では、いただきますわ」

 

 ひとくち、大根を食べ、

 

「答えられない味ですわ」

 

 と、いった。

 それに続いて、半右衛門も大根を口にし、

 

「ふむ…なるほど、確かにおいしゅうございますな」

 

 と、いった。

 梅安は鳳翔と間宮に

 

「後片付けは私がやるから、お前達は下がっていいぞ」

 

 と、いった。

 

「もう一つよろしいかしら?」

 

「どうぞどうぞ。お気に入ったのでしたら、いくらでもあがって下さい」

 

 ()()()()いいながら、3人は、しばらくの間、大根を食べ、酒を呑んだ。

 

「すっかり、あたたまってしまいましたわ。先生」

 

「それは結構。それにしても、こんなお寒い中を、わざわざお運びいただいたのに、ご両所のお役に立てず申し訳ありません」

 

「いえいえ……どうしても、お引き受けいただけないのでしたら、これはもう、あきらめるしかありませんわね」

 

「ま、ひとつ……」

 

「はい、はい。大変によいお酒ですこと。あ、これはどうも、恐れいりますわ」

 

「あ、これはいけない。いま、酒のおかわりを……」

 

 銚子(ちょうし)をとって梅安が備付の厨房へ立ち、酒の支度にかかっていると、突如、執務室から半右衛門の声が聞こえた。

 

「梅安さん……こいつぁ、独り言なんで、お耳に入れなくても結構でございますよ」

 

 梅安は、苦笑をもらした。

 

「その野郎どもは、まことにもってふてえ野郎どもで!」

 

 と、半右衛門の口調が、がらりと変わった。怒りと憎悪が、まぎれもなく、その声にこもっている。

 

「海軍軍令部次長をいいことに、おのが手にかけずとも何人も殺してきやがったことか!野郎どものせいでこれまでに幾人もの人が泣き寝入りしてきたにちげえねえ!そのクズ野郎どもの名は、阿藤銀次(あどうぎんじ)健之助(けんのすけ)といいましてね――――――……」

 

 厨房から出てきた梅安の顔色が、あきらかに変わっていた。

 

「へへ…こいつぁ、とんだ独り言をいってしまいました。申し訳ありません」

 

 半右衛門と紫は、うつ向いて大根を食べている。

 

「ご両所方……」

 

「はい……?」

 

「その仕掛の返事……3日ほど待ってはくれませんか?」

 

「え……?」

 

 まじまじと梅安を見つめた紫が

 

「では、お引き受けを……」

 

「いや、決めた訳ではございません。だから、3日待ってもらいたいと申しているのです」

 

「はい、はい」

 

 それから間もなく、山本半右衛門と八雲紫は帰っていった。

 鎮守府正門まで送って出た輝梅安を、紫は両手を合わせて拝むかたちになり、つぶやくがごとく、こういった。

 

「世のため、人のため…半右衛門さんの()()()の効き目がありますように……」

 

 これに梅安は、にこりともしなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 第13鎮守府を後にした八雲紫は、音羽屋で半右衛門と別れ、ひとり冬の道を歩いていた。

 

「藍」

 

「ここに」

 

 紫の背後に、狐の耳を生やした女性が姿を現した。

 彼女の式である藍だ。

 

「輝大佐から目を離さないでちょうだい。悪い予感がするわ」

 

「承知いたしました」

 

「私はこれから〔上様〕のお屋敷に行くから、くれぐれも頼むわね」

 

「心得ました」

 

 藍はそういうと、姿を消した。

 紫は振り向かず、そのまま歩き続けた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日……

 海軍警務隊長官・長谷川源蔵が、柄樽の清酒を携えて、第13鎮守府を訪れた。

 

「源蔵さん。なんですかこれは?」

 

「いやなに、いつもお前には世話になっているからな。これは、ほんのお礼といったところだ」

 

「お礼、ねぇ……」

 

 梅安は苦笑して、その柄樽を見た。

 

「……で、今日はどんな用で?わざわざこの柄樽を届けに来ただけ、というわけではないでしょう?」

 

「へっ、相変わらず鋭い野郎だこと……」

 

 源蔵は柄樽をテーブルの脇に置くと、そのままソファに腰掛けた。

 

「実は、久次郎のことでな……」

 

「久次郎の?」

 

「そうだ。お前と別れた後、俺は浜風と平吉坊、そして17駆の面々とともに山村源内宅に安置されていた久次郎の亡骸を引き取ったのだが…浜風はその時、源内先生に何かいい遺したことはないかと、しきりに問いかけてきたのだが、源内先生は何も知らぬの一点張りでな。その源内先生曰く、お前さんが担ぎこんだときには、もう息絶えていたとな……そしたら今度は、お前さんの住所を訪ねてきた。先生は知らぬと言い張ったが……俺はひと目で、先生が何か隠していると睨んだ。それもなにかやべえことをだ。あの久次郎が、遺言の一つや二つをいい遺さずにくたばるようなタマじゃねえこたぁ、俺も浜風も知っている。だからなにかいい遺したにちげえねえ……とまぁ、そこで俺が浜風に代わって、お前さんとこにきたわけだが……どうだい。何か思い当たる節があるんじゃねえのかい?」

 

 源蔵は態度を変えずに問い詰めた。ここまで直感で動くと、さしもの梅安も白旗を掲げざるを得ない。

 梅安は猪口を置いて、口を開いた。

 

「……まったく、相も変わらず勘の鋭いお方ですな。貴方は。元締や〔闇の大本営〕が敵に回したくない理由(わけ)が頷けますよ」

 

「では、やはり久次郎は何かいい遺したのか?」

 

「ええ……もっとも、源内先生には、全く知らぬことなんですが……」

 

「何と申した?」

 

「あどう、と、ね」

 

「あどう……?」

 

「それだけです。本当にそれだけいって事切れたのです」

 

「ふむ……」

 

「俺が思うに、こいつぁ人の苗字……それも海軍の人間だと考えているのです」

 

「人の苗字……それも海軍内部の人間か」

 

 源蔵は腕を組んで思案すると、ポンッと膝を叩き、

 

「よし、その“あどう”については、俺が浜風に何か心当たりがあるか調べてみよう。いやすまねえな。このようなことを聞くためにわざわざ来てしまって」

 

 と、いった。

 梅安は笑顔で、

 

「いえいえ、いつも警務隊にはお世話になってますから……」

 

 と、いった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、数刻後……

 梅安は再び、山村源内宅へ往診に来ていた。

 

「源内先生。昨日は往診に来られず申し訳ありません」

 

 梅安は鍼を打ちながら源内に謝罪すると、

 

「いやいや、こんな寒い中、こうして来てくださっただけでもありがたいものだ」

 

 と、穏やかに返した。

 

「それに儂も昨日は…浜風と平吉坊の姿を思い出して気が滅入っておったのでな……」

 

 梅安はその時の様子を源蔵から聞いていたのだが、その時、久次郎の亡骸を前に、平吉坊は涙が枯れるまで泣きわめいたそうな……

 梅安は少し暗い顔をしたが、すぐに思い直し

 

「源内先生。肝臓も悪いことですし、この寒い中は往診はせぬ方が良いでしょう」

 

「なぬ?」

 

「しばらくはこの家から出ない方がよろしいでしょう」

 

「それは何ゆえ……」

 

「そうなさい」

 

 やがて……

 輝梅安は、山村源内宅を辞した。

 いつものように、第13鎮守府への帰路についていた梅安だったが、あえて帰り道に海沿いの道を歩いていた。

 この道で鎮守府に帰るには、道中に敷かれた橋を渡らなばならなかった。

 空には、月も星もない。

 凍てつくような暗夜であった。

 橋の中ほどまで歩いたとき、梅安の背後を歩いていた黒い影が白い刃を引き抜き、梅安に迫った。

 

「きやがったな!」

 

 怒鳴りつけざまに振り向いた梅安が隠し持っていた石を曲者に投げつけておいて、

 

「とぁっ!」

 

 一気につめよって相手の鳩尾に正拳突きを討ち込んだ。

 

「ぐぁっ!」

 

 梅安の思いもよらぬ反撃によって、曲者はその場に倒れ込んだ。

 

「ざまあ見やがれ」

 

 梅安はつめよった際に、相手が海軍士官だというのをひと目で確かめた。

 そして、(つら)を拝もうとした、そのときであった。

 

「むっ!?」

 

 橋の両側から数人の足音が、梅安に迫ってきた。

 これにはさしもの輝梅安も予想していなかった。

 梅安は倒れた士官の軍刀を拾いあげ、ぱっと飛び退(ずさ)って、橋の欄干を背に、

 

「てめえら、何者(なにもん)だぁ!」

 

 と、叫んだ。

 迫りくる刃は五つ。

 数多くの修羅場を潜り抜けた輝梅安も、息が詰まった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜更け……

 第42番鎮守府近郊の街に、「日向」なる居酒屋がある。

 土地(ところ)では評判の良い店で、この店を切り盛りしている女将は、その名の通り、退役艦娘の日向であった。

 

 

 

 

 この日向。かつては裏の世界でその名を轟かせた〔渡し人〕であり、表の世界では“444番鎮守府三強”として《羅利(らせつ)の鳳翔》、《覇王間宮》と並び称され、内外から恐れられた伝説の艦娘、“修羅の日向”その人である。

 現在は裏の世界から足を洗うと同時に海軍を退役、この居酒屋「日向」の女将として、堅気の生活を過ごしていた。

 

 

 

 

 日向はその時、店の暖簾を下げて、店じまい後の後片付けをしていたが、

 

「もし……もし……開けてくれ」

 

 ふと、店の戸を叩いて呼ぶ声に気付いた。

 

「すまないがもう店じまいなんだ。悪いけど他をあたってくれ」

 

 日向は断りの文句をいれたが、それでも戸を叩く音はやまない。

 

「どなたです?」

 

 日向は懐に匕首(あいくち)を忍ばせながらたずねた。

 

「俺だよ。おい……」

 

 声が、ふるえている。

 

「俺だけではわからないね。名前をいって下さいな」

 

「何を迷言(よまいごと)をいってるんですか日向さん。梅安ですよ、輝梅安(ひかりばいあん)……」

 

「なに……」

 

 日向が戸を開けると、ずぶ濡れの輝梅安が大きな躰を小刻みに震わしながら立っていた。

 

「な、何があったんだ梅安。こんな寒い中そんなびしょ濡れで……」

 

 かつての旧友の、思いもよらぬ訪問に驚く日向を前に、梅安はよろよろと店の中に入ると、ぐったりと膝をついた。

 

「ち、鎮守府への帰りで……大勢の刺客に襲われてね……とっさに海に飛び込んだら……気が付くとこの店の近くにいてね……」

 

「待ってくれ。詳しいことは後で聞くから、はやくその躰を温めないと……」

 

 日向は真新しいタオルを何枚も出して梅安に渡し、消したばかりの石油ストーブを着火し、茶を湯のみにくんで、

 

「さ、これを……」

 

「す、すまねぇ……」

 

「さ、はやくストーブの前に……」

 

「む……」

 

 180cm以上はある梅安の裸体を、日向はタオルを替えながらゴシゴシと擦りつけた。

 青ざめていた梅安の顔色が少しずつよくなってくるのを見て、日向は着替えを出して、梅安の背中へ着せつけた。

 

「むぅ……どうやら、生き返ったようだよ。日向さん」

 

「先程の声は、お前のものとは思えなかったぞ…」

 

「音羽屋に駆け込もうと思っていたんですが、ここからだと遠いんでね……日向さんを信頼して、ここに駆け込んできた次第で……」

 

「そうか……」

 

 しばらくして……

 輝梅安は日向が持ってきた冬用のシュラフへもぐり込み、枕もとに座った日向と卵酒をのみながら、ここまでの経緯を話した。

 

「……では、その久次郎を殺した者たちが梅安を?」

 

「おそらく…奴らは俺が久次郎を背負って山村源内先生の家へ運び込むのを見届けて、久次郎が死の間際に何やら秘密を洩らしたのではないかと思い、俺を狙ったんでしょう」

 

「ということは、その源内先生と久次郎の家族も危ないのではないか?」

 

「ええ…源内先生には家から出ないよう言ってあります。あとは、源蔵さんに頼んである…久次郎がいい遺した“あどう”について、早々に尋ねねえといけませんが……」

 

「梅安。これはやはり音羽の元締と八雲の元締に頼まれたって仕掛の的…阿藤銀次と健之助の親子と関わりがあるのではないか?」

 

「それはわかりません。わからないからこそ、聞いてくるのです」

 

「……関わりがあるとしても、その仕掛は断った方がいい」

 

「…………」

 

「ご両所はお前が久次郎殺しに関わっているのを知らないから頼んだのだろうが……その刺客が阿藤なる親子と関わっていれば、目をつけられているお前が仕掛をするのは容易なことではないぞ。それに……」

 

 日向がいいさしたとき、梅安は茶わんを差し出してきた。

 日向は黙って酒をついだ。

 

「……日向さん。俺は怒ってるんですよ」

 

 梅安は静かな声で呟いたが、その顔は凄まじい面相(ぎょうそう)となっていた。

 

「奴らが仕掛の的と関係があろうがなかろうが、俺が元締から仕掛を頼まれたことは知らねえ。“久次郎を助けた”ただそれだけで俺の首を狙っていやがる。おちおち人助けもできやしねえ……(わり)い世の中になったもんだ」

 

 梅安の気迫に流石の日向も無言になったが、溜め息をついて、

 

「……で、今夜はどうするんだい?」

 

 と、いった。

 

「ここで寝かせてもらいますよ。ここで急いでもはじまりませんからね」

 

「店の中で寝るのかい?」

 

「そうさせてもらいますよ」

 

 梅安はそういうとシュラフへ横たわり、日向もまた、2階の自宅スペースへあがっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その翌朝……

 梅安は朝食を日向の家で済ませると、すぐさまタクシーで第7鎮守府近くの軍鶏鍋屋「五鉄」へ向かった。

 五鉄へ着いたのは、昼前の11時頃であった。

 梅安は、五鉄の近くでタクシーから降り、裏口へまわると、

 

「もし、店主に伝えてくれ。輝梅安なる海軍士官が来たと、な」

 

 厨房で働いている女中へ声をかけた。

 現在の梅安は、どう見ても海軍士官ではない。

 坊主頭の、迫力がありすぎる風貌とは似ても似つかぬ風体をしている。

 だれの目にも、帽子をとった梅安は、

 

(怪しい……)

 

 と、映るに違いない。

 それなのに、若い女中は梅安を見るや、すぐさま、

 

「はい、はい。中に入ってお待ちくださいまし」

 

 親切な物腰で梅安を厨房へ(しょう)じ入れ、すぐに奥へ入っていった。

 しばらくして……

 

「おお梅安さん。無事だったか」

 

 店主の仁左衛門が厨房に現れ、

 

「さ、あがってくれ。長谷川様ももうすぐ来なさるから、ささ……」

 

 梅安の異様な風体にはすこしも関心を示さず、2階の奥座敷へ案内した。

 11時半を過ぎた頃に、長谷川源蔵がやってきた。

 

「おお、無事であったか」

 

「“無事”、というと?」

 

「いやな、実は昨日のことで、色々と俺なりに調べたことをお前の耳に入れておこうと思って、昨夜電話をしたんだが、まだ帰ってきていないと言われてな……これは何か、お前の身に良からぬことが起きたのではないかと思い、伊三次にお前の行方を探らせていたのだ」

 

「なるほど……こいつぁ、ご迷惑をおかけしました」

 

 梅安は、深々と謝罪した。

 

「気にするな。いやとにかく無事でなによりだ……で、何があった?」

 

「ええ、実は……」

 

 梅安は昨夜の出来事を包み隠さず話した。

 源蔵はそれを真剣な顔つきで聞いた。

 梅安が全てを話し終えると、源蔵は腕を組み、

 

「そうか……やはり差し向けてきたか」

 

 と、いった。

 

「やはり、というと?」

 

「梅安。お前さんを襲った連中は、恐らく阿藤少将の息がかかった奴らかもしれん」

 

「なんですって……」

 

 源蔵の思いもよらぬ発言に、梅安は目を見開いた。

 

「うむ。実はな……」

 

 源蔵は昨夜のことを語り始めた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日、第7鎮守府……

 長谷川源蔵は第13鎮守府から戻ってくると、すぐさま自身の執務室に浜風を出頭させた。

 

「浜風、亭主が亡くなってまだ間もないお前にこのことを聞くのは酷だとは思うが、どうしても聞きたいことがあってな」

 

「どのようなことでしょう?」

 

「うむ……実は先程、先夜のお礼に第13鎮守府を訪ねたのだが…」

 

 源蔵は梅安との会話のことを浜風に話した。

 

「……あどう、ですか?」

 

「そうだ。それだけいって事切れたそうだ。どうだ浜風、なにか思い当たることはないか?」

 

「あどう……あどう……」

 

 呟きながら、微かに口を開け、むしろ茫然とした顔つきで空間の一点を見つめていた浜風が、何を思い出したのか、

 

「あ……」

 

 はっと顔色を変え、

 

「あどう、ぎんじ……」

 

 と、いった。

 

「存じているのか?」

 

「いえ、その名を主人から前に一度だけ聞いたことがございます」

 

「よし、そのことを詳しく申せ」

 

「わかりました」

 

 

 

 

 それは半月前のことであった。

 夜遅く帰ってきた久次郎に、浜風は酒の支度をした。

 この頃の久次郎は、妙に気を塞いだような、重苦しい顔つきをしていて、家族と口を聞かぬことが多かったらしい。

 普段は無口の久次郎だが、家で酒をのむと上機嫌になり、家族を相手に、しきりに軽口をたたく。

 それが、その時期は酒をのんでも、愛しいひとり息子の平吉が笑いかけても、却って押し黙ってしまい、まるで酒をのむこと自体が苦痛であるかのようなのみ方をしていたのだ。

 しかも時同じくして、久次郎が子飼にしている密偵も、めったに顔を見せず、そのくせ久次郎は毎日のように出かけ、よく遅くに帰って来ていた。

 さすがに心配に思った浜風が、難しい事件でもおっているのかと尋ねたところ、久次郎は素っ気なく頷いた。

 浜風は自分も手伝うといったが、久次郎は俺ひとりでやった方がいいと、それを拒んだという。

 その後、浜風が台所で酒を片付けていると、

 

「畜生、あどう、ぎんじめ……」

 

 と、久次郎が悔しがるように呟いたのを耳にしたという……

 

 

 

 

「……以上が、私が夫から聞いた経緯です」

 

 浜風がすべて語り終えると、源蔵は腕を組んでしばらく思案してから、

 

「……よし、わかった。すまんな、辛いことを思い出させて」

 

「いえ……私も海軍警務隊の隊員。長谷川様の命に従うのが、警務隊員の務めです」

 

「誰か送り人をつけようか?」

 

「いえ、大丈夫です」

 

 浜風は気丈に、その場を後にした。

 それを見届けた源蔵は、執務室の本棚から一冊の書類を取り出した。

 それは、主だった海軍高官の人事に関する書類であった。

 その中の軍令部の項目に

 

《阿藤銀次海軍少将》

 

 の名が載っていた。

 海軍全体の作戦指揮を担当する海軍軍令部の№2で、その権力は海軍大臣やほかの閣僚ですら一目置かねばならなかった。

 

「むぅ……」

 

 源蔵は書類を戻すと、静かに唸った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…とまぁ、こういうことだ」

 

 源蔵が語り終えたとき、梅安の顔は凄く真剣なものになっていた。

 

「……で、他にわかったことは?」

 

「いや、それだけしかまだわかってはおらん。ただ、久次郎の死とお前を襲った連中の背後には阿藤少将が関係しているのはまず間違いないと見ていい。俺としても、この一件は警務隊の面子がかかっているからな。そっちも、何かわかったらすぐに俺に伝えてくれ」

 

「わかりました」

 

 梅安はそういうと、源蔵とともに軍鶏のもつ鍋を食べ始めた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 その翌日……

 輝梅安は、音羽屋の奥座敷で二人の人物と対面していた。

 ひとりは、この音羽屋の亭主である山本半右衛門。

 もうひとりは、海軍七元帥がひとり、八雲紫。

 丁度この日は、二人が梅安に阿藤親子の仕掛を依頼した日から数えて三日目にあたり、その返事を伝えるために、この音羽屋に来たのである。

 

「どうやら、先夜の件をお引き受け下さるようお見受けいたしましたが?」

 

「さよう。ですがその前に、ご両所と(はら)を割ってお話ししたいことがありまして…」

 

「肚を割って……とは?」

 

「そうでないと、此度の仕掛がやりにくいことになります」

 

「なるほど、そういった事と次第ならば、こちらも肚を割りましょう」

 

「ありがとうございます。実は……」

 

 梅安は、先夜以来の経緯を洗いざらい、二人に話した。

 聞いているうちに、二人の顔から笑みが消え、躰が小刻みに震えはじめた。貧乏ぶるいを始めたのである。

 これは、二人の昂奮をあらわしていた。

 梅安が語り終えると、二人の貧乏ぶるいもぴたりとやんだ。

 

「…………そうですか。梅安先生が助けた警務隊員が阿藤親子に……」

 

 紫は静かに呟いたが、その呟きには、あきらかに怒りの感情が芽生えていた。

 すると、今度は半右衛門が鋭く目を光らせて、

 

「……やはり、阿藤銀次とせがれの健之助は、一刻も早く始末しなければいけませんな」

 

 と、いった。

 

「久次郎の妻子に関しては源蔵さんに任せております。故に八雲の元締には、源内先生の身辺を護ってほしいのです」

 

「…………わかりました。“とっておきのガードマン”を揃えて、山村源内先生をお護りいたしますわ」

 

「助かります」

 

 梅安は紫に一礼した。

 すると、半右衛門はアタッシュケースの蓋を開き、中身が見えるように、梅安の手前に置いた。

 ケースの中には、1万円札の束がギッシリと詰め込まれていた。

 梅安は中身を確認したうえで蓋を閉めて、ケースを脇に置いた。

 

「ところで、仕置人の方は都合のつく奴がいるんですかい?段取りが決まっても誰もこないってのは勘弁ですよ」

 

「その点はご心配なく。予定がつきそうな仕置人が四人くらいいるわ。最も、うち二人は貴方も知っている人物よ」

 

「あとの二人は?」

 

「新顔よ。腕は確かだから、段取りが決まり次第、藍が貴方へ伝えに来るから、彼女の指示に従ってちょうだい」

 

「わかりました」

 

 それから間もなく、紫と梅安は音羽屋を後にした。

 もっとも、二人の行き先は、それぞれに違う。

 梅安は第13鎮守府へ帰り、紫はスキマで何処かへと向かった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて……

 八雲紫の姿を、幻想郷の人里にある鍋屋〔角松〕の二階座敷に見出すことができる。

 ここは、紫のなじみの店であった。

 音羽屋を後にした紫は、藍を使いに走らせていた。

 その呼び出した相手が《角松》に現れたのは、紫がついてまもなくのことである。

 その相手は、おせいといって、40くらいの舞踊の師匠だが、その裏の顔は、

 

「知る人ぞ知る…」

 

 仕置人の一人である。

 

「紫さん。“仕事”のお話でしょうか?」

 

 入ってくるなり、おせいがいった。

 紫は、だまって財布を出し、一万円札の十枚束を懐紙の上に並べた。

 

「今度の仕事料は、十万ですか」

 

「そうよ。でもねおせいさん。この仕事は少し()()()なのよ」

 

()()()、とは?」

 

「実はね…」

 

 紫は、梅安から聞いたことと半右衛門の話を、包み隠さずおせいに語った。

 

「なるほど……はい……はい……」

 

 湯のみのお茶を啜りながら、おせいは何度もうなずいていたが、そのうちに、湯のみを静かに置いて、

 

「わかりました。お引き受けいたしましょう」

 

 懐紙の十万を手に取り、これを自分の財布へ入れた。

 

「日取りが決まり次第、三番筋へお越しください」

 

「わかりました」

 

 おせいは、一足先に角松を出ていった。

 紫は、ゆっくりともつ鍋を食すと、その足で人里離れた古い掘立小屋に向かった。

 そこには、二人の男が紫の到着を待っていた。

 この二人は、かつて何度か梅安と“仕事”を共に行った仕置人で、ひとりは飾り職の秀、もうひとりは、中村主水といった。

 

「なんでぇ、藪から棒に呼び出しやがって」

 

「あら、つれませんわね」

 

「用があるんならさっさと話してくれないか?こっちも簪の仕事があるんだ」

 

「はいはい……」

 

 紫は懐から一万円の十枚束を二つを取り出すと、それを懐紙の上に並べた。

 

「仕事料は、一人頭十万……最も、今回に関しては“脇役”ですがね」

 

「“脇役”?本命は誰がやるんでぇ?」

 

「仕掛人よ」

 

「仕掛人が……?」

 

「実はね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

※賢者説明中

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほどな……そういうわけがあるのかい」

 

「だから、貴方たちには取り巻きを始末してほしいの。仕掛人がやりやすくできるように、ね」

 

「だけど紫さん。取り巻きの始末だけでも四人は必要だ。後の二人はどうするんだ?」

 

「その点は心配なく。ちゃんと対策は打ってるわ……さて、ここまで聞いた以上、断るつもりじゃあ、ありませんよね?」

 

《推奨BGM:からくり人のテーマ(必殺からくり人より)》

 

 紫の言葉に、ふたりは全く動じない。むしろ、その目には血が滾っていた。

 ふたりは無言で置かれた札束を懐にしまい、小屋を出た。

 紫は懐紙をしまうと、小屋を出た……

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、数日後のこと……

 第7鎮守府敷地内にある長谷川源蔵の役宅を、浜風が訪ねてきた。

 なんでも、先だっての久次郎殺しの一件で、是非とも源蔵の耳に入れておきたいことがあるそうな……

 源蔵はすぐさま浜風を応接室へ通した。

 

「何か、久次郎の一件でわかったことがあるのか?」

 

「はい。最初は、第13鎮守府の輝提督のお耳にも入れておこうかと思いましたが、どうも近頃、誰かに()けられているようで……」

 

「ふむ……」

 

 この時、源蔵は浜風には内密に、彼女を護るために配下の密偵たちを使って密かに護衛をさせていたのだ。

 それに気付くあたり、流石は海軍警務隊の艦娘といえよう。

 

「……それで、俺に話とは?」

 

「はい。実は昨日、品川二丁目の小料理屋〔吉田屋〕の奥さんが私の家へ訪ねてきまして……」

 

 その奥さんの名は幸子といい、二十五、六くらいの若い女房が、今朝方、浜風の自宅を訪ねてきたのだ。

 

「こちらの隊員の森山さんが、急に、お亡くなりになったと、ニュースで見まして……」

 

「はい」

 

「もしや…あの…ご病気でお亡くなりになったわけではないのでは……」

 

「っ!?」

 

 一瞬、浜風は黙ったが、こうなれば肚を据えて、と、思い直し、

 

「よく、ご存知で」

 

 と、いった。

 

「やはり……」

 

 いったなり、幸子は顔を俯かせた。

 ギュッと握りしめた拳に、涙が滴り落ちた。

 

「いったい、どういうことなのです?」

 

 源蔵は落ち着いて、物静かに聞いた。

 

「うちの人は…黙ってじっとしていろと申しますが……森山さまが亡くなったと聞いて、どうにも…どうにも我慢がならなくて……すべて、すべて申し上げます!」

 

 幸子の目から、涙が溢れてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜……

 輝梅安は源蔵から呼び出され、矢矧と共に〔五鉄〕の二階奥座敷で源蔵と共に軍鶏鍋を食べていた。

 もっとも、ただ食べているわけではない。昼間浜風から聞かされたことを二人に伝えるためである。

 

「えっ?金貸しが阿藤親子に殺された?」

 

「そうだ。その小料理屋の女房の父が、消費者金融を生業にしている〔小村万七〕といってな。その万七が、阿藤銀次の嫡男、阿藤健之助に二百万貸したそうだ」

 

「軍令部次長の倅が金貸しから金を、ですか?」

 

「そう、そこだ。万七も、最初は妙に思っていたのだが……」

 

 源蔵はそのまま、事の経緯を話しだした……

 

 

 

 

 この時、橋渡し役をしたのが、黒部十蔵という憲兵であった。

 黒部は以前にも万七から金を借りたことがあり、その金は元利ともに返済していた。

 ゆえに、万七は黒部を信用していた。

 黒部は、万七を第777番鎮守府へつれて行き、そこで健之助に会わせた。

 

「どうしても、閣下が入用ゆえ、二百万ほど貸してもらいたい。これは、三ヶ月以内には必ず返済できる金だ」

 

 と、黒部十蔵がいった。

 

「……よろしゅうございます」

 

 万七は熟考の末、健之助直筆の証文と印鑑を要求し、承知した。

 ……が、健之助は金を返さなかった。

 一年もの間一文の利息を払わず元金も返さぬ健之助を、万七はたまりかねて裁判所に訴え出た。

 しかし、この裁判において…

 

「些かも存ぜぬこと」

 

 と、健之助が薄ら笑いを浮かべていえば、黒部が

 

「私は以前にも小村様から金をお借りしましたが、それはすべて返済しておりますしな……」

 

 平然といった。

 

「しかし、ここに被告直筆の証文がありますが…」

 

 原告側の弁護人が証文を見せつけて反論するが、

 

「おぼえがないなぁ。恐れ多くも海軍軍令部次長を務める阿藤銀次の嫡男たる私が、金貸し風情から金を借りるなどありえませんからなぁ」

 

 と、平然と突っぱねた。

 不思議なことに、

 

「…そうですか…」

 

 と、弁護人も、それ以上の追及はしなかった。

 そして突然、判決の日に、裁判所に出頭した万七を待っていたかのように公安が、

 

「反政府団体への資金援助」

 

 という身に覚えのない容疑で拘束され、そのまま銃殺された。

 これを聞いた幸子は、泣くに泣けず、あきらめるにもあきらめきれず、警務隊員の久次郎へ内密に相談した。

 聞いて久次郎は、言下に、

 

「そいつぁ、おかしい……!」

 

 と、いった。

 

 

 

 

「捨て置けなくなった久次郎は阿藤健之助を探りにかかり、それに気付いた阿藤銀次によって消された……そういうところだな」

 

 源蔵が語り終えると、矢矧がイラついた表情で

 

「そこまでわかっていながら、なぜ阿藤親子を召し捕らないのです」

 

 と、いった。

 

「それができりゃあこんな苦労はしねえよ」

 

「軍令部が、なにか言ってきたんで?」

 

「うむ。恐らく阿藤銀次めが手を回したのだろう。警務隊にこの事件から手を引くよう命じてきた。俺としちゃあ、これを無視して海軍を揺るがす大捕物にしてえところだが……」

 

「下手をすれば海軍の統帥権問題、ひいては永田町の政治屋どもに弱みを握られることになる……」

 

「その通りだ……ゆえに、お前ら二人に頼みたいことがある」

 

《推奨BGM:必殺仕掛人・メインテーマ(劇場版必殺仕掛人より)》

 

 その言葉に、梅安と矢矧の目が鋭く光った。

 

「表の法で裁けぬのなら、裏の法で裁くべし……ふふ、俺が何も知らずにお前さんらにこのことを話すとでも思ったのか?」

 

 ニヤリを笑みを浮かべながら、源蔵は懐から札束を二つ取り出し、懐紙の上に置いた。

 

「こいつぁ、阿藤銀次が俺に口止め料として送ってきた賄賂の一部だ。ふふ、賄賂の使い道にしちゃあ、粋なもんだろう?」

 

 源蔵は笑みを浮かべていうが、この金はすなわち、

 

「俺の代わりに阿藤親子を仕掛けてくれ」

 

 という、意思表示であった。

 梅安と矢矧はその札束を手に取って懐にしまうと

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………で、だれを()ればいいんで?」

 

 と、いった…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その帰り……

 梅安と矢矧は鎮守府に帰ると、梅安の自室で今度の仕掛について話し合っていた。

 

「弱りましたね」

 

「まったくだ。だが、ご両所の言う通り、あの親子は生かしておいては世のため人のためにならん奴だってことは、間違いない」

 

「ですが、簡単ではありません。恐らく提督を襲った連中や、大勢の部下や憲兵をいつも護衛につけているでしょうね」

 

「ん……」

 

「それに父親の方も仕掛けるのでしょう?軍令部次長という、超大物を……」

 

「……ああ」

 

「大丈夫ですか?一人でも厄介なのに、親子両方なんて…」

 

「だからこそ、俺は親父の方を、お前には倅の方をやってほしいのさ」

 

 梅安は砥石を水で濡らせると、殺し針を研ぎ始めた。

 

「それに親父の方は、音羽の元締が段取りをつけてくれるそうだ」

 

「元締が?」

 

「ああ、詳しいことは聞かなかったが……とにかく、倅の健之助の方を、先に仕掛けてほしいとのことだ」

 

「倅の方を、ですか……」

 

「倅の方は、取り巻きを仕置人がどうにかしてくれるらしいから、やりやすくなるはずだぜ」

 

「仕置人との合同ですか……」

 

「不満か?」

 

「いえ……」

 

 矢矧はそういうと、部屋を出た……

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから矢矧は、日進を使って健之助が出入りしているという賭場を突き止めると、酒を使って健之助のことを探り続け、明晩、清和会の賭場で護衛の憲兵や部下達と博奕を打ったあと、いつものように吉原にある〔玉の尾〕という高級ソープへ出かけると聞きだした。

 

(吉原の〔玉の尾〕といえば、値は高いですが品の良い泡嬢を買えるという噂のソープですね……だから相応の金が必要で、金貸しから金を借りた挙句に踏み倒すというのですか……ちっ)

 

 そして翌日、矢矧は八雲藍の案内で、第13鎮守府近くの洞窟に来ていた。

 ここで、仕置人と合流する手筈となっている。

 矢矧が洞窟の中に入ると、そこにはすでに主水と秀が待ち構えていた。

 

「まさかまたおめぇらと手を組むことになるとはな…」

 

「お二人だけですか?話では4人と聞いていましたが?」

 

「もうすぐ来る筈だぜ。といっても、俺らも顔を合わせるのは始めてだが」

 

「信用に値する人物でしょうか?」

 

「さぁな」

 

 そんなやりとりをしていると、スキマと共に三人の人物が現れた。

 ひとりは、仕置人の元締である八雲紫である。

 それに続いて現れた二人の人物を見て、主水と秀の顔色が変わった。

 その二人は、主水と秀に馴染みのある人物だったからだ。

 

「おめぇは……おせいじゃねえか!?」

 

「驚きましたね……まさかまた貴方と手を組むことになろうとは」

 

「〔半兵衛〕さん!?どうしてここに!?」

 

「よう、久し振りだな秀」

 

 おせいに関しては、以前にも説明したがもう一人の人物〔知らぬ顔の半兵衛〕について説明せねばなるまい。

 この知らぬ顔の半兵衛。かつてはおせいが江戸で〔仕事屋〕という稼業の元締だった頃の配下で、ある事件で江戸を追われる身となるが、その過程で江戸を去ったばかりの秀と組み、裏の仕事をしていた時期があった(詳しくは「必殺必中仕事屋稼業」の最終話と「必殺シリーズ10周年記念スペシャル 仕事人第集合」を参照)仲であった。

 

「なるほど……そのような仲だったとは」

 

「ま、これも何かの縁ってことだな……さて、あんたが件の仕掛人かい?」

 

「…………」

 

 半兵衛とおせいは、長ドスに手をかけている矢矧に目を向けた。

 

「心配なさらなくても結構ですよ。事情は紫さんからよく聞いております」

 

「お前さんが本命を、俺らが取り巻きを()る。ちゃんと仕事料は貰ってるぜ」

 

「もし仕損じたら……貴方たちの命はありませんよ」

 

 それだけいうと、矢矧は手をおろした。

 

「では…………頼みますよ」

 

《推奨BGM:商売人出陣(江戸プロフェッショナル・必殺商売人より)》

 

 紫の声と同時に、五人は洞窟を出ていった。

 残された紫と藍は、蝋燭の火を消すと、スキマで何処かへと姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 人気のない夜道を疾走する秀と半兵衛……

 紫の頭巾を被り、一人夜道を行くおせい……

 襟巻を巻き夜道を歩く主水……

 人混みを避けるように歩く矢矧……

 

 

 

 

 

 

 

 

 仕掛は、今夜_

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤坂某所にある料亭……

 ここの離れの座敷で、阿藤健之助が黒部十蔵とその部下数人と酒を呑み交わしていた。

 この数刻前に、健之助は父・阿藤銀次から重要な知らせがあるので、この料亭にくるよう呼び出された。

 そのため、健之助はいつものように黒部ら取り巻き達を引き連れてこの料亭に来たのである。

 

「しかし次長閣下から直々のお呼び出しとは、いよいよ閣下の将来も明るくなりますな」

 

「まったくだ。父上とて俺をいつまでも一地方鎮守府の提督で留めるほど馬鹿ではない。これが吉報であれば、お前たちの未来も明るいぞ」

 

「それはもう」

 

 健之助と黒部は談笑しながら、酒を呑んだ。

 

「…………しかし、父上も遅いな。流石にこの酒も飽きてきたぞ」

 

「まったくですな。はっはっはっ!」

 

 と……

 

 ♪~

 

「む……」

 

 突然、座敷の外から笹笛の音が聞こえた。

 黒部が部下を使って彰子を開けて庭を見た。

 

《推奨BGM:闇の裁き(江戸プロフェッショナル・必殺商売人より)》

 

 庭の中央に、黒装束に同田貫を携えた矢矧が立っていた。

 

「貴様、何者だ?」

 

 黒部が問うと、矢矧は口に咥えていた笹を捨て

 

「仕掛人、軽巡矢矧……阿藤健之助、貴方の命を貰い受ける」

 

 と、名乗りを上げて、腰の同田貫を抜いた。

 

「仕掛人だと……ふっ、艦娘風情が……やれい!」

 

 黒部の命令と同時に部下二人が矢矧に襲いかかるが、矢矧はそれを苦も無く返り討ちにした。

 

「おのれぇ!者ども斬れ!斬って捨てい!」

 

 健之助は黒部と残った部下一人に守られながら奥座敷へ逃げた。

 矢矧は襲い掛かる部下を斬り捨てながらその後を追った。

 同じ頃、異変に気付いた健之助の取り巻き達が健之助の許へ向かっていた。

 しかし、その行く手を刀を持った主水と朱塗りの匕首を持ったおせいが待ち受けていた。

 主水とおせいは向かってくる取り巻き達を次々と斬り伏せていった。

 

「おのれぇ!」

 

 最後の取り巻きが主水に銃を向けるが、おせいが仕込み扇子を投げてそれを阻止した。

 

「ぐわっ!」

 

 取り巻きは軍刀を取ろうとするが、主水はその取り巻きに最後の一太刀を喰らわせた。

 

「ぎゃっ!」

 

 最後の取り巻きを斬り伏せると、主水は刃についた血を振り払って鞘に納め、おせいも仕込み扇子と匕首をしまった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 矢矧から逃れるべく、黒部十蔵とその部下に守られながらさらに奥の座敷へ逃げた阿藤健之助だが、三人に待っているのは“死”以外の何者でもなかった。

 

《推奨BGM:仕事屋大勝負(必殺必中仕事屋稼業より)》

 

「なっ!?」

 

 その座敷には、得物を口に挟んだ秀と半兵衛が待ち構えていた。

 

「こなくそぉ!」

 

 黒部とその部下が二人に斬りかかるが、二人はそれを軽く受け流すと半兵衛は黒部の、秀は部下の背後についた。

 半兵衛は口に挟んだ剃刀を黒部の首筋にあてがうと、あてがった部分を手拭いで隠し、そのまま黒部の首筋を斬り裂いた。

 それと同時に、秀は部下の延髄に房付きの銀簪を深々と刺し込んだ。

 黒部とその部下が音を立てて崩れ落ちると、秀と半兵衛はゆっくりと健之助に歩き寄った。

 

「ひ、ひぃ!」

 

 半兵衛の左手から滴り落ちる血を見た健之助は命の危険を感じその場から逃げようとするが……

 

「っ!?」

 

 矢矧が彰子越しに健之助の背中を刺し貫いたのである。

 同田貫の刀身は健之助の躰を貫き、刃が胸から飛び出していた。

 矢矧が刃を引き抜くと、健之助はそのまま崩れ落ちた。

 矢矧は血を振り払って鞘に納めて、ゆっくりとその場を去った。

 秀と半兵衛も、健之助の死を確認してから、座敷を後にした……

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから五日後……

 山本半右衛門と八雲紫が、後金を携えて第13鎮守府を訪れた。

 

「矢矧さん。仕置人の助けがあったとはいえ、毎度のことながら見事なお手並、恐れ入りました」

 

 と、半右衛門が世辞でもなんでもなく、矢矧にいった。

 

「ほぉ、ご両所は私の仕掛を見ていなさったので?」

 

「まさか。知らせてくれる方がおりましてね。後で耳に入りました次第です」

 

「なるほど……」

 

 紫と半右衛門は、今度の仕掛をおこなうにあたって、阿藤銀次の部下か、もしくは阿藤家の内情に通じている者から、いろいろと情報を得ているに違いない。

 

「とりあえず、この半金をお受け取り下さい」

 

 と、紫がアタッシュケースにつめられた一千万円を差し出した。

 梅安はそれを矢矧に渡すと、矢矧はそれを自身の手元に置いた。

 そして、梅安は思い出したように、

 

「……耳に入るといえば元締、どうにも気がかりなことがございましてねぇ」

 

 と、いった。

 その言葉に、紫と半右衛門は興味を示した。

 

「ほう……伺いましょう」

 

「あれから今日まで、矢矧には自室に籠らせていたんですが、何故阿藤健之助の死が、()()()でも耳に入らないんで?」

 

 半右衛門と紫の耳が、ピクリと動いた。

 

「小村万七の一件が公にならないよう有無を言わさず万七を殺して健之助を守った阿藤銀次が、何故実子たる健之助が殺されたことを当局に知らせずホシを上げようとしないのか……実に妙ですねぇ……」

 

「…………」

 

 半右衛門は黙ったが、紫は間をおいて、

 

「…………我が子よりも地位…………軍令部も、腐りきってるのよ……」

 

 と、自嘲気味にいった。

 その言葉には、世の中への怒りがこもっていた。

 

「ところで……」

 

 すると、半右衛門が思い出したように、

 

「明後日の夜に、王子にある料亭〔大村〕へ阿藤銀次がまいります」

 

 と、いったものである。

〔大村〕は、北区・王子にある料亭で、100坪の土地に離れの座敷が六つあり、政治家や有名人が()()()()でよく来ている店である。

 その大村へ、明後日の夜、阿藤銀次がおしのびであらわれるというのだ。

 銀次を大村へ招待するのは、東部憲兵隊横須賀地区憲兵隊隊長の川合佐兵衛だ、と、山本半右衛門はいった。

 これには、流石の梅安も仰天した。

 

「倅が死んで十日も経たぬ内に料亭へ、ですか?」

 

「左様です。こいつぁ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 きっと、仕掛けてくださいまし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、翌々日……

 北区・王子の料亭〔大村〕の奥座敷に、ふたりの人物が密談をしていた。

 ひとりは、海軍軍令部次長・阿藤銀次。

 もうひとりは、東部憲兵隊横須賀地区憲兵隊隊長の川合佐兵衛であった。

 

「閣下。まことにもって、このたびは……お悔やみの申しようがございませぬ」

 

“このたび”とは、健之助のことを指したものであろうが、言葉とは裏腹に、佐兵衛の顔には薄笑いがうかんでいた。

 

「うむ……うむ……」

 

 ゆったりとした佇まいで座る阿藤銀次もまた、健之助が死んで間もないというのに、これまた上機嫌であった。

 

「ご苦労であったな、川合。いずこの者に頼んだのだ?」

 

「それは、申し上げかねまする」

 

「まぁよい。健之助にこれ以上生きてもらっては私も危うくなる。当局やマスコミに大金をまき散々あやつの悪事をもみ消してきたが…金貸しが証文という()()()()()()()()()を持って訴え出たときはさすがに肝を冷やしたわ。これが公になれば、あの松平が黙ってはおるまい。健之助が裁かれるだけでなく、私にもかかわることよ。毒を盛ってくれようかと考えたが、身内のことだ。万一事が洩れればそれこそ取り返しがつかなくなる。故に、貴様に頼んだのだ……()()()した。これで万事解決だ」

 

「もう、それほどになさいませ」

 

「望みがあるなら、何でも申せ」

 

「それにつきましては、いずれ、あらためて申します……ささ、今夜はゆるりとおくつろぎください」

 

 佐兵衛が手を叩くと、女中たちが膳と酒を運びいれると同時に、芸者たちが座敷に入っていった。

 それから、しばらく後……

 

「あぁ~…気分がいいのお~」

 

 阿藤銀次は、若い芸者につきそわれ、手洗場(便所)にむかっていた。

 

「健之助めぇ…我が子ながら狂っておった!誰の血を引いたのかのぉ~」

 

 健之助の愚痴をつきながら廊下を歩き、戸口の近くまでくると、つきそいの芸者を抱きしめ、荒々しくその唇を吸った。

 

「ははは!ちゃんとそこで待っておれよ!」

 

 銀次は芸者を解放すると、上機嫌で手洗場に入った。

 不用心にも、このとき阿藤銀次は、手洗場の照明をつけ忘れていた。

 それ故に、手洗場の闇に潜む存在に気付けなかった。

 

《推奨BGM:必殺!》

 

「ふう~」

 

 戸を閉め、おぼつかない足取りで便座へと歩く銀次の背後を取った梅安は、その延髄に向けて深々と殺し針を刺し入れた。

 

「!!?!??」

 

 阿藤銀次は声をあげる間もなく、そのまま崩れ落ちた。

 

「もし……もし、軍人さま……」

 

 中の異様な物音に気付いた芸者が、戸の外から声をかけた。

 梅安は戸の内側に立ち、落ちついていた。

 恐怖に襲われた芸者は、戸を開ける勇気もなく、悲鳴をあげて駆け去った。

 梅安はそれを見すまして、戸の外へすべり出ると、たちまち塀を飛び越えて、大村を後にした……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この数日後、海軍省広報課は阿藤銀次と健之助の父子(おやこ)の病死を発表した。

 そして、これと時同じくして、横須賀地区憲兵隊隊長・川合佐兵衛が自宅で割腹自殺した状態で発見されたという……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、一週間後のこと……

 その日は、都内でもまれにみる大雪であった。

 輝梅安と矢矧は、鎮守府で湯豆腐を食べながら、今回の一件を振り返っていた。

 

「それにしても驚きましたね。健之助を殺させたのが、親父の銀次だったとは…」

 

「まったくだ。頼まれた川合は無論そのことを元締に隠していたんだろうが、元締のことだから、わけもなく探り出したんだろうよ」

 

「ふむ……で、銀次を殺させた奴は、いうまでもなく、元締でしょうね」

 

「だろうな。仕掛のことであの父子を探っているうちに、、自分が親父の方を仕掛けたくなったのだろうよ」

 

「なるほど……では、何故仕置人と手を組むことになったんでしょう?」

 

「早い話、ダブルブッキングという奴さ。八雲の元締は別口で阿藤父子の仕掛を頼まれて、それで探っているうちに音羽の元締がこの件で動いているのを知った。そこで元締に花を持たせてやろうと思ったのだろうよ。でなければ源内先生のボディガードや健之助の仕掛の段取りや手伝いをやってくれるわけがねえ……やはり、あのご両所にかかれば、この程度のことなど造作もないことなんだろうよ」

 

「みたいですね」

 

「矢矧」

 

「はい?」

 

「雪が、熄んだようだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仕置(しおき)

 

 法によって処刑することを、江戸時代こう呼んだ。

 

 しかし、ここにいう仕置人とは、法の網を潜ってのさばる悪を裁く、闇の処刑人のことである。

 

 ただし、その存在を証明する記録、古文書の類は一切、残っていない……

 

 

 

 

 

 

 

 

(必殺仕置人より)

 

 

 

 

 

 

 

 

 原作:池波正太郎「仕掛人・藤枝梅安『闇の大川橋』」

 

 

 

 

 

 

 

 

艦これ仕掛人スペシャル「ひとでなし消します」

終劇

 




 ちなみに今回のタイトルは必殺仕掛人第7話のタイトルでもあり、同回では中尾彬さんが必殺シリーズ最初の偽装切腹による仕置で仕置された回でもあります。
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