「女子高生総理・芹沢鮎美の苦悩」   作:高尾のり子

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6月 三島

 翌日の月曜日、鮎美の父親は新聞の地方欄に市議選が始まった記事といっしょに芹沢鮎美が自民党所属として活動を始めたことが書かれ、出陣式で応援演説をしている娘の写真まで載っていることに気づいた。

「………」

 しばらく娘に伝えるべきか、黙っておくべきか迷い、知らずに登校するよりは知っておいた方がいいと判断して、疲れた顔で朝食を摂っている娘に言う。

「鮎美、お前、新聞に載ってるぞ」

「んー……あ、ホンマや……」

 疲れているからか、反応は薄かった。朝食を終えた鮎美は登校のために船着き場まで歩き、鷹姫に出会った。

「おはようさん」

「おはよう」

 挨拶を返しつつ、鷹姫は額の汗をハンカチで拭いた。拭いても、すぐに汗が噴き出してきている。

「どないしたん? 汗びっしょりで」

「昨日、稽古ができなかった分、朝稽古を長くやりすぎてしまい、バタバタとしたものですから」

「……あんた、えらいなぁ……」

 心から誉めつつ、鮎美はポケットからハンカチを出して鷹姫の首筋を拭いた。ポニーテールにしている鷹姫のうなじが夏の日差しを汗で反射させて光っている。

「急ぎましょう。もう定刻です」

「そうやね」

 二人で小舟に乗ると、湖上の風が最高に心地よく汗を気化させてくれた。古い堀を小舟で抜けて、高校の近くで降りると、最近は毎日のように現れる鐘留が堀の直上にある自宅から出てきた。

「おはよー、アユミン、タカちゃん」

「おはようさん、カネちゃんの家って館みたいに立派やな」

「今さら? あ、もしかして、アユミンってアタシの家が何屋さんか、知らない?」

「知らんよ。民宿とか?」

 見えている家が通常の一戸建て住宅の五倍くらいある大きさで、古い日本建築だったので鮎美は民宿か旅館かと考えたけれど、鐘留は首を振る。

「違うよ。A、ケーキ屋さん。B、お肉屋さん。C、ロープウェイ屋さん。さて、正解は、どれでしょう?」

「う~ん……Cで!」

 鮎美は近くにロープウェイが見えているので決めた。近くに山があり、その山頂には高名な古刹があるのでロープウェイが建設されている。鮎美たちが通学に使っている中世の堀と合わせて観光名所になっていた。けれど、また鐘留は首を振る。

「外れ♪ っていうか、三分の一だけ正解」

「三分の一……? ほな、答えは、三つとも?」

「そうだよ。かねや、って聞いたことない?」

「あるある! ああ、あの! ケーキ屋の!」

 何度も直樹が手土産として持参してくれたケーキの出所だった。

「かねやって肉も売ってんの? あと、ロープウェイも?」

「まあね。多角経営ってヤツだよ。もともとは初代の鐘吉さんが和牛を秀吉に納めたのが始まりだけど、明治期にケーキも始めたし、戦後からロープウェイもやってるよ。無料券ほしい? あげるよ」

「タダより高いもんはないちゅーし、うちは公職につくから他人様からタダで何かしてもらうのは、グレーゾーンに入りやすいねん。遠慮しとくわ」

「へぇ、さすがは議員予定者だけあって、アタシんちがお金持ちって聞いても顔色が変わらないね」

「…あんた…」

「カネちゃんだよ。かねやのカネちゃん」

「……。カネちゃんがクラスで浮いてる理由がよーわかるわ。見た目が可愛いのと、家が金持ちなんを遠慮無く自慢してたんやろ?」

「自分に自信をもつのはいいことだよ」

「誇ってええのは、鷹姫みたいに努力して得たもんだけや」

「アタシが美人なのも、お金持ちの子なのも、先祖代々の努力のたまものだよ」

「財産の相続はともかく美人は、たまたまやろ」

「ちっちち。美人だって遺伝するから、お母さんも可愛いし、きっと初代の鐘吉さんだって、お金がある分、キレイなお嫁さんをもらって、それを代々繰り返してるから、どんどん洗練されていくよね。クジャクの尾羽がより美しく、ウグイスの声がより華麗になるみたいにね」

「……。人徳の洗練をはかった方がええよ」

「きゃははは、琵琶商人の通った後には草も生えないっていうもんね」

「琵琶商人って何や?」

「あ、これも知らないの。やばいよ、議員になるのに。琵琶商人っていうのはね、このあたりで中世から活躍してた商人のこと。遠く江戸や北陸なんかにも進出してる。今でこそ大きな顔してる松阪牛も神戸牛も、もとはといえば琵琶牛を蒲生氏郷が育てたのが始まりだし」

「和牛の本家なんや?」

「そうそう」

「けど、松阪牛の方が一番って感じがするで」

「それはねぇ、琵琶牛の売り方が琵琶商人らしくてね。よその県から持ってきた牛まで、たった一晩だけ飼育して琵琶牛として売り出したりしたからだよ」

「……ブランドってもんを……」

 鮎美が呆れ、鷹姫が付け加える。

「羊頭かけて狗肉を売るとは、よく言ったものです。恥を知りなさい」

「恥ねぇ……。そういえばタカちゃんって、いつも汗臭いけど今朝は余計に匂うね。女子として恥ずかしくない?」

「別に」

「女の子なんだから、ちゃんとしないと。せっかく顔がキレイなのにさ。総合女子力でランキングさがるよ。タカちゃんが気合い入れてメイクしたら、アタシに匹敵するかもよ」

「あなたに一言いっておきます。二度と私のことをタカちゃんなどと呼ばないでください」

「タカちゃんはタカちゃんだねぇ」

「……。目障りですから失せなさい」

「タカちゃんが消えれば? 臭いし」

「あなたは存在が不快です」

「臭いのも不快だよ」

「………」

「………」

 鷹姫と鐘留が睨み合って、今にも暴力沙汰になりそうなので鮎美が間に入る。

「待ち待ち! 朝からケンカせんと!」

「別にケンカなどしていません」

「タカちゃんが、そういうなら、そうかもね」

「その呼び方をやめなさい!」

「フフン」

「せやから、やめいて!」

 鮎美が鐘留へ注意する。

「本人が嫌がってるんやから、やめいや!」

「え~……」

 鐘留が残念そうにする。

「でないと、あんたのこと、うちはネルネルって呼ぶで!」

「うわぁ……嫌な呼び名。鐘留だからネルネルって。かねやの御菓子は、どんなに練っても味は変わらないよ?」

「嫌やろ。せやから、タカちゃんもやめたりぃ!」

「ん~………鷹姫、タカキ……姫だから、ヒメちゃん!」

「プッ…クスっ」

 鮎美が失笑しそうになりつつ振り返ると、鷹姫が冷たく睨んでくるので笑うのをやめる。

「あかん、ヒメちゃんも無しや!」

「じゃあ、カキちゃん」

「養殖されるみたいやん!」

「きゃはははは、しょーがない、宮ちゃんにしてあげるよ」

「しょーがないやないやろ」

「芹沢、時間の無駄です。もう行きましょう」

 鷹姫が校門へ向かって歩き出したので、鮎美と鐘留が続く。鮎美が校舎に入ると、他の生徒たちからの視線を強く感じた。新聞に載ったせいで、じわじわと拡がっていた噂が一気に拡がっている様子で注目されている。

「芹沢先輩! サインください!」

「いっしょに写真を撮らせてください!」

「ええよ」

 サインも撮影もこころよく受けた。静江からは怪しげな業者との撮影は避けるよう言われているけれど、高校生同士のツーショットなら悪用しようもないと考えている。けれど、教室に入って机の中にラブレターが2通もあったのには、少し驚いた。

「………」

「アユミン、モテるね。きゃはは、それ1通は女子からじゃん」

「そうみたいやね」

 男子からと女子から1通ずつラブレターをもらってしまった。

「どうする? どっちと付き合う?」

「どっちも断るよ。党からも交際は控えるよう言われてるし」

 あとで返事を書くことにしてカバンに入れた。一日の授業を受けて放課後になり、校門へ向かうと、今日も静江が待っていた。直樹が専属担当として勧誘の役目を果たしたのでバトンタッチして静江が待っていることが多いし、党としても男女という組み合わせはさけたいので、いずれ用意される東京での鮎美の秘書も女性であることを条件に検討されている。

「お疲れ様です、芹沢先生、宮本さん」

「静江はんも、ご苦労さんです。………あの人らは…」

 鮎美は見知らぬ集団がいたので違和感を覚えた。待ちかまえるように校門付近にいた集団は7名で、うち2名が車イスに乗った障碍者のようだった。その集団が鮎美に近づいてくる。

「芹沢殿ですかっ?」

 集団のリーダーらしき人物が鮎美へ問うてくる。

「は…はい、そうですけど?」

「ぜひ、お話をさせていただきたい! 私はNPO法人ライフイージス、命の盾の会、代表の三島由紀子と申します!」

 強い勢いで言ってきた女性は30代半ばくらいで、喪服のような黒いスーツを着ているし、黒のハチマキまで頭に巻いている。その頭は女性なのにスポーツ刈りで化粧もしていない。異様な雰囲気を感じさせる人物だったので、鷹姫がいつでも踏み込めるように腰を落とした姿勢を取り、静江は秘書らしく対応する。

「陳情でしたら党の方に…」

「いいえ! 芹沢殿に直接お会いして話したく! 彼らも待っていたのです!」

 三島の背後には車イスの障碍者が二人いる。生まれつきの障碍なのか、顔立ちが健常者とは異なっているので年齢がわかりにくいけれど、身体の大きさからして青年期くらいかと感じられた。夏の日差しの中、ずっと鮎美たちが校門を出てくるのを待っていたようで汗を流している。

「ぜひ! お願いする! 芹沢殿!」

「うちは……まだ正式には議員やないんですよ…」

「少しでも早く理解しておいてほしいのです! 命が危うい窮状を!」

「………」

「秘書の石永です」

 静江が事務的に名刺を出した。

「あらゆる陳情は党で受けます。芹沢先生の任期は始まっていません」

 もう静江は三島が何を言おうと無視して追い返す対応に入っているけれど、三島も静江を無視して鮎美に迫る。

「芹沢殿! どうか、お時間をください! 一時間! いいや30分!」

「……それくらいなら……」

 鮎美が勢いに押された。そして鐘留が好奇心を刺激されて言ってくる。

「立ち話も何だしさ。アタシんちの喫茶店、貸してあげようか? 平日だし、二階を貸し切れるかもよ」

「おお、ありがたい! ありがとう、お嬢さん」

 鐘留が電話をかけて場所を用意してしまい、仕方なく静江も承諾する。すぐ近くにある鐘留の家が経営する喫茶店の二階に全員で入った。着席して、すぐに静江が三島に問う。

「それで、三島さんのお話というのは?」

「芹沢殿は出生前診断という言葉を聞いたことがおありか?」

「…しゅっせいぜん……いえ、知りませんけど」

「妊娠中に母体の血液や羊水を検査し、胎児の障碍の有無を調べる検査です」

「そんなんあるんや……」

「この命の選別につながる検査を全面的に禁止していただくべく我々は活動しておるのです」

「そ…そうですか……」

「芹沢殿にも、ぜひ我らに賛同していただきたい」

「……。……党と相談して…」

「芹沢殿ご自身の認識も深めていただきたい!」

 強い気迫を発してくる三島に対して、鮎美は興味をもったことのない問題だったので、答える材料がなかった。代わりのように鐘留が口を開いた。

「女の選択権ってものもあるよね。産む産まないは女の自由。どんな理由でもさ。っていうか、アタシは自分が産む子供が障害児だったら嫌だな」

 歯に衣着せぬ性格の鐘留がスカートから露出している脚よりも忌憚なく意見を吐くと、三島は鋭く鐘留を睨んだ。

「よくも、この二人を前に、そんなことが言えるものだ」

「言論の自由だよ♪」

「そんな自由はない!」

「黙秘権を行使されちった。きゃははは」

 わざと舌足らずに可愛い声で発音した鐘留が笑っているけれど、静江は深刻な声で告げる。

「芹沢先生と、この生徒はクラスメートという以外は何の関係もありませんし、今の発言は彼女独自の思想にすぎません」

「うわっ、アタシ切り捨てられたよ。せっかく、みんなにおごってあげたのに」

「うちらは、おごってもらうのはアカンねん。言うたやろ」

「じゃあ20万円ね」

「どんなぼったくりやねん?! アイスティー一杯やんけ!」

「部屋の貸し切り代が込み♪」

 鐘留が両手をあげて空間の空気を掻き混ぜると、彼女が肘の内側に着けている上等な香水の香りがした。鮎美は鐘留の可愛らしい腕から肩、大胸筋の張りと腋のラインに視線を向けつつも呻る。

「くっ……琵琶商人の通った後には草も生えんって、ホンマやな。堺の商人でも、そこまでやらんで。可愛い顔して悪魔やな」

「きゃはは、だから、おごってあげるよ?」

「こちらのお店には私が適正な支払いをいたします」

 静江が冷たい声で言い、三島が怒鳴る。

「我々は芹沢殿の認識を問いたい! いかに、お考えか?!」

「そ…、そんなん急に言われても…」

「たとえ胎児でも人権はある! 生まれつき障碍があるからといって命を奪われていい道理はない!」

「…そ……そうかもしれませんね…」

 鮎美が困っているので鷹姫が口を開いた。

「人権という概念は、中世の神と同じに人間が想定したものにすぎず、必ずしもその存在が立証されたものでないことは、台風や地震、疫病に向かって私たちには人権があるので侵害するな、と言うことが無駄であることからも明らかではないでしょうか。本当に無条件に人々が幸せになれるのであれば、そもそも障碍をもって生まれるという事象そのものが生じないはずです」

「貴殿は障碍児が産まれてくるのが間違いと言いたいのか?!」

「いえ、生物学的な自然現象として一定数の個体に欠陥が生じるのは、ありえることですし、そういった個体は自然界においては淘汰されているでしょう。弱きは敗れ、生きる力の無い者は死する、それだけのことです」

「弱者に生きる資格無しと?!」

「違います。弱者あっての強者、強者あっての弱者です。ゆえに己を磨き精進するのです」

「そうそう♪ ブスあっての可愛いアタシ、可愛いアタシあってのブス。ゆえに自分を磨き、もっと可愛くなるんだよ」

「あんたら、意外と似たところが……」

「芹沢殿は、いかにお考えか?!」

「うちは……、出生前診断でしたっけ。知ったばかりの言葉なんで、いいも、悪いも、わかりません。そりゃ、気の毒な境遇にある人たちも、いるんやな、とは知りましたけど…」

「障碍をもって産まれることは不幸ではない。この子たちは、こんなにも可愛い」

「………」

「どこが可愛いの? ただのできそこないじゃん。どう見ても不幸。アタシだったら死にたくなるよ」

「心の醜い人だ」

「顔は可愛いでしょ? 身体も」

「人は見た目が、すべてではない」

「うん、うん。見た目と匂いだね。たいていの生き物は、見た目と匂いでエッチする相手を選ぶよ。それが純粋な恋。でも人間は不純だから相手の年収なんかを見る。どっちにしても不幸だね、可愛くないのは、とっても不幸」

「性根の腐った友人をお持ちのようだ。芹沢殿は!」

「きゃはは、アユミンは差別しないからね。心が醜くて性根が腐ったアタシでも友達にしてくれるよ。ユキちゃんは心がキレイで性根に防腐剤がかかってないと人と友達になれないみたいだね、かわいそう」

「……」

 もう三島は鐘留を無視することに決めたようで、黙って鮎美を見据える。鮎美は責めるような視線を受けて、たじろぎつつも答える。

「NPO法人、ライフイージスでしたね。今後、勉強させてもらいますから、資料などいただけますか?」

「ええ、送らせていただく。そして、またお会いしたい。次は歪みきったご友人は抜きで」

「きゃははは、気に入らないものを切り捨てるなら、中絶するのと似たようなものだね。せめて次は同情と脅迫の道具に何も理解してない子たちを連れてくるのは抜きにしてあげなよ、アユミンがかわいそう」

「……失礼する!」

「待ちなよ、あと一つユキちゃんに訊きたい」

「……」

 三島は黙って鐘留を睨んだ。鐘留は動じずに問う。

「ユキちゃんってさ、顔けっこう美人だよね。なのに、なんで頭はスポーツ刈りでメイクもしてないの? もったいないよ」

「………。……」

 少し迷ってから三島は質問した鐘留にではなく鮎美に言う。

「我が身は、女に生まれているが、性自認は男である。つまりは性同一性障碍だが、我は同性愛の指向をもっているゆえ、男性と結婚し子をなした」

「その子も障害児だった?」

 訊きにくいことを鐘留は平然と訊き、三島は鮎美へ答える。

「性同一性障碍ではなく21番トリソミー、ダウン症児である。芹沢殿におかれては、多様性を受容しうる社会を築く議員として活躍していただきたい」

 三島の視線を受けて、鮎美は身じろぐ。

「……性同一性障碍………同性愛………その二つって同時に一人に起こるんや……起こるんですか?」

「極めて稀に」

「…………そうですか………と、ともかく勉強しておきます」

「宜しく頼む。では、失礼する」

 三島たちが立ち去り、静江は頭痛がする頭を抱えた。

「静江はん、大丈夫?」

「………かねやのお嬢さんはともかく、宮本さん」

「はい?」

「秘書は意見なんか述べなくていいのよ」

 静江の顔は微笑なのに、とても怒っていて怖かった。

「…はい……」

「アタシは、なにか間違ったこと言った?」

「言いまくったやろ。意図的に」

「きゃははは、だって、あいつらムカつくし」

「……ある意味で性根とか、人徳、性格なんかも、もって生まれた障碍なんちゃうかと、カネちゃんを見てると思うわ」

「そう? じゃあ、昔話を一つ」

「ろくな話やなさそうやな」

「あるお金持ちの家に一人娘が生まれました。可愛くて可愛くて超可愛い娘さんです」

「へぇ…」

「けれど、両親は男の子がほしかった。なので、また産みます。けれど、あらあら大変。ちょっと欠陥品みたいです」

「…物扱いせんとき…」

「仕方がないので、そっと、うつ伏せに寝かせました。これで息が止まります」

「…………」

「さあ、再チャレンジ、また産みました」

「……………」

「またまた欠陥品です」

「………」

「もう一度、神さまにお返し。チェンジです。けれど、バチが当たったのでしょうか、お母さんは子宮の病気になり、一人娘は一人娘のままになりました。そして、なんと怖い怖い両親のヒソヒソ話を一人娘は9歳のころに聴いていたのです」

「……マジか……」

「おかげで一人娘はオネショをするようになります。夜が怖い。夜は怖い怖い夢を見てガクガクブルブル。なんと高校生になってもオネショが治りません。ついでに心も、とっても歪みましたとさ。おしまい」

「………カネちゃん…」

「この物語はフィクションであり、実在の人物、団体とは一切関係ありません」

 そう言った鐘留は鼻歌を歌いながらストローでアイスティーを飲み干して付け加える。

「寝る前の水分を控え目にしてナプキンあてて寝ると、布団までは濡らさないよ」

「「「…………」」」

 鮎美と鷹姫、静江が返答に困り黙る。

「誰かに言ったら友達やめるね。それまではアタシたちマブダチ♪」

「はいはい。ウソかホンマか、わからん話、誰にも言わんよ。ほな、静江はん、そろそろ支部に」

「そうね」

 やや遅くなったものの、今日も党支部で学ぶべきことを教え込まれ、市議選の選挙事務所も数カ所回り、日が暮れてから島に戻った。港に降り立って、それぞれの自宅へ別れる前に鷹姫が問う。

「一つ、訊きたいことがあります」

「なんよ?」

「私は不快なほど汗臭いですか?」

「鷹姫……」

 今朝の鐘留からの言葉を気にしているのだと想い、鮎美は鷹姫の手を握って、目を見つめた。

「気にせんでええよ」

「別に気にしていません」

「………ホンマに気にしてない顔やな……」

「気にはしていませんが、他人に迷惑なほどであれば気にするべきなのかと思うのですが、どうでしょう?」

「う~ん………」

 鮎美が考えつつ、鷹姫の襟元に顔を近づける。二人には5センチほど身長差があるので近づくと鮎美の鼻先が、鷹姫のうなじの高さになる。

「……ちょっと、鷹姫の匂いを嗅いでみてもええ?」

「はい、お願いします」

「…………」

 鮎美は両手で鷹姫の胸のボタンを一つ外して顔を近づける。朝稽古をしてから一日過ごした鷹姫の胸元は汗の匂いがして、それは微かではなくて、はっきりと匂うけれど、鮎美は不快には感じず、むしろ嗅ぎつづけたい匂いだった。

「…………」

「どうですか?」

「……もう少し……」

「…………」

 鷹姫は息がくすぐったいけれど、耐える。鮎美が、もう一つボタンを外してきた。

「「………………」」

 さらに鮎美が三つ目のボタンを外してくる。

「………抵抗せんの?」

 四つ目に手をかけた鮎美が問うと、鷹姫は首を傾げた。

「何の抵抗をするのですか?」

「………うちがアホでした……」

 鮎美が真っ赤になって顔を背けた。

「そんなに臭いですか? 顔を背けるほど……すみません。今まで気づかず」

「ちゃう! ちゃうよ! ええ匂い…、っ、ちゃ、ちゃう…、と、とにかく、あんたは大丈夫! あんたは大丈夫やから気にせんとき!」

「そうですか。では、気にしません」

 そう言った鷹姫はボタンを留めてから帰っていった。

「………あんたは大丈夫や………けど、………うちは病気かも……」

 鮎美は暗くなった道を歩き、疲れた心と身体で自宅に帰った。

 

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