「女子高生総理・芹沢鮎美の苦悩」   作:高尾のり子

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9月 信仰

 土曜日の丸一日を街頭演説と個別演説会に費やした鮎美はビジネスホテルへ向かう車中で自分の右手を見つめて、つぶやいた。

「……今日、いったい何人の人と、うちは握手をしたんやろ……」

「千人は超えるでしょうね。お疲れ様です、本当に」

 静江が運転席から言ってくれたし、鷹姫が隣から肩を揉もうとしてくれるので、甘えて膝枕してもらう。

「どうぞ、お休みください」

「おおきに……ホテルに着いたら、起こしてな」

 そう言って目を閉じると、瞼に何百人という聴衆の顔が少しだけ浮かんだけれど、すぐに眠りに落ちた。

「起きてください、芹沢先生。着きましたよ」

「ぅ~……」

 昨日と違って起きる気でいたので、なんとか目を開けた。ビジネスホテルの駐車場から客室まで鷹姫に支えてもらって歩いた。今夜は静江はシングルへ入り、鮎美と鷹姫は二人部屋という割り振りで、鮎美の要望でビジネスホテルとしては浴室の広いところを選んでいた。部屋に入るとベッドに倒れ込みたい欲求にかられたけれど、それを我慢してベッドに座り、フラフラと眠らずにいる。

「すぐにお風呂の用意をします」

「…うん…」

 期待が眠気と疲労感を駆逐していくけれど、鮎美は眠そうに返事をした。

「お風呂が貯まりました。どうぞ」

「……」

 座ったまま寝たふりをすると、鷹姫が優しく肩を揺すってくれる。

「起きてください。お風呂の用意ができましたよ」

「……んっ………。……脱がせて」

 思い切って求めてみた。

「わかりました」

 あっさりと受諾してくれる。もう二度と鷹姫と身体を重ねようとしたりしないと誓ったはずだけれど、鷹姫から触れてくれるのは別という自己欺瞞で眠気も疲労も消し飛んでいるのに眠そうに薄目をあけていると、鷹姫の指が胸元のボタンを外してくる。それだけでドキドキとして舞い上がる心地だった。

「…ハァ…」

「本当にご苦労様です」

 鷹姫は躊躇いなくボタンをすべて外すとブラウスを脱がせ、ブラジャーも外してスカートを弛めると鮎美を立たせる。

「立ってください」

「…うん……」

 鷹姫が抱き上げるように立たせてくれるとスカートが脱げる。さらに何の躊躇も感情もなく鷹姫の手が下着をさげてくると、鮎美は春の会との面談中に詩織が言っていたことを思い出した。

「…………」

 うちがお願いしたら鷹姫は事務的に下着をおろして電マをあててくれるんかな、電マって、どんな感じなんかな、と鮎美は自分の要望に素直に従って、その意味も考えない鷹姫が無表情に下着をぬがせて電気マッサージ器をあててくれるところを想像して、より興奮した。

「…ハァ…」

「座って。少し足をあげてください」

 鷹姫が靴下も脱がせてくれた。これで全裸になり、鮎美はこのままベッドに押し倒して抱きしめて欲しかったけれど、鷹姫は淡々と衣類を片付けてくれている。

「……………」

「脱がせましたよ、お風呂に入ってください」

「…………」

「起きてますか?」

「……うん…………いっしょに入って……か、……か、身体、洗って」

 顔が熱くて汗が滲むほど恥ずかしかったけれど、言ってみた。昨夜、まったく記憶に残っていないけれど、静江と二人で身体を洗ってくれたというので今夜も期待しているし、そのために浴室の広いビジネスホテルを要望していた。

「わかりました」

 また、あっさりと受諾してくれる。秘書としてなのか、友達としてなのか、鷹姫は自分のブラウスを脱ぎ、ハンガーにかけてから、スカートも脱いでいる。鮎美は顔を伏せ気味にして表情を見られないようにしつつ、前髪の間から鷹姫の脚を見つめた。目の前で鷹姫が裸になっていくのは何度見ても心臓を刺激してくる。

「行きますよ」

「はい」

 思わず、いい返事をしてしまった。鷹姫に手を引かれて浴室へ向かうのは、それだけで心が躍る。浴室に入ると、期待通りにトイレとは別の広い洗い場もあるバスルームで湯船も二人で入れそうだった。

「洗いますから座ってください」

「うん……」

 恥ずかしくて顔をあげられないのと、表情を見られないために鮎美は下を向いたまま湯椅子に座った。鷹姫が背中を流してくれて、両手で身体を洗ってくれる。背中、首、胸、腋、腕と順に鷹姫の手が背後から伸びてきて身体を撫で回してくれる。

「…ハァ…」

「まだ眠らないでください」

「うん…大丈夫…ハァ…起きてるよ…ハァ…」

 とても眠るような心理状態ではなく、鷹姫の手が下腹部も洗ってくれると興奮で身もだえしそうだった。お尻を撫でてくれる手の温かさで、とうとう喘いだ。

「ぁんっ…」

「どうかしましたか?」

「う、ううん……何でも……」

「脚を洗います」

 鷹姫が前に回って脚を洗ってくれる。もう少し股間やお尻を洗って欲しかったけれど、それは言い出せなかった。身体を流してくれた後、鷹姫が髪へシャンプーをつけてくれたので心配になった。

「鷹姫、髪を洗ってくれるのは、大丈夫なん? お母さんのこと……」

「洗う方は平気です。たまに妹たちの頭も洗いますから。………洗われたのは、この前が初めてだったので……ご心配をかけて、すみませんでした」

「鷹姫……そういうとき、謝らんといてよ」

「………。では、どうするべきですか?」

「うっ……う~ん………それは……うちら、友達なんやし。黙って抱きついてくれる、とか?」

「抱きつく……ですか…」

 鷹姫は淡々と鮎美の髪を洗い、ほのかに期待した鮎美は抱きついてもらえず、淋しく湯船に浸かった。

「…………」

 鷹姫が身体と髪を洗っている姿を気づかれないように盗み見ると、また興奮してきた。鷹姫は女らしい仕草も無く、かといって男っぽくもないのに行儀は良いので独特の色香があって鮎美を惑わせる。洗い終わった様子なので鮎美は自然な風に誘う。

「いっしょに浸かろう。おいでよ」

「はい。けれど、お湯が流れて…」

「どうせ、うちらで最後になる一度きりのお湯やん」

「そうでした。贅沢な使い方ですね」

 鷹姫が湯船に入ってくる。向かい合って浸かると、大人の男女でも入れる湯船は女と女の身体なので十分に余裕があった。

「………」

「………」

 話題が途切れた。鮎美は鷹姫の胸に触れたい、お尻を撫でたい、キスをしたい、股間をまさぐりたい、という衝動と戦うあまり黙り込み、鷹姫は単に何も考えていない。ただ純粋にお湯の心地よさを味わい、つぶやいた。

「ああ…気持ちがいい…」

「っ…」

 鮎美は欲望が滾るのを感じた。けれど、全身全霊で我慢する。

「っ…ハァ…ハァ…」

「大丈夫ですか? 鮎美、のぼせているのではないですか、顔が真っ赤ですよ」

「……そ…そうかも……うち、そろそろ揚がるわ。おおきに、ありがとうな、洗ってくれて」

 これ以上、同じ湯船に入っていると、抱きついてキスをしそうなので鮎美は名残惜しかったけれど、バスルームを出た。

「…ハァ……はぁぁ…」

 熱い吐息を漏らして、身体も拭かずにベッドに倒れ込む。少しして鷹姫が揚がってくると背中と髪を拭いてくれた。

「浴衣を着ないのですか?」

「……うん……うち、裸で寝ようかな……その方が健康的、とか言うやん」

「では、少し冷房を弱めます」

「………鷹姫も裸で寝ん?」

 そんなことをされたら興奮して眠れなくなりそうだったけれど、ついつい言ってしまった。

「いえ、いざというとき困るでしょうから」

「………。鷹姫って家では枕元に竹刀か木刀でも置いて寝てそうやね」

「はい、置いています」

「マジでか……」

「眠っているのが道場ですから、いくらでもありますし」

「ど……道場で寝てんの?! なんで?!」

 鮎美はベッドから勢いよく起き上がって問うた。おかげで乳房が大きく弾んだけれど、鷹姫は浴衣の帯を形良く締めている。

「家が狭いですから、部屋を妹たちに譲りました」

「そ、それで鷹姫は道場なん?!」

「はい」

「そんなん、ひどいやん!」

「……別に、ひどくはありません。道場は広いですし」

「せやけど! あそこ冷房も暖房も無いやん!」

「どうにも寒い夜は電気毛布を使いますし、冷房は家にもありませんよ。夏は蚊帳を吊れば十分に過ごせます」

「………たしかに、夏は琵琶湖の水温のおかげで……風もあって……島のみんなも、そうしてる家もあるけど……けど…、再婚前の子供を家から追い出すやなんて…」

「誤解しないでください。私は追い出されたわけではありませんよ」

「…………けど……」

 鮎美は鷹姫の家の構造を考えてみる。夕食に招かれたときも狭かった。考えてみると就寝は親子四人で限界だと思われる。それに比べて道場は広い。しっかりと剣道が行えるように十分な広さがあって造りも立派だった。追い出されたわけではないという言い分もわからなくもないけれど、やっぱり不憫に感じる。それゆえ鮎美は思いついた。

「なあ、うちの任期が始まったら二人で部屋を借りよ。六角駅のそばくらいに」

「島を出て行くのですか?」

「そうやなくて、今週かて選挙応援のおかげで、ぜんぜん家に帰れてないやん。夜中に舟を呼ぶのも悪いし。朝かて集合場所に間に合わせよ思たら一時間は早く起きんならんから、こうやってビジネスホテル暮らしになってるけど、落ち着かんし。任期が始まったら東京との往復らしいやん。平日は国会、週末は地元って話で。新幹線で帰ってきて六角駅前までなら帰れても島までは無理あるし、東京に向かう日かて島から出発はきついやん。せやから、二人で部屋を借りて、無理なく島に帰れる日は島で暮らして、忙しいときは駅前の部屋で寝たらええやん。もちろん、家賃は、うちが出すし」

「いえ、半分は出します」

「ええんよ。どうせ、半分は事務所費で落ちるやろし」

「それは問題があるのでは…」

「大丈夫らしいよ、静江はんに訊いてみたことあるもん。な、そうしよ。二人で暮らそう」

「…………」

「も、もちろん、帰れる日は島に帰って、な? た、単に利便性の問題やん。今週かって島から着替えやら教科書やら、いろいろ親に持ってきてもらったりあったやん。それが駅前に一つ拠点があったら、受け渡しも便利やし、やっぱり事務所はいるかもしれんし、資料とか、いろいろ置く場所もいるし。事務作業するデスクかって、いつもいつも党の支部ちゅーわけにもいかんやん」

「……それは……そうですが……それなら、純粋な事務所として借りた方が良いのでは?」

「…………。た、たまに二人で泊まれるようにしておくと便利やん。島に戻れんときとか」

「それは、たしかに……」

「と、とにかく考えておいてな。うちは、その方向で部屋を探してみるし」

「……はい、わかりました。もう休みましょう。明日も早いですから」

 そう言って鷹姫はベッドに入って目を閉じたけれど、鮎美は色々と考えてしまい、すぐには眠れなかった。

「………」

 今は選挙応援中という状況のおかげで鷹姫と外泊を繰り返しているけれど、それも投票日には終わってしまう。そもそも、もう鷹姫へ身体を重ねようとしたりしない、と誓ったはずなのに、それでも諦めきれず秘書と議員という関係性の中で最大限に甘えてしまっている。

「……鷹姫…」

 小さな小さな声でのつぶやきに鷹姫は反応せずに、もう眠っている。その寝顔を見ていると、キスをしたくなる。もう眠っているなら、また身体を重ねて、キスをして、舐めたりしても、夢かうつつか認識せずにいてくれるかもしれない。けれど、それが悪行だともわかる。

「……」

 せめて、と鮎美は安らかに眠っている鷹姫の顔を見つめながら、自分を慰めた。

 

 

 

 火曜日の午前中、教室の机に伏して眠っていた鮎美は次の授業が聖書研究なので隣席の陽湖に起こされて、不機嫌そうに目を開けた。

「おはよう、シスター鮎美」

「………。おはようさん、エホバの陽湖」

「あら? その呼び方は何なのかな?」

「あんたも、うちに好きなアダ名をつけたやん。せやから、うちも好きなように、あんたを呼ぶんよ。エホバの陽湖。エホコにしよか」

「きゃははっは! それウケる!」

 そばにいた鐘留が爆笑している。鷹姫は静かに数学の教科書を片付け、聖書を机の上に置いた。鮎美も仕方なく聖書を出すけれど、陽湖が真面目な顔で言ってくる。

「エホコはやめてください。神の名を、みだりに扱わないでください」

「怒ったん?」

「アタシがつけられそうになったネルネルよりマシだって」

「怒ってはいません。けれど、畏れ多いことです。神は喜ばれません。そのような扱いを繰り返せば、シスター鮎美は呪われるでしょう。どうか、やめてください」

「……感じ悪いことを真顔で言いおって…」

「きゃはは、シスター陽湖は本気の本気で神さまを信じてるの?」

「はい、エホバは常に私たちとともにおられます」

「「「………」」」

「これをシスター鮎美に読んでいただきたくてもってきました」

 陽湖は薄い冊子を鮎美に差し出した。とりあえず鮎美は受け取る。

「こういうの、うちのポストにも入ってたわ。大阪でも、こっちでも。よくも鬼々島まで渡ってくるなぁ……」

「私たちはエホバの教えを全世界に知っていただくことを喜びであり義務であると感じていますから」

「…はぁぁ……」

 鮎美がタメ息をつき、鐘留が言う。

「あれだよね、自分がハマってる漫画とかを押しつけてくるヤツに近いよね」

「中二病と、いっしょにしたらカネちゃんも呪われるで」

「アタシは神に祝福されてるよ。とっても、すっごく神さまに愛されてる」

「シスター鐘留は、エホバを感じておられるのですね?」

「うん、ばっちり」

「ウソつけ」

「だって、アタシは、こんなに可愛くて、しかも、お金持ちの家に生まれたんだよ? この世に神がいるとしたら、超アタシを祝福してるよ」

「幸せな考え方やね。どうよ、シスター陽湖はん」

「どのようなキッカケであってもエホバを感じることに繋がるのであれば、それは祝福ですよ。けれど、驕慢はサタンの仕業です」

「暑苦しい考え方やね。暑苦しいといえば、あんたのカッコも暑苦しいなぁ。スカート丈が、そのまんまなんはともかくストッキングといい、インナーといい、見てるだけで暑苦しいわ。露出してるの、手ぇと顔だけやん。それも教義なん?」

「ごめんなさい。これは別の事情があって、教えとは関係ありませんよ」

 今日も陽湖は厚手の白いストッキングを履いていたし、上半身もブラウスの下にハイネックのインナーを着ていて、袖丈は手首まであった。どちらも白なので清楚な雰囲気はあるけれど、気温から考えると不自然な姿でもあった。

「宗教以外に何の事情があんの?」

「単にアトピー性皮膚炎なのです。とくに脚はひどくて。今朝は肘と首にも薬を塗ったので紫外線から守っています」

「そっか……そら気の毒に、ごめんな、いらんこと訊いて」

「いえ」

「アタシと違って神さまの祝福が足りないんじゃない? きゃははは」

「……」

「カネちゃん、女の子が気にしてるとこ、エグるのやめよか?」

 鮎美が鐘留を睨む。

「信仰は好きでやっとっても、アトピーは好きでなったわけやないやろ」

「怖っ…アユミン、大阪仕込みだから超怖いよ、ごめんごめん。きっと、そのうち治るよ。神さまの祝福にもサンタクロースのプレゼントにも遅配はあるのかもね」

「……」

「こいつの言うことは気にせんときな、陽湖ちゃん、顔には出んで、よかったね。可愛い顔してんにゃから身体も早う治るといいね」

 そう言って鮎美は陽湖の頬に触れた。少し乾燥肌だったけれど、色白で可愛らしい顔をしているので、もっと触れていたくなるけれど変に想われる前にやめる。陽湖が嬉しそうに微笑んだ。

「シスター鮎美は優しい人なんですね。好きになりました」

「っ…」

「はじめてシスター鮎美の心を感じました」

「……別に、うちは一般論として言うただけや」

 鮎美は照れて顔を背けた。陽湖は気にせず、別の気になることを言っておく。

「ところでサンタクロースは聖書とは何の関係もない習俗であることを知って…」

「知ってるから」

 うんざりしたように鐘留が答える。

「それ一年生のときの聖書研究で習ったから。あ、でも、アユミンは知らないか」

「何を、うちが知らんて?」

「サンタクロースとキリスト教って関係ないんだって」

「……マジで?!」

「マジらしいよ。ま、詳しい説明は、そこのシスターさんに頼もうか」

 鐘留に指名されて陽湖が説明しようとしていると、聖書研究を担当する教師が教室に入ってきた。陽湖が教師に提案する。

「先生、シスター鮎美が、まだサンタクロース伝説とキリスト教に関係が無いことを知らずにいます。知る機会を与えてあげてください」

「そうか。彼女は転入生だったね。よろしい。今日の授業は、その話にしよう」

「………」

 授業内容を変えさせるやなんて、けっこう陽湖ちゃん権力あんなぁ、と鮎美は感じたし、ナザレのイエスの誕生日が聖書の記述によれば12月ではないと推測されることと、サンタクロースそのものはローマの豊穣の神に由来することを教えられたけれど、鮎美にとっては実に、どうでもよかった。

 

 

 

 選挙戦の最終日、鮎美は御蘇松と新駅建設予定地で最後の演説をしていた。御蘇松が声を張り上げて言う。

「どうか、どうか、みなさま、この御蘇松にお力添えくださいますよう! お願い申し上げます!」

 集まっている聴衆は基本的に御蘇松を支持している層ばかりなので拍手と声援が起こる。これまでに弁士を務めてきた石永などの衆議院議員たちや直樹や県議たちもいて、声の限りに最後のお願いをし、鮎美も枯れた声で叫ぶ。

「お願いします! ホンマに、どうか、お願いします!」

 毎日毎日応援してきた御蘇松の手を鮎美は思わず握りしめると、高く掲げた。

「御蘇松さんは立派な人です! うちもお父さんとも、お爺ちゃんとも思うほど! だから、どうか! どうか、頼みます!!」

 男性の手を、こんなにも想いを込めて握ったのは初めてだったし、感情が高ぶったせいか、涙まで流した。最高潮に盛り上がった演説は拡声器の使用ができなくなる時刻をもって終了し、その後は聴衆へ握手をして回る。いったい何人と握手をしたのか、出陣式の3倍ほど集まっていた聴衆との握手を繰り返しているうちに、鮎美は胸やお尻に何度か触られたけれど、顔に出さず、文句も言わず、笑顔で乗り切った。

「本当に、お疲れ様でした芹沢先生」

「芹沢先生、大丈夫ですか」

 静江と鷹姫が寄り添ってくれる。もう声が出ないので鮎美は黙って頷いた。そのままビジネスホテルへ向かうために車へ乗り込もうとしたとき、御蘇松が声をかけてきた。

「芹沢さん、本当に、ありがとう」

「御蘇松先生」

 お互い声が枯れていたし、疲れ切っていたけれど、笑顔で握手を交わした後に自然と抱き合っていた。本当に心から御蘇松に当選して欲しいと思っているし、当初は不要だと思っていたダムや新駅も何度も自分で説明するうちに、明らかに必要だと考えるようになっている。

「また明日、頼みます」

「はい、御蘇松先生に入れてから、うかがいます」

 明日の投票日に選挙事務所で再会することを確かめ合って別れた。鮎美は静江の車に乗せてもらうと、続いて乗ってきた鷹姫の膝へ倒れ込む。

「……」

「お疲れ様です。どうぞ、休んでください」

「……」

 声を出すだけで喉が痛いので黙って頷いた。ビジネスホテルに着くまでの時間、ずっと鷹姫は鮎美の肩や背中を揉んでくれたし、撫でてもくれた。それが幸せで、ずっと感じていたかったけれど、眠くて眠くて目を閉じてしまう。到着してからも鷹姫が優しく運んでくれて客室に入ると、制服を脱がせてくれた。

「お風呂の用意ができました」

「……」

 ぼんやりと目を開けていた鮎美は自力で立ち上がりつつも、頼るように鷹姫の手を引いた。それで鷹姫も察してくれる。

「お背中流します」

「……」

 声が出せない代わりに握っている鷹姫の手を反対の手で撫でた。バスルームに二人で入ると、鷹姫が下着を脱がせてくれる。

「……」

 ブラジャーを外してくれるし、ショーツをおろしてくれる。鮎美は顔が赤くならないよう努力したけれど、やっぱり赤くなる。それに鷹姫は気づかずに手早く自分も全裸になると、鮎美の身体へシャワーをかけてくれる。肩や背中を撫で洗いしてくれて、胸の下や腋の下の汗も流してくれる。股間も流してくれてから、鷹姫はシャワーヘッドを戻して両手にボディーソープをつけると、鮎美の首から洗ってくれる。首、胸、腋、背中、それから両腕を指先まで丁寧に撫で洗いしてくれて、お腹もお尻も洗ってくれる。

「…ハァ…」

 鮎美は股間を洗ってもらい、興奮する自分を認識していた。ものすごく疲れているのに気分が高揚していて、いけないと想いつつも要求してしまう。

「…もう少し…奥まで…洗って…」

 枯れた声で求めると、鷹姫の指が股間の奥まで入ってくる。

「…ハァ…」

「……」

 黙って丁寧に鷹姫は洗った。

「…ハァ…」

 その指、もっと奥に入れてよ、舐めてよ、キスしたいよ、鷹姫、鷹姫、と鮎美は心の中で鷹姫の名を連呼したけれど、声に出すことは耐えきった。

「…おおきに…毎晩…ありがとうな……今夜で……終わりやね…」

「選挙戦も長いようで終わると、あっという間でした」

「………」

 やっぱり声を出すと喉が痛いので、黙って頷いた。二人で湯に浸かってからベッドに横になると、もう興奮よりも疲労が勝り、鮎美は深い眠りに落ちた。

「もうお休みですか?」

 鷹姫の問いに答えは無かった。

「髪が濡れたままでは風邪を引きますよ。喉も荒れているのに」

 起こさないよう静かに鮎美の髪を乾かしてから、掛け布団をかけてやり、鷹姫は鮎美の寝顔を見つめた。

「……立派な政治家になってください。国を支える、一つ柱に」

 そう囁いて、鷹姫も明日のために眠った。

 

 


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