「女子高生総理・芹沢鮎美の苦悩」   作:高尾のり子

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12月 善悪

 

 いよいよ寒くなってきた12月中旬の朝、風も強く湖面に波が立っていたので小舟では危険ということで連絡船と路線バスで通学してきた鮎美と鷹姫、陽湖はバスの窓から、かねやのクリスマスセールの飾り付けを見上げていた。

「カネちゃんの家、派手に飾ってるなぁ」

「「………」」

 鷹姫と陽湖は無関心そうにしている。バスが学園前に到着して降りると、鐘留も登校してきた。冬服の上にコートを着込み、手袋をしてマフラーを巻き、毛皮の帽子をかぶっている。

「おはようさん、カネちゃん。お店、すごい飾り付けやな」

「クリスマスは激忙しいから、アタシまで手伝わされるんだよ」

「ええことやん。カネちゃん、進学も就職もせんにゃろ?」

「家事手伝い♪」

「家政婦さんがおるのにか」

「どうせ、そのうち親が婿を探してくるよ。かねやを継ぐに相応しい、おとなしくて従順で扱いやすい男を。読めないのは銀行員系か、菓子職人系か、どっちかなぁ、って」

「カネちゃん、可愛いんやから自分で恋愛したらええやん」

「恋なんか一回で十分だよ、もう要らない」

「……」

 まだフタマタかけられたこと引き摺ってんにゃね、かわいそうに、と鮎美は想ったので、あえて話題を変える。

「クリスマスやのに、この学園は、まったく飾り付けせんね」

「シスター鮎美、その理由をお忘れですか?」

「いや、覚えてるよ。サンタクロース伝説とキリスト教って、ぜんぜん関係ないらしいね。そやけど、ここまで徹頭徹尾無視するとは。いっそ天皇誕生日でも祝っとく?」

「天皇も神ではありませんよ」

「知ってるし。っていうか、ガチに唯一神を信仰してる人から見ると、八百万の神とか、半神半人の天皇陛下って、どう見えるの?」

「……。率直に言えば、間違った信仰をもち、迷っておられる気の毒な方々です」

「なるほど。それにしても…」

 鮎美は陽湖の頬から首筋を撫でた。

「陽湖ちゃんのアトピー、ほとんど治ったね」

「はい。おかげさまで!」

 陽湖は嬉しそうに微笑んだけれど、お尻も撫でられて困る。

「だからって、お尻まで撫でないでください」

 陽湖はお尻を撫でてくる鮎美の手から逃げた。

「ごめん、ごめん、つい」

「アユミンって、やっぱり、その気があるんじゃない?」

「う~ん……どやろねぇ」

 鮎美は受け流そうとしたけれど、今回は鐘留が追求してくる。

「男と女、どっちが好き?」

「う~ん……どうかなぁ」

「彼氏いたことある?」

「それは無いかな」

「初恋は?」

「……秘密」

 初恋と言われると、小学2年生の頃に好きになった近所の同級生だった女の子と、中学3年で対戦した鷹姫の顔を想い出してしまう。どちらが初恋だったのか、自分でもわからない。小学生の頃の想いは、かなり曖昧だった気がするし、中学で鷹姫と接したのは、ごくごくわずかな時間だった。昇降口で靴を履き替えている時、陽湖が耳元へ囁いてきた。

「そのうちバレますよ」

「……」

「次、セクハラしたら言ってやろうかな」

「陽湖ちゃん、それは勘弁して」

「男の人だったら、とっくに逮捕されるようなこと何回もして」

 ヒソヒソと話していると鐘留が問うてくる。

「何を話してるの?」

「シスター鐘留には関係ないことです」

「ふ~ん…」

 やや鐘留は機嫌を損ねた顔をして、その復讐を聖書研究の授業中にしてきた。聖書朗読の後にイエスについての議論となり、鐘留は挑戦的に言う。

「イエスってさ、天皇と同じで神だけど人なんだよね?」

 その問いに聖書研究の教師は穏やかに頷くと、教室の全員に問う。

「シスター鐘留の問いに、答えられる者は?」

「「はい!」」

 いつも通り、クラス内で確かな信仰を持っている男子と陽湖だけが挙手した。

「では、シスター陽湖、お願いします」

「はい。まったく別物です。あまりに違いすぎて、何から説明すればよいか迷いますが日本の天皇は、ただの人です」

「あ、非国民がいる。きゃは♪ GHQに通報しなきゃ」

「カネちゃん、それ言うんやったら、特高や」

「シスター鐘留、シスター鮎美、まずはシスター陽湖の話を聴きませんか?」

「「はーい」」

 教師に注意されて素直に黙り、また陽湖が続ける。

「イエスは神がつかわされた天のお方であり、人の肉体をもった人です」

「結局、人なの? 神なの?」

「人であり天のお方です」

「神じゃないんだ?」

「神に等しいお方ですが、神とイエス、精霊は別々の存在です。一年生で習うことですよ? シスター鐘留」

「興味のないことって記憶できないよね。でも、イエスは人でもあるんだよね?」

「はい」

「人としてのイエスって相当なドMだよね」

「………。神とイエスへの侮辱は場合によっては退学処分になりますよ」

「久しぶりに生徒会長って顔したね」

「…………」

「別にアタシは侮辱してないよ。誉めたの。だって、えらいじゃん。みんなの罪を背負って磔になったんでしょ。えらい、えらい。なかなか普通の人にできることじゃないよ。ってことはイエスは普通の人じゃないことは確かだよね?」

「……何が言いたいのですか?」

「イエスがSか、Mかって言えば、絶対ドMだよね」

「………。私は低俗な言葉を退けます」

「キリスト教って、すごいよね。マザー・テレサ、ジャンヌ・ダルク、ナイチンゲール。男だとアルベルト・シュヴァイツァー、小西行長。こういう人たちに共通する生物学的な特徴ってわかるかな、月ちゃん?」

「それは………確かな信仰です。若干、カトリックの教えは神の真意からそれてはいますが、聖書研究の途上にあって彼らは偉大なシスターでありブラザーです」

「不正解。アタシの質問は生物学的な特徴って言ったよ? 問題文は、ちゃんと考えようね」

「………では、シスター鐘留は、どう考えているのですか?」

「自己保存っていう生命にとって基本的な個性が極端に弱くて、自己犠牲っていう個性が、やたら強い。そして善行に対して、その自己犠牲を働かせる人たち。かりに極悪人っていう言葉に対義語を作るなら、極善人と言っていい人たち」

「極善人……」

「テレサもナイチンも豊かな家庭に生まれたのに、その立場を捨てて善行に尽くしたよね。こういう人たちを極善人と呼んでもいいと思わない? ちょっとした普通の善人、たとえば電車でお婆さんに席を譲ってあげたり、拾った財布を届けたり、迷子を交番に連れて行ったり、ほとんど自己犠牲は無いけど、そこそこ善行を心がけるのが普通の善人だとしたら、そんなレベルを超えて常人では考えられない、まずやらない、善行をするのが極善人。どう?」

「それは……そう言われれば、言葉の定義として……そうですね。カトリックなどでは聖人と呼びますが……」

「じゃあ、極善人に対して極悪人のことも考えてみよう。極悪人っていうのも、また自己犠牲の精神に富んでるよ」

「…………」

 陽湖が意味がわからないという顔をして首を傾げる。その反応は予想内だったので鐘留は説明を加える。

「悪人にも、普通の悪人と、極悪人がいてさ。超悪を極めてる人たちは自分を犠牲にしてでも悪を行う。たまにいるよね、人を殺してみたかった、っていう常人には理解できない理由で殺人をする人。むしゃくしゃしたから手当たり次第に斬りつけた、とは違うよ? だって、そいつはむしゃくしゃしなければ、そんなことしなかったはず。ただ純粋に人を殺してみたかった、むしゃくしゃもしてないし、けっこう裕福な家庭に生まれてたり、頭が良くて医師だったり、そこそこの社長だったりするのに、ただ殺したいから人を殺す。結果として、いつか逮捕されるかもしれないのに、自分の立場まで犠牲になるかもしれないのに、悪を行う、それが極悪人」

「……それは自己犠牲でしょうか?」

「犠牲になるじゃん。悪のために自分も犠牲になる。善のために犠牲になるときだけ、犠牲って言葉を使わなくてもいいじゃん。少なくとも自己保存っていう基本が弱いって意味ではナイチンやテレサと、いっしょ」

「………いっしょにするのですか……」

「極端な個性って意味でも、いっしょ」

「善か悪か、プラスかマイナスかで大違いですが……」

「極悪人に比べると、普通の悪人は、わからなくもない動機で罪を犯すよね。たとえば、家が貧乏だから御菓子を万引きしたとか、パチンコにハマって生徒の修学旅行費を使い込んだとか、ビールを呑んだけど運転したとか、混んでる電車の中で女の子が目の前にいたのでお尻を触ってみたとか、親からもらったお金だから、親の愛ってことで贈与税申告しなかったとか」

「鳩山やん!」

 一昨日発覚したニュースに思わず鮎美はつっこみを入れた。敵失で喜ぶのは情けないと思うものの、自民党という立場からすれば新総理の醜聞は奇貨だった。発足したばかりの民主党政権の新総理が親から多額の財産を贈与されながら申告していなかったというのは自民党の金権政治を批判する舌鋒が、そのままブーメランとなって突き刺さる形になっている。鐘留は片目を閉じて可愛らしい表情を見せてから、話を続ける。

「こういう普通の悪人と極悪人は違うよね。普通の悪人は自己保存の欲求を失ってない。むしろ、自己保存が犯行の動機だったりもする。御菓子が欲しかった、パチンコで遊びたかった、タクシー代節約したかった、お尻触りたかった、贈与税払いたくない。みんな結果は残念だったけど、うまくいけば自己保存と言えなくもない」

「シスター鐘留は、何が言いたいのですか?」

「もう少しでわかるよ。さて、極悪人は自己保存が、ぜんぜん無かったり、すごく弱かったりする。そして常人には理解できない悪を行う。殺したいから人を殺した。そこに金銭的な目的とか無い。極善人が見返りを求めず、人を救うのと同じに、ただ純粋に人を殺したいという衝動に身を任せた。自分も犠牲になるかもしれないのに、悪に尽くした。そして、たいてい一人殺しただけでは満足できず、殺し続ける、逮捕されなきゃ、次々と人を殺す。こういう極悪人、たまにいるよね。自己保存より、やりたいこと優先、どこか頭が壊れてる欠陥品」

「「………」」

「ところで、人の個性ってさ、だいたい正規分布することが多いんだよ。知能指数なんか典型的な例だけど、身長とか、鼻の高さとか、足の速さとかもさ。中央値や平均値には多くの個体があてはまる。でも、高すぎる身長の個体は、ごくわずか。逆に低身長も、ごく少数」

 鐘留は指先で宙に山のような曲線を描いた。だいたいのクラスメートたちは、それが正規分布曲線だと受験生なので理解できる。

「さて、人の善性と悪性、道徳性と言ってもいいかな。この個性も正規分布するかもしれないよ。普通の人は中央にいる。人を殺したいとは思わない。けど、妹を殺されたら犯人を殺してやりたいと思う。万引きはしたくない、だって逮捕されるかもだし、お店に迷惑だし、でもでも、ママがお小遣いくれないの、お腹が空いたの、一つだけならいいよね」

「あかんて」

 思わず鮎美がつっこんでくれると鐘留は嬉しくて声のテンションをあげる。

「パチンコに行きたい! けど、お金がない。そういえば机の中に修学旅行費が。いや! いかん! これは生徒たちの親が一生懸命働いたお金なんだ! けど、来週は給料日だ、それで戻しておけば大丈夫かも」

「あかんて」

「テレビを見てたら震災孤児の特集が。とっても可哀想! 思わず千円寄付しました、アタシって、いい人♪ でも、アフリカで毎年100万人死んでるけど、まあ、それはいいや、考えないでおこう。っていうか100万人、どうやって助けるんだよ」

「「………」」

「小さな子供が川で溺れてる。よし、助けよう!」

「ええんちゃう?」

「小さな子供が川で溺れてる。動画を撮ってネットにアップしよう!」

「あかんやん!」

「小さな子供が川で溺れてる。でも、オレは泳げないんだ。しかも台風で増水してる。オレまで死ぬかも。あ、見えなくなった、もう無理だ、かわいそうに。神よ、テキトーになんとかしておいてくれ」

「それは仕方ないやろ。後半、いちいち陽湖ちゃんを刺激すんのは、やめとき。ほんで何が言いたいねん?」

「普通の人はさ、普通の道徳性だよね。溺れてる子は助けたい。けど、自分の危険は考える。そのあたりが普通。他にも、理由無く人を殴ったりしない。でも、殴られたら殴り返したくなる。殴られて反対の頬を差し出すヤツは珍しい。ドMの変態かどうかはおいて、ごく少数派だし、通常でないという意味で異常、通常者でないという文脈で異常者と言えるよね?」

「まあ……そうかもしれんね」

「お尻を触られて反対のお尻を差し出す子も、あんまりいない。いたら、単に撫でてる人を好きなのかもね。それは、もう道徳性の話じゃなくて、ただの生殖行為。遺伝子が求める大切な行為になる」

「「………」」

「さてさて、人の個性は遺伝子由来で正規分布すると仮定すると、ナイチンやテレサたちは、きっと中央から遠いところにいる。そして極悪人もね。両者に共通するのは自己犠牲の精神。彼らは自分を犠牲にしてでも、やりたいことをやった。人を救いたかった、人を殺してみたかった、方向性が真逆だっただけで、自分の人生を賭けて、やりたいことをやったという個性は同じ」

「「………」」

「彼らは極端に自己保存が弱く、極端な欲求を実現した。ジャンヌ・ダルクなんかはね、もう少し別の説明もできるよ。フランス人という群れを守るために1体の個体が闘争本能に目覚めて、すごく頑張った。それだけのことかもしれない。男の中に戦いのセンスが優れた人がいるように、たまたま女の中に、その個性が有っても不思議じゃないから。そして、自分が属する集団を守るのは、ありふれた行為だよね。たとえ自己犠牲するとしても特攻隊も頑張ってくれたし、まあ状況が求める普通の行為といえば、そうだよ。けど、テレサやシュヴァイツァーは違う。インドやアフリカ、自分が属しないところを助けにいった。でも、それも説明がつく。だって同じ種だもん。ただ、極端なのは自己犠牲が多大だったところ。そしてテレサもナイチンも親不孝者という側面はあった。親は娘に、そんな自己犠牲は望んでなかった。普通に結婚して普通に子供を産んで家名を存続してほしかった。世界的に有名になられても、嬉しいような、ちょっと困るような、もう少し普通の子に育ってほしかったのに、どうして、あの子は、あんな風に。普通に育てたつもりだったのに」

「カネちゃんの話、長いな、まだ続くん?」

「いよいよ本題、イエス様。さて、人だった彼も極端な個性の持ち主だよね。殴られたら反対の頬を差し出し、あげくに磔になれば全人類が救われると思い込んだ。かなりイミフな妄想だし、ものすごい自己犠牲。でも、やりたかった、そうしたかった、ママが悲しくてもボクはやるよ、やりたいことをやるんだ。だって、頭の中の神様が言うんだ、人を救いなさいって」

「「………」」

「イエス君もかい。ボクも頭の中で声がするんだ、人を殺しなさいって、頭の中の悪魔が言うんだ。ジャック、女たちを切り裂くんだ。やりたいことを、やろう、よし今夜も出かけるぜ。たとえ、この身が犠牲になろうとも、切り裂いて回るぜ」

「「………」」

「という風にね、極端な個体であるという意味で彼らは同じ。そして自己保存についてのプログラムが弱かったんだよ。きっと彼らの塩基配列には、どこかしら共通コードがあるよ」

「……シスター鐘留……どうして、そこまでイエスを侮辱するのですか……」

「侮辱はしてないよ。生物学的に分析しただけ。もう少し分析するなら、マリアは絶対に嘘ついてるよね?」

「マリアが嘘を? なぜですか?」

「処女受胎、生物学的には考えられないよね。絶対、どこかで婚約者以外の男とやったんだよ。それで妊娠、で、やばい! このままでは捨てられる、なんとか言い逃れしないと! って焦って考えた嘘が、神様にやられました、それで妊娠したの、だから処女よ、問題ないわ!」

「「…………」」

「しかも優しい婚約者は、その嘘にのってくれた。アホだったのか、マリアにベタ惚れだったのか、そうだね、君は処女だよ、これは神の子だよ、みんなに自慢しよう」

「「………」」

「まさかマリアも二千年先まで信じてる人がいるとは思わなかっただろうね。夫と子供は信じて。子供なんか教祖気取りでオレは神の子、救い主って、ママの嘘に人生を捧げたし。キリスト教はね、誰が天才的かって、マリアだよ。彼女の言語能力は、すごかったんだろうね」

「カネちゃん……たしかに科学的に考えると処女は妊娠せんし、カネちゃんの分析にも一理あるかもしれんけど………ここはキリスト教の学園やで、もう少し慎んでやりよ」

「人の行動なんて、だいたい遺伝子で決まってるんだよ。アタシもイエスも人間、やりたいことをやって、言いたいことを言う。そういう個性に生まれてきた。どう?」

「………ほな、一つ訊きたいわ」

「なに?」

「自己犠牲という個性は、同性愛みたいな個性と同じで、子孫に受け継がれにくいやん」

「あ~……うん、そうだね」

「やのに、なぜ無くならんの? うちらに尻尾はない。体毛も、かなり減った。それは進化論的に不要やったり、受け継がれんかったからやろ。そういう考え方でいくと、自己犠牲なんて受け継ぎにくいし、同性愛なんて受け継がれるわけないのに、いまだに一定数は存在するやん。なんでなん?」

「うっ……う~ん……遺伝性の疾患じゃないしね……。でも、高すぎる身長なんかは巨人症って病気に分類されるし、ホルモン分泌の異常……にしても淘汰されて消えればいいのに、けっこう同性愛者って数が多いらしいし……」

 鐘留が考え込む。そして閃いた。

「個体に注目するから受け継がれないことが説明できなくなるけど、種集団としては、なにか利用価値があるのかもよ」

「価値が?」

「自己犠牲や人を殺したいって衝動にさえ、利用価値はあるよ」

「どんな価値があんねん?」

「戦場では勇敢に戦ってくれたかもね。今みたいな兵器のある戦闘じゃなくて、ほんの4百年くらい前のチャンバラだったらさ。立派な英雄として利用価値はあるよ、巣を守る戦士としてのハチやアリみたいにね」

「………自己犠牲は、そうやとしても、ほな、同性愛は?」

「同性愛にだって種集団にとっては利用価値があるかもしれない。たとえば、すべての個体が夫婦になって子供をつくってしまうと、子育てにエネルギーを注ぐから他のことができなくなるよね。分業って意味合いでさ。他のことをしてくれる個体も一定数ほしい。なにも子供をつくるだけが能じゃない。役割分担ってことで、どんなにエッチしても妊娠しない層を用意してるのかもよ」

「………………………役割………分担…か…」

 今度は鮎美が考え込み、陽湖が問う。

「シスター鐘留は人間の自由意志と教育、躾けのことを忘れています。人は自ら善を行うべきか、悪に染まるか、神に与えられた自由意志によって選択できますし、無垢な子供には親が何が善で、何が悪であるか、教育し、間違ったことをしないよう躾けることができます」

「忘れてないよ。けどね、教育とか躾けで、いい方向に行くのは、せいぜい普通の人、中央値の人たちだよ。だから、環境と教育が悪いと、普通の悪人になるし、良好な環境で十分な教育を受けられれば、普通の善人になる。でもさ、テレサのパパとママは、あんなビックマザーになるよう狙って教育したと思う? ナイチンの両親は看護婦になることに反対したんだよ。宮崎勤って覚えてる? 幼女連続殺人の、あの男の両親は息子がああなるように狙って育てたと思う? それどころか事件後、お父さんは自宅を売り払って被害者遺族に賠償してから自殺したんだよ。まあ、宮崎勤がロリってことは確かだけど、極悪人か、どうかは論を待つよね。彼は手に障害があったから、それが無ければ、あそこまで反社会的な行動は取らなかったかもしれない。でも、ロリはロリ。ねぇ、ロリってさ、躾けの問題? 親は息子がロリにならないよう教育できると思う? できるなら、みんなやるよね。逆に、物好きな親が息子をロリにしようと教育できると思う? 大きなおっぱいは邪道、ちっぱいこそ正義、18歳なんてババァ、女の子は7歳までが旬って」

「「………」」

「もっと言えばさ。同性愛者は、どうよ? 普通の親は子供を同性愛者にしたくないよね。でも勝手になっちゃう。月ちゃんみたいな宗教やってる家は余計にそうだよね。個人の自由より教義だし。普通のご家庭だって、基本、子供を同性愛者になんかしたくない。もしも酔狂で子供を同性愛者に育てたいと思ったら、それは可能かな? 女子校ばっかに入れたら一部はそうなるかもしんないけど、もともと、そうだったのかもしれないし。刑務所だとホモ化するヤツいるらしいけど、シャバに出たら、まず女を買うしさ。教育や躾けとかでなんとかなるのは普通の範囲だけだよ。極善人も極悪人もホモもロリも、みんな先天的で、どうにもならない。ダウン症といっしょ。親が頑張って修正できるもんじゃない。捨てるか、殺すか、それしかない」

「っ! シスター鐘留っ!!」

 陽湖が声を荒げて怒鳴ると、教師が諫めてくる。

「シスター陽湖、落ち着きなさい。赫怒してはなりません」

「っ……はい…」

 陽湖が自戒して頭を下げて神に祈っている。鮎美は陽湖が教義で怒りを避けているのに、こんなにも怒ってくれた理由を察したので胸が痛くなった。

「陽湖ちゃん……」

「アタシの勝ち♪ 論破ってことでいい?」

「「…………」」

 陽湖と鮎美が黙っていると、教師が穏やかに鐘留へ告げる。

「シスター鐘留、あなたは善と悪、道徳ということについて深く思索をめぐらせているのですね。それは素晴らしいことです」

「………誉められても……困るかな。アタシは、先生と同じ神は信じてないし」

「そう正直に言い、そして自分について考えることも、また大切なことです」

「…………」

 鐘留が困ったように耳たぶを指先で摘んで唇を尖らせた。そこで鮎美のスマートフォンが時刻セット通りに振動した。鮎美が挙手して立ち上がる。

「すんません、先生! うちと鷹姫は早退します! 仕事で東京に行かんとあかんので!」

 鷹姫も黙って立ち上がり、教師へ一礼している。

「ほな、またね。カネちゃん、陽湖ちゃん、ケンカせんといてな」

「はいはい」

「はい、わかっています。お気をつけて」

「「いってきます」」

 鮎美と鷹姫は教室を出ると、校門へ急いだ。予定通りに静江が軽自動車で待っていてくれるので乗り込み、すぐに高速道路で井伊駅へ向かい、三人で新幹線に乗った。東京までの数時間を仮眠して過ごしたかったけれど、年末だからなのか、他の国会議員なども多く乗車していて、挨拶を交わすこともしなければならず、ほとんど眠れなかった。そして東京に着くと自民党の本部に足を運ぶ。

「でかいビルやな……どれも、これも………東京か……やっぱり大阪より発展してんなぁ」

「………」

 鷹姫も黙って高層ビルを見上げている。歩道から見上げると、かなり首をそらさないと天辺が見えないほど、どのビルも高い。静江が恥ずかしそうに言ってくる。

「やめてください。二人とも。田舎者丸出しだから」

「そんなん気にせんときよ。田舎でけっこう。な、鷹姫?」

「はい」

「うちらから見たら、むしろ江戸なんぞ、にわか都やん。京都に大阪、六角市には安土城もあった」

「田舎自慢もやめてください」

「はいはい。ほな、行こか」

 三人で自民党の本部ビルに入ると、新たな自民党総裁となった谷柿の秘書が待っていて、すぐに案内してくれる。

「総裁は面談中ですので、ここでお待ちください」

 控え室で待っていると数分で呼ばれた。

「芹沢先生、お入りください。秘書の方も、ごいっしょに」

「「「はい」」」

 三人で総裁の部屋に入った。立って迎えてくれた谷柿は小柄な男性で、鮎美より少し大きいくらいだった。人を圧倒するようなオーラを持っているわけではないけれど、会った瞬間に親しみを覚えるような魅力を三人とも感じた。

「電話では何度か話しましたが、会うのは初めてですね、芹沢先生」

「はい。はじめまして」

 鮎美と谷柿が握手し、さらに谷柿は静江とも握手する。

「石永静江さんも、よくやってくれているそうですね」

「そ、そんな…私なんか足を引っぱっているくらいで…」

「頑張ってくれていると、お兄さんから聴いていますよ。そして、お父さんには私もお世話になったものです」

 静江の次には鷹姫へも握手を求めてくる。鷹姫も秘書として握手を求められる場合があることに慣れてきたので、剣道試合後に握手を交わすような堂々とした態度で谷柿と握手を交わした。

「あなたが宮本鷹姫さんですね?」

「はい、宮本です」

「芹沢先生と、いっしょに頑張ってください」

「はい、頑張ります」

「なるほど、二人とも女子高生とは思えない、頼もしさですね」

 谷柿が仕草でソファを勧めてくれたので全員で座り、ゆっくりとした話し合いの雰囲気になる。

「今の情勢は語るまでもないですね。この状況下で自民にいてくれる芹沢先生を、正直ね、かなりあてにしていますよ」

「うちなんか……、けど、裏切ることはしません。そこは信じてください」

「ありがとう。信じますよ。情けないことですが、まだまだお若い芹沢先生を本当に、あてにしています。それくらい自民がおかれている窮状は厳しい。まさに崖っぷちです」

「そんなに……厳しいんですか?」

「ええ。私が総裁に選ばれたのも、この窮状でのリーダーを引き受ける役が、なかなか見つからなくてね。派閥の数で言えば少なかった私に調整役としての期待が回ってきて選ばれたくらいですからね」

「……総裁は与党に戻ったら総理大臣ですよね?」

「ええ。4年も保てば。そして総選挙に勝てれば、の話でね」

 次々と面談者がある忙しい谷柿との面談はコーヒー一杯を飲む間で終わりかけとなり、そのタイミングで谷柿の秘書が札束の入った封筒を静江に差し出しているので鮎美は表情を曇らせた。

「谷柿先生、あの封筒は?」

「餅代です」

「……。うちは、そういうのは…」

 すでに振込でなく現ナマで渡される金銭というのは、おおやけにしにくい金銭なのだとわかりつつある。そんな鮎美の表情を見て、谷柿が穏やかに微笑んだ。

「聴いていた通りの人ですね、芹沢先生は。いや、女子高生に渡すものとしては怪しい限りかもしれませんが問題のない金額です」

「……見た感じ100万ありそうなんですけど?」

「ええ、一昔前の餅代といえば300万ということもありましたが、今は贈与税の問題もあることは、ご存じですね?」

「はい。……鳩山総理も叩かれてるとこですし…」

「それもあって100万になっています。クジ引きで選ばれたゆえ、選挙資金は要らないと考えるかもしれませんが、新年となれば各種の新年会に呼ばれることは多数あります。それこそ一日に何件も、ほんの5分、10分で掛け持ちして回ることになるでしょう。そして、その度に会費を払って行かれることになる」

「え? 心付けとか寄付は禁止なんちゃいますの?」

「寄付は禁止です。けれど、他の参加者も払っている会費を払うのは適法です」

「あ、そっか…」

「それも、秘書さんの分まで払う場合もあります。そうする方が、相手が潤いますし、違法ではありません。会費は1万、2万ですが、秘書さんと合わせれば3万、6万となり、次々と新年会に顔を出せば100万も消えるでしょう。実質、ビール1杯、いえ、芹沢先生は、まだ飲酒できる年齢ではないのでウーロン茶1杯のために、1万2万と払っていくことになり、それを自分の報酬から払うのは、さすがにバカらしいでしょう」

「…はい……それは、たしかに…」

「そういうお金なのです。右から左に交際費で消えますし、領収書を発行していただいて収支につける先生もいます。そうされるとスッキリしますし、そうされずポケットに入れていただいても問題のない金額です。なので、受け取っていただき、煩わしいとは思いますが、各種の新年会に出席して、地元の方々と交流しておいてください。これも議員の仕事です」

「……わかりました。そういうことなら。静江はん、管理と領収書の方、お願いします」

「はい」

 静江は大切そうにハンドバックへ封筒を入れると、鮎美が書けと言うことを予想していたので芹沢鮎美名義の用意していた領収書を谷柿の秘書に渡した。それで面談は終わりとなり、鮎美たちは次に久野を訪ねた。衆議院議長だった久野は、すでに先の総選挙に出馬せず引退を表明していたけれど、選挙が大敗に終わったことに責任を感じ若手の育成に力を入れていた。鮎美と会うのも、その一環で応接室で再会した。

「お久しぶりです、久野先生」

「久しぶりだね。もう、すっかり芹沢先生という貫禄になってるね」

「いえ、まだまだです」

 再会の握手を交わし、これからのこと話し合い、その途中で久野は封筒を出した。また現金をもらうのかと鮎美は気が重くなったけれど、封筒は薄かった。

「芹沢先生は、春の会という団体を覚えているかな?」

「春の会……はい、覚えています」

「その団体が自民を支援し続けてくれる者と、民主へつく者に別れてしまってね。副代表をしていた牧田詩織という人は覚えているかな?」

「は…はい、覚えています」

 他の男性二人の顔は忘れつつあったけれど、詩織の顔は鮮明に覚えている。

「その牧田さんが自民を支援してくれる派の代表になったのだけれど、ちょっとした頼み事を受けていてね。それを見てもらえるかな」

「はい」

 鮎美が受け取った封筒を開ける。中身は現金ではなくて詩織の履歴書だった。

「……愛知県立知多東高校……ミュンヘン大学……ドイツ連邦警察……日本貿易振興会JETRO……退職後、3年前から春の会副代表……現、春風会代表」

「代表といっても、まとめている会員は少数で実質、今は無職と言っていい状態だそうだ。その彼女が芹沢先生の秘書になりたいと志望してきていて、私から推薦してくれないかと頼まれたわけだよ」

「……久野先生の推薦……ですか……」

 鮎美が複雑な表情をしたので久野は察した。

「優秀な人だとは聴いているけれど、無理にとは言わない。ただ、牧田さんの実家は、私の地元でもあってね。私が引退した後に地盤を引き継いでくれた小林くんは落選してしまい、来月の県議選に再び挑戦するのだけれど、牧田家の協力は不可欠なんだ。かといって、芹沢先生の秘書は芹沢先生が決めるべきものだから私から押しつけるものでもない。そこは当然なのだけれど、私の立場も考えていただいて、断るにしても丁寧にしていただきたいのと、彼女は秘書業務に就くことを望んでいるが、いっそ形だけの秘書、名目だけの秘書という手もある。かくいう私も政界に入る前はサラリーマンをしていて、いきなり父の後を継いで出馬というわけにもいかないから、竹上先生の秘書を名目だけ務めていたことがある。実質、何もしない、名前だけの秘書というのも政界によくあることで、そんな秘書にしてお茶を濁していただけると、推薦した私の顔も立つわけなんだ。すまない。迷惑かもしれないが、考えてほしい」

 久野に頭を下げられると、鮎美に選択肢は無かった。

「わかりました。考えさせていただきます」

「よろしく頼む」

 久野との面談が終わると、鮎美たちの東京での予定は終わった。

 

 

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