「女子高生総理・芹沢鮎美の苦悩」   作:高尾のり子

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12月 着想

 

 東京での義務的な予定が終わり、日が暮れかけている。静江が時刻を見て言った。

「今なら新幹線で帰って帰れなくはない時刻ですけれど、慌てて帰るのも疲れますね」

 学校を早退して東京に出て、さらに日帰りというのは新幹線のおかげで可能ではあるものの疲れることは確かだった。

「静江はん、明日の予定は?」

「とくにありませんでした。芹沢先生と宮本さんの学校があるだけです」

「鷹姫、うちらの出席日数って、もう足りてたやんね?」

「はい、問題なく卒業できるはずです」

「ほな、今日明日は東京で、ゆっくりしよか」

「はい!」

 静江は嬉しそうに返事をしたし、鷹姫にも異存はなかった。自由時間ができたので鮎美が問う。

「どっか行きたいとこある?」

「ディズニーランドなんて、どうですか?」

 静江の提案に鮎美は悩む。

「う~ん……うちは国会議員になるやん? ここまでの交通費も経費で落とすし、東京でも、うちの顔を知ってる人いるみたいで、ときどき視線を感じるんやわ。……さすがにTDLは、まずい気がするわ」

「そうですね、すみません。つい、お兄ちゃんと東京に来たときも、いつも、そういう理由で行けないから……。では、芹沢先生は、どこに行かれたいですか?」

「うちは………国会議事堂と、霞ヶ関を見ておきたいかな」

「それって任期が来たら、飽きるほど行きますよ」

「たしかに……そうかも」

「この時間だと通常業務も終わってますし。外観だけになります」

「静江はんは何度も来たって感じやね」

「そういう家で育ったので」

「それも大変そうやね。そうなると、あとは美味しいもんでも食べに行くかくらいかな。鷹姫は、どこか行きたいとこある? 名所とか」

「………。あえて言えば、靖国神社へお参りしたいです」

「靖国かぁ……それなら、明日の朝やね」

「前から思っていたんですけど、宮本さんって見た目が女子高生なだけで中身は、お婆さんだったりしない?」

 静江の問いに、鷹姫は気を悪くした風も無い。

「静江はんは見た目は大人やけど、中身はせいぜい女子大生って感じやね」

「ぅっ……」

「もう、この時間やし、ホテルを予約して美味しいもん食べて今日は終わりちゃう? 明日は靖国へ行って国会議事堂を眺めて帰ろか」

「そうですね」

「鷹姫、なにか食べたいもんある?」

「……。東京のことは、よくわかりません。私は何でも良いです」

「静江はんは?」

「いっぱいあるんですけど、その中から芹沢先生が選ぶっていうのは、どうですか?」

「ほな、そうしよか」

「では、有名どころだと……ここと、こことか」

 静江は自分のスマートフォンでグルメサイトを開き、都内の有名店を鮎美へ見せてみるけれど、どの店も予約が必要だったり、すでに当日分は売り切れたりしていて、ランキング上位の店は諦めた。三人で予約したホテルに近い場所にあるという理由で洋菓子店の喫茶コーナーに入ってケーキを食べる。

「東京って、ほんまに人が多いな」

「そうですね」

 静江はチョコレートケーキを食べている。鷹姫はイチゴのミルフィーユで、鮎美は同じくイチゴのムースにして二人で分け合って食べる。

「ほら、鷹姫、あーんして」

「…」

 少し恥ずかしそうな表情で鷹姫が素直に口を開けてくれるのが嬉しい。鷹姫の口の中に入れたスプーンをそのまま鮎美は口に入れる。温かい金属の感触がした。

「美味しいけど、これやったら、カネちゃんの店で食べてても、かわらんね」

「緑野の店も、とても美味しいですから」

「かねやは全国的にも有名なレベルよ。ランキング上位の店と同じくらい」

「料亭でも、あの招福亭がトップクラスに入ってたし、わざわざ東京に来んでも、だいたい県内で済みそうやね」

「その発想、私たちの悪いところなのよ」

「そうなん?」

「外に出なくても県内で済む、わざわざ行くほどじゃない。前にバスガイドさんが言ってたんだけど、私たちの県の人が一番、どこの観光地に行っても感動しなくて、反応が薄いんだって」

「そうなんや。うちは少し前まで大阪人やけど」

「大阪人は、どうか知らないけど。大阪とも京都とも近いし、名古屋とも近くて、東京も新幹線で日帰りできるせいなのか、他のどこの観光地に行っても、まあこんなものか、っていう薄い反応になる県民性らしいよ」

「ふーん……」

「だから、新幹線の新駅も無くていい。わざわざ県が借金してまで造らなくていい、って発想につながるのよ」

「なるほど、井の中の蛙、大海を知る気もない、やね」

「無理に水の合わない大海へ出る必要もないって発想も私もわかるといえば、わかるけど。あ、話を変えますけど、久野先生に推薦された秘書の件、どうされますか?」

「うーん……」

 鮎美が詩織の顔を想い出しながら悩む。この前、あえて自民と民主へフタマタがけすると、わざわざ言いに来てくれたとき、秘書になりたいと志望してきたのは本気だったのだと実感する。

「あの人、まじめそうな人なのか、気まぐれそうな人なんか、わからんなぁ。わざわざ、フタマタかけるの言いに来てくれたり、その後、自民だけの派閥に別れてるあたり、一本気で誠実そうな感じはするけど。たしか、陳情してくる団体でも最初からフタマタもサンマタもかけてくる団体もあったよね? この前の学童保育所の職員待遇改善の件も、そんな感じやったし」

「その方が多数派です。学童保育のような政治色の薄い陳情であれば、自民、民主、共産など、すべての政党に働きかけていることも珍しくないです。逆に政治色の強い、たとえば靖国神社うんぬんといった団体や、在日外国人参政権を求める団体などは、一つの政党に絞って働きかけています」

「在日外国人か……うちは差別はせんけど、国籍無いのに参政権ってのは、どうかと思うわ。それを認め始めたら、ある国の人口の51%が在留外国人になったとき、民主主義的に国を乗っ取れるやん」

「それに似た危機はサリンを撒いた宗教団体が山村へ大量に流入したとき発生し、村役場は住民票の転入届の受理を拒否したそうです」

「けっこう現場レベルで頑張るなぁ。人権無視とか言われそうやのに」

「村長が教祖になるのは避けたいでしょうから」

「そらそうやわ。数の論理も考えもんやね。外国人といえば、あの詩織はんもクォーターとか言ってたね」

「はい、履歴書にも書かれています。最近の履歴書は出自を書く欄が意図的になくされているのに、きちんと祖父母まで」

「なんで出自の欄が無くなったん?」

「差別につながるからです。とはいえ雇用側は人物を評価するのに本音では出自を知りたいので軋轢が生じますが」

「別に隠さんでも両親のことくらい書いたらええやん」

「もし、あの教祖がお父さんでも書きますか?」

「うっ……なるほど、親は選べんからなぁ…」

「牧田さんの両親は、とくに問題はないようですね。自民支持ですし、本人の経歴も立派です。私が英語ができるから、彼女がドイツ語を担当するなら、かなり幅は拡がります。とはいっても、芹沢先生の年齢と性別を考えると国際的なことに関わるのは儀礼的なことくらいだと思いますけど」

「世界的にパンダなわけやね」

「世界全体で見れば三十代で首相に選ばれたり、十代で王位を継承ということもありますし、たしかイギリスの女王も、かなり若い時期に王位継承されたはずです」

「ほな、世界的には有名にならんで済むかな」

「おそらく小さなニュースとして流れ、あまり人々の記憶には残らないと思います。過去には衆議院議員で25歳で当選した人もいますから。それで、牧田さんの件、どういう方向にされますか?」

「悪い人やないと思うけど……」

 鮎美は身の危険を覚えるので、そばにいてもらって大丈夫なのか不安だった。その反面で好奇心もある。

「うちの東京での秘書って人選は進んでんの?」

「実は女性秘書というのは、もともと数が多くなく社会経験の少ない新卒者であれば、いくらでも集まるのですが、それでは不安ですし芹沢先生のそばにあって情報漏洩などの裏切りがないことを考えると、牧田さんの話は悪くないとは思います。勤務地も東京でも地元でもかまわないとのことですし」

「そっか……」

「あと、これは私からのお願いなのですが、芹沢先生のそばで働く秘書は私と宮本さん、あと一人として。もう三人、名目上の政策秘書を雇っていただきたいのです。中年の男性ですが」

「石永先生の秘書とかを?」

「はい。すみません。議員で無くなったために秘書給与が出ないのです。どうか、お願いします」

「それは経費の処理として問題ないん?」

「実質的には六角市の支部で働くので、お兄ちゃんの秘書のように動いたり、芹沢先生の秘書のように動いたりもします。挨拶回りやポスターの貼り直しなどでも、たいてい両方の名刺とポスターを持って回りますから」

「まあ、問題ないんやったら、そうしてもええよ」

「ありがとうございます!」

「それは決まりでええとして………詩織はんは、どうしよかなぁ……鷹姫は、どう思う?」

「芹沢先生を慕って自ら志望してくる者ですから、一度は受け入れてみるのが度量かと考えます」

「……そうやね、鷹姫が、そう言ってくれるんやったら、東京勤務ってことで。静江はんは支部の管理もあるから地元メインになるとして、鷹姫はなるべく、うちといっしょに行動してくれる? 地元でも東京でも」

「はい」

「おおきに、嬉しいわ!」

 そう言って鮎美は最後のムースを鷹姫の口にスプーンで入れた。その後は歩いてホテルへ移動した。空き室の都合で今夜は3人一室となる。交替でシャワーを浴びた後に、また服を着てホテル高層階のレストランへ入った。静江が予約していてくれたので夜景の見える個室だった。東京の夜景を見下ろしながらディナーコースを食べていると静江が言う。

「こういうところには、女三人で来るより彼氏と来たいですよね」

「「………」」

 鮎美と鷹姫が相槌を打たずにいると、静江は余計なことを言ったかもしれないと思い、慌てて話題を変える。

「それにしても芹沢先生のおかげで、本当に助かります。今、こうしていられるのも芹沢先生のおかげですから」

「そうなん? うちは何もしてへんけど?」

「芹沢先生がいなかったら県内の国会議員はゼロ。完全な民主党王国になってしまい、党本部からの予算も大幅に削減されたかもしれませんし」

「うちのクジ運は役に立ったね」

「クジ運だけではありませんよ。芹沢先生の応援演説の様子なども本部で評価されています。まじめに勉強してくれていることも」

「引き受けるからには、アホな女子高生がクジ運だけで議員になったとか言われとうないもん」

 鮎美は鴨の胸肉ロースを切り分けると、フォークで鷹姫の口に運ぶ。

「あの……芹沢先生、自分で食べますから。それは芹沢先生の分ですし」

「少し手伝ってよ。鷹姫はちゃんと稽古してカロリー使うからええけど、うちは貯まるもん。はい、あーんして♪」

 楽しそうに鷹姫へ食べさせているのを見て、静江は心配になって自分のウエストを摘んだ。

「……」

 まだ大丈夫、くびれてる、と静江は体形を確認しつつ、脂身は残すことにした。鮎美が夜景を見ながら言う。

「しかし贅沢なもんやね。この豊かさ、日本ってホンマすごい国やわ」

 高層階から見下ろす東京の街は光り輝いている。ネオンとビルの明かり、そして首都高を流れるライト、どれも六角市とは比較にならないほど溢れている。

「世界では飢えも紛争もあんのに……うちら日本人だけが……先進国だけが豊かなんちゃう? ええのかな、これで」

「「…………」」

 静江も鷹姫も即答できない問いだった。

「うちな、勉強してて思ったんよ。先進国の中でも貧富の格差が拡大してるやん?」

「「はい」」

「それを是正せいとヨーロッパではベーシックインカムって発想が出てきてるやん。あれも悪くないとは思うけど、財源の問題と勤労意欲の問題があるし、すべての人に支給するんやなくて障碍者やとか、すごい困ってる人らに手厚く支給したら、どやろ?」

「良いお考えかと思いますが、財源の問題はどうされるのですか?」

 静江の問いを予想していたので鮎美が答える。

「通貨を多めに発行するねん」

「………。それはインフレの原因になるというのは……わかりますよね?」

「そんな心配そうな顔せんでも、うちもアホちゃうよ」

「では、何か対策が?」

「そこそこの経済力のある国々、だいたいOECD加盟国レベルの国々で協同歩調を取って通貨発行を増やして、その分を自国内の困窮者への対策にあてるねん。これでインフレは起こっても為替相場で見たときには通貨安は起こりにくいはずやろ?」

「たしかに、円安やドル安にもならず……。ですが、回りくどいことをせず単なる増税と社会保障の充実というセットとの違いはあるのですか?」

「どんなに国が増税しようとしてもタックスヘブンのせいで本当の大金持ちからは税が取れんやろ? ずる賢い大金持ちはOECDとは関係ない非課税の小国へ資産を移してる。けど、それはドル建てやったりユーロ、スイスフランなんかの手堅い通貨や。その通貨の値打ちそのものを半分にしてやったら、大資産家に50%の課税を漏らさずしたのと同じになる。脱税のしようもない。と同時に働く人、ちゃんと労働できる人が報われるように最低賃金も引き上げる。中小企業で引き上げ分に対応できんときは一時的に一部を国が通貨発行増で生み出した分を回して対応する。どうやろ? これで超富裕層には実質的な課税、障碍者なんかの困窮者には人並みの生活、労働者にも相応の報酬、そして途上国と先進国の格差も縮められる」

「「…………」」

 静江と鷹姫は言われたことを頭で検証してみる。鷹姫が疑問を覚えて問うてみる。

「その政策に参加した国と参加しなかった国で為替相場が大きく変動するのではありませんか?」

「そうや。それで経済力のある国の通貨価値が下がる。相対的に経済力が無くて技術も無くて原材料の輸出に頼る国の通貨価値が上がる。おまけに経済力のある国からの借款も実質的に目減りする」

「たしかに……」

「ですが、それほど大きな政策を加盟各国が共同歩調で実行できうるものでしょうか?」

 静江の問いに鮎美は頷いた。

「そうやね、この政策の最大の懸念は、そこやろね。各国の主権が邪魔する。せやから、EUより強くてソビエト連邦よりは弱い程度の主権を超える権限が要るやろね。けど、参加する国が民主主義国なら富裕層は少数、大多数は得をするわけやから世論は味方してくれるはずや。共同歩調の舵取りが難しい分、強い権限が必要なんよ」

「……………」

「芹沢先生のお考えは素晴らしいと思います」

 鷹姫が誉めてくれたので鮎美はとても嬉しかった。夕食を終えて三人で部屋に戻り、しばらく眠るまでの時間を過ごしていると、静江が落ち着かない様子でテレビを見たりスマートフォンをいじったりした後、立ち上がった。

「あの……芹沢先生、少しホテルのバーでお酒を呑んできていいですか?」

「あ、うん、ええよ」

「失礼します」

 夕食の時も鮎美と鷹姫が飲酒可能年齢でないので静江は遠慮していたけれど、寝付くために呑みたくなったので許可をもらって部屋を出た。静江がいなくなると、鮎美と鷹姫の二人きりになる。

「………」

 鮎美は二人きりになったことを意識したけれど、鷹姫は気にもせず鮎美を見つめた。

「な…なんよ? そんな目で……うちを見て……どうしたん?」

 また衝動のままに鷹姫を押し倒したりしたくないので、ずっと鮎美は密室で二人きりになることを避けていたのに、今は鷹姫から近づいてくる。

「さきほどのお考え感服いたしました」

「……あ…あんなん、……ちょっと思いついただけよ。実現性低いし」

「EUもソ連も最初は思いつきに過ぎなかったでしょう。何度も修正して実現に至っているはずです」

「………ソ連は失敗したやん」

「それで人類が学んだことも多いはずです。次の大きな舞台は、より洗練されるでしょう。もしかしたら、芹沢先生は今世紀の救世主、いえ歴史の父になるのかもしれません」

「……父って…うちは女やし……」

「些細なことです」

「………」

 最大の問題やわ、そんな目で見つめんといてよ、うちが男やったら許嫁がおろうが、この状況なんやで押し倒して、うちの女にしてやるのに、と鮎美は目をそらした。

「凡百の政治家であれば首脳であっても、おのが一国のみの安寧に拘泥するところを、すでに全世界の行く末を考えておられる。芹沢先生が世の役に立つ道を行かれるとき、私もこの身を捧げてお仕えします」

「っ…」

「そのことを改めて、ここに誓います」

 鷹姫が膝をついて頭を下げてくると、鮎美は頭を引き裂かれるような心地だった。鷹姫の期待に応えて良い政治家を目指したいという志向と、今すぐ鷹姫を裸にして抱きしめたいという衝動で、心が割れる。

「っ……鷹姫……」

「今夜は遅くなりました。どうぞ、お休みください」

「…………そうやね…」

 わかっていたけれど、あくまで鷹姫は政治家となろうとする鮎美に協力してくれているのであって、性的なパートナーとしての可能性は欠片もない。すごすごと鮎美はベッドに潜り込む。

「……………」

「おやすみなさい」

「うん……おやすみ」

 鷹姫と別々のベッドで目を閉じた。

 

 

 

 翌朝、ホテルから靖国神社へと移動した鮎美と鷹姫、静江の3人は畑母神と合流していた。以前に靖国神社へ来ることがあったら伝えてくれれば案内しよう、と言われていたので連絡をしたのだったけれど、昨日の今日で来てくれている。

「畑母神先生、急に連絡したのに、ホンマに来てくれはって、すんません」

「気にしなくていい。下野して、すっかり時間に余裕があるからね」

「けど、都知事選に出られるかもしれんのでしょ?」

「ははは、それについてはノーコメントとしておこう。さ、行こうか」

 畑母神を加えて4人で靖国神社を参拝する。参拝の後に大戦時の遺品や兵器が展示されている施設に入り、畑母神は説明をしてくれながら鮎美たちに訊いてくる。

「毎年、閣僚の参拝があるか、ないか、報道される問題は知っているね?」

「「「はい」」」

「このことを第三国に売り込んで問題を大きくしたのは朝日新聞なのだが、問題の根幹はキリスト教にある」

「え? 文句を言うてるの、中国韓国ちゃいますの?」

「表面的には支那と朝鮮だが、キリスト教という邪教が世界に不幸をまき散らしているのだよ。これについて歴史を振り返って知っておいてほしい」

「は…はい」

 陽湖ちゃん連れてこんでよかった、と鮎美は思いつつ畑母神の話に傾聴する。

「戦国期にポルトガルの宣教師たちが来日し布教を始めるも、後に禁教となったのは学校でも教えるが、歴史の見方として、鎌倉幕府では頼朝の子孫ではなく北条家が台頭し、元寇の影響もあるが短期に幕府が終わり、次にできた室町幕府も南北朝に別れ、なかなか安定せず、結果として戦国期に突入している。これを、ようやく家康の代で平定し天下太平となったわけだが、この時期において、まっとうな日本人なら内乱など起こしはしない。ところが、島原の乱が起こった。これは一種の侵略行為なのだよ」

「そう言われると……そういう見方も……戊辰戦争でも、フランスが慶喜に味方して内乱を長引かせようとしたって話もあるし」

「うむ、その通りだ! 侵略の常套手段として被侵略国の内部を分裂させるというものがある。このとき実利で釣る場合もあれば、信仰という便利な道具で人の心を釣る場合もある。ことにキリスト教は拡大を意図した邪教であるから、自らの侵略を正義としか感じていない」

「……はい…」

 ホンマに陽湖ちゃんがおらんで良かったわ、と鮎美は今でも毎週リーフレットを島内全戸に配布している陽湖のことを想った。彼女のような熱心な信者が長く島にいれば、いずれ信者が増え、もしかしたら島原の乱のような決起をするのかもしれない、という可能性を考え、畑母神の話にも頷けるものを感じた。とくに中世の領主であった大名にとって領民の一部が神道仏教から改宗し、欧州の教皇下にある唯一絶対の神を信じてしまうようになると、天皇から征夷大将軍という名目を受けて支配している体制にほころびが生じることになる。徹底した弾圧が行われたのも、自衛といえば自衛に感じた。

「幕末に開国で欧米が求めてきたのも、布教の自由と自由貿易であるが、自由という名目だが、実質的には精神の破壊と、経済の破壊にすぎない」

「精神と経済の……破壊……」

「国民精神と国家経済を破壊しておけば、後に武力制圧が容易くなるのだよ。もっとも一部のバカものを除いて明治の元勲方はキリスト教になぞ染まなかった。廃仏毀釈には少々やり過ぎの感もあるが、それだけ焦っていたということだ。その時期でも欧米が圧力をかけて求めてくる布教の自由を認めざるをえず、神道を保護して遇しながら仏教を冷遇しつつ、キリスト教布教を認めるという矛盾した政策をとらざるをえなかった」

「はい」

 そのあたりは高校の日本史でも習うので鮎美たちも、よく知っていた。

「江戸期の庶民教育の高度化と、厚い神道への信仰もあって現在でも国民に占めるキリスト教徒の割合は1%にすぎないが、逆に言えば100人に1人、国内に侵略者の手先がいるとも言える」

「…そうですね…」

「では靖国の問題に戻るが、靖国に英霊が祀られていると信じているのは、科学的事実でも歴史的事実でもなく信仰だ。これに本来は第三者が文句を言うのは信仰の自由に抵触する問題のはずだと思わないかね?」

「っ、たしかに!」

「信仰の自由を憲法で押しつけたのは400年前からの侵略の流れにすぎないし、欧米人は公の場でも聖書へ宣誓するのに、我々には政教分離を押しつけている。支那人朝鮮人が我々の信仰を弾圧しても、素知らぬフリだ。まあ、支那人朝鮮人たちも滑稽ではあるがね。我々が信じている英霊を、彼らもまた、そこにいると信じて妨害してくるのだから、無宗教を是とする中国政府などは神道など野蛮な盲信と蔑視し黙視すればよいのに黙っていられないし、韓国などは、かなりキリスト教に犯されている。ひるがえって我々は、いまだ2600年の信仰を守っているわけだよ」

「なるほど……勉強になりました。ありがとうございます」

「「ありがとうございます」」

 靖国神社を去ると、畑母神もいっしょに国会議事堂の食堂へ移動した。そこで昼食をとりながら鮎美が言う。

「案外、普通にカレーとか、うどんがあるんですね。もっと高級なもんばっかりかと思ってましたわ」

「ははは。国会議員というのは、ある意味では日本の頂点かもしれないけれど、経済的には金持ちばかりでもないよ。私も給料取りだったから資産らしい資産は退職金と年金だけだ」

 場所が場所なので他にも国会議員が多く、畑母神を見知っている人は多く、また鮎美や静江の顔も覚えられていたけれど、お互い食事中なので遠慮して声をかけてくる者はいない。カツカレーを食べている鷹姫が言った。

「芹沢先生、これで十分に豊かな食事だと思います」

「鷹姫……」

「うむ、そうだったな」

 山菜ソバを食べていた畑母神が感心したように頷く。

「この豊かさになれていると、つい忘れてしまうが十分に贅沢な食事だ。君たちの世代では知らないだろうが、北朝鮮が地上の楽園だと宣伝されていた頃、かの地の指導者が国民に約束したのは、白米と肉のスープだという話だ」

「お米とスープて……」

「それが最高の贅沢に聞こえる生活だったのだろう」

「結局、それもミサイルに変わって、お米とスープは出んかったんかな。やったら、最初からミサイルを約束したら、ええやろに」

「う~ん……ミサイルも約束していたんじゃないかな。その公約は守られたといえば、守られたろう。朝鮮戦争後、瀬戸際外交を繰り返しつつも、彼らの立場で見れば国民の安全は守られた」

「うちらの国も平和やったし」

「芹沢さん、平和ではないよ、一部の人にとっては」

「……そうなんですか?」

「拉致家族のことを忘れずにいてほしい」

「あ……はい」

 鮎美が頭を下げたとき、トレーを持った男性が通りかかり声をかけてきた。トレーには鷹姫と同じカツカレーを載せている男は若かった。

「お久しぶりですね。芹沢さん」

「あ、西沢はん」

 やや懐かしいという感情さえ覚えた鮎美は、共産党の衆議院議員2期目となった西沢に挨拶して微笑む。

「お久しぶりです。その節は、どうも」

「君は、まだ自民党に?」

「まだちゅー言い方は無いですやろ。ソ連崩壊したのに、まだ共産党やってるやん」

「これは失礼。ごいっしょしてもいいですか?」

「えっと…」

 鮎美は年長者である畑母神へ視線を送る。畑母神は鷹揚に頷いた。

「共産党の議員先生とテーブルをともにする機会は、めったとない。さ、どうぞ」

「ありがとうございます」

 西沢が座ってカツカレーを食べ始めると、静江と鮎美は彼が左手の薬指に指輪をしていることに気づいた。おそらく以前は無かった気がする。静江が好奇心で訊いてみる。

「西沢先生、ご結婚されたんですか?」

「ええ」

「いつ頃?」

「総選挙の後に」

「それは、おめでとうございます」

「静江はん、笑顔やのに、なんか怖い顔になってるで」

 鮎美が余計なことを言うと、静江が睨んでくるので目をそらして西沢を祝う。

「そうやったんですか、おめでとうさんです」

「うん、ありがとう」

「電撃結婚やったん? ぜんぜん報道された気配ないけど」

「一議員が普通に結婚したくらいでは報道されないですよ。電撃か、どうかは……三年くらい前から付き合っていたんですけど、妊娠しているのがわかって、それで入籍だけして。今は忙しいので来年の通常国会が終わってから挙式しようと」

「ふーん……妊娠か……なんや、うちには縁遠い世界に思えるわ」

「そんなことないですよ、芹沢さんのような可愛らしい人なら、いくらでも…あ、いえ、こういうことを言うと最近はセクハラになりますね、失礼」

「男も大変やね、最近は窮屈そうで」

「「ははは…」」

 西沢と畑母神が軽く異口同音して笑った。お互い公人男性として発言には気をつけなければならない身分というのは実際に窮屈だったので自嘲した笑いだった。

「芹沢さんは今日は何をしに国会へ?」

「もう来月から任期が始まるし、見学に」

「それは良いですね」

「そういえば、共産党と民主党って連立政権したりするん?」

「…ははは…」

 笑って間をとる西沢を、畑母神が可笑しそうに本当に呵々と笑った。

「ははは! 若さゆえの率直さ、見ていて愉快だよ!」

「え……うち、なんか、あかんこと訊いてます?」

 わかっていない鮎美に静江が言ってくれる。

「今、その問題は国会で一番、微妙で慎重で難しい問題なんです。訊いても西沢先生も答えられないし、まだ答えも決まってないかもしれないんですよ。何の前置きも無しに訊くのは、失礼ですよ」

「そうなんや……それは、すんません」

「いえ、お気になさらず。そういう率直さは、これからの政治に必要なのかもしれない。密室で決めていた時代から、よりオープンな時代に」

「ほな前から訊いてみたかったんやけど、もし共産党が単独で3分の2以上あったら、やっぱり日本を共産主義化するん? 私有財産は憲法で保障されてるやん、そのあたりは、どうなんの? 自衛隊も解散させるん?」

「もし、単独で3分の2という結果になるなら、その直前の総選挙で、どういう公約をあげていたかによると思いますよ。半世紀前の日本共産党と、今の我々では、やはり考え方も少しずつ変わってきていますし、それは自民も同じです。また、さらに半世紀後は、より考え方も変わっているでしょう」

「ふーん……変化はするんや……ほな、今のところは?」

「今現在で言えば、やはり企業の横暴が目につきますね。経団連が推す自民が零落して、連合が推す民主があがってきたのは、そういう民意のあらわれでしょう。我々も躍進しました」

「たしかに……」

「………否定はできないな」

 畑母神も右派で保守的な方向性をもっているものの、もともとは自衛隊員というサラリーマンであったので西沢の言い分もわかる。

「大企業の横暴は、ひどい。とくに企業の内部留保が増加しているのに労働者の賃金が下がっているのは、搾取以外のなにものでもない」

「そやけど、もし自分が大企業の経営者やったとして、政府が内部留保に課税してくるとか、強引に内部留保を吐き出させるみたいな政策をとったら、それはそれで何か対抗策をこうじるんちゃうやろか。お抱えの税理士やら弁護士を使って。国際的に資金を飛ばしたりしよらん? しかも、飛ばした先が必ず信用できるとは限らん、その企業が外国業者に騙されて、金だけ取られても主権がおよばんかったりするから司法的に解決することもできんかったりするやん。徴税権がおよばんちゅーことは、そういうリスクがあるちゅーことやし、泣き寝入りすることになるわな。表にできん金なんやから、訴え出ることも難しいもん。そういう怪しげなところに日本の金持ちの金が流れるのは、国民全体としても損ちゃいます?」

「………芹沢さん……もう完全に女子高生ではなくなってますね」

「誉められた思とくわ。ほんで実効性ある内部留保の吐き出させ方、あるん? そもそも、それは正義なん?」

「正義ではあると考えます。もともと、さきほど言ったとおり労働者の賃金は買い叩かれて低下しています。にもかかわらず企業は過去最高益をあげている。これは正当な分配がなされていない証拠です。これを是正してこそ正義です」

「……そやね……たしかに正義や。買う方は買い叩きたいし。労働者には労働しか売るもんがないから叩かれる」

「資本主義は本質的に労働者への搾取を行う性質があるのです」

「せやから修正資本主義として社会保障を充実させてるのが現状やん。ところが、財源である課税が法人は税理士つこてチョロチョロ逃げよる。源泉徴収される給料取りは逃げようもない。うちも経費を使うってことを少しは実感として勉強したけど、ここに来る交通費が経費なんは国民感情としても納得できるやろけど、わざわざベンツやらの高級車を社長連中が経費にしよるのは納得いかんやろ」

「そう! そうなんですよ!」

 西沢が我が意を得たりと拳を握る。

「課税がね、まったく不平等なんですよ! ちゃんと金持ちから取るべきなのに今は中流以下の人たちから徴収してばかりだ! こんなことではいけない! とくに消費税はひどい! あれは累進課税の逆をいっている!」

「せやね、社会保障を維持しようとしたら、結局は累進課税を保たんと、どうにもならん。金持ちは、ますます金持ちになるし、貧乏人は、どんどんジリ貧や。自助努力いうても最低賃金では、どうもならん」

「うん、うん、やっぱり芹沢さんは、わかってくれてるなぁ。あなたは自民にいるような人じゃないですよ。今からでも共産党に来てくれませんか? 大歓迎です」

「お誘いは、おおきに。けど、うちはコロコロと寝返るような生き方は嫌なんよ」

「そうですか……けど、芹沢さんと国会で会うのは楽しみですよ」

 西沢が握手を求めてきたので鮎美も応じた。食後には閉会中の議事堂内を見て回る。静江が説明してくれた。

「まず正面から向かって左側が衆議院です」

「「……………」」

 鮎美と鷹姫は、その目で初めて衆議院の議事堂内を見た。テレビや教科書などで見たことはあるので、とくに感想もない。少し前まで衆議院議員だった畑母神が言ってくれる。

「議長席から見て右側から与党が座り、以降は政党の議席数順に左へと座っていくから、私たちは、いつも最左翼を守っていたよ」

「最右翼政党やのにですか」

「ははは! さすが、大阪出身だね」

「すんません、つい反射的に」

「では、次に参議院をご覧ください。こちらへどうぞ」

 静江が反対側へと誘導してくれる。中へ入ると、鮎美が衆参の違いに驚いた。

「えらいガランとしてますやん。衆議院の方は所狭しって感じやったのに」

「はい。もともと衆参ともに最大議席数635で設計されたのですが、参議院をクジ引きで選ぶことになり衆議院を1200議席としたので、机や通路も狭小化して無理矢理に改築しましたから衆議院は、とても密集して座ります。逆に参議院は、人口最少県を1議席とし、その最少県の1.5倍の人口がある県から2議席で半数改選があり、3議席の県となるには3倍の人口を要しますから私たちの県も140万人で2議席県、芹沢先生と雄琴先生の2名のみです。そして人口の多い東京などは1300万人を最少県の59万人で割りますから22議席があります。それでも2位の神奈川は15、大阪も15、愛知埼玉も12で、総計すると現在は203議席しかありませんから、以前の参議院に比べると、とても空席が目立ちます」

 参議院の内装は改築されておらず635席可能なところ203席しか利用されていない様子で寂寥感さえあった。

「勉強してはいたけど、こうやって見ると参議院はオマケにすぎんってモロに出てるなぁ……実感するわぁ」

「たしかに二院制を廃して一院制にする布石とも言われていますが、逆に1200分の1という存在と203分の1という存在は6倍からして重みが変わってしまいます。それは参議院を無視して強行採決するには3分の2を要するということを考えたとしても、参議院議員1人の重みは大きいのです。とくに今回の半数改選で101人のうち81人が続投を希望しながら国民審査を通ったのは56人、不信任となったのが25人で他に20人が続投を希望せず、合計45人しか新たに選出されなかったうちの一人が芹沢先生です」

「そうやったね。うちの前任者は胃ガンで辞退やったかな」

「はい。さらに、改選組のうち5人が自民から民主へ、そして6年任期だった雄琴先生を含む9人もが総選挙前後に自民から民主へ流れてしまい、新たな参議院の議席数は自民59、民主90、共産18、活力3、無所属33という状態になっています」

「かろうじで民主の単独での過半数は無しやけど、共産と組めば過半数かぁ」

「このさい民主から分裂した活力が加わっても過半数でないということが救いですが、無所属が、どう動くかで本当にわからないのです」

「せやね」

「なにより新たに選出された45人のうち自民に入ってくださったのは芹沢先生を含めて11人だけ。どれだけ芹沢先生が貴重か、わかってくださいね?」

「わかってるって。……まあ、そう言われると、うちみたいな小娘に谷柿先生や久野先生が会ってくれはる重みも感じるわ」

 鮎美は大変な時期に自民党の議員になるという実感をあらたにしつつ、国会議事堂の見学を終えて新幹線で帰った。

 

 

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