鮎美と鷹姫を乗せた小舟が港に入ると、島民たちが万歳三唱を始めたので鮎美は怖くなった。
「……そんな……みんなで……うちを……」
「「「当選万歳!!!」」」
皆が諸手を挙げて島民から参議院議員が選出されそうなことを喜んでいる。その気迫が怖くて鮎美が一歩さがると舟の重心が少し変わり、わずかに傾く。鮎美が倒れないように鷹姫が腰を支えてくれると、その手を握った。
「うち……怖いわ。あんたら島の人ら、みんな顔見知りで家族同然かもしれんけど、うちらは四月に越してきたばっかりなんよ」
「そうでしたね。いささか大袈裟すぎて私も驚いていますから」
小舟が桟橋に着くと、島の自治会長以下、役員たちとお昼に高校で出会った自民党議員もいて、他にも県会議員や六角市の市会議員たちがいて、みな自民党だった。鮎美の両親もいて、二人は鮎美と同じく困惑した顔をしている。
「母さん……父さん……」
「アユちゃん、おめでとう」
「おめでとう、鮎美」
「うん……おおきに…」
親子は困惑したまま言葉を交わし、すぐに初老の自治会長と中年の自民党議員が鮎美に握手を求めてくる。
「おめでとう、芹沢さん」
「ど、どうも…」
「自民党は芹沢さんを全面的にバックアップしていきますよ」
「そ…そんな……決まった風に言われても…」
鮎美が引くと、少女相手に強引だったことに気づいた議員はわきまえて抑制してくる。
「そうですね、つい急ぎすぎた。ゆっくり考えてください」
「ワシらの島は、ずっと自民党さんを応援しておるから、それを忘れんように」
自治会長は少しも抑制せずに鮎美へ言い放ってくる。鮎美は思春期後半らしく反発を覚えたけれど、島民全体の期待が圧力になって襲ってくるので口を開くことができなかった。このまま宴会になると誘われて、また困惑していると鷹姫が助けてくれる。
「急な話で、まだ芹沢は混乱しています。そも18歳では被選挙権はあっても20歳まで飲酒はできません。何より心を落ち着ける時間を与えてやっていただけませんか。急いては事をし損じるといいましょう」
鷹姫の口上で大人たちは引いてくれた。それでも、このまま鮎美の家に帰ると、押しかけられそうで二人で鷹姫の家へ避難した。鷹姫の家は島内に大小二つある山の小さい方の中ほどにあり、自宅と剣道道場が一体化した造りになっている。いつもなら誰彼と無く稽古している大人や子供がいるはずなのに、今夜は港に集まっていたからか、誰もいない。おかげで静かになった。
「ハァ……まるで、お祭り騒ぎやん…」
「まつりごととは、よく言ったものですね」
「は?」
「政治の政は、まつりごとと読むでしょう」
「あ~、そういえば、そうやね」
鮎美は道場の端に座った。鷹姫は竹刀を持つと素振りを始めたので鮎美が言う。
「こんなときでも稽古すんのかい」
「日課ですから」
「鬼ヶ島とは、よく言うたもんやね」
「鬼々島です」
「鬼ばっかりと書いてオキシマか、ホンマにみんな剣道の鬼やもんな。こんなところで育ったヤツに、そら勝てんわ」
漁業で生計を立てていても、もともとは武士だったらしい祖先をもつ島民は、みな武術に熱心で鷹姫の家は道場になっている。いつもより時刻が遅いからか、それとも他の道場生がいないからか、鷹姫は制服のまま竹刀を振るっているので、動く度にスカートの裾が舞っている。ぼんやりと、それを見ていた鮎美を鷹姫が誘う。
「あなたも、いっしょにやりませんか?」
「……うちは……やめとく……もう剣道は、やめたんや…」
「そうですか。いつでも気が変わったら参加なさい」
「素っ気ないくせに、その方面だけは押しが強いなぁ……」
座っていた鮎美は膝を抱いて丸くなった。
「うちは、これから、どうなるんやろ……辞退なんてできんよね……」
「本気で辞退したいのであれば、そうなさい。たしか、進学も辞退理由に入っていたでしょう」
「よお知ってるね」
「あなたを待っている間に一通り復習しましたから」
「さすが……。けど、辞退なんかしたら、島のみんなに、めちゃ怒られそうや」
「残念には思っても、それほど怒りはしないでしょう。まだ18歳なのです、重責に耐えられそうになく辞退するというのであれば、途中で投げ出すより、よほど良いですから」
「うちが辞退すると、どうなるん?」
「また、この選挙区内の有権者の中から無作為に選出されます。さすがに確率的に再び島民が当たることはないでしょうから、そのあたりは大人たちは残念に思うでしょうが……一人の参議院議員が出ることで、それほど島に影響があるものなのでしょうか……」
「大有りだよ」
不意に道場の外から若い男性の声がした。二人が見ると、青年が立っていた。さきほど港にいたような気もするけれど、明らかに島民ではないと鷹姫が判断して睨む。
「何者ですか?」
「はじめまして。ボクは雄琴直樹、聴いたことないかい?」
「「……………」」
鮎美も鷹姫も、どこかで聴いたことがあるような気がしたけれど、すぐに出てこない。そんな二人の様子に直樹は微笑して肩をすくめた。
「そうか……やっぱりクジ引きで選ばれると印象が薄いね。ボクは第一期の参議院議員だよ。芹沢さんと同じ選挙区の」
「うちと同じ……ってことは先代さん?」
「いや、半数改選されるからね。ボクの任期は残り3年だから、君が受任するなら同僚みたいなものになるかな。もしくは先輩か」
「その雄琴が何用ですか?」
まだ鷹姫は睨んでいる。
「もちろん、ご挨拶に来たのさ。当選、おめでとう」
「ど…どうも……。雄琴はん、若う見えるけど、いくつなん?」
「忌憚ない質問だね。27歳だよ」
「ってことは当選したときは24歳なんや?」
「そうだね。あのときの最年少は21歳で、ボクは二番目の若さだった」
「今回って、うちが最年少?」
「そうなるだろうね。というか、18歳が下限だから」
「………ちなみに最高齢は?」
「たしか97歳で受任したお爺さんがいたね。ただ、2年で亡くなられて、今は補欠選挙で埋められてるはずだよ」
「18歳に当てるのも無茶やけど97歳も無茶やで確実に寿命が縮まったんちゃう?」
「どうだろうね。本人は張り切っていたけれど、身体がついてこなかったのは確かだろう」
「女性の議員さんって、どんくらいいはるの?」
「ほぼ半数。無作為だからね。そうなるさ」
「半数か……」
「もともと、この制度の狙いは性別の不均衡や年齢の偏りを無くし、広く国民から選出することだからね。あの2000年にあった加藤の改革からスタートして2004年に制度準備が具体化し、2007年末に旧来の参議院議員は、すべて衆議院議員へ編入されて議員総数が大幅に増えたことで、選挙区割りを見なおしできて、一票の格差は島根県と東京都でも1.25倍まで押さえられた」
「「………」」
二人とも現代社会で習ったことを思い出した。
「そして、第二期にして、とうとう制度上の最年少18歳、女子高生の参議院議員が誕生するかもしれない、ってわけだよ」
「………で、それを言いに、来てくれはったわけなん?」
「そうだよ」
「それだけなん?」
「いや、君だってボクに色々訊きたいことがあるだろうし、そしてボクは自民党所属を選んでる。そういうことさ」
「また勧誘か……」
「この島は、すごいね。民主党や共産党の議員を上陸させなかった。なんというか……治外法権というか……現代において、こんな場所があるんだって気分だよ」
「うちらの島の悪口、ここにいる間に言うのはやめた方がええよ」
「一応、ボクとしては誉めたのかもしれないよ。自分たちに都合のいい事態だったから。けど、他党の議員や秘書たちは憤慨しているだろうね」
「………まあ、ええわ。先輩に訊きたいことがあるんは確かやし」
そう言った鮎美は色々と質問して考える材料をもらった。