「女子高生総理・芹沢鮎美の苦悩」   作:高尾のり子

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1月6日 音羽

 

 

 翌1月6日の木曜日、昨日に引き続き議員会館で研修があり、それを受けて昼休みを迎えると鮎美は自分の放った言葉が燎原の火のように拡がっていることを肌で感じていた。食堂で木村が月見ソバを食べながら言ってくる。

「みなさんで芹沢先生のおしゃった懲罰動議の件、懇親会のあとも話していたのですが、賛同する方が多いようですよ」

「そ…そうなんですか……うちは、つい勢いで……」

 鮎美はカツ丼を食べながら関西との味付けの違いに軽い違和感を持ちつつ、翔子の方を見る。翔子は離れたところに一人で座って一番安価なかけうどんを食べていた。誰も奢らなかったようで民主党議員もそばにいない。

「勢いで言ったことが、ここまで拡がると芹沢先生も困惑するでしょうね。まあ、夜になれば参議院の先輩方をふくめて全体での懇親会がありますから、そこで落ち着くでしょう。懲罰での除名など、過去にも、ほとんど無かったことですから」

「そ、そうですよね」

 午後からの研修も終わると、鮎美は議員会館にある剣道場へ行ってみた。

「さっそく、やってるんや」

 鷹姫がTシャツとジャージ姿で竹刀を振っている。

「きっと次から防具も持ち込むつもりやな……竹刀は借りたんか…」

 鮎美は一礼して道場に入ると、鷹姫へ声をかける。

「うちは懇親会に行くし、そのまま稽古していぃ。静江はんと牧田はんも今日はオフにしたし。あの二人は喜んで遊びにいったのに、あんたは偉いなぁ」

「お供します」

「ええよ、昨日と同じホテルやし」

「すぐに着替えて参りますから」

「ほな、懇親会は7時からやし、ゆっくりでええよ」

 そう言いながら女子更衣室へ入っていく鷹姫のあとに続いて入ると、他には誰もおらず二人きりだった。女性議員や女性関係者で剣道場を利用している者は少ないとみえ、あまり使われている気配もない。鷹姫が下着姿になっている。

「……あんまり汗はかいてないね」

 期待したような匂いがしなくて残念だった。

「匂いますか? ホテルへ行くのにシャワーを浴びた方が…」

「真冬やし、やめとき、風邪ひいたら困るやん」

「はい」

 鷹姫が制服を着ていく。着終わった鷹姫の胸にブルーリボンがあるのに気づいた。議院記章の上に着けている。

「鷹姫も、それ着けたんや?」

「はい、お昼休みに畑母神先生から、いただきました」

「あの先生も地道やな……」

 静かな二人きりの更衣室に長くいると余計な欲望に支配されそうなので廊下に出た。見知った女性の参議院議員たちが懇親会の服装について、総理大臣の臨席もあるので昨夜よりもフォーマルなドレスの方がよいのではないかと話し合っているけれど、どちらにしても制服で参加するつもりの鮎美たちは素通りして議員宿舎に行く。宿舎の廊下で翔子とすれ違った。

「………」

「覚えてなさい。今に後悔させてあげるから。泣いて謝っても許さない」

 すれ違いざまに忌々しく言われた。鷹姫が怪訝な顔で問うてくる。

「今のは何者ですか?」

「うちが仲良くすべきやった無所属の人なんやけどなぁ。まあ、ちょっと…」

 鮎美が自分の部屋に入ってから翔子との間にあったことを説明すると鷹姫は断言する。

「そのような輩は即刻、除名すべきです!」

「あんたなら、そう言うかな、とも思ったよ」

 鮎美は机の上にある朝槍から渡された各女性団体からの資料を読む。一番上には静江がまとめてくれた団体の主旨を書いたメモがあり、団体の性質と主張が400字程度でまとめられているのでありがたい。次々とある陳情のすべてに目を通すことなど、もう不可能なので、要点だけを覚えておくことにする。

「もう時間やね。行こか」

「はい」

 ホテルへ移動し、化粧くらいはしてくるべきだったかと少し後悔した。女性議員たちは華やかなロングドレスなどに着替えていて、男性議員も一部は燕尾服を着ている。昨日は金髪だったチャラそうな男性議員まで黒髪に染め直して、真新しいスーツを着ている。

「昨日と違って、総理大臣も来るからフォーマルなんや……ま、ええか、制服やし」

 それでも新年祝賀の儀よりは格式もさがるし、そこへも制服で行った鮎美は女子トイレに入って鷹姫に髪をといてもらっただけで、よしとする。隣の洗面台に翔子が来たのが鏡に映ってわかる。翔子も研修時と同じ服装で着古したパンツスーツのままだった。鮎美と同じで、せめて髪くらいは、と髪型を整えに来たようだった。

「………」

「「………」」

 どちらも無言のまま、鮎美と鷹姫は女子トイレを出た。

「ほな、終わるのは9時やし。これで何か食べておき」

「いえ、自分で…」

「ええから。ホテルで食べると割高やん。その分よ」

 鮎美は三千円を強引に鷹姫に渡すため、制服の内ポケットへ紙幣を挿入しつつ、鷹姫の胸の感触も手の甲で味わう。

「外のお店を探しますから」

「女の子一人で夜の東京をうろついたら、あかんよ。危険がいっぱいや」

 と言いつつ、手を返して掌で鷹姫の乳房に触れる。

「私なら平気ですから」

「たしかに、あんたなら5、6人の男にからまれても平気やろな。けど、考えてみ、からまれて撃退したとして、運悪く盗撮されたら、芹沢議員の秘書、路上で乱闘とか週刊紙に書かれるかもしれんのよ。おとなしくホテルのレストランで食べておき。東京やし、足りんかな。いっそ、コース料理でも頼み」

 たっぷり胸を揉んだので、さらに一万円をポケットに入れ込んだ。名残惜しく鷹姫の胸と別れて、パーティー会場に入る。

「……見事に年齢層が無作為やな……」

 昨日も感じたけれど、今夜は参議院203人の全員がそろっているので見物だった。鮎美が見回していると、近くにいた自民党の三十代の男性議員が声をかけてくる。

「芹沢先生、どうかした?」

「あ、松尾先生、いえ、ちょっと、普段の自民党のパーティーなんかと違って年齢層が見事にバラバラやな、って」

「たしかにね。男女比も101人と102人で女性が1名多い。十代と九十代は一人ずつしかいないけれど、二十代は34人、三十代は29人、四十代は35人、五十代は32人、六十代が36人で、七十代になると24人、八十代では11人だからね。公平なクジ引きらしい結果だ」

「よう覚えてはりますね。九十代は男性でしたよね。けど、少し偏りがないですか。とくに三十代が少ない」

「偶然もあるだろうけど、三十代は男性が11人で女性が18人と男女比も偏っている」

「男が少ないんや……なんで、やろ?」

「三十代は働き盛りだからね。人によっては660万以上の収入のある仕事をしていたり、たとえ少し下回る所得だったとしても6年後にはクビになるかもしれない、12年後には引退させられる仕事をするには、不安のある年齢だからさ。辞退したんだろうね。かくいうボクも辞退を視野に入れたけれど、遠い親戚に自民党議員がいてね、とにかく頑張ってくれ全面的に支援するから、と言われて会社を辞めたよ。逆に女性は専業主婦だったりすれば、いいチャンスだし、そうでなくても女性の平均賃金は低く非正規雇用が多い。…と、失礼、女性に言うことではなかった」

「いえ、統計上の事実ですし。逆に八十代は男が7人、女が4人でしたよね」

「君も記憶してるじゃないか」

「特徴的でしたから」

「まあ、高齢層になると女性の辞退が多かったんだろうな。男性でも高齢を理由に辞退した人はいるし。けど、七十代では男13人、女11人だから、あまり差はない」

「男女の平均寿命の差を考えると、けっこう差があるんちゃいます?」

「ああ、たしかに。母数は女性の方が多いはずだからね」

 そう言っている松尾の視線が、ほぼ無意識に鮎美の脚へ流れていく。多くの女性が腕や肩を露出したロングドレスを着ているのに対して、鮎美は冬制服なので脚だけを露出している分、男の目には新鮮に映るようだった。鮎美は視線を感じたけれど、しつこい視線ではないので男の生理現象だと思い、気にしない。そして鮎美自身も、ついつい女性たちの露出された胸元や腋へ視線を送ってしまう。

「……」

 あの人、可愛いな、たしか共産党やんな、あとで声かけてみよ、二十代は合計34人で男女とも17人なんよなぁ、と鮎美は鐘留の可愛らしさと似たところのある若い女性議員を見ている。音羽響香(おとわきょうか)という20代前半の女性で埼玉県選出だった。ライトグリーンのロングドレスを着ていて、ほっそりとした華奢な肩は陽湖とも似ている女らしい魅力があって抱きしめたくなる。音羽が鮎美の視線に気づいて、こちらを見てきた。お互い、挨拶しようと近づきかけたとき、定刻となり司会者が開会を告げ、鳩山総理が挨拶を始めたので、みなが傾聴する。

「…皆様の顔ぶれを拝見させていただいておりますと、実に年齢も性別もさまざまで、まさしく新しい政治の始まりを実感するわけであります。…」

 鳩山総理も同じことを感じているようで挨拶の中にも含まれていたけれど、野次を飛ばす者がいた。

「贈与税は払たかっ?! ちゃんと納めろやぁ!」

 関西弁だった。見ると、大阪出身の五十代の男性議員が野次っている。

「……」

 さすが大阪のおっちゃん、総理にも容赦なしやな、うちも何か言うた方がええやろか、自民党として、けど、この場で野次は無いかな、どっちがええのかな、と鮎美は大阪の血を騒がせながら木村の顔を見た。木村が黙って首を横に振ったので自重することにする。鳩山総理は野次に対して、目を閉じて少し頭を下げ、また挨拶を続ける。挨拶が終わると、九十代の男性議員と鮎美が壇上に呼ばれた。壇上には大きな酒樽が置いてあるので、何をすべきか、すぐにわかる。新年会で何度もやった樽割りを今回も最年少を理由に当てられているようで、最年長の村井という男性議員と並んで木槌をそれぞれに持った。鳩山総理と参議院議長の竹村も木槌を持って並ぶ。

「……」

 このお爺さん、意外としっかりしてはるなぁ、元潜水艦の艦長さんらしいけど九十代ってことは1945年には三十代かぁ、バリバリの時期に大戦やったんや、無所属やけど自民党寄りらしいいんよな、頑張って任期満了まで長生きしてな、と鮎美は祈りつつ、木槌をかけ声とともに振り下ろした。

 パキャ!

 酒樽の上板が割られ、アルコールの香りが拡がる。そして性別と年齢のために鮎美と、さきほどの音羽が柄杓で日本酒をくみあげ、酒枡やグラスに注いでいく。全員に飲み物が行き渡る頃に木村がウーロン茶をもってきてくれた。

「ご苦労様。どうぞ」

「おおきに」

 竹村が乾杯の音頭を取る。

「では、皆様のご活躍と平成23年の幸多きを願って! 乾杯!」

「「「「「乾杯!」」」」」

 飲食と歓談が始まり、鮎美は音羽と話してみたかったけれど、彼女も若さゆえに人気があり、常に誰かと話していたし、鮎美にも次から次へと声をかけてくる人がいるのでチャンスがない。別の気になる存在だった翔子は15分ほどカレーピラフを食べていたかと思うと、もう帰ってしまったようで姿が見えない。

「……」

 もう帰らはったんや、しゃーないかな、みんな酔ってきて、嵐川はんの悪口、そこそこ大きい声で言うてはるし、どうなるかな、あんまり大事にならんとええけど、と鮎美が懸念していると、直樹が声をかけてきた。

「やぁ」

「あんたか」

「また君を抱きしめたいね。今度も誘いにのって入党してくれないかな。いつでも…グフッ?!」

 直樹はボディブローをくらって蹲った。それでも笑顔で立ち上がる。

「あ、あいかわらず元気そうだね。あんなことがあったのに」

「週刊紙の件では、新年早々ご迷惑をおかけしました」

 セクハラまがいの発言の後に暴行にしか見えない鮎美のパンチがあったけれど、普通に二人が話しているので周囲にいた議員たちは驚いたものの、どういう仲なのか少しはわかってくる。週刊紙に載せられた二人の会話に周囲も興味をもっているものの、鮎美と直樹の間に男女という雰囲気は無く、せいぜい気の強い後輩女子と自分が誘った部活なのに、よその部活へ移ってしまい、また勧誘している男子といった感じで、政治の世界というよりは学校生活のレベルで話しているような仲に見えた。

「民主党では、コウモリ言われてるらしいやん」

「コウモリをバカにしちゃいけない。飛行機だって有視界飛行より夜間飛行の方が、はるかに難しいからね」

「ものは言い様やな」

「ボクについては、ありがちなことさ。むしろ、君の方は話題が尽きないね、次から次へと、昨日もまた、やらかしたらしいじゃないか。まだ議員の中だけでの話で報道は嗅ぎつけていないけど、嵐川先生と、やり合ったって?」

「まあ、ちょっと」

「君のちょっとは全国ニュースになるから怖い怖い」

「あんたも酔ってるなぁ…」

 鮎美はアルコールを口にしないので、だんだんと他の議員が酔ってきたのが敏感にわかる。直樹も少し頬が赤い。女性はメイクしているのでわかりにくいけれど、男性は顔色でも言動でもわかりやすい。とくに鮎美の脚を見る視線がシラフのときより粘り着くし、それは直樹も例外でなかったりする。何より議員として公の場では自制しているはずの発言も軽くなりがちで、クジ引きで選ばれた議員だけでなく、衆議院議員の一部でさえ軽くなり、市議や県議レベルだと平気で女性差別や朝鮮人などへの差別を口にしたりする。一度も酔ったことがない鮎美にはアルコールが危険な薬品にさえ思えた。

「お話中に失礼します」

 二人に声をかけてきたのは鳩山総理だった。そばに警護のSPもいる。

「これから、よろしくお願いしますね。芹沢先生」

「はい、こちらこそ、宜しくお願いします。うちは自民党ですけど、鳩山総理の最小不幸社会という考え方、好きです」

「それは、それは、ありがとう。雄琴先生も頑張ってください。期待してますよ」

 二人と握手を交わした鳩山総理は別の議員へも声をかけていく。わずか120分という懇親会の時間のうち、歓談にあてられる時間は80分程度で、その間に200人を超える参加者と交流するのは大変そうだった。直樹がビールを少し口にしてから言う。

「君は恐れ知らずだねぇ。とっさに総理と話したのに平然と返していた。うまいものだ」

「そう言われると、総理大臣やったのに緊張する間も無かったさかい……ま、何でも慣れるもんやね。あ、竹村先生」

「新年あけまして、おめでとう」

 次に議長の竹村も回ってきたので握手を交わすけれど、やはり長く話す時間は無かった。そして副議長の女性議員とも握手した。鮎美は副議長よりも、その女性議員についていた女性SPに興味をもち、話しかける。

「こんにちは。うちは芹沢鮎美といいます。お名前は?」

「……。そういったことは答えられません」

 女性SPは事務的に返してきた。握手を求める鮎美の手にも触れない。

「すごい強そうですね。柔道か何か?」

 透き通るような白い肌をしている美人なのに、耳が潰れていて餃子か焼売のようになっている。それが柔道やレスリングを極めた人間の特徴であることは武道経験のある鮎美の知るところだったし、背も高く肩幅も広くてウエストは締まっているのに黒いスーツの変なところが膨らんでいるので、そこに拳銃を持っているのだと推測できるし、拳銃も一般の警察官がもっているものより大きそうで、スーツのボタンは留めていないので、いつでも拳銃を抜ける。お尻も女性らしい丸みに加えて発達した大臀筋の厚みを感じさせ、鷹姫そっくりのお尻をしている。鮎美は自分より強そうな女性を見ると、抱きしめてほしいという衝動を覚えていた。逆に自分より華奢な女性を見ると、抱きしめたくなる。鮎美が一歩近づくと、女性SPは鋭い声で言ってきた。

「勤務中ですから話しかけないでください」

 そう言う女性SPは顔を鮎美に向けていても、この場にいる誰が襲ってきても副議長を守れるように周囲への警戒を怠っていない。その凛とした気配に鮎美は、ますます惹かれたけれど、さすがに自重する。

「ごめんなさい。お仕事、頑張ってください」

「………」

 女性SPは何も言わず、副議長と行ってしまった。直樹がクスクスと笑っている。

「クク、君があんな可愛らしい声と喋り方をするとは思わなかったよ。クク」

「っ…」

「まるで憧れの先輩に出会った女子みたいだった。クク」

「……か…かっこいい職業やなって! そう思っただけやもん!」

「なるほど。たしかに。けど、普通は男の子が憧れるような職業だろう。彼らは警察官の中でも選りすぐりのエリート、とくに要人警護だから体力面はピカイチだろうね」

「お話中に、ごめんなさい。私とも話してくれませんか?」

 音羽が声をかけてくれたので鮎美は頷く。

「ええよ、うちも音羽さん…先生と話したかったんよ」

「クスクス、お互い先生って柄でもないし歳でもないから、アユちゃんって呼んでいい?」

「ほな、キョウちゃんって呼んでええ?」

「いいよ、アユちゃん」

 音羽が握手を求めてきたので手を握り合ったし、さらに抱きついてきたので抱き返した。

「……」

 この人ビアンかな、違うか、ただのスキンシップやね、と鮎美は抱き合いながら思った。音羽は肩や背中を丸出しにしたロングドレスを着ているので抱いていると、その感触が心地いい。

「……」

 同性愛者は3%程度いるから200人無作為に選ばれた議員がいたら6人いる計算や、けど実は潜水艦乗りやった九十代のお爺ちゃんがゲイやったって可能性もあるもんなぁ、と鮎美は議員の中に同類がいる可能性も考えつつ、音羽を抱き続ける。いつまでも鮎美が離さないで抱いているので、かなり長い抱擁になってから音羽が離れる。また直樹がクスクスと笑った。

「熱い抱擁だね。また週刊紙に載るよ。自民と共産だから話題性たっぷりだ」

「アユちゃんはさ、どうして自民なんかに入っちゃったの?」

「え…」

 自民なんか……なんか、って、その言い方はないやろ……酔ってるな、この子、と鮎美は音羽を見て気づいた。メイクしているので顔色は変わっていないけれど、首が赤い。耳も赤い。かなり酔っている様子だった。

「あんな金権政党にアユちゃんが入るなんて信じられないよ」

「ははは…」

「ね、共産党に入らない? みんな優しいし、いい人ばっかりだよ」

「共産党かぁ……西沢先生には誘われたけどなぁ…」

「光一くん? 光一くんの地区なんだ。彼ステキだよね、結婚しちゃったけど。せっかく光一くんが誘ってくれたのに、どうして入らなかったの?」

「…え~っと…」

「ボクが自民に誘ったんだよ」

「ふーん……えっと、雄ご……週刊紙に出てた…」

「雄琴だよ」

「そうそう、雄琴くん。あ、先生の方がいいかな?」

「どっちでも」

「じゃあ、雄琴くん、君って民主に行かなかった?」

「行ったよ」

「誘った人が移動しちゃうなんてね」

「ねッ!」

 鮎美が強調して言うと、直樹は両手をあげた。

「そろそろ退散するよ。女の子同士、仲良くやってくれ」

 直樹が片手を振って離れていった。

「キョウちゃん、だいぶ酔ってるやろ」

「うん、ごめん。お水もらってくる。あとで役目あるのに、緊張して酔いすぎたかも」

「いっしょに、もらいに行こ。一回離れると、また別の人と話すことになるさかい」

 党が違う同世代の人間と話してみたいのは、お互い同じなので二人でソフトドリンクをもらいに行ってから話す。

「アユちゃん、まじめな話、自民党なんて、もう古いし悪いことばっかりしてたのに、どうして?」

「あ~……う~ん……まあ、古さでいうと、1922年に生まれた日本共産党の方が、1955年に誕生した自由民主党より古いんよ。ほら、あそこにいはる鳩山総理のお爺さんと吉田茂がつくったんやけど、知ってた?」

「知らない。そういうこと言ってるんじゃなくてさ。自民党って、すぐ悪いことするよね? お金に汚いし。アユちゃんもワイロとか欲しいの?」

「いらんよ。歳費はもらうけど」

「うん、660万円で十分だよね。だからさ、共産党においでよ」

「う~ん……たしかに自民党は金権政治で戦後の日本をつくってきたかもしれんけど、逆に1955年の時点で共産党が与党やったら、どうなってたと思う?」

「すごくいい国になってたよ、きっと」

「………。今の中国とロシアを、どんな国やと思う? あそこに今、住みたい?」

「住みたくない。でもさ、中国の共産党と日本の共産党は別物だって、党のみんな言ってるよ」

「最近は日本共産党も軟化してきたけど、昔はバリバリやってんよ」

「あ~……アユちゃんは自民党にいて、いろいろ吹き込まれてるね。そういうの全部嘘だよ。一種の洗脳」

「………。ほな、現状の問題への態度で考えてみよ。とくに憲法9条、共産党さんは改憲反対やん?」

「うん、反対。9条は日本の宝!」

「軍隊が無いのは、街に警察がおらんのと、いっしょよ?」

「軍隊があるから戦争するんだよ」

「………もし、軍隊が無い国に、別の軍隊がある国が攻め込んだら?」

「そうならないよう話し合うべき!」

「………。話し合っても解決できんときは?」

「解決できるまで話し合う!」

「…………9条は日本の宝っていうけど、そんな、ええもんやったら、もっと世界中に拡がると思わん? どこもかしも、この条文さえ憲法にあったら、平和になれる、そんな素敵な条文なら、いろんな国が採用すると思わん?」

「そうなるように、いっしょに頑張ろうよ」

「…………」

 どないしよ、時間の無駄や、西沢先生はそれなりに立派な人やったけど、この子は、いい子やけど、それだけや、お花畑で夢見てはる、お花畑かて根本では昆虫とか微生物が弱肉強食やってんのに、花しか見てない、花か……花って植物にとっては生殖器なんよな……それを丸出しにしてるわけで羞恥心ゼロやな……まあ、それ以前に心も意識もゼロっぽい生き物やけど……動物でも、犬も猿も裸やもんな……羞恥心、人間だけや……知恵の実を食べた結果とか、陽湖ちゃんは言うけど……アフリカとか、アマゾンに行ったら裸に近い部族もいるし……単に生活環境の気温の問題ちゃうか……でも、ああいう部族にも同性愛者いるんかな……いるんやろな……殺されるのかな……話し合いで解決できんのかな……、と鮎美は対話に徒労感を覚えて別のことを考えていく。音羽が鮎美の肩を揺すった。

「ね、聴いてる?」

「あ、ごめん、ごめん、ちょっと疲れてて」

「うん、疲れるよね。クジ引きで、こんな急に議員にされて。はぁぁ…」

 音羽がタメ息をついたとき、司会者がマイクで告げる。

「それでは、ここで音羽響香先生より、新たな参議院議員としての決意表明をお願いします」

「は、はい!」

 音羽が壇上へ向かい、原稿を読み上げる。

「私、音羽響香は国民の代表として…」

「………」

 可愛くて素直そうな子やな、うちが担当で共産党が手をつける前やったら、どうとでも勧誘できたかも、と鮎美は緊張して額に汗を浮かべながら決意表明している音羽を見守った。終わると盛大な拍手を送る。音羽が戻ってきた。

「はぁぁ……終わった。今日のお役目、終了♪」

 音羽からアルコールと汗の混じった香りがする。

「キョウちゃんって響く香りと書くんやね。ええ名前やね」

「そうかな……子供の頃はキョウカだから強化人間とか言われてイヤだったよ」

 音羽が額の汗を手の甲で押さえると、汗に濡れた腋が見えて、鮎美は舐めたい衝動にかられた。

「……」

「何見てるの?」

「あ、ごめん。可愛いドレスやと思って」

「今さら? けど、今さらだけど、アユちゃんの制服も可愛いよ。あ、鮎美って、どういう意味の名前なの?」

「父さんが釣りが好きでな。縁起のええ魚やし、うちが今住んでる琵琶湖の名産やし、あとは母さんが美恋って名前で、その一字をもらったんよ」

「美恋ってステキな名前」

「そやね。名前の通り、素直な人やわ。キョウちゃんみたいに。うちの性格は父さんに似たかな」

 決意表明が終わったので、もう懇親会も終了となる。政治的方向性は別々になってしまったけれど、とりあえず音羽とは連絡先を交換してから会場を出た。出たところで鷹姫が待っていて、何か言いたそうな顔をしている。それは深刻ではなかったけれど、何かある顔だったので問う。

「鷹姫、どうかしたん?」

「さきほど嵐川先生より連絡があり、懇親会が終わったら、話があるので芹沢先生の宿舎の部屋を訪ねるとのことです。予定は空いておりましたが、未定であると伝えました。お会いになりますか?」

「うん……会うわ」

「では、そのように伝えます」

 鷹姫が電話をかけているのを見守っていると、直樹が声をかけてきた。

「ちょっと用件があるから、あとで部屋に行ってもいいかい?」

「あ~……嵐川先生からもアポがあって。あんたは、どうせ民主党への勧誘やろ。蹴り出すで」

「そうか、彼女から……むしろ、ちょうどいい。ボクも彼女の件で行くから。入れてくれ。一時間後に行く」

「……そういうことなら……。今夜も、すぐに寝られそうにないね……」

 鮎美は会場に戻ると、まだサービスしてくれているドリンクコーナーでアイスコーヒーをもらった。

「芹沢先生、まだ、お仕事ですか?」

 そう問う木村も酔い醒ましにコーヒーを飲んでいる。よく見れば15人くらいの議員が同じく酔いを醒まそうとしているので、まだ人と会ったり、仕事をしたりするのだと、わかった。

「はい、まあ。今夜こそ、ゆっくり寝られる思たんですけど、急にアポが入って」

「体調には気をつけてください」

「おおきに。木村先生もご自愛ください」

 握手を交わして、お互いを労った。

 

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