「女子高生総理・芹沢鮎美の苦悩」   作:高尾のり子

48 / 91
1月27日 取調

 

 

 翌1月27日木曜の午前2時50分、人間の脳がもっとも活動しにくい時間帯に、議員宿舎の鮎美の部屋で、桧田川は自分のスマートフォンにセットしていた目覚ましアラームで起きた。

「ぅ~……腰いた…」

「…っ…っ…」

 桧田川はソファに座ったまま眠っていたので少し腰が痛い。缶酎ハイのせいで軽い頭痛もする。目前には鮎美がいて同じくソファに座り、一睡もしていない顔で震えていた。

「…っ…鷹姫と示談…っ…それから…うちの身体は……もっと、大きな病院で診てもらって……」

 それなりの対策を震えながら考えている。桧田川は二日酔いでの頭痛を消すために、冷蔵庫から水を出して飲み、時計を見た。

「……」

 ちょうど午前3時になり、チャイムが鳴らされた。

「こんな時間に誰かな」

 打ち合わせ通りに介式が来てくれたのだと、わかっているのにトボけながら応対しようとすると、鮎美の方が先にドアを開けた。

「鷹姫…っ…か、…介式はん……」

 ドアの向こうにいたのは期待していた鷹姫ではなくて、介式だった。その顔が険しいので鮎美は本能的に一歩さがった。介式が室内に入ってくる。

「宮本くんから相談を受けた。芹沢議員に訊きたいことがある!」

「っ…な…なんですか?」

「宮本くんに性的なイタズラをしたというのは本当か?」

「っ…………ぃ……ぃえ……い、イタズラ……というようなことは……な…な、ない、ですよ。ない、です」

 鮎美は目を泳がせ、額に汗を浮かべながら、しどろもどろに言った。介式は容疑者を睨む警察官の目で鮎美を見据える。

「宮本くんの話では、いきなりキスをされたと聴いたが?」

「そ……それは……あ、挨拶というか……す、スキンシップで……」

「キスをしたのは事実なのだな?」

「っ……、……じ……事実というか……す……少し、唇がッ……触れたか……触れていないか……そ、そのくらいの……」

 鮎美は額の汗を手で拭いつつ、震える唇で言った。桧田川が白々しく問う。

「介式警部、こんな時間に、どうされたんですか?」

「宮本くんから相談を受け、芹沢議員へ事実確認に来た。場合によっては強制わいせつとして逮捕する用意もある」

「っ…た……逮捕……。……け、けど! 会期中やし! 不逮捕特権があるはず!」

 その程度の反論を鮎美がすることは予想されていたので介式は言い返す。

「性犯罪等で証拠の保全を要し、かつ犯行から12時間以内である場合、現行犯とみなしうるとの判例が出ている」

「っ…、…そ……そんな判例が……」

 刑法と刑事訴訟法は一通り勉強したけれど、細々とした判例までは把握していない鮎美は存在しないデタラメな判例を本職の警察官に言われて背筋が凍った。恐る恐る時計を見ると、まだ12時間は経過していない。こんな時間に押しかけてきた理由は本気で鮎美を逮捕するためなのだと感じて全身に冷や汗が流れた。

「キスをしたのは事実なのだな?」

「………じ……事実か…どうか……その……に……認識の相違が……あ、あるんやないかと…」

「桧田川先生は現場におられましたか?」

「はい、見ていました」

「ひ…桧田川先生…」

 鮎美は額からの汗で濡れた目で露骨な目配せをして、証言しないで欲しいと伝えたけれど、桧田川は無視する。

「たしかに、あれはキスでした」

「っ…。……や……いえ……違う……と……いうか……そ、……そう見えたかもしれんけど……い、……いつも二人の…ぁ、挨拶のようなスキンシップで……ちょ、……ちょっと……いつもより……勢いが…」

「桧田川先生、どのような状況でしたか?」

「宮本さんが事務的な報告をしていたんですけれど、それが終わると芹沢さんが彼女へ、上を向いて目を閉じるよう言われ。それに従ったところを、いきなり」

「いきなり同意無くキスをした?」

「はい、そう見えました」

「た……鷹姫は嫌やとは言わんかったし!」

「宮本さんは嫌そうでしたけれど、困った顔で何も言えない感じでした」

「宮本くんは舌を入れられたと言っているが、そう見えましたか?」

「はい、そう見えました」

「っ…あ……あれは……あれは……別に……な……何でもない……た、たまたま…」

「その後、芹沢議員は宮本くんへ何をしましたか?」

「え~っと……」

 桧田川が記憶を辿る演技をしてから答える。

「好きよ、鷹姫。と言ってました」

「っ…」

 鮎美が顔を伏せた。介式は冷厳に続ける。

「言われた宮本くんは、どうしていましたか?」

「そうですか、と困った顔で受け流している感じでした」

「それで芹沢議員は、次に何を?」

「うちが総理大臣になったら、うちと結婚してよ、というようなことを言い出していました」

「…っ……っ…」

 鮎美は勢いで言ったことを詳細に語られ、伏せた顔をあげられない。自分でも総理大臣などとバカなことを言ったという自覚は強くある。

「宮本くんの返答は?」

「私には許嫁がいますから、と断っていました」

「はっきりと宮本くんは拒否した?」

「はい」

「それで芹沢議員は納得した?」

「いえ、それでも宮本さんに迫って、総理大臣でも、あかんの? などと言ってました」

「言われて宮本くんは?」

「そういう問題ではなく…、と困り切っていました」

「拒否しても引き下がってくれないので困っていた?」

「はい」

「その後は?」

「その後、芹沢さんは私へ部屋を出て行くように言いましたから、後は何があったか見ていません。……あのとき私が、しっかりしていれば……宮本さんは傷つかずに済んだのに……」

 桧田川が顔を伏せ、介式は鮎美を睨んだ。

「その後、宮本くんの背後へ回り、抱きついたそうだな?」

「っ……だ……抱きついた、というか……少し触れたくらいの……」

「宮本くんは、抱きつかれ耳へ口づけされたと言っているが?」

「………じゃ…じゃれ合った……感じで……い、いつも……あることで……」

「さらに首へキスし、髪を撫で、再び口へ舌を入れたそうだが、事実か?」

「っ……そ……そういう……感じの……言い方は……、た……ただ、じゃれ合っていただけです…」

「さらに宮本くんのスカートの中へ手を入れ、みだらに腿を触ったそうだが?」

「………た……たまたま……手が、そのあたりに当たって……」

 鮎美は何度も額の汗を手で拭いているうちに、手がびしょ濡れになってきたのでハンカチを使うことを、やっと思い出した。せわしない動作で額や首筋の汗をハンカチで拭いている。

「宮本くんは、やめてください、と言ったそうだが、芹沢議員はソファからベッドへ行くよう指示し、嫌がる宮本くんへ何度もキスし、無理矢理に押し倒した」

「む…無理矢理ちゃいますよ! だ、だいたい、うちと鷹姫やったら、腕力は鷹姫が強いし! うちが無理矢理に押さえつけるなんてこと無いですわ!」

 やっと反論できそうなことを見つけて鮎美は叫んだけれど、介式は冷たい声で続ける。

「芹沢議員は宮本くんの衣服を脱がせようとしたが、抵抗されたため、自分の下腹部にある傷跡を見ろと言い、裸になって性器を露出した」

「そ、そういう言い方、やめてくださいよ。ホンマに傷跡を見てもらったんですよ! うちの傷、パンツまで脱がんと見せられへんし! 鷹姫は責任を感じてくれてたから、ちゃんと治ってるとこ! 見せたかっただけです! やましい気持ちはありません!」

「さらに宮本くんへも肩の負傷跡を見せるよう言い、衣服を脱ぐよう指示し、脱いだところへ抱きついて負傷跡へも口づけした。その後、全裸になるよう宮本くんへ求めたが、はっきりと拒絶されている」

「鷹姫が嫌がったから、うちは何もしてません! 怪我が治ったばっかりの、うちが風邪を引くからって鷹姫は、うちを心配してくれたし! うちも鷹姫も、そこで服を着たんです!」

「だが、帰ろうとする宮本くんに対して、居留まるよう指示し、何をしたか説明してもらいたい」

「っ……そ……それは……、あ、あれはですね。ちゃんとした理由のある行為なんですよ」

 鮎美はベッドを振り返って、いまだに放置してあるカテーテルを見た。鷹姫へ使って、そのままになっている。これが大きな証拠になることは法知識が無くてもわかるほどなので、鮎美は捨てておかなかったことを激しく後悔しながら言い募る。

「ぃ、一種の体験学習ですよ! 病気や障碍のある人の気持ちを知ろうという!」

「どのようなことをした?」

「で、ですからね……まあ……なんというか……あれ…ですよ……それ…」

「まず宮本くんにベッドへ横になるよう指示したか?」

「……は……はい、それは……まあ……そう言いましたけど……」

「だが、宮本くんは先刻から続く性的な求めを警戒して渋った。にもかかわらず、芹沢議員は、身体障碍者の気持ちを知るべきだ、お前も体験して気づけ、と強制した」

「きょ…強制ちゃいますよ。……言い方も、そんなキツくないし…」

 言い訳する鮎美へ、桧田川が横から言う。

「よくもそこまで卑劣な理由付けができるものねぇ……しかも、身体障碍者のことを引っ張り出してくるとか、人間として最底ね。もう最低の最低、底なしの卑劣さ」

「なおも宮本くんが渋ると、お前は秘書だ、私の命令に従え、寝ろ、と言ったはずだ」

「そんな言い方してませんよ! た、たしか……、鷹姫も秘書なんやし、これも秘書業務の一環やと思ってやってみて、と言うただけです」

「どっちにしても地位と立場を利用した典型的なパワハラ・アンド・セクハラね」

「よ、横からゴチャゴチャ言わんといてくださいよ! き、記憶が曖昧になりますやん!」

「芹沢議員に命じられ、宮本くんは選択の余地なく、ベッドに寝た。そこへ、パンツを脱げ、と命じた」

「そ、そんな言い方やないですよ。パンツ脱いでよ、と優しく言うただけです」

 介式は鷹姫から聴いた関西弁混じりの報告を意訳して記憶していたし、鮎美は脳内で記憶の改変を始めていた。

「不安を感じた宮本くんが下着を脱がずにいると二度目は、早くパンツを脱げ! と怒鳴ったはずだ」

「怒鳴ってませんよ。恥ずかしがらんと早く脱いで、と穏やかに言うただけです。そしたら、鷹姫も理解してくれて、はい、って返事してくれたんです」

「下着を脱がせた宮本くんへ、膝を立て両脚を開いて、性器を露出するよう命じた」

「変な言い方せんといてください。必要性があってのことです。カテーテルっていうてね、それでオシッコを採るんですよ。身体の不自由な人のために」

「桧田川先生、新しいカテーテルを一つ拝借できますか? 容疑者に実演させます」

「はーい」

「っ、誰が容疑者なんよ?! し、失礼にも、ほどがあるわ! ぅ、うちはな! うちは自民党の参議院議員! 芹沢鮎美なんよ! た、たかが警部の分際で! あんたなんか谷柿総裁に頼んで飛ばしてもらうしな!!」

「うわぁぁ……ここまで増長してんだ。人間の醜さって、横で見てるとイヤになるよ。まあ、医師会の中にも似たような人いるけど、18歳で、ここまで……」

 げんなりとした顔で桧田川は新しいカテーテルを医療バックから出すと介式に渡した。渡された介式は鮎美へ突きつける。

「お前が正当だという行為を再現してみろ」

「……。………覚えていや、ただでは、すまさんで」

 オドオドと彷徨う瞳で介式を睨んで悪態をついた鮎美はカテーテルを受け取ると、パッケージを開封した。

「うちは正しい扱い方で、ゆっくり入れるよ、と鷹姫に言うてから、この先端を入れたんよ」

「宮本くんの、どこへ挿入したのだ?」

「……ぉ…オシッコの穴…。そ、そういう器具なんですわ! これが正しい扱い方!」

「芹沢さん、手を消毒したりゴム手袋を使うとか、してあげた?」

「っ……そ、……それは……」

「汚い手でやったのね。それだけで膀胱炎のリスクがあるのよ? ちょっと私も心配だから、やったように、きちんと再現してみて」

 桧田川は自らベッドに寝ると両脚を開いた。ズボンタイプの白衣を着ているので性器は見えないけれど、状況再現には役立つ。

「はい、どうぞ。どういう風に入れたの?」

「…えっと……こう、この丸い先端を鷹姫に向けて」

「ちゃんとヒダを広げて、尿道を露呈させた?」

「そ…、そのつもりです……さ、最初は、うまく入らんかったから、苦労したけど」

「宮本くんは痛みを覚えたそうだ」

「……それは……鷹姫に謝るし……うちも、一生懸命やったんです」

「痛みと恐怖を覚えた宮本くんは、思わず両手で防御しようとしたが、お前は怒鳴りつけて手足を動かすなと、言った」

「怒鳴ってませんし。今の鷹姫は障碍者なんよ。両手両脚が自由に動かせへんの。何一つできない障碍者さんの気持ちを、いっしょに勉強しよな、と言うたのです。そしたら、鷹姫は、はい、って理解してくれたもん」

「あの子は何にでも、はい、って言うよね。よっぽど嫌なこと以外は」

「「………」」

「で、カテーテルの操作を実演してみてよ。どう突っ込んだの? 私のお腹の上でやってみて」

 桧田川は医療従事者らしくM字開脚していても、着衣のままということもあり何一つ恥じる様子がない。むしろ、鮎美が鷹姫にしたことを本気で心配している。

「えっと……こうして……こう…こんな感じに……ゆっくり突っ込んでいって……うまくいったみたいで抵抗が無くなって、黄色いオシッコが管を流れてきました」

「やっぱりバルーンは膨らませなかったの?」

「……はい…」

「そう。よかった。ちょっと、それ貸して」

 桧田川は寝たままカテーテルを受け取り、操作する。

「ここを強く押すと。ほら、こんな風に先端が膨らむでしょ?」

 桧田川の操作で、細い管の先端が風船のようにピンポン球小に膨張した。

「ホンマや……こんな仕掛けなんや」

「こうして膨らませておくと、脱落しないわけ。けど逆に…」

 桧田川は膨らんだ先端より少し下を指で挟んで見せる。

「尿道括約筋が、この指だとしたら、もしも膨らんだままカテーテルを強引に引っ張り出したら、どうなると思う?」

「………」

「ブチっと括約筋は切れて、二度と元に戻らない。内臓の奥で組織が破壊されると、その破壊は全体に拡がるの。体験どころか、芹沢さんは一生、障碍者の気分で過ごせるよ。まあ、それが本当の意味で、気持ちがわかるってことかもしれないね。お気の毒様」

「…………………」

「医療器具はオモチャじゃないのよ。よくわからずに勝手に使ったこと、一生後悔しなさい」

「…………ほ……ホンマに……治らんのですか? 一生……」

 鮎美が今にも泣きそうな顔で問うと、桧田川はそろそろ許してあげたくなり、介式の顔を見た。

「「……」」

 あまり意思疎通しやすい相手ではないけれど、まったく許す気がないことは伝わってきたので桧田川も説教を続ける。

「治らないから障碍者って言うのよ」

「……ぅ………ぅぅ……」

 鮎美が涙を滲ませて手で拭ったけれど、介式は容赦しない。

「宮本くんは強引に尿を取り出され強く羞恥し、見ないでください、やめて、嫌です、と何度も懇願したのに、お前は続けた」

「………」

「あの子が一番恥ずかしがるところだよね。それ知っててやったでしょ? 変態」

「お前は激しく羞恥する宮本くんを見て、真っ赤に恥ずかしがる鷹姫は可愛い。どんなに止めようとしても勝手に出てくるだろう。気分はどうだ? と言い立てた」

「…………」

「ド変態ね……医療行為でやるのと、イタズラでやるのは、ぜんぜん意味ちがうのに。しかも自分だって初めてされたときは泣いて嫌がったよね? 私に向かって、お願いです、私は処女なの、これ以上は何も挿入しないでください、って」

「………」

「宮本くんが泣き出すと、その涙を舐め、さらに衣服を脱がせて身体を舐め回した。とくに乳房と腋の下を執拗に舐めた。どのような必要性があって行ったのか、説明を求める」

「…………………じゃれ合い……です…」

「さらにカテーテルを挿入したままの股間を舐め、右手を臀部にやると指を肛門に挿入した。どの指を挿入した?」

「………人指し指…です…」

「何センチ挿入した?」

「……お…覚えてません……」

「右手を出せ」

「………」

 鮎美は力なく右手を前に出した。その手首を介式が握り、鮎美の眼前に突きつける。

「人指し指を、どこまで挿入した? 思い出せ!」

「……第二関節くらい…です…」

「第二関節だな」

「あ、私たち関西人と、介式警部たち関東人で第一第二関節の認識が違うかもしれないよ。これ人によってバラバラだけど、正確には一番先が遠位指節間関節、で、先から二番目は近位指節間関節。指先を第一と思う人と、逆に考える人もいるし。指の根元を第一関節と思ってる人がいたり、これを第三関節と思ってる場合もあるけど、中手指節関節なの。言いにくくて噛みそうな名前だから、私たちはDIP、PIP、MPって言うけど。で、どこまで挿入したの? 爪で腸粘膜とか傷つけなかった?」

「……このくらい……まで…です…」

 鮎美は震える左手指先で右手人指し指の中ほどを指した。その左手指先には鷹姫が噛んだ跡がある。くっきりと歯形が残っていて、そこへ三人の視線が集まる。

「お前は宮本くんが悲鳴をあげないように左手を口に押し込んだな?」

「ちゃ……ちゃいます……そんなつもりじゃ……」

「悲鳴対策っていうより、これ前に宮本さんが、お尻に指を入れられるくらいなら舌を噛んで死ぬ、って言ってたから、その対策じゃないの?」

「っ……」

「ひっど! やっぱり覚えてて一番傷つくことやったんだ?」

 桧田川が指摘し、鮎美が否定できずにいると、これまで警察官らしく冷静に追いつめていた介式が激昂した。

「このゲスが!!」

 怒鳴って鮎美を殴ろうとするので、慌てて桧田川が止める。

「やめて! 暴力はダメ! まだ完全に治ってるわけじゃないから、やめて!」

「くっ……こんなゲスに生きている資格はない!!」

「っ…うっ、うちは……た……鷹姫が嫌がったから……そこで……やめた……」

 鮎美が頭を抱えて、そのときのことを思い出す。鷹姫に言われた言葉が蘇った。嫌です嫌です! あなたは私を愛してくれているのではないのですかっ?! これでは、ただ欲望の対象にしているだけです! と、悲痛な叫びが頭に響く。

「………鷹姫……ごめん………ごめん……鷹姫……」

「もう一度、両手を出せ」

「……」

 もう思考力もなく鮎美が言われるまま両手を出すと、介式は手首へ手錠をかけた。

 ガチャっ…ガシャ…

 重くて冷たい金属の音がする。

「ひっ?」

 鮎美が引きつった声を漏らした。

「午前4時19分、芹沢鮎美、逮捕」

「ひっ……ひぃ…」

「逮捕容疑は強制わいせつ及び医師法違反、ならびに窃盗」

 実務的には一度に複数の容疑で逮捕せず拘留期間が終わる頃に、あえて再逮捕して拘留期間を延長するという法テクニックを使うのが常套手段だったけれど、今まで万引き一つしたことのない鮎美は並べられた罪状に震え上がって腰を抜かした。

「ひぃぃ……い…いやよ……ご、ごめんなさい!」

 足に力が入らず、お尻を床につけて蹲りながら謝り始めた。

「うちは…っ…そんなつもりじゃ…っ…ちゃうんです…。…ごめんなさい……ごめんなさい。ううっ…ううっ…ゆ、許してください……ひーぅぅぅ…」

 泣きながら謝っているので、もう桧田川は許してやりたくなった。これだけ灸を据えれば、深く反省しているだろうと考える。

「介式警部、そろそろ…」

「……」

 けれど、介式の顔は険しく一欠片の容赦もない。

「お前には弁護士を呼ぶ権利。ならびに黙秘権がある」

「ううっ…うわあああ! うわあああん!」

 とうとう鮎美が子供のように声をあげて泣き始めた。

「………」

「………」

 まだ許してあげないの、そろそろ可哀想だよ、という桧田川の視線を受けても、介式は手錠のように冷たくて硬い。そこには桧田川との大きな温度差があって、桧田川にとっては医師と患者、そして大きな計画の賛同者という親近感に根ざした叱咤と、介式にとっては可愛い教え子へ性的な暴行を加えた加害少女と警察官という懲罰感情しかない熱量の違いがある。

「ひっ…ひぐっ…ううぐううっ…」

 手錠をされた鮎美は床に蹲って土下座のような姿勢で泣いている。そろそろ警察署へ連行されないのか、という疑問をもってもよさそうなほど放置されているのに、地位も名誉も計画も、そして健康さえ失うと思い込んでいるので、その絶望は深く、もう泣くことしかできなくなっている。そんな鮎美の号泣を20分ほど、介式と桧田川は見下ろしていた。

「介式警部、そろそろ、いいんじゃないかな?」

「………」

 介式は冷たい目で桧田川を見た。その瞳の奥に怒りが燃えている。桧田川は人選をミスったかもしれないと、やや後悔してきた。

「ね? そろそろ」

「桧田川先生、私は宮本くんに連絡を取る。彼女の気持ちを今一度、確かめたい。しばらく、容疑者を見張っていてもらえないか?」

 そう言った介式は鮎美の両手首を前で拘束していた手錠を背後にかけ直し、たとえ暴れても容易に押さえられる状態にしてから、廊下には出ず、室内のトイレに入った。そこで水道を流しっぱなしにしながら、鷹姫へ電話をかける。これで部屋にいる桧田川と鮎美へは会話内容は漏れないはずだった。

「もしもし、私だ」

「芹沢鮎美の秘書、宮本です」

「……。……三人で話した通り、手錠をかけた」

「そうですか……芹沢先生は?」

「……子供のように泣いている。幼稚な声で」

「介式師範に睨まれたら、そうかもしれません。そろそろ許してあげてください」

「…………。…………君は、それでいいのか?」

「はい」

「……いや……だが……」

 介式は納得できず、拳を握って言う。

「現場検証をしたが、思った以上に下劣なことをされている!」

「芹沢先生は私が本気で嫌がったら、やめてくださいました」

「あそこまでされれば十分に逮捕可能だ! 会期中の国会議員を逮捕するのは難しいが、宮本くんさえ告訴してくれれば、必ず罪を償わせてみせる! 医師法違反と窃盗では構成要素が弱い! 議員の逮捕は無理だ! 協力してくれ!」

「……私は告訴しません」

「くっ……仕事か? 秘書の仕事を失うのが心配なのか? それなら、警察学校に入れ。宮本くんなら、どこでも入れる!」

「いえ……そういうことではなく……もともと逮捕は狂言ということで、反省してもらうのが目的のはずです。……介式師範は芹沢先生を逮捕したいのですか?」

「ああ! あのような輩! 野放しにしておけるものか!」

「…………。昨夜は、私も悲しく想いましたが、尊敬できるところも多い人です」

「どこがだ?! 特権意識で腐りきった他の政治家と同じだ!」

「……私は介式師範も尊敬しています。芹沢先生も尊敬しています」

「くっ……そんな悲しい声を出さないでくれ」

「芹沢先生は私を愛していると言ってくれました。それは同性愛者だからかもしれませんが、私も嬉しく想うところもあったのです。けれど、昨夜は急に人が変わったように強引で……私は性欲の対象でしかないのかと感じて悲しくなりました……」

「自分のことしか考えていないのだ! ヤツらは!」

「……それは私たちも同じではありませんか」

「っ……」

「結局、人は自分のことしか考えられません。私も勝手に芹沢先生へ期待して、期待が裏切られたから悲しかった……。芹沢先生は私へ自分の身体を大切にせよ、とおっしゃってくださった。なのに、その芹沢先生が私を性欲の対象に………けれど、嫌がったらやめてくださいました。それで十分です。計画がうまくいきそうな滑り出しで、浮き足だって足元をすくわれるかもしれないという桧田川先生のご指摘は正鵠を射ていると思い、お二人の狂言に賛成しましたが、あまり芹沢先生に負担をかけないでください。まだ、病み上がりなのですから」

「……だが……ああいう輩は、許せば、また繰り返すぞ!」

「抱きつかれたり、キスくらいなら………。ただ、股間……とくに排泄するところへ指を入れたりするのは、二度としてほしくないのです。それだけ、反省していただければ、私は秘書の仕事に精励します。介式師範も夜中に私のために、ありがとうございます。もう、おしまいにしてお休みください」

「………許すのか? 告訴しないのか?」

「許します。告訴しません」

「くっ………わかった。あと少し強く言って、終わりにする」

 介式は電話を終えたけれど、納得できずに黙り込む。

「…………」

 水道の音が響いている。

「…………。性犯罪を二度としないほど、反省させるべきだ……」

 介式は腰に装備しているオートマティック式の拳銃を抜くと、弾倉を取り出し、全弾をポケットへ落とし込むと、銃本体にも装填されていないことを3回確認してから、水道を止め、トイレを出た。まだ鮎美は泣いていて、桧田川は気の毒そうに見ている。

「介式警部、宮本さんは何て?」

「…………。昨夜のようなことをされるのは二度とごめんだ、と」

「っ…鷹姫……、……うちなんか、産まれてきたのが間違いなんや……」

「そうだ! お前は性犯罪者だ!」

「……」

 フラリと鮎美が立ち上がった。後ろ手に手錠をされたまま、ぼんやりと室内を眺める。その瞳の色合いで、桧田川は医師として、介式は警察官として、自殺する気でいることに気づいた。病苦で飛び降り自殺しようとする患者や、裁判の結果を待たずに首を吊る容疑者が、自殺方法を考えている時の目で鮎美は室内に手頃なロープやコードが無いことを見ると、次に窓を見た。ここは高層階で落ちれば、ほぼ確実に死ぬはずだった。

「っ!」

「やめなさい!」

 窓に向かって頭から突進しようとするのを桧田川が駆けつけて止めた。

「離してや! うちなんか死んだ方がええねん!」

「嘘よ! 全部嘘なの! 芹沢さんは下半身麻痺なんかにならないから! ちょっと調子に乗って宮本さんにイタズラしたから怒って嘘をついただけ! カテーテルくらいで下半身麻痺なんてありえないの! 安心しなさい! オシッコ我慢すると痛いのも、すぐ治るから! 括約筋が肉離れになってるようなものなの! 切れてないから!」

「そ、…そうなん?」

「そうよ! だから自殺なんてバカなこと考えるのは、やめなさい! どうせ、こんな分厚いガラスに頭突きしたって、割れっこないけど! 怪我はするから! あと、逮捕も嘘よ! 全部、嘘!」

「……逮捕まで…」

「いや、芹沢鮎美を逮捕しているのは本当だ」

「っ…」

「介式警部! もういい加減にして! 本気で自殺する気だったのよ?!」

「………。桧田川先生、宮本くんが心配だ。見てきてくれないか?」

「そんな露骨な嘘を信じるもんですか! 芹沢さんと二人になったら、どうする気?! 今だって自殺しそうなのに止めようとしないで!」

「先生もおっしゃったように、そのガラスは簡単には割れない。それに、警護中の対象に自殺されれば、私の責任だ」

「治療中の患者に自殺されても私の責任なの!」

「宮本くんが心配なのは本当だ。見てきてほしい。彼女にも自殺などさせたくない」

「っ…鷹姫、そんなに傷ついて…」

「お前は傷つけていないつもりか?」

「っ……」

「頼む。桧田川先生、早く行ってほしい。手錠は外そう。暴力を振るったりもしない」

「………先に手錠を外してあげなさい」

「わかった」

 介式が鮎美の手錠を外した。それで桧田川は部屋を出て鷹姫がいるビジネスホテルへ向かう。二人になると介式は鮎美を睨んで言う。

「お前に生きている価値があると思うか?」

「………」

 答えずにいる鮎美のそばにあるテーブルへ、介式はオートマティック式の拳銃を置いた。

「自分で死ね」

「っ……」

「言っておくが、私は予備の拳銃をもっている。それを私に向ければ、お前を射殺する口実ができる。そして、たとえ私を撃てても、お前には言い訳はない」

「………」

「さあ、死ね。性犯罪者は死刑、お前たちの主張だろう? それとも、やはり二枚舌か?」

「……………」

 鮎美は黙って拳銃を手に取った。ずっしりと重い。

「早く死ね」

「……………」

 鮎美が疲れ切った顔で自分の頭に銃口を向けた。そして、引き金を引く。

 カチッ…

 虚しく金属音がして、弾丸は飛び出してこなかった。

「……ハァ……ハァ…」

 死を覚悟したのに空振りして鮎美が息を乱す。介式は冷静に鮎美へ近づくと、震えている手から拳銃を取り上げた。

「こうしないと弾が発射されない」

 そう言ってスライドさせる。

「これで次は死ねる」

 再び鮎美へ拳銃を手渡した。

「…ハァ……ハァ……」

「死ね」

「………っ……ハァ…」

 もう一度、鮎美は自分の頭へ銃口を向けたけれど、今度は怖くて指が動かない。一度は覚悟した死が、とても怖くなって、死にたくなくて泣けてくる。もう涙が枯れ果てるくらい泣いた後なので、目尻に滲むくらいで流れはしない。手が震えるのと、銃の重さで狙いが定まらない。

「ハァ…ヒィ…ハァ…ヒィ…」

「手伝ってやろう」

 介式は銃を持っている鮎美の手を握ると、その狙いを頭部から腹部へ変える。

「頭では一瞬で死んでしまう。お前の罪を考えれば、苦しんでから死ぬべきだ」

「っ…」

「腹なら、頭や胸より長く苦しむ。さ、引き金を引け。私が支えていてやる。自分で引け」

「ううっ…」

 鮎美が呻いた。腹部は刺されたことがある。その痛みの記憶が蘇ってきた。

「ぃ…いや……あんな痛いのッ……もう嫌ッ…」

「早く引け。苦しんで死ね。お前たちの主張だろう。政治家の皮肉だな。小沢も検察審査会を設置し、そして自分が強制起訴される。お前は性犯罪者を残虐に殺すと主張し、お前が第一号になる。自ら模範を示すとは、立法者の鑑だな」

「ひっ…違っ……あれは被害者が二人以上でッ……強姦だけやなくて殺人が……要件で……直接証拠があって……えん罪の余地が皆無の…」

「理屈はいい。死ね」

「ぅぅ……ぅう…」

 もう死の恐怖より、苦痛への恐怖で鮎美は首を横に振った。

「そうか。無理か。では私が撃ってやろう。すでに十分に、お前の指紋は銃に付着している。私が撃っても、誤魔化しようはある」

 そう言って介式は鮎美の手から銃をもぎ取ると、銃口を鮎美の瞳へ向けた。

「ひっぃぃぃ…」

「選ばせてやろう。頭を撃たれて一瞬か、腹か、どちらがいい?」

「ぅううっ…うぅううっ…」

 呻くような声で泣きながら鮎美は眼前の銃口に恐怖して尿失禁する。

「ぅいう…痛っ…」

 まだ括約筋が痛むけれど、桧田川の言うとおり回復傾向にあるのか、一度目ほどの痛みではなかったものの、そんなことを感じている余裕は少しもない。また腰が抜けて自分が漏らした水たまりにお尻をついた。

「ひぃ…ひぃうう…あうぅ…あひいう…」

「頭か? 腹か?」

「あひいぃ…ふいひぃ…はあひぃ…」

 まるで下半身麻痺になったように腰から下に力が入らなくて、鮎美は両手で這って後退る。後退っても介式の銃口が追いかけてくる。

「足がいいか? 膝にするか? 腹より長く苦しめるだろうな」

「ふひぃい! ひあぁぁぁ……はいぃ…いひいぃ…」

「膝がいいんだな? 嫌なら嫌と言え」

「いぃひいぃいい!」

 鮎美は両手で両膝を押さえ、顔を引き攣らせて泣きながら首を必死に振った。その額に介式が銃口をあててきた。

「やはり、お前の悲鳴はうるさそうだ。一瞬にしよう」

「ひぅひ!」

「そうだな。一瞬がいいな。よく考えたら議員宿舎だ。一発目の銃声で人が集まる。私が正当防衛だと主張するには、頭がいい。膝や腹だと、お前も何かしゃべるだろう。うむ、頭だな」

「ひいぃひいひひぃ」

「そうヒィヒィと喚くな。お前にとっても最後の時間だ。ゆっくり罪を反省しろ。黙っていてやるから、祈れ。お前の祈りが終わるとき、撃つ」

「っ…」

「………」

 黙って介式は銃口を向けたまま、微動だにしない。殺気と気合いのこもった射撃姿勢で、よく訓練された人間独特の揺るぎない構えで鮎美へ銃口を向け続ける。剣道で打ち合う前の静止した気迫のぶつけ合いと読みの応酬にも似ているけれど、似ていて非なるのは鮎美には一切の対抗手段が無く恐怖しか存在しないことと、介式には圧倒的な武器と怒りがあることで、竹刀の先まで気を送るように、銃口から鮎美の額まで気を刺してくる。

「っ…っ…ひっ……っ………っ……死…っ……嫌……っ…」

「………」

「…っ…嫌っ……っ……っ……っ…。…」

 いつ撃たれるかわからない恐怖が続き、蒼白だった鮎美が気絶しかけたとき、介式が引き金を引いた。

「死ね」

「っ…」

 気絶しかけていた鮎美がビクリとする。

 カシャン…

 スライドされていたオートマティック銃は撃鉄を突出させる音を出したけれど、肝心の銃弾がないので、またしても金属音だけが響く。

「ひぃハァ…ヒィ…ハァ…」

 鮎美は呼吸筋を引き攣らせたような呼吸をして涙を流している。介式は拳銃を見つめてつぶやく。

「私としたことが、安全装置の解除を忘れていた」

 安全装置は解除していたけれど、実弾を装填していないと悟らせないために嘘をつく。そして、より鮎美へ恐怖を与えるために、ポケットから実弾を出して、目の前に突きつけた。

「私たちSPが所持している拳銃は、このように口径が大きい。……この言い方では、お前には意味不明かもしれないな。ようするに弾が大きいのだ。その分、威力も大きい。この一発で、お前の頭は大型トラックに踏み潰されたように弾け飛ぶ」

「っ…っ…」

 鮎美の瞳へ触れさせるほど実弾を見せつけた介式はポケットに片付け、また銃口で脅す。

「頭を撃てば一瞬で死ねると言われているが、それが本当か体験して証言した者はいない。実は一瞬ではなく、長く長く苦しむのかもしれないな。火葬場に行くまで、一つ一つの脳細胞は苦しみ続けているのかもしれない」

「…っ…うぐっ?!」

 鮎美は銃口を唇へ押しあてられた。

「口を開け」

「ううっ」

 顎の筋肉にも力が入らなくて、ずっとカチカチと歯を鳴らしていたので銃口を押しあてられると抵抗できずに口内へ銃身を挿入された。喉の奥まで銃口を突っ込まれて鮎美は嘔吐しそうになったけれど、胃が空っぽだったので苦しみ悶えただけだった。

「うぐう! うえ! ハァひ! うう!」

 鮎美の歯と金属の銃身がガチガチと音を鳴らし、銃に付着している火薬と機械油の匂いを感じる。介式は冷たく見下した目で続けた。

「できれば、地獄があって、お前はそこに行ってくれると、私も嬉しい。立場を利用して人を辱める等、ゲスの極み。地獄に落ちて当然だろう?」

「…っ…」

「見苦しく言い訳し、どこまでも逃げようとする。さあ、三度目の正直だ。もう安全装置も解除した、次で殺す」

「ふひぃ! ふひぃ!」

「地獄に落ちて豚にでも生まれ変われ、ゲス」

 まだまだ介式は恐怖を与えるつもりだったので、かなり長めのカウントダウンを設定する。

「あと100数える。それで最期だ」

「っ…」

「100、99」

「ぅううっ…」

 鮎美は銃口を咥えさせられたまま恐怖に震え続けた。

「35……34………33…」

 いよいよ0が近づいてくると、介式はカウントダウンのペースを落とした。

「5………………」

「…っ…っ…」

「4………………………」

 極端に遅くなるけれど、もう鮎美は時間の経過を感じる感覚さえ恐怖で混乱をきたしていて、ただただ怖がって震えて泣くことしかできない。

「1……………………………とうとう最期だな。…………」

「…ひっ……っ……ひっ……」

「いや、あと300数えよう。それで頭ではなく腹を撃とう」

 介式は銃口を鮎美の口から抜くと、再び腹部に狙いをつけた。やはり刺されたことのある場所を狙われるのが一番に怖いだろうという読みは的中して鮎美の恐怖は、さらに高まり、不自然すぎるカウントの長さには気づかない。そのカウントが300から70まで続いたとき、桧田川と鷹姫が部屋に入ってきた。

「介式警部、何してるんですか?!」

「芹沢先生に何をっ?!」

「暴力はふるっていない。二度と卑猥なことをしないよう銃で脅していただけだ」

「「銃で……」」

「……っ………」

 鮎美は鷹姫と桧田川の姿を瞳にうつしても、ぐったりと手足を弛緩させていて、すでに震える体力もないほど弱っていた。駆け寄った桧田川と鷹姫が抱き起こしても、反応が薄い。

「……っ……」

「芹沢さん、どこか痛い?!」

「芹沢先生……」

「……き………ごめ……」

 やっと鮎美の目が鷹姫を認識して謝った。

「…ごめん……鷹姫……」

「もう、いいんです。……介式師範、やり過ぎです…」

 恐怖で弱り切った鮎美を見て鷹姫は悲しくなった。介式は弾倉を抜いて言い訳する。

「弾は抜いてあった。万一にも暴発する可能性はなかった」

「……そういう……問題ですか……」

「介式警部! もう出ていってください!! 銃なんか向けられて、どれだけ怖かったと思うの!! なんて非常識な警官!!」

「………。失礼する」

 介式は部屋を出て行った。あまりに弱っているし、汗や涙を流したせいで鮎美には脱水症状もみられるので桧田川は点滴をして、ごく少量の強心剤も与えた。鷹姫は床を拭いて鮎美の衣服を洗濯する。

「たしか予備の制服があったはず……」

 クローゼットを探したけれど、上着はあってもスカートが無い。洗濯機を見ると、スカートが入っていたので2着とも汚してしまったようだった。

「………事務所に、もう1着あったはず」

 もう国会まで時間がないし、気がついた鮎美が制服を濡らした理由を思い出すのは気の毒だと想い、鷹姫は桧田川に言ってから、早朝の東京をタクシーで移動して事務所に入った。鍵はもっているので玄関から入り、事務室を抜けて奥の執務室へ入った。そこには誰もいないと思ったのに、二人もいて驚く。二人の方も時間的に誰も来ないと思っていたのに驚いている。

「「っ…」」

「あ、いたのですか。牧田さん、……誰ですか、あなたは? 私たちの学校の…」

「「……」」

 詩織は国際電話で忙しく外国人と話しているようだったけれど、鮎美か石永が座るはずの執務机の椅子に腰かけていた。そして、詩織は片足が素足で、その足を舐めている制服姿の女性がいた。鮎美の制服を着た朝槍はウィッグをかぶっていて、一瞬は誰かわからなかったけれど、すぐに鷹姫も気づく。

「朝槍先生ですか?」

「っ…」

 朝槍は舐めていた詩織の足から離れて顔を伏せ、声を震わせて言う。

「…こ………こ、…これには……わ、わけがあって…」

「Wie bitte?」

 詩織の方は堂々と国際電話を続け、聞き逃したことを問い直している。朝槍がコスプレしていたことはフォローせず放置する気だった。朝槍は顔を伏せたまま、しどろもどろに言う。

「な……なんていうか……あ……憧れというか…」

 いい歳をして本人に無断で制服を借りていた都議は不倫記者会見をする政治家のような心地で汗を流し、そして誤魔化しきれないので、認めて謝ることにした。

「ごめんなさい!! どうか今見たことは誰にも言わないでください!」

「朝槍先生………」

 鷹姫は朝槍へ歩み寄る。

「どうか黙っていて! お願いですから!」

「朝槍先生、あなたのお気持ちはわかりました」

 歩み寄ってきた鷹姫が右手をサッと動かしたので、朝槍は引っぱたかれるのだと覚悟したけれど、頬に痛みは走らず、右手を温かく握られた。

「っ…?」

「立派な覚悟です。感動しました」

「……え、……?」

 芹沢鮎美コスプレをして詩織の足を舐めていたところのどこに感動する要素があるのか不明で朝槍が首を傾げると、ウィッグの人工毛がサラサラと本人のようになびく。鷹姫が澄んだ瞳で朝槍を見つめた。

「姿を真似、影武者を演じるとは。暗殺されかけた芹沢先生も心強いでしょう。自ら、もっとも危険な役目を負い、芹沢先生を支えてくださるとは感動です」

「か……影武者……」

「ですが、年齢が違いすぎて、暗殺者に見抜かれるかもしれません」

「…ね……年齢…」

「私が演じられれば歳は同じなのですが、身長が違います。これは人選が難しいですね。何より、勇気が要ります。そして秘密にする必要性も高い。近いうちに話し合いましょう。今は取り急ぎ、その制服を取りに来ましたので脱いでいただけますか?」

「え……脱ぐのは…」

 実は制服の下には詩織が記者会見で使ったバイブを貸してもらっているので、鷹姫の前では脱げない。しかも詩織は国際電話を続けながら、ときどきリモコンを堂々といじっている。おかげで朝槍はモジモジと身をくねらせ、顔を赤くする。

「ちょ…っ…ちょっと……脱ぐのは……その……あの……わ、私、ビアンだから……宮本さんの前で脱ぐのは、ちょっと恥ずかしくて。そ、そういう気持ち、なの」

 別に平気で女湯に入れるけれど、朝槍は嘘をついてみた。それを鷹姫は信じてくれる。

「わかりました。事務室にいますので持ってきてください」

 鷹姫が執務室を出て行き、詩織は国際電話を終える。受話器を置いたついでにリモコンを全開にした。

「んんっ…はぁんっ…」

 朝槍が膝を着いて身悶えする。詩織はスケジュール表にメモしながら注意する。

「変な汁をつけないでください。すぐに持っていくそうですから」

「ハァ…ハァ…だ、…だったら、スイッチを…」

「ナユが脱いだばかりの制服を着て、鮎美は国会議事堂に行く。それを想像しながらイキなさい」

 詩織がバイブだけでなく手と唇も使って愛撫してくる。朝槍の性感帯である耳を舐めて吸い、スカートの前後を両手で押さえてバイブ全体をピストンしてくる。

「あはっ! うくうう! イ…イク…そ、そんなにしたらスカート汚しちゃう!」

「我慢しなさい。下の口から垂らしたヨダレまみれのスカート、宮本さんに渡す気ですか?」

「んぅぅ! だって、だって、自然に出ちゃうんだもん! 嫌、嫌! そこ、それ以上、ペロペロしないで、あん! あん! イヤぁ~んっ!」

 嫌、嫌と言いつつ、朝槍は舐めてもらいやすいようにウィッグの髪を手でのけ、耳を露呈する。もともと朝槍が地毛をショートカットにしているのも、耳を責めてもらうためだった。結局、鷹姫を15分も待たせた朝槍はティッシュで拭けるだけ拭いた制服を事務室へ持っていった。

「遅くなって、ごめんなさい」

「………」

 鷹姫は事務椅子に座り、腕組みして目を閉じ、返事をしてくれない。さすがに待たせすぎて怒らせたか、と朝槍は不安になったけれど、鷹姫は座ったまま寝ていた。

「なんだ、寝てるの。お疲れなのかな。起こすのかわいそう……けど、こんな時間に取りに来るあたり急ぎなんだろうし。宮本さん、宮本さん、遅くなって、ごめんなさい」

 朝槍が揺り起こすと鷹姫は目を開けた。

「ここは……事務所、……なぜ…あ……制服を…」

「はい、遅くなって、ごめんなさい」

「いえ、どうも、ありがとうございます」

 受け取った鷹姫はクリーニングに出しておいたはずの予備制服から朝槍の匂いを感じて違和感を覚える。

「………」

 制服の生地へ顔を近づけて匂いを嗅がれると、朝槍は赤面しつつ言う。

「ご、ごめんなさい! か、影武者をやるかと思うと、緊張して汗をかいてしまって! それで匂いがしたら、ごめんなさい!」

 詩織が考えた言い訳で、とうの詩織は新たにかかってきた国際電話を受けている。こんな言い訳が通じるのかと、朝槍は不安だったけれど、鷹姫は頷いた。

「お気になさらず」

「……あ、ありがと…」

「影武者の件も、また話し合いましょう。では、失礼します」

 鷹姫は議員宿舎に戻り、制服を用意しつつ桧田川に問う。

「芹沢先生のご様子は?」

「今は眠ってるわ。かわいそうに、よっぽど怖かったみたい。寝ながら涙を零してる」

「そうですか…」

「今日の国会への出席、どうしよう……ここまでダメージを与えるつもりじゃなかったのに……」

「……………」

「やっぱり、休ませてあげた方がいいかな」

「……私も同意見です。けれど、芹沢先生のお気持ちを考えると、無理をしてでも出席したかった、とおっしゃられるような気がします。私が芹沢先生の立場でも同じです。学生議員として甘く見られるのを避けようと頑張っていらっしゃいますから、少々の風邪でも休まないつもりだ、と何度か言っておられましたし。お怪我は大丈夫なのですか?」

「傷はね。暴力を受けたわけじゃないから。けど、精神的には……」

「医師として、どう思われますか?」

「う~ん……身体的には問題なし、睡眠不足くらいかな。それは、私たちも、だけど」

 桧田川は眠そうに目を擦った。鷹姫は考えをまとめる。

「では、遅刻しないギリギリの時刻まで休んでいただき、そこで起きていただいて、ご体調を見て判断するということで、どうでしょうか?」

「そうね。抜けてるとこあるかと思うと、意外としっかりしてるよね、あなた」

「……。今後も精進します。私も少し休ませてもらいます。五分前には、戻ります」

「うん、そうして」

 桧田川は鷹姫に手を振り、再び鮎美の寝顔を確認してから自分も眠ろうと思ったけれど、気になることがあった。

「……介式警部……まるで個人的な恨みでもあるみたいに芹沢さんを追いつめて……政治家が嫌いなのかな……にしても、あそこまで……。……たしか、芹沢さんの秘書補佐で緑野さんが情報収集とか得意だったかも……加害少年のことも、しっかり調べてたし」

 桧田川は聞いていた緑野のメールアドレスへ介式いつか警部について調べてくれるようメッセージを送ってから、ソファベッドの上で目を閉じた。

「ぅうっ…」

 目を閉じて一瞬かと思うほど短く感じる3時間が過ぎて、目覚ましが鳴っている。桧田川は眠気と戦いながら起きた。鮎美を診ると、顔色は悪くないけれど、やはり寝たまま涙を滲ませている。

「芹沢さん、起きられそう?」

「……ぅぅ…」

 呼びかけると、ぼんやりと目を開けた。

「そろそろ国会の時間なんだけど、行けそう?」

「……うちは……逮捕…」

「されてないよ。障碍者にもならない。ちょっと、いっしょにトイレ行こうか。診てあげる」

「……。はい…」

 鮎美は起き上がったけれど、あまり脚に力が入らない様子なので桧田川が肩を貸してトイレに二人で入る。鮎美を便座に座らせた。

「まだ、そんなにオシッコしたくないと思うけど、こまめにするのが大事だから、出してみて」

「はい」

 鮎美は力を抜く。もともと力が入りにくかったこともあり、すぐに放尿できた。

「ぅうっ……痛っ…」

 それほど勢いのある放尿でもないのに、尿道へ痛みを覚える。桧田川は飛び方と色合いを確認して問う。

「痛みの程度は、どう? 昨日より強い? 弱い?」

「昨日の半分くらいです」

「そう、よかった。その調子なら、すぐに治るよ」

「……よかった……ぐすっ…」

 下半身不随の障碍者になるかもしれないと思い込んでいた鮎美は滲んできた涙を拭った。桧田川が優しく抱きしめる。

「脅して、ごめんね。もう医療器具は勝手に触らないでよ」

「はい、反省してます」

 二人でトイレを出て鮎美は制服へ着替える。

「国会、行けそう?」

「行けば座ってるだけですし。ズル休みはしたくないですから。それに3月の修学旅行に行くなら、欠席するかもしれんし、今は皆出席にしておきたいんです」

「修学旅行が3月にあるの? 三年生の」

「うちの学校、変なんです。宗教的理由らしいですけど」

「ふーん……ま、どうでもいいわ。朝ご飯、どうする?」

「あんまり食欲が……」

「じゃあ、最低限の栄養だけ摂ってもらうね」

 そう言った桧田川はキッチンで生卵へ塩と砂糖を入れて掻き混ぜ、それを電子レンジしてから差し出す。

「朝の元気レシピ、パーフェクトフード、どうぞ」

 あえて鮎美が昨夜のことを思い出さないように明るく振る舞って、料理と言えないような料理を出した。鮎美が力なく笑う。

「なんですのこれ……」

「最低限の栄養を最短の時間で提供する、あらゆる面でパーフェクトな料理だよ。レシピ監修は桧田川医師」

「……いただきます…」

 突っ込みを入れる元気がない様子で鮎美は少しずつ食べる。

「………微妙な味ですね……まずいことないけど…」

「うん、難民キャンプで配られてる飢餓対策ドリンクを参考にしたから」

「…どんなドリンクなんです?」

「塩と砂糖を水で混ぜる」

「………」

「これで飢餓から救われる第一歩のなるの! いきなり濃いものを食べさせても、飢餓状態の人は受け付けないから」

「……難民キャンプかぁ……」

 鮎美が食べ終わる頃、鷹姫が入室してきた。

「おはようございます」

「あ…鷹姫……おはよう……夕べは、ごめんな……。夕べやなくて、もう一昨日か…」

「いえ、私こそ……」

 二人の雰囲気が暗くならないうちに桧田川が明るい声をあげる。

「さ! 座ってるだけの会議に行ってもらおうかな! 日本の最高意志決定機関へ!」

「そやね…」

 鮎美が上着を着て議員バッチと二つのバッチにズレがないか、指先で確かめ、部屋を出る。

「ひっ…」

 部屋を出た鮎美は介式が立っていたので短く息を飲んで、腰を抜かした。

「…ひぃ…」

 床に座り込み、膝を震わせている。

「……」

 介式は黙って今まで通りSPとして立っているけれど、その目は冷たい。桧田川が介式を睨む。

「何しに来たの? もう十分でしょ!」

「警護任務だ」

「………。芹沢さん、大丈夫よ、もう何もないから」

「…ひぃう…ひぃぅぅ…」

 介式の顔を見ただけで泣き出してしまって、もう立てないでいる。

「芹沢先生、座り込んでいると身体が冷えます」

 鷹姫が肩を貸して立たせても、まったく両脚に力が入らず膝がガクガクと笑っているので桧田川は車イスをもってきた。もう時間が無いので介式に文句を言うのはやめにして、参議院へ急いだ。途中で鮎美を見かけた議員たちは、車イス姿と鮎美の顔色を見て、また傷の調子が悪くなったのかもしれないと気の毒そうに見てくれる。その反応で桧田川は昨夜のことを隠す口実を思いついた。

「芹沢先生が不調なのは、刺傷されたときのPTSDとします。立ち直ったはずが、思い出してしまい、心の具合は悪いけど、身体は元気、そうします。いいですね?」

「はい」

「………」

 鷹姫は返事をしたけれど、介式は警護さえすれば自分は無関係という顔で黙っている。桧田川は違和感を覚えて問う。

「そういえば、介式警部が一人で警護ですか? いつも、二人だったはず」

「本日より警戒レベルを一段階さげ、6人チームは3人チームとなり、常時は一名による警護となる」

「………タイミングの悪い……仕組んだんじゃないの?」

「安全度に対する自分の判断ゆえ、主治医の意見は関係ない」

「あっそ」

 桧田川は心配になった。だいたい24時間、鮎美のそばにいるけれど、桧田川自身も食事をしたりトイレに行ったりする。その間に一人しかいないSPが警護対象に何かしないか、とても心配になる。

「宮本さん、今日は事務所で電話対応するのをやめて、こっちについてくれない? SPがいるのが不安っていう本末転倒な話だけど」

「介式警部は立派な方です。…………。今日は、こちらにつけるよう、事務所へ連絡します」

 鷹姫は板挟みになった戸惑った顔で介式を見、桧田川を見、そして車イスで震えている鮎美の背中を見て決めた。国会議事堂内は車イスでは移動しにくいので、鮎美の前へ回ると、横抱きにするため膝の裏へ左腕を入れ、右腕で背中を抱き上げる。軽々と鮎美を横抱きにする鷹姫を見て桧田川は驚いた。

「うわっ……すごっ……お姫様抱っことか、余裕でできるんだ」

「宮本くん………」

「鷹姫……重いやろに…」

「芹沢先生は食べる量が少ないので軽いです」

 横抱きにしたまま移動して、参議院の議場に入ろうとしたところ、警備をしている衛視に止められる。

「議員以外は議場に入れません」

「芹沢先生を議席へお運びするだけですが、ダメですか?」

「規則ですから」

 国会議事堂は介式たちとも違う独自の警察組織で警備されていて、かなり融通が利かない。かつて首相でさえ議員バッチを忘れたために入場できなかったことがあるくらいなので秘書でしかない鷹姫が入れないのは当然だった。困っていると、なかなか鮎美が登院してこないので心配して出入口を見ていた翔子が気づいて来てくれる。

「芹沢先生、どうされたんですか?」

「っ…」

 鮎美は腰が抜けて動けないところを翔子に見られるのが恥ずかしくて鷹姫の胸へ顔を伏せた。偽の説明をするため桧田川が問う。

「PTSDって知ってる?」

「はい、心的外傷後ストレス症候群ですよね」

 翔子は正確に答えた。

「そうです。よくご存じですね。医療系の議員さん?」

「いえ、私は法科大学院です。昨日退学して議員専業にしましたけどPTSDは損害賠償でも話題になる病名ですから」

「ってことは、説明は簡単でいいですね。大きな事件の後、心の傷が疼く、それで一時的に不調になりますけど、身体に問題はありません。昨日まで芹沢さんも気を張ってたんだけど、あの刺傷事件のことを思い出してしまって、今日は少し不安定な気分なの、もしよかったら議席へ連れて行ってあげてくれない? 私たちは入れないから。医師も入れないとか、ふざけたシステムよね」

 桧田川は少し医師としての特権意識をみせて衛視へ視線を送ったけれど、衛視は慣れているので顔色を変えない。翔子は自分一人では不安だったので音羽を呼んできて、二人で鮎美を左右から支えた。おかげで、ほとんど力の入らない脚でも歩ける。

「アユちゃん、かわいそうに。無理もないよ。よく出席してきたね」

「おおきに……キョウちゃん…」

 声にも張りがないし、やや枯れているけれど、仲良くなった議員仲間に支えられて鮎美は嬉しかった。議席に座ると隣席の翔子が心配して手を握ってくれた。

「大丈夫ですよ、もう安全です。きっと、心の傷も時間が経つと治りますよ」

「…うん……ありがとうな……翔子はん」

 審議が始まると、鮎美の気持ちも落ち着いてくるし、ずっと翔子が手を握っていてくれる。それで鮎美は、やや別の心配をして私語する。

「議場がテレビ中継されてるとき、うちと手ぇつないでるのが映ったら、翔子はんまで同性愛者かも、って変な噂が立つかもしれんよ」

「そんなの気にしませんよ」

「翔子はん……でも、……レッテル貼りは、いろいろとリスクが…」

「大恩人であり友達である人が弱ってるとき、助けられないなら、議員以前に人としてダメですから。……以前の私は自分のことしか、考えてなかったけど、芹沢先生のおかげで目が覚めました」

 翔子は両手で鮎美の手を握った。

「人と人は助け合いですよ。もちろん、連帯保証人にはなりませんけど。あれは助け合いじゃなくて銀行が仕組む悪魔の友人契約ですから」

「クスっ…翔子はん……ありがとうな」

 お昼休みまで、ずっと手をつないでいたことで鮎美は議場を自分の脚で退場できたけれど、場外で介式の顔を見ると、やはり膝が笑った。すぐに車イスに座らせてもらい、議員食堂に移動した。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。