「女子高生総理・芹沢鮎美の苦悩」   作:高尾のり子

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2月20日 お願い

 

 翌2月20日の日曜朝、鮎美は議員宿舎でゆっくり寝て、ビジネスホテルで朝食を食べ終えた鷹姫に9時過ぎに起こしてもらった。

「…う~ん……おはようさん…」

「おはようございます」

「ふぁぁ……」

 あくびをして立ち上がる。

「すぐに朝食を用意します」

「おおきに」

 鷹姫が一人分の朝食を用意してくれて、食べ終えると残念そうにタメ息をついた。

「あんだけ応援した畑母神先生に、うちも鷹姫も一票も入れられんのやね」

「そうですね。選挙権がありませんから」

 選挙権があれば二人とも朝一番に投票所へ向かったところだけど、応援はしても投票はできない身分なので、ゆっくりとしている。

「寝たいだけ寝て、食べたいときに、ご飯を食べられて、したいときにトイレに行ける。幸せやわぁ」

 今日はオムツを穿いていない鮎美はトイレに入って、ゆっくりと排便した。オムツに済ませるのと違い、すっきりとした気持ち良さがある。

「久野先生が自分は政治家に向いてない言うてはったけど、向き不向き以前に、政治家って大変すぎるわ。休日があらへんやん」

「お疲れですか?」

「うん、めっちゃ」

「肩を揉みましょうか」

「ええの?」

「はい」

「ベッドに寝るから、揉んでくれる?」

「はい」

「……ほな」

 まだパジャマ姿だった鮎美はベッドにうつ伏せになる。制服姿の鷹姫がそばに膝をついて両肩を揉んでくれた。

「どうですか?」

「うん……気持ちええよ」

 鷹姫の手が身体に触れてくれるのが嬉しい。エステティシャンより力強くて少し痛いけれど、それも心地いい。もっと身体をよせて欲しくなった。

「パジャマ脱ぐし、鷹姫も横からやと腰がひねれて疲れるやろ。うちに乗って揉んでよ」

 そう言って鮎美はパジャマの上を脱ぎ、上半身裸になってうつ伏せに寝る。そこへ鷹姫が馬乗りになって揉んでくれると、鷹姫はスカートなので内腿の肌が鮎美のわき腹に密着してくれて鮎美は興奮した。

「…ハァ……ハァ……うん、すごい……気持ちいいよ」

 話すとヨダレをベッドに垂らしてしまう。腰の皮膚で感じる鷹姫の股間の温かさばかりに意識がいく。肩より胸に触れて欲しくなった。

「鷹姫、仰向きになるから、胸を揉んで」

「はい」

 鷹姫が腰をあげてくれたので鮎美は寝返りして仰向きに寝た。ずっと圧迫されていたのに乳首が勃っている。鷹姫が胸を揉もうとして疑問に思った。

「……胸も凝るのですか?」

「えっと………」

 問われて、また自分が衝動に負けていることに気づいた。けれど、離れて欲しくない。

「胸、揉んで欲しいの。でも、また、うち、鷹姫にセクハラしそうな気分やし、制服のリボン貸して。自分の手首、縛るし」

「………はい」

 素直に鷹姫がリボンを貸してくれたので左手首を縛ってから、首に一巻きして反対の端を右手で持って言う。

「これで、うちの右手首も縛って。そしたら、うちが鷹姫に何かすることはできんよね」

「……それほど耐えがたい衝動なのですか? 同性愛というのは?」

「うん。………たとえば、鷹姫かって一週間、ご飯、食べて無かったら、どう?」

「一週間ですか………それは、つらいと思います」

「そんなとき、目の前に食べ物があったら、どう? けど、食べてはいけません、って言われたら、いっそ縛って欲しくならん?」

「…はい……」

 鷹姫は年末に詩織からハムで攻められたことを思い出した。ずっと忘れていたのに、あのときの衝動に負けて芋虫のように皿を舐めた記憶は恥ずかしくて消し去ってほしい。鷹姫は鮎美の右手首を縛った。これで鮎美は何もできなくなる。両手を首のそばから離せないし、無理に動かせば首が絞まってしまう。

「鮎美、苦しくないですか?」

「うん、自分で気をつけてれば大丈夫よ」

 鮎美は赤面しているけれど、それは首の拘束のせいではなくて興奮のせいだった。

「胸、揉んでくれる? イヤなら、ええけど…」

「イヤではありません。揉みます」

 鷹姫が肩を揉むように、乳房を揉んでくれる。

「ぁ…ハァ…」

「痛いですか?」

「ううん、気持ちいいよ」

 鷹姫に馬乗りになられて両胸を揉まれると、両手と首の拘束もあって鮎美はマゾ的な興奮を覚えた。そして、どんどん下半身が熱くなってくる。

「…ハァ…鷹姫、脚も揉んでほしい。ええかな?」

「はい」

「…ほな、…パジャマのズボンも脱がせて…」

「わかりました」

 鷹姫がズボンを脱がせてくれると、鮎美は興奮で下着を濡らしていた。

「…ハァ…ハァ…」

「言いにくいことですが……下着が濡れています。少し失禁されたのではないですか?」

「…………。……どうなんかな……不安やし、パンツも脱がせてくれる?」

 どうして濡らしたのか、鮎美はわかっていて鷹姫にねだった。

「オムツにされるのですか?」

「……ううん……今日は……いつでも、トイレ行けるし。……夜、選挙事務所に行くときは、していくかもしれんけど、今はパンツ脱がせるだけにして」

「わかりました」

 鷹姫がショーツを脱がせてくれる。鮎美は拘束のリボン以外は全裸にされて、ますます興奮する。

「ハァ…ハァ…」

「大丈夫ですか? ずっと息が荒いようですが」

「ごめん、また鷹姫にエッチなことしたくて、理性が飛びそうなんよ。もし、襲いかかったら、すぐに反撃してな」

「……はい。……その両手では、どうにもできないでしょうし、ご安心ください」

「うちが命令したことでも、嫌なことは従わんでええよ」

「はい、お気遣い、ありがとうございます」

「………。脚、揉んでくれる?」

「はい」

 鷹姫が素足を揉んでくれる。連日の選挙応援で立ちっぱなしだった脚は本当に疲れていて心地よかったし、何より興奮する。鷹姫の手が爪先から、ゆっくり登ってきてくれる。

「…ハァ…ハァ…」

「首のリボン、解きましょうか?」

「ううん、ハァ…このまま…、…あ、…脚の付け根、もう少し、揉んで」

「はい」

「もう少し、股間のところ……嫌やなかったら、揉んで」

「あの……トイレに行かれますか? 漏らしていますよ」

「こ…これは…、……ずっと、オムツやったからかな。自分で気づかんうちに漏らしてるのかも」

「それは……お医者に行かれた方がよいのでは? ややヌルヌルとした感じですし。痛みはないですか?」

「うん……痛くないよ。……けど、……おもらしするようになるのは困るから、鷹姫の指で特訓させて」

「特訓ですか?」

「うん……ギュッと締めつける筋肉をトレーニングしたいし……鷹姫の指を………うちの中に入れてくれへん? ……嫌?」

「………」

 鷹姫が自分の指を見て考える。

「…ハァ……ハァ…入れて欲しい…ハァ…お願い…」

「……。女性の身体で、この部分は、もっとも大切で嫁に行くまで守れと教えてくださったのは鮎美ですよ?」

「うちは嫁に行かんもん」

「……たしかに……」

「なぁ、お願い、入れてよ。初めては鷹姫がええの」

 鐘留は入れさせてくれたけれど、鮎美へ入れるのは気持ち悪がって拒否したし、エステティシャンたちも法に触れるからかサービスの限度なのか、入れられてはいない。鷹姫が迷う。

「…………」

「ハァ…ハァ…お願い……鷹姫の指……欲しい…」

 言いながら鮎美が涙を零したので鷹姫は応じることにした。しばらく鮎美の望むまま、指を動かした。終わってから鷹姫が問う。

「……今のは……同性愛的な行為だったのですか?」

「っ……うん………ごめん、また鷹姫に変なことさせて…」

「………。血が出ています。大丈夫ですか?」

「平気よ……ごめん……また、鷹姫に……」

「………。鮎美こそ、そんなに泣かないでください」

 鷹姫は鮎美の頭を撫でようとして、指に血がついているのでやめた。

「そろそろ選挙事務所に行きますか?」

「…………。ううん……もう少し、二人でいたい」

「いずれにしても、もうリボンを解きます」

「あ、うん、お願いするわ」

 鮎美は両手首を自由にしてもらい、リボンを鷹姫に返した。鷹姫は剣道着を正しく着るようにリボンをキュッと結び直した。

「…………」

「………」

「鮎美、服を着てください。風邪を引きますよ」

「うん、おおきに」

 鮎美は下着を着け、制服を着る。今日の予定は選挙事務所に待機して当確を待つのが定石だったけれど、早く行っても遅く行っても、もはや選挙活動は公然とはできないので、あまり差がない。そして、地元ではないのでイベントなどへ顔を出す用事もなく、他の集団訴訟や連合インフレ税にかかわる業務等も、今日は都知事選の日なので連絡も入ってこない、急にポッカリと時間が空いた形になっている。

「…………」

「………」

「お昼ご飯、どうしますか?」

「すぐに、そんな時間やね。あ、たまには、うちが作るから、いっしょに食べてよ」

「はい。手伝います」

「ええよ、たまには、うちにも女の子らしいことさせて」

 そう言って鮎美は冷蔵庫や戸棚の食材を見て、メニューを決めた。

「お好み焼き、嫌い?」

「いいえ、好きです」

「ほな、そうするな」

 ほぼ初めて議員宿舎のキッチンにまともに立った鮎美はキャベツを刻み、お好み焼きを作る。ホットプレートはないのでフライパンで焼く。

「鷹姫、焼き方に注文ある?」

「いえ、とくに何もありません」

「うち流に焼くよ」

「はい」

 鮎美はフライパンいっぱいに生地を垂らすと、生卵を三つ潰さないように入れた。さらに生地をかけてキャベツを載せ、さらに生地をかけると蓋をする。焼き加減を見つつ、少し焦げたくらいで裏返すことにした。

「これが一発勝負やねん」

「これほど大きく焼くのですか……」

「二人で、いっしょに食べたいやん。さて…」

 鮎美は気持ちを集中して、鷹姫に揉んでもらった肩を少し回した。そして両手でフライパンの柄を握る。

「えいっ!」

 一気に全体を裏返すため、お好み焼きに宙を舞わせる。

「おっしゃ!」

 うまく受け止めて成功させた。

「お見事」

「あとはマヨネーズ作るわ」

 弱火にして、次にマヨネーズを酢と油、卵黄を使って作る。

「お好み焼きはな、マヨネーズが美味しいと、ぜんぜんちゃうんよ」

 焼き上がった頃合いを見て、フライパンごとテーブルに移すと調理ヘラでホールケーキを切断するように8つに分割してからトッピングをする。

「鷹姫、ソースのかけ方に注文ある?」

「いえ、とくに何もありません」

「ほな、これも、うち流な」

 鮎美は作ったマヨネーズにソースも入れ込む。

「マヨネーズ2に対してソース1が黄金比なんよ」

「美味しそうですね」

 よく混ぜられ、琥珀色になったマヨネーズソースを全体にかけた。

「はい、できあがり。カツオ節と青のりが無いのは残念やけど、その分、マヨネーズソースとお好み焼きそのものの味が楽しめるし、食べてみて。ちなみに鷹姫が8分の6、うちが8分の2を食べる計算よ」

「鮎美は8分の2で足りるのですか? せめて3は食べませんか?」

「うち、朝ご飯が遅かったもん」

「ああ、そうですね。では、いただきます」

 二人きりの昼食を楽しみ、食後も選挙事務所に出向かずキッチンを片付けた後はゆっくりとする。鮎美はテレビをつけようとして、やめた。今は二人の時間を楽しみたいし、鷹姫に触れたい。

「さっきのお返しに、鷹姫の肩も揉んであげよ。ここに寝てよ」

「……」

「そんな警戒せんでも、もう変なことせんから。な、信じて?」

「…はい…」

 鷹姫がベッドに寝ると、鮎美は優しく肩を揉んでみた。やはり鷹姫も慣れない東京生活に疲れていて、揉んでいると20分ほどで眠ってしまった。鮎美は少し興奮していたけれど、眠っている鷹姫の股間に触ったりすることは自戒して離れる。そばに寝たかったけれど、それをするとキスしてしまいそうで我慢する。テレビをつけると、うるさいのでスマートフォンをいじった。しばらく政治関連のニュースを見ていたけれど、不意にヤフーの知恵袋に入り、新規のアカウント名を作って質問を投稿した。

 

 私はビアンですが、自分の性欲が怖いです。

 好きな人がいて、私を慕ってくれるのですが、その気持ちを利用して彼女の身体に触れてしまいます。一線を越えないようにしてきたつもりですが、とうとう今日、彼女の手で私にしてもらいました。前に私の手で彼女にしようとしたときは嫌がったのでやめました。彼女には親が決めた結婚相手がいます。私たちは大学2年生です。

 これから、どうしたら、いいの?

 そして、私は彼女が好きなくせに、他の女子にも手を出しています。最低です。でも、やってしまいます。何度もやめようと思うくせに、可愛い子がいると、すぐに手を出します。相手が嫌がるギリギリまでセクハラします。

 一度、気持ち悪いと言いつつ受け入れてくれた子がいたけど、相手の親に見つかって激怒されました。

 もう嫌になります。何度も死のうと思いました。

 けど、死にたくない。

 どうしたら、いいですか?

 

 投稿して30分ほどで3件の回答がついた。

 

回答者kakato

 質問主は本当にビアンなのかな。

 行動が男っぽい。

 実は性同一性障碍なんじゃない。一度、医師に診てもらったら。

 

回答者カヲル

 自死はいつでもできるから、最後の選択肢にしてください。

 その慕ってくれる彼女もビアンなのでしょうか。そうでないように読めますが、相手がビアンでないなら、あまり関係を進めない方がいいと思います。好きな気持ちを抑えるのは難しいかもしれませんが、もう大学も2年生なのですから大人になってください。

 相手の慕ってくれる気持ちを利用している自覚はあるんですよね? だったら、やめましょうよ。あと、セクハラもやめましょう。女の子同士で相手が油断してるからって続けてるとビアンだってバレたとき超嫌われます。

 ビアンはビアン同士が一番ですよ。

 あなたが誰かと出会えて、幸せになりますように。

 

回答者モーニングランス・カテゴリーマスター

 異性愛者の性欲がそれぞれなように、ビアンの性欲もそれぞれです。

 草食系男子がいるみたいに、ビアンでもおとなしい子はキスだけで満足しますし、男女とわず肉食もいます。質問主はガッツリ系みたいですね。

 二つ忠告します。

 一つは恋と性欲は別物なこと。これは男性の性欲にみられるパターンですけど、ビアンでもみられます。好きな人は一番好きなんだけど、それ以外の人にも惹かれてしまう、という感じで、バリバリ肉食系なビアンなんでしょう。他に目移りするからって本命を軽視してるわけじゃない。けど、罪悪感はある。でも、私たちビアンは一対一に縛られることも無いといえば無いのですよ。普通の男女の恋人や夫婦が縛り合うのは妊娠しちゃう危険があるからで、それがない私たちは、ある意味で幸せ。いろいろ不幸なことが多い同性愛者としての人生の中で、わずかに幸せなのが、そういうところです。とはいえ、独占欲の強いビアンと付き合ったときは配慮が必要です。

 二つ、その彼女はビアンでない風ですが、これからどうするかは、あなたが決めることです。とことん二人の関係を進めてみるか、彼女に結婚相手もいることですし、泣く泣く諦めるのか、どちらの選択もありです。どちらにしても後悔するかもしれませんが、後悔の無い人生なんて無いものです。

 あんまり悩まず、なるようになると構えて、自分も彼女も傷つかないようにしてください。

 

 読み終わった鮎美はベストアンサーにモーニングランスの回答を選んで目を閉じた。

「…………」

 目を閉じているうちにソファで眠ってしまい、夕方になって鷹姫に揺り起こされた。

「さすがに、そろそろ選挙事務所に行かねば援軍たる旗色を疑われます」

「そやね」

 身支度をしてトイレにいって鷹姫とSPたちに囲まれ、議員宿舎を出てタクシーで選挙事務所に移動した。かなりの遅参だったけれど、連日の応援で疲れていたのだと畑母神陣営も理解してくれる。鮎美は雛壇上のパイプ椅子を勧められ、鷹姫は調理場を覗き、手伝うことはないかと言ってオニギリを作るのに参加した。

「いよいよ開票時刻です。やるべきことはすべてやりました。あとは天命を待つのみ、皆様いましばらく、この畑母神にお付き合いください」

 畑母神がマイクで事務所内に挨拶した。誰もが固唾を飲んでテレビを見守る。そろそろ夕食の時刻を過ぎているけれど、あまり空腹を覚えない。鷹姫たちが作ったオニギリが折りたたみ式事務机に並んでいるものの、ほとんど減らない。

「先生方、お茶をどうぞ」

 鷹姫が雛壇にいるメンバーにお茶を配ってくれる。こういうときに一番若い女性が選ばれるのは関東でも同じだった。そのお茶を飲み終え、今日はオムツを穿いていない鮎美がトイレに行って戻ってきたとき、動きがあった。テレビに当確が出る。

「出ました! 畑母神氏です! 当確、畑母神氏に出ました!」

「……おおぉっ…」

 低く呻るように畑母神が言い、鮎美は高い声をあげる。

「やったー!!」

 他の歓声も続き、すぐに万歳三唱になった。

「「「「「バンザイ! バンザイ! バンザイ!」」」」」

 万歳しているうちに鮎美は涙を零した。畑母神は涙を耐え、集まっている全員に礼を言おうとして鮎美に抱きつかれた。

「畑母神先生! おめでとう!」

 抱きついた勢いで鮎美はキスしそうになり、ギリギリで思い止まった。あまりに嬉しくて衝動的に動いていた。平常時なら問題になりそうな行動だったけれど、そこは当確の瞬間なので、お祭り騒ぎに近い雰囲気で流してもらえる。畑母神も鮎美の手を握り、高く掲げた。

「皆様のおかげです! 芹沢先生の! そして、都民のみなさまの!」

 また万歳が始まり、それが終わると鮎美は鷹姫に抱きついた。今度もキスをしたくなるけれど、それも思い止まる。お祭り騒ぎが落ち着くとテレビのインタビュー取材が始まり、畑母神は元幹部自衛官らしく、もう冷静な顔で答える。

「私が当選させていただきましたからには、あとは公約の実現に向け邁進するのみです」

「尖閣諸島を都の所有として施設を建設する公約もですか?」

「当然です。そのための寄付金もすでに20億円を超えている。地権者との交渉も進んでいます。明日にも売買契約を結びたい」

「尖閣諸島は沖縄県石垣市に所属していますが?」

「そんなことは、すでに何度も説明した通り、東京都の財産は都内に限定されない。また、沖縄県と石垣市の権限は土地所有権におよばない。もし、両者に尖閣諸島を管理する気がないのであれば、東京都に移管していただくのも一つの手だと考える。もう少し言えば、沖縄県にばかり基地負担が偏っているというならば、尖閣諸島を東京都とした上で、そこに基地を移設すれば、鳩山総理が言われた最低でも県外、という発言が実現しなくもない。もっとも、米軍基地が増えるよりは、日本国は日本人の手で守るべきだと、誰もが思うだろうから、そこは議論していきたい」

 当選した興奮もあるようで畑母神は言い過ぎなほどの発言をした。マイクが鮎美にも向けられる。

「芹沢議員、ずっと応援してこられた畑母神氏が当選されたこと、どう感じておられますか?」

「嬉しいに決まってるやないですか! 思わず抱きついてしもて、あとで畑母神先生にセクハラや言われたら、どうしよか思てますわ。さっきは、すんません」

「いや、いいよ。私も嬉しかった」

「これで芹沢議員が提唱された連合インフレ税も進むとお考えですか?」

「………。……」

 すっと鮎美の顔が冷静になり、左手を唇にあてて考え込む。

「はい。追い風になると思います」

「鳩山総理へ何か一言ありますか?」

「………。民主党も自民党も、日本を豊かにしたい。平和で安全な、そして誰もが笑顔で過ごせる国にしたいという大枠は同じはずです。いっしょに頑張りましょう」

「芹沢議員が総理大臣になられたら、どうされますか?」

「また、そんなこと言わせようとする。調子に乗って小娘がいらんこと言うたら、そのまんま南…、あの宮崎県知事みたいに、めちゃ叩く気でしょ。やめたってや」

 鮎美も興奮していて言葉が荒かった。冷静になろうとしても、どうしても心が躍っている。鷹姫が忠告しにきた。

「芹沢先生、ご予定、覚えていますか?」

「あ…うん……鷹姫、おおきに」

 それが冷静になれ、という暗号であることは忘れていない。

「芹沢議員、集団訴訟の件でも勝てるとお考えですか?」

「その件と都知事選は、まるで関係がないのでコメントを控えます」

「尖閣諸島を東京都の所有とした場合、中国からの反発が予想されますが、どうお考えですか?」

「……慎重な対応が必要で、今すぐ明言することはさけたいと思いますし、うちにその権限はありません。ただ、百色正春さんのようなことは、もう起こってほしくないと思います」

「百色氏と面識がおありですか?」

「面識も、なにも、そこにいはりますやん」

 鮎美が言うと、すでに酒樽を開けて酒杯をあおっていた百色が返事をする。

「おう! なんだい、組長!」

「テレビの前で組長いわんといてください。ノーカットの生放送ですよ。レポーターさん、そろそろ切り上げたってください。もう酔うてはる人もいはりますさかい。うちは帰りますし。明日も国会あるんで」

 国会を口実に鮎美は取材を切り上げて、鷹姫とSPに囲まれて選挙事務所を出た。

 

 

 

 翌2月21日月曜朝、鮎美は朝刊を見て予想通りだったけれど、肩を落とした。

「やっぱり、この写真を使うんやね……」

 当確が出た直後、喜びのあまり畑母神に抱きついてキスしそうになった写真を一面に載せられていた。鷹姫が髪をといてくれながら言う。

「畑母神先生には法律上の配偶者と、内縁の妻がおられますから、問題かもしれません。鮎美は異性にも性欲を覚えるのですか?」

「うっ………ちゃうって。これは純粋な喜びのアピールよ。鷹姫まで変に想わんといて」

「そうですか。お時間です。お疲れではないですか?」

「うん、平気よ。行こか」

 二人で部屋を出ると、知念と男性SP3名がついてくる。

「おはようっす。おめでとうございます。当選したっすね」

「おおきに」

「畑母神知事に抱きついてたっすけど、男もイケるっすか?」

「……。あれは喜びのあまり勢いでやっただけよ。うち男の人は、ぜんぜん感じんから。知念はんかって剣道か柔道やってへん?」

「オレは柔道っす。あと琉球空手を少々」

「もし全国大会団体戦で優勝したらメンバーと抱き合って喜ぶと思わん?」

「ああ、そういう感情っすか」

「そういえば、鷹姫は団体戦で優勝したことないの?」

「……ありません」

 鷹姫が悔しそうに言ったので、なんとなくわかった。全島民が武道を習うとはいえ、もともと人口は少なく、女子で武道を極める子は、さらに少ない。団体戦で実力あるメンバーがそろわなかったのは想像がついた。話ながら議員宿舎を出ると、さすがに知念もSPとして周囲を警戒して黙り、鮎美は移動して朝食会に参加する。やはり朝食会でも都知事選の話題が雑談のメインだった。そして、遠い上座にいた谷柿に呼ばれて、そばに寄る。

「芹沢先生、今夜、ご夕食の予定は?」

「…あ…はい…えっと…空いてるはずです」

 スケジュールは空いていたけれど、実は静江と訪れた一流ホテルで再びエステを受けて休養日にしたかった。とはいえ、明らかに自民党総裁の谷柿が夕食に誘ってくれているので、断るわけにはいかない。エステは諦めた。朝食会が終わって国会に出席しても、やはり雑談の話題は都知事選だった。共産党所属の音羽は選挙中は共産党公認候補も都知事選に出ていたので鮎美と仲良く話すのを控えていたけれど、もう選挙が終わったので屈託無く喋る。

「やっぱりアユちゃんの勝ちだったね。おめでとう」

「おおきに。畑母神先生の実力よ」

「でも、あの人がえらくなると戦争になりそう」

「守ることはあっても、仕掛ける人ではないと、うちは感じてるよ」

 松尾が言ってくる。

「当確直後から夜間にもかかわらず中国軍機が3回、尖閣諸島に接近したそうだ」

「「…………」」

 鮎美と音羽が考え込み、翔子が言う。

「くだらないことするのですね。そんな燃料代があるなら人民に温かいスープの100万食も配ればいいのに」

「戦闘機の燃料代は、すごいからな。スクランブルで対応する空自は相手より多数で出撃するのが基本だから、余計に高くつく。夕べだけで1000万円は飛んだろうな。お金といえば金地金の価格1グラム6500円を超えたね。これって金本位制に戻る予兆なんだろうか」

「ちゃうと思いますよ。世界に存在する金の量は、もう世界に存在する富みの総量を反映するには少なすぎますから。単に連合インフレ税の租税回避行動として予防的につり上がってるだけやと考えてます」

「だとしても、まだまだ上昇すれば産業にも影響を与えるかもしれない。銅より電気抵抗が低くて錆びない金は回路の中に使われてるらしいから。レアメタルも中国からの輸入が一時期ストップしたおかげで、日本企業は躍起になって代替材料を研究してる。もう、いくつか方法を見つけたそうだ」

 国会が終わると、鮎美に迎えの車が来た。鷹姫も招待されていたので、いっしょに乗る。当然、SPたちもついてきてくれるけれど、知念は勤務時間が終わり、介式に替わった。

「谷柿先生、鷹姫まで招待してくれるなんて嬉しいね」

「……。過分なことに畏れ多いです」

「そう緊張せんとき、柔らかい感じの人やし」

「それは知っているのですが……わざわざの会席ということは、なにかお話があると思われます。いかがお考えですか?」

「いくつか思い当たることはあるけど、それも今考えてもしゃーないことよ。静江はんと陽湖ちゃんも招待されてるあたり、やっぱり集団訴訟の件かもしれんけど…」

 鮎美のスマートフォンが鳴った。

「畑母神先生から電話や。何やろ。もしもし? うちです」

「昨日まで色々とありがとう」

「いえ、共闘は約束したことですから」

「今、話していても問題ないかな? 周りに人は?」

「車内です」

「実は少し困ったことが起きてしまい、芹沢先生に警視庁まで来てほしい」

「警視庁に? なんで、また?」

「水田くんが逮捕されてしまった」

「水田先生が、なんで?」

「彼女は冗談のつもりでバレンタインに芹沢先生宛でチョコレートを送ったのだが、そこに少々のイタズラをしていた」

「……。どんな?」

「タバスコのような辛い香辛料、なんといったか……ああ、デスソースか、そういうソースを混入されていたようなのだ。あくまで食品であり、彼女は冗談だったと言うのだが、警察の方は、他のイタズラや劇物混入と同列にみなして彼女を逮捕してしまった」

「……………それで、うちは、どうしたら?」

「警視庁に来て、彼女と和解してほしい。冗談だと主張する彼女とは友達で、これは事件ではなく仲間うちの遊びだと」

「………」

「このタイミングでの逮捕は私の選挙の終了を待ってくれたのかもしれないし、もしくは警察としては淡々と処理したのかもしれない。彼女も冗談として行ったことだから、箱から指紋などが検出されている。他のイタズラでは手の込んだものは、指紋は出ていない」

「他のイタズラって、どんなんがあったか、聴いてくれてはります?」

「ああ、水田くんの他に3人が逮捕された。いずれも男性で異物混入だった」

「どんなものを混入してきてたんですか?」

「うむ………その……男性の……その…」

「その?」

「……君は同性愛者だからかな……ここまで言ってわからんかな? その……そういう液体だ」

「そういう液体………精液ですか?」

「あ、…ああ、ざっくり言うのだな……」

「見たことはないですけど、保健体育で習いましたし。理科でも鮭の産卵とかで」

「ともかく3人のうち2人は精液の混入、あとの1人は刃物だったそうだ」

「刃物は、かなり嫌かなぁ……」

「その3人も警視庁にいるのだが、それは、どうでもよいとして、水田くんは出してやってほしい。マスコミに知れる前に」

「……あの人……」

「ほんの冗談のつもりだったそうだ。頼む、できるだけ早く来てくれ。警察は被害者本人が許すなら、釈放すると言ってくれている」

「わかりました。けど、これから谷柿総裁と会食なんですよ。その後でもええですか?」

「総裁と……そうか、それは優先順位が……わかった。マスコミ対策は努力する」

 畑母神との電話を終えると、鮎美は水田のことを考えた。あまり、いい印象はない。向こうは同性愛者を蔑視しているし、鮎美も蔑視されて心安いはずがない。畑母神の選挙中は同じ陣営内でトラブルを起こさないよう我慢していた。

「幼稚なイタズラするなぁ……チョコにタバスコって……デスソースって、どんなんやろ」

 鮎美はスマートフォンで調べた。

「……バーテンやったブレア氏が閉店時刻になっても、帰らない客に出した激辛ソースが始まり……別名、ブレア氏の午前2時50分。デスソースの名は、あまりの辛さで心臓発作を起こして死亡した人がいるため……って、あかんやん! 死んでるやん!」

「芹沢先生、どうされました? 畑母神先生との電話の内容は?」

 助手席の鷹姫が問うてくるので鮎美は説明した。

「どう思う? 鷹姫」

「冗談にしては悪質です。傷害未遂で裁かれるべきです」

「とは言っても、畑母神先生の日本一心党での、数少ない元議員やし、まだ4年先になるやろけど総選挙には出てもらわはるやろし……」

「………。では、こういう罰は、どうでしょう?」

 そう言って鷹姫が語ったことに鮎美は笑いながら頷いた。

「それナイス! 鷹姫、まじめな顔して、めちゃオモろいこと考えるやん! それで行こ!」

 方針が決まった頃、新宿の料亭に到着した。少し前に到着した静江と陽湖が待っている。

「静江はんと陽湖ちゃんは新幹線で?」

「はい。総裁に交通費まで出していただいて呼ばれて来ないわけにいきませんから」

「予定もあったやろに。陽湖ちゃん、大丈夫? 疲れてない? 行ったり来たりで大変やろ?」

「大丈夫です。でも、新幹線が無かったら、とても無理だったと思います」

 招待されたメンバーがそろったので料亭に入ると、奥の和室に通してもらった。和室には上座と下座がわかりにくい大きな円卓が置かれていて見知らぬ先客2人がいた。一人は和装の男性で年齢は70代くらいに見える。もう一人は60代でスーツ姿だった。鮎美たちを見ると、立って挨拶してくれる。

「はじめまして。全日本出版紙商連合会、総務理事の大原です」

「はじめまして。私は経済団体連合会の理事、富井です」

 かなりの高位にある男性なのに鮎美たちへ丁寧に頭をさげてくれた。鮎美たちが名乗り終わって握手を交わした頃、谷柿と木村が入室してきた。木村が同席するのは、参議院で自民党議員をまとめているからだと、もう鮎美にも理解できる。そして大原と富井の肩書きから話の内容も想像がついた。ただ、どこが落としどころになるかは、まだわからない。

「まずは、あらためて都知事選の畑母神先生の勝利、おめでとう」

 谷柿が乾杯で会食を始めてくれる。鮎美たちが飲酒できないのに配慮してくれたのか、すべてノンアルコールの飲料が提供されていた。会食の前半は都知事選の話と、鮎美を誉めること、さらに鷹姫と陽湖へも讃辞が送られたし、静江にも労いがあった。男女比4対4で本題がセクハラ絡みなので谷柿たちがタイミングを見てくれているので鮎美はデザートが出てくる前に、本題を求めた。

「そろそろ本題をおうかがいさせていただきたいと思いますけれど…どうでしょう?」

「そうだね。大原会長、どうでしょう」

「うむ、君たち、いや、失礼、芹沢先生方が行っておられる訴訟だが、経済と出版、言論界に与える影響は、計り知れない」

「「「「………」」」」

「とはいえ、正義は芹沢先生の方にあって、いくら売上のためとはいえ、女性が不快に感じる写真などを出版し続けてきた責任は我々にある。そこで、我々出版業界と、出版物の流通業界は共同で謝罪文を主要新聞に載せよう。また、今後、女性の人権に配慮した出版を心がけることも、そえる。それをもって訴訟の終結としてもらえないだろうか?」

「……。心がける、というのは努力義務ということですか?」

「「「「………」」」」

 鮎美の問いが、男たちを黙らせた。努力義務が義務に比べて、はるかに拘束力がないことは、ここにいる全員が知っている。せいぜいスローガンのようなものだと、わかっていた。鮎美が続ける。

「うちの号令で集まってくださった女性被害者の中には、大きく分けて二種類の方がおられます。一つは今後人権に配慮された表現活動がされることを期待して参加され、賠償金が取れることはさほど期待していない人。もう一つはすでに芸能活動などから引退しつつあり過去の被害を金銭的に償ってほしい人です」

「「「「………」」」」

「さきほど、おっしゃられた謝罪文を新聞にあげていただくことは前者には相応の評価がされると思われますが、後者には意味が少ないでしょう。何より、うちは訴訟の勝ち目を半々、もしくは半々より、うちらに不利やと思ってます。日本の訴訟は大きな精神的被害があっても、そこを評価せず、ごくわずかな賠償判決で終わることが多いからです。そういった意味で、あなた方、出版業界のトップと話させていただくのは、とても意義のあることやと喜んでおります」

「こちらこそ、お詫びの機会をいただいてありがたい。ただ、表現活動の萎縮はさけたいのですよ。また、万一、裁判官が大きな賠償判決をなしたとき、業界が受けるダメージは大きすぎる。芹沢先生の世代は、もう紙媒体で情報をえることが少なくなっていないかな?」

「はい、ほとんどスマフォです」

「結果として出版業界は先細りだ。そこにきて、この訴訟、これでは優秀な人材を集めることもできない」

 大原の言葉を木村が付け足す。

「新規採用どころかね、リストラや倒産ということも起こるんだよ。そこを芹沢先生たちにも考えてあげてほしい」

「もちろん考えます。けれど、どんなひどい写真が今まで印刷され配布されてきたか、そこは考え直してほしいのです。どのみち、裁判は始まってもいません。今すぐ落着点を見つけることはできないとしても、たとえば謝罪文を見て、うちら原告団の中にも変化がでるかもしれません。もう二度と非道な写真を載せないと信じられるなら、原告団から抜ける人もいるかもしれませんし、被告にふくめた出版社のうち誠意の感じられるところは除外していくとか、個別に和解していくこともあるかと思います。逆に、あまりにも非道な写真を撮り続けてきたカメラマン等に対しては、どうにも許せないと言って、うちが止めても訴訟を続ける人はいるかもしれません。今日の会談は大きな一歩でしたけれど、はい、そうですかと、うちも原告団に、これで終わりよ、とは説明できません。そこは、わかってください」

「「………」」

 大原と富井が頷いて目を閉じる。自分たちが提示した条件が譲歩したものの、大きな譲歩でないことは自覚していたので鮎美へ反論する材料が無い。谷柿が言ってくる。

「芹沢先生も各社に大きなダメージがあることは避けたいと考えてくれているようですから、一度、双方持ち帰って、それぞれに集まった中で意見をまとめてきていただくのは、どうでしょう。謝罪広告があって、それに対して原告の方々が軟化されるか、そこを互いに見極めていっていただくということで」

「はい」

「総裁の言われる通りですな」

「私たちも意識改革をしていきます」

 本題が終わり、料亭の女将はタイミングを見ていたようでデザートを運んでくる。食べたことがないほど美味しいメロンを口にして、蕩けた顔で鷹姫がつぶやいた。

「…美味しい…」

 ずっと行儀良く黙って食べていた鷹姫の一言で場がなごむ。言った鷹姫は恥ずかしそうに顔を伏せた。

「クスクス、今の鷹姫みたいな可愛い表情やったら盗撮してでも印刷しとうなる気持ちはわかりますわ」

「「「「ははははは」」」」

「シスター鮎美も趣味が悪いです。被告に加えますよ」

「それは勘弁したって」

「「「「ははは!」」」」

 笑いが取れたところで、鮎美が一礼する。

「今夜は、うちの秘書までごちそうになりまして、ありがとうございます。うちからも原告団には業界の姿勢を見て軟化の方向で指揮していきますし、石永先生の妹さんの方が社会経験も豊富なんで、まとめていってもらいます」

「はい、努力いたします」

 静江が両手を円卓について谷柿たちに頭をさげた。法廷では争う予定でも日本人らしく裏で握手した8人はそれぞれに車で解散する。鮎美と鷹姫は介式たちを連れて警視庁に向かった。

「遅くなりました」

 案内された取調室に入ると、水田と畑母神、そして刑事が2名いた。刑事2名は敬礼してきたけれど、それは鮎美へというより介式へという感じだった。

「ありがとう、芹沢先生」

 畑母神は礼を言ってくれたけれど、水田は文句を言ってくる。

「遅いわよ! いつまで私が、こんな侮辱を受けなきゃいけないの! 私は衆議院議員だったのよ!」

 水田が不満そうに手錠をされた両手を鮎美に見せつけてくる。

「さ、もういいでしょ。さっさと外して」

「………」

 鮎美があきれて黙っていると、鷹姫が叱った。

「非礼もほどほどになさい! 悪質な罠を仕掛けておいて、その口のききようは無礼千万! 芹沢先生、やはり告訴すべきです! 和解してはなりません!」

「鷹姫……」

「水田くん、とにかく謝りなさい。ここは穏便に願います、芹沢先生」

 都知事となった畑母神が代わりに頭をさげてくるので鮎美は男の肩に触れた。それから鮎美は刑事に問う。

「それで、うちに食べさせようとしたチョコって、どれです?」

「こちらです」

 刑事がビニール袋に入った証拠品であるチョコレートの箱を見せてくれる。箱には4つのウイスキーボンボンが入っていて、美味しそうに見えるけれど、表面に水田の指紋もある。うち1つは科学捜査のために解体されたようで割られていたし、中身に入っていた液体は別に小瓶で保存されている。その液体を見て鮎美がつぶやく。

「……うわぁ……辛そう……これ食べて心臓麻痺した人もいるんやろ……そら逮捕されるわ」

「アマゾンで買った正規品よ! 毒じゃないし! ただの食品だから!」

「ほな、食べてみてください」

「え……?」

「4つとも、もったいないし、水田はんが一人で食べてくれたら、証拠も消えることですし、和解ということで」

「おお、なるほど」

 畑母神が感心した。

「鷹姫、差し入れしたって」

「はい。水田…先生、こちらをどうぞ」

 鷹姫は先生と呼ぶのを嫌そうに、途中のコンビニで買ったペットボトルの水を出した。水田が疑わしそうに鮎美を見る。

「何か入れたの?」

「ファミマで買うたサントリーの正規品です。めちゃ辛いやろし、水くらいあげようという武士の情けですわ」

「………。ま、まあいいわ、ちょっと食べてみたい好奇心はあるし」

 水田は強がった。すでにチョコレートに細工するとき、興味本位で1滴だけ舐めているけれど、まさに舌が燃えるような辛さだった。それがウイスキーボンボンいっぱいに注入されているのは細工した本人なので、よく知っている。指先を震わせないようにしてチョコを摘むと、口に入れた。

「………」

「「「……………」」」

「…うっ…ううっ!」

 水田がペットボトルに手を伸ばした。真っ赤な顔をして水を飲む。涙と鼻水を流していた。

「ハァ…ハァ…ううっ…ひー…ハァ……ううっ…ひー…」

 一つ食べただけでペットボトルの水、半分まで飲んでいる。

「…も……もう許してよ。一つで十分でしょ。ハァ…」

「ただの食品なんですよね」

「どうせ、あなたが食べたとしても飲み込まずに吐き出していたでしょ」

「そんなこと人前でさせられたかと思うと腹も立ちますし、うちの秘書が被害に遭ったかもしれんのですよ。現に、地元では秘書補佐と党職員さんが入院してるし。タイミングの悪い冗談のツケは払ってください」

「………わかったわよ」

 水田は二つ目を摘むと、口に入れたけれど、その表面を口内で転がしてチョコの角を溶かすと、一息に飲み込んだ。

「あ、その手があるんや」

「ハァ…痛っ…」

 噛まずにウイスキーボンボンを丸呑みしたので喉が痛かった。さらに、もう一つ飲み込む。

「もう、いいでしょ」

「これも食べてください。食品がもったいないですやん」

「………」

 水田が解体されたウイスキーボンボンと小瓶に入ったデスソースを見つめる。

「ちゃんと飲み干してくださいよ」

「………わかったわよ!」

 小瓶を後にすると口直しがないので水田は先にデスソースをラッパ飲みしてからチョコを口に突っ込んだ。

「ううっ…ううう! はひぃ! ううう!」

「「「………」」」

 鮎美と鷹姫、畑母神は笑いそうになるのを我慢する。刑事たちも顔を背けて笑っている。

「ハァ…ハァ…ひーっ…ハァ…」

 そこそこに美人ではある水田が口や目、鼻を真っ赤にして呻いている。水で口を洗い、やっと手錠を外してもらった。

「……ハァ……ハァ……」

「芹沢先生、疲れているところを、くだらないことで呼び出して、すまなかった」

「いえ。……刑事さん、他の、うちにイタズラを送ってきた人に会えますか?」

「はい。可能です」

「畑母神先生、うち、他の犯人にも会うてきますし、水田先生には甘いミルクティーでもおごってあげてください」

「そうだな。水田くん、ちょっと休憩しよう」

「……はい…」

 水田は鮎美の背中を恨みがましく見つつも取調室を出て自動販売機の方へ行く。鮎美は取調室に残り、他のイタズラを仕掛けた男性に面会した。まず一人目は27歳の男性で、鮎美へ送るチョコレートに精液をかけた上で送付してきたサラリーマンだった。鮎美を見るなり土下座してくる。

「すいませんでした! ふざけてやりました! 許してください!」

「「…………」」

 鮎美と鷹姫は顔を見合わせる。それからチョコレートを見た。コンビニで買える安価なバレンタインチョコに上から何か干涸らびたものがかかっている。見たことがないので鮎美は刑事に問う。

「この上にかかってるのが、精液なんですか?」

「そうです。DNA鑑定の結果も一致しています」

「……指紋以上に、モロバレな……。とりあえず土下座はやめて椅子に座ってください」

「…はい…」

 男性は顔を伏せたまま椅子に座った。軽い気持ちでイタズラしたのに逮捕された者らしく顔に後悔と恐怖が貼りついている。

「えっと……お名前は?」

「…山田義彦です…」

「山田はんは、うちが同性愛者なんを知ってはります?」

「…はい……テレビで…」

「ほな、なんで、うちに自分の精液を送ってきはったんですか?」

「………テレビで見ていて……あと、ポスターとかで可愛いな、と……」

「そういうとき、男の人って、そういうことするもんなんですか?」

「…………。自分がバカで…………最初は、鮎美ちゃんを応援したくてチョコを送ろうなんて……考えて……けど、送る前に魔が差して……」

「精液をかけはったと……。うちが、これを食べると期待しはったんですか?」

「……………いえ………」

「ほな、何のために?」

「………なんか……やりたくて……やりました……。申し訳ないです! ごめんなさい! ごめんなさい! 許してください! 逮捕されたのが会社にバレたらクビなんです! 頼みます! どうか! どうか、許してください!」

 男性が深々と頭をさげるので鮎美は許すことにした。

「少し表現の仕方が間違っていただけで、うちに好意をもってくれはったわけやし、とくに実害も無いですし。もう許します。刑事さん、手錠を外してあげてください」

 手錠をされることが、どれだけ心理的ダメージになるかは介式にされたので思い知っている。鮎美は手錠を外された山田の手首を撫でた。

「これからも、普通にやったら、うちを応援してください。もう精液は送らんといてください。あと、どれだけ、うちを好きになってくれはっても、うちは同性愛者です。男性に興味はもちません。応援してくれはるのは政治的な意味だけにして、他の女の人に興味をもってください」

「ううっ…ありがとうございます、ありがとうございます」

 泣きながら礼を言って山田は去った。次の男性と面会する。次は41歳のラーメン店経営の男性だった。送ってきたチョコレートは、またもウイスキーボンボンで中に精液を入れ込んでいた。

「……うち、もう一生、ウイスキーボンボン、食べるのやめよ……」

「…………」

 手錠をされ、連行されてきた男性は鮎美をチラリと見ただけで目を伏せた。

「お名前は?」

「…………」

「氏名は村川祐二、年齢41歳、自営業、ラーメン店経営です」

 刑事が教えてくれた。

「うちに精液を送らはった理由はなんですか?」

「…………」

「うちのこと好きでいてくれはったんですか?」

「………。調子にのんな、ブス」

「……」

「無礼者!」

「鷹姫、いちいち興奮せんでええよ」

「…はい」

「村川はんも、軽い気持ちでイタズラしはったんやとは思います。けど、こういうものを送られると、うちの秘書が食べる場合もあるし、うち自身が食べても、やっぱり気持ちが悪いです」

「…………」

「ラーメン店って、どこでやってはるんですか? お店の名前は?」

「…………」

「八王子の高尾、オレのラーメン最高や!八王子本店です」

 また刑事が教えてくれた。

「…八王子……オレのラーメン最高…」

 鮎美は女子高生らしくスマートフォンで食べログ検索してみた。

「けっこう人気店のオーナーですやん。支店が8つもある」

「慰謝料なんか払わねぇぞ、銭ゲバ娘」

「……」

「芹沢先生、この者、打ち首にすべきです!」

「鷹姫、そう興奮せんと。あと武家諸法度やのうて日本刑法を思い出そな」

「ですが……あまりに無礼で…」

「もうええよ。どのみち実害は無かったし。けっこう美味しそうなラーメン作ってはるし。そのうち食べにいってみますわ。八王子本店は何を入れられるかわからんし、東京駅前店あたりに」

「………」

「刑事さん、もうええですから、解放してあげてください。二度とせんといてくださいね。村川はん」

「……………」

 村川は何も言わずに去った。鷹姫が強く疑問に思い、問う。

「なぜ、あのような者を無罪放免とするのですかっ?!」

「鷹姫、静江はんに習たこと、思い出してみ。国民の中には、自民党というだけ、政治家というだけで反感を持つ人もいるて言うてはったやん。そんな人の敵意に敵意で返しても、ろくなことがない。味方につけられんまでも、これ以上は敵にならんよう目をつぶるんも政治家の度量やって」

「……たしかに……それは習いましたが……、あの者は罠を…」

「精液は毒やない。今の刑法では罰しても、たいした罪にならんよ。ほな、いっそ敵意をそいでおく方がマシやん」

「………ご見識、感服いたしました」

 鷹姫が頭をさげるので鮎美は肩に触れた。ついでに頬や胸にも触れたくなるけれど、せっかく尊敬してくれているので我慢する。

「刑事さん、あと一人の逮捕された人って刃物を送ってきはったんですよね?」

「はい」

「どんな?」

 すぐに刑事は送付された刃物をもってきてくれた。そして、猫の死骸の写真もある。刃物は出刃包丁で猫の血に染まっていて不気味だったし、鮎美は完治したはずの下腹部に疼きを覚えた。

「どんな感じに送ってきはったんですか?」

「送付されたのはバレンタインデーでしたが、チョコレートや菓子類はなく、コロスと猫の血で書かれた手紙、そして、こちらの出刃包丁が入っていました。逮捕後、自宅の庭先から殺害された猫を発見しています」

「犯行の動機は?」

「仕事をクビになりムシャクシャしたのでやった、とのことです」

「………そのパターンなんや……猫、かわいそうに…」

 鮎美は写真に写る猫を撫でた。

「芹沢先生、お会いになるのはすすめられません」

 鷹姫が言ってくる。介式も頷いた。

「面会は、どちらのためにもならないだろう」

「うん……そうやね……この犯人は警察に任せます」

「「はい」」

「迅速な逮捕、ありがとうございました」

「芹沢先生の危険を排除していただき、ありがとうございました」

 鮎美と鷹姫は刑事たちに礼を言って、警視庁の1階ロビーにおりた。畑母神と水田がいたので、鮎美は3名の犯人のことを簡単に説明した。

「そうか。私が知事となるからには都内の治安維持は、より強化する」

「よろしくお願いします」

「また、水田くんにも、よく注意しておいたし、これから党内で臨時総会を開き、総括を行う」

「総括?」

「反省会のようなものだよ」

「そうですか、ほな、うちらは、これで」

「失礼いたします」

 鮎美と鷹姫はSPたちと去り、畑母神と水田はタクシーで日本一心党の本部事務所を置いている中野区の古いビルに入った。すでに召集をかけていて、半分は畑母神の当選を祝う意味もあり大勢の党員が集まっているので臨時総会は成立した。畑母神がマイクで全員に語る。

「諸君に、いいニュースと悪いニュースがある。良い方は、すでにテレビで流れた通りで、今夜は仲間うちで祝いたい。だが、その前に水田くんが少々の問題を起こしてしまった。すでに解決しているが、本人から報告させ、総括してもらうので傾聴していただきたい。水田くん」

「はい」

 水田がマイクを受け取り、党員たちに説明する。

「もともと笑って済ませられるようなことだったのです。あの芹沢鮎美と私たちが共闘していたのは、ご存じの通りですが、私と芹沢は女性同士ということもあり冗談の通じる間柄でした。それで私はバレンタインに、ちょっとした茶目っ気というか、お茶目で、タバスコのような辛い香辛料を入れ込んだチョコを送ってみたのです。食べて、びっくり、笑っておしまい、という軽いジョークです。ところが運悪く悪質なテロと重なってしまい、警察の中にも私たちの党を潰そうとする勢力がいるのかもしれませんが、大袈裟に私を逮捕してきたのです。もちろん、すぐに畑母神先生が動いてくださり、芹沢が警視庁に顔を出して、ただの冗談と認められ、ことなきをえて…っ…」

 流暢に説明していた水田が急に腹痛を覚えて呻いた。

「ぅ、ぅう…」

 下痢の腹痛よりも何十倍も痛くて熱い、まるで直腸に熱湯を流し込まれて掻き混ぜられているような腹痛で、ほとんど我慢する時間もなく水田は失禁した。

「うううっ! 痛いぃいい!」

 失禁すればしたで肛門や股間が焼けるように痛む。ショーツの中に画鋲を押し込まれて膝蹴りされたような激痛で水田はマイクを落とし、両手で股間を押さえて床に転がった。

「あああがああ! ぐううう! ひぐううう! やううう! ぎゃっわわあわ!」

「水田くん?! どうした?!」

「水田先生、しっかり! おい、救急車だ! 救急車!」

「いや、救急車はまずい! 目立ちすぎる! おそらく、これは食べたチョコのせいだ! 水田くんは芹沢先生に冗談の責任として、食べるよう言われて、食べたから、それがアタったんだろう」

「ひぐうう! ひぃひいい! 水、水! ひいうう! 水!」

 あまりの痛さで水田は大勢の男性に囲まれながらも女性としての羞恥心より苦痛からの解放を優先してスカートとショーツを脱ぎ、デスソースと下痢便が混ざった凶悪な物質を股間から手で拭いつつ、水を求めた。

「おい、水だ! 水! 水田くんに水をもってきてやってくれ!」

「ううう! 早くくうう! ぎううう!」

 股間を炙られているような激痛に泣きつつ、バケツで持ってきてもらった水にショーツを浸けると、ゴシゴシと股間を拭いた。何度も何度も拭きつつ、さらに腹痛が襲ってきて、その場で失禁して、また肛門の激痛に苦しみ、二度目に持ってきてもらったバケツにお尻を突っ込んで直接に洗った。

「ハァ…ハァ…ハヒっ…ハァ…ハヒィ…」

「「「「「……………」」」」」

 室内に充満するデスソースと下痢便の匂いは暖房で締め切っているので強烈だった。百色が窓を開けつつ言う。

「くぅ…目にしみる辛さだな。どんなタバスコを入れたんだ?」

「デスソースと言うらしい」

「あれか……そりゃ鬼だ。けど、まあ、自業自得の極みだな。はははは」

 百色が豪放に笑ったので他の数名も笑い、水田は屈辱に泣いた。数少ない女性党員たちが、あまりにかわいそうだと思い、コートやタオルを貸してくれるので下半身を隠して党本部事務所を去り、自宅であるマンションに一人で戻ると、シャワーを浴びた。何度も股間を洗い、まだ痛む直腸にシャワーでお湯を入れてデスソースの残留物を流し、やっと苦痛から解放された。

「……ぐすっ…」

 一人でベッドに潜り込むと呻く。

「…ううっ……この屈辱…………この恨み………芹沢鮎美……絶対に許さない……」

 水田はスマートフォンを手にすると、保存してある動画データを確かめる。そこには都知事選の初日にトイレへ駆け込んできた鮎美が隣の個室で、おしっこを漏らしてしまう画像があった。もともと選挙カーから帰ってきたとき我慢しているだろうことを見越して2つあった個室の1つに陣取って塞いでいたところ、運良く鮎美の秘書まで個室を塞いでくれて大失敗させることができ、それを個室の壁にある下部の隙間から撮影していた。見つからないように撮ったので、顔は撮れていないし、下着も映っていないけれど、濡れていく足とスカートの裾は撮れている。都内では珍しいスカートなので鮎美たちしか着けていない。他にも動画と静止画があり、鮎美と鷹姫が着衣を交換した後、濡れたスカートで事務所を出て行く鷹姫の後ろ姿や、翌日からオムツを着けるようになった鮎美の不自然に膨らんだ臀部、トイレのゴミ箱に捨てられていた濡らしたオムツの画像などもある。

「………フフ……全国に恥をさらしてやる……今にみてなさい……あの雑誌に垂れ込んでやる……集団訴訟がはじまってもビビらず戦ってる……噂の真実……あそこへ…フフ…」

 そんなことをすれば、また逮捕されるということは、もう考えないほど鮎美への熱い思いに燃えていた。

 

 

 

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