2011年3月11日14時39分、翔子は国会議事堂で本会議に参加していたけれど、欠席になっている隣の鮎美の席を淋しそうに見た。
「外務大臣にまでなっちゃうなんて」
一人言として漏らしたけれど、近い席にいる松尾が言ってくる。
「この分だと、五年先十年先には芹沢総理かもしれないな」
「日本って女性首相、まだでした?」
「まだだねぇ」
二人とも小声で会話している。本会議は荒れていて、やはり在日韓国人からの献金を鳩山総理が受けていた問題で退陣を迫られているけれど、鮎美が外務大臣として入閣し自民党との連立政権となるので、野次を飛ばしているのは共産党と活力党、そして無所属の議員たちだけで少数になっている。ただ、明らかに国民への目くらましで18歳の鮎美を大臣にして人気取りしようという魂胆は見え見えで、その分だけ野次は強烈だった。
「辞めろ辞めろ!」
「贈与税も忘れるな!」
「アユちゃんを変に使うな! このハゲぇ!!」
音羽も野次を飛ばしている。別に鳩山総理は禿げていないけれど、勢いで言っている。民主党と自民党の議員は黙って聞き流すか、小声で私語していて議場の雰囲気は悪かった。
「肝心の新外務大臣は、どこ行った?!」
「国会ほってお遊びか!!」
「イスラエルのついでに韓国観光か?!」
「……はぁぁ……それにしても」
タメ息をついた翔子が松尾に話しかける。
「私の友達にも在日韓国人の人いるんですよ。中学で同じクラスで、普通に友達になったんですけど、氏名は日本人としか思えない名前で、本人も、ずっと自分は日本人だって思って生活してたんですよ。日本語しか話せないし」
「在日3世くらいになると日本語しかわからない人は多いよ。逆に日系ブラジル人3世もポルトガル語しか話せなかったりする。それで?」
「はい。それで、高校を選ぶときに親から朝鮮系の学校も選択肢にあるよ、って言われて、びっくりだったらしいです。びっくりしてから、ああ、お前には家系の話は、まだしてなかったな、みたいに軽く言われて。その子が言ってたけど、そういえばキムチとか豚足を食べることが多いなぁ、と言われてから思ったらしいです」
「結局、どういう高校に行った?」
「普通に学力と見合った商業系だったかな」
「まあ、難しい問題だな。ボクだって先祖なんて調べたことないからさ。普通に日本人だろうと自分のこと思ってるけど、実は違ったりしたらビビるだろうなぁ」
「私も。どうして差別って無くならないのでしょう?」
「簡単かつ複雑な問題だよ。世界のどの国でも差別を受けている層は平均して所得が低い。所得が低ければ教育水準も下がるし、結果として就職先も限られる。となると一部は犯罪や犯罪といかないまでもグレーゾーンの仕事をしたりする。パチンコも風俗産業もグレーだからね」
「私んちも貧乏だったんですけど」
「平均して、ということだよ」
「一部の人が悪いからって全部を差別するのも……」
「そうだね。別のたとえで、性犯罪は再犯率が高い。けれど、全員が再犯するわけじゃない。しっかり反省して、もうしない、という人もいる。それでも彼らを見る目は厳しい。これは差別だと思うかな?」
「うっ……う~ん……」
「ボクらだって貧しい国に生まれたら、なんとか先進国に不法入国でもいいから入りたいさ。けど、入った後も不法就労だから待遇は悪い。そのうち自棄になって窃盗やテロに走っても、不思議じゃない。そして、一部はそうなる。結果、全体が避けられるようになる。誰だってリスクは負いたくないさ。危険かもしれないなら避けておこう、それが自然だ」
「でも、私の友達は危ない感じは無かったですよ。いっそ、完全な日本人に帰化すればいいのに」
「そうする人もいるだろうし、なんとなくしない人もいるだろうね。断固としてしない人もいるだろうし、ボクらだって海外で長く生活して仕事もしていたとき、じゃあ日本人を辞めますか、となったとき、迷うし先送りにするだろう」
「世の中、複雑ですね。とりあえず地球人ってことで全員に番号をふって、ついでに遺伝子も登録したら、人類のルーツも判明していいのに」
「ははは、たしかに。けど、危険でもあるね」
「どうして?」
「たとえば、黒人は足が速い、というのはオリンピックの短距離走メダリストを見れば、だいたい確からしいよね」
「はい」
「足が速い、というくらいの性質なら、あまり差別にはつながらない。けれど、たとえば、白人にはロリコンが多い。日本人にはホモレズが多い。黒人は算数が苦手。そんなことが科学的事実として、しっかり判明してしまったら、かつてのユダヤ人差別より危ないことになる。現代の地動説にね。それでも遺伝子は語っている、と言われたとき、人権という神聖な権利が危うくなる。現に人種ごとのかかりやすい病気やアルコール分解能力なんかは違うと判明している。さらに踏み込んだ調査がされたとき、どうなることやら。もしも芹沢鮎美が産む子供は75%の確率で同性愛者になる、と判明して、さらに芹沢鮎美の兄弟姉妹は、たとえ本人が異性愛者でも、その子供は50%の確率で同性愛者になる、と判明するのは危なそうだろう?」
「それは……」
「まだ、同性愛なら差別感情が無くなればいいさ。けど、40歳で癌になるとか、知能指数が低いとか、心臓病をもって産まれてくるとかさ。そして、さらに日本人は自殺しやすいとか、朝鮮人は怒りやすいとか判明してしまって。データになったら、いわれなき差別が、いわれある差別になってしまう」
「……いわれある差別……」
「別に自殺しやすい、怒りやすい、という性質を善悪で論じるわけではなく、もしかしたら自殺しやすい性質がある方が集団にとって有利かもしれないし、怒りやすい性質がある方が交渉ごとで有利かもしれない。いい、悪いでなく、そういう能力だと判明してしまうかもしれない」
「………差別って複雑ですね……いろいろあって…」
「他にも、差別を受けた、という被害を訴えて過大な要求をする行為も問題だ。これは人種差別に限らず、日本に昔から存在する被差別階級による場合もあるし、実際はそうでないのに、そうカタる場合もある。だんだんと、誰が真の被害者か、わからなくなったりね。芹沢大臣が始めた、あのセクハラ写真訴訟も一部年配の議員たちは本気で彼女の戸籍を取り寄せようとしたりしたそうだ。結局、裏で彼女の父親が応じたらしい。で、日本人ではあるけれど、大阪人だから、あんなものだろう、と落ち着いたそうだよ。これ、彼女に言わないでね」
「…はい……大阪人って人種じゃないですよね?」
「大阪の女は怖いらしいよ。芹沢大臣も見た目は可愛いけど、ときどき中身はオッちゃんかと思うし、実質、太田議員と、あんまり変わらない気がする。そういう意味では大臣が勤まるかもね」
「芹沢先生は立派な人ですよ……私の身体への視線がオジサンなときはありますけど…」
突然、翔子のスマートフォンがけたたましい音を立てた。
「っ…」
うっかり国会中に鳴らしてしまって、あとで教育役の先輩議員に怒られるかもしれないと、慌てて切ろうとするけれど、他の議員の端末も大きな音を鳴らし始める。議場の野次が止まった。
「Jアラートか」
「地震が来るみたいですね」
のんびりと言った翔子は次の瞬間に目前の机が迫ってきて腹部を強烈に打たれて呻いた。
「うっ?!」
「くっ! 伏せろ!」
松尾も身体を打っている。それほど仲が良かったわけではないけれど、男として松尾は翔子を抱きかかえるようにして机の下に入った。その間にも揺れは激しさを増していて横揺れに混じって縦揺れもくる。
「キャー?!」
「うおっ?!」
二人とも机や椅子ごと宙に浮き、そして床に叩きつけられる。
「うっ!」
「ぐはっ!」
翔子は頭を打って気絶し、松尾は右腕を折った。ほぼ同時に議事堂の天井が落ちてきた。崩落の音と粉塵で聴覚も視覚も奪われる。咳き込んで呼吸もできない。まるでカクテルを作るためにシェーカー内で氷が舞わされるように人と机などの備品が舞い、無傷な者はいなくなる。松尾も重い机に頭を打たれ即死した。やっと揺れがおさまり、少しは粉塵も落ち着いて呼吸と視界をえつつある音羽は息苦しさと恐怖で失禁していたけれど、まだ咳き込んで苦しんでいる。
「ゴホッ! ヒュッ! ゴホッ! ハァ…ゴホ!」
自分の命が残っていたことに気づく余裕もないほど、息苦しい。気管の中が粉塵だらけで、いくら咳をしても楽にならない。苦しみながら嘔吐した。それで、ようやく喉が洗われ、息ができて、わずかながら、ものを考えることができた。
「…ハァ……ハァ…」
目が痛い、手足も痛い。何カ所か骨が折れている気がするけれど、どこが折れているのか、確かめる気力もない。あまりにも不運な状況だったが、一つだけ幸運なことに直樹の声が近くでした。
「ううっ…」
「ナオくん?!」
「ゴホッ…くっ…」
直樹は崩落してきた天井に下半身を潰されていて、すぐに自分の死を悟った。
「……くそっ……」
「ナオくん! しっかりしてナオくん!」
「…ああ……ゴホ! ……まったく……人生は不条理だな……」
妹を性犯罪者に殺され、今また突然の災害で自分が死ぬのかと思うと、運命が呪わしかった。
「ナオくん!」
「…ごめん……りさ…」
音羽の声は聞こえていなかったのか、最後に妹の名を口にして直樹は死んだ。
「ナオくん! ナオくん! っ、うああああ!」
付き合い始めたばかりの恋人に死なれるほど、悲しいことはない。音羽の泣き声が響き、気絶していた翔子は目を覚ました。
「ううぅ……ゴホ……ゴホ…」
早いうちに気絶して身構えたりせず揺すられるまま身を任せていたおかげか、奇跡的に翔子は骨折はせずに全身の打撲傷だけで済んでいた。停電し、照明器具も落ちている。暗い中、天井が崩落したおかげで空から太陽の光が入ってきていて、その明かりを頼りにロビーへ出た。
「…ゴホっ…ゴホっ…」
「誰か無事な者は?! こっちを手伝ってくれ! 谷柿総裁が負傷された!」
「ハァ…ゴホっ…」
手伝える気力と体力は無さそうだった。衆議院の方も、ひどい状態のようで混乱している。
「動かすな! 首の骨が折れているかもしれん! 脊髄損傷の可能性がある! そっと担架にのせろ!」
「ゴホっ……あの先生、医師だったから…ゴホっ…」
名前は思い出せないけれど、日本医師会から議員になっている男性も片腕を骨折しつつも救助活動を始めている。平時は医療利権の権化のように言われているが、多くの負傷者を前にして使命感を思い出したようだった。
「……私も……なにか……しなきゃ…」
やっと少しだけ気力が戻ってきた。けれど、再びドンと建物全体が揺れる衝撃があって余震かと身構えると、正面玄関から津波が入ってきて、同時に議事堂全体が崩落する。その流れに翔子は飲み込まれた。
「…………私の人生……何もいいこと……なかった……」
やっと手にした歳費は一月分と二月分で110万円、あまり派手に使わず勉強も忙しくて、せいぜい3回、都内の有名カレー店で話題のカツカレーを食べたくらいだった。
2011年3月11日14時39分、桧田川は在籍していた阪本市の病院へ辞表を出しに来ていた。理事長室で辞表を差し出し、挨拶している。
「ご迷惑をおかけしました」
「いや、君も大変だったね」
病院理事長が労ってくれる。救急車で運ばれてきた鮎美を診察したことが始まりで両親を亡くした。しかも、殺人未遂の疑いでも逮捕された。幸い検察からの取り調べも途中で甘くなり、すでに被害者として扱ってもらっているし、鮎美が念のために谷柿と久野に頼んで医道審議会へも声をかけていてくれるので医師免許への処分も無く終わりそうだったものの、毒物をパッケージし直すのに病院の設備を使ったりもしたので居づらさもあり辞表を書いている。理事長が辞表を受け取った。
「桧田川先生の評判は良かったのに……惜しいなぁ……辞めて、どうする?」
「……検察や医道審議会からの処分が無いことが確かになってから、東京で就職先を探そうと思っています」
「東京かぁ……引く手あまただろうね。田舎に残ってほしいものだ」
「すみません」
「いつ出発する?」
「今日にも、これから」
「送別会も開けないね」
「すみません」
つらい気持ちもあるけれど、明るい希望もある。付き合い始めた知念は警視庁所属なので鮎美と行動をともにしているものの生活の拠点は東京にある。しばらくは謹慎という名の無職状態になるけれど、知念が非番の日には会うつもりだったし、年齢的に結婚を見据えた交際はこれが最後のチャンスになると思っている。年下彼氏を逃がす気は無かった。迷っているのは自分の進路で美容整形外科の道を究めるか、それとも楽で子育てと両立できそうなレーザー脱毛くらいしかしない毛抜き医師になるか、もしくは亡くなった想い人に合わせて美容の道に来たけれど、本当には医師としては小児科に進みたかった。もう外科に来たので小児の内科系よりも、なり手の少ない小児の外科系に進むかだったけれど、とても大変で体力的にもきつく勉強することも多いし、自分の子育てとの両立が難しくなる。でも、やり甲斐はある。鮎美は小児というには大きかったけれど、若くて細胞が元気な分、治療効果も出やすく、また患者本人の後の未来も長いので責任が大きい分だけ達成感も大きかった。そして外務大臣になる鮎美を診て完治させたという実績は、すでに全国的に有名なので東京では、どこでも望む就職ができそうだった。なので進路は、これからたっぷりと時間があるので、ゆっくりと迷い、決めるつもりだった。
「じゃあ、元気で」
「はい、お世話になりました」
再出発をするつもりだったのにJアラートが鳴った。
「「………」」
理事長が、ちょっと待ってほしいという顔をした。そして揺れがくる。
「お…大きいな…」
「この県が震源地になるなんて…」
「いや…アラートのタイミング的には、距離はありそうだ…」
「そうなんですか?」
「君は地学の知識がないかね。アラートは予想しているのではなく発生を感知してから、揺れが伝わるまでの時間を…うわっ?!」
「キャっ?!」
揺れが大きくなり、理事長室の戸棚が倒れてきた。理事長が趣味で買った美術品や見栄えのいい医学書などが入っていた重い戸棚を二人ともギリギリで避けた。
「まだ揺れるのか…」
「こんなに揺れて…」
もう二人とも踏ん張って、また戸棚などが倒れてこないか警戒している。もう一つ、戸棚が倒れてから揺れがおさまった。
「ふーっ……」
「はぁぁ……理事長、ちゃんと棚を固定してなかったんですか?」
「ああ、すまん、すまん。患者さんが来るスペースは万全を期しているはずだが、理事長室は、ついな」
「こんなのの下敷きになったら入院確実ですよ」
「ところで桧田川先生」
理事長が受け取ったはずの辞表を桧田川へ向けて返してくる。
「うっ……まさか…」
「せめて一週間は、これを出すのを待って欲しい」
「……はい」
これだけの揺れで県内だけで転倒し骨折した高齢者は多いはずだったし、若年者も負傷していそうな大地震だった。きっと戸棚や冷蔵庫の下敷きになった人もいる。震源地に近い県から回されてくる患者もいるかもしれない。すでに119番は鳴りっぱなしだろうし、ここで、さようなら、と東京に行くことは医師としてできなかった。
「着替えて、救急外来に行ってきます」
「ありがとう!」
桧田川は女子更衣室で着替えながら、お菓子を食べて甘い缶コーヒーも飲んだ。どうせ、これから深夜まで食事できないのはわかっていたし、次々と運ばれてくる患者を診ているだけで精一杯で全国的に、どれほどの被害が出ているかを知るのは翌日になった。
2011年3月11日14時20分、三島は福井県の郷里に障碍をもって産まれ、その障碍のために短命に終わった子の納骨を済ませた後、曹洞宗大本山の永平寺に来て座禅を組んでいた。静かな山林の中にある僧坊を借りている。
「………」
今は無我の境地を意図しているのではなく、考え事をしている。子が亡くなり、二人目をもうけるべきか、それとも盟友となった鮎美の支援に全力を注ぐべきか、深く考えている。
「………」
我が子と同じく我も障碍をもって産まれた、性同一性障碍という、しかも同性愛者という稀な存在であり、この身がなすべき事業は何であろうか、7歳の頃、男根が生えてこぬ事実に泣いた、13歳になって恋をした少年に告白したが、お前は男っぽいから嫌だ、と言われて悔しかった、だが、この身が女であっても心が男であることに変わりはない、男たるを極めんと自衛隊に入り、多くの仲間ができた、楽しかった、ついつい仲間たちに身を許すを、同僚たる女子自衛官どもは白眼視したが、なんの外連もない、身の欲望もまた自然の摂理、若き血を滾らせるは至極当然のこと。
「………」
だが、我の血は肉欲のみにあらず、国家精神の健全たるをも求め、理解ある仲間とクーデターを検証し続けた、矛の会と称し研究し合ったものよ、だが其が発覚し隊を追われたとき、妊娠も判明し、迷ったが結婚し産んだ、いかなる因果か、子もまた障碍をもち、我がなすべき事業は、弱き子、危うき命らを守ることだと、矛の会を休眠させ、命の盾の会を創設した、集まった同志に左翼的な女性たちも多かったが、それもまた学習になった、真に子を守る会として過度に政治運動になってはならぬと、会の役員には必ずや子があり、その子が障碍をもっていることを条件にしたが今や、会長たる我が、その規約に外れ、範を示して辞するべきか、規約を障碍児子育ての経験とゆるめるべきか、迷いもあるし、芹沢殿を助けるには何が最良であるか、見極めねばならぬ。
「………」
彼女は素晴らしい、わずか18にして自己の指向を世間に告白し仮面をとった、あの胆力、あの構想力、まことの友にしたき者よ、うむ、我はついつい男仲間は友としつつも、おのが性欲の対象ともしてしまい、我が怪しき目で見れば、相手も相応、欲も出る、然れども、芹沢殿は女、我の性欲の対象にはならず、そして尊敬すべき人、彼女と切磋琢磨し、まことの親友となりたきものよ、女と親友になる、これこそ、いわゆる純粋に無欲な男友達と同じ存在ではないだろうか、だが、彼女は今、危機にある、外務大臣への昇格といえば聞こえはよいが、実質は悪しき自民党と、軽薄なる民主党に利用されておる、これを利用し返し、連合インフレ税を認めさせたは神業なれど、この先、いかに彼女を支えるべきか、わずか18、擦り切れてしまわぬよう守らねば、まさしく彼女の盾でありたいのだ。
「………む」
地震か……揺れておるな……震度3といったところか……この程度で思考を乱すは精神の薄弱、芹沢殿との関係、今一度、深く思考する前に一旦、無我の禅を組もう。
「………………………」
三島が結跏趺坐すること3時間、風呂敷で包んだ日本刀をもった青年が僧坊に駆け込んできた。
「ハァハァ! ここにおられましたか、三島先生」
「何を慌てている」
「我ら、矛の会に決起のときが来ました!」
その青年は自衛官時代の後輩であり同志だった。
「状況は?」
「大震災です! 東京が壊滅しました! 大阪も名古屋も!」
「なんと……」
「かかる国家存亡の危機! 我らが立つは今です!」
「子細、話せ」
「はっ!」
青年から被害状況を聴いた三島は立ち上がった。
「たしか芹沢殿のみが国外におられたはず!」
「はっ、本日も国会を欠席していたとの報道がありました」
「雌伏させし、矛の会同志たちに伝えよ! 今や雄飛のとき!」
「はっ!」
「トラトラトラである! ただし、これはクーデターではない。合法的な政権維持であり、芹沢鮎美内閣総理大臣臨時代理の名のもとにあれと! 我は彼女と盟友なり! 日本をともに変えようと約束しておる! この約束を果たすため、合法的に動くのだ!」
号令を発した三島は自身も最寄り自衛隊基地である小松基地に出向く。永平寺から軽自動車で移動すること北陸自動車道を使い40分、あえて歩いて基地を訪ねるため安宅パーキングエリアに車を駐め、青年と降りた。
「それは置いていけ」
青年がもつ日本刀を指した。
「ですが…」
「言ったであろう、これは合法的な政権維持。クーデターではない」
「はっ」
二人で歩いて移動し、民間飛行場としての玄関である海岸側でなく、ぐるりと飛行場を周り陸側の小松基地出入口に来た。
「あいかわらず空自の地上警備は手薄に過ぎるな」
「まったくです」
二人とも陸自出身なので航空自衛隊基地の地上からの侵入に対する警備の無さには遺憾さを覚える。その気になって武器があれば、またたく間に侵入して一人で戦闘機10機は使用不能にできそうだった。手頃な小銃と爆薬があれば、たった一人での夜襲で基地内の全航空機を破壊できるかもしれないし、それを同時多発的に行えば一夜にして航空戦力をゼロとできる気がする。失敗しそうなのはアメリカ軍と共同使用している基地くらいだった。
「どなたですか? ここに何か用ですか?」
さすがに二人が門に近づくと、もう日も暮れているので隊員に誰何され、それに堂々と答える。
「我は芹沢鮎美内閣総理大臣臨時代理が命を受けし、三島由紀子! これより小松基地を日本の中心とする。基地司令に通せ」
「……………わかりました。とりあえず、どうぞ…」
対応した隊員は鮎美の名を知っていたし、外務大臣になる予定だったことも知っており、三島の顔もテレビでチラっと見た気がするので、通すことにした。