復和元年3月29日火曜朝、鐘留は7時に目を覚まし、まだ不安感が残っているので、そっと布団と股間を撫でたけれど濡れていなかったので喜びに満たされた。
「♪」
やった、治ってる、オネショ、完全に治った、と鐘留は踊り出しそうなほど嬉しかった。ほぼ同時に玄次郎も起きたようで朝からニコニコとしている新妻を不思議そうに見ているけれど、あえて問わずに部屋を出る。鮎美の部屋からワンコが出てきた。
「おはよう」
「おはようございます」
「他の二人は?」
鮎美の部屋には鬼々島に滞在しているヨンソンミョら2名の韓国人も泊まっていて、狭い部屋に3人で寝ていたし、護衛の今泉たちは一人が当直として一階に泊まり、もう二人は島の民宿に泊まるという体制をとっていた。
「もう起きてます。私は陽梅さんを手伝ってきますね」
「ああ、ありがとう」
玄次郎の背後に鐘留が立った。
「アユミンからの指示がないから、あの三人、使いようがないんだよね」
「まあ微妙な情勢だからな」
一時はワンコたち三人でアイドルグループ的に韓国の愛国心と戦意を奮い立たせる動画を作成して配信していたけれど、南北朝鮮の戦線が膠着状態となり、さらに韓国軍が対馬を砲撃したので事態が複雑化し、くわえて昨日は鮎美と金正忠が何らかの合意を形成したらしく拉致家族が返還されている。なので、ただ単純に韓国軍を応援すればいい、という情勢で無くなってしまい、ワンコたちの動画作成は止まっていた。
「とりあえず飯にしよう」
一階へおりて7人で朝食をとる。当直だった今泉もいっしょに食べている。もともと陸自で1等陸士の一年目だったし、要人警護など訓練していなかったので、とりあえずそばにいて守っておけばいいくらいの感覚でヨンソンミョたちに接しているので、知念らが食卓をともにしなかったのと違い、遠慮はしたけれど玄次郎が勧めたので食べるようになっていた。今朝は卵焼きと外来魚の焼き物だった。
「またブルーギルかぁ。こいつ不味い」
鐘留がタメ息をつきながら、せめてポン酢を多めにかけているので玄次郎が教える。
「こいつはプリンスフィッシュとも言って、ありがたい魚なんだぞ。平成天皇が皇太子だったときシカゴ市長から寄贈されてな、そのときの15匹を日本の各地に放流したのが始まりだ」
「それ、いつの話?」
「1960年代だったかな」
「まだ50年なのに、よく増えたね」
「おかげで食糧難のときに役に立つじゃないか」
話しているうちに陽梅も祈りが終わり箸を持ったので、ヨンソンミョたちも待つのをやめて食べ始める。
「「「いただきます」」」
ごく基本的な日本語を使った。玄次郎は情勢が気になるのでテレビをつける。
「芹沢政権は昨日、会談を求めて訪問した民主党県議を中心とする金本氏らの議員団を小松基地内にて全員逮捕しました」
夕べも見たニュースだった。コメンテーターが怒っている。
「もう完全に芹沢政権は暴走状態ですよ。民主主義のミの字もない! ようやく立ち上がった議会が選んだ内閣総理大臣さえ逮捕してしまう!」
「逮捕容疑は侮辱罪だそうですが、どうでしょう?」
「かつての不敬罪を思い出しますね! ちょっとばかりレズだとかホモだと言ったくらいで逮捕というのは法律の悪用ですよ! 議員には自由な発言が認められていいはずだ!」
「他に政務活動費の不正使用で逮捕された議員もいるようですが」
「これは、仕方ないでしょうな。本人の身から出たサビだ。とはいえ、芹沢政権は事前に内偵していたようで議会を潰そうという意図を感じますね」
「さらに芹沢総理は全国の地方議員について政務活動費などで不正がないか、情報公開をもとめて調べるよう国民に促しましたね」
「しかも報奨金までつけているせいで、昨日は午後5時までに市役所へ駆け込んだ市民が帰らず、職員は徹夜で対応している」
画面が切り替わり、深夜の市役所に明かりがついているのを外から撮影した映像が流れる。中では職員と市民が対峙していたり、もう諦めて職員が議員から提出された領収書のファイルを渡して情報開示し、職員は破り取りや破損などをされないか見張るだけという状態になっている市役所もあった。領収書を見せてもらった市民は、その場で発行元に電話をかけ、茶菓子代やガソリン代が偽造でないか確かめ、偽造だとわかると万歳して喜んでいる。
「すでに百人以上の県議や市議が自ら不正を認め、謝罪しているようですが?」
「これも情けない話ですが、自首すれば処分を軽くすると、あの子が…いえ、あの芹沢が言いましたからね。しかも直後に彼女の政権でも副大臣と政務官が自首している。発表だけして処分は検討中というのも卑怯な話ですよ」
「被災地以外の、ほぼ全国で領収書のチェックに市民が押しかけているようです」
映像が流れる。やはり市役所の窓口や議員の事務所などに人々が押しかけているし、一切の不正がない議員は堂々としているけれど、わずかでも怪しい経費があったり、漫画本や絵本など孫にプレゼントしたとしか思えず、しかも孫の誕生日前に買っている領収書などがある議員は苦しい言い訳をしながら脂汗を拭いていたりする。言い訳の途中でシドロモドロになり泣き出して土下座する議員までいた。誰しも大震災と津波には文句が言えず、さらに北朝鮮からの核ミサイルと、中国との沖縄沖海戦、韓国からの対馬砲撃にも強い不安と怒りを抱きつつも何もできずにいた。そこにきて身近に存在して文句も言いに行ける地方議員の不正に報奨金までついたので、まるで市民革命のように押しかけ、打ち壊しのような騒動になっている。それでも鮎美が違法行為は逮捕すると脅したので、みな市民も意識していて怒鳴っても物は壊さず、議員の胸倉やカツラをつかむことはあっても殴ったりはしていない。けれど、押しかける市民を無視して自宅にこもったままだった議員の家7件が放火されボヤが出ていた。
「アユミンは完全な独裁権を確立するため、地方議員も叩くつもりなのかな?」
「いやぁ……そんな娘ではないと思うが……にしても約3割の議員が不正か……多いなぁ……社長や自営業出身の議員だと、経費の感覚で落としてたんだろうなぁ」
「玄次郎もやってる?」
「まあ、居酒屋にいけば必ず領収書はもらってたぞ。ミーティングだ、ミーティング」
「逃げた議員とか、捕まえたら死刑かな?」
テレビが全力疾走で自宅付近のコンビニ前を走り抜け、市民から逃げる議員を映している。スーツ姿で高齢なのに見事なダッシュ力で印象的だった。
「そこまでは、しないだろ。たぶん。なんだかソフトな文化大革命って感じになってきたなぁ……人民裁判みたいなこともするようだし。これ、絶対、中国とロシアも注目してるだろう」
食べ終わった玄次郎は仕事に出るため腰をあげた。
「いってくる」
「「「いってらっしゃいませ」」」
陽梅とワンコ、ヨンソンミョが家長を見送ったけれど、鐘留は今泉とテレビを見続けている。
「次のニュースです。北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国から拉致被害者9人が帰国され、これについて石永官房長官は発表しましたが記者からの質問には答えず、また被害者名の発表も本人と家族が同意した横畑さんら3名のみとなっております。この件、どうでしょうか?」
「被害者名が伏せられるのはデリケートな問題ですからよいとしても、一切質問を受けないという政府の姿勢は実に問題です。この時期に拉致被害者が解放されるというのは、どう考えてもおかしい。新しい指導者の金正忠が急に改心して、いい人になったのでなければ、裏で取引があったとしか考えられない。あの小泉総理が拉致被害者の解放を受けたときも、密約で115億ドル、当時のレートで1.4兆円が北朝鮮に払われる約束だったという話もあります。この時期での解放となると、いったい、どんな密約を芹沢政権が裏でしたのか、そこに注目が集まるのに、一切質問に答えないというのは実に不誠実きわまりない。外交上の秘密にも限度がある」
「やはり、かなりの金額が約束されたのでしょうか?」
「芹沢政権は死者の財布をあてにしていますから10兆円20兆円でも、出すでしょう」
「昨夜、ミクドナルド・トランプ氏とも共同発表があり、N友の会に入ったようですが、これは、いかがでしょう?」
「これこそ幼稚な女の結託ですよ。どちらも戦争で血を流すのは嫌だ。だから核ミサイルで解決しよう。ミサイル報復の権利を売ります、はい、買います、そういう安易な発想です」
「アユミンの悪口ばっか言ってて感じ悪い。こいつ死ねばいいのに」
今泉が答える。
「日本のマスコミって、基本は政権の悪口を言うからさ」
「じゃあ、君は外国のマスコミ、知ってる?」
「………いや……知らないけど…」
「そういえば、君ってホモなんだよね?」
「まあ……そうだけど。……そのホモって言い方で、昨日いっぱい逮捕されたのに言うか?」
「アタシはアユミンの友達だから友達特権で逮捕されないから大丈夫なの」
「処刑台の上で泣く日が来ないといいけど………オレも芹沢総理は尊敬してるけど、どんどんLGBTの権利をあげていって、普通の異性愛者を粛清していくなんて世の中は嫌だし」
「大丈夫、大丈夫、アユミンは進化論をベースに考えてる人だから、同性愛者は働きアリみたいに思ってるよ。産む層が消えたら生態系が維持できないのは、よくわかってるはず」
「生態系か……そういう目で人を見るのか………まあ、外れはしないだろうけど……」
ニュースが全国から地方のことに変わった。
「昨夜、全国で地方議員の政務活動費における不正を市民が押しかけて調査するということがおき、また議員自ら告白することも相次ぎ、ここ六角市でも茶谷弘幸市議と、鈴木義則市議が不正を認め陳謝しました」
「あ、あのオッサン!」
鐘留も見たことがある男性市議で、しかも鮎美が初めて応援演説をした鈴木義則と、鬼々島の振興を公約とする茶谷がテレビに映っている。
「この度のことは私の不徳のなすところで、まことに申し訳なく思っております」
「本当に申し訳ないの一言でございます。応援していただいた皆様に申し訳ないのはもちろん、すべての市民、国民、また芹沢総理に陳謝いたします」
二人とも脂汗を拭きながら自宅前でカメラと市民に向かって謝っている。集まっている市民から鮎美への批判の声はあがっていないけれど、テレビは鮎美の9ヶ月前の姿を映した。
「鈴木市議と茶谷市議は、芹沢総理が応援演説をおこなった市議で、当時の映像があります」
近所のコンビニ跡地でマイクを前にした鮎美が緊張した顔で演説しているけれど、だんだん喋るのに慣れてきてアドリブを入れた。
「せっかく応援したんやから鈴木先生には、ぜひ当選してほしいですから! 皆さん清き一票をお願いします! うちも初めての投票を鈴木先生にさせてもらいます!」
「アユミン……なんか初々しくて可愛い………人間って一年で、こんなに変わるの……今じゃミクド大統領と平気で喋ってる……」
「まあ、あいつが大統領かは、金本と同じで疑問だけど、核ミサイルを握ってるから強いよな」
「あ、そろそろ、裁判の時間だ」
鐘留はノートパソコンを開いて鮎美たちが配信する画像を見る。テレビではノーカットにならないし、場合によっては重要なところが編集されてカットされたりするので、モニターを並べて視聴する。ノートパソコンの画面には小松基地の大会議室で斉藤が撮っている映像が映った。まず田熊の裁判がおこなわれるようだった。会議室前方に11人の裁判員が並び、裁判員から見て右側に検察官と被害者遺族、左側に田熊と弁護士がいて、傍聴席も設けられているけれど、鮎美の安全上の理由から傍聴は別の裁判を担当している他11人の裁判員と政府関係者に限られており、公開は映像配信をもって代替えとするという説明テロップが流れたし、傍聴席の端っこに鮎美が座っているのは映ったけれど、正面前方の11人いる裁判員のうち顔を映して配信してもよいと答えたのは5人だけだったので他の6人は被写界に入らないようにされていた。
「これより開廷します」
慣れない様子で裁判員の長を担当することになった中年男性が言う。
「え~……」
マニュアルをもらっているので、それを読む。
「田熊被告、中央へ」
「へいへい」
呼ばれて田熊は立ち上がる。
「よっこらしょ」
軽い調子で中央へ進み、だらりと立った。力を抜いた顔で首を傾け、11人いる裁判員を眺めて言った。
「婆ァばっかりだな」
「「「「「……………」」」」」
無作為に選んだので半数の5人が女性だったし、最年少でも23歳だった。
「私語は慎むように。では検察官、求刑をお願いします」
「はい。被告、田熊衛士は5人の小学生女子を、もっぱら自らの快楽のために強姦し殺害したものであり、犯行の様態と動機に何ら酌量の余地はなく当職は死刑を求刑いたします。……」
検察官はチラリと鮎美の方を見た。鮎美は傍聴しながらも別の仕事も進めているようで官僚から報告を受けたり、書類を書いて隣にいる鷹姫とヒソヒソと話していたりする。とても忙しそうだった。
「付け加えて。今回の裁判制度は、一審のみと聞いております。すなわち、もしも、この今日の裁判で死刑をためらうようなことがあると、永久に死刑とする機会は失われます。裁判員の皆々様におかれましては、重い責任をかされ、戸惑いもあるかと思いますが、田熊被告の犯行は、たとえ三審制の裁判を10年かけておこなったとしても、必ずや死刑となる事件です。すでに証拠はご覧いただいた通り確かなものであり冤罪の余地は一切ありません。また、ふてぶてしく自白しており改悛の様子は欠片もなく、死刑でいい、などと言い放ち、当職が15年間、検察官として経験してきた中でも、これほどに悪質な者は類をみず、死刑以外の選択肢はない事件です。今回、法的に特殊な状態で公布施行された従来の死刑を超える、より残酷な死刑、具体的には被害者遺族による死刑も選択肢に入っておりますが、十分に値する事件と当職も考えますし、また、裁判員の方々に戸惑いがあるとしても、従来の死刑、すなわち苦痛を与えない死刑は最低でもくだしていただきたいと考える所存です。以上」
異例に長い求刑を検察官が述べた。
「では、田熊被告および弁護人から何かありますか?」
「ねぇよ」
「あります」
弁護士が挙手した。
「どうぞ」
「ねぇって言ってるだろ、ボケが」
「弁護士として今回の…」
話し始めた弁護士は速記官が挙手したので止めた。速記官は裁判員たちの斜め前にいて各人の発言を記している。
「速記官、なんですか?」
「同時に発言するのはやめてください。書き取れません」
「わかりました。気をつけましょう。では、弁護士さん、どうぞ」
「はい。一人の弁護士として今回の裁判は非常に乱暴であると強く懸念しております。事件の様態が粗暴であるから裁判も乱暴でいいなどというのは子供の発想です。……」
弁護士もチラリと鮎美を見たけれど、鮎美は海軍士官から模擬核弾頭を載せた輸送艦が順調に航行中であるも、中国軍の偵察機2機と、ロシア軍の偵察機1機と戦闘機6機が周囲を旋回しており、これに対して畑母神が戦闘機8機を派遣し、遠巻きに牽制していると報告を受けていた。
「聴いてほしい人が傍聴していないようですが。続けます」
弁護士は厭味を言ってから続ける。
「人一人の命を奪う死刑というのは非常に重い選択です。プロの裁判官でも本当に、死刑でいいのか、死刑しかないのか、眠れずに迷う夜もあるとのことです」
「だから死刑でいいって」
また田熊が言った。弁護士は渋い顔をして続ける。
「あらゆる人に人権というものが保障されています。その社会を守ってきたことの意義というのが、大震災で揺らいできている。揺らいではいけないところまで、揺らいでいるのです」
やや冗長に弁護士が語ると、裁判員の一人で若い青年が挙手した。
「堂島裁判員、どうぞ」
「弁護士さんもさ、こいつが5人も女の子を殺したのは事実だと思ってるわけですよね?」
「………現在、出ている証拠では、その可能性が示唆されているということは認識しています」
「「うぜぇ…」」
堂島と田熊が異口同音した。堂島が嫌な顔をしてから続ける。
「じゃさ、弁護士さんが裁判官だったら、こいつを死刑にする? しない?」
「…………そういった質問には答えられません。私は被告の弁護人です」
「う~ん………めんどいな……死刑でいいだろ、もう」
堂島が椅子の背もたれに身をあずけて言う。
「さんざん証拠も見たしさ。もう多数決やろうぜ」
「「「「「……………」」」」」
「異議あり!」
弁護士が挙手する。
「異議を、どうぞ」
「そもそも、この裁判自体がデタラメです! こんな風に人を裁いていいわけがない!」
「いやいや、さっき検察官も言ってたじゃん、どうせ10年かけても結論いっしょだって」
「だとしても、デタラメすぎる! 次は、あなたが被告になっているかもしれないんですよ! そのとき、こんな風に死刑にされていいんですか?!」
「いや、オレ、強姦とかしないし。ちゃんと口説いてからヤルし。田熊、お前、くだらない男だな。あ、でも、質問あるわ」
「堂島裁判員、質問を、どうぞ。ただし、裁判員としての品位を保ってください」
「了解っす。え~……田熊さん…いや、お前に、さんとかいらねぇよな。……田熊…被告だな。え~……田熊被告、あなたは小学生の女子ばかり狙いましたが、ロリコンというヤツですか、それとも、大人の女性は抵抗されそうで怖かったのですか?」
「…………死ね」
「お前が死ぬんじゃボケ」
「静粛に」
中年男性の裁判員が疲れた顔で問う。
「田熊被告に問います。何か言うことはありますか?」
「ねぇ」
「………では、多数決をします」
「異議あり!」
「「「「「…………」」」」」
「……弁護士さん、異議をどうぞ」
「たしかに、今回の被告を死刑にすることに、あなた方は迷わないかもしれない。けれど、他の事件でも、どんどん死刑を適応する社会になる第一歩なんですよ! これは! そこを考えてください! あちらを見てください! あの傍聴席にいる芹沢鮎美を! 人一人を自分の扇動で殺そうとしているのに、涼しい顔をしている! たまたま得た権力でね! 人は変わるんですよ! ボクはね、先月までの彼女は好きでしたよ! 弱者を助けよう! なんとか社会の格差を無くそう! そういうことに、真正面から取り組んでいた! けれど、震災が来て権力をえて、どうですか?! 一気に変わってしまった! 弱者を切り捨て! 軍隊を指揮している! もう毛沢東やポルポトよりタチが悪いですよ! 憲法を無視して人を殺す! そういうことを、あんな平気そうな顔でやっている人は来月再来月には私たちを死刑にするんです! そのへんを考えてください!」
「………」
鮎美は名指しされたので文科省があげてきた資料を見るのをやめて弁護士の目を見た。何か言いたくなって唇を動かしたけれど、ただの傍聴人という立場なので慎む。中年男性の裁判員が言ってくる。
「まあ、弁護士さんの心配は私も心配なんですが、それで芹沢さんに訊いておきたいのですが、芹沢さんは発言できますか?」
「はい。……今は、ただの傍聴人ですが、……裁判員の長が、訴訟指揮として指名され、私へ参考人として出廷するように命じられるのであれば、すぐに対応します」
「………う~ん………では、お願いします。芹沢鮎美さんを参考人として出廷するよう求めます」
「はい」
鮎美は傍聴席から立ち上がり、法廷となっている中央に入る。三井と鷹姫は護衛として左右に立った。鮎美と田熊の距離は2メートルほどになる。鮎美は田熊を見て、それから弁護士を再び見た。
「おっしゃるように、私も非常に乱暴な裁判であるとわかっております」
「ならば、なぜ?!」
「ごく単純な話です。非常事態においては非常の対応をする。のんびりと10年かけて犯罪者の権利も守りながら、やっていけるだけの余裕が社会にあるときは、そうすればよいでしょう。けれど、今は余裕がありません。また、もし、今、私が決断を鈍らせ、やっぱり今日の死刑はやめよう、となれば、おそらく社会の秩序は乱れるでしょう。そして何十件かの強姦殺人が生じる。現状、秩序の維持は最重要課題です。この課題の前に、5人も女の子を殺した者の命は議論の余地なく処するしかない、そう考えております」
穏やかに話しているのに鮎美には周囲を圧倒する迫力があって、弁護士もたじろいだ。それでも、人権の番人として、この為政者へ言っておく。
「……あ……あなたの恋人だった人も世間で殺人鬼ではないかと言われてますが、もし、あなたの恋人が、ここに立っていても、あなたは、そう言えますか?」
「…………………いいえ。公人としても私人としても、言えません」
「だったら…」
「まず公人として、牧田詩織にかかっている嫌疑は非常に怪しいものです。タックスヘブンによる罠ではないかと言われていますし、本人も、そう主張していました」
鮎美は冷静に話したけれど、涙が出たので指先で拭いて続ける。
「冤罪の余地があるのですから、丁寧な審理を要するでしょう。即決裁判には馴染まず、時間をかけ、証拠を吟味し、反論の機会を与えていただくべきです。また、私人としては、今ある自分の能力と権力、そのすべてを使って彼女を守り、彼女を罠に嵌めた者を見つけ出し、相応の刑罰をくだしたでしょう。それだけのことです。この男の件とは、まったく関係ありません。………守れる機会は無かったのですが………」
鮎美は泣きそうになったけれど、泣かず、裁判員たちを見る。
「ごく単純に、かつ道理というものを意識して考えてみてください。この男を生かしておくべきですか? それだけの話です。罪刑法定主義も手続きの正しさも、罪と罰の本質ではありません。罪があり相応の罰があれば、それでよいのです。以上です」
「わかりました。傍聴席に戻ってください」
「はい」
鮎美が戻ると、中年男性の裁判員は検察官のそばにいる被害者遺族に問う。遺族は女児5人の両親9人と、兄1人が来ていた。
「ご遺族、一人一人の意見を訊いてから多数決としたいと思います」
そうして遺族全員から涙ながらの意見を訊くと、もう結論は出た。親が娘を想う気持ちは当然のこと、出廷した兄は妹と11歳も離れていて、ずっと弟妹が欲しかったのに、なかなか産まれず、とうとう母が無事に出産したときは、嬉しくて分娩室の前で泣き崩れたという想い出と、妹が犯され殺されたと知ったときの絶望と憎しみを叫んでくれたので裁判員たちの気持ちも固まった。
「では決を採ります。田熊衛士被告を、過酷な死刑にかすことに賛成される裁判員は挙手してください」
全員が挙手して決まった。
「判決、被告、田熊衛士を過酷な死刑に処します」
「思ったより長かったな」
捨て台詞のように田熊が言ったので、検察官が挙手した。もう結審したので何か述べる段階ではないけれど、素人が裁判員なので、とりあえずあてる。
「検察官、どうぞ」
「今ね、この田熊は解放されたような気分でいる。芹沢総理、あなたの判断も一理ある。けれど、従来の死刑もそれはそれなりに過酷だったのです。日本では死刑執行日が実に曖昧だった。裁判で死刑が決まってから、何年も何年も苦しむのです。明日、死刑にされるのか、と。最初は強がっていられる犯罪者も、いずれ恐ろしくなってくる。この長い長い時間を過ごさせることも、被害者の無念を晴らす手段だったのです。……もちろん、この大災害と戦争で食料の貴重さや、人的労力を考えると無理だという、あなたの判断は正しいけれど、さっさと死刑にすることで、さっさと解放されてしまう、ということを覚えておいてください」
「……はい」
鮎美は返答して一礼した。ずっと視聴していた鐘留はノートパソコンの前で冷めてしまったコーヒーを飲む。テレビも同じ内容を放送していたけれど、ときどきコメンテーターが鮎美を否定するようなことを言うのが、うるさいので音量を最少にしていた。法廷は10分間の休廷となっている。
「意外と長かったね。2秒で死刑かと思ったのに」
「まあ、さすがにな」
今泉は鐘留と年齢が近いので友達感覚で言った。
「「「………」」」
ヨンソンミョらは日本の治世なので余計なことは言わず、ワンコが気を利かせて全員分の紅茶を淹れる。対馬に韓国軍から砲撃があって以来、たとえ今泉らが護衛についてくれるとしても、あまり外を出歩きたいとは思えない雰囲気になっている。なら、いっそ韓国に帰るという選択もあったけれど、能登の難民キャンプにいる仲間と連絡を取ってみると、日本政府が人道的に救った難民として自分たちが紹介されると、韓国内では自分たちのことが祖国を捨てた裏切り者とされているようで帰るに帰れない状態らしかったし、現状で日韓間で旅客機は止まっているし、船便は対馬経由が多いので、もちろん止まっている。結局、ここで息を潜めているしかなかった。
「あ、あの弁護士がアユミンにいちゃもんつけてる」
休廷になっている大会議室の映像は流されたままになっていた。田熊の弁護人をしていた弁護士が鮎美に詰め寄って何か言っていた。遠いのでマイクに入ってこないし、鷹姫は警戒気味に弁護士と鮎美の間に入っているけれど、鮎美は頷きながら聴いていて、わかりました、と言った感じだった。そして、カメラの方に近づいてくる。
「今、弁護士さんより、昭和の憲法が無効だというなら、次の憲法は、どうなるのか。現状では、あまりに曖昧で私の権力に際限がなく危険すぎるという指摘があり、少しでも決まっている部分があるのなら、国民に示すべきだ、と主張がありました。もっともだと思いますので、今、ここで前文と1から19条までを公布します」
そう言った鮎美が鷹姫に視線をやると、鷹姫は持っていた書類を読み上げる。
真日本国範条(しんにほんこくはんじょう)
私たち、日本は新たな規範として大日本帝国憲法にかわる真日本国範条をかかげます。
そも、わたしたちは、おおきみをいただき、わのくにをつくりました。
次に中国より律令制と漢字を習い、さらに尚武の国として栄え、そして欧米より聖書が発展した法理を習い、苦難の大戦争を経、日本国憲法という法理のもとに甘んじました。いわゆる平和憲法は、その理念においてみるべき点は多いのですが、戦力を保持しないと放言しつつ、自衛隊という機関を設置し、大きな矛盾を抱えながら、条文の解釈という手段で乗り切ってきました。
これがため法律と条文解釈を駆使すれば、あらゆる非道が法理によって正当化され、契約の自由という欺瞞のもとに、労働者の権利は剥奪され、大が小を削る在り方が蔓延しました。もともと江戸末期に日本へ法理が入ってきたおりも、不平等を正当化する手段という側面があり、とうの欧米人でさえ金融危機や租税において、法理の壁を悪用する者たちが栄え、富の偏りが顕著となっています。
ゆえに、私たち日本は法理よりも、道理を重んじます。
日本は天皇の仁と徳、人々の道理、そして自然の摂理によって生きていきます。それゆえ、これまでの法律は律令制の復古として、律条とし、憲法ではなく規範としての範条をかかげ、政令は国令、地方条例は地方令と読み替えます。そして、あらゆる条文は、その文言の裏をかいて脱法行為をすることは許されず、制定された本旨を重んじ、道理によって国を治めます。
1日本国は万世の天皇とともにあります。
2皇位は伝統を重んじ皇室典範の定めるところにより継承されます。
3日本国は天皇と神道を大切にします。
4天皇は日本国の統治権を総攬し、非常の事態において大権を行います。
5天皇は総理大臣を任命し、非常の事態において大権を与えます。
6平時には総理大臣のもと国家の統治権は七つに分立されます。一、行政権、二、規律権、三、裁判権、四、選挙規律権、五、公的報道権、六、土地処分権、七、軍権とします。
7規律権は選挙に関することを除いて国会が有し、国会は衆議院および参議院の両議院で構成します。
8裁判権は総理大臣が設置する裁判所が有し、裁判官と裁判員は良心と道理に従い、独立して職権をおこない、この範条と国会が定めた律条にのみ拘束されますが、道理を重んじます。
9選挙規律権は選挙規律委員会が有し、選挙規律委員は国民の中から無作為に選ばれた者へ義務教育終了程度の学科試験を課し、上位3分の2までの者へ任命します。ただし、学科試験においては聾唖者等障碍者へ配慮することとします。その任期は8年とし半数改選とします。再任には国民審査を要し再々任はなく、報酬は地方公務員と同程度とします。また選挙管理委員会は選挙規律委員を補佐し、かつ任期を終えた選挙規律委員を雇用することを妨げません。
10衆議院は国民の中から立候補による成年の普通選挙とし、参議院は国民の中から成年を対象に無作為に選ばれた者のうち国政に参加する自覚のある者とします。
11衆議院および参議院ならびに地方公共団体の選挙に関する規律は選挙規律委員会が国会から独立して審議し、制度設計および選挙区ならびに定数等を制定します。この制定に対し裁判所は著しく道理に反しない限り異議を判決することはできません。また、選挙規律委員の選出に関する律条は選挙規律委員会が制定しますが、国民から無作為に抽出されることおよび選挙制度に意見しうる程度の学力をもつことが条件の本旨であることを改変することはできず、制定が有効となるには天皇の承認を要します。
12公的報道権は報道委員が独立して有します。報道委員は国民の中から立候補による成年の普通選挙とし、相当の予算を与えられ国民の知る権利を保障するため、広く報道活動をおこないます。
13報道委員についての選挙に関する事項は選挙規律委員会が制定します。
14土地処分権は土地処分委員会が有し、国または地方公共団体が私有財産である土地を公共の事業のために収用するとき、その是非を審議します。
15土地処分委員会は国民の中から成年を対象に無作為に選ばれた者のうち公務に参加する自覚のある者とします。
16土地処分委員会は私有財産が国または地方公共団体によって収用されるとき、その必要性および対価の妥当性を考慮し、多数決をもって決議します。また必要によって土地以外の私有財産についても審議し決議します。この決議に対して裁判所は著しく道理に反しない限り異議を判決することはできません。
17軍権は国民と国土を守るため、天皇が統帥し、総理大臣が任命する防衛大臣が行使します。防衛大臣には10年以上の軍務経験がある者をあてることとし、かつ現役の軍人が任命されたときは、これを拒否できません。ただし、非常の事態において10年以上の軍務経験がある者で適切な者がえられないときは天皇もしくは総理大臣の判断によって相当の者へ任命することができます。
18この範条でいう非常の事態とは巨大な災害、戦争、内乱等の国家の存立と国民の生命を危うくする事態であります。
19すべて範条、律条、国令は道理によって解釈され、この本旨を無視した作為的な解釈は無効であり、道理は徳と仁をもって国民の安寧を意図するものとします。
鷹姫は堂々とした声で読み終えた。聴いていた弁護士は考え込んでいるし、テレビの中ではコメンテーターたちが騒いでいる。完全に、かつての9条を取り払い、自衛隊を軍としていることや、防衛大臣に軍務経験を求めること、さらに自分たちマスコミに関わると思われる公的報道権とは何なのか、蜂の巣を叩いたような騒ぎだった。
「アユミン、三権分立どころか七権にしたんだ。ややこしぃ」
鐘留のつぶやきが聞こえるはずはないけれど、国民も同じことを思っているだろうと鮎美が答える。
「モンテスキューが三権分立を言い出して、すでに300年、そろそろ人類は権力の分類をもう少し進化させた方が良いと考えます。まず軍権、これは国民と国家を守るときには、あらゆる手段をとりうると想定しています。ゆえに非常の事態においては、すべての権力に勝ります。次に、土地処分権ですが、これまでは行政権に含まれていましたが、土地収用は遅々として進まず、重要な空港や道路の建設が遅れる状態でした。このことは震災からの復興にも大きな足枷となります。さりとて行政が強権的に私有財産をバンバン取り上げるような国になるのも問題ですし、とはいえ、行政が大金をドンドン払い、土地の値段が釣り上がっていき、また、みんなのお金である税金が一部の地主に流れてしまうのも大問題です。なので無作為に抽出された委員が、妥当性を考慮し決議する形とします。これまでも土地収用についての委員会はありましたが、行政全体で見て盲腸ほどの器官でしかなかったのを、しっかりと分立した権力であると定め、力のある機関とします」
鮎美は一息おいてカメラを見つめる。
「次にマスコミ、これは、すでに第4の権力などと言われていました。ですが、インターネットの普及と、偏向報道をおこなうマスコミが顕著となり、かなり乱れています。インターネットは誰でも発信できますが、捏造や恣意的な意見の発信など、その真実性に大きな疑問がありますし、低予算というか、ほぼ予算なしで各人が勝手にやっております。そしてマスコミについても、広告収入をもらう都合もありスポンサーに都合の悪い報道はできない、結果、大企業による不当な契約や、不当労働行為については下火です。報道とは何か、報道もまた剣道、茶道、人道と同じ道の業です。どのような道理をもって、やっていくのか、そこを考えなければならないのですが、予算がなければ何もできない、予算のためには広告収入が、となるでしょう。また視聴率を意識すれば、ゴシップや政治家の不倫など、くだらないことを流さざるをえず、純粋に政策の是非を問うような報道は、ろくにない状態です。これを改善するため、報道委員を立候補制とし、選挙をおこない、予算をつけ、運営します。もちろん、従来の民間企業、私人による報道も妨げないことは、あとあとの条文で明記します」
鮎美は横髪を耳にかけて続ける。
「つぎに選挙規律権ですが、規律権を従来の立法権と読み替えてもらえば、わかりやすいと思います。これまで選挙をおこなうときのルールも被選挙人がつくってきました。これでは、ついつい自分たちに有利なようにつくります。米国のゲリマンダリングをあげるまでもなく、選挙区の区割りや定数など、また細々とした決まりも、与党が有利なようにしつつも、結局は平等なので、チラシの配布は制限されるのに、やたらとポスターを貼るべき掲示板は多くて、組織力のない候補者は苦戦し、また、インターネットでの選挙活動にも消極的であったり、それでいて色つきの旗を、そこらじゅうに立てるという戦国時代の陣地形成みたいなことを続けていたりします。問題なのは、立候補し選挙される側の人間が、そのルールをつくるということです。ゆえに、これを分立させます。選挙に関するルールや区割り、定数は住民人口などを考え、選挙規律委員会が決めます。その他のルール、つまりは法律、新制度では律条としますが、この立法権、規律権は国会にあるとして、しっかりと分立させます」
そこまで説明すると、休廷が終わり再び裁判が始まる。今度は鮎美らは傍聴席でなく検察官の隣に座った。被告は本名不明の在日外国人で、戸籍を不正に得ようとしたので国が被害者という立場であり、鮎美が国の代表だった。裁判員たちは入れ替わり、さきほどは傍聴席にいた11人が前に座っている。再び中年の男性が長に選出されていたようで、やや禿げた頭をした男性が指揮をとる。
「これより開廷します」
禿げた男性もマニュアルを見る。
「え~……本名が不明ですので、番号で呼びます。3939117号、中央へ」
「……………」
ずっと完全黙秘している被告は日本語の理解は完璧なようで、黙って立ち上がると中央に来た。鮎美との距離は1メートル強となるので鷹姫とゲイツらは警戒する。警戒して正解だったという感じで被告は鮎美へ襲いかかる意図があったような目をしていたけれど、警戒が厳重なので諦めた様子だった。
「…………」
被告はスポーツ刈りが伸びたような髪型で、細身の中年、日本人にも見えるし、外国人だと言われれば外国人のようにも見える顔立ちだった。
「では検察官、求刑をお願いします」
「はい、被告3939117号は、自らの氏名を偽り、また高い可能性で外国人であるにも関わらず日本人であると称し、津波によって亡くなられた方の健康保険証と名刺を使い、不正に二つの戸籍を取得し、さらに三つ目の戸籍を取得しようと画策したところ発覚し逮捕されたものであります。逮捕後、黙秘して一切を語らず、本名も不肖であり、前科の有無も確かめられず、当然反省の様子はなく、この非常事態において戸籍の誤魔化しは行政を大きく混乱させ、社会の秩序を破壊するものであり、すでに公布施行されていた通り、死刑とするのが相当であると当職も判断し、死刑を求めます」
「では、被告および弁護人、なにかありますか?」
「…………」
被告は黙ったままで、弁護人となっている女性弁護士が語る。
「すでに提出されている証拠で、この人が不正をされたのは確かです。指紋、頭髪、すべて本人のものです。ゆえに、この人が罰を受けるのは当然です。けれど、死刑はいきすぎです。罪刑法定主義の大切さ、それに、量刑を考えて、不当すぎます。初犯であれば、せいぜい懲役5年ほどの罪で死刑にしようとしているのは外国人への偏見さえ感じます。裁判員のみなさまも考えてみてください。この人は、ごくごく素直に自分の指紋と頭髪を市役所の窓口で提出しています。そこに誤魔化しはありませんでし…」
発言の途中で海軍士官が再び緊迫した顔で法廷へ入室してくる。駆け足で鮎美へ耳打ちしにきた。
「畑母神大臣より至急の報告です。輸送艦の周囲上空でロシア空軍と交戦になる可能性あり、すでに輸送艦へ異常接近しており、いよいよ危険を感じるときは先制攻撃もありうる、とのことです」
「あかん!」
思わず大きな声で言ってしまった。そして海軍士官と急いで廊下へ出ると告げる。
「交戦は絶対にさけてください。そして鈴木大臣を通じてフーチン大統領へ連絡をとり、会談を申し込んでください。日本は今後、ロシアと強い友好関係を築く国でありたい、と芹沢が言っていたと」
「はっ!」
海軍士官が司令室へ駆け戻っていくし、鮎美も気になるので司令室へ行き、畑母神と状況確認する。日本海を航行する模擬核爆弾を載せた輸送艦は島根県沖を進んでいたけれど、複数のロシア空軍機が交替で異常接近していた。それに対して日本空軍の戦闘機は遠巻きに守っているだけだったのを押し返しに出るつもりでいた畑母神へ忍耐を頼み、そのまま様子を見ていると鈴木からの連絡が奏功したようでロシア空軍は引き上げてくれた。
「「ふぅ…」」
安堵の息をつく二人へ司令室に来た鈴木が言う。
「芹沢総理との会談をOKしてもらいましたよ。あちらの都合で午前1時になりますが、大丈夫ですよね?」
「頑張ります」
そう言った鮎美は法廷である大会議室へ戻る。鮎美がいないので審理は止まっていて女性弁護士に厭味を言われる。
「人一人の命がかかっている即決裁判なのに、よく抜け出すなんてことができるものですね」
「すみません。重要な用件だったので」
「人の命よりですか? 軍人からの話の方が大切だと?」
「………はい。私と、あなた、その他、何千万という日本人の命がかかっているので、この裁判より重要です。そして、この裁判も人一人の命ではなく、多数の命がかかっていると私は認識していますが、弁護士さんにとっては弁護している一人の命しか見えていないようで残念です」
「………。裁判員長、再開してください」
「はい、再開します。弁護人、続けてください」
「被告は、ごく素直に市役所の窓口で頭髪と指紋を提出し、たしかに保険証や名刺は拾った物を使いましたが、計画的な犯行というより、たまたま拾った身分証明書を見て、魔が差したという程度の犯行です。これで死刑はあまりにむごい。そして、失礼ながら被告は素直に頭髪や指紋を出すあたり、DNA検査だとか、そういった知識がない、不幸にして教育を受ける機会が乏しかったものと思われます。そういう人には刑罰でなく、やり直しのための教育の機会を与えるのが法治国家の本当であって、なんでもかんでも死刑というのは野蛮人のすることです」
女性弁護士は裁判員たちを見つめて続ける。
「よく考えてあげてください。この人は不幸にして教育を受ける機会に恵まれず、また外国人ということで、これまで日本で多くの苦労もしてきたでしょう。そうして私たちと同じに大震災に遭い、大混乱の中で、なんとか人として、まともに扱われたい、そう願い、日本人としての戸籍があれば、少しはまともな扱いが受けられるかと期待して、ついつい拾った保険証と名刺を使ってしまったのかもしれません。それに、二つ目、三つ目とつくったのも、一つでは不安だったから、二つ目は予備にと考えたのかもしれないし、仲間や家族の分として考えていたのかもしれません。それで死刑ですか? 私は死刑反対論者ではありません、救いようのない犯罪者はいるでしょう、さきほどの裁判、田熊被告の件は仕方ないと思います。あれだけのことをすれば、それは確かに死刑しかないでしょう。けれど、この人は、ただ市役所の窓口に行って申請しただけです。誰も殺していないし、傷つけてもいません。ただ自分を救いたかっただけです。それで死刑は、むごすぎます。よくよく考えてください。あなたの子供が、あなたの兄弟、友人が、もし外国に流れ着いて、こういう扱いを受けていたら、それでいいですか? せめて数年の懲役刑で十分ではないですか? この国を死刑ばかりくだす独裁者の国にしないでください。お願いします。以上です」
禿げた裁判員の長が鮎美へ視線を送る。鮎美は挙手して反論する。
「誰も傷つけていないなどというのは大間違いです。まず、津波で亡くなった人は、どんな思いで、この法廷を見ているでしょう? 戸籍を奪うということは、銀行口座にある預金も、その他の財産、住宅があれば家も、これまで納めてきた年金も、すべて奪われるのです。もし、亡くなった人の子供が無事に救出されていたら、どうでしょう? 本来、震災孤児として扱われ、これから用意しますが相応の給付金を支給するのですが、にせの父親が生きているということで、とてもややこしいことになります。当然、その頃には銀行口座にあった預金など引き出して使っているでしょう。逃げ切ることを考えるなら住宅も売り払っているかもしれない。また、奥さんや両親がいて、いっしょに津波で亡くなっていれば、これについての給付金なども、できれば支給したいと思っていますが、こういう嘘をつく人がいるせいで行政は大変に困るわけです。しかも、一人分というのなら、まだしも二人分、三人分と取得しようと市役所に出向いています。この被告、発見されなければ五人分、十人分とやったかもしれませんよ。そのせいで、それだけの人が正当なものを受け取れなくなり、相続などもややこしくなり、行政も裁判所も迷惑するのです。教育を受ける機会が無かったなどと、弁護人は言いましたが、被告は市役所の窓口で流暢な日本語で申請したそうです。完全に確信犯です。わかっていてやっている。誰も傷つけていない、殺していないなんてことはないのです。こういう人への対応、こういう人が騙し取る金額、そういうことを考えて行政が動くことで、より手間が増え、結果、本来は助けてあげるべき、声をあげることもできない震災孤児などへの対応が後回しになってしまいます。その結果、両親が亡くなった十代の子が将来を悲観して自殺することも10や20でなく生じてきます。もし、行政の手間がはぶけていたら、こういう子へのサポートができていたかもしれないのに。そういう意味で、被告は三人分の戸籍を奪っただけでなく、行政にかけた負担で考えれば10人20人と殺しているも同然なのです。この混乱期に嘘をついて他人の身分を奪い、財産を奪い、国から給付金を騙し取る、これがどれほど悪辣なことか! まだ銀行強盗の方が素直です! 国にかけた負担、国民から奪おうとした財産、それらを考えれば十分に死刑が相当します!」
鮎美の反論を受けて女性弁護士が挙手して再反論する。
「たしかに被告は悪いことをしました。二人分の戸籍を奪い、三人分目が未遂で逮捕されています。けれど、まだ財産や給付金などは取得していませんでした。いわば未遂犯です。それで死刑はいきすぎです。被告にやり直す機会を与えるべきです。ずっと、被告は黙秘していますが、日本語が流暢な彼は、この状況を理解してもいるでしょう。それでも、黙っている。どうしてでしょう? きっと、怖いからです。いったい、自分がどうされるのか、考えてもみてください。もし自分が外国人に囲まれ、外国人が運営する法廷に連れてこられ、死刑死刑という総理大臣のそばで審問されたら! 怖くて何も言えないじゃないですか、なにか言えば、それで死刑にされるかもしれない、とにかく黙って怯えているのです。私だって、怖いですよ。今はまだ裁判という形式を保つ独裁者が、いずれ、より暴走して、今日こうやって反論した私を罪におとしめるかもしれない。ほんの一言、同性愛を否定するようなことを言ってしまったり、過去にブログなどに書いていたら、それを見つけて逮捕、あとは罪をでっちあげて死刑、そうされるのではないかと怖い。けれど、ここで、しっかり誰かが反論して止めておかなければ来年、処刑台にいるのは私たちかもしれないのです。被告の罪は、どう重くみても懲役5年です。実質的には、ただの詐欺です。詐欺で人を死刑にしてはいけません!」
鮎美が再反論する。
「なぜ、被告はふてぶてしく黙っているのか、せめて自分の本名くらい名乗ればいいものを、黙秘権は氏名まで名乗らないことを想定していません。そして、私が被告の立場であれば、泣いて謝り慈悲を乞います。心底反省しているかは別として、とにかく死刑をさけたいので泣いて謝るでしょう。でも、被告がそれをしないのはきっと、日本人に頭をさげてなるものか、という気持ちがあるからでしょう。騙し取ろうとしたのに失敗し、謝るどころか黙り続ける。反省など欠片もありません。こういう被告が死刑にならなかったとき、どうするでしょう? 懲役5年? 今の状況で5年も三食提供していくのですか? そして5年後、心から反省していて、もう悪いことはしないでしょうか? 三人分以上も亡くなった人の戸籍を奪う人間を死刑にするのは当然です。また、死刑にしなかった場合は、どうでしょう? この裁判は全国、全世界に公開しています。ということは、同じく戸籍を騙し取ろうとしている人間も、きっと見ています。そして結果、死刑にならなければ、よしやってみよう、どうせ死刑にならない、うまく金持ちの戸籍を盗れれば最高だ、捕まっても5年で済む、そんな思考をする人間は外国人に限らず日本人にも、きっといます。これが、どれだけ社会の秩序に混乱をもたらすか、考えてみてください。そして、こういう人間を抑制することで、助けるべき人を助けられる可能性と、こういう人間が多く出てくることで助けられたはずなのに助けられなくなってしまう孤児たちのことを!」
「「「「「……………」」」」」
裁判員たちが考え込む。禿げた裁判員の長が被告に声をかけようとしたけれど、その前に女性弁護士が挙手したのであてる。
「弁護人、どうぞ」
「今、芹沢総理が言ったことは、ようするに見せしめにする、一罰百戒のために、この人を殺す、そういう野蛮なことを言ったのです。そんな野蛮さは許されることではありません」
鮎美が挙手しあててもらい、女性弁護士を見つめて言う。
「現在、環太平洋地域の国々は、すべて野蛮な状態です。その中で、もっとも秩序を保っているのは日本です。けれど、その日本にしても、ある程度は野蛮な状態です。人も元来、生き物です。自分が生きるためには他者を殺してでも生きる、そういう側面が一つの真実です。それでも、少しでも秩序を保って集団を維持していきたい、今、秩序を保てるギリギリの段階です。ここで混沌の方に流れれば、それこそ、あなたの言うように私は死刑死刑と、疑わしき者を、どんどん切っていかなければならなくなります。まがりなりにも裁判という手続きをとっているのは、まだ秩序があるからです。裁判員のみなさん、どうか、この事件が日本の分水嶺であると考え、判決ください」
再び女性弁護士が反論する。
「裁判員のみなさん、あなた方は死刑に賛成と手をあげるだけかもしれない。けれど、実際に死刑にするのは刑務官です。人の命を殺めるというのは簡単なことではありません。こんな軽微な罪で死刑といわれても、刑務官たちも戸惑うでしょう。本当に死刑にしていいのか、そもそも総理代理令による刑法改正なんて有効なのか、ヘタをすれば、死刑執行をしたことで殺人罪にならないか、そういう不安と危険もあるのです。芹沢さんだって、そうです。あなたは口で死刑と言うだけかもしれない。それが相当だという判断で、そう言う。秩序の維持に邪魔だから、切る、その判断は正しいつもりかもしれません。けれど、あなたが刑務官の立場だったら、どうですか? いよいよもって人を殺せますか? 自分の手を汚さず、他人に手を汚させる、これから、あなたは、そういうことをしようとしているわけです。いっそ、死刑判決が出たなら、あなたが執行すればいい、その覚悟があって言うべきです」
「………………」
鮎美が考え込む。鷹姫が言った。
「私がなします!」
鷹姫が発言していい場なのかには疑問があったけれど、禿げた裁判員の長は素人なので注意せず、鮎美が決めた。
「わかりました。裁判員のみなさま、死刑判決をください。私が執行します」
「「「「「……………」」」」」
裁判員たちも悩む。禿げた長が被告に問うてみる。
「被告人、何か言うことはありますか?」
「……………」
「なにかないですか?」
「…………」
「そうですか…………では、私から国側代表、いえ、芹沢さん個人に問います」
「はい」
「私たちが死刑判決をくだした場合、あなたが本当に執行する気ですか?」
「はい」
もう鮎美は迷っていなかったので、むしろ裁判員たちが戸惑う。
「……え~っと……この被告には、たしか過酷な死刑ではないですよね。どういう死刑なのですか? 絞首刑ですか?」
「いえ、絞首刑とする設備がないので苦痛を与えない方法として銃殺が予定されています」
「銃殺ですか………、あなたは人を殺したことがあるのですか?」
「ありません」
「………銃を撃ったことは?」
「ありませんが、ここには教えてくれる人は多いでしょう」
「そうかもしれませんが………銃刀法違反では?」
「法務省と相談しますが、業務上の強い必要性があったので適法、となるようにします。問題の本質は、そこではないですし」
「そうですね………わかりました。結審します。……結審しますが、被告人、何か言うことはありますか?」
「…………」
被告は押し黙ったままだった。
「では、決をとります。被告3939117号を死刑とするのに賛成な裁判員、挙手を願います」
「「「「「……………」」」」」
挙手したのは8人、迷いつつも3人は手を挙げなかった。
「8人ですね」
自分も手をあげた長が告げる。
「判決、被告3939117号を死刑とします」
「ご理解、ありがとうございます」
鮎美が礼を言い、ずっと黙っていた被告が吐き捨てる。
「日本死ね」
「「「「「………」」」」」
やはり日本語が話せたのか、と被告以外の全員が思った。
「これより次の裁判まで休廷とします」
ずっと鐘留たちも見入っていたし、テレビのコメンテーターたちも、法廷で繰り広げられた舌戦に何も言えず見ていたけれど、休廷となったので騒ぎ始める。話題は被告が死刑に相当する罪なのか、ということより、鮎美が自ら死刑執行すると言い出したことだった。
「彼女自身が死刑執行するということですが、どうですか?」
「非常に危ないですね。異常性を感じます」
「芹沢の恋人だかパートナーも異常殺人者だった。類は友を呼ぶといいますからね」
「いわゆる人を殺してみたかった、というやつでしょうか」
「虐殺者になっていく過程ですね」
「楊貴妃にせよ、北条政子、日野富子、いずれも女性が頂点にたつと、こういった残虐性が出てくるわけですよ」
「次の裁判は石永静江ですが、彼女は、ただ接待と車代という名目での現金受け取りがあっただけです」
「ええ、これで死刑をかすようであれば本当に異常ですよ」
「石永静江のやったことについては総理代理令とかいうもので事前に禁止していたわけでもない」
「そうです、彼女が公務員であるのかも曖昧ということは昨日の謝罪会見で石永官房長官が述べていることです」
「これで死刑というなら、それこそ虐殺ですよ」
「芹沢にとっては、かなり年上の教育役ということですから、目障りだったのかもしれません」
「ええ、殺してみたい、むしろ、殺してやりたいヤツだから殺すという感覚ですね」
「正常人の感覚からして死刑の執行をするというのは、ありえないわけですよ」
「それを、躊躇いもなく承知しているところが実に異常です」
テレビを見ていた鐘留が腹立たしく叫ぶ。
「アユミンは自分の責任だと思ったから、やるって言っただけじゃん! 自分でやるのが、どんだけ大変か!」
幼い頃に両親が障碍のある弟二人を殺していたかもしれない鐘留が涙ぐんだので今泉は何と言っていいか迷い、とりあえず言ってみる。
「結局、テレビのヤツらは適当いってるだけだよ。先輩らがPKOに行ったときも、超テキトーなこと言ってたから」
「「「…………」」」
ヨンソンミョたちは何も言わず、紅茶を啜った。休廷中のカメラに石永が近づいてきて頭をさげる。
「国民の皆様に、改めてお詫び申し上げます。この度は自分の妹、石永静江の件にて本当に皆様のご不快、お怒りをいただき、まことに申し訳なく思っております」
「シズちゃんまで死刑ってことは、ないと思うけど……」
いつもふざけている鐘留でも、それなりに知り合いである静江が死刑になるのは怖かった。急に石永が全国に向けて謝り始めたので、なんとなく静江の死刑は無いような気がしてくる。
「皆様に深く謝りつつ申し上げます。昨日も申し上げましたが、まことに申し訳ないことに石永静江の法的な身分は曖昧でした。静江が不当な接待と現金を受け取っていたことは確かです。けれど、これを法的に裁くとなると、難しい側面が多々あります。芹沢総理は罪刑法定主義をある程度は緩和して、罪は罪として罰するべきという姿勢を表明されておりますが、静江が犯してしまった罪は、従来の量刑では、おおよそ罰金20万円程度のものです。これで死刑になるのは、あまりに過酷ということを、私から芹沢総理にお願いし、また芹沢総理も、自身の監督不行届を国民の皆様へ申し訳なく思うと同時に、激しく静江にも怒っていたのですが、それでも死刑というのは、あまりにむごいということは最初から理解いただいており、今日、これから裁判員による裁判をおこないますが、それらは、すべて静江に反省を促すための狂言であり、実際には、法的な安定、とくに罪刑法定主義を意識した結果、身内に甘いと言われることも覚悟しておりますが、静江にくだす刑は、刑ではなく、被災地でのボランティア6ヶ月、その被災地は事故原発の近く、私たち政府が安全であると言っている地域のうちで、もっとも事故原発に近いところを選定する予定です。国民の皆様におかれましては、激しい怒りを覚えておられるかと思いますが、どうか、死刑ということは、私の妹へ求められることは、何卒ご容赦いただきますようお願い申し上げます。かわりというわけではありませんが、これから静江には裁判を受けさせ、そこで死刑判決がくだされます、また、そのまま処刑場へ連れて行かれ、本当に自分は死刑になるのだという思いはさせます。ただ、最終的に死刑にはならず、それで解放し、深く国民の皆様に謝罪させるということでお許し願いたく存じます」
石永がモニターの中で深々と頭をさげた。鐘留が言う。
「えっと……つまり、これから茶番をやるってこと?」
「そうなる感じかなァ……けど、本人は自分が死刑になると思ってるわけで……史上最恐ドッキリって感じかな」
ワンコが言う。
「それって一生のトラウマになりません?」
「日本人のやること、理解できない」
ヨンソンミョもつぶやいた。今泉が腕組みしつつ答える。
「まあ、いわゆるガス抜きと、リンチを兼ねた感じかな。オレだって、みんなが苦労してるのにホストクラブで遊んでたヤツはむかつくし。津波の後始末くらいならともかく中国軍との戦闘で戦死した人だっているし。ずっとオレも芹沢総理のそばにいたから知ってるけど、日によっては夜中まで頑張ってたのに、思い出してみれば、この秘書は夕方になるとパッと消えてたから」
今泉が言っているうちに、モニター内の法廷に静江が連行されてきた。両腕をゲイツに握られ、腰が抜けて立てないまま、運ばれてきている。桧田川もいて点滴スタンドを押していて、静江の左腕に何かの点滴をしていた。配信画面とテレビにテロップが映る。
これから官房長官の妹であり、総理大臣の秘書であったI・Sに裁判を受けさせますが死刑にはしません。これは一種の社会実験です。また、I・Sが受けている点滴はショックによって心臓麻痺をおこさないための薬剤です。
と説明された。そして茶番である裁判が始まる。裁判員は11人で、今回の長は若い男性だった。
「では、これより開廷します。被告人、石永静江は中央に立ちなさい」
「っ、は、はひ!」
静江は震える膝で被告人席へ向かい、よろよろと立った。鐘留が嗤う。
「きゃははは! 超ガクブルじゃん! 昨日の謝罪会見のときよりブルってる!」
「まあ前の2件も死刑判決だったしな。国民の怒り的にはマジ死刑って空気だし」
今泉も見ていて笑えた。静江が同性愛者に嫌悪感をもっているのは、なんとなく感じていた。とくに女性同性愛者へ嫌悪感が強いようだったけれど、男性同性愛者のことも良く思っていないのは雰囲気で伝わっている。そして、鮎美の護衛をしていて見かける静江が大臣たちにも尊大に接していたのは知っているだけに、今の零落ぶりは笑えた。
「では、検察官、求刑をお願いします」
「……死刑を求刑します…」
検察官は茶番に付き合うのは不本意という顔で、とりあえず言った。
「ひいぃいぃ…ごめんなさいぃいい!」
静江は謝りながらズボンを尿で濡らした。もともと濡らしていたのが、より広く濡れる。見ていた裁判員のうち4名が笑いそうになって我慢しているし、鐘留も大笑いした。
「きゃはっははははは! おケツぶるぶるさせてる!」
「本人はマジに死刑求刑だと思ってるからな」
若い裁判員の長が検察官の隣にいる鷹姫へ問う。
「国側代表、宮本さん、口頭弁論をお願いします」
「はい。被告石永静江は数千万という人々が亡くなり、国家存亡の危機である時期に、自らが総理大臣の秘書であるという役職の責任を忘れ、明らかに不当である接待を受け、また、あろうことか現金を受け取り、かつ富山市と福井市のいずれかを副都心とする選考過程において、各大臣へ偏った情報を流し、まっとうな選考がおこなわれることを妨害したものであり、この罪は万死値します。死刑をもって処するに何らの躊躇いはない事件であり、裁判員の方々には即時死刑を言い渡していただきたくお願いいたします」
「ひはひぃうあううぁい!」
静江は意味不明な声を漏らしながら鷹姫と裁判員に向かって土下座を始めた。鐘留がクッキーを囓りながら言う。
「さっきの被告2人もさ、土下座したらギリで死刑は無かったかもね」
「どうかな……名無しの外人は、ともかくさぁ、5人も小学生を殺したヤツは土下座しても死刑じゃないかな」
今泉もクッキーをもらう。
「では、弁護人、何かありますか?」
「ありません。死刑しかないと思います」
この茶番の弁護人を弁護士に頼んでみたけれど、どの弁護士も断ったので法務省の女性職員が労務管理士という資格のバッチをつけて担当していた。静江は動揺しきって泣いているので、どんなバッチを着けているのか、きちんと見えていない。
「ひあうあひ! ほういあは!」
やっぱり静江の発声は意味不明だったけれど、そんなひどい、と言っているような気はした。
「では、被告、何かありますか?」
「ももお、しがけげはいせん! もうしがえせん! あひあいが! うぃっわるがただたあいあいでがう! ずばあがいげいぜん! ほんぐがうじゃじいがいげんぜん!」
まったく聞き取れないけれど、泣きながら土下座しているあたり、申し訳ありません、本当にすみませんでした、と言っているような雰囲気だった。
「え~っと……結審に入る前に……え~っと……」
長である裁判員が迷っていると、若い女性の裁判員が挙手した。
「藤崎裁判員、どうぞ」
「はい、石永被告に問います。最初の接待を受けたとき、寿司屋さんだったそうですが、その時期、まだまだ被災地では多くの人が息絶え、また津波に攫われて海上を流されていたりしたのですが、そういったときに、どういう気持ちで、お寿司を食べられたのですか? 美味しく感じましたか?」
「ぐじがいねいぎ! すぎすいいぎあんん! うすみあせん!」
すみません、すみません、と号泣しながら謝っている感じだった。可笑しすぎて鐘留が笑いながら畳を上を転がった。鐘留は、あと数日で着るのが本物でなくなるので高校の夏服を着ていて、極端に短いスカートなので下着が丸出しだったけれど、今泉はゲイであり、他は女性なので誰も鐘留の股間へ注目しない。他の裁判員が挙手している。
「恵比寿川裁判員、どうぞ」
「はい、石永被告に問います」
今度は高齢の男性裁判員だった。各裁判員たちは田熊や3939117号のときは事件の重さに質問を躊躇っていたけれど、今は茶番だという気軽さと、やはり静江が腹立たしいという理由で、すぐに結審に至らず質問して責めていく。
「片町のホストクラブで一晩に163万円の接待を受けていますが、この金額で被災者に食事を提供した場合、何食分になりますか?」
次々と裁判員は静江を責めるような質問をしたし、いずれでも静江の答えは聞き取れなかった。そしてショックで心臓麻痺を起こさないために受けている点滴のおかげで水分補給されるので、つねに失禁を繰り返している。
「はひ…ハァ…はひ…ハァ…ぐすっ…うぐぐ…」
泣きじゃくる静江を見かねて年配の女性裁判員が挙手した。
「所橋裁判員、どうぞ」
「被告は動揺しすぎており返答が聞き取れません。一度、土下座をやめ、椅子に座って、お茶でも飲ませ、落ち着くのを待ってから再開しませんか? あと、着替えもさせてあげてください」
所橋の意見はもっともだったので採用され、静江は椅子に座らせてもらい、お茶をもらった。それを飲み終わると別室で予備のパンツスーツに着替えさせてもらい、再び蒼白な顔で法廷に現れ、まだ震えているけれど少しは落ち着いた様子で着席した。
「…ハァ……ぐすっ……ハァ……」
「石永さん、あなたは自分の行為をどのくらい後悔していますか?」
所橋は優しく問うた。
「…ハァ……はい……深く、深く……深く……ずっと後悔しています……ぐすっ…ぅぅ…もう二度と……もう二度と、…ぅう……国民のみなさまを裏切るようなことは……ぐすっ…いたしません……どうか、どうか、死刑だけは、お許しください……ハァ…ぅぅ…」
やっと聞き取れるような返答が静江の震える唇から発された。涙に濡れた目で各裁判員へ必死の視線を送り、どうか助けてほしいと懇願している。テレビのコメンテーターがつぶやく。
「茶番とはいえ、本人は必死ですね」
鐘留が批判する。
「くだらないコメント、そのまんまじゃん」
再び所橋が静江に問うている。
「もし、死刑をまぬがれ、復帰できるなら、これからは、どのような姿勢で生きるつもりですか?」
「ぐすっ…はい……もう二度と……ぐすっ……間違いを犯さず……誠心誠意、……やれることは、なんでもやって……今までの反省にしたいと……ぅぅ……思っております」
さらに他の裁判員からの質問にも静江は、それなりに返答と謝罪を続け、いよいよ質問が出尽くしたので結審となる。
「では、決をとります。被告、石永静江を死刑とするのに賛成な裁判員、手を挙げてください」
「「「「………」」」」
予定では全員が挙手するはずだったけれど、なんだか静江が可哀想になってきたので4人しか手を挙げない。挙げていない裁判員がお互いを見合い、迷っているので静江は希望を見出し、わずかに顔を明るくしたけれど、鷹姫が言い放つ。
「きちんと手を挙げてください! そういう予定です!」
「「「「「………」」」」」
そうは聞いていたので、さらに5人が挙手し、過半数となった。
「ひっ?!」
静江が絶望した顔で挙手している裁判員を見、さらに鷹姫を見る。
「死刑が決まりました。覚悟しなさい」
「ひっ…いああああ! いああああ!」
明らかに鷹姫が裁判員を誘導して過半数にさせたけれど、そんなことを観察する余裕がない静江はパニックになって叫びながら再びパンツスーツの股間を濡らしている。裁判員の長が、ここまで追い込まなくても、という顔をしつつ告げる。
「……かわいそうですが……死刑となりました。これで裁判を終わります」
「嫌ああああ! 死にたくないぃいい!! お願いいいい! 許してくださいぃい! 死刑だけは嫌あああ! 何でもします!! 何でもしますからぁぁ!!」
「「「「「…………」」」」」
裁判員たちはそろそろ、あなたは事故原発付近の避難所でのボランティアで済むそうですよ、と言ってあげたくなったけれど、予定にないことをすると鷹姫に怒られそうなので、ぞろぞろと退廷した。この後、死刑執行もあり、それを見守りたい者は残ってよいことになっているので8割が小松基地に残っている。鷹姫がカメラに向かって言ってくる。
「休憩と準備時間をおいて80分後に4名へ死刑執行します」
「え? 4人って、誰?」
鐘留の問いは届いていないけれど、全国の視聴者も問うていそうなことだったので鷹姫が説明する。
「裁判を受けた3名の他に、私たちの内部で深い反省をすべき人物がおります。どのような罪を犯したのかは機密にて話せませんが、他の被告らとともに処刑場へ送り、実際に死刑とすることはありませんが深い反省を促します。お昼となりましたので、ここで一度、配信を終わります。ご視聴ありがとうございました」
三つの即決裁判が終わると、もう12時近い。島に来ている生協へ買い物に出ていた陽梅が戻ってきたのでワンコらも手伝い、今泉は交代時間が来たので他のゲイツと替わり、鐘留だけがテレビとノートパソコンの前にいる。
「え~、いろいろあったのでコメントが難しいのですが…」
テレビが言っている。
「まあ、石永被告…正式には被告でもないようですが、さすがに接待とワイロで死刑とすることは無いようですが……」
「それより合間に、さらっと発表された新しい憲法のようなものがありましたね」
「あ、はい。政府がホームページにあげたようですので紹介します」
またテレビは鮎美らへ批判的なことを言い出したので鐘留はストレッチと軽い筋トレをして午前中まったく身体を動かさずにテレビの前にいたことを取り戻している。
「芹沢政権が発表した第一条ですが、日本国は万世の天皇とともにあります。昭和憲法では象徴であったし、明治憲法では統治者であったものを、ともにある、という曖昧な表現にしていますね」
「はい、どうとでもとれる解釈の幅が広いように意図的にされていますね。第二条も、皇位は伝統を重んじ皇室典範の定めるところにより継承されます、とあり、あえて伝統を重んじ、と入れています。ここの狙いもまた幅広い解釈がありえます。伝統的には男系男子優先ですが、女性天皇が無かったわけではない。また、伝統が指す時代によって奈良、平安、武家政権期、明治大正昭和平成と、いろいろな解釈がある」
「次の第三条こそ、曖昧そのものです。日本国は天皇と神道を大切にします。と、これ、神道を国教化するという意味なのか、そうでないのか、実に曖昧です。けしからんですよ、こういうのは世の中を混乱させる元だ」
鐘留が最大限に開脚しながら言う。
「曖昧だから、いいんじゃん。とりあえず大切にって感じでさ。政教分離とかの、くだらない裁判が無くなりそうだし」
急にテレビ画面が切り替わりニュースキャスターが報道してくる。
「さきほど中国の胡錦燈主席が日本に対して強いメッセージを発しました」
画面に胡錦燈が映り、通訳された声も入る。
「昨夜、日本政府が朝鮮民主主義人民共和国より受け取った積荷に対し、我々は強い懸念と警戒をしており、この積荷について日本政府へ説明を求めるとともに、これが大量殺戮をもたらす兵器である場合、東アジアの平和を乱す許されざる暴挙であると断定する」
映像は胡錦燈から中国政府が配信した写真に切り替わる。写真は中国空軍の偵察機が撮った日本海軍の輸送艦であり格納されていて見えないけれど、内部には模擬核爆弾が入っているし、やや不鮮明に加工された衛星写真もあって北朝鮮の核関連施設から運び出されたコンテナ程度の物体が日本海軍の輸送艦に載せられていく様子を撮っていた。胡錦燈からの短いものの強いメッセージを受けてテレビとインターネットでは混乱が始まる。
「これは、どういうことでしょうか?!」
「昨日、拉致家族の帰還があったことは政府も発表しましたが、別に何かを受け取ったということは言われていませんが」
「胡錦燈主席の口ぶりでは、核兵器ではないか、というニュアンスもとれますよ」
コメンテーターたちも騒ぎ、インターネットでも騒然となっている。
北から核をもらったのか?
くれるわけないだろ。
オレが金正忠だったら鮎美は可愛いし、やるよ
可愛くてもレズだぞ、しかも既婚
あ、レズって言った逮捕だ。
通報しました。
すぐにSSSSが来るぞ。
お前も死刑だ
それよりマジに核を北から手に入れたなら代償は何だ?
鮎美の処女
あいつ、もう処女じゃないだろ
牧田にチンコは無いから処女だろ。
指何本入るんだろうな
五本
七本
十本
ガバガバじゃねぇか
ってか、普通に考えて北が日本に核をくれるか?
くれないだろ。けど、売るかもよ。ミクドも売るし。
ミクドのは報復の権利だけで兵器そのものは渡してくれないだろ
売ったとしたら1兆円か?
いや10兆円だろ。
10兆あったら戦闘機と戦車、どんだけ買える?
戦闘機なら700機、戦車なら3700両
北が韓国に圧勝できるじゃん
アホか、買っても操縦するヤツが要るし、訓練しないとだろ。
そもそも、そんなに在庫がないだろ。
日本の戦闘機だって、あと30機がせいぜいらしいのに
だから核だよ
問題は代償と密約だよな。
鮎美が金正忠とか?
どっちかというと石永と金正忠じゃね
ホモ同士通じたのかもな
将軍はホモじゃないだろ
また通報、また死刑
鐘留が情報を眺めていると、鮎美が中国向けと思われるメッセージを配信した。
「私たち日本は強く復興と平和を願っており、元号も復和としています。日本から他国へ戦争をしかけるようなことは絶対にありません。ただし、自衛のためには、あらゆる努力をします」
鮎美からのメッセージも短く、輸送艦に積載されている物については説明をさけていた。陽梅と作った料理をヨンソンミョが運んでくる。いっしょに生活するようになって実は陽梅は使用人で、若すぎるけれど鐘留が奥様であることを知ったので、一切家事を手伝わない鐘留に文句を言うこともなく、昼食となるサバの煮付けを並べていく。みなで食べ終わると再びテレビとノートパソコンに見入る。非番だったけれど今泉も民宿で昼食をとった後、戻ってきた。今泉と交代で護衛についているゲイツは女性ばかりの家に入るのは嫌なのか遠慮しているのか玄関に歩哨として立っているけれど、今泉は友達感覚だった。
「いっしょにテレビ見ていい?」
「いいよ」
わざと鐘留は大きく膝を立てた座り方をして短いスカートから下着を今泉に見せつけたけれど、熱い視線を股間に感じることはなく、ほぼ背景として流された。
「マジにホモだね」
「せめてゲイって言えよ。逮捕してやろうか」
「アタシは総理のママだよ」
「総理と身体の関係あるって本当?」
今泉は非番なので、よりくだけた調子で訊いてくる。
「ノーコメント♪」
「はいはい。そろそろ死刑執行だな」
テレビとノートパソコンには日本海に面した砂浜が映っている。銃殺すれば血が流れるので、その処理も考えた結果、小松基地近くの砂浜を選んだようだった。やはり安全上の問題からマスコミは排除されていて、映像は政府配信のものをテレビが流しているし、人が殺害されるのでユーチューブやニコニコ動画には配信せず、政府が用意したサーバーにあげていた。全国と世界からアクセスが集中しているので、かなり重たくなっているはずだったけれど、鐘留は関係者用のサーバーに管理者権限で入っているし、他のサーバーを用意したのも鐘留なので、自分たちは不自由なく見られるし、全国でもタイムラグさえ我慢すれば、だいたい見られているはずだった。画面に注意テロップが流れる。
注意:これから死刑執行します。残酷な映像が流れることがあります。ご視聴には慎重になってください。
死刑が始まる。海岸には鉄柱が4本設置されていて、高さは2メートルほど、間隔も2メートルほどだった。そこに静江、田熊、陽湖、3939117号の順で針金と手錠によって拘束されている。男の力でも脱出は不可能だった。陽湖には頭部に麻袋がかぶされていて誰だかわからないので、陽梅も画面を見ていて、まさか自分の娘だとは思わない。かわりに今泉が驚いた。
「あれ大浦のパジャマだ! あいつ、何をやって死刑体験をさせられてんだよ?!」
陽湖は借りた麻衣子のパジャマを着たまま磔られているので、宿舎で見かけたことのある今泉は麻衣子本人だと思った。
「オオウラって聞いたことあるかも」
「小松で総理のそばで世話役やってる子だよ。どんな失敗をして逆鱗に触れたんだろう?」
「さあ、アタシは聞いてないけど、公開しないあたり、なにか機密でも漏らしたか、アユミンがレズなことバカにしたか、そういう系じゃないかな。きゃはっは! あの子もガクブルで漏らしてる」
あいかわらず陽湖と静江は点滴されているので、ときどき漏らしている。陽湖は麻袋をかぶされていても目が荒いので、だいたい周囲の様子は見えている。昨夜、屋城と最期の夜を過ごし、そして裁判なしで海岸に連行され2000年前にイエスがされたように柱へ身体を固定されていた。
「…ハァっ…ハァっ…アーメン……アーメンッ…主よ……どうか…ハァっ…」
信仰が揺らいでいるときに死を迎えそうなので強く不安になって震えている。
「あああ! 嫌ぁああああ! お兄ちゃーーーん!!」
静江は兄を呼んで泣いていた。石永は20メートルほど離れたところに立っていて、顔を伏せている。
「「…………」」
田熊と3939117号は黙って待っていた。法務大臣である三島が司会する。
「これより! 死刑執行をおこなう!」
三島が田熊を蔑視しつつ告げる。
「田熊衛士死刑囚には、被害者遺族による執行がなされる! 覚悟せよ!」
海岸には殺害された女児の両親9人と兄1人が来ていて、そばにはホームセンターで法務省職員が購入した包丁、ノコギリ、ペンチ、ナイフ、木の棒があった。同じような備品は小松基地にもあったけれど、一度死刑に使ってしまうと再び備品として使い続けるのに抵抗があるということで一回限りの使い捨てとして購入されていた。
「では! ここに田熊衛士死刑囚の刑を執行する! ご遺族の方々、無念をわずかでも晴らされてください!」
「「「「「……………」」」」」
田熊への憎悪は苛烈を極めたけれど、いざ殺していい、と言われると、どの遺族も戸惑った。それでも気の強い母親が田熊に迫ると手で何度か殴打し、それで手が痛いことに気づいて、今度は木の棒を取ると、めった打ちに殴り始めた。配信画像は遺族の顔が映りにくい角度から撮影しており、テレビの方では血を流す田熊も合わせてモザイクがかかり始めたし、再び注意テロップも流れる。娘を強姦のあげく殺された母親の怒りは、すさまじく木の棒が折れるまで殴り続け、そして腕があがらなくなったのか、棒を捨てると、他の遺族に何か言っている。それで別の遺族が動く、今度は夫婦で田熊へナイフとペンチで責めかかった。最初のうちは呻いていた田熊も、だんだん動かなくなり、被害女児の兄がノコギリで田熊の腕を切り落とすと、もう意識は無いようだった。
「……グロ………キモ………」
ヤダぁ……変な映像みちゃったよ、今夜は寝る前に絶対トイレ行ってから寝よ、と鐘留が身震いしながら思った。反対の腕も切り落とされた田熊は、もう死んでいるように見える。それでも兄は蹴りを入れていた。見ている鐘留は直樹のことを思い出したし、現場にいるだろう鮎美と鷹姫も同じだろうと思った。今泉も首筋の汗を手の甲で拭いた。
「きついな……これ……大浦、可哀想に………自分も死刑に遭うって思ってるんだから……もう気が気じゃないだろ……」
陽湖と静江は震え続けている。ずっと黙秘していた3939117号も蒼白になっていた。いっしょに連行されてきた者が惨殺されたというのは三人へ強いショックを与えている様子だった。結局、被害女児の遺族は10人いたけれど、手を汚したのは4人だけで田熊は絶命し、桧田川が気分悪そうに医師として死亡を確認している。
「心拍停止、瞳孔反射……確認できず…」
瞳孔をペンライトで確認しようにもナイフで眼球を剔られているので形式的なものに終わる。切り落とされた腕の切り口からの出血も心臓が止まっているので弱くなり、素人目にも死亡は確実だった。
「午後13時42分、田熊衛士さん、お亡くなりになりました」
桧田川が手を合わせ、仏教式に冥福を祈ると、三島も手を合わせたし、遺族たちも半数が手を合わせた。遺族たちには金沢医科大学から派遣された心理ケア要員が語りかけ、退場を促しているし、田熊の遺体は刑務官が片付ける。
「次! 死刑囚3939117号!」
三島が言い放ち、そして問う。
「どのみち、これで最期だ! 貴様も名乗ったらどうだ?! 木石にあらずば親にもろうた名くらいあろう?!」
「……………」
黙って睨むだけで3939117号は何も言わなかった。三島は問うた後に、もしや捨て子や、両親不明の育ちであれば、余計な問い方だったかもしれないと思ったけれど、法務大臣としての役割を続ける。
「では、死刑を執行する! 銃殺である! 担当要員は前へ!」
「「はい」」
執行するのは鮎美と鷹姫だった。
「宮ちゃんも志願したんだ。らしいといえば、らしいけど」
「絞首刑でも一人でボタン押すのはしないしさ。銃殺でも一人では撃たないらしい。……陸自の小銃で銃殺刑か……時代が変わったんだな……平成の平和が懐かしいぜ」
「アユミンと宮ちゃん………マジで人を殺す気………やれるの……」
画面の向こうを見ているだけなのに鐘留は寒気がして、見ているうちに失禁したりすると恥ずかしいのでトイレに行っておく。トイレから戻ってくると、鮎美と鷹姫が小銃を構えていた。制服姿に小銃が不似合いでスカートが海風に舞っている。鮎美には高木が、鷹姫には三井がついて小銃の取り扱いに間違いがないか、手取り足取り教えていた。
「やっぱ宮ちゃんの方がサマになるね。弓道もやってたから」
鷹姫は剣道、柔道、弓道と修練してきたので小銃を構えてもフラつかず、まるで数年の経験がある兵士のようだった。鮎美も中学剣道で鍛えてきたので高木から習うと、正しい小銃の構えをすぐに習得していて危なげない。そして二人の目に迷いが無かった。
「「………」」
二人とも人を殺してしまうという状況よりも、大震災と戦争から社会を立ち直らせ、秩序を維持し、これから復興させていくという意志をもっていて、その事業にとって戸籍を二重三重に取得するというのは許し難き悪行だと感じていた。とくに鮎美は虚偽の申請を懸念することさえなければ、詩織との結婚を有効にできたのに、という想いがあり、それは不正をする者への憎しみに変わっていた。
「構えっ!」
「「…」」
すでに構えていた二人が小銃を構え直す。
「狙え!」
「「…」」
狙いは死刑囚の腹部中央だった。小銃は連発される設定になっており、おそらく二人の腕前では狙いは反動で上にあがってしまう。それを見越して心臓より下を狙わせているし、高木と三井も真後ろで見守っている。もし狙いを外しても、死刑囚の向こうは朝鮮半島まで続く海しかない。二人が同時に連発すれば、死刑囚は苦しまずに絶命するはずだった。
「……アユミン…」
「…ハァひ…アーメン…ぁあ…」
「ううっ…嫌……助けて…誰か……」
次は自分だと思っている陽湖と静江は泣いている。
「撃て!」
「「っ」」
鮎美と鷹姫は迷わず同時に引き金を引いた。他人の命を奪うことになるけれど、そこに迷いはなく腰は引けておらず、明確な殺意をもって堂々と引き金を引いていた。
「「………」」
けれど、銃弾は発射されず、二人とも構えた姿勢は崩さないものの、意外という目で小銃を見つめている。三島が深々と二人へ頭をさげた。
「お二人の覚悟やあっぱれ! されど、若き乙女の手を汚すをよしとせぬ、我が儘を詫びる!」
そう謝ると三島は高木から拳銃を受け取り、かつて自衛隊所属だった者らしい確かな腕前で3939117号の胸と頭を1発ずつ撃って絶命させた。
「……三島はん……」
「…私たちの……銃には……弾が無かったのですか?」
二人とも拍子抜けしている。二人の小銃を用意していた高木と三井も謝る。
「「申し訳ありません。騙しました」」
「「…………」」
鮎美と鷹姫は顔を見合わせている。なんと言うべきか、思いつかずにいる顔だった。自分たちが撃てずに迷うかもしれないという見くびりをされたわけではなく、ただ若い女性の手を汚したくないという男らしい理由からで、三島は自身も女の腕でありながらも、その男としての気概で撃ってくれている。
「「………………」」
戸惑う二人の手から高木と三井が小銃をもらい受ける。三島が二人に言う。
「血の汚れは我だけで十分である。二人の覚悟は世界に示された。これをもって、よしとしてほしい」
「「…………はい」」
鮎美と鷹姫が頭をさげ、三島と高木、三井に礼した。桧田川が遺体に近づき、死亡確認をする。
「午後13時56分、……えっと、393?」
桧田川が資料を見直してから言う。
「3939117号さん、お亡くなりになりました」
また桧田川が合掌する。三島たちも合掌し、冥福を祈ってからつぶやく。
「せめて戒名なりと永平寺の僧に頼むか……いや、仏教徒でさえないか……不憫ではあるな」
「あんたさんも、生まれ変われるんやったら、次は、もっとええ人生やとええね」
そう言った鮎美は冷たくなっていく遺体の肩を撫でた。
「…ひっ……アーメン……ひぃ……アーメン…ああ……アーメン…」
「ひぃひぃうふはいぃふ嫌ひいう」
「「……………」」
鮎美と鷹姫は怯えきっている陽湖と静江を見つめる。恐怖しすぎて陽湖は下痢を起こして漏らしているし、静江は胃液を吐いている。すでに殺された二人と違い、陽湖も静江も自分が殺されるほど悪いことをしたとは思っていない分、恐怖と不条理への嘆きが強かった。
「鷹姫、そろそろ許す?」
「……はい、そうですね」
予定では陽湖と静江にも銃口を向けるつもりだったけれど、もう恐怖で静江は本当に心臓麻痺を起こしそうな顔をしているし、髪の毛も何本も抜けて、あまり追い込むと円形脱毛症になりそうだった。陽湖も麻袋をかぶせられているので顔色はわからないけれど、手足の震えや大小を失禁している様子で恐怖の底にいるのがわかる。鮎美が合図すると、石永と屋城が二人へ駆けよる。斉藤は被写界に静江と石永だけが映るようにした。
「静江、今、外してやるからな」
「…お……お兄ちゃん…」
死刑にならなくて済むかもしれないという希望が生まれ、静江が泣き震える。磔にされていた鉄柱から解放してもらうと、石永は妹とカメラに向かい、国民に謝り、心を入れ替え震災復興に尽くさせると約束し、映像配信は終わった。
「……アユミンと宮ちゃん、弾が入ってたら、本当に撃ってる勢いだった……」
やはり静江の茶番よりも実際に公開で死刑が執行されたことに視聴者たちの意識はいっている。ワンコもつぶやく。
「日本で公開処刑があるなんて……先の二人は本当に死刑になって……」
「日本人は……もともと野蛮だから……首切りもする……」
ヨンソンミョの言葉に鐘留が反論する。
「じゃあ、もともと野蛮じゃない民族って、どこにいるの? 石器を使わず、最初から金属器だった民族とか、いる?」
「………」
ヨンソンミョは黙って鐘留を睨むだけなのでワンコと今泉が仲裁しておく。
「まあまあ」
「それよりテレビの反応を見ようぜ」
やはりテレビは公開処刑に強く否定的だったし、鮎美と鷹姫が小銃の引き金を引いたことにも辛辣だった。
「ムカつくしチャンネル変える」
鐘留がチャンネルを変えると、全国各地で政務活動費の不正により議員の謝罪が続いていることが報じられていた。他に胡錦燈が警告した日本軍の輸送艦が運んでいるものについてや、鮎美たちが発表した新しい憲法の代わりとなる条文についても議論がされていて鐘留たちは一日中テレビとノートパソコンの前にいた。夜になり玄次郎が帰宅すると、さすがに今泉は民宿へ戻り、玄関前にいたゲイツも交替している。
「玄次郎、おかえり」
「「おかえりなさいませ」」
鐘留は軽く言ったけれど、ワンコとヨンソンミョは丁寧な日本語で家の主人を迎えた。
「まっこり買ってきたぞ。呑むだろ」
「はい、ありがとうございます、ご主人」
ヨンソンミョが喜んで礼を言うと、鐘留がつぶやく。
「犬が増えた」
「………」
ヨンソンミョが黙って鐘留を睨む。鐘留は真顔で見返すので空気が悪くなる。
「鐘留、そういう言い方するなって」
「玄次郎って韓国人が好きなの?」
「いや、別に。普通だ」
「普通さ、今の状況なら歓迎しなくない?」
「かわいそうだろ、国へ帰れないんだし。あと文化が微妙に違うのがおもしろいじゃないか」
「さっきニュースでやってたけど、また在日韓国人が避難所で嫌がらせにあったらしいよ。この島の人たちは優しいね」
「そういう騒乱も鮎美が困るし、向こうに残ってた在韓日本人も、ひどい目に遭うから余計な争いを、この家でも生むな」
「はいはい、仲良くしようね。はい、握手」
握手と言いつつ鐘留は犬へ、お手するように右手を出しているのでワンコが噛みつくことで場の空気を保った。玄次郎が丸一匹の鶏肉を買って帰ってきたので、陽梅とヨンソンミョが協力してサムゲタンという韓国料理を作った。その夕食が終わり、ワンコが風呂の準備をしているとき緊急ニュースをテレビが報じてくる。
「緊急速報をお伝えします! 京都府、福知山市の避難所へ慰問に訪れておられました由伊様が乗る車両を何者かが包囲しているとの情報が入りました!」
玄次郎が呑んでいた酒杯を置いてテレビに見入る。しばらくして続報が入ってきた。
「由伊様は慰問を終え、京都御所へ車両にてお帰りになる途中、福知山市内の音無瀬橋を通過したところ複数の車両に取り囲まれ、身動きがとれない状態となったようです。まもなく現場の映像が入ります」
報道機関がヘリコブターを使うことは燃料節約の観点から自制するよう鮎美が通達を出していたけれど、禁止まではしていなかったので事件の重要度から報道ヘリを飛ばしたようで夜の福知山市がテレビに映る。ヘリから撮った望遠画像で、大きな橋の上に皇宮車両が停まり、その中に由伊と島津がいるはずだった。前後を警護の皇宮警察車両が固めていたけれど、橋の両端から6台のトラックが皇宮車両を取り囲むように出てきたようで、動けなくなっている。
「待ち伏せか………人員も車両も少ないのに慰問をされるから……陛下は、どこに…」
玄次郎の問いは全国民も抱いたようニュースキャスターが情報を読み上げる。
「天皇陛下におかれましては京都御所に滞在中とのことで、ご無事のようです」
儀式や新たな特命大臣への親任式などがあり義仁は京都にいたようだった。その分、慰問を続けていた由伊の警護が薄くなり、その隙をつかれている。駆けつけたパトカーが橋を封鎖し、さらに陸軍福知山駐屯地から出動したジープや大型四輪駆動車などが到着しつつあった。
「犯行グループは猟銃で武装し、爆発物のような物を由伊様が乗る車両に取り付け、警官隊と睨み合いになっています。……道路に二人、人が倒れています。一人は犯人グループでしょうか……もう一人は皇宮警察の制服のように見えます……由伊様は、車両内にて、ご無事のようです」
「これは……膠着状態になるな………次から次へと鮎美を追い込んで……くそっ…」
玄次郎は娘が心配だったし、由伊も心配だった。鐘留も黙って見ているし、陽梅も洗い物を止めてテレビを見に来た。ワンコらも見入る。
「今、犯行グループから声明が出されました。犯人らからの要求は、日本政府は北朝鮮より受け取った核兵器と対馬を韓国に明け渡せ、さもなくば皇女を車両ごと爆破するとのことです」
「韓国の………工作員は北だけじゃないのか……」
「アユミン、どうするんだろう?」
「鮎美………」
玄次郎は心配で娘へ電話をかけたくなったけれど、今頃は忙殺されているはずなので我慢する。歯がゆいけれど、テレビを見ていることしかできない。そのうちに報道ヘリは陸軍と警察のヘリに追われ、映像は福知山の市民が撮影してインターネットに投稿しているものに変わってくる。橋に近い呉服町のビル屋上から撮られている映像が、もっとも状況を把握しやすかった。やはり由伊が乗る車両は天井に爆発物のような物を仕掛けられ、車内には由伊と島津がいて、まだ7歳でしかない由伊の頭を島津が抱いて、周囲にいる犯行グループを睨んでいた。皇宮車両は防弾なのか、二人と運転手は無事でいるけれど、動き出すことはできない状態にトラックで囲まれているし、犯行グループは5名いて、他に皇宮警察との撃ち合いで1名が死亡しているようだった。
「日本政府は韓国へ犯行グループとの関係を問い合わせるとともに、現地へ新屋寛政国家公安委員会委員長を派遣し、犯行グループとの交渉にあたる模様です」
「「「「「…………」」」」」
玄次郎たちが固唾を呑んでテレビを見ていると、屋外が騒がしくなってきた。本来、島は早朝から漁に出る生活スタイルなので夜は早い。なのに、芹沢家の前に大勢が集まっている様子だったので玄次郎と鐘留はテレビを気にしつつ、玄関に出た。玄関前にはゲイツが歩哨に立っていてくれたけれど、集まってくる島民への対応に困っていた。
「みなさん、どうされましたか?」
玄次郎が問う。集まっている島民は中年から老年にかけての男性が多く、殺気だった顔をしている。
「芹沢のオヤジさん! 韓国人を匿もうとるじゃろ!」
「え? ……ええ、…まあ…」
「たしか三人! そいつらを引き渡してくれ!」
「………引き渡すと、どうするんですか?」
「一人殺して見せしめにするんじゃ! あとの二人を殺されとうなかったら妹宮様を解放せいと! 伝えるんじゃ! かねやのお嬢! お前さん、インターネットたらが得意じゃろ! 見せしめにする映像を犯人らに見せつけるんじゃ! 撮って放送してくれ!」
「ぇ…………でも……」
技術的に可能であるかということより、鐘留は発想の野蛮さに困惑した。しかも、あとから集まってくる島民のうちには日本刀を握っている男もいる。もともと武道が盛んな島なので真剣の日本刀も免許をえて家に置いていたり、何百年も前から置いていて今も免許なしで伝家の宝刀を持っている場合もあった。
「お、落ち着いてください、みなさん!」
玄次郎も一気に緊張した。ただ集まった群衆ならともかく殺気だっていて、しかも日本刀を握っている。歩哨に立っていたゲイツも無線で民宿にいる今泉らを応援として呼んでいる。
「早う出せ!」
「どうか、落ち着いてください!」
「今泉陸士、早く来てください! 状況悪化!」
ゲイツは小銃と拳銃で武装しているけれど、島民たちは恐れていない。自分たち日本人に日本兵が銃を向けるわけがないし、向けても撃たないと信じている。まだ誰も抜刀まではしていないけれど、それも時間の問題に感じるほど殺気だっていた。
「キャーっ?!」
ワンコの悲鳴が聞こえて振り返ると、勝手口から侵入した島民らが居間へあがりこんでいる。
「どいつから殺すっ?!」
「殺す前に撮影じゃ! かねやのお嬢! カメラはっ?!」
「え……え…………で……でもさ………それじゃ、アルカイダというか……タリバン的な……や……やめようよ………またアユミンが、困るよ……友達の友達はアルカイダでも、ダメっぽいよ、どっちも…」
ふざける余裕もなく鐘留も混乱しつつ島民をなだめようとしているけれど無駄だった。
「もおええ! 死体の写真でも十分じゃ! こいつから斬り殺すど!」
すでに70歳を超えているような老人が見事な手つきで抜刀した。そして、たまたま、そばにいたワンコに目をつけている。
「わ、私は韓国人じゃないです! 在日です! 日本人よりの!! ほとんど日本人です!」
殺されたくない一心でワンコは言い募った。それで老人が迷う。
「……お前、干支は?」
「戌年です!」
アイドルとして、そういう設定なので思わず言った。
「そうか、ほな、お前は人質にして、こっちを…」
次にヨンソンミョを斬ろうとするので駆けつけた今泉が止めに入る。
「ちょっと待ったァ!!」
「邪魔するんじゃねぇ!」
「まあ待って! お爺さん!」
とにかく今泉もなだめる。なだめながらヨンソンミョを背中に庇うし、他のゲイツらもワンコらの護衛についた。
「どけ! どかぬば斬るぞ!」
「勘弁してください! ちょい落ち着いて!」
「落ち着いていられるか! 宮様の危機じゃ!」
「だからって、この子らを殺しても余計に事態が悪化するから!」
「殺しまくって日本から追い出すんじゃ!」
どうにも鎮まらない島民たちへ、後から来た鷹姫の父親である衛が一喝する。
「みな剣を引きなさい!!!」
剣道場の主で剣道において島内最強である衛が叱ると、老人も振り返った。
「衛くん、止めるなやッ」
「お待ちになってください、サダ爺! どのみち、この島から逃げる術はない! すでに人質にしたも同然! 問題は、その人質戦術が有効か、それとも、どうすれば妹宮様を救出できるか、そこが肝心要!!」
「むう…………」
頭に血が上っていた老人が振り上げていた剣をおろした。テレビが事態の変化を報じてくる。
「韓国の趙舜臣大佐は犯行グループと韓国の関係を否定しました」
「「「「「……………」」」」」
「ただし、日本政府が北朝鮮から受け取った核兵器を韓国へ引き渡し、同時に対馬から退去し韓国の領有権を認めれば、犯行グループを説得するとのことです」
「……ふ、……ふざけおって!! やはり殺すしかないわい!!」
再び老人が日本刀を振り上げたけれど、衛は素手で剣を奪った。
「くっ………衛くん…」
「落ち着いてください。政府には娘も入っています。しかも芹沢さんの娘さんは優秀だ! どうにか解決するかもしれません!」
「じゃが、宮様に万一のことがあったら、どうする?!」
「そのときは、我ら全員鬼神となりて斬るべきを斬るのみ! 半島全土、ことごとく朱に染めるまでのこと!」
「「「っ…………」」」
聴いていたヨンソンミョらは身が縮む思いだった。昼間、他人が死刑になるのをテレビで視聴したけれど、まさか次が自分たちの番とは思わなかった。もし、由伊の身に害があれば、きっと殺される。それが直感でわかった。