病的に恋をして   作:黒樹

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災厄の種

 

 

 

梅雨が明けた。気温が上がり、暑さが増す。それでも学校に登校するために太陽の下を歩かないといけない学生や、通勤のために電車に乗るサラリーマンなどの人種は朝から汗を掻く。それは隣を歩く幼馴染の桃香も同じで、ぴったりと肌に張り付いた夏用制服のシャツが彼女のボディラインを惜しげもなく晒す。下着の色まで目を凝らせばよくわかるほどだ。

 

(相変わらず、可愛らしい色で……)

 

それこそ何度も幼馴染の艶姿を目にしている自分にとっては、少し落ち着かないものだったりする。これ以上透けたら、こっちが戸惑ってしまうレベルで。自分の以外の誰かが知っていると思うと妙に腹立たしい。と、彼女の背中を見て思う。

 

「……はぁ。おまえ、もう少し気をつけたほうがいいぞ」

「見てるのあんたくらいだって。変態」

 

見えるんだもんしょうがない、という反論は心のうちに留めておく。おそらく桃香は今も心のうちを読んでいるだろう。まったく夏は嫌いだと空を仰ぎ見た。

 

学校に到着し、靴を履き替えるのも雑に桃香は早足で先を行く。何が彼女を急き立てるのか、追って辿り着いた教室で見慣れた彼女達が姦しく……否、一人を除いて二人はだらしなく机に突っ伏していた。

 

「おはよう、春陽君」

「あぁ、おはよう、鈴白」

 

教室に入り、唯一、挨拶をしてくれた彼女に挨拶を返す。倉科とさっき先に入ったはずの桃香が屍のように、いやなんだか幸福そうな顔で脱力している。それを見て、なんだか教室が外よりも涼しいことに気づいた。

 

「はふぅぅ。涼しい〜」

「天国だよ〜」

「まったくもう。二人とも、私を涼を取るために利用しないでよ」

「だって、ねぇー」

「ねぇ〜。春陽君もどう?冬菜ちゃんの近く、涼しいよ」

 

ダメだ。二人は骨抜きになって、呆れたように鈴白から見下ろされている。頭痛に悩まされているのか頭を抑えて痛痒を耐えんとしているようだ。

 

「なんなんだいったい」

「……そうね。あなたは私達と同じみたいだし、話してみてもいいかもしれないわね」

 

一人勝手に覚悟を決めて、鈴白は呆れもほどほどに現状の理由を説明せんとする。

そんな展開についていくどころか放置しだした俺に簡単に暴露してくれた。

 

「私もあなたと同じ、病魔を患っているのよ。簡単に言うと冷気を操ることができる、まるで雪女みたいな……でも、私は雪女っていうのはあまり好きではないわ。病院が勝手に決めた名前なんて、ただそれくらいしかできないくせに、だから私は自分で自分の病魔に名前をつけた」

「へぇ、なんて名前なんだ?」

 

そういうのは男心擽ぐる、もとい厨二–––ではなく、中々にワクワクする話ではないか。

 

訪ねた俺に、またあの冷酷無機質な表情で名乗りを上げた。

 

「『血棘の女王』よ」

 

彼女はふざけたような表情ではなく、あくまで無機質な感じが纏わりついていた。まるで女子高生がつけるような名前ではなく、戒めのような気さえする。その名前の意味が、どういうものなのか。まったくもって理解不能だ。冷気を操ると言ったのに、その真意や如何に。だが、このノリは嫌いじゃない。

 

「それじゃあ、俺も病魔の名前を教えようかねぇ」

「……一応、あなたの病魔は口外してはならない、って桃香に聞いているんだけど」

「いいさ、気にするな。別にどう呼ぼうが勝手だろう?確かに名前はイメージする上でもっとも大切、抑制するのにもある程度明確な意思がいる。そういう意思表示とラベル貼りのために仮の呼称を付けることも多い。そして、病魔の特徴を如実に捉えた名前が殆どでだいたいは名前から察しがつく」

 

と、二人で喋っているとちょいちょいと袖を引かれる。机に突っ伏していた桃香が起き上がって、咎めるような視線を向けてくる。

 

「バカ。そんな軽々しく教えちゃダメでしょ。その場のノリで……そういうとこ、変わんないんだから」

「信用に足る人物か、っていう点は大丈夫だろう。おまえの友達だし、信用されてないにしても、こっちも秘密ばかりじゃ安心して話もできやしない」

「……パパに言いつけるから」

 

幼馴染が拗ねたところで、俺はそれを許可とする。

 

「『禁忌の果実』が俺の病魔の名前だ」

 

最初は“稀少血液”などとまるで物珍しい材料のような呼ばれ方をしていたものの、その本質を見る限り危険性と有用性に目を変えた国が荒れる程の変化を見せた。もっとも、多くの人間が知るわけじゃない。知ってしまえば、それだけで敵を作るだけの代物なのだ。それだけこの身体に巡る病魔は悪い点だけではなく、良い点も持っていると言える。

もしここが他国ならば、今すぐ解剖されたり売り払われるような、そんなとんでもない秘密を抱えている。

もっとも、名前程度でどうこうできる代物でもないことは確かだ。

 

「……ちなみに、あたしのは『月詠』。心を月と例えて、ハルがつけたんだよね〜」

 

人の黒歴史を掘り返す幼馴染はニヤニヤとしていた。

それにどんなコメントが返ってくるかと思えば、倉科がガバリと起き上がる。

 

「ずるいよ、春陽君、私の病魔にも名前つけて!」

「ずるいってなんだよ……。じゃあ、あれだ。『巣透化』でいいんじゃないか」

「すとうか? うん、大事にするね」

「……待て。冗談だ。今のナシ」

 

ストーカーを当て字にしたら倉科は抗議してくるどころか納得し始めたので、もう一度考えさせてくれと頼み込む。むしろ、考え直すのはあちらの方なのだが、そんなことさえ意に介していない模様。本職の厨二病は患っていないので時間をくれと頼むと、可愛くて愛のこもっているのがいいと強請られた。

 

 

 

 

 

 

ゴールデンタイムのリビングではニュースが流れていた。食後のお茶を飲んでいると、流れてくる様々な事件。アイドルの熱愛発覚、芸能人の浮気発覚、熱中症による病院搬送者の人数、各地の最高気温、殺人事件、強盗事件、いじめによる自殺、放火事件、水難事故、教師の汚職と数を上げればきりがない。明るい話題も多々あるが、外国人アーティストの来日など、平凡な毎日聴くような内容がやはり報道されていた。

 

「……何か気になるニュースでもあった?」

「いや、別に……よくあるだろ。テレビをつけたら偶然ニュースが流れていて、つい一言聞けば最後まで見ちゃうとか」

「ふーん。でも、怖いよね。放火と殺人事件、この近辺だよ。ほら、今やってる焼死体の怪死事件とか」

 

流れるニュースの二つ、不審火と焼死事件がなんらかの関係性の疑いがあるとニュースキャスターは警察の見解を伝える。確かにそれは俺達の住む街の近く。

 

「ははっ、そんなのが怖いのかよ、桃香は」

「別にっ怖くないしっ」

「そうよねー。うちには優秀なナイト様がいるものねー?」

「ちょっとママは余計なことは言わないで」

 

明らかに虚勢を張っている娘をからかうのは、桃香の母親である苺さん。洗い物を終えて、こちらも一服のお茶を用意して椅子に座るとテレビに映るニュースを眺めた。常にマイペースで「いつでも私をお母さんと呼んでもいいのよ?」と迫ってくるので、俺の苦手でありながら嫌いになれない人だ。

 

「私もう部屋に戻るから」

「はいはい」

 

あらあらうふふ。と、肩を怒らせて階段を上っていく娘を見送る苺さん。桃香ですら勝てないのだ、俺が勝てる可能性なんて万に一つもない。

退場した桃香を見送り、俺は目を逸らすようにテレビを見る。

そんな自分の心情を知ってか知らずか、苺さんは満面の笑みを浮かべて話しかけてきた。

 

「–––ところで、娘とはどこまでいったのかしら?」

 

悪魔の微笑。天使に見えるらしいが、俺には悪魔に見える。小悪魔なんて可愛いものじゃない。ド直球の詰問に一度視線を合わせて、やはり逸らしてしまう。

 

「どこまでって言われても……俺は別に……」

「あら?そう?…でも、桃香の気持ちには気づいているようねぇ?」

 

桃香特有の病魔を持たずして、この読みの深さ。否定しようにも、何故か口を出せない。

蛇に睨まれた蛙のように硬直していると、ガチャリという音が玄関から響いた。蛇はパァーッと天使どころか女神の微笑を浮かべると、玄関へとパタパタ走って行く。その隙に席を立ち、逃げようと席を立つと、それよりも早く蛇とその旦那が姿を現した。

 

「お、おかえりなさい。…柘榴さん」

「…そう難くなるな、春陽君。まぁ、座りなさい」

「はい…」

 

現れたのは身長180cmの男。灰色の髪、琥珀の瞳の細身ながらがっしりした人だ。スーツの上からでもその身体つきが並大抵のものではないのがわかる。雰囲気も少し優しげだが、あまり関わり合いになりたくない人間だ。もっともそれは、俺の苦手意識が原因であまり桃香以外と馴染めないのが原因だが……。

 

「君も飲むかい?」

「いえ、結構です。というか警察官が酒を未成年に勧めていいんですか」

「…あぁ、酔っても襲うのは、桃香だけにしてくれよ?さすがの私も妻に手を出されたら撃鉄を引きたくなってくるのでね」

 

こういう冗談か本気かわからないところにもある。

お酒を一口飲んで、その底の見えない瞳で見据えられると、萎縮してしまうというものだ。自分の不手際がないか妙に不安になってくる。

 

「…ところで、娘とはどこまでいったんだい?」

 

–––そして、この人も妙にそこを気にしていた。

 

「…ハハ、どこって、柘榴さん。現役の警察官が何言ってんですか」

「別に無理やり娘を押し倒してくれても構わないよ。いや、むしろそうしてくれ。手を出したところで、咎めやしないさ」

「…あの、疲れてます?」

「そりゃあね。君宛のお見合い話やパーティーを高官やらなんやらがやたらと申し込んできて……娘とデキていると報告できればそれで全部とはいかなくとも解決なんだが」

「……それはすみません」

 

俺の病魔の話を知っている国の偉い人は、あの手この手を使って手に入れようとしてくる。矢面に立たされているのが柘榴さんで、俺は大人の力に甘えているのだ。もっとも躱しきれないものは柘榴さんと赴くことになっていて、受けたお見合いの数知れず、その度に不機嫌になる桃香を見て胃の痛そうな顔をしていた父親と、微笑ましくも見守る母親の顔を見れば、どんな心境かわかるというものだ。

 

「…もういっそ官僚の娘さんと出来てくれても構わないのだよ?と言いたいところだが、娘に嫌われるようなことはしたくないのでね」

 

もう一杯と酒を煽る。出てきた夕食のおかずをつまみにして、深く椅子に座り直すとごそごそと鞄を漁りはじめた。

 

「……さて、真面目な話をしよう」

 

そう言って、鞄から取り出したのはファイリングされた資料。仕事臭がプンプンする。そしてなんとなしに巻き込まれる気がする。お見合い話じゃないってことは、だいたいそういうことだ。もしくは、桃香を交えてからかわれるか。

 

「最近、不審火が相次いでいるのは知っているかい?」

「えぇ、まぁ……先程ニュースで」

 

それ以上のことは知らない。この近辺で事件が起こっていることくらい。そういえば教師の話もそんなことを示唆していた気もする。まったく聞いてなかったけど。

 

「焼死体が発見されたのは?」

「……わざわざあんな回りくどく弄ってきたのはこのためですか」

「うちの娘は刑事の血を引いているらしくてね、まったく困ったものだよ」

「……まぁ、否定はしませんが」

 

今頃、俺達の会話を心で盗み聞いて不機嫌になっているかベッドで悶えている桃香の姿を思い浮かべると、もう苦笑いしか浮かばない。

もっとも“冗談”が終わった時点で心を読まれないように調整はしているが。柘榴さんも苺さんも、さすがは桃香の肉親かそういう耐性は持っている。

「親の心子知らず」とは意味を捻ってこの家族にあるようなものだ。

もっともそうしなければ、どんな部分でも覗いてしまえるため、家族の形が残っているのも異様なくらいだ。普通の家族なら、とっくの昔に壊れているだろう。

ともあれ。桃香が変なことに首を突っ込むのは嫌なわけだ。あいつ、怖いくせにやたらと度胸だけはあるから。胸もあるし。

 

「それで、君に見て欲しいのはこれだ」

 

酒やつまみを傍に退けて地図を広げる。その地図の至る所に赤い丸印。続いて取り出された写真はゴミ捨て場や公園など、そして焼死体の写真も含めて計7つ。

 

「これは実際に不審火が起こった場所と焼死体が発見された場所なのだが」

「……あの、一般人に見せていいものではなくないですか?」

「君は口が堅いだろう?もちろん許可も上から取っているから安心したまえ」

「……その許可を盾にまたお見合いなんですね」

「まぁ、なんの成果もなければそうなるかも知れないな」

 

がっくりと肩を落とす。本当に何がしたいんだこの人は。

 

「それで、順番は?」

「そこは警察も調べたよ。まずは–––」

 

第一に不審火、とあるゴミ捨て場で。

第二に不審火、とある公園でダンボールが燃えていたらしい。

第三、第四、第五と続いて不審火……。

そして、第六に焼死体が発見されたという。

梅雨が明けた時期から、と調べではわかっているらしい。

更に第七が、また焼死体事件だ。

しかし、身元が不明になるほど焼け焦げていて、警察の手に余るだとか。

 

「……病魔なんですね」

「私もそう思って君に相談しに来たんだ。で、実際どう思う?」

「……残念ながら、可能性は高いと思いますけど」

「ふむ。やはりか。そうなるととても厄介だ……何度やってもこの手の事件は慣れないね。世間体への病魔の印象が悪くなる一方だ」

「でも、まだマシな方ですよ。ガス爆発まで起こされたらそれこそテロレベルですし」

「……毎回思うのだが、犯人より先にその発想へ至る君の方が犯罪者としての素質があると思うがね」

「そりゃ大変だー、そんな犯罪者予備軍に娘のことを任せていていいんですか?」

「それはもっとも君が聞きたくない言葉に繋がるが、いいのかい?」

 

柘榴さんが気にしているのは桃香へそれがどれだけの影響を及ぼすか。その一点のみである。

そして、俺はどうやら何をしても許されるらしい。ただ桃香に対しては。

 

「妻と娘は頼んだよ。……できれば君には、出来得る限り近くにいてもらいたい。君を利用しているようで悪いんだがね。もしものことを思うと、やはり、な」

「……衣食住の恩は返しますよ。それに俺自身が離れられないですし」

「……あぁ、ありがとう。明日からまた捜査で泊まり込みで私はいない。よろしく頼む」

「犠牲者も大方見当はついてるんでしょう」

「……やれやれ、君は本当に喰えない子だなぁ」

「柘榴さんの捜査能力を信用してるんですよ」

「後輩もそれくらい頭が回るといいのだけどね。いくら間抜けな犯人といえど、方法が方法なだけに証拠を科学的に証明するのは難しいから毎度のことながら頭が痛いよ」

 

それから多くの情報が私的共有された。

仕事で家族を守れない柘榴さんの代わりに、俺が番犬の役を担う。

ただ、その信頼がどうもむず痒くて俺は苦笑いを返した。

 

 

 

–––それほど価値のある人間ではないのだが。

 

 

 

「あぁ、そうだ」

 

思い出したように柘榴さんが言う。

 

「事件といえば、血棘の女王の件については……その顔を見る限り知らなさそうだね。いや、なに、余計なことを話したかな」

「血棘の女王?」

 

思わぬ単語がその口から発せられて、俺の苦笑いは凍りついた。

 

「鈴白のことですか?」

「うん。まぁ、君のことだから問題はないと思うが……桃香の友達だというその子、色々あってね。知りたいかい?」

「……いえ、やめておきます」

 

「そうかい」と満足そうに酒を煽る。まるで最初からそういうことをわかっていたようだ。

 

 

 

 

 

この日は中々寝付けない夜となった。

 

まるでなんでもない人間の氷の微笑がまぶたの裏に浮かぶ。

ここまで誰かの顔を鮮明に思い出せたのは、いつ以来だろう。

 

好奇心が心を擽る。

何も知らない、誰かの秘密。

きっと知ってしまえばなんでもない秘密。

匣を開ける前の子供のような感情。

 

なんでもないはずの人間に対してそんなことを思うのは、倉科以来だろう。

 

それがどうにもおかしく感じて「らしくないな」と一人呟いた。

 

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