病的に恋をして   作:黒樹

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幼馴染

 

 

 

結局、返事もできぬまま倉科は首を繋げると走り去ってしまった。引き止めることはできたが仮に引き止めたところで俺は返事の内容を考えるどころではなかったため、それで良かったのだろうか。少し涙を含んでしまっていた彼女の紅い瞳はとても綺麗で心に突き刺さるような錯覚さえしたが、色々な感情はあの謎の現象について思考を割いてしまっていた。

 

–––倉科の首が胴体から外れて、生きている。

 

頭を落とした彼女がまた動き出したのは驚くことはありながら、別に嫌悪するほどじゃない。しかしどうしてという疑問が浮かぶが問題はそこではない。人間が首から下を失くして–––正確には、首から下を切り離して活動していることがそもそもの機会現象だ。普通は人間、首から下を切り落とされたら死ぬし動くこともない。魔法の呪文のように生き還るわけでもない。でもまぁしかし、常識を覆す事象がこの世界に存在することは、国で証明されている。

 

『病魔』と呼ばれる新種の病のようなものだ。発症条件、治療方法、そして種類も未だ解明されておらず不明。特に発症しても人体には殆ど異常も検知されないため、気づかれない事があるケースも多くあり、種類こそ未だ増え続け解明出来ていないところ総じて『病魔』と呼ばれている。

ある一種の宗教団体では、神に選ばれた人間として崇められることもあり、それは神から授かった恩恵として持て囃される事も裏ではかなりそういう噂が広まっていた。

呼び方は様々だが、種類も様々、この世界において『病魔』とは忌むべきものであるという思想や、被害者として扱う思想、果てには軍事利用を考える国まで存在する。人体実験も裏では行われているだろう。

その中で最も多い呼び名が『病魔』『感染者』『怪物』だ。

『病魔』はその名の通りその病に対して使われる名で、感染した者を『感染者』もしくは『能力者』と呼んだ。

『怪物』はそれの延長線上にある呼び名である。元々、人間が病として認知したのはかなり後からの話で、起源すら解明されておらず記録さえ曖昧な代物なのだ。その上、某国、某所、未明にて強力な感染者がその力を使役し大規模なテロを行った事から感染者への風当たりが強くなり社会的立場が危うくなった事もある。しかし倫理的にも見れば、感染者は加害者だけではなく被害者でもあると何処かの誰かが言ったらしく、これまた感染者も曖昧な立ち位置に存在し風潮が安定を見せたのはこの十年のことである。

よって感染者はこの世界において、様々な見解がもたらされた。立ち位置はまだ定まる気配もないが、迫害などはかなり減っきていると考えて良いだろう。

 

倉科もおそらくはその一人。首が切断されて生きているなどの事例は訊いた事もないが、とある鳥の頭が亡くなっても死なずに数週間生きたという事例も無いことはない。

そして、彼女の病魔にはとある特徴が見受けられる。首から上が切り離し可能。それはまるで、デュラハンと呼ばれた西洋の怪物と似たような現状を維持しているのである。普段はどうしているかはまだわからないが、首から下を斬られても動くとはまるでトカゲの尻尾のようで生物学的に見ればかなり異常だ。

普通の人間なら、あれを見て気味悪がられずにはいられない。

しかし俺もまた、病魔を宿した人間で理解のある方、特に耐性は趣味のおかげで人一倍あるのだ。

 

「急に生首が出る作品を観たくなったが、本当に誰も報われねぇよなぁ。何度見ても……いやまぁ変わるわけもないんだけど」

「ハル、まだ起きてんの?」

 

アニメ鑑賞をしていた俺の部屋に少し刺々しい冷徹な女性の声が侵入した。

まったくこれから俺は夜更かしして深夜のアニメに備えるという時に、風呂も夕食も終えて完璧な俺に死角はないがあいつはいつもやって来る。

俺が返事する間も無く、無遠慮に開けられたプライベートゾーン。

彼女はそこにズカズカと入り込んで来た。胸元が見えるほど緩く、足は太ももが露出し涼しげな格好のナイトウェアを纏った彼女は訳あって一緒に住んでいる俺の幼馴染だ。もちろん、俺が居候。

 

「なんだよ、桃香」

 

紫月桃香。髪は亜麻色のセミロング。パッチリとした琥珀の瞳。身長146センチ。そしてそれに比べて割と大きな胸を持つ幼馴染。彼女は静止したデスクトップを見るなり嫌悪感をあらわにした。

 

「アタシそういうの嫌いなんだけど。消して」

「勝手に入って来ておいて随分な物言いだな。ったく」

「あとエロいの見るな」

「グロにはエロが付き物なんだよ。つーかそれならお前のその格好もどうかと思うぞ」

 

–––そして仲は少し悪い。

 

会ったら攻撃的な態度で威圧してくるものだから、そういう奴が苦手な俺とは水に油なのだ。むしろあっちにとっては火に油のような気もするがほぼ喧嘩は俺の不戦敗に終わっている。俺はあくまで彼女の家に居候している身、肩身は狭く彼女に勝てる要素が何一つない。

 

「なっ、変な目で見るな!」

 

急に胸を隠して頰を赤くする桃香は攻撃的な視線を刺すように繰り出した。が、今度はいきなり真顔になって問い掛けてくる。

 

「……ねぇ、あんた。倉科秋穂に告られたってホント?」

「おい。また病魔を使いやがったな」

 

そして、彼女もまた稀有な病魔を患う者の一人だ。

紫月桃香の病魔は人の心を読む、使用法によっては悪性になりかねない症状だ。

制御さえできれていれば問題はないのだが、こんな風に桃香は悪用する。主に被害者は俺である。

 

「そんなのどうでもいいでしょ」

「いいわけあるか。そっちがその気なら–––」

「ちょっ、あ、あんた何考えてんの!?」

「何ってお前が勝手に変な想像しただけじゃねぇの?」

 

幼馴染のおっぱいを揉みし抱きたいとか、ちょっと卑猥なことを考えただけだ。こういう風に思考を読まれるものだから、俺も対処法として有効活用している。目には目を、歯には歯を。心を読むものには読んでダメージを受けるような内容を考えるしかない。

 

「あ、あんた、あたしのおっぱいを揉みたいとか、エッチしたいとかっ」

「まさか桃香からそんな言葉を聞くとは思わなかったなぁ〜」

 

はっはっはっ。今日は不戦勝だ。大切な何かを変わらず溢している気がするが。実際、幼馴染に何かを思わないわけでもない。刺々しい態度しか取ってくれないがそれはそれで可愛いし。

 

「うっさいミジンコのくせに!」

 

あっ……。

まったく油断も隙もあったもんじゃない。

 

「それで倉科秋穂に告られた件だっけ」

 

お互いに一時休戦。これ以上やっていても拉致があかないので一旦戦争は終結を迎える。冷戦はいつまでも続くと思うがこの際、その話が終わらないことには他の話が進まない。そんなことを聞きに来たのか、とは思わなくもないが長年の付き合いでまた変に喧嘩しはじめるのは目に見えているため問題は起こさない方がいいと放置した。

 

「べ、別にあたしが知りたいわけじゃないんだけど」

 

そう言って腕を組んで目を逸らす。真意はわからないが此処で隠しても隠さなくても、というかむしろどうしたらいいのか困っていたのは俺なので彼女のお節介に乗っかることにしよう。

 

「……それで」と桃香が前置いて、

 

「返事はどうするの?」

「返事はどうすればいいですかね?」

 

二人の質問が重なった。

 

「いや、本当にどうしよう」

 

彼女は二次元で充分だ。だが、本当は三次元でも彼女が欲しい自分がいる。いくら虚勢を張ろうともそういうのに憧れたりはするわけだが別にリア充になりたいわけでもない。この先他に好いてくれるような女性がいるかどうかと考えてみよう、まずいない。千載一遇のチャンスを棒に振ってもいいものか、しかしあんな美少女に恋愛感情をいきなり向けろと言われても無理な話だ。高嶺の花には恋をしないのが鉄則、無駄な失恋を行わない、傷つかないための自己防衛ならぬ理性的な判断を下していたためにこのパターンは想定していなかった。というのは建前でもしも、と考えたこともないことはない。結局は空想でしかないが。

 

「別にあんたが誰と付き合おうがあたしはどうでもいいけど」

「おまえ、この先俺がモテる可能性の一つでもあると思うか?」

「あんたモテたかったの?」

「……いや、実際戸惑ってるな」

「二つ返事で了承してたらあたしが殴ってたね」

 

恋愛については然程興味もなく、好きという感情も未だに理解不能なわけで初恋と断定出来るような感情の波もまだ未体験だ。

 

「……ハルのこと好きな人は他にもいると思うけど」

 

好き、の定義について一人議論を重ねていると桃香はベッドに座り、自慢の髪を指先で弄びながらそんなことを言ってきた。そういえばこいつは知ろうと思えば全校生徒の中で俺に好意を持っている奴を探せるのだ。信憑性は確実である。

 

「誰だよ???」

「少なくともあたしは学校で見たことないかもねぇ」

「俺の期待を返せ。もう絶望しかないじゃねぇか」

 

桃香がそうだと言えば、それは神のお告げにも等しい。

にんまりと笑う桃香。膝を抱えて、頰を乗せて、艶やかで一瞬見惚れるような表情をする。

押し潰された胸が卑猥に歪み、彼女の足が余計に美しく映る。

思わず見蕩れてしまっていたが、意識を引き戻したのも桃香だった。

 

「……昔みたいに一緒に寝てあげよっか」

 

引き戻された先に、膝に半分顔を隠した桃香が恥ずかしいのか頰を赤らめて誘惑するようにこっちをジッと見てくる。

 

「どこに高校生にもなって幼馴染と同衾する奴がいるんだよ」

「とか言いながら、あんたすっごく厭らしい顔してたよ。彼女が出来てもそんなんじゃフラれるかもね」

「あー、はいはい。そうですねー」

 

心を読まれ慣れたせいか心臓は鋼のように硬い。今更、厭らしいとかムッツリとか言われようが変態と言われようが格差ないのだ。もう開き直ってしまったから。辛過ぎて。

 

「あたしから歩み寄らないと誰とも関わろうとしないんだから。それと、もし拒否するならこっちにだって考えがあるから」

「考えねぇ。俺が脅しに屈するとでも?」

「あたしの裸見たでしょ。一週間前、お風呂に入ろうとしていたあたしの裸」

「だからあれは事故だって」

「パパに言うから」

 

サッと血の気が引いた。桃香の父は警察官でしかも強面で怖い。

あれは確かに一週間前のあの日、風呂に入ろうとした俺と風呂に入る直前で服を脱ぎ終えた桃香と脱衣所でばったりと出くわしてしまったのだ。あの時は、桃香母が誰も入っていないと言ったはずだが、おそらくあれはわざとだろう。最近、仲が良くない俺達に余計なお節介を焼いたのだ。

仕方なく深夜アニメを諦めて、懐かしい幼馴染の隣へ。

ベッドに横になった桃香は昔と比べて成長していて、人の心を惑わすには充分な素質があった。

肢体から目を逸らして同じくベッドに入ると電気を消す。

背中合わせになって、静寂と闇の中を桃香の声が貫いた。

 

「……少なくとも昔はハル、カッコよかった」

 

背中に柔らかい感触が広がる。こういう時に男は皆、寝返りを打って抱き締めたくなるのだろう。欲望を胸の中に引っ込ませて返す言葉を全力で模索した。

 

「おまえも昔は可愛かったのにな。ハル君ハル君ってずっと背中にくっついてきて、風呂も寝るのも全部一緒で」

 

それがなくなったのは中学に上がってから。今思えば、もう少し幼馴染の裸を見ていたかったように思う。幼いながらに性的な思考はまだ出来ていなかったからなぁ。無知って怖い。

怖いといえば、幼馴染が急にデレてきたことだが、いったいどういう心境の変化で一緒に寝たいとか言い出したのだろうか。

 

「可愛くなくて悪かったね!」

 

背中を抓られる。声を荒げてはいるが攻撃には殺意が籠っていない。

どうせ心を見透かされているのなら、どう取り繕おうと桃香には全て伝わってしまうのだろう。

心の底から、普段の自分なら絶対に言わない言葉を口にしようと思った。

攻撃の手が緩むどころか激化しそうだが、つい、つるりと口を滑ったのだ。

 

「その分綺麗になった」

「……」

 

攻撃の手が止んだ。

 

「どうした?」

「うっさい。こっち見るなボケ」

 

寝返りを打ってみると今度はあっちが外の方を向いていた。

 

「もう寝る。変なところ触ったら殺すから」

「あぁ、おやすみ」

 

おやすみ、と言ったはいいものの幼馴染から漂う甘い香りと緊張感のせいで中々寝付けない。

昔はそんなことはなかったはずなのに。……やめよ。寝よ。

開きかけた感情に蓋をして、俺はまた見て見ぬフリをしてその場凌ぎの夜を過ごす。

 

 

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