病的に恋をして   作:黒樹

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高嶺の花は泥沼に咲く

 

 

 

翌朝、眠りを妨げたのは腹の上の圧迫感だった。薄暗いカーテンの代わりに瞼を開けると、本来窓に掛かっているはずのカーテンは開かれ朝陽が部屋に差し込んでいる。その部屋の中、俺の腹の上に昨日と同じ薄着の桃香が跨っていた。寝癖が少し跳ねている彼女の髪は朝日によって煌びやかに輝きを帯び、瞳はジッと俺を見下ろしている。無防備な姿がそこにはあった。

 

「やっと起きた」

「あともう少し……」

 

気がついたら布団はひっぺがされていて……というか眠っている間に剥がされたのだろうが、桃香が腹の上に乗っていれば布団を手探りに探して被ることもできず、代わりに腕で目隠しをして朝日を遮った。

 

「こら、起きなって。あんたが朝食食べないとママが食器片付けられないんだけど」

「あともう少し……起きたら行く」

「そんなことしてたら学校遅刻だっての。あのね、あたしも言いたくないけどあんたにちゃんとさせないとあたしがパパとママに何か言われるんだから。本当に次起きたら来るの?」

「……まぁ、もう目覚めることはないけど」

「ふんっ」

 

 

完全防御態勢に入った俺の腹の上で桃香が跳ねた。腰を利用して飛んだためか飛ぶのに溜めた最初の離脱による圧迫、そして次に着地の衝撃が無防備な状態の腹に一撃見舞う。薄い布越しの感触に興奮する間も無く、朝から手厳しい一撃は確実に寝起きを最悪へと誘う。

 

「いたっ……くはないけどやめろ」

「嫌だったら起きなよ。じゃないと、続けるよ」

「やってみろよ。そんな攻撃痛くも痒くもないな」

「後悔しても知らないから」

 

そう言うとまたお腹の上で飛び跳ねる幼馴染。何度もお尻によるプレス攻撃を仕掛けて来るがその攻撃のどれもが痛くも痒くもない。あるとしたら妙な違和感。言ったそばから思わず鬱陶しくなって腕をずらして桃香を見上げると、盛大に二つの果実がぽよんぽよんと揺れていた。攻撃のつもりか知らないがおっぱいが揺れてエロいこと。

まずい、朝の生理現象が……!

完全敗北覚悟で思わずそれはやばいと飛び起きてしまった。

 

「きゃっ!」

 

そうすれば腹の上で遊んでいた桃香は当然の如く体勢を崩すわけで、ベットの上に転がされる形で倒れた。俺はそんな形成の逆転した彼女に覆い被さるように手をついていた。桃香の頭の横、ベッドの上、そこに壁ドンならぬこれは何ドンだろうか。普通に押し倒したという表現の方がより正しいのかもしれない。

こういう時、大抵の場合二人が見つめ合うシーンを想像する。一体全体どうしてそうなるのかと問えば、今その答えを俺は知った。確かにこの状況は少し硬直してしまう主人公の気持ちがわかるかもしれない。

沸き上がるのは性的衝動ではなく、突然のイベントに戸惑い脳内が真っ白に変わるのだ。そりゃコンマ一秒とかで離れることもなくラブコメの主人公がラブコメしてしまうわけだ。

 

「……バカ、どいてよ」

 

羞恥心の一つでもあったのか桃香は頰を赤らめて必死に目を逸らす。斜め下を向く彼女から目を逸らして俺は至って冷静に振る舞った。おお悪い、と言いながらまったく悪びれていない。そもそも人の上で調子に乗っていたのが悪いんだし、これくらいは両者共悪かったってことで納得してもらうほかない。

ゆっくりとベッドから退き、押し倒される形から解放された桃香が起き上がる。俺を睨みながらに彼女は罵ってきた。

 

「……あんた朝から何考えてるの。変態」

「そこは人の心覗いても言わないのが暗黙の了解だろうが」

 

寝起きは特に油断している。心の底が筒抜けになりやすい時に心を覗かれるのはかなり精神的に来るものがある。特に理解のないものがされればキレるどころの騒ぎではないため、これに耐えられるのも俺しかいないと考えれば溜飲を下げる他なかった。できれば心筒抜けを許せるようなパートナーを見つけて欲しいところだが、そう簡単に見つかるはずもない。

それに病魔とは完全完璧にコントロール出来るような代物でもないのだ。その名の通り、病気であり魔であり治療もできなければ抑えるしかない。「抑制」する事をコントロールしていると言い換えているだけであり、事実多少融通が利くだけで病魔とは操れるものではないのだ。

紫月桃香もその一人、抑制しきれない部分を俺にぶつけているだけで悪意の一つもないのだ。

 

「等価交換くらいにはなったでしょ」

「なるか。普通に足りんわ」

 

 

 

 

 

 

「悪いな、倉科。急に呼び出して」

 

その日の夕方、屋上に倉科秋穂を呼び出した。件の告白の件について……何やら意味が重複しているような気もするが些細なことだ。しかし、捕まえるに至るまで倉科は逃亡を続け話をしたくないようなそぶりを見せていた。突然、生首を見せたのだから当然かも知れないがこっちはそんな理由は知らないし、簡潔で完結に事を運ばなければいけない。昨日の夜から考えていた答えがやっと出たのだ。

戸惑い不安そうに髪を弄る倉科に俺は頭を下げて誠心誠意応える。俺にとって当然とも、それも昔から考えていた事の一端を。

 

「俺は倉科とは付き合えない」

 

そう、はっきりと拒絶した。

 

「……なんでか聞いてもいいかな?」

 

その言葉には「病魔」が理由かどうかという意味も含まれているのだろう。俺は知識をフル動員した。俺が卑屈な事を取り除けば、ある程度の観察力はある。あくまで卑屈を取り除けばだが。

 

「倉科に俺は釣り合わないよ。どう考えたって倉科が俺を好きな理由も見当たらないしな。俺はおまえが思っているほどの人間じゃない」

 

あ、また、卑屈になってしまった。

いやもうこれは性分なので抜けないが。

しかし、フォローの一つくらいはしておかなければいけない。

 

「別に病魔が理由とかじゃねぇよ。首が外れてようが倉科は倉科だし、俺はそれが変だとは思わない」

 

フォローどころか傷を抉っているような気もするが、その事を気に病んで生きていかれてはこちらの寝覚めが悪いというものだ。

 

「まぁなんというか、生首は生首で興奮しそうだけど……というかちょっと抱きたい(抱擁的な意味で)とも思ったけど、やっぱり俺には釣り合わないと思うんだ。俺といたところで倉科は幸せになれないだろうし」

「……ふふっ、そう言うと思ったよ」

 

何故だか、倉科は笑った。

実はこいつも心が読めるとかじゃないだろうな。

 

「それって私が嫌いってわけじゃないんだよね?」

「まぁ、人間の中では好きな部類かな」

「春陽君に好きな人はいる?」

「いや、いないな。いても仕方ないだろ」

「じゃあ、私はまだ春陽君のこと好きでいてもいいよね?」

 

誰が他人の心に価値を付け、文句を言えるのだろうか。そんな存在がいるのだとしたら、神様くらいのものであろう。

 

「どうぞご自由に。俺も倉科も互いをそんな深く知っているわけでもない。だからまぁ、友達くらいならなれるんじゃないか」

「お友達から、か……。でもね、春陽君。私は君のことをなんでも知ってるんだよ」

 

妖艶に微笑む倉科の髪をかきあげる仕草に一瞬見惚れてしまったが、そんな夢現すら壊す内容が倉科の口から饒舌に語られる。

 

「桜木春陽君。身長175cm。体重70kg。血液型A型。右利き。勉強は苦手だけど理数系の科目が得意、運動能力は運動神経が良くかなり飲み込みが早い。紫月桃香の家に居候中。趣味はゲーム・漫画・アニメ鑑賞。好きな食べ物は甘いもの。嫌いな食べ物は特になし。好きな色は紫・茜・白。全般的に嫌いなものは他人、人見知りで会話能力はそれほど高くない。お風呂に入る時は頭から順に下るように洗う。好みの異性は物静かな人。そして、宿している病魔は〈血〉」

 

特に最後の三つくらい、誰にも知られないはずの内容だった。

病魔については一部の情報のみが開示されているにも関わらず、普通子供が知るような内容ではない。教職員のみが知り得る情報だ。

特に病魔は悪用されやすい。

それを危惧して、国だけがその症状の情報を管理している。

 

「ちょっと待て、後半なんで知ってるんだよ」

「お風呂は直接見たからね。好みの話は前に春陽君が見たエッチなサイトの情報から察するにそんなものかなーって。JC.JK.JDから大人のお姉さんまで。黒髪美少女、幼馴染、ハーフにクォーター、人外、巨乳、貧乳、それと色々」

「……閲覧履歴も検索履歴も痕跡は全部消したのになんで⁉︎」

「だって私見てたんだもん。君がエッチなサイト見てるとこ。エッチな本は残念ながら置いてなかったけど、エロゲの箱は沢山積んであったよ。隠さずにPCの横に」

 

エロゲは別にいい。しかしエロサイトはダメだ、完全敗北だ。神の宣告に膝をつき項垂れる。

 

「……倉科、どうやってそこまで調べたんだ?」

 

もはや探偵の仕事以上に厄介だ。尋ねると倉科はにっこりと微笑む、悪気はないのだろうが俺にはその笑みが悪魔のように見えてならなかった。

 

「私だけ知ってるのもずるいよね。そうだね、私の病魔についても教えてあげる」

 

そう言って倉科は俺の手を掴むと、徐々に自分の左胸へと近づけさせた。このままでは胸に衝突、後に柔らかな感触が手のひらに伝うであろう、そんな予想を裏切る不気味な感触が手のひらに広がった。倉科秋穂の胸へと伸びた手は女性の象徴に遮られることなく、さらに奥へと沈み込んだ。制服を貫通してあるものを握らされる。

 

生温かくて、柔らかい。

ドクン、ドクン、ドクンと鼓動を放つ。

彼女の心臓、そのものを。

俺は鷲掴みにしていた。

 

「–––ねぇ、わかるでしょ。今すごくドキドキしてる。私の生首を見られた時以上にドキドキしてるよ。春陽君に大事な心臓を掴まれて、私すごく興奮しちゃってる」

 

いやもう待てよ、処理し切れねぇよ。

倉科が若干、ストーカー気質でさらには心臓掴まれて喜ぶ変態?

学園中の生徒が聞いたらびっくりだろうな。

そう思ったら、なんだか冷静になってきた。

 

「うん。それはいいけどさ。病魔について教えてくんね?」

「そうだったね。私の病魔は首が取れるものだったのは見たよね。それとは別にね、私はあらゆる透過の現象を体験できる症状を持っているの。むしろ定期的に発散しないと首がポロっていっちゃうんだ」

「具体的に言ってくれると助かるんだが。取り敢えず、我慢しなければいきなり首が捥げないことはわかったが」

 

想像はついたが、どこまで可能なのか判断はできない。

倉科は俺の秘密を知ったトリックを話してくれた。

 

「私ができるのは透視と物体の透過、それと透明化。だからね、いくら春陽君が隠れてたって私には壁どころか服ですら透視することができるし、部屋に勝手に侵入することもできる、透明化して後をつけることもできる。でもまぁ、透明化は服を全部脱がなきゃいけないんだけど」

「待って。今さらっととんでもない事実が聞こえたんだけど」

 

何そのストーカー特化型能力?それに服を透視とか何それ欲しい。

いや、それ以上に重要な事がある。

 

「えっ、てことはつまり倉科が裸で俺の部屋に……?」

「添い寝もしたことあるんだよ」

「色々突っ込みたいところなんだけど、色々突っ込むところ多過ぎるよおまえは!」

 

裸で人の部屋に侵入した事とか。ストーカー疑惑とか。服を透視できるとか。夜女子高生が出歩いている事とか。突っ込みたいけれど、世の男が持っていたら大変な事になる症状だ。倉科に一番相性が良くて、渡ってはいけない病魔が渡ってしまった感はあるが、倉科だからまだマシなのかもしれない。そこは感謝しよう。

だがしかし、どう考えても好きになった理由が余計にわからないんだが。

そこまで知っていて、どこに好きになる要素があったのか。

 

「さっきの俺の情報の中に好きになる要素あったか?」

「それはいくらなんでも春陽君でもまだ秘密。まぁ、でも、言えるとしたら君が優しいってことだけ」

 

はぐらかすようにうふふと微笑む倉科は、ぴたりと俺の左胸に手を合わせてきた。そのまま上目遣いに見上げると今度はこんな質問をしてくる。

 

「それよりさ、本当に桃香ちゃんと付き合ってないの?春陽君」

「ないって。あいつと俺が最近仲悪いの知ってるだろ」

「へぇー、じゃあおかしくない?」

 

嘘吐き。とでも言うかのように、至近距離に倉科は迫って来た。唇がくっついてしまいそうなほどの距離に近づいた彼女は俺の目を見て淡々と独白する。

 

「同じベッドで寝て、朝起こしてもらって、それもあんな無防備な格好で。友達や幼馴染にしてはちょっと近いと思うけど」

 

おかしいのは倉科がその事実を知っている事である。あと、近い。倉科近い。

 

「別にいいだろ。お互いに了承しているなら。それにお互いに恋人もいないんだし」

 

咎められる理由はない。そう、理由はないはずなのだ。

倉科はそっかと納得すると離れてくれた。

 

「じゃあ、私も春陽君と一緒に寝ていい?」

「機会さえあればな。あと、ストーカー行為をやめろ」

「……ストーカーはやっぱり嫌い?」

 

自覚はあったのか、倉科は俯いてしまう。

ストーカーは悪い事だが、別にそれだけを咎めているわけではない。

なんとなく頭を撫でてあげながら、俺は慰めた。

昔は幼馴染にも同じようなことをした。それを俺は繰り返す。何度もやったように、兄が妹を叱るような口調で言った。

 

「別に倉科を嫌いとかじゃねぇよ。こんな可愛いストーカーなら怖くもないし。そうじゃなくて、夜に一人で出歩いたり危険なことしてるから怒ってるんだ。ストーカーするくらいなら、普通に入って来いよ。そういえば倉科って桃香と仲悪くないだろ」

「……善処します」

「そこはうんじゃないのかよ」

 

この小さな約束が大きな意味を成すのはすぐのこと。しかし結果から言えば、倉科のストーカー癖は解消されることはなかった。

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