病的に恋をして   作:黒樹

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こんな愛情を抱くのはイケナイ事だろうか

 

 

 

普段は一人でいる俺にも友達の一人くらいはいる。同じクラスではあるが、机にしがみついてスマホやゲーム機を持参して弄っているので殆ど動かないので絡む事は少ないが、少なくとも友人と呼べる範囲では友人である彼、華島恭介は一般的に見ても普通に善良な男子高校生である。深緑に見える黒髪、気だるそうな目(目つきが悪い)、という一見不良に見間違われがちだが内心は優しく成績は赤点も無し、運動神経は良の普通の高校生。

桃香曰く、悪友と呼ぶそいつとの帰宅時のことだった。

 

「……そういや桜木、倉科の告白断ったんだってな」

 

どうしてそれを。なんてのは野暮な話、クラス中どころか学内ではその噂は既に全校生徒で共有されている。恭介の耳に入っているのも不思議ではなかった。振った俺でも耳にするのだから。

 

「まぁな」

「なんで振ったんだ?」

 

クラス中どころか学校中の疑問を代弁した恭介の問いかけの答えに窮してしまった。特に理由はない。好きでもないし、嫌いでもない、いや好きかもしれないがそれは未だに恋愛感情ではないと確信している。というか、普通なのだ。

 

「……なんで振ったんだろうな」

 

成績優秀。容姿端麗。運動神経抜群の優等生。その上、性格は天使と来た。ここまで完璧な美少女は世界中を探してもそんなに見つからないだろう。特に自分に好意を寄せる女性とは尚更だ。若干後悔していなくもないが、そこで自分を卑下する癖が出てしまったやはり恋愛とは付き合えそうにない自分の性格が、判断を鈍らせ決断を下したのだろう。

 

「俺って恋愛に不向きらしいからな。好き、って言葉が信じられないんだよ。つーか他人が全般的に信じられない」

「人間不信もそこまでいくと厄介だな」

「石橋は叩いて渡れ、って言うだろ。俺は叩いても渡らないからなぁ」

「筋金入りの人間不信がそこまでいくと幸運すらぶっ飛ばす事になんのかよ。幸も不幸も手放すなんて俺はやりたくねぇな」

「利益ばかりを考えるのが人間だからな」

 

自分の事しか考えていない。それが人間だ。俺の他者への認識はそんな捻くれたもので成長するにつれて日に日に悪化していくのだ。無邪気で純朴だった少年は何処へやら、人間の一番汚れていない時期は赤ん坊の頃しかないのだろうか。

 

「–––それで、話は戻すけどよ」

 

スマホをカメラモードにして、恭介は指摘する。

 

「あいつは何やってんだ?」

 

スマホのカメラには倉科の姿が映っていた。俺達の後方20m。距離を一定に保って隠れては跡をつけてくるその様は普通に見れば同じ帰路を歩いているだけに見えるが、今や俺の目にはただのストーカーにしか映らなかった。

 

「あっ、そうそう、中学の時から視線感じるって言っただろ」

「そういや言ってたな」

「俺、そういうの敏感だから」

「部屋でも時々視線を感じたんだったか?街灯の下に気配を感じたり」

「それが倉科だったんだよ」

 

ピシリ、と恭介の表情がまるでコンクリートで塗り固められたように固まった。

 

「倉科ってそんなやばいやつだったのかよ。……それなら納得だな。そりゃ告白を断るわけだ」

「いや、別にそれが理由じゃないぞ?」

「は?」

「ストーカーっていっても可愛いし怖くもないしむしろ萌えね?」

 

ストーカーの偏見について語っておこうか。俺の持論を強要はしないが倉科が悪く言われるのは何故か少しくるものがある。

 

「ストーカーは愛してくれてる上で愛情表現が苦手故に行き着いた末路だろ。度が過ぎたらまぁ悪い部分はあると思うが、故にストーカーには何してもいいと思うんだ」

「そうか。……倉科はヤベェやつをストーカーしちまってるわけか。むしろ倉科に同情するわ」

 

何故か、俺が頭おかしいみたいな結論に至っている。

 

「それだけ愛してくれてるって事だろ。愛情表現だと思えば可愛くね?」

「世界中の人間がお前のように受け止められたら、ストーカー被害は増加しねぇよ。警察もいらねぇわ」

 

呆れられた。友人に物凄く呆れられた顔をされた。というかむしろ軽蔑されてないだろうか。

 

「何故俺の美学が通じないんだ!」

「美学じゃねぇだろ。犯罪性のある愛とかむしろ狂気だろうが」

「あんな犯罪すれすれで愛してくれてるんだぞ。俺なら嬉しいね」

「で、その上でお前は犯罪すれすれの変態に変態的行為をしようとしてんだろ」

「そう、ストーカーなら何してもいいよね?」

「よくねぇ。歪すぎるわその愛、お前も一度逮捕された方が世のためだ」

 

何事か引っかかることでもあったのか思考すると何か違和感に気づいたようにこちらに向き直ってくる。ふと何かに気づいたそんな感じで、彼は痛い箇所を突いてくるのだ。

 

「それなら、倉科がお前のことを好きってのは認めてるんだな」

「……なるほど、そうなるのか」

 

自分で言っておいて矛盾している事実に気づいた。

 

「嬉しいんだけど、その言葉そのものを信じているかって聞かれたら……無理だな。俺にはやっぱり嘘にしか聞こえないわ」

 

ストーカーするほど好きとして。それを一種の愛情表現として認めて、それを可愛いと思えて、愛おしいと思えても、やはり何処かに信じきれていない自分がいる。信じきれていないのは、誰かの好意ではなく己自身だとは理解している。自分で自分を信じられない、そんな性格だから、倉科の告白を嘘と断定して自分で自分を否定した。誰にも好かれるはずはない、そう思って生きてきたのだからたとえそうであっても自信のなさが自分の心を雁字搦めにする。自分で自分が嫌いだから。だからこそ、自分の好きな部分は他人とは違うと言い切れる、俺は俺を誇れる部分があるにも関わらず、俺は俺を嫌っている。

「自分はあいつらとは違うんだ」と言い聞かせる、そういうやつにはなりたくなかったが生憎と俺の生き方はそうもいかないらしい。良くも悪くもそう認めざるを得ない。

 

「あれだけ愛情表現されて信じきれねぇならどうやって信じるんだよ」

「もういっそ殺してもらうくらいしかなくね?」

「それじゃ結ばれねぇだろ」

「だよなぁ。好意を行為で示してもらうにしても、最近の若者はキスすら簡単にしてしまうからねぇ」

「お前はいつの時代の人間だよ。娘の交際事情を知る母親か」

「まぁ、キスなんてされた日には勘違いするんだろうけど。流石に優しくされただけでは堕ちないぞ、俺は」

 

もしかしてコイツ俺の事好きなんじゃないの?なんて妄想は妄想で終わらせるべきだろう。それこそストーカーへの第一歩である。

一度きりの過ち、なんて言葉もあった気はするが突き詰めればキリがない。そういうのは昼ドラに任せておこう。

 

「じゃ、俺こっちだから」

「おう。また、明日」

「せいぜい刺されねぇように気をつけろよ」

 

物騒な事を言い残して恭介は自分の帰路へと足を向けた。俺もまた自分の帰路へと足を向ける。

 

……さて、此処からが本当の帰路だ。

 

此処で倉科に話しかけてもいいが、もし倉科がストーカーしているわけではなく自分の行きたいところに向かっていたとしよう。そうであれば話しかけた俺が恥ずかしい思いをするに違いないし却下。となるとやはり元の案に戻って話しかけるタイミングを見計らっているのか倉科がストーカーしている可能性も捨てきれないわけで、実際は一緒に帰りたいだけではないのかと予測する。

予想は幾らでもできたが放置しておくことにした。

うん。それがいい。やっぱり俺は学園一の美少女さんには話しかけられない。

 

「……さて、いつ話しかけてくるかな」

 

帰宅以上に最近楽しみにしている帰路での出来事。未だに一緒に帰るなどのアクションは起こして来ない。実は倉科に告白されたのは幻想だったのではないかと疑っているが教室での会話は増えている。そのせいか振られたという噂は鎮火して、別の噂が立ち始めたのも今日この頃、本当はストーカーしてくる彼女の愛を認めてしまっているのかもしれない。そう考えると、なんで倉科の告白を断ってしまったのか甚だ疑問だ。

 

別に俺だって誰でもいいわけではない。ただこれだけ愛してくれるのなら、それ相応に愛してしまえばそれで解決なのだろうが、むしろそんな恋愛を思い描いたこともある俺にとって、彼女ほど愛情を表現してくれた女性は他にいないのに。

結論、告白を無下にした事を無茶苦茶後悔してます。

しかしまぁ、今更縋るってのもカッコ悪いわけで「やっぱあれなしで」なんて言えるはずもない。

 

「……あっ」

 

そんな事を考えていたらいつの間にか家の前に到着、ついぞ倉科は話しかけてくることはなかった。スマホで後方を確認すると倉科はまだいたが家に入れば訪ねてくる可能性も捨てきれない。

ドアを開けて、玄関で靴を脱ぎ、階段を登り、どうせどう動いても筒抜けなのでさりげなく外を見下ろすと倉科がこっちを見上げているのが確認できた。視線が合ったような気もするが、ほんの一瞬で悟られた可能性もなくはないがスルーする。着替えて椅子に座って漫画を漁り始めた。

 

「……」

 

それから何度も外を気にしたが倉科はずっとこちらを見上げていた。家に突入してくるわけでもなく、ただずっとこちらを見上げて様子を伺っているだけ。

気になって漫画に集中もできない。

……こんな事を続けていたら、倉科より先に俺の方が精神崩壊を起こしてしまいそうだ。

そうやってお互いに足踏みをしている間に時間は過ぎ–––。

 

 

 

–––夜になった。

 

 

 

「……もう、そろそろ帰ってるだろ」

 

午後十一時。独り言のように呟き、外を見る。窓の下を見下ろす。

家の前の街灯の下には見慣れた制服、我が校の女子生徒用の制服だ。それを着た金髪の女の子が街灯の下からずっとこちらを見上げていた。

言わずとも、わかる。倉科秋穂。彼女がまだそこにいたのだ。

いやいや何してんの?馬鹿なの?暇なの?楽しいの?怖いとかの感情の前に–––。

こんな時間までずっと外にいた少女にモヤモヤした感情を抱いた。愛おしさにも似た、同情にも似た、まるで理解不能な偽善的な感情を。

あぁ、まったく……。そこまでして見ていたいのかよ。

 

「って、何やってんだよあいつは」

 

そのうち何故か通りすがりの酔っ払いに絡まれ始めてしまった。千鳥足のおっさんは挙動不審な様子で倉科に言い寄っていた。それを困ったように押し返すがたいして効果はない。

気がつけば、俺は部屋を飛び出して玄関を出る。これ幸いな事に紫月父は出払っているため家にはおらず、こんな時間まで外を出歩いていた倉科を咎められるようなことはない。

そうして、結局のところ家の中に彼女を引きずり込んでしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

「えへへ。やっぱり優しいね、春陽君は」

 

取り敢えず、どうにかして酔っ払いを追い払って倉科を家に引きずり込んだ。このまま帰してはまた戻ってくるような嫌な予感がした。と理由をつけても、やはりこんな時間に女子を自分の部屋に引きずり込むのはどうかと思うが、このままにしておくこともできない緊急事態だった為仕方ないだろう。

その倉科といえば、ベッドに座って全校生徒が振り向くような笑顔を振りまいている。

 

「倉科はやっぱおかしいな。俺が言うのもなんだけど」

 

これだけ世間一般的には気味悪い事をされて、頰が少し吊り上っている俺はなんともまぁ捻くれた愛情表現に絆されているわけで、これだけ可愛いとしてもストーカーは許してはいけないはずの存在なのに、そんな愛情表現でやっと彼女の感情を理解しているのだ。まだ疑う余地があるものの、好みはあっても理由もなしに振ってしまった俺はなんと情けないことか。

 

「自分でもわかってるんだよ。気持ち悪いって。でも、春陽君はそんなこと思わないよね?」

「正解。悪くないって思ってる」

 

愚直に好意を示してくれる。それが素直に嬉しかった。だからこそ、俺は彼女の気持ちを具体的に知りたくなってしまうのだ。

 

「なぁ、倉科……お前は俺のために何ができるんだ?」

「どんなことでも。春陽君が望むならなんだってするよ」

 

–––じゃあ。と、男子高校生の欲望が口をついた。

 

「服を脱いでくれって言ったら?」

 

あれ?俺は何を言ったんだろう。

 

「……うん。少し恥ずかしいけど、春陽君が望むなら」

 

自分でポロっと零してしまった欲望が倉科を突き動かす。思い返す間に胸元のリボンを外して、ボタンを外して、制服の合間から素肌と下着を覗かせ、ゆっくりと脱いでいく姿が俺の目に映った。

待って、いやちょっと待って、いや言ったの俺だけども。

心の中で自分の非を認めず、その間にも倉科は半裸になっていて、ちょっと待ってだなんて建前を並び立てて、

 

「–––ちょっと待ったぁぁぁぁ!!」

 

倉科がシャツを脱いでしまうその前に、バンッと俺の部屋の扉が思い切り開かれた。中にズカズカと入って来たのは桃香だった。顔を真っ赤にしながら俺と倉科の間に視線を行ったり来たり、突然どうしたかと思えば早口にまくし立てる。

 

「あんたら何してんの!?隣の部屋にあたしがいるのにイチャイチャイチャイチャ何しようとしてたの?そんなことするのあたしが許さないから!」

「もー、空気読んでよね、桃香ちゃん」

「秋穂もこんな時間に押し掛けて。いったいどういう風の吹き回し?」

「こんな時間だからこそだよ」

「ていうか、なんでハルの部屋に入ってるの!」

「私が春陽君に会いたかったからだけど?」

「そんなの聞いてない!」

 

まるで、わがままな子供のように駄々を捏ね始める。随分と友達に対して刺々しい対応だ。他人事のように眺めていれば、怒りの矛先は俺に向いた。

 

「ハル。あんたもあんただよ。あたしの友達に何するつもりだったの?」

「ちょっと愛の検証実験?」

 

つい桃香から目を逸らしてしまった。

 

「え、エッチなことしようとしたでしょ!」

 

まぁ、それくらいは心を読まなくても理解できるだろう。

いけるとこまで、とは考えていたものの多分そうなったら付き合うことになっていただろうし。

現状、その否定はできないわけで、状況証拠は出揃っている。

邪魔されなければ、おそらく誰も止められなかっただろう。

 

「さてと、じゃあ私は帰るね」

 

俺が鬼に怒られている間に倉科は服を着て帰り支度を始めていた。たまにこういう撤退の時だけ手際がいいやつがいる、それは俺の専売特許だったはずだが、矛先が逸らされないことには不可能だ。

 

「ちょっと、話は終わって–––」

「いいのかな?春陽君に桃香ちゃんの秘密を話しちゃうけど」

 

そう言って、桃香の耳元に口を寄せると倉科は一言呟く。それだけで顔を真っ赤にしてしまった桃香はわなわなと震えて、顔色をサッと青ざめさせてしまった。それほどの秘密を握っているのだろう。

 

「春陽君、送ってくれる?」

「了解しました、お姫様」

「ちょっとハルは……!」

「桃香ちゃんが……」

「送ったら寄り道せずに帰って来いハル」

 

倉科が秘密をチラつかせると桃香は手のひら返し。それほどまでに、俺にバレたくない秘密があるのだろうか。

 

「じゃあ、行こっか春陽君」

 

沈黙してしまった幼馴染の横を通り過ぎて倉科と外へ出る。

ただ、倉科を送って家に帰ると怒っているのかベッドで待機していた桃香に捕まった。散々倉科が秘密を喋ったか探った挙句の果てに今度は同じベッドで寝るとか言い出し、いつも以上に眠れない夜を過ごすことになったことだけは事実である。

 

 

 

 

 

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