病的に恋をして   作:黒樹

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透明になった物語B

 

 

 

結論から言ってしまえば、私はお風呂にさえ自分で入ることは出来なかった。扉を開ける事は出来る。蛇口を捻って湯浴みは出来るものの、ボディタオルやシャンプー、石鹸、ボディソープなどの道具にすら触れる事はできなかったのだ。

これから生活する上で、不便というか、仮にも男性の隣にいるわけだから、匂いとか清潔とか気にするわけだけども、選択肢は二つしかない上に苦渋の選択を強いられてしまった。

『綺麗に洗えずに臭いと言われる』か『春陽君に隅々まで洗ってもらうか』だ。

私自身も水浴び程度ではお風呂に入った気がしないし、清潔感は大切だし、かと言って今までのような痴女的行動はしたくないわで迷った末に、天秤は清潔感を取ってしまった。

 

まぁ、理由を付け加えるならば、桃香ちゃんの話では春陽君は悪い人ではないし、扉を開くや蛇口を捻って水を出すなどの行為はポルターガイスト地味ていて彼に迷惑がかかるから、と付け加えておく。

ただ後悔するとしたら、中学生にもなって異性とお風呂に入る事と、それが私の親友の想い人なのだからもう本当に申し訳ない。

 

親友が口を開けば「ハルが……」とどうでもいい情報をくれる為、そのお陰で妥協するラインは出来たのだが、やっぱり幼馴染とかそういう関係でない私は緊張と恥ずかしさで死にそうになりながら、春陽君に洗って貰う条件として彼には目隠しをしたのだった。非常時とはいえ自分からお願いをしておきながら、それでもやっぱり私には今更ながらでも裸を見られるのは恥ずかしい。

 

「さて、問題はここからだな……」

 

アイマスクを目に装着した春陽君は間の抜けた声で問題を指摘する。類稀なる才能を発揮して、高過ぎる空間把握能力から目隠し込みで上手に私の髪を洗った後、予め用意しておいたボディスポンジ(+ボディソープ)を手にした彼はアイマスクからはみ出る程の難しい顔。

 

「桃香ちゃんにはどうやってしてたの?」

「そこまで知ってるなら俺も隠しはしないが、かなり無茶な方法だったなぁ。俺の膝の上に座って洗って貰うのがお気に入りだった」

「私もそんな方法で洗ってもらおうなんて思ってないよ」

 

いや、無理だし。恥ずかしくて死ぬ。無邪気な頃だったとはいえよくそんなことをできたものだ。

 

「だよな。普通にするか」

 

その普通とは、この現状のことだろうか。もうこれは普通の範疇を超えている気がするが、私も文句は言えない立場なのでどうしようもない。

 

「アイマスク取ったらダメか?」

「ダメ。絶対に外さないで」

「いや、もう今更だろ。既に見ちゃったんだし」

「それとこれとは別なの!」

「背中側にいれば見えないし……」

「そういう問題じゃないの!」

 

私が反抗するとやけに素直だった。はぁ、とため息を吐いてからまず左手で私の位置を確認して右手のスポンジでゴシゴシと洗っていく。手つきは優しくて変な気を起こすような気配はなく、無難な箇所から手をつけていった。背中側から届かない足と、胸、下腹部を残してあっという間に終わらせてしまった。

 

「……自分で洗うか?」

「そ、そうだね……」

 

手のひらに置いてみせたスポンジを受け取る。受け皿のように構えた両手を、春陽君が落としたスポンジが通り過ぎていった。

ボトっという水分と泡を含んだ物体が落ちる音を聞いて、二人の間に静寂が広がる。

手で洗うより、スポンジで洗った方がより綺麗にはなるのだが……それに手で洗うと洗った気がしない私も、そちらの方が良い。いや別に洗って欲しいわけでもなくて、でも触られるのはちょっと……。

今思えば、妙に桃香ちゃんの発育が良いのはこの人のせいなわけで、あれを小学生の間洗っていたのかと思うとなんというか複雑な気持ちになるわけで……。

 

「……春陽君」

「俺は社会的に死なないなら何でもいいぞ」

 

茹だった頭で顔を真っ赤にしながら私は懇願した。

 

「私がNOと言っても止めないで。一気に洗ってください」

「OK.じゃあ、決意の揺らがないうちにいこうか」

 

背中から手を回して胸を洗っていく。優しい手つき、エッチな行為ではないはずなのに私は意識し過ぎて頭が爆発しそうだった。

次に足を洗う時、今度は春陽君が前に回り込んできてがっしりと足を掴んだ。

 

「ちょっ、ちょっと前からはダメ!」

 

–––っていうかこの人、アイマスクしてるんだよね?どうやったらそんな簡単に回り込めるの?

 

「大丈夫だ。見えてないから」

「君に見えてなくても色々と問題なの!」

「おまえ背後から洗われる方が好きなの?」

 

前か後ろのどちらが好きかという問題じゃない。

私には、彼の下半身が見えているわけで……太ももを開かされるのがなんというか抵抗感があるのだ。

エッチな事はしてないのに。エッチな事はしてないのに!

この状況で平常心を保てない私が可笑しいのか、或いはこの状況が可笑しいのか、私の頭の中はもうグルグルで正常な思考は停止していたように思う。

足を閉じようとしたら、彼の身体を挟んでしまうし閉じ切らないし。泡でヌルヌルと滑って背徳的だし、心臓は爆発しそうでもう限界を超えて恥死寸前。

 

「ん?おい倉科?」

 

私の意識はそこで途絶えた。

 

 

 

目を覚ますと見知らぬ天井が視界に入る。私はいつのまにかベッドで寝ていて、毛布を掛けられていることに気づき、毛布が何故か触れる事に少し安心感を覚えていた。何と言うべきか、文明の利器を使用制限された私は原始時代にタイムスリップした気分で自分の不甲斐なさを身に沁みて感じているわけだが、毛布だけは使える事を有り難く思いながらふとお風呂の事を思い出す。

どうやら春陽君は最後まで面倒を見てくれたようで、ベッドも髪も濡れた形跡はなくお風呂場に横たわっていない事自体が証明のようだが、私にとって気絶していたのは死活問題である。寝ている間は無防備だったわけだし、信頼してないわけではないけど、やっぱり彼はどう思って私の面倒を見ていてくれているのか気になるわけで、本当に申し訳なく思っている。特にお風呂場で気絶なんてやらかした私はとんでもなく迷惑をかけているだろう。

お風呂に入ってから一時間と経っていないようで、時計を見ると夜遅いというわけではない。じゃあ、春陽君は何処に行ったんだろう、と考えていると隣の部屋から喧騒が聞こえてきた。

 

「変態」

 

女の子の声。私の知っている桃香ちゃんの声だった。

気になってベッドから降りて、毛布をマントのように扱いながら隣の部屋の前に行くと、隣の部屋の扉は開け放たれていて、そこから中の様子が伺えた。

中には、正座している春陽君と腕を組んでベッドに座っている桃香ちゃん。剣呑な様子で特に桃香ちゃんだけがピリピリとした雰囲気を発していた。

 

「……俺の頼みを聞いてくれないでしょうか、桃香さん」

「お風呂に入りながら一人でアイマスク付けてた変態の頼みなんてロクなもんじゃないでしょ。イヤ」

 

どうやら、アイマスクを着けてお風呂に入っていたのを見られたようだ。何があってお風呂に桃香ちゃんが用があったのか理由は知らないが、春陽君に変な誤解が生まれている事はわかった。

 

「あれには理由があったんだよ」

「へぇー、どんな?」

「……目の不自由な人がどうやってお風呂に入っているのか検証実験を……疑似体験みたいな」

 

口が達者だった。言い訳がかなり理に叶っていて疑う余地が無い。

 

「嘘。何か抱き抱えているみたいなポーズしながら、気持ち悪い顔してたもん」

 

ど、どんな顔だったんだろう。

私は春陽君の方に倒れてしまっていたのか。

反省して、見守っていると春陽君は諦めたのか一息ついた。

桃香ちゃんは頬を赤くしながら、ぼそりと呟く。

 

「そ、それなら……介護士の一人でもつければいいじゃん」

「全てを自分でやる完璧超人という設定なんだよ。犬だって活躍してるだろ。あいつらがいれば外も怖くねぇ。凄くね?犬。盲目でも犬さえいれば外なんて自由自在だ」

「一人でやるって設定は何処行ったの」

「犬がお風呂の介護ってどうやってするんだよ」

「だ、だからそれを人間がやるんでしょ!」

 

あぁ、なんとなくわかった気がする。

さては、桃香ちゃんは春陽君とお風呂に入りたかったんだ。

 

「もういい。頼みってなに?」

 

機嫌悪そうにしてるけど、頼られて嬉しいみたいで頬を赤くしながらそっぽを向くフリをする桃香ちゃんは腕を組みながらチラリと春陽君を盗み見た。

そこに春陽君は爆弾を打ち込む事になる。

 

「実は、桃香のパジャマと下着、それから服を数着貸して欲しいなって–––」

「はあぁぁぁ⁉︎」

 

今のは私でも理由を知らなければ引いているレベルの発言だった。笑顔で悪びれもなく頼む春陽君に対して、顔を真っ赤にして耳の先まで茹で蛸のような状態の桃香ちゃんが睨みを効かせた。

 

「な、何に使う気⁉︎」

 

黙って貸してくれ。問題が多発しそうな道徳の授業がある。金銭トラブルのアレ。それをどう回避したのか春陽君の人間性を知るチャンスだ。桃香ちゃんが何に使うと思ったのかは知らないが、ふとベッドの方を見ると透視が自動で発動してしまった。布団の中には男性用のシャツが一枚ばかり、これどうしたのかなーと彼女の方に目を自然と向けると、パジャマを通り越して裸が見えた。

……あれ、下着は?あっ、布団の中にあった。

黒だ。何が黒かは言わないがクロ。何にも変えられないクロ。察した私は秘密については黙っている事にした。

 

「……言っても信じないだろ?」

「あ、あたしがあんたを信じないことなんてあった⁉︎別にハルがあたしの服をどうしようと知らないけど、別に全然気にならないけど、一応聞いておく」

「そうだっけ。じゃあ、言うけど……」

「ま、待って!」

「なんだよ?」

「あ、あたしも言わなきゃいけない事があって……」

 

なんということでしょう。このままじゃ桃香ちゃんは自爆をしてしまう。一人で恥ずかしい告白をして、多分一生深い傷を残して生きていく事になる。

幼馴染が相手とはいえ、親友が勝手に自爆していく様を見るのは面白くない。面白いんだけど面白くない。

私が慌ててどうすればいいか迷っている間に、二人は口を開いた。

 

「女の友達が着る服が欲しいから貸してくれ」

「ハ、ハルの服を勝手に持ち出したりしてごめんなさい!」

 

はたと二人はお互いに、ん?と見つめ合った。

 

「えっ、ごめん、今なんて?」

「いや、だから幽霊みたいな友達が女の子で着る服がなくて困ってるんだけど……おまえ俺がどうしたって言おうとしたんだ?」

「……そ、それは」

「……あれ、ベッドからはみ出てる服って……?」

「あんたの絶対嘘。ぜ、絶対ハル変な事にあたしの服使おうとしてるでしょ!」

 

ついには、布団の中の春陽君の服がバレそうになって臨界点突破した桃香ちゃんが色々な責任を彼に押し付けようとした。

 

「変な事って……なんだ?」

「そ、それは……!」

 

劣勢。話を逸らすように、というか桃香ちゃんは話を逸らしにかかった。

 

「ゆ、幽霊とか意味わかんない!絶対嘘!」

「いやまぁ、実際は死んでないんだろうけど。仮定だよ。病魔に困らされてるんだよ、その子」

「……病魔とかなんだとか言ってあたしの服が欲しいだけなんじゃないの」

「お前の服を貰って俺に何の得が……?」

「知らないッ、バーカ」

 

段々と不機嫌になっていく桃香ちゃん。私にも拗ねている理由は分からなかった。

 

「頼む。貸してくれ」

「……そんなに欲しいの?」

 

しかし、恋とは厄介なもので桃香ちゃんは春陽君に弱い。見た感じまだ勘違いは続いているようだけど、断り切れないのか押され気味に渋々頭を縦に振らんばかりか、かなり乙女な表情をしている。それこそ「ハルが」で始まる幼馴染の話を嬉々として語る時のように眩しい照れ顔の彼女は悪意皆無の彼の表情を見ると、すぐに逸らしてこう言う。

 

「……わかった。じゃあ、少し待ってて。……脱ぐから」

「おう。……え、脱ぐ?」

 

ここでまた勘違いが勃発した。ナニに使用すると思ったのか、理由を明確にしているにもかかわらず、勘違いが暴走してしまっている桃香ちゃんはパジャマの上着を脱いでいく。その手をガッと掴んで春陽君は凶行を止めた。

 

「使用してないやつでいいから。というか、普通使用済み渡すか⁉︎」

「でも、パジャマもう私が着てるのしかないけど……ハルはそういうのが欲しいんじゃないの?」

「い、いらん。他に寝間着とかないのか?」

「……と、友達が買ったベビードールとかなら、あるけど」

「ベビードール?よくわからないがいいや、それで」

 

いや、よくない。それ皆でふざけて買ったやつでしょ。「これを着て好きな人を誘惑するとイチコロ」みたいなノリで、桃香ちゃんをからかって皆で買ってあげたやつ。大事にしてくれてるのは嬉しいけど。

桃香ちゃんの使用済みパジャマか、ベビードール。着るの、私だよね?

介入する間も無く、桃香ちゃんは箪笥を漁ると白のベビードールを出した。

 

「……おぅ。え、お前そんなエッチなの着てたの?」

「ち、ちがっ。これは友達に押し付けられて……い、一度も使ってないから。き、着て欲しいんなら着るけど」

「……まぁいいか。あとは外に出る時用の服をワンセット貸してくれ」

「……あんた女装でもするの?」

「だから俺じゃねぇって!」

 

誤解は継続中。桃香ちゃんの中では『幽霊=春陽君』となっているようだ。よくある『友達の話なんだけど』で始まる人生相談。にしてもこれは酷いと思う。

 

「そういえばさぁ、その女の人って胸はどれくらいなの?」

「桃香よりは小さいんじゃないか?」

「サイズ合わないと思うよ」

「じゃあ上は要らないかな」

「ハ、ハルは胸のサイズとか気にしないの?」

「そりゃある方がいいけど……ってお前何言わせてんの?」

「いいでしょ。貸す料金として聞いたって」

「んじゃあー、俺も一つ聞きたいんだけど。倉科秋穂って知ってるか?」

「誰それ?あんたの彼女?」

「知らないならいいんだよ」

「また、病魔絡み?」

「まぁな。予想が正しければ、すぐに解決するけど」

「ふーん」

 

私は胸を抑えながらその光景を眺めていたのでした。

仲睦まじい、二人の姿を。

 

 

 

 

 

 

「借りて来てくれてありがたいんだけど……私、着れないよ?」

 

色々な誤解を生みながら生還した春陽君の厚意にどう応えていいのか、心苦しいながらもそう言うと、彼は今までその事実を忘れていたようで、あっという顔をしたあと、意地悪く言う。

 

「まぁ、モノは試しだよ」

「それにね、下着はわかるけどパジャマとか洋服は春陽君ので良かったと思うけど……」

「……」

「で、でも嬉しいよ。こんなに気遣ってくれて」

「……いやもう気遣わないで。虚しくなってくるから」

 

落ち込む、というか失態を犯した彼は沈んだ表情で顔を手で覆っていた。

私は精一杯の誠意を見せようと借りて来た服に手を伸ばすも、相変わらず衣服は掴めない。

 

「俺的には裸で居てもらってもいいんだけど、衛生とか防寒とか……その前に俺も直視できないから。ちょっと試したいことがあるんだけど」

「な、なに?」

「ちょーっとじっとしててね」

 

有無も言わせず春陽君はベビードールを手に迫って来る。

危機感を感じた。性的な、危機感。

 

「じゃあ、ちょっとバンザイしてみようか」

 

父親が息子に服を着せる時の口調だった。

 

「ま、待って。おっぱい見えちゃうから!」

「眼福だが、このままの方が俺的にもよろしくないんでな」

「いや〜!」

 

無理やり腕を上げさせられて、腕に何か掛かる感覚がした。

気がつけば、私はベビードールを着せられていたのである。

恐る恐る目を開けると、私には衣服が。

こんなに嬉しいことは生まれて初めてかもしれない。

あぁ、それも言い過ぎか。春陽君に見つけてもらった時の方が嬉しかったのだから。

 

「……え?あれ?」

「まぁ、こういうこともある。病魔ってのは気まぐれだからな」

 

この後の数日間、私は着せ替え人形にされました。

 

 




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