病的に恋をして   作:黒樹

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透明になった物語C

 

 

 

一週間という時間は振り返ってみればとても短い時間のように思う。あれからというもの、春陽君の背後霊や守護霊のように背中にくっついて生活した日々は殆どの時間を彼と費やしていた。そうなったのも食事すら自分で触れる事が出来ず、春陽君に食べさせてもらうしかない状況下で生活していたのと、学校での授業の遅れを取り戻す為だ。

いつか私が元の生活に戻れた時、それは一体いつになるのか未定だけど、苦労しない為に生活水準を春陽君の物に合わせながらついでに彼の生活習慣を矯正している。その彼といえば、深夜にはリアルタイムでアニメを見るとか言って酷い時は朝の四時まで起きているものだから、私も一緒になって起きるのもあり、ついでに宿題などの疎かにしている部分を注意したり、等と私も苦労人の身。

そうは言っても、彼がいなければ食事はできていなかったかもしれない。そう考えると今更ながらに恐ろしくなって来て自分の体の震えが止まらない事もある。

何かと彼も私の事を気にかけてくれていて、私が勉強で気になる部分があると自分は興味ないのにどころかむしろ嫌いであるのにわざわざ教科書やノートなどを広げてくれるもので、本当に助かっている。それが彼の優しい所なんだと私は知った。

 

そして、今日はテストの日。

期末テストの最終日だった。

 

「あっ、そこ間違ってるよ」

 

隣でテストの様子を観察していた私はついプリントをしている時の感覚で春陽君が間違えた箇所を指摘する。ついつい暇だったものだから、口を出してしまった私に対して目もくれず、彼は言う。

 

「あのですね倉科さん、俺のテストは完璧な解答なんてできませんから。つーかむしろ間違ってるの込みで覚悟してますから」

 

二十分で終わらせてしまった答案用紙の再確認をしていた春陽君は自虐的にそう言った。まぁ、その私もテストで満点なんて小学校の時くらいなもので、中学は八十点が平均な訳だけど。

今は彼の比較的得意な数学。というのも、彼が理数系でわりと本読むのに対して文章を書くような問題を全力スルーするのが問題なのだが。その問題も本当は頭が悪くはない、彼は努力しないやる気のない人間であって、彼の人間性に問題があるのだが、と指摘すると長くなるので今は置いておいて。

 

「ほら、ここ」

「あー、確かに間違ってるな」

「……もう、途中式書かないからだよ」

「途中式は頭の中にあればいいんだよ。書いたら余計に意味がわからんくなるから」

「根本的に計算の仕方が間違ってるの!」

「およ?」

「そこは–––」

 

つい、口出ししてしまうわけで。本当はダメってわかってるんだけど、止められないわけで。

 

「……倉科さん?今はテストだから、それはズルいと思う」

「そ、そうだよね……ごめん」

 

つい答えまで喋ってしまった私を咎めて彼は解答用紙には私が教えた答えを記入せず、落ち込んだ暗い様子の私にこう言って慰めてくるのだ。

 

「……でも、ありがとう。できれば課題とかプリントの時に教えて貰えると助かる」

「う、うん……」

 

こういう真面目なところが彼の良いところで。

幼馴染に夢中になってしまった桃香ちゃんの気持ちもわかるのだ。

 

 

 

 

 

 

それから期末も終了して、テスト返却日。彼の答案用紙を見て見るとまぁ予想通り赤点は回避しているものの、ギリギリのラインでかなり進学は危ういかなぁと心配になるレベルのものだった。

 

「もぉー、ちゃんと勉強しないからだよ」

「赤点回避さえできれば桃香の両親も何も言ってこねぇよ」

「そんなのだと進学もできないよ」

「……そこらへんの適当な高校ならいいだろ。と、言いたいところだが」

 

春陽君は肩を落として、ため息を吐いた。

 

「あいつが俺と同じ進学先がいいって言ってるらしいからなぁ。男子校に行く、って言ったら意地でもついて来ようとしたし、偏差値低過ぎるとあの両親……主に父親の方に何を言われるかわからないし、検討中」

「……なんというか大変だね」

「まぁ、桃香母は二人一緒なら何処でもいいって言ってるし、大体は中一の時の話なんだけど。一緒の高校に行かせた方が楽だとか何だとか、方針的には同じ高校に行って欲しいらしい。まぁ、行き先が決まってるってのは俺的には楽だから、あとは頑張らなきゃいけないんだけど」

「え、どうするの?特に英語、ギリギリだよ?」

 

春陽君の学力は普通だ。平均して五十くらい。その中でもかなり理数系が特出していて、理数系だけなら勉強なしでも平均点は越えられるのだが興味のないことには興味がない。つまり他が壊滅的である。

 

「なーんかやる気でないんだよ」

「そういうやる気のなさ、春陽君の悪いとこだよ」

「マイペースって言って欲しいね」

「わ、ダメな人の言葉だ」

 

まぁそのダメな人は長所も短所も可愛いものだけれど、流石に夏休み前からじゃないとそこそこの高校は行けないように思う。

 

「勉強ってどうやるの?何を覚えればいいかすら不明なんだけど」

「中学で習った範囲を完璧にやれば問題はないと思うよ」

「残念ながら、何を覚えたか忘れた。……ってその勉強の仕方がわかんないんだって。どうやって覚えろと?」

「問題集とか売ってると思うけど……」

「そんなもの買うくらいなら漫画を買うわ」

 

努力に金を使わない主義であると彼は主張する。

勉強より趣味、という春陽君の思考は分からなくもない。

うーん。と、唸って。教室にあるパンフレットの一つに手を伸ばした。

表紙には『病魔歓迎』の文字。続いて『病魔優待、学費免除』の文字。

 

「うわー、胡散臭」

「え、凄く良いと思うけど」

 

春陽君は渋い顔で唸るように言う。

 

「あのな倉科、確かに好意的に見えるが事実とかはともかく危険な匂いがプンプンするぜ。こういうエサで病魔を集めている学校も稀にあるがそのどれもが良心的ってわけじゃない。罠の可能性もある。良い罠で国が病魔持ちを一箇所に集めるって算段だが、それはまぁいい。その程度なら害悪ではないからな。だけど、もし病魔についての情報が欲しくて悪徳的に誘ってるなら、乗らない方がいい。十中八九ヤバイヤツだから。まぁ、逆に考えて、病魔が集まるって意味では此方も中々ありがたい条件だけどな」

「……あー、私なら引っかかってたね」

 

さっきまでかなり乗り気だった。

私はもう、ただの人間ではなくて。悩んで、悔やんで、病魔に侵された、人。

ついつい危機感がなくなっていた。

悪い噂も聞く。良い噂も聞く。病魔は数年前、忌避されていたことを私は忘れていた。私自身が病魔に対して悪的感情を抱いていなかったから。

 

「ま、安心しろ。ここなら多少成績悪くても行けるし、何より桃香の親父さんから直々に紹介された学校だから」

「ねぇ、私が反省した意味は?」

「それもまた社会勉強だ。お前は危機感足りないんだよ。お人好し過ぎる。あいつもお前も、二人ともな」

 

パンフレットを元に戻して、彼は帰り支度を始めた。

あと数週間で、夏休みが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

終業式。一学期の終了を生徒達が祝い散り散りに教室を出て行く中、春陽君はスマホを弄っていた。覗き込む事はプライバシー等々に関わるため私はもちろん目を逸らしていたのだが、彼のスマホの連作先といえば少ないため逆に中々気になって声を掛けてしまう。

 

「誰に連絡してるの?」

「桃香」

 

いや、それなら直接会って話せばいいのに。面倒な関係だなぁ、まぁ私達がなんだかんだ言った所為で拗れたわけだけど。

 

「それでどんな御用だったの?」

「昼飯どうするか。……今日は苺さんいないから」

 

苺さんとは、桃香ちゃんのママの名前である。

 

「そういえば、今日は出掛けるって言ってたね」

「というわけで、二人でどうにかしないといけないわけだけど。一緒に買い物行く事になった」

「へぇー、仲良いんだ」

「戯け。俺は荷物持ちだってぇの」

 

それはただの照れ隠しで本当は買い物に一緒に行きたいんだと思うけど。証拠にRainというSNS型アプリでの会話を見せてくる彼といえば凄く面倒くさそうな顔だ。あ、この人も照れ隠ししてる。微妙に頰が吊り上がってるっぽい。

まぁ男の子だもんね。女の子と買い物嬉しいよね。私だって何気に春陽君との生活を気に入ってるし。過去、私はどうやって過ごしていたのか、分からなくなるほどに。

 

教室に桃香ちゃんが来て、二人して学校を出た。本当は三人だけど、桃香ちゃんは気づいていない様子。実際、私の姿は春陽君以外に視認できないんだしそれは仕方ない事だと思う。此処は桃香ちゃんの普段とは違う姿が観れると思って、妥協した。

目に見えて機嫌が良さそうな桃香ちゃんが隣で歩く春陽君の手にバチバチと手の甲を当てて、付かず離れずの距離を保ちながら、彼の顔を見て今日の献立を伺った。

あぁ、本当は手を繋ぎたいんだろうなー、なんて彼は気づいてくれはしない。

 

「ハルは何食べたい?」

「美味けりゃなんでもいい」

 

お前の好きにしていいぞ。と、言うと桃香ちゃんは顔を顰めた。

 

「……じゃあ、スイーツバイキングにする」

 

悪戯のつもりだろうか。意地悪く顔を顰めた桃香ちゃんがそう言うと、かえって春陽君は目を輝かせる。

 

「何処の?」

「んと、最近出来た店なんだけど。女子中学生や女子高生の間では人気のとこ。ほら、ここ」

 

そう言って、桃香ちゃんはスマホに情報を写して見せた。

確かに、最近女子の間で話題の店だった。

男の子なら入り難い雰囲気、割と人見知りする春陽君にとっては苦行だろう。女の子も苦手って言っていたし。例外はあるだろうけど。

ともあれ、彼の反応を窺うと意外な応えが返ってきた。

 

「そこ行きたかったんだよ。でも、男だけだと入り難くてさ」

 

割と乗り気だった。

 

「んじゃあー、そこにしよっか♪」

 

–––桃香ちゃんも割と意地悪で言ったわけではなかった。

 

「あっ、でも、まず家に帰ってシャワー浴びて……着替えてからね」

「どうぞご自由に」

「あんたも着替えること」

「わかってるって。俺も制服なんてさっさと脱ぎたいしな」

 

そうと決まれば、さっさと帰ろう。二人は帰路を変わらないペースで進む。でも、少しだけ桃香ちゃんの足取りは軽くなっている事に私は気づいていた。どうやら、彼とのデートが楽しみなようだ。

 

 

 

 

 




ちょうど良かったので早めに切りました。
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