「〜〜〜♪」
ご機嫌に鼻歌を歌い、入念に服装を整えて、姿見の前で桃香ちゃんは全身を隈なくチェックし始めた。もうかれこれ、お風呂の時どころか下着選びまでテンション上がりっぱなしで疲弊しないのかと思うところ、全く苦ではないどころか準備段階まで楽しんでいる姿はまるで遊園地に行く前の子供のよう。と言ったら失礼かな、実際はデートに行く乙女なのだけど。
よし、準備オッケー。小さなハンドバッグに財布とスマホを入れて、桃香ちゃんは隣の春陽君の部屋にノックもなく入っていった。マナー的には悪いがどうやら二人はそんなマナーですら不要らしく、部屋に突然入って来た桃香ちゃんに対して一瞥するとアプリゲームを終了して立ち上がる。
「ハル、行くよ」
「おう。そうだな」
一人でいた時はかなり緩んだ表情だったのに、桃香ちゃんは顔を引き締めていた。そういうくだらない取り繕いは、もう私達の前では通用しないのだけど、春陽君は全く気づいていないみたいだった。
家を出て、鍵を閉めて、外へ。半袖のパーカーに身を包んだ彼の腕に桃香ちゃんは飛びつく。
「今日はえらくご機嫌だな」
「そ、それは、甘いものは……好き、だから……ね」
「好き」って言葉を言うだけで頰を染めてしまう桃香ちゃん。身長差と俯き加減で顔を隠してしまう幼馴染に無駄な追求をすることを避けたのか、まぁいいや、と前に向き直る。そして、二人は歩き出した。
到着したと同時に店の前で手を離し、我先に店内へ突入した桃香ちゃんの背中に続くようにして春陽君は中へ。受付に通されて席に座るとよくあるご来店時の確認をされて、前にも来たことがあったのか大丈夫ですと応えて店員を早く下げさせる。システムを簡単に説明された後、二人は好き勝手にスイーツと飲み物を取りに行った。正確には春陽君の背中に桃香ちゃんがくっついて歩いた。
「ハルはどれにするの?」
「取り敢えず、プリンは欠かせないな。あとは定番のものをいくつか」
「プリン好きだもんね、ハル」
「オススメはあるか?」
「ブルーベリーチーズケーキ」
「なら、それも取るか」
ドリンクバーに行くと、春陽君はダージリンティー。桃香ちゃんはアールグレイを選んで席に座る。しかし、彼の手にもう一つグラスが握られているのを見て、桃香ちゃんは首を傾げた。私も首を傾げた。
「あんた、コップを二つも持って来てどうするの?」
「……ん、あぁ、ちょっとな」
「そんなに外暑かった?あたし……少し、ベタベタし過ぎた?」
心配になって熱中症を疑う桃香ちゃん。ともあれ、ある意味、熱中症なのは彼女の方であるのだが。なんでもないと言って春陽君は私の方に身を寄せて来る。
「……倉科も飲むだろ」
「えっ、ダメだよ。それはルール違反だし。法的に」
「熱中症になられても困る」
彼の主張も分からなくはなかったのだが、私は拒否した。
それを聞いて、悪知恵を働かせるのが彼である。
「金はちゃんと払うさ。もし倒れたら、俺に身体中を蹂躙されることになるぞ」
「そうだとしても、二人なのにどうやって三人分払うの?」
絶対におかしな目で見られるに決まっている。そんな迷惑を私はかけたくなかった。私の思いを察してかため息を吐くと今度はメニューに手を伸ばして春陽君は店員を呼ぶ。
「すみません、このプレミアムロイヤルミルクティーお願いします」
「こちらの商品、ただ今のプランとは別料金となっていますが……」
「はい。お願いします」
「畏まりました」
「それと、これも……」
次から次へと今回の範囲のものとは別のものを頼んでいく。
店員が運び終えた時には、私の前に飲み物とケーキがセットで置いてあった。
「悪いな、倉科。今度、一緒に来てやるからさ。今日はそれで我慢してくれ」
「こ、これ、私に……?」
チョコレートケーキとミルクティー。
私もまぁ、羨ましくなかったわけではない。
涙腺緩いなー、と思いながら。
私は感謝の言葉を口にしていた。
「……ありがと。春陽君」
さて、問題はどうやって食べるか。目の前で「はいあーん」なんてして、食べ物がいきなり消えたらそれは不自然だろう。いつもなら誰も見ていない場所で食べさせてもらうのだが。桃香ちゃんが席を立った時くらいしかないように思う。目の前に好きな食べ物があるのに待てをしている動物の気持ちってこんなものなんだろう。
「ど、どうしよう春陽君。食べるタイミングが見つからないよ」
「んー、じゃあ、机の下に潜ってみるか?」
言われて机の下に潜ってみる。春陽君の膝の前に移動させられる。そして、膝に手をついてそれこそまるで犬のようにご主人様を見上げて、ものすごく妙な罪悪感が。背徳感、のような気持ちが湧き上がってくる。イケナイ事をしているような気分だ。
これってとてもまずい状況なのでは?
そう思っていると、ポンポンと頭を撫でられた。
思わず目を細めてしまう気持ち良さ。
次いで、頰に手を添えたり、くいっと顎を上げられる。
不覚にも、きゅんとしてしまった。
「ごめん倉科、この構図はちょっとまずい」
「そ、そうだよね。行儀悪いもんね!」
……あやうく別のものを食べさせられるかと思った。とは、言えない。
「じゃ、じゃあ、どうしよっか?」
「倉科が嫌じゃなければ他にも方法はあるんだけど……」
「それって全部条件をクリアできるの?」
「あぁ。怪しまれないし、食べ物が空中で消えても誰も不思議に思わない、不自然ではない方法が一つだけ」
「ならそれで頑張ってみよう」
今の状況が打開されるのなら、それでいい。今よりももっと良い状況へ。
「……ねぇ、春陽君」
「なんだ、倉科?」
「なんで私、君の膝の上に抱かれてるのかなぁ?」
……とは、いかなかった。
寧ろ、状況悪化してないかな?してるよね。
春陽君の膝の上に乗って、尚且つ耳元で囁かれて、お腹に腕を回されて、過去最大級に恥ずかしいんだけど。裸を見られることよりこっちの方が何故か心臓に悪い気がする。
特に、桃香ちゃんのデート中にこんな事をっていうあれだ。罪悪感だ。目の前でこんなことされてるといくらつっけんどんな態度を取り繕っていたとしても泣くだろう。
「一番効率がいいだろ。口元にフォークを持って行って空中で消えてもあまり不自然感はないし」
「うん。そうなんだけどね……」
春陽君が食べているように見えるだろう。だけど、その桃香ちゃんはジッとこっちを見て視線を外さない。まるで私が見られているようでとても落ち着かなかった。
「ねぇ、ハル」
そんな中、突然、桃香ちゃんが声を上げると私はビクつきながら次の一言を待つ。
「どうしてフォーク持ち替えてるの?」
「えっ、なんとなく?」
「カレーを食べる時、サラダの後に持ち替えるのをめんどくさがって箸で食べるようなハルが?」
そっちの方が面倒だと思うけど。カレーを箸で食べる人なんて初めて聞いた。へー、と思いながら差し出されたケーキをぱくり。うん、とっても美味しい。しかしどうやら桃香ちゃんは春陽君以外見えていないようで、空中のケーキが消えたことすら気づかないようだった。
まだ少し納得はしていないものの、ドリンクを飲む桃香ちゃんはそんなことどうでも良さげに話を切った。
「ちょっとお手洗い行ってくる」
「おう」
席を立った桃香ちゃんを見送って、春陽君は器用に飲み物を私に差し出しながらもケーキを一口食べてから呟いた。
「……あっ。間接キス」
「ゴフッ!」
飲み物が気管に入って噎せた。
◇
時間制限を最大まで使い切り、二人は店を出た。燦々と照りつける太陽を見上げて夏の暑さを思い出す。店内は冷房が効いていて天国だったのに地獄に落とされたような気分だった。
「さて、帰るか」
「ちょ、ちょっと待った」
帰路へと足を向けた春陽君の腕を掴んで止めた桃香ちゃんは必死な様子で止めたはいいけど、なんて言ったらいいのかまだ決め兼ねている様子で言葉を探している。
「えっと…その…ママには全部お金使っていいって言われてるんだけど」
「なら、お前が使えばいいだろ」
「そ、そんなのずるいじゃん」
「いや、ズルいってなんだよ」
「だから、その……もうちょっと買い物していかない?」
聞く耳を持っていないわけではない。ただ、必死なだけ。必死に今の時間を引き延ばそうとしていた。
「帰ってゲームしたいんだけど……まぁ、いいか」
「や、やった。……あ。ち、違うから。喜んでないから。別にあんたと買い物に行くのが嬉しいわけじゃ……」
「どっちでもいいが行くのか行かないのか?」
「い、行く!」
春陽君の腕に抱きついて離さない。
呆れたように息を吐く彼が、言う。
「暑くないのか?」
「ひ、日傘の代わりだから」
「まぁ、お前がいいんならいいんだけどさ」
「それよりハルは何処か買い物に行きたいところはないの?」
「涼しけりゃなんでもいい」
「……後悔しても知らないんだから」
意地悪く微笑む彼女と二人、引っ張られるままゆらゆらと進んで行く。
辿り着いた先は近くの大型ショッピングモール。そして、彼には悪いことに、女性用水着売場だった。
腕を引かれて、一瞬抵抗を見せる。が、女性用水着売場の前で抵抗する男というのもある意味目立っている。
「ちょっと待って。俺は外で待ってるから。ゲーセン行ってくる」
「あ、あとでプリクラ撮ろうよ。というわけで、あとでいいよね?」
「それに漫画の新刊出てたような……」
「私も参考書買わないと」
「アニメ専門店。ソウルメイト」
「私もちょっと行ってみたかったんだ。でも、女の子一人だとね」
「最近、音楽に興味出てて!」
「またアニメの影響?ギターならお父さんがヴィンテージ物持ってるけど」
「心読むとかズルくないですか⁉︎」
「『他人の心を覗くのが辛いなら俺の心だけを見てろよ』って言ったの誰だっけ?」
「そりゃ言ったけども!」
……取り敢えず、私が言えることは「諦めよ?」の一言だ。他人事だ。
私も新作の水着には興味があったし、去年より成長してるし、少し興味があった。
桃香ちゃんも絶対に離れない事はわかっているんだから。
そう。どう足掻いたって詰みである。デートに来て、彼女を一人にするとかないよね。助けを求めて来た春陽君に知らん振りを通した。
「……つーか心読めるなら察しろよ」
「で、でも、男の人の意見とか欲しいし」
「なんでもエロいで片付くに決まってんだろ」
「あ、あんた変な目で見ないでよね!」
「……無理だっての。幼馴染とはいえ、女性だからな」
「ッ!!」
「際どい格好見せられて何も思わないわけがないだろ」
もはや抵抗する方法さえ選ぶ事はできず。
これで付き合っていないのだから、不思議なんだ。