【完結】刀使ノ巫女+α   作:tatararako

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102話を投稿させて頂きます。

人によってはヒヨヨンが一途で健気な回。


目的のない生活は味気なく、
目的のある生活はわずらいだ。

ヘルマン・ヘッセ
   
   


タキリヒメの問答

   

   

   

姫和はタキリヒメの目的が聞きたかったためか、それとも別の思惑があってなのか、タキリヒメに話しかけてしまった。

 

「その前に答えろタキリヒメ、お前に尋ねたいことがある。お前の目的は何だ?」

 

そのため、姫和の口から代わりに出た言葉は、タキリヒメに問い質すだけというものであった。

……しかし、何処か弱々しい声で、である。タキリヒメは以前よりも覇気を無くしている姫和の姿を見て、あることに気付いてしまった。

 

「ふむ?ふむふむ。……そうだな。最初に言った通り、"荒魂と人間の共存"を望んではいるのは変わりはない。それと姫和よ。我の方からも幾つか質問しても良いか?」

「…………。」

 

タキリヒメの言葉を黙って聞いていた姫和は、内心安堵した感情と、タキリヒメを信用してはならないという相反する感情が綯い交ぜとなって、知らず知らずの内に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるのであった。

それを見たタキリヒメは、更に幾つか質問することにした。

 

「……お主はミント味が好きだと聞いたのだが、真か?」

「だから何だ?何の話をしているんだ!?」

 

姫和は質問の内容に怪訝な表情を浮かべながら、警戒していた。

 

「いや何。可奈美はよく知ることを信条としておるのだろう?ならば、それに倣って、お主の好物の話をしてお主のことを知ってから本題に入ろうとしたが……そんな回りくどいことは好みではないのだな。宜しい。なら、我も姫和が話しやすいよう、それに合わせるとしよう。」

 

そのため、タキリヒメは姫和の好物の話を姫和自身が遮ったところから回りくどいやり方は嫌うのだろうと言うと、姫和が話しやすいよう、それに合わせるように本題から入ると言っていた。

無論、タキリヒメがそのように誘導したのには理由がある。

 

「その方、タギツヒメについてどう思う?」

 

姫和に、タギツヒメのことについて聞き続けるためである。

 

そうすることで、別の話題を振るといった選択肢を奪うことができ、タキリヒメの言う本題のタギツヒメに関する話以外のことは喋れなくなり、その話題から逃れられなくなるからである。

何故、姫和がタギツヒメの話をすることを恐れているのかと言うと、タギツヒメの話をすれば、母親の篝のことについても話をすることになるからである。そうなれば、姫和は嫌でも篝を、自分が決めた使命を自分の我欲を優先して一度捨ててしまったという恥を穿り返されるかもしれないという恐怖を抱き、それを暴かれることを恐れたからである。

 

そのため、突然そう尋ねられた姫和は、まるでナイフで刺されたかのように怪訝な表情から苦悶の表情へと変わり、困惑するしかなかったのである。

 

そして姫和は、タキリヒメを疑うことなく大人しく自分の好きなミント味の話でもすればよかったと後悔していた。

 

「……なっ、何で?そんなことを………。」

 

そのため、困惑することしかできなかった姫和は、一瞬だけタギツヒメと優、そして篝のことが脳裏に過った。

 

幼子に対して憐情から始まった恋情。優とタギツヒメの関係の中に自分が入れないことに対する嫉妬心と閉塞感。刀使の使命を果たそうとすらしない出来の悪い自分。その務めを立派に果たしたであろう母の篝に対する劣等感。優と可奈美達に出逢ったことから知ってしまった温かさと見捨てられた時の孤独という名の恐怖。……そして、誰かに認められたい、愛されたいという強い承認欲求。

 

それらの感情が、堰を切ったかのように一気に溢れ出してしまった姫和は平常心を失い、心が掻き乱され、戸惑うことしかできなかった。

 

「何故?それは"荒魂と人間の共存"を求める我としては、二十年前の大災厄が元で失った母の仇を討つことを目的として生きて来た娘が目の前に居れば、どう思っておるかを尋ねればなるまい?」

 

そして、"二十年前の大災厄で失った母の仇"がやけに鮮明に聞こえたため、姫和は口を強く嚙みしめていた。

 

――――母は不出来な私を罵っているかもしれない。

――――だけど、仇であるタギツヒメを殺したら、あの子は二度と手に入らない。

――――ただ、傍に居るだけで良い。そうすることで何も進まない。変化も生じない。起こらない。

 

――――だから、母の思いを、仇を討つことを捨てようとした。だけど、常に脳裏に浮かぶのは病床で苦しんでいた母。

 

……それらを思い出し、その罪に対する言い訳の言葉を考えていた姫和は、どれだけ考えていても罪悪感しか込み上げて来なかった。どれだけ、優のためと言って、振り払おうとしても、消えることの無い罪悪感。癒えることの無い罪悪感。圧し掛かってくる罪悪感。その全てが今の姫和に襲い掛かってきたのである。

 

「それは………。」

 

タキリヒメにタギツヒメのことを聞かれた姫和は、病床に伏していた母親の篝のことを思い出し、タキリヒメを斬るべきだと答えようとした。

 

……しかし、仮にタキリヒメを斬った後、勝手に諍いを起こしたとして帯刀権を奪われ、刀使じゃなくなってしまう恐れがあった。そのため、優と離れ離れになり、その間にタギツヒメに盗られるかもしれないと考えてしまっただけで御刀を握ろうとする意志が削がれてしまう。

その姫和の姿を見たタキリヒメは気付いてしまった。

 

姫和は、優とタギツヒメと出逢ったことにより、母との関係に折り合いがついていないのだろうということに。それに苦しんでいることに。そこまで思い至ったタキリヒメは上手くそこを突けば、荒魂を排除する考えを持つこの刀使をこちら側へと引き込めるだろうと判断した。

 

恐らく、姫和はSTT隊員だった父が小学生の頃に殉職し、母親である篝も20年前の大災厄が遠因となって命を落としたことで、両親の死別が主な要因の機能不全家族の下で育ち、そんな閉鎖的な環境下に育った彼女が20年前の大災厄とタギツヒメのことを知ってしまえば、『自分が母の代わりに大荒魂を討伐する』という考えに至るのは無理からぬ話ではある。

そのうえ、病床で横になっていた母の面倒を見なければならないほど追い込まれ、子供らしい時間を過ごすことが少なくなり、姫和は責任感が人一倍強くなってしまっていたがために、『自分が母の代わりに大荒魂を討伐する』という考えに更に固執するようになってしまったのであるとタキリヒメは推測していた。

 

子供が親の代わりに家族の面倒を見たり、仕事や家事を行う事が多かった家庭で育った子供は、子供らしい時間を過ごす事が少なかった場合が多く、責任感が強すぎる性格になったり、子供らしい感受性が正常に育たないことがあり、それ故に、誰かに頼られることが自分の存在意義だと思い、共依存的な行動をとる傾向にあるということをタキリヒメは聞いたことがある。

それを姫和に照らし合わせてみると、思いの外に共通点あるように思えたのである。

 

例えば、子供が親の代わりに家族の面倒を見たり、仕事や家事を行う事が多かった家庭で育った子供という部分はそのまま姫和の家庭環境に当てはまり、母の本懐を遂げるために行動しているとやや恒常的に述べているところも考えてみると、結局は他者からの願いで動いているにしか過ぎず、それを裏返してしまえば、彼女自身の願望といった物が無いということでもある。事実、母の仇という存在が曖昧になってしまえば、軽く崩れて去り、迷いが生じてしまう。……そう考えてしまえば、母の本懐を遂げるという行為は誰かに頼られることが自分の存在意義だと思っている行動の一つに過ぎないようにしかタキリヒメは見えないのである。

 

それ故に、両親の死別によって培われ、誰かに頼られることを自分の存在意義であると思い込んでいる姫和が年下の9歳の児童である優と出逢ってしまったことにより、その児童は庇護すべきであると考え、その児童に取り憑いているのが母の仇であるタギツヒメだと解ってしまっても斬ることができず、次第に母の本懐を遂げることが目的であると恒常的に述べていた姫和は目的を見失い、その苦しみを緩和するべく、その代わりとして優を救うことを本題にしたのであろう。……それ故に、母の本懐を遂げるという目的を捨てた姫和は、母に対して罪悪感を抱き続けることになる。

 

それ故に、姫和は優を救うことが存在意義であると思い込み、そうして年下の優に頼られることを自分から求めているうえ、承認欲求も肥大化してしまったのだろうとタキリヒメは推測していた。

そうであれば、優を篝の代用品のように大切にしていることになる。ともすれば、恐らくだが、姫和は優のことを篝の幻影を重ねて見てしまったことが一度ぐらいはあるだろうということもタキリヒメは推理していた。

そのため、半ば荒魂と化した幼子()を救うか、それとも志半ばで命を失った篝を優先するかで板挟みに遭い、今も悩んでいることからその推測と推理通りであるとタキリヒメは感じたのである。

 

……以上が、タキリヒメが姫和の過去の経歴を調べ、今の姫和の状態を基に推測した十条 姫和の人物像である。

そこを突けば、姫和の心を更に苦しめ、弱らせることができ、そうすれば心が弱った人間は誰かに頼りたくなり、説得しやすくなれば、自らの幕閣に加わるように誘導することも可能であろうとタキリヒメは図っていた。

 

「お主は今まで、その病床の母の世話をしていたそうだな。それを見て、母の仇を討つことを目的にし、今日まで剣術の腕を磨いたのであろう?ともすれば、タギツヒメの片割れである我を許すことなどできまい。……そうであれば、お主はこの会談自体に反対であろう?」

 

そのため、タキリヒメは姫和相手には、母親である篝に関することを重点的に聞くことにした。

上記のように、刀剣類管理局と二十年前の大災厄にて暴れた大荒魂の片割れであるタキリヒメを目の前にして、私情を捨てられるかどうかと聞きながら、である。

 

「だが、お主は病床に伏していた母に代わって料理や掃除といった家事をしたり、家を守ったりしながら今まで尽くして来たではないか?……ならば、幼子のために頑張ろうとする自分に誇りを持って、自らの意思を少しぐらい通しても良いのではないか?」

 

そのうえ、タキリヒメは姫和の心を弱らせ、説得をし易いようにするべく母親の篝のことについても話し始めていた。

 

心を弱らせ、判断を鈍らせた後は、心が喪失しかけている相手の長所を褒めるといった甘言を用いて、『母を捨てて、タキリヒメが言う荒魂との共存共栄に協力する。』という方向へと判断するように仕向けつつ、説得しようとしていた。

そのうえ、上記の様にタキリヒメが姫和に対して、貴女はこうするべきといった趣旨で言うのではなく、素晴らしい貴女ならこうするといった趣旨で話したのは、自らの判断によって選んだと思わせることで、更にその考えに固執させるという算段があったからである。

 

『私は誓った。母さんの命を奪って、なお人の世に堂々と居続けている奴を私は討つと!……母さんの無念は私が必ず果たすと決めた。』

 

そうして、タキリヒメの篝と優に関する話題ばかりをしていたせいか、姫和は嘗ての自分の言葉を一つ一つ思い出してしまった。

 

『可奈美。お前は実際に人を斬ったことはあるか?』

 

嘗ての姫和が言う。

意味深に人を斬ったことがあるかと。

 

(……だから何だ。お前だって人を斬ったことないだろ?何様のつもりだ。自分に酔っているだけだろ!!?)

 

それを今の姫和が反論していた。

……お前だって、人を斬ったことが無いくせに何様だと。

 

『荒魂化した人は最早人じゃない。稀に記憶を残し、言葉を話す個体もいるが荒魂は荒魂だ。御刀で斬って祓う。それしか救う手段はない。』

 

数ヶ月前の姫和は言う。荒魂化した人間は御刀で斬って祓うしかないのだと。

 

(……それがどうした?お前も優のことをバケモノ呼ばわりするのか?……醜いお前の知ったふうな言い方が気に障る。癇に障る!!)

 

それを今の姫和は反論する。

なら、そういうお前は幼子でも、愛した者でも斬り捨てられるんだな!?そう言うことなんだろ!!?……と。

 

『私達刀使は、人々の代わりに祖先の業を背負い鎮め続ける巫女なんだ。』

 

少し前の姫和が述べる。

刀使というものは、人々の代わりに祖先の業を背負い鎮め続ける巫女であると。

 

(……うるさい黙れだまれダマレ、お前に、おまえに!………オマエナンカニナニガッ!!)

 

それを今の姫和は必死に否定し、無かったことにしようとした。

まるで駄々っ子の子供の如く、騒ぎ立てるように必死に否定し、過去の自分の言動と在り方を認めようとはしなかった。けれど、どれだけ騒ごうとしても過去の自分が言ったことは消えることは無いのだということは心の奥底で理解していた。

 

姫和は、一つ一つ自らの言葉を思い出す度に自問自答し、自らの過去の言葉を責めた。そして今の自分を恥じた。

様々な感情が混ざっては消えを繰り返し、繰り返す。いや、繰り返してきた。

 

だが、そのような行為をする今の私を過去の自分が責め立てるように荒魂を、タキリヒメもタギツヒメも優も斬るようにと囃し立てていた。

……之は母の本懐が全てだと決めつけた復讐を遂げようとしたお前が望んだことだと。だから、荒魂となった人は斬り祓うべきだ。

私は言う。違う、私の本当の望みは誰かを愛し愛され続けて、命を育むことなんだ。誰かを愛し愛され続けることはとても良いことなんだ。そうして、あの子に私との間の子供が居れば、考え方を改めるはずだ。

売女が何を言うと、違う私が言う。手に入らないのなら、いっそ殺して一生自分だけの物にすれば良いだろう。そうすれば、もう誰にも盗られない。歩にも、タギツヒメにも、そう誰にも。

血に溺れた殺人鬼め!とまた違う私が否定する。彼はタギツヒメと一緒になった者だ。だから、両親を殺された私に一生尽くす義務がある。私の黒い欲望を充たす物にすれば、タギツヒメへの当て付けができ、溜飲が下がる。

 

過去の姫和と今の変わった姫和と血に溺れた姫和と昏く淀んだ欲望を持つ姫和が、姫和の一つしかない頭の中で勝手に暴れていた。

悪いのはお前だと、いいや悪いのはお前だと、違う皆の総意だったと皆が皆、狂ったように叫んでいた。

彼女等を見た姫和は、皆一様に罪悪感と呵責によって狂っているのだろうと理解していた。……そして、私もそれと同様に狂っていると。

そんな彼女達は、ドス黒い魂となった彼女達は、姫和のことなどお構いなしに一斉に叫ぶ。

 

優の死体を愛で優の血を浴びて一つになれたと下卑た笑みを浮かべる妄想をしたのはお前だ私は赤子でも何でも良いから繋ぎ止める手段があれば良いだけなのだ私はタギツヒメを殺せば溜飲が下がるのは事実だからワタシが優をころせばワタシだけのものになるのは間違いないから悪いのは邪魔をするお前達だ血に飢えたお前が悪い売女のオマエダ私にもタギツヒメから奪い返す権利はある私は今まで一人で頑張ったのだから良い目を少しくらい見ても良いじゃないかそれの何が悪いいやお前が悪いお前だ私だ貴様だお前だおまえだオマエダオマエダオマエダ!!

 

昔の姫和が言う悪いのはお前だと。

今の姫和が言う悪いのは狂ったお前達だと。

血に溺れた姫和が言う悪いのは邪魔をするお前だと。

昏く淀んだ欲望を持つ姫和が言う良い目を見るのが何が悪いのかと。

 

頭の中に居る複数の姫和がぐるぐると同じことを考えては消え、繰り返し考えては消え、考えては消えを狂ったように繰り返している様を見た姫和はこう思った。

 

 

心が折れそうだと。

 

 

そのうえ、そう思う度に、姫和は自分自身が酷く歪んでいるように感じた。醜い女のように感じた。下衆な人間だとも思えた…………。

 

 

 

…………姫和はそればかり考えていたせいか、自分に自信が持てなくなっていた。

心を弱らせて、そこに付け込んで"説得"しようと下卑た笑みを浮かべる者が居ることに気付くこともなく。

   

    

    




  
  
   
髙橋龍也
@t_takahasi

『刀使ノ巫女』二次創作で小説を書いて下さる方も多いので、この辺どうなってるの? 的な設定を少し。フリードマンやエレンの両親など一部の研究者の仮説も含まれます。

午前7:08 · 2021年7月18日


神様ありがとうございます。
御礼に、


髙橋龍也
@t_takahasi

組み合わせで
きみのかんがえたさいきょうとじをつくろう


タキリヒメの話が終わったら、この↑の啓示を頑張って、こなしてみようと思います。
   
   
   

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