【完結】刀使ノ巫女+α   作:tatararako

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124話を投稿させて頂きます。

愛されたいという要求は、自惚れの最たるものである。
――――ニーチェ
    
    


人の姿をした荒魂 前編

   

   

   

姫和は優にチョコミントアイスを渡し、それを食べた時に味覚障害によってえずいてしまい、優の身体がおかしくなっていることを否定したいがために、姫和は好物であるチョコミントアイスを歯磨き粉のような味だからマズイ物であり、えづいてしまったのは仕方のないことだと自身の好物を否定していた。

 

……優がおかしくなっていることを認めてしまえば、優が人間でなくなり、自分の元から離れて行くような気がしたからこそ姫和は必死に否定していた。

 

そんな一時のことを思い出しながら姫和は、内臓が弱ったことで栄養補給が困難となってしまったため、すっかりやつれてしまった優が目覚めるのを、優が居る病室を映しているモニターで優の寝顔を見ながら、優が目覚めるまで待っていた。

目が覚めて、優にも人間らしい部分があるということを証明させることで、姫和は優とずっと一緒に居られると、自分は孤独ではなくなると何か確信が有る訳でもないのだが、それを行うことで、そうなると信じていた。

 

歪んでいるのかもしれない。だが、信じる者は救われるという格言通りに、そう信じることで救われるような気が姫和はした。

歪んでいるのかもしれない。だが、信じる者は救われるという格言通りに、そう信じることで救われるような気が姫和はした。

歪んでいるのかもしれない。だが、信じる者は救われるという格言通りに、そう信じることで救われるような気が姫和はした。

歪んでいるのかもしれない。だが、信じる者は救われるという格言通りに、そう信じることで救われるような気が姫和はした。

 

……したのだから、何度もそう思ったのだから、それに疑うことなく従うのが当然なのだと、私は既に差出人不明の母宛の手紙を疑うことなく信じたのだから、何も不自然なことをしていない。だから私は狂っていないのだから優はおかしくないと、姫和は自分勝手な理屈を並べて結論付けていた。

 

そうして、優が目覚めたのを確認した姫和は、優が居る病室へと向かう、そして起きた優に提案する。

 

「……優。外へ、屋上へ行こう!」

 

屋上へ行こうと。

 

「……何で?」

 

それに、優は何故屋上へ向かうのかと尋ねるのであった。

 

「それは、……良い夜だから花火をしようと思ってな。」

 

姫和は優との思い出を一つずつ思い出していく内に、4ヶ月前の逃走劇の最中に公園の遊具の穴で雨宿りしていた際に線香花火を見た優は『綺麗』と年相応に無邪気な声で言っていたことを思い出し、それをすれば、優が無邪気な子供の一部分を出すことでき、それを以って優は無害な少年だと姫和は証明できるような気がしたのだ。

 

「……そうなんだ。行こっか。」

 

しかし姫和は、優が了承したことに内心安堵していた――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――そうして、姫和は歩けない優を車椅子に乗せると、冬の夜空の中でもある病院の屋上へと向かうのであった。

 

「……優、寒くないか?」

「大丈夫。早く花火やろうよ。」

 

優に冬着を着せているとはいえ、寒空の中であるため、寒くはないかと尋ねる姫和。それに対して優は、姫和に早く花火をやろうとせがむのであった。

 

「ああ、少し待っていてくれ。」

 

姫和はそう言いながら、優が花火を早くやりたいとせがむ様を見て、年相応の子供らしさを感じて安堵するのであった。しかし、

 

「でも、花火なんて初めてだから、どんなものか楽しみだね。」

 

優のその一言で、姫和は衝撃を受ける。

……紫を襲撃したことで、刀剣類管理局の追手からの逃亡中に公園の遊具の穴で雨宿りしていたときに線香花火を行ったことを忘れたことに、衝撃を受けたのだ。

 

つまり、優は舞衣達だけでなく、姫和と可奈美との思い出も忘れてしまったということである。……それは、いずれは姫和のことも可奈美のことも忘れてしまうことになることを姫和は恐れたのである。それは、姫和にとって孤独になることと同意義だったからこそ、極度に恐れた。

 

「………うん、そうだな。……昔、線香花火したことあるから、それで……な。」

 

しかし、姫和は優にその動揺を悟られることで、記憶障害がそこまで進んでいることに気付かれないように、姫和は幼かった頃、線香花火をしたことがあるからと言って、誤魔化していた。

 

「へー、そうなんだ。」

 

それを聞いた優は、何も疑問を抱くことなく二つ返事で姫和に返答するのであった。

 

そうして、姫和は屋上にあるバケツに水を満たすと、持って来た花火にライターで火を点ける。すると、線香花火はパチパチと火花を散らし、夜空の中で輝きを増していくのであった。

 

夜の冬空の中に、蛍の光のように照らす線香花火。

 

「綺麗。」

 

線香花火を「綺麗。」と言う優を見て、優にも人間性が有ることを証明できたと思うと同時に、まるで刀剣類管理局との追手から逃れていた時まで戻ったかのようにさえ感じる姫和。

 

……思えばあの時が、刀剣類管理局から逃れようとした時が一番幸福な時だったように感じる。

 

姫和はそんな思いを抱きながら、線香花火の輝きを見ていた。

しかし、その輝きとパチパチと放つ音も段々と弱まり、燃え尽きたかのように線香花火は少し静まるが、最後の力を振り絞るかのように一際大きな火花を散らすと、線香花火の輝きはそれを最後に消えるであった………。

 

「…………。」

 

それを見た姫和は、その線香花火が描く、一時の輝きを放った後にその輝きは失われるという顛末に、何とも言い難い儚さと虚しさを感じるのであった。

 

それは、命の儚さや脆さだけでなく、虚しさをも表してるかのように。

それは、思い出も、命もやがては砂の様に消え去っていくというのを暗示しているかのように姫和は感じた。

 

それらを表しているかのように感じてしまった姫和は線香花火が、優の命と優との思い出が、いずれは儚く砂のように消えて無くなるというのを表しているかのように見えてしまった。

 

……否定したかった。

 

「優!……次の線香花火を点けよう。」

 

だからこそだろうか?

 

姫和は線香花火が入った袋ごと引っ掴むように線香花火を一本取ると、急いでライターをカチッ、カチッと何度も鳴らしながら、急いで線香花火に火を点けるのであった。

……まるで、寒さや飢えに耐えられず、急いでマッチに火を点けるマッチ売りの少女の如く、急いで火を点けるのであった。そして、パチパチと火花を散らす線香花火を優の手に持たせて、一緒に線香花火を掴みながら、姫和は線香花火を優と共に楽しもうとしていた。

 

そうすることで姫和は、優に自分との新しい思い出を一つでも創ることで、自分のことを忘れないようにしていた。

そのために、線香花火が一つ消える度に水の入ったバケツに入れ、新しい線香花火に替えて行った。

 

……しかし、マッチ売りの少女のように、身体を暖かくしてくれるストーブ、テーブルの上に並べられたガチョウの丸焼きといったごちそう、光の中に現れた大きなクリスマスツリーがマッチの火が消えたと同時に無くなってしまうのと同様に、線香花火が入った袋が空になると、楽しい思い出作りは終わりを迎えてしまう。

 

「……終わっちゃった。」

 

優のこの言葉に、姫和は儚さと悲しさを感じていた。

どんなに頑張っても、楽しい思い出は過ぎ去ってしまうことに、酷い悲しみと落胆を感じていた。どう足掻いたって、優は遠い所へ行かされるのかと。

 

「……優、また今度やろう。また今度。」

 

姫和は、車椅子に乗りやつれた優の姿を見た瞬間、何時までこの屋上で行う花火は続けられるのだろうかという思いを抱きながら、涙を呑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、屋上で行う赤いマッチならぬ、線香花火大会は線香花火を使い切ってしまったことで終わり、姫和は優を元居た病室へと送るために車椅子を押していた。

 

「優、また明日……。」

「うん、またね。」

 

病室の中に入れるとはいえ、同じ部屋に夜まで一緒に居れなくなったのは変わらないままであった。

姫和は、優が病室のベットの中へと入るのを見た後に笑顔で手を振ると、優の居る病室から退室するのであった。

 

病室のドアを閉めた姫和は、急ぎ歩きで優の居る病室から離れた。

理由は、優がどんどん自分の元から離れて行っているような気がしたからである。……いや、火花を儚い命の様に散らす線香花火を見て、優の命が残り少ないのではないかという恐怖が肥大化すると共に、自身は愛する者をまた失ってしまうことで、孤独に苛まれるのではないかという恐怖に駆られていた。

 

姫和は"母の仇"という大義名分を自ら捨てた。

……となれば、大義名分を失った姫和は、優という篝の代わりになれるほどに執着できる存在を愛することで愛されるのを求め、そして誰かに必要とされることで自らの存在価値を認識でき、姫和の心は"安定"することができた。

 

……だが姫和は、肝心の愛されたいと思う相手である優が、自身よりもタギツヒメの方が好きなような気がしたのだ。

そして、そう思う度にタギツヒメに優まで盗られたくないという思いが強くなり、姫和はあることを思い出してしまう。

 

――――荒魂は、自分の一部である珠鋼を奪った人間に対する怒りを元に荒魂は人を襲うのだということを。

となれば、私の大切な物である優や家族を奪っていったタギツヒメに怒りや憎悪を滾らせる私は………。

 

「……そうか、この感情が人を襲う気にさせてくれるんだな。……それを理解できた私は……荒魂か。」

 

私も"人の姿をした荒魂"と言えるのではないのだろうか?と思い始めた姫和は、タギツヒメを妬むことを辞めようとするが、心の中で芽生えたドス黒い炎は消えるどころか、激しさを増していった。

激しい嫉妬の炎を燃やす姫和は、ふと心の中で声が聞こえたような気がしたので、静かに聞いてみると母か自分自身の声か分からないが、誰かが姫和を責めていた。

 

『母と優が苦しめているお前だけが幸せになれると思ったのか?』

『嘗てのお前なら、どのような形であれ荒魂討伐を是としていたではないか?』

『子供との約束すら果たせない無能なんだな。』

『母の使命すら果たせないお前は、誰の子だ?』

 

『お前が勝手に想像した母の思いを遂げられなかったばかりに、優を救うと言ってこれは何だ?』

 

心の中から聞こえる声に、急激的に内罰的となった姫和は気分が悪くなり、トイレへと向かうと胸に込み上げてくるものを吐き出すのであった。

 

……日に日に人間じゃない何かに侵食されていき、人の形をしただけのモノになっている気がする。

 

姫和はそう思いながらも、もう一度込み上げてくるものを口から吐き出すのであった………。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――一方、綾小路の学長室では、ある事件が起こっていた。

 

「……こんなことをしても無駄だ。」

「そうは言いますが、貴女にはどうすることもできないと思いますが?」

 

穂積が結月の両手を後手に縛って拘束するというクーデターが起きていたのだ。

それ故に、綾小路も市ヶ谷の襲撃以降は何の行動も起こせなかったのである。

 

「……君もか。」

 

結月はソフィアのスパイとして送り込んでいた穂積が、ソフィア側に鞍替えしているとは思わなかったため、苦虫を嚙み潰したかのような顔をするのであった。

 

「ええ、私もソフィアさんのように刀使は強くあるべきだと考えておりますので。」

 

穂積も当初は結月の指示通りにスパイとして潜り込んでいたのだが、狼が活きる世界というソフィアの理念に共感し、ソフィア側に寝返っていたのだ。

 

「……なら、お前達はこのままで良いのか!?君たちは犯罪者になるのだぞ!!?」

 

穂積の返答を聞いた結月は、穂積の説得は無理だろうと判断し、他の生徒を説得しようと試みた。

 

「構いません!」

 

しかし、穂積以外の綾小路の刀使の一人が罪人になっても構わないと強く反論すると、彼女達は自分達の腕を捲り上げ、注射跡を見せるのであった。

 

「私達は、……ノロを体内に取り込んでいます!!」

「!!」

 

既に覚悟の上だと、ノロのアンプルでノロを体内に入れた冥加刀使となっていると告げるのであった。

 

「私たちは今の管理局の体制に不満を抱いています!!」

 

ある者は現体制に不満を持つと述べ、

 

「テロの首謀者だった折神 朱音が代理とはいえ、局長の席に座るのは納得できません!!」

 

ある者は折神 朱音がテロ行為で局長の座を簒奪したのだと述べ、

 

「私達の先輩や友人を傷付けた荒魂と寄り添うだなんて……今の折神 朱音はタキリヒメに媚びへつらうだけでなく、私達も裏切ったんだ!!」

 

またある者は、親しい者を傷付けた荒魂と寄り添うと述べる朱音をタキリヒメに媚びへつらっているだけだと罵るだけでなく、自分達を裏切ったと述べる。

 

「荒魂事件に巻き込まれて孤児になった私が、……御刀に選ばれたことで支援してくれる人が現れたから、刀使になれたんです。お父さんやお母さんを死に追いやった荒魂は討伐するものです!!」

「私だって、負傷して刀使を辞めるしかなかった後輩や先輩達のために刀使を続けたいです!!強い刀使になって、荒魂を討伐し続けたい!!」

「……私達は、みんなみんなそれぞれに荒魂の犠牲になった人達のことを忘れられないんだ。いや、忘れちゃいけないんだ!!……なのに、朱音といった大人達はそんな私達の傷に見向きもしない。そんな大人達の命令にただ従わされるだけだなんて理不尽だ!!」

 

そして彼女達は、それぞれに自身が抱える"理不尽"を結月にぶつける。

 

「お前達………。」

 

結月は、自分の綾小路の生徒達の姿を見て、愕然としていた。

 

「だから私達は、その"理不尽"に抗うために冥加刀使になったんです!!」

「荒魂を討伐したい。……それだけじゃないです。私達以外にも刀使の力を失うことになる年齢になったら、私達はどうなるんだろう?って思うことがあるんです。」

「だから刀使という居場所しか無い私達にとって、冥加刀使というのは老い、病、肉体的損傷、才能の優劣といった全ての苦悩から解放される希望の光でもあるんです!」

「……冥加刀使になることで、ずっと"刀使(こども)"のままで居られたならって、思うことが度々あるんです。」

「それで、居なくなった友達や共に戦ってくれた同じ仲間達が居た戦場の傍でずっと……ずっとずっと戦い続けることが出来ることが今の私達の幸福なんです!!私達の望みなんです!!」

 

故に、彼女達は冥加刀使になったと自らの決意を語るのであった。

 

(理不尽……これが理不尽に抗うための……。)

 

目の前に居る綾小路の生徒達の姿を見た結月は、嘗ては紫と共に特務隊等に参加し、黒い袋に包まれたSTT隊員や刀使だった者達を見て、命が簡単に失われること、結芽という才能の芽が摘まれることへの"理不尽"から抗おうとした。

そして、その"理不尽"から抗うためにノロのアンプルの研究に紫と雪那の三人と共に協力し、刀使を冥加刀使へと変えるノロのアンプルを完成させてしまったのだが、その結果が、綾小路の生徒が自主的に冥加刀使となってしまったという顛末を見た結月は、理不尽に抗うべく正道に目を背け、邪道に手を染めた者の罰は新たな"理不尽"なのかと嘆きそうになった。

 

「……理不尽か。」

 

……嘆きそうになったが、結月は諦めようとは思わなかった。

 

「だから学長!!貴女が創ってくれたノロのアンプルは、私達の夢を叶えてくれたんです!親から逃げたり、孤児だったり、帰りたい家が無かったり、刀使じゃなくなったら将来がどうなるかとかに不安だった皆は、ずっとずーっと子供、『刀使』という居場所に、『荒魂を討伐』する戦場にずっと死ぬまで居続けられる魔法のランプだったんですよ!だから、これは全部学長のお陰なんです!ですから、私達と共に決起しましょう!!」

 

何故なら、ノロのアンプルという非道な研究を行った私という存在を知りながら、私を必死に説得しようとする綾小路の生徒が居たからだ。

 

(理不尽……これが理不尽に抗うための……!)

 

何故なら、刀使という居場所しか見出せず彷徨う綾小路の生徒が居る以上は、この綾小路武芸学舎の学長の席を預かる相楽 結月が正しき道へと導かねばならないと新たな決意を抱いたのだから。

 

「……私がノロのアンプルを作ったのは些細なことが原因だ。正道に背を向け、邪道に手を染めようと叶えたい願いがあった。二十年前の大災厄の際、いつも応援して励ましてくれた人達、いつも応援していてくれていて尊敬の眼差しで見てくれていた子供達、いつも助けてくれた機動隊の人、私が現役の頃にいつも一緒に居てくれた私よりも才の有る後輩と私を指導してくれた先輩。それらが二十年前の大災厄の時に消えた。……どうして人はこんなにも簡単に消えて逝くのだろうか。類稀れなる天稟の才を持つ者が現れても、なぜ世界はこんなにも理不尽なのだと。」

 

そのため結月は、ノロのアンプルを作った理由を述べた。

 

自分が見知った人。いつも応援してくれたり、自分を尊敬の眼差しで見ていた子供達。特祭隊隊員の中に居た尊敬していた人と後輩と先輩。その全てが二十年前の大災厄で、死体袋という名の黒い袋に包まれていたり、荒魂に取り込まれたことでノロになったまま遺体が遺族の元へ返って来なかったこともあったということ。

それだけでなく、自らの天然理心流を教えた愛弟子でもある燕 結芽という天稟の才を持つ者が不治の病に患ったことで、早くも病死してしまいそうだったがために、せめて彼女だけでも救おうと思ったということ。

 

――――だからこそ結月は、紫と雪那の研究に協力し、ノロのアンプルを完成させたと答えていた。

 

「しかし尊いと信じたその願いの正体は、醜くも歪んだだけのただのエゴの極みでしかなかった。……私は、自分のエゴをあの子に押し付けた。君達にも押し付けた。」

 

だが、どれほど自らが尊いと信じようとも、邪道は邪道でしかないということを痛感したと綾小路の刀使達に述べるのであった。

 

「そんな思い出話で貴女の罪が逃れられるとでも?貴女の愛弟子であった結芽さんは荒魂を入れられ、荒魂化して死んだことをお忘れですか!?貴女は結芽さんの命を繋ぐためにノロのアンプルを創ったと述べました。ならば、そのエゴを清算すべきだと思わないのですか!!?」

 

穂積は、結月に結芽が荒魂化されただけでなく、優という少年に殺されたことを忘れてしまったのかと周りの綾小路の刀使達に気づかれぬよう、遠回しに問い質しながら、ドアの向こうにも聞こえるほどの大きな声で詰問していた。

 

……穂積が遠回しに結芽のことを問い質した理由は、周りの綾小路の刀使達が優を殺すのに躍起にならないようにするためであった。

それに気付いた結月は、周りの綾小路の刀使達には全てを話していないのだろうと勘付くと、周りの綾小路の刀使達だけでも説得しようと、彼女等の説得を続けるのであった。しかし、穂積が"ドアの向こうにも聞こえるほどの大きな声で"問い質したことは気付かなかった。

 

「……ああ、そうだな。結芽といった私の親愛なる人達が多く死んだ。……だが、だからこそ私が言うのだ。邪道に手を染めようと叶えたい願いがあったが、所詮は邪道であり、何も叶うことが出来なかった私だからこそ!」

 

だからこそ結月は告げる。

 

「このまま私と同じ様な目に遭わせる訳には、彼女達を犯罪者にする事は断じて許さん!」

 

だからこそ結月は覚悟する。

 

「君達が私を裁いてくれ。……私は罪を犯しすぎた。」

「そんな!!」

「全ては私がやったことだとして、君達は管理局の本部に投降するんだ。そうすれば君達は無罪放免だ。」

 

だからこそ結月は命を捧げる。

 

「……私は結芽に泡沫の幸福という残酷な結末を与えた。少女達の純粋な気持ちも踏みにじった。全ては私の弱さ故だ。だから私は君達に代わって、全ての罪を清算しに行く。」

「学長……。」

 

ここまで面倒を見てくれたという恩義の有る結月の話を聞いた綾小路の刀使達は、ソフィア達の決起に参加することを止めようと考え始める者が出始めていた。

 

「……ねえ、ここは学長の言う通りにすべきじゃないかな?」

「バカッ!!貴女、学長を引き渡す気!!?」

「だけど、私達のせいで学長は辛い思いをしているんだよ!?」

 

そのため、それぞれ意見をぶつけ始める様を結月の前に晒してしまうのであった。

 

「……悪いが、我が綾小路はお前達の甘言に乗せられないぞ。」

 

結月は両手を後手に縛られながらも、「綾小路は甘言に乗らない。」と穂積に対して憎まれ口を叩く。

 

「そうですね。これは困りものですね。……ですが、お客様はどう思うでしょうか?」

 

しかし、穂積は涼し気な声で何も慌てることなく返答するのであった。その穂積の冷静な態度と「お客様」という言葉に訝しむ結月であったが、綾小路の生徒がそんな簡単に靡くとは思わなかったため、ただの強がりだと、杞憂だと思いたかった結月であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……穂積が言う外のお客様というのは、半ば荒魂と化していた和樹のことであった――――。

 

無理矢理荒魂と融合したことにより全身に耐え難い痛みが走ることで寝不足と常時危篤の状態であり、内臓の殆どが機能不全を起こしていることから飲料ぐらいしか栄養補給ができないため、常に飢餓との戦いであった。そんな状態で、結芽だと思い込んでいる優に骨を折られるぐらいに殴られ、蹴られ、そして両手足の拘束から逃れるために折られた腕と足を潰すことでどうにか拘束から逃れ、自身が召喚した蝶の荒魂のお陰でどうにか結月学長の元まで向かうことができた。

 

――――最期ぐらいは、結月さんの手で終わりたいと。

 

そんな心身ともに疲れ果て、千切れた片手片足はノロが固めてくれたお陰で出血多量にはならずに済んだものの、血を多く流したことには変わりないうえ、飢餓と痛みによる睡眠不足から、体力も無いという這う這うの体で結月学長が居るであろう学長室まで来れたのである。

 

……和樹がここまで来れるように、穂積が警備を手薄にするよう手を回していたことに気付くことも無く。

 

 

――――そう、心身ともに疲れ果てたという、頭が回らない状態で和樹は結月の声を聞くのである。

 

『――――どうして人はこんなにも簡単に消えて逝くのだろうか。類稀れなる天稟の才を持つ者が現れても、なぜ世界はこんなにも理不尽なのだと。』

『しかし尊いと信じたその願いの正体は、醜くも歪んだだけのただのエゴの極みでしかなかった。……私は、自分のエゴをあの子に押し付けた。君達にも押し付けた。』

『そんな思い出話で貴女の罪が逃れられるとでも?貴女の愛弟子であった結芽さんは荒魂を入れられ、荒魂化して死んだことをお忘れですか!?貴女は結芽さんの命を繋ぐためにノロのアンプルを創ったと述べました。ならば、そのエゴを清算すべきだと思わないのですか!!?』

『……ああ、そうだな。結芽といった私の親愛なる人達が多く死んだ。……だが、だからこそ私が言うのだ。邪道に手を染めようと叶えたい願いがあったが、所詮は邪道であり、何も叶うことが出来なかった私だからこそ!』

 

その結月と穂積の言葉が、ノロのアンプルを頼ることで荒魂と融合し、刀使達を救おうと決めた和樹の行いを全て否定しているかのように……いや、今の和樹の存在全てを否定しているようにも聞こえたのだから――――。

    

    

     

 




    
    
次回、和樹動きます。
    
    

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