【完結】刀使ノ巫女+α   作:tatararako

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136話を投稿させて頂きます。

前半は気持ち悪くなるけど、エチケット袋持参でみんな乗り越えてください。
正直、私も書いているとき「キモイ、キモイ、ツライ。」言いながら書いてた。
    
   


おとぎ話に彷徨うアリス達

    

   

「………全て終わりました、結月さん。」

 

平穏な高校生活を望む一般学生の和樹は、世にも珍しい御刀の一振り名刀ムラサメに選ばれ、史上初の男の刀使として、平穏な高校生活を犠牲にしつつも、嘗て昔の記録に残っている伝説の大荒魂を親から受け継いだ古流武術を学んでいたお陰で単独で倒すことに成功する。

その大荒魂を和樹が単独で倒した事が発端となり、和樹の活躍を認めず、今も結月学長を苦しめる結芽が居る刀剣類管理局と悪の親衛隊といった者達との戦いが始まったが、結芽を倒したことで全ての因縁と戦いが終わり、現役の刀使にも負けない大活躍をすることとなってしまう。

しかし、目立つことが嫌いな和樹は約束された地位と名誉も捨たが、その行動によって一層目立つ存在となったがために、人目に付かずに敬愛する結月の居る綾小路武芸学舎に戻るのも一苦労であった。

 

……和樹が一苦労してまで結月の居る綾小路武芸学舎に戻ったのは、和樹の活躍によって、刀剣類管理局の新しい局長となった結月を前祝いするために戻って来ていたのである。

 

「……戻って来てくれたか、和樹。」

 

そんな和樹を結月は、顔を赤らめながら、出迎えてくれていた。

 

理由は、存在するかも判然としない御刀ムラサメに選ばれた史上初の男の刀使として現役の刀使にも負けない活躍するだけに止まらず、悪の親衛隊や結芽といった刀剣類管理局内部の腐敗を促進させる名ばかりの刀使達を一掃することで組織の正常化に寄与したこともそうだが、自身を肉壁にしてでも刀使を救おうとする献身さと彼女等の負担を減らすべく最新装備やらを開発する頭脳と勤勉さが評価され、彼はとあるネット界隈では『刀使(とじ)防人(さきもり)』という渾名を付けられたのである。

 

……そういった彼の人柄と相まって、結月はそんな和樹に好意を抱いているのだが、和樹は相手への特に恋愛方面における好意には鈍感であるだけでなく、結月は和樹にとって天然理心流を教えてくれた剣の師匠でもあるため、結月にそういった感情を向けられていることに今まで気付かなかったのである。

 

「?……それでは、失礼致します。」

 

それだけでなく、困っている人を助ける性分、さり気ない一言や対応でしれっと異性を落とすことをすることも相まって、結月以外にも和樹のことを憎からず思う刀使や刀剣類管理局職員が多く居るのだが、その全ての好意に今の和樹は現に今も気付いていないのである。……そういうこともあって、今の和樹のそっけない言葉ですら結月は非常にやきもきした思いを募らせていたのである。

 

「……待て、和樹。」

 

結月に呼び止められた和樹は振り向く。

すると、振り向いた先には顔を近づけてくる結月が居たことに気付き、それを避けることなく彼女の接吻を受ける。

 

――――だが、その接吻は不思議と無味乾燥としていて、感情も揺り動くほどの物ではなかった。……いや、何も感じなかったのだ。

 

「……さようなら。」

 

だからこそ和樹は、それだけを言うと結月からも、綾小路武芸学舎からも、刀使達に黄色い声を上げられても背を向け、そのまま外へ出ると、愛する家族の居る自宅へと戻って行った。

 

「…………。」

 

そうして、自宅にある自室の天井を見ながら、自分が望んだ平穏な高校生活に戻るのだろうと思いを馳せつつも、和樹はある思いを抱き、悲しみに打ちひしがれていた。

 

「無意味に愛されるのって、つまらないんだな……。」

 

あれだけ慕っていた人からの接吻というのは心地いい物なのだろうと思っていたが、何も感じなかった。まるで、人の言葉を喋る人形を相手にしているような気持ちさえ抱いた。

望んでいた地位も、名声も、多数に女性に好かれることがあっても何一つとして、何一つ満たされることがなかった。

 

そんなことを和樹が考えていると、自分の自室に初恋の人、刀使だった年上の少女が其処に居た。

 

何故?ここに居るのか不思議でならなかったが、自分の姿を写す鏡を見て直ぐに理解した。

何故なら、世にも珍しい御刀ムラサメに選ばれ、史上初の男の刀使として認知され、刀剣類管理局の不正を正し、平穏な高校生活目立つことを避けることと平穏な高校生活を望む"和樹"は存在せず、いじめられっ子で妹の刀使や結芽に足蹴にされる惨めな"和樹"の幼かった頃の姿が写っていたからである。

 

和樹はそれを見て、昔読んだ童話の《drink me》と書かれた飲み物を飲んだアリスのように身体が縮んでいったのだろうと理解し、それ以降は身体が幼かった頃の自分に戻ったことに何の疑問も抱かずに受け入れ、やっと安住の地を得たのだと安堵したのである。

 

もうこれで、刀使に妬みや嫉みの感情を抱かなくて済む。

もうこれで、刀使のようになりたかったと思わなくて済む。

もうこれで、他所から引っ張ってきた物で、他人の袴で戦わなくて済むのだ。

 

「……おねーちゃん。……来てくれてありがとう。」

 

こうして、幼かった頃の自分に戻った和樹は初恋の人に抱きつくと、初恋の人に身を全て委ね、瞳を閉じていく。

僕が本当に求めていたものは、沢山の女性に好かれるといった欲望を満たす行為でもなければ、在りもしない御刀を手に入れ、刀使の真似事をし、社会的な成功を収めた存在だと相手に認識させることでもなかった。……そして、平穏な学園生活を求めるか目立つことを避けるだとかいう恰好付けた話でもなかった。

 

……今まで、そんなことを妄想しても自分の心が晴れること等、なかったのだから。

 

……全ては、匂いも何の味もしないが、この微睡みの中に引き込まれる心の中が暖かくなるナニかを求めてのことだったと解釈した。

 

 

例え、初恋の人の顔が黒く塗りつぶされていても、和樹は初恋の人の顔を思い出せないのだろうと理解し、暖かい微睡の先へと向かって行くのであった――――。

 

 

 

 

 

 

あぁあぁあぁぁぁぁ!……がぁっ……げぇ!!……。

 

和樹の身体の目と耳穴から荒魂が這い出て来るという姿を見ていた可奈美は、生命を断つために、覚悟を決めて和樹の首を千鳥で斬ろうとしていた。

これ以上、荒魂による被害を減らすために……。

 

だが、可奈美は和樹の次の言葉を聞いてしまったがために動揺し、斬る動作の途中で止まってしまう。

 

「……おね……え……ちゃ……ん………。あ……りが………と……う………。」

 

何故なら、“おねえちゃん。ありがとう。”という呟きがやけに人間の言葉の様にハッキリと聞こえたからである。

そのため、可奈美は和樹のことを否応なしに優の姿と重なって見てしまった。

 

それ故に、可奈美はきっと今の状態で荒魂化した和樹を御刀で斬れば、今後は荒魂化した人間を殺すことに躊躇が無くなるような気がした。

 

……いや、剣術好きな少女に二度と戻れなくなるのだろうという気がした。

 

優に重ねて見てしまった人間を斬るということは、優を斬ることに何の戸惑いも無くなってしまうのではないかと恐れも抱いた。

 

……今まで、人を斬らないことで、優を人間扱いしていると実感できていた。そして、今度こそはと荒魂化した人間を斬る以外の方法で救おうとした。それで荒魂化した人間は斬らなければならない。優を荒魂扱いする社会。に抗い、自分は優しいおねえちゃんになれると思った。

 

だが、神様は残酷なのか、それとも下卑た神様なのか、そんな可奈美の決意を嘲笑うかのように、目の前に居る荒魂化した人間は"おねえちゃん"と叫んでいたために可奈美は優に近い存在が目の前に用意され、刀使として、人々を守ることができるかどうか試されている様な気さえした。

 

……それ故に、そんな底意地の悪い神様が呪った。

……このときばかりは、御刀を創った神すらも呪った。

 

『……姫和ちゃんの行動が起こした結果なんだから、姫和ちゃんの頑張りは間違いじゃなかったんだよ。……うん。』

 

だが、可奈美は不意に舞草の隠れ里にて、荒魂化した人間を討つことに悩んでいた姫和に対して述べた言葉を思い出していた。

 

(……ああ、そうか。)

 

あのときから、私は止めるどころか肯定していたのだ。荒魂と融合している優のことを忘れ、姫和ばかり見ていたから、そんな無責任なことを言えたのだ。優という荒魂に取り憑かれた被害者を弟に持ち、その弟のことを任された人間は本来なら、何が何でもその言葉を否定しなければならなかったのだ。

 

……このときから、ワタシは可笑しかったノダロウカ?このときから、マチガッテイタノダロウカ?

 

そして、可奈美は姫和が間違っていなかったという言葉を守るために、姫和の重荷を軽くするために荒魂化した人間を斬った。

 

ボトッ、と首が落ちた音と共に、可奈美の心も深く、深く沈んでいった。

それだけでなく、和樹の死体が優の死体に見えていた。御刀千鳥に付いていたノロが紅い血の様に見えていた。……それなのに、それなのに震えも出ない。顔も身体も動かない。恐らく、現実を受け入れられないから、心を閉ざすことで心を守ろうとする防御反応なのかもしれない。

だが、今の可奈美にとって、その心の在り様は、優を斬っても何も感じない、人の心が喪ってしまった非道い人間に成り下がったのではないのだろうかというふうに感じてしまったのである。

 

……私は、もう、正義の味方にもなれないし、剣術好きな少女にもなれないだろうという感情だけが、可奈美の心の中を侵食していった。

 

しかし、和樹は夢現の中で苦難は晴れても、現実に居る可奈美の苦悩はそれで終わらなかった。

 

何故なら、和樹の身体から這い出て来た荒魂が、食欲という生存本能のままに和樹の死体を貪り食い始めたからである。

その光景を見た自衛隊員達ですら、「うっ。」と言葉を出すほどに吐き気を催す程に猟奇的で醜悪な物であった。……そんな光景を和樹のことを優と重ねて見てしまった可奈美の目の前で行われていたのである。

 

和樹の骨を歯でボリボリと砕く音が優の骨を噛み砕く音に聴こえ。和樹が荒魂に貪り食われる姿は、優が荒魂に貪り食われる姿に見え。和樹の血と内臓を美味しそうに食べる荒魂の姿が、優の血と内臓を美味しく食べているように感じ取れた。

 

全ては、よく見て、よく聞き、よく感じ取る少女故に、そう感じ取れてしまったのである……。

 

「――――!!!」

 

そのため、可奈美は叫んだ。

獣のような、人からかけ離れているような声を出しながら、和樹に向かって御刀を何度も何度も振り下ろした。

 

それだけでなく、和樹の遺体が荒魂によって貪り喰われた部分は隠世と繋がっているとされるねねの胃袋と同じであるならば、荒魂が貪り喰った和樹の身体の一部は、この現世から消えるということである。

……ともすれば、荒魂化が進む優も同じ末路を辿るのだろうか?と可奈美はふと疑問を抱く。

 

もし、それが事実なのであれば、優も母の美奈都と同じく自分の目の前から消えて無くなるような気がした。その仮説だけで可奈美は、また家族が消えてしまうことに耐えられなかった……。

 

故に、可奈美は叫んだ。目の前に在る光景が、人が、優が荒魂に貪り喰われ、何れ目の前から消え去るということを否定したかった。

 

「やめてよ。……やめてよ!そんなの見せないでよ!!!!

 

可奈美は何度も振り下ろした。

和樹を斬るためなのか、それとも和樹の身体に纏わりつく荒魂を追い払っているのか理解できぬまま、母の美奈都から教わった剣術の型も教えも何も無く、目の前に有る不快だと思ったものを可奈美は己の本能に従って、手にした御刀で何度も何度も振り下ろし続けながら、可奈美は母の言葉を嫌でも思い出していた。

 

『……そう、ならおねえちゃんに任せようかな、……お願いね、おねえちゃん。』

 

優のことを任せるという母に託された思い。それを反故したくなかった。

 

可奈美は優が荒魂に貪り喰われ、そして自分の目の前から消えて居なくなることで家族がまた一人減り、家が大きく感じるという心細さを実感する現実に舞い戻りたくなかった。だからこそ、目の前に在る光景、荒魂化した人間の末路が荒魂に全てを貪り喰われるということを否定したかった。

 

可奈美は、荒魂化した人間がこうして身体に宿る荒魂に少しずつ身体の部位を奪われ、そして最終的に何もかも欲望のままに喰い散らかされ、この現世からも消えて居なくなる未来を暗示してくる姿を否定したかった。消したかった。無かったことにしたかった……。

 

――――『刀使たる者、御刀を使い荒魂になってしまったノロを祓い鎮める。その行いはちゃんと人を救ってきたわ。』

『私達刀使は人々の代わりに祖先の業を背負い鎮め続ける巫女なんだ。』

 

そうでもしないと、荒魂を祓い鎮めることを使命としてきた刀使も、荒魂化した人間を斬ったであろう母も、荒魂化した人間を斬ることを覚悟した姫和も、タギツヒメやタキリヒメといった荒魂も、この剣術の斬り合いを興じる人達の全てが不幸に陥るということに塗り替えられてしまうのだ。

可奈美は『御刀での斬り合いもみんなとの立ち合いも全部剣を通しての会話』ということを信条としているが故に、目の前の荒魂化した人間がその身に宿した荒魂に貪り喰われるという末路を否定したかった。母や姫和の覚悟だけでなく、自身の信条までもが貪り喰われることを防ぎたかった。

 

人間を貪り喰う荒魂を剣を通しての会話で説く。――――無理だ。

彼等は御刀を持っていないし、剣術の心得すらない。だが、それは、剣術の心得と刀の所持が許されない者は救われないということを認めているようなものではないかと勘繰ってしまう

 

故に、可奈美は自身が信ずる『御刀での斬り合いもみんなとの立ち合いも全部剣を通しての会話』を当然のこととして生きてきた可奈美にとって、その"当然"が目の前で崩れ去りそうになったことで、和樹の身体から何度も這い出て来る荒魂を可奈美は過呼吸になりながらも、何度も振り下ろし続け、どうにかして刀使も、荒魂も、この剣術の斬り合いを興じる全ての人達が不幸に陥るということを証明するような末路を否定しようとしていた。

 

『荒魂化した人は最早人じゃない。稀に記憶を残し言葉を話す個体もいるが荒魂は荒魂だ。御刀で斬って祓う。それしか救う手段はない。』

 

それだけじゃない。

 

姫和という友が語った苦悩も、覚悟も、決意の全てが救いの無いものになってしまう。それを防ぎたかった。

 

だからこそ、

 

『……そう、ならおねえちゃんに任せようかな、
……お願いね、おねえちゃん。』『大丈夫だよ。私、……私、おねえちゃんだし、お母さんみたいに強い刀使になって、全てを守り抜いてみせるよ。』『荒魂化した人は最早人じゃない。稀に記憶を残し言葉を話す個体もいるが荒魂は荒魂だ。御刀で斬って祓う。それしか救う手段はない。』『だから、約束。…私はお母さんみたいに人を守って、感謝される、“正義の味方”のような強い刀使になりたい。だから、私は優ちゃんのことも怖い物から守るし、今度は何があっても救ってみせるよ。』『私、母親から御刀で腕とかいろんなところ斬られたんだ!!だから、人に御刀を向けても良いよねっ!!人も荒魂も違いなんて無いんだからっ!!』『……そうなんだ。だったら僕もそんな大好きでカッコイイお姉ちゃんの助けになりたい。』『だからさぁ、私はあなたに聞いているの。……相手の写シを斬った感触、相手の苦しみ、痛みがどんなものだったか聞かせてくれるよねえぇぇぇぇっ!!』『人間の世界から排除された人は他の人と同じように扱われなかった者は、怪物以外になるしかないだろうがぁァあぁアっ!!!!』『これは私のお母さんとお父さんが唯一くれたもので、唯一遺してくれたもので、唯一の教訓で愛してくれた証なんだっ!!
違わないでしょ?どんなに強くなっても、どんなに自分の好きな剣術を磨いても救えないかも知れないと思ったから、こうやってわざと手を抜いて剣術を楽しむためという方便を造るために剣術バカな自分を演じて逃げたんでしょ?

 

 

可奈美は頭の中に、今まで聞いてきた声と、聴こえた声が一気に雪崩のように思い返し、一気に押し寄せて来たのである。

それにより、可奈美は自身の両肩にドスッと重荷が圧し掛かって来たかのように感じられ、頭の中がパンクするような感覚を覚えた。……今まで背負おうとしたものが急に圧し掛かってきたのだろうかと思えるほどに。

可奈美は、その重さに、その心苦しさに、胸の早鐘に心が押しつぶされそうになるものの、どうにか堪える。………だが、

 

お前等が!おねえちゃんを……僕に唯一優しかった人を刀使に仕立て上げて、奪っただけでなく殺したんだ!!

刀使!御刀!他人から何もかも奪う悪魔の手先はみんな滅びなきゃいけないんだぁあァぁアっ!!

 

堪えたことで安堵したのか、ハッキリとした和樹の声が可奈美の中にストンと入っていってしまった。

……御刀が悪魔の手先。そういう考え方が有るとは思わなかった可奈美は、刀使であった母の美奈都を支え続けた御刀千鳥を見ながら、本当に悪魔の手先なのかどうかを見つめてしまう。

 

その神性を帯びているとされ、神剣として称えられている御刀の一つ千鳥の刀身には……いや、それだけでなく鍔にも、柄巻きにもノロが付いており、可奈美の目の良さが仇となって、その御刀にこびり付いたノロが返り血の様に見えた。

 

それ故に、

可奈美は母の美奈都から受け継いだ

御刀千鳥が人の血を吸う妖刀のように見えた。

そう考えるだけで、

千鳥も母の美奈都の命を奪ったような

ものではないかと勘繰ってしまう。

それだけでなく、朱いノロが付いた千鳥が

次は荒魂化した優を斬りたいと

訴えてるかのように聴こえてくる。

御刀が血を捧げよと、

魂を捧げよと、心も捧げよと、

全てを捧げよと。

自分の愛する者も、大切な物も捧げよと。

 

 

……そう、千鳥が訴えているかのように聴こえた。

血に濡れた御刀千鳥が人を荒魂との戦いへと誘う死神のように見えた。

母の美奈都や弟の優といった生け贄を欲しているかのように思えた。

 

となれば、それを握っている私は何なのだろうか?

母の美奈都を刀使にし、若くして死に追いやるだけでなく、弟すらも荒魂にするノロを産み出す御刀は、犠牲を多く出してきた。それなのに、何故今まで嬉しそうに、何をそんなに有り難そうにそんなものを手に持っていたのだろうか?

 

そんなことを考えていたせいか、可奈美は吐き気を覚え、口から苦しみを吐き出してしまっていた。

 

『心拍数上昇!規定値を大幅に超えています。衛藤隊員の近く居る者は鎮静剤の投与か治療室までの護送をお願いします。』

「了解、衛藤隊員を護送致します。近くに蝶型の荒魂を産み出す荒魂が発生していますので、急遽刀使を派遣してください。」

 

そして、可奈美の援護のために近くに居た自衛隊員達は、吐いてしまい精神が不安定な可奈美をおぶると、その場を速やかに跡にするのであった。

 

「――――。」

 

可奈美は、朦朧とする意識の中で、自衛隊員達に「止まって。」と言いたかった。だが、先程吐いてしまったせいか、声を出せず。和樹の遺体を貪り喰う荒魂を遠くになっていく様子を見ながら、失神してしまった――――。

 

 

人か荒魂か判然としないグレーゾーンに居る荒魂化した人間を斬った可奈美は、童話の『不思議の国のアリス』のウサギの穴に落ち、チェシャ猫の弁により狂気の住人にされた少女アリスの様に、この"現世"にある不思議でみんな狂っている国を彷徨っていた。

『永遠の少女』・『子供』という意味が込められているアリスになれたどうかはハッキリとしないまま。何故なら、この国は……いや、この世界は『永遠の少女』や『子供』のままで居させ続けてくれないのだから…………。

 

 

かくして不思議の国のお話がそだち

ゆっくり、そして一つ一つ

その風変わりなできごとがうちだされ――

そして今やお話は終わり

そしてみんなでおうちへと向かう

楽しい船乗りたちが夕日の下で

 

アリスよ。幼稚な御伽噺をとって

やさしい手でもって少女時代の

夢のつどう地に横たえておくれ

 

記憶のなぞめいた輪の中

彼方の地でつみ取られた

巡礼たちのしおれた花輪のように

    

    




    
   
お魚にもPCR検査する社会
原発辞めたら、電力不足で嘆く社会
お互いに異端審問ごっこする社会

この世界の外は不思議な国よりも不思議。
     
   

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