158話を投稿させて頂きます。
――――防衛省。
中谷防衛大臣に呼ばれた甲斐は、中谷が座る席の前に居た。
甲斐は、恐らく維新派のクーデターを鎮圧したことによる論功であろうと思い、期待に満ち溢れていた。……少女でもある刀使達を殺し尽くしたにも関わらず、自分が立身出世することを夢見ながら。
「今回の件、IOC並びにJOC、それに総理も米国も君の働きについてお褒めの言葉を頂いた。」
「……ありがとうございます。」
中谷の東京にオリンピックをしたいIOCとJOC、それに総理大臣も甲斐が維新派のクーデターを無人機等で鎮圧したことに感謝し、そして米国は荒魂で強化した人間の戦闘データと冥加刀使に対して使ったドローンと米国製の誘導砲弾の戦闘データの提供に喜んでいたと述べていた。
それを聞いた甲斐は、予想通りと内心喜びながら、次の言葉を待っていた。……自分の制服に三つ桜が付くことを想像しながら、
「早速、総理に「その必要は無い。」……は?」
だが、甲斐は、自身の言葉を中谷に遮られたことに不思議な感情を抱いて、中谷を見つめていた。……何故、遮るのかと。
そして、今更だが甲斐は気付いた。中谷がこちらに一瞥もせず、淡々と書類を見ながら自身に応対していたことに。そして、中谷は淡々と書類を見ながら甲斐のことについて話し始めるのであった。
「……だが、総理はこうも言っていた。……維新派のクーデターを刀剣類管理局と歩調を合わせずに独断で行動するとは何事かと。」
維新派のクーデターに対して刀剣類管理局と歩調を合わせずの独断行動?……そんな筈はない。特務警備隊の此花 寿々花と話し合ったからこそ今まで射出してきたS装備のコンテナの弾道データと荒魂退治の支援として使ったりゅう弾砲の弾道データを99式自走155mmりゅう弾砲のコンピューターに組み込むことができたのだ。それによって、冥加刀使をりゅう弾砲による誘導砲弾とMQ-9リーパーによるミサイルで殲滅できた。
……なのに、何故、そんな話になっているのだと甲斐は困惑していた。
「……君が年の瀬の大災厄にて重傷を負い、匿名による告発が有ったので身辺を洗ってみると"そのような命令書"が出て来たのだよ?……異論は有るかね?」
しかし、中谷の甲斐の身辺を洗ったことで発覚した"そのような命令書"という言葉で全てを理解した。
……維新派のクーデターと年の瀬の大災厄にて発生した死傷者と騒動の責任。それらを全て自分に被せる気なのだと理解した。しかも、ご丁寧に自身が年の瀬の大災厄にて荒魂に襲われ、負傷して病院に入院している隙に自身が独断で行動したのだという体裁をも整えて。
甲斐はそれを理解したとき、自身の足の下に穴が開いたかのような感覚に囚われていた。
「し、しかし、私はそのようなことはしておりません!」
「ほう?君は衛藤隊員を刀剣類管理局に断りも無く帯刀権の剥奪、並びに刀使としての権限も剥奪しようとしたということは私の耳に聞き及んでいるぞ?」
「…………。」
甲斐は、中谷にそう言われて初めて気付いた。
何故、寿々花だけでなく、あの甘さが残る三木一等陸佐が紗南に甲斐の進言を受け入れるべきであると述べたのか。
それは、私をこのように追い詰めるためにしたのだと。そして、中谷もそれに乗る形で維新派のクーデターと年の瀬の大災厄にて発生した死傷者と騒動の責任を自身に被せることで防衛省に責任が及ばないようにしたのだと理解した。
「……さて、異論はあるかね?」
甲斐は中谷の声に返す刀は無かった。
その後、甲斐は表向き東京23区で発生した維新派との戦闘の騒動の責を取る形で陸将補の地位を失うということになってしまうだけでなく、命をも失うこととなる。
――――無機質な白い壁、何も表さない白い天井といったこの殺風景な部屋の中でも静謐さを感じさせる白い敷布団と文明を感じさせる液晶テレビがある部屋の中に十条 姫和は居た。そして、その姫和が居る部屋の中でも特に異質さを表しているのが白い鉄格子であった。……そう、姫和は投獄されていた。
表向きの罪状は『特定秘密の保護に関する法律』及び『信用毀損罪』等に抵触したということだが、……実際は、相模湾岸大災厄における米国の輸送タンカーのこと、可奈美と姫和が大荒魂を討伐したことで鎮圧されたとされる年の瀬の大災厄におけるタギツヒメが行ったこと、それらを暴露したことが理由で投獄されていた。
それだけでなく、姫和は投獄されたと同時に帯刀権と刀使の役職を懲戒免職させれられたことで刀使ではなくなり、御刀小烏丸をも失ってしまった。
「…………。」
姫和は、そんなことを思い出しながら、何も無い白い天井をぼうっと見ながら液晶テレビ、もしくは刑務所の自由時間内で読んでいた新聞といったものから得た情報を一つずつ思い出していた。
先ず、一つは相模湾岸大災厄は米国の輸送タンカー事故が発端となったものであるという告発から、トーマス達の上司……いや、雇い主といった方が良いだろうか?そのCIA長官が拳銃自殺したという事件が起こったこと。
……恐らくだが、自殺というよりも、殺されたという方が正しいような気がする。
米国主導ではなくCIA長官の独断によるものとして処分するために殺したのだと。
そして、姫和が相模湾岸大災厄は米国の輸送タンカー事故が発端となったものであるという告発をした理由は、CIA長官を殺すことではなく、ノロの軍事利用によってタギツヒメのような子達が産み出されないようにするために告発したのだが、人死にが出たことに姫和は自分の思慮の無さを悔いていた。
……何故なら、彼女は米国やCIA長官を殺すことが目的の復讐ではなく、タギツヒメを産み出すために生まれた欲望に対しての復讐を完遂することが目的だったからである。
……なのに、拳銃自殺をさせてしまった。故に、悔いていた。彼にも家族が居るのだから、残った家族は苦難の道を歩ませてしまうからこそ、己の思慮の無さに悔やんでいた。
(……それだけでなく、私がこうしている間に色々と変わったな。)
甲斐陸将補が東京23区で発生した維新派との戦闘は彼の独断によるものであるということにされ、責を取って辞任した……いや、させられたという方が正しいかもしれない。
恐らくは、維新派との戦いで死んだ刀使達だけでなく、市街地に置けるりゅう弾砲やドローンでのミサイル攻撃の件は全て甲斐の独断で行ったものということにすることで冥加刀使の遺族や親類縁者だけでなく、東京の街を壊された怨みを持つ国民達が防衛省と政府、そして刀剣類管理局に怒りの矛先を向けさせないために甲斐をスケープゴートにしたのだろう。
……それだけでなく、強引な行動を取ることが多い甲斐を防衛省自体も疎んでいたというのもあるのではないかと姫和は推測していた。
そして、タギツヒメが年の瀬の大災厄を鎮めたという告発の後も、刀剣類管理局は装備の拡充をすることを決定したそうである。
S装備だけでなく、オスプレイ、輸送防護車、ドローン……それだけでなく、テロとゲリコマ対策に刀使にもボディアーマーだけでなく銃器類の装備も検討されるほどであったらしい。
検討された理由は、刀使と自衛隊の共同運用(箱根山戦など)からの戦闘記録及びタギツヒメの力を有した優が非正規戦闘(群馬の山中や江仁屋離島といったテロ集団や荒魂化した自衛官との戦闘)の戦闘記録から、迅移といった刀使の能力と銃器といった近代兵器との相性は良いことが証明されたためであると同時に刀剣類管理局にも銃器類を装備させることで銃器と弾薬の製造単価を安くしようとしていたとも言われていたが、国民からの反発の声が相次いだことで立ち消えとなった。
……それを聞いた姫和は、虚しさを感じていた。
タギツヒメが年の瀬の大災厄を鎮めたと告発しても、何も変わらなかった。
荒魂事件はタギツヒメが荒魂を隠世の境目へと連れて行ったことで数ヶ月前よりかは少なくなっていったが、今も神性な御刀を使って荒魂を討伐することが正しいという認識は変わらなかった。
年の瀬の大災厄をタギツヒメが鎮めたと告発したのは、荒魂は人間に悪意を持つ者ばかりではないと認めさせ、荒魂を斬るということは生命が有る者、生きている者を斬ることと同じ意味なのだと理解させたかったからである。
なのに、変わらなかった。……その虚しさと悔しさで、自分の無力さを噛み締めていた。
「……こんな場所に彼女を帰らせるべきなのか?」
変わらなかった世界で、みんなと同じように扱われることを望んだタギツヒメという名の……いや、ヒメちゃんならぬヒメという人が帰ってこれたところで何になるのだろうか?そんな想いが渦巻いていた。
……すると、
「96番、出ろ!」
女性刑務官の声に反応した姫和は、声がした方へチラリと目配せしていた。
……扉が開いていて、刑務官が「出ろ!」と言っているところから、この部屋の外に出られるのだろうと思った姫和は、刑務官の指示に従って部屋の外に出ると、手錠を付けられた。
「ついて来い!」
刑務官にそう言われた姫和は、指示通りに後に付いて行く。
すると、何やら個室の中へと誘導され、その個室の中へと入ると、服装だけでなく両隣を刑務官が固めているところからして刑務所長(階級が矯正監か矯正長かは姫和は知らないので、こういう表現となっている。)らしき者が机の前に居たため近寄ることなく、机の前に少し開けた所で立っていることにした。
「極めて希な辞令であるが、書類では正式な物だ。……で、これは個人的に私が聞くのだが、満足かね?」
すると、刑務所長らしき人物が姫和に向けて何やら尋ねたいことがあるそうだった。そのため、姫和は、
「……何がです?」
刑務所長の声に反応し、聞き返してしまった。
「三ヶ月前の脅迫……いや、告発と言った方が良いか?アレは利口なやり方ではなかった。……それに、何故荒魂をあんなに憎んでいた君が荒魂の味方するようなことをしたんだ?」
刑務所長は姫和の過去の言動と行動を調べたのか、はたまた荒魂を倒したいからなるような職業でもある刀使という経歴から不審を抱いたのかは知らないが、刑務所長は姫和にそんなことを尋ねるだけでなく、
「荒魂の味方をした結果、君は帯刀権と刀使としての権利、自身の御刀をも失ったのだが、……それで、君は、勝ったのか?」
刑務所長は、得る物が無い戦いに挑んだ姫和に何を得たのかと尋ねるのであった。
「……勝った?……私は、ただ自分自身のケジメを付けたかっただけです。」
姫和は刑務所長にそう言うと、
「……だから、誰にも打ち負かそうとも思っていないですし、得る物ありませんでしたよ。……それだけです。」
勝利も得る物も無かったと答えるのだった。
「……なるほど、恩赦か、皮肉な物だ。……君自身が犯した罪が君自身を救った訳だ。」
姫和の言葉を聞いた刑務所長は皮肉気な態度で、且つ朗らかな顔となって、姫和を刑務所から釈放するサインをするのであった……。
「おめでとう。……君は自由の身だ。」
こうして、姫和は自由となった。
ただ、自由となった姫和は、これからどうすべきか悩んでいた。
今まで母の仇であるタギツヒメと折神 紫を討つべく復讐の旅に立った。……だが、その旅の終着点は、タギツヒメの味方をするべく年の瀬の大災厄にて隠世の門を閉じたことを述べたこと、相模湾岸大災厄の真実を暴露したことで折神 紫はタンカー事故の隠蔽に腐心していた米国から命を狙われなくなったことで、結果として母の仇として狙った二人を助けるというものになってしまった。
復讐の旅がどこをどうしたら、仇を助けることになるのだろうか?と考えるだけで刑務所長の言葉である「皮肉な物だ。」という言葉を思い出してしまう。
……確かに皮肉な物だ。仇を討つことばかり考えていたのに、その殺そうとした二人を助けることになるなんて。
そして、姫和は刑務所長の言葉を思い出してしまったせいか「君は、勝ったのか?」という言葉も思い出してしまった。
……相模湾岸大災厄、鎌倉特別危険廃棄物漏出問題、維新派のクーデター、鎌倉年の瀬の大災厄…………それら全ての戦いに勝った者は居たのだろうか?
……そして、私も母の実家である柊の家から刑務所に入れられたことを理由に絶縁を言い渡され、前科がある以上は刀使になることもできない。そして、可奈美も皆も……残った者も大災厄の傷跡に追われる。戦いの跡は、誰も幸福にならない。誰も勝利者になれない。
それが全てであった。
そんなことを考えながら、姫和は歩いていた。歩き続けていた。
こうも復讐という目的が無くなれば何もやることがないのかと考える程に……。それ故か、姫和はポツリと小さな声で呟いた。
「……家に帰ろう。」
実家に帰ろうと。
――――奈良県のとある某所。
目の前に広がる田園風景を通り、引き戸を開けると「ただいま」とも言わずに家に入り、玄関に靴を置くと畳が沢山有る部屋へと向かい、そこで姫和は寝転がる。
「…………。」
寝転がった姫和は、天井をぼうっと見上げていた。
意味もなく、ただぼうっと。
ここから朱音からの手紙が届いて、その手紙から全てが始まった。
そして、御前試合で可奈美と優に出会った。
その旅路で色んな人間が死んだ。
そうして、復讐相手だと思っていた紫とタギツヒメを助ける形になった。だけど、その代わりなのかCIA長官といった人達が拳銃自殺したことに当初は報いを受けたと思ったが、監獄の中で段々と他人の人生を滅茶苦茶にした気持ちが強くなり、人を殺した気分となって最終的には後味が悪いものしか残らなかった。
そんなことを考えながら、ぼうっとしていると車の音が聴こえてきたため、何事かと思い外を覗く。……すると、家の前に青い車が停まっていてそこには、
「……五條学長?」
今も平城学館の学長をしている五條 いろは学長が其処に居た。そのため、姫和は自分を刀使にしてくれただけでなく、小烏丸も授けてくれた恩師のいろは学長を出迎えるべく、身支度を整えるのであった――――。
…………こうして、姫和の実家に来たいろは学長は、姫和の母である篝の仏壇に線香をあげてから、姫和が落ち葉を集めて焚き火にしている庭へ移動すると、姫和はいろは学長がこちらに近付いている気配を感じたのか、いろは学長に実家のことについて聞いていた。
「……この家、私が居ない間も誰かが手入れしてくれてたようですが。」
「家は人の手が入らへんとすぐに痛むからね。朱音様が気を使ってくれはったんよ。」
いろは学長は、姫和が離れている間も実家の手入れをしてくれたのは朱音の指示によるものだと話してくれていた。……そう話しながら、いろは学長は姫和が焚き火の前で『十条 篝 様』と書かれている封筒を入れて燃やしているところを見ていた。
「……なぁ姫和ちゃん。……もう刀使に戻る気無いん?」
姫和が復讐の切欠となった封筒を燃やすところを見たいろは学長は、姫和にそう尋ねていた。すると、姫和は、
「ええ。……もう、戦う理由がありませんから。それに、みんなに合わせる顔もありませんし。」
いろは学長にそう呟くように答えていた。……もう戦うことも無いのだと。刀を振るう理由も無いのだと。
「……それに、母方の実家から絶縁を言い渡されただけでなく、前科が有る以上は国家公務員である刀使にも戻れません。……でも、私はこれで良かったと思います。もう私は、荒魂を斬ることができないでしょうから。」
そして姫和は、前科が有る以上は刀使に戻れないのだといろは学長に話すと、もう荒魂を斬ることも無いことに良かったと思うということも話していた。
「……変な話ですよね?二十年前、私の母はタギツヒメを討ち損じました。それを知った母は、全ては自分の責任だと悔やみ続けました。この世を去るその日まで……だから私は、母のやり残したことを私が成そうとしました。……なのに、なのに母の仇でもあるタギツヒメを助けてしまいました。欺瞞に満ちたこの社会に復讐するために全てを告発しました。」
それだけでなく、姫和はいろは学長に母の仇を討つべく向かった復讐の旅の終着点は、その母の仇であるタギツヒメを助けることになってしまったこと。……そして、荒魂は穢れであるという欺瞞を流すことで成り立っているこの社会に、相模湾岸大災厄の真の犯人である者達に対して復讐しようとしたと告げた。
「………けど、私が入れられた刑務所の所長に言われた言葉を借りれば、私は一つも勝っていなければ、達成感も無かった。……有るのは喪失感だけです。」
しかし、復讐しても誰にも勝てなかっただけでなく、荒魂を穢れだと言って忌み嫌う人が少しでも減ればと思って、相模湾岸大災厄が米国のタンカーが沈没したことが原因であるという真実とタギツヒメが年の瀬の大災厄にて何を行っていたかを告発しても、誰もその声を聞かず、荒魂は穢れで異形の怪物としか見れない人が多かったと言って、姫和はいろは学長にあの告発の後に得られたものは喪失感だけだったと自身の心情を漏らしていた。
「そうとは知らんと……ほんまに一人でよう戦うたね。」
「いえ、一人じゃありません。……多くの人に助けてもらいました。」
姫和の独白を聞いたいろは学長は「一人でよう戦うたね。」と姫和に言うと、姫和は小烏丸は学長が手配してくれたと心の中で呟きながら、いろは学長に背を向けたまま、多くの人に助けてもらったと述べていた。
実際、姫和一人で告発しても捕まって終わるだけだっただろう。だが、トーマスが武器商人を通じて遺してくれたCIA長官とのやりとりのデータ(特に、タンカー沈没はCIA長官が米国にノロが流れないようにトーマスといった工作員達に命じて沈没させたといった物が遺っていた。)が有ったからこそ、ここまでの大騒ぎとなったのだ。
「……だからもう、刀使に戻る気はありません。」
それらを経験した姫和は、いろは学長にそう告げる。
……もう刀使に戻る気は無いのだと。それを聞いたいろは学長は、
「それはそれでもええと思うよ。姫和ちゃんはもう十分戦うたんやから。それに、実は……あ、これは言わん方がええな。」
「……何ですか?」
姫和にそう言って、気を引かせていた。そのため、いろは学長の言葉が気になった姫和は聞き返していた――――。