最終話を投稿させて頂きます。
――――長い眠りだった。
長く、そして目の前は真っ暗で何も見えなかった。
まるで、この世の終わりかのように、真っ暗で何も見えなかった。
しかし、その理由が自分の瞼が閉じているからだと気付いた可奈美は、瞳を上げることにする。
すると、可奈美の目の前は、何も無い、ただ白く、遠い先を見回しても白しか映らない白い監獄のように思える広い空間が広がっていた。……いや、本当に何も無いのかもしれない。
可奈美はそう思うものの、自然と歩き出していた。
歩いた先に何かが有るという保証も無いが、歩き続けていた。
……そして、どういった経緯で自分が此処に居るのか分からなかった。
誰かに殺されたのか、それとも老衰で死んだのか、はたまた誰かに貶められて辱めを受けた上で消されたのか……それは、もう分からない程に記憶が曖昧となっている。
いや、記憶が曖昧ではなく、此処は現世(うつしよ)と重なり合った多重層の異世界と言われ、様々な層があり、各層ごとに物理現象が異なると言われた隠世の世界なのだから、17歳当時の母である美奈都やノロを受け入れる前の結芽が居るように様々な"私"が混在し、それが一つになったのかもしれない。
言い換えれば、隠世というのは可能性の数だけ存在している数多の現世の影を全て集めたものなのだから、例えば何処かの現世の世界で辱めを受けて死んだ"私"が居たり、毒を盛られて死んだ"私"が居たり、どんな二次創作(パラレルワールド)的な世界に居る"私"が居てもおかしくないし、それが一つになったとしてもおかしくはない。
……そう考えると、そういった隠世のことを知っていることに合点が行く。
だから、自分が何千通りの何万通りの自分が居るということも理解できたし、そんな精神状態でも、自分達が居る現実という様々な人が居て"しがらみ"という複雑に絡み合った現世の肉体が無く"魂"という精神のみになった故か、そういったことに頓着する必要が無くなったという考えが優先され、此処に閉じ込められた怒りや焦りよりも自然と心が穏やかになっていくのが解かった。
それだけしか、入って来なかった。………そんなことを考えている内に、誰かの声が聴こえた。
「……可奈美?」
「……姫和…ちゃん?」
姫和だった。
……だが、見知った姫和と出会ったにも関わらず、不思議な気持ちを抱いていた。
こんな奇妙な世界でも、最初に出会うのが姫和だということに不思議な縁を感じた。
「……可奈美、此処に居るということは、お前はあの後に死んでしまったのか?」
「……多分。どういった死に方をしたのかは分からない。……ただ、此処にはありとあらゆる私が居て、何処かで癒やせない傷を負った私達が還る場所なんだというのは分かるよ。」
そして、姫和にそう問われた可奈美は、自分が幸福に死んだのか、それとも不幸に堕とされて死んだのかは分からないが、此処はその堕とされた不幸によって出来た治せない傷を癒やす場所であることは理解できたと答えていた。
「……そうか。此処は……疲れた人を癒やしてくれる場所なんだな。」
「うん。きっとそうだよ。……だって、死んだ先に逝ける場所まで救いが無かったら、この世に救いなんて一つも無いじゃない?」
その可奈美の答えを聞いた姫和は、此処が人が救われる唯一無二の世界なのかと可奈美に問うと、可奈美は死後の世界まで様々なしがらみに雁字搦めのように囚われている現実と一緒で救いが無かったら、何処にも救いは無いのだと答えていた。
そんな実体もとりとめの無い会話をしていたせいか。可奈美と姫和は自分以外の人と出会えたと思えた。
「……でな、優と私の馴れ初めはね。」
「……ホント、そればっかだよね~。」
そう思った理由は、その声に聞き覚えがあったから。
何千、何万という回数であろうと思われる程に聞いたことがある声。容姿。
「なっ、何か悪いか!?私にとって見れば、一番の思い出なんだぞっ!!?」
だけど、変わった部分は、自分のことを“我”とは言わず、まるで何処かの少女のように“私”と言っていて、無邪気に話す子供のような子供。
「……タギツ………ヒメちゃん。」
それは、嘗ては大荒魂ともタギツヒメとも呼ばれていた子だったが、優といった子供達から"ヒメちゃん"と同じ子供のように呼ばれるようになった子。……それを可奈美はふと自然に口に出す。
「ふお!?か、可奈美お義姉さまぁっ!!?」
「……荒魂って、こんなのばっかなのかな。」
それ故に、可奈美が居ることに気付いたタギツヒメは慌てながら可奈美の名を叫ぶと、その慌てるタギツヒメの姿を見た結芽は憐れむような何とも言えないような顔をするのであった。
「あっ!可奈ねーちゃん、こっちに来たんだっ!!」
それだけでなく、優も隠世に居た。
その姿を見た可奈美は、つい自らの瞳から涙が流れた。……優と結芽とタギツヒメと、他にも知らない子供が居るが、理由は何となく分かった。何処で聞いたのかは分からないが、確か、体内への荒魂注入を受け入れたことが理由で隠世側で彼等が生きているのだと。
優は体内にタギツヒメを受け入れたように、結芽も荒魂を体内を入れたのだから合点が行くと思いながら。
そうして、可奈美は声を少し荒げながらも優にあることを伝える。
「……ゴメンね。………もう、一緒に剣術できないね。」
嘗て、優と約束した一緒に剣術をやろうということが、もう出来ないということを。……今度は剣術を楽しむという意味を含めた物ではなく、もう荒魂とも人とも斬り合う必要が無いのだという意味を含めて伝えていた。
「……良いよ。僕はみんなと一緒に居るだけで幸せだよ?」
優はそう言うと、タギツヒメと騒ぐ子供達の方に目を向けると可奈美に言う。
「……みんな、良い子だから。」
親を殺された仇を取るために、少年兵になったジョニー。
金に目がくらんだ親に売られ、花を売ることをされたミカ。
攫われて、同情されるために大人に手足を切り落とされ目を潰されたニキータ。
不治の病で親が離れて行ったことに苦悩する結芽。
……そして、親と呼べる者が存在しないタギツヒメ。
そんな彼等を優は優しい声音で「良い子」だと述べていた。
「……みんなと一緒に居れば、悩んでいたことが無くなるから。」
だって、彼等は刀使だった親から何も受け継ぐことが出来なかった僕と同じだから、家族からも"サイコパス"という怪物扱いされる僕と同じみんなと一緒に居れば、何も悩むことが無いと優は答えていた。
「……そうなんだ。……優ちゃんって、そんなに悩んでいたんだ。」
その優の答えを聞いた可奈美はそう言いながら、タギツヒメやあの子達とただ一緒に、永遠に関係性も変わることなく終わることがないように過ごしたかったのが望みだということを知っていながら、それに目を逸らしていたことを思い出しながら、あることを考えていた。
「……剣を振るうことしか出来ない刀使じゃあ辿り着けない答えだね。」
もし、もしも、私が優の望みから目を逸らさずに真正面から受け止め、荒魂を御刀で祓うのが刀使であるという考えから脱却し、剣を捨てて違う道を模索すれば、私が望んでいた物が手に入ったのではないかと思えるほどに。
……すると、
「じゃあ、行こうか。」
優に「行こうか」と手を差し伸べられた可奈美は、その手を何も言わずに取ると、
「……何処に行くの?」
優に何処に向かうのかと尋ねていた。すると、優は、
「みんなが居るところ。みんながいつかは還ることができる場所。」
と言って、可奈美を誘っていた。
そうして、優に導かれるままにタギツヒメ達が居る所へと向かうと、後ろから誰かの声が聞こえたため、振り向いてしまった。
「……もう、寂しくはないの?」
声がした方、そこには幼い頃の可奈美……母が死に、母と一緒で剣術の稽古をしていた家の庭の縁側で一人で泣いていた頃の自分が居た。
「もう、辛くはないの?孤独に感じることはない?」
その一人で泣いていた頃の可奈美が、可奈美に問うていた。
もう、寂しくはないかと。
もう、辛くはないのかと。
もう、孤独ではないのかと。
それを聞いた可奈美は、
「……うん。……もう大丈夫だよ。」
過去の自分にそう答えるのだった。
それを聞いたもう一人の可奈美は、
「……そっか。それなら、良いや。」
と言って、笑みを浮かべるのだった。
「……可奈ねーちゃん?」
すると、急に立ち止まった可奈美を不思議そうに見つめる優に気付いた可奈美は、
「ううん、何でもない。……行こっか?」
何でもない。と言って振り返ることなく、タギツヒメ達の居る所へと向かった。
――――維新派の残党として、活動を続けている山崎穂積は自身の耳から銃撃の音を聞いていた。……そして、その銃弾を放ったであろう者から、最期の言葉を聞いていた。
「穂積――――穂積隊長……穂積隊長!!やりました!!」
通信が途切れているせいか、携帯の向こうから断続的に聴こえるが、その者の最期の声は聴こえていた。
「甲斐を殺しました!!――――後は……後は頼みます!!」
別動隊が政府要人を襲撃し、政府首脳が混乱している隙に荒魂扱いされる冥加刀使や維新派に参加した元STT隊員や暴動の参加者の中でも実力の有る大人組が集まった本隊が"ノロのアンプル"を中東の過激派に齎すことで、荒魂化した人間を故意に増やすことで世界に荒魂の脅威を植え付けることであった。
……それ故に、甲斐を襲撃した者達は生きて帰れないことを理解し、ソフィアと静が死んだことで生き残った"冥加刀使"の中で指揮統率が優れ、一番の腕利きでもある穂積に後を託したのである。
「……皆、我が同志達が甲斐を討った。」
そして、遺して逝く者の声をそのまま維新派の残党と冥加刀使等に伝えていた。それを聞いた彼等・彼女等は次の命はまだかと目をギラギラとさせながら、ただ静かにしていた。
……最早、維新派の残党と冥加刀使等に残っている者は"怨恨"しか無かった。
世話になった先輩か親友が荒魂事件によって引退、もしくは死傷したことが記憶に残る彼等は、分祀体制に移行しつつある現在の刀剣類管理局と政府に対し"怨恨"を抱いていた。……もしくは冥加刀使である自分を荒魂扱いすることに"怨念"を抱いていたのもあったのだろうが。
ただ、それら"怨恨"が彼等・彼女等の戦う意味であり、自らを保たせる支えでもあった。
「元とはいえ、陸将補の一人を討ち取ったのだ。……手筈通り、その混乱に乗じ、貨物船に紛れて国外に脱出する。……急げ!!」
故に、穂積の命を聞いた維新派の残党と冥加刀使等は、その命を実行すべく、統率が乱れることなく、それぞれが動き出していた。
いつか、自分達の考えが"正しい"こととして認められることを信じて。
「……我々の"篝火"を絶やすな!!」
そして、その思いを維新派の残党と冥加刀使等が抱いていることを知っている穂積は、更に士気を上げるべく彼等・彼女等が唯一信じている"怨恨"の炎を"篝火"と称して導き続けるのあった。
「……ソフィア隊長……静……」
そうして、彼等・彼女等を見やる穂積は、ソフィアと静の名を小声で、口から呟くと、黒色のベレー帽に灰色のトレンチコートを着用し、静といった維新派の冥加刀使達と同じ冥加刀使になったことを思い出しながら、貨物船へと足を運ぶのだった。
「……いつかは、必ず。」
そして、自分達が思い描く“暴力の世界”、“狼の世界”こそがこの世界の在るべき姿だということを知らしめるためにこの国を一度捨てるのであった。
そうして、穂積等の活動により、アフリカか中東の何処かの国で売られた少女かゲリラに拉致された少女がノロのアンプルで荒魂を人体に入れられ、維新派が持っていた御刀を持って軍事活動を行っているということが発生し、その対応に刀剣類管理局は追われることとなった――――。
――――そして、暴力を望む者達が居る一方で、
「桜も散る頃か……ノロを祀る社の再建は?」
刀剣類管理局の病室にて、床に伏せる紫、その傍に居る朱音以外にも、共存を望む者達が居た。
「順調です。各自治体も協力的ですし、新しく創建するものも多くあります。」
それは、紫と朱音、かつては相争う組織の代表として立っていたが、今は紫から局長の任を譲り受け、朱音が現局長という立場となっていた。
そして、紫の援助と指示の下、朱音は順調に新しくノロを祀る社の再建を増やしつつあると紫に報告するのであった。
「これを機に、かつて人とノロが寄り添っていた古来のやり方に戻っていくことでしょう。……結果的に、タギツヒメ……いえ、あの子達が言うヒメちゃんのしたことは人々に届いたのですね。」
「……そうだ。あの子達が……荒魂のことを私達よりも知らない……いや、良く知っている子供達が得た物だ。」
朱音が荒魂の名前として遺っているタギツヒメではなく、一個の人、生命として受け入れた子供達が呼ぶヒメちゃんと言って、子供達が好きだったヒメちゃんの声が人々に届いたのだと述べると、紫もそれに同意していた。
「……不思議な話だ。荒魂とそれに関する研究を続けていた我々や刀剣類管理局よりも、あの子達の方が一番寄り添えていたのだからな。」
紫は、そう言いながら、衛藤 優のことを思い出していた。
彼は怪物のように見られるサイコパスであるということを診断され、そして荒魂という怪物扱いされる者と手を携えるのは、怪物同士仲良くできたとでも言えば良いのだろうか?そう見えれば良いのだろうか?
いや、むしろ、怪物というのは自らの心の中でしか存在せず、彼等のような使命や人を縛る常識の枠や荒魂は討伐すべきという固定概念から外れた者達が居たからこそ、やっと通じ和えたのではないだろうかと思える。
……道から外れることで見える道が在るということなのだろう。
「何十年、何百年後かにヒメが戻って来た時は、禍神(まがかみ)ではなく和御霊(かずみたま)としてお迎えします。……きっと、あの子達もそれを望んでいるはずですから。」
そうして、朱音は例え自分の命が尽きても、次の代の局長にヒメちゃんのことを語り、ヒメちゃんが此処に帰って来たときは、和御霊として迎え入れられる様にすると紫に語るのであった。
「そうか。……篝火を絶やすな。」
「……はい。」
ベッドで横たわる紫は、朱音のヒメが何十年、何百年後かに戻って来た時は、禍神ではなく和御霊として迎えるという言葉を聞き、安堵していた。
この先、遠い国で戦争が起きたり、経済が崩壊したりして、血が流れ続けるこの世界の何十年、何百年後かにタギツヒメや荒魂と呼ばれる者が居なくなり、ヒメちゃんと呼ばれた子が戻ってくることで血が流れなくなる世界になることを夢見ながら――――。
――――「ねえ、もう行っちゃうの?」
可奈美がそう言うと、タギツヒメは振り向いて答える。
「……ゴメンね。私を待ってる人達が居るから。」
現世に、自分の帰還を待っている人達が居ると言うのであった。
……内心、この隠世から出て現世に帰るとき、もしかしたら自分が居た時間とは違って何十年、何百年後か進んだ現世に自分が知っている者が居ない孤独な世界に戻ることになるかもしれないという思いがあった。
それに気付いたのか、ジョニーはタギツヒメにあることを尋ねる。
「なぁ、一人で大丈夫かよ?」
一人で大丈夫かと。……それを聞いたタギツヒメは、
「……確かに、この先には戦争があったり、お金ばっか取られたり、石を投げられてばっかりの色んな不幸があって、それだけでなくて親が居なかったり捨てられたことに絶望している人が居て、それで溢れているかもしれない。」
どこかの東欧の国と超大国の一つが戦争をして、物の値段が上がり続けたり住む家が無くなることで家族が崩壊し親なき子が増えて行き、皆が不幸になって、その不幸を糧にしてソフィアや静、穂積の様に暴力に頼り、死に救済を求め始める壊れた世界になっているかもしれないと言う。
「……でも、もし辛くなっても私には何時でもみんなが居る場所に還れるから、それさえ分かれば、……もう何が遭っても辛くはないよ。」
……けど、紫や朱音といった人達だけでなく、優やジョニーとミカ、ニキータだけでなく姫和や可奈美が居るこの場所へ何時でも還れるのだから、辛いことが遭っても、辛くはないと答えるのであった。
……それを聞いた優は、
「ねえ、それってもう僕達は終わったのかな?」
僕達は終わったのかとタギツヒメに尋ねるのであった。すると、タギツヒメは、
「まだ始まってないよ。まだ紫とかが……いや、みんなが篝火を絶やさない限りは終わりは無いよ。」
そう言うと、子供のように歯をむき出して笑ってそう答えるのであった――――。
――――こうして、荒魂のタギツヒメと刀使の可奈美と姫和のお話しは終わりを迎え、和御霊……いや、一人の子供となったタギツヒメは只の人となった可奈美と姫和や優達の声援を受けながら、心に在る篝火が照らす先へと向かうのであった。
これで終わりです。
世の中がほんの少しだけでも良いので、優しくなれますように。