官房長官が満を持して登場します。
これにて、胎動編は終了です。次回からは多分波瀾編。
姫和と優の会話の時を同じくして――――。
「
暗闇の部屋の中から、ソフィアと穂積が現れていた。しかし、その表情は二人とも何処か冷めていて、機械のように無感情であった。
「……済まない。何から何まで、手を煩わせてしまった。私は良い娘を頂いた。」
「いえ。」
織田防衛事務次官はソフィアに労いの言葉を掛け、手を差し伸べるも、ソフィアに避けられると織田防衛事務次官は少しハッとなり、避けたことについて言及はしなかった。
「……しかし、私のせいで辛い想いや、迷惑を掛けるかも知れないが、それにめげず、刀使の職務を、自分の信じたことを全うしてくれ、それが私の唯一の願いだ。」
織田防衛事務次官は養父として伝えるべきことを伝えようとしていた。ソフィアにただ健やかに、立派な女性として成長することを望んでいた。
――――彼女の悪行を知らないまま。
「もうこんな時間か……。愛しい愛娘に幸あれと思えど、辛い目に遭わせてばかりで親らしいことは何一つ出来なかった。本当に済まないと思っている。私は刀使という立派な職業に就き、職務をこなす愛娘に敬意を抱いている。……それを忘れないでいてくれ。」
「……承知しました。それでは、養父上お気をつけて逝ってらっしゃいませ。」
織田防衛事務次官は、腕時計を見ると空港へ向かう時間となったことに気付き、ソフィアに一時の別れを伝えると、ソフィアが手配してくれた飛行機へと織田防衛事務次官は向かっていった。
……だが、ソフィアの仰々しいお辞儀をしていた時の顔が不気味なほど笑顔であることと、不穏な空気に気付かないままであった。
「……隊長、空港なんて手配していたんですか?」
不意に穂積がそのようなことを聞いてきたため、ソフィアはほくそ笑みながら、こう答えていた。
「元より“そのつもり”だった。」
飛行機の手配など元から手配していなかったと。
――――この日以降、織田防衛事務次官は行方不明となり、一切の所在も分からないままとなる。――――
官房長官の要請により、警察庁に出向していた朱音はとある部屋に案内され、入室すると同時に度肝を抜かれていた。
警察庁長官、統合幕僚長、内閣官房長官等といった、自衛隊と警察並びに内閣府の重鎮が多数参席しているのを見て、国家安全保障会議のようなことを始めるのではないのかと思い、萎縮してしまったからである。
「折神 朱音局長代理。そう萎縮しなくて良い。昨今の情勢下に自衛隊並びに警察庁、刀剣類管理局はその任務を全うするにあたっていかなる方針で臨むべきか……、それを討議するためである。」
「局長代理……ですか?……」
官房長官は萎縮しなくて良いと言うが、朱音は突然の局長代理に任命という人事に驚く。
「そうだ。紫局長が職務を果たすことができる状態ではなく、そのうえ鎌倉で起きた騒乱と広がった混乱を鎮めなければならなければならない。そのためには今後も刀剣類管理局並びに特別祭祀機動隊は変わらず荒魂事件に対応する必要があり、刀剣類管理局と特別祭祀機動隊を指揮統制し、社会に要らざる混乱を排除しなければならない。ともすれば、折神家の人間である君が局長代理ではあるが適任であると判断したまでだが、不服はあるかね?」
官房長官は表情も無く、機械的に朱音に尋ねていた。
「……いえ、至らぬ身ではありますが、謹んでお受け致します。」
辞退することは不可能であろうと思いながら、朱音は局長代理の就任を拝命していた。
「……折神 朱音局長代理。早速質問だが、鎌倉特別危険廃棄物漏出問題に関する報告に不備は無いかね?」
官房長官が朱音に大荒魂が三つに分割されたこと、関東一円に荒魂が降り注いだという報告に嘘偽り、誤りが無いか尋ねていた。
「はい。先日、提出致しました報告書通りです。タギツヒメ、いえ局長に取り憑いていた大荒魂は三つに分かれました。現在は、その後の足取りを――――。」
「……いや、そうじゃない。大荒魂のことではなく、鎌倉特別危険廃棄物漏出問題を解決に導いてくれた美濃関学院中等部二年の弟君は現在どうなっているか包み隠さず、報告してくれたまえ。」
朱音は大荒魂の行方を追っているのではないのかと思い、現在は鋭意捜索中であると答えていた。しかし、警察庁長官がそれを遮り、可奈美の弟衛藤 優の現在の状況を伝えて欲しいと言ってきたのである。それを尋ねてきたことに、朱音は不審に思うが、タギツヒメに関連することであろうと気づき、朱音はタギツヒメのことを伏せ、はぐらかすことにした。
「鎌倉特別危険廃棄物漏出問題に巻き込まれ、現在療養中であります。そのような状態でありますので、家族はもちろん、面会は不可と――――。」
「よく分かった、その弟君は大荒魂の一部を取り込んでいるということだな。」
しかし、朱音は既に優がタギツヒメを取り込んでいることを政府が知っていることに驚愕していた。
「朱音局長代理の反応を見るにどうやら本当らしい。……彼が“タギツヒメ”を取り込んでいるのはラングレーから教えてもらってね。」
朱音は、CIAが日本政府にその情報をもたらしたということなのだと知る。
「それと、公安調査庁と情報本部、ラングレーやアメリカ国防情報局も協力して外から客は居ないか調べてもらっていたが……、国家安全保障局長。」
「各省庁からの報告を集約し、結論を申し上げますと。我が国を脅かす勢力の工作員等の目立った動きはないことから、まだ鎌倉で起きた事件の詳細を得ていないと思われます。美濃関の弟、大荒魂の分身が拉致、獲得工作されることはしばらくないと思われます。」
外からの客は居ないか、特に工作員等の目立った動きはないということは、敵対国家の動きを監視しており、優が拉致される、大荒魂の分身に外国人工作員が接触するといった行動は今のところはないというところだろうと朱音は結論付けていた。しかし、朱音は何故そのようなことをするのか理解できなかった。
「……何故、私が呼ばれたのでしょうか?会議の内容を聞くと、条例によって定められた刀剣類管理局の指揮下にある特別祭祀機動隊の職責を逸脱するような内容ばかりだと思われるのですが……。」
しかし、朱音は何故だか分からないが、何十年前か施行された条例、荒魂意外の事件に特別祭祀機動隊が介入してはならないというのを引き出してでも、一秒でもこの会議室から抜け出したい気持ちであった。
「まあ、待ちたまえ朱音局長代理。君も大荒魂を追っている最中に敵国工作員と接触するという事態は避けたいところだろう?どんな報復があるか分からんしな。……ここからが本題だ。」
陸上幕僚長が朱音を抑え、まだこの場に居るよう言っていた。
「……今後、刀剣類管理局は警察庁から独立した組織として活動してもらう。」
「!……それはどういう。」
朱音はこの日、警察庁長官の発言によって二度驚愕した。鎌倉で起きた事件の数日後の決定から朱音は、刀剣類管理局は警察庁から見捨てられたのではないのかと思ってしまったからだ。
「まあ、落ち着きたまえ。鎌倉の失態から政府は組織改編を決定してな。こういった事件が発生してしまうと、警察の指揮下では刀剣類管理局は荒魂事件の対処に充分な活動ができないのでは?ということで決定したのだ。つまりは、今後刀剣類管理局は荒魂事件に対処する際、防衛省、警察庁ともに緊密に連携することができ、事件の対処に当たれるという話だ。」
「……つまり、刀剣類管理局は国の行政機関に格上げされ、荒魂事件の対処に自衛隊、警察庁の支援が独自に得られるということで間違いないでしょうか?」
陸上幕僚長が言うには、刀剣類管理局は警察庁から独立し、独自に防衛省、警察庁の支援を得られるということだった。
「その通りだ。今後も何かあれば言ってくれたまえ。可能な限り支援はする。」
陸上幕僚長は警察庁長官の渋い顔とは対照的に、笑顔で朱音にそう言っていた。
(おおよそ、鎌倉で起きた事件が警察庁まで累が及ばないようにするための措置なのでしょうが……。)
だが、朱音は鎌倉で起きた事件の数日後にも関わらず、あまりにも話がうますぎると思い、何かあると勘ぐっていた。おおよそ、鎌倉での失態が警察庁にまで責が及ぶことを嫌っての措置であろうと朱音は推察していたが、何故警察庁長官が渋い顔をしていたのかは分からなかった。
「次にだが、鎌府学長高津 雪那氏と折神家親衛隊第三席皐月 夜見の消息が掴めていない。そのため、鎌府の学長は誰に就任するのであったかな……。」
「同じ女子校の学長であるため、長船女学園の真庭 紗南学長が学長を代行してもらう予定でしたが、横須賀湾にて舞草、いえ長船の刀使と鎌府の刀使が斬り合いを演じてしまったことにより、両者の関係に深い溝ができてしまいました。そのため、今この状況で真庭 紗南学長を鎌府の学長として代行してもらうと長船の刀使達が鎌府の刀使よりも立場が上になったと思い込み、鎌府の刀使達も大半が舞草の構成員であった長船を贔屓にしていると思い込み、更にその関係は悪化の一途を辿るものであると推察されます。」
未だ渋い顔をしている警察庁長官は雪那の行方が未だ不明であり、鎌府の学長が不在のままでは校務に支障がきたす恐れがあるため、鎌府学長の後任は誰になるのか朱音に尋ねていた。
それを尋ねられた朱音は、横須賀湾にて起きた長船の刀使と鎌府の刀使の斬り合いによって、鎌府の刀使と長船の刀使の仲が急速に悪化してしまったのである。結果、長船女学園学長の紗南が学長代行となってしまえば、鎌府の刀使達が最悪離反することになるかも知れないため、鎌府の学長代行になるのは長船関係者意外の人となることに決定したことを伝えていた。
「ですので、美濃関学院の羽島 江麻学長を鎌府の学長代行とします。理由としては先ず美濃関と鎌府の担当区域は隣接しており、距離的に大した問題は生じないでしょう。そのうえ美濃関はコンピューターによる部隊運用シミュレーターを個人が使用出来るレベルに落とし込んだりしているので、最新装備を回してもらっている鎌府との技術力の差は無いことと、美濃関は他の四校とも積極的に交流を行っているようなので、協力体制は支障も無く行えるものと思われます。」
「朱音局長代理、本部長は紗南学長のようですが、支障は起こさないでしょうか?」
しかし、警察庁長官が本部長が件の紗南学長であることに疑問を呈すが、
「長船も鎌倉特別危険廃棄物漏出問題の解決に奔走したことは事実ですので、何らかの勲功は無ければならないと離反する恐れがあると思われます。紗南学長には長船女学園と本部長という職を兼任することになるので多忙になると思われますが、紗南学長には了承の意を得ています。それと、鎌府の指揮についてですが、鎌府は折神家と関わり合いが深いので、今後は獅童 真希、此花 寿々花の両名が鎌府の担当区域の荒魂事件の指揮をとるという形で行こうと思います。今の鎌府でも、折神家親衛隊への評価は高いので、特に連携等による問題はさして無いでしょう。」
と朱音は言って、警察庁長官を説得していた。但し、本部長を任せられる信頼できる人材は紗南意外居なかったことと、今の鎌府が折神家親衛隊への評価が高いのではなく、正確に言えば信奉者が多いのが理由ということは伏せてはいたが……。
「……ふぅむ。しかし、特務隊の副隊長で『鬼の結月』と云われた指揮能力を有していた綾小路武芸学舎相楽 結月学長であれば問題は無いと思われるが、朱音局長代理、それでは良くないのかね?」
だが、官房長官は特務隊の副隊長という実績の有る結月学長では良くないのかと朱音に尋ねていた。
「彼女は変革派の一人であり、ノロのアンプルを秘密裏に製造していたという疑惑があります。彼女に担当区域と権限を増やすということはあまりよろしくはないということです。」
しかし、陸上幕僚長が朱音が言おうとしていたことを先んじて言ってしまったため、朱音は言葉に詰まってしまう。
「何?彼女が、かね?」
「情報本部への報告が遅れましたが、陸上幕僚監部が得た情報です。確かであると思われます。」
「……ふむ。」
官房長官は顎に手をやると、思案していた。
「朱音局長代理。それは確か、かね?」
「ええ、間違いはないと思われます。」
官房長官は搾り出すように朱音に問い、朱音もタギツヒメから得た情報を搾り出すように、答えていた。
「……そうか、なら刀剣類管理局の人事はそれで問題無いとして。“タギツヒメ”を取り込んだ美濃関学院中等部二年の弟君のことについてなのだが……、」
この会議の本題が来たと思い、心の中で身構える朱音。処分しろと言うのであれば、抗議する積もりでいたが、
「今後も刀剣類管理局預かりということでよろしくお願いしたい。米国の協力要請が有れば、その要請を受けるように。」
意外にも寛大な処置に若干拍子抜けしてしまった朱音であった。
「あと、彼には戦闘訓練、及びノロの吸収を行わせるように。」
だが、朱音は官房長官の言葉に一瞬刻が止まったかのように硬直してしまった。優に何をさせようとしているのか分かってしまったからだ。
「三つに分かれた荒魂が何時こちらに牙を向くか分からん情勢だ。ならば、怪物には怪物を、今こちらの手札にある大荒魂の片割れを強化し、こちらが優位となるようするのが賢明であろう?」
「先程、ラングレーから彼の戦闘の情報をもらってね。彼が得意とする武器、珠鋼製の棒を精製してくれ、珠鋼を棒状に加工する際ノロが出てくるだろうからその少年に吸収してもらえば、三つに分かれた荒魂に対する戦力強化と今後横須賀湾の乱闘によって刀使の離職率は上がり刀剣類管理局の戦力低下は免れないだろうからその補填を同時に行えるということだ。」
「加えて、ノロの力が強まればノロの性質から、その少年に荒魂が何匹か寄って来ることだろう。荒魂を探す手間が省け、頻発する荒魂事件をある程度はコントロールすることができるということだ。」
官房長官、統合幕僚長、警察庁長官がそれぞれ、自らの思惑を語る。彼らは9歳の子供に荒魂の力を強めさせ、三つに分かれた大荒魂に対抗できる戦力として確保し、且つ荒魂を誘き寄せるための撒き餌として利用するといっていたのである。
「……子供に、そのようなことをさせろと、命じろというのですか?」
朱音は子供を良いように利用することについて、精一杯反抗していた。
「刀使を荒魂殲滅に遣っている刀剣類管理局が妙なことを聞くな?それに、件の少年はSTTの隊員を何名か死傷させているようだから、贖罪としての機会を与えようというのだ。……本来であれば厳罰に処すべきところだが、三つに分かれていることによって二十年前以上の大災厄を未然に防ぐことが可能であれば、こその優遇措置である。そのことを良く理解してほしい。」
しかし、全く意に介さないかのように官房長官はそれが最善であると朱音に言う。
「……しかし、それは!」
「朱音局長代理、これは政府の決定事項であり、覆されることはない。」
朱音は流石にその決定に異議を唱えようとするものの、自らの権限ではどうすることもできない状況に、悔やむことしかできなかった。しかし、何処かで覆せるチャンスは在ると信じ、手を強く握り締めながら、命令を受諾したかのように答えていた。
「……分かりました。」
「宜しい。それでは、この会議はこれにて終了し――――」
朱音は苦悶の表情を浮かべながら、官房長官の会議の終了宣言が耳に上手く入らなかった。
そして、本当の怪物とは、二十年前の大災厄を起こし死者を多数出した大荒魂なのか、子供でも容赦なく怪物扱いし犠牲にしていく国なのか、朱音には判断しかねることであった。
――――無垢な子供達は罪を重ねながら化け物と呼ばれた者と遂には一つになれたが、非情な大人達がその子供達を化け物扱いし、その仲を引き裂こうとしていた。――――
よくよく考えてみたら、紗南学長、長船(所在地:岡山県)の学長もやって、鎌府(所在地:神奈川県)の学長も兼任して、そのうえ本部長もやってるとか、本気で大丈夫だろうかと心配してしまいました。
そして、大人の暴力ってこわいね。(白目)