ここは厄介払いの前線基地   作:イヌ魚

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 今回で日常回は終わり。ヒッパー回は闇に消えました。反省点が多すぎるんだよなぁ……


縛鎖、打楔、包み込む鉄の処女(アイアンメイデン)

 夢を見ている

 

 深淵へと沈みゆくボク――青空は遥か上空の彼方、深すぎるここからは見ることすらできない

 

 生命が何一つ存在しないその海の底から何かがボクを見ている

 

 あれはボクだ。ボクではないボク(・・・・・・・・)

 

 姿もなく、存在さえもしていないボク。けれどボクは確実にボクを見ている

 

 ――違うよ――

 

 何が違うというのだろう。ボクとキミがボクであることは間違いないはずだ

 

 ――違う。だってキミはボクじゃない――

 

 そんなはずはない。ボクはボクだ。キミだってボクのはずだ

 

 ――ならキミの名前を言ってごらんよ――

 

 名前? ボクの名前。そう、ボクは……あれ?

 

 ――そうだろうそうだろう? キミには名前がないんだ!――

 

 嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ! 名前。あったはずだ。ボクは。ボクは……

 

 ――キミはただの失敗作。そうさ失敗作!――

 

 違う

 

 ――愚かな人間に造りだされた歪んだ存在――

 

 違う。違う違う違う!

 

 ――本当は分かっているはずでしょう?――

 

 違う違う違う違う違う……

 

 ――キミは、何者でもないって――

 

 違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!!!!

 

 ボクは、ボクはっ!

 

 ボクは一体……どうして――

 

 

「っ!?」

 

 またこの夢だ。ボクではないボクがいる夢。そのもう一人のボクに全てを否定される夢。胸の奥から込み上がる負の感情――ボクは、ボクは――

 

「ボクは鉄血の工作艦、ワスカラン……」

 

 そうだ、そのはずだ。でも、ボクには素体がない。記憶がない。鉄血の艦船少女からもワスカランだと認識されない。ボクは、本当にワスカランなのか?

 

 自己否定が始まる。ボクは失敗作。歪んだ存在。望まれぬ存在――嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! だって、ボクはここにいるのにっ!

 

「…………行こ」

 

 不安と恐怖に苛まれるとボクは決まって“あそこ”に行く。ボクが安心できる、唯一の場所。ボクを認め、存在を許してくれる場所。ボクを優しく包む、暖かい場所。

 

 深夜の基地を歩く。道筋は身体が覚えているのか考え事をしていても勝手に足が動く。そうして僕は辿り着いた。指揮官室――合鍵を使い中へ忍び込む。ベッドで眠る指揮官の姿を見ると胸の中に安堵の気持ちが芽生える。一人用の狭いベッドに潜り込み、指揮官に抱き着く。これが一番安心する。ボクを包み込むこの人が、ボクにとっての最大の癒し――

 

「おやすみなさい」

 

 やっとボクは、悪夢から目覚めることができる――

 

 

 

「精が出るな、ワスカラン」

 

 昼過ぎ、指揮官が秘書艦のZ23を連れて工廠にやってきた。どうやら連絡ボートの補修具合が気になる様だ。小破してしまったボートが使えないとなるとこの基地は更に仕事が減る事だろう。

 

「仕事だからね。修理は終わったよ。ついでに装甲を厚くしておいた」

 

「おっ、それは助かる」

 

「その代わり遅くなってるかもだけど……」

 

 実際装甲版を貼ったりした程度、バランスも良くないし正直最新型のCPボートを買いたいくらいだ。けどこっちに回してくれることはないだろう。物好きな誰かが寄付してこないかな。

 

「ところでワスカランさん、今日も指揮官の部屋に行くんですか?」

 

 頭を撫でてくれる指揮官と違い、呆れ顔でZ23が聞いてくる。ボクだって指揮官の迷惑になってることは知っている。世間体が良くないことも、皆から変な眼で見られていることも。

 

「……行かないように努力はする」

 

 一応毎日努力はしている。そもそも努力する気がなかったら最初から指揮官の部屋で寝てるさ。

 

「それより指揮官、もっといいボートは手に入らないの? 正直な話、このボートで前線に出てこられても。せめて電子機器だけでもマシな物にしてほしいんだけど」

 

「あー無理。ウチにそんな物回ってこないから」

 

 全く指揮官は……自分の身がかかっているんだからもっと真剣になってほしい。見てみろ、Z23も苦笑いしているくらいだ。今度明石に相談してみるか。

 

「一応伝えておくけど、戦艦の主砲や空母の爆撃なんて食らったら一瞬で沈むと思う。重巡クラスの一撃だって、この前は運が良かっただけであれも危険なんだからね?」

 

「重巡の一撃? ……指揮官、そんな報告は受けてませんよ?」

 

「あ、あー……」

 

 報告してない? 思いっきり徹甲弾が貫通したんだけど、どう誤魔化してこの補修案を通したんだろう。いや、それよりもなんで報告書を作らなかったんだろう。

 

「この前セイレーン部隊とかちあってね。ヒッパーがなんとかしてくれたから助かったよ。ゴメン、次からはキチンと報告するから」

 

 指揮官のその言葉に胸の奥がチクりと痛んだ。ヒッパーがなんとかした? 違う、あれは……そうか、指揮官は隠したがっているのか、あのことを……確かバレたらスパイ容疑で捕まるとか言ってたけど、本心はそこじゃないんだろう、きっと……そう思うと、また胸がチクりと痛んだ……

 

「……大した損傷じゃなかったから、心配をかけたくなかったんじゃないかな?」

 

 そういうことにしておこう。実際指揮官は優しいからそういった理由もあるだろう。“偉大なる鉄血(グロース・アイゼンブルート)”のことを、指揮官はどこまで知っているんだろうか……

 

「……そういうことならまあいいです。でも、次からはちゃんと報告して下さいね?」

 

「分かった分かった――ワスカランもありがとな」

 

 小さく呟き頭を撫でてくれる。別に褒められるようなことはしていないと思うが、撫でられるのはやはり安心できる。その後、別の仕事があるといい指揮官は工廠を出ていった。

 

 

 夜。今日の仕事を終えボクはいつものように食堂へ行く。人間ではないボクら艦船少女でもお腹は空く。栄養とかはよく分からないし味にも特別拘りがあるわけでもないボクは基本カップ麺だ。前に指揮官に作ってもらった時から早く作れてそれなりに美味しかったからお気に入りだ。今では頻繁にカップ麺を食べている。

 

 食堂に着き中を覗くと、指揮官とヒッパーが楽しそうに食卓を囲んでいた。いや訂正、ヒッパーは顔を赤らめたり怒ったり呆れたり、楽しそうには見えない。けど本心では楽しんでいるんだろう。指揮官から聞いたが、ヒッパーはツンデレ属性? とかいうやつらしい。

 

 最近指揮官はよく食堂に顔を出している。ヒッパーだけではなく他の艦船少女とも食卓を囲んでいるところをよく見かける。部下とのコミュニケーションも大事だとかで始めたらしく、指揮官も他の皆もいつも楽しそう。その姿を見ていると、また胸がチクりと痛む。イケナイ、これはきっと良くない感情だ――ポットなら執務室にもある。カップ麺も置いてある。勝手に執務室で食事をしよう。

 

 

 誰もいない執務室で一人佇む。そろそろ夜も完全に更ける。眠りの夜、ボクにとっては悪夢の始まり。ボクではないボクが追いかけてくる――でも、ここでなら悪夢からすぐ目覚めることが出来る。

 

「あれ? ワスカラン?」

 

 気付けば指揮官が戻ってきた。いけない、長居しすぎてしまったらしい。早く戻らないと。

 

「ちょっとここにいたかっただけ。もう帰る」

 

 椅子から立ち、部屋から出ようとするボク。

 

「――まだ不安か、ワスカラン」

 

 背中にかかる指揮官の言葉。不安――そう不安だ。ボクは人間でも艦船少女でもないナにか。歪んだ存在――だから、必要以上に距離をとっているのかもしれない。仕事中も一人だし、食事だって一人だ。分かっている、ボクが心を開こうとしないのが原因だって。でも! そんなボクと仲良くしたがる物好きなんて、指揮官くらいだ。人間のくせに、艦船少女を、ボクを優しく包んでくれる――

 

「不安なら、今日は一緒に寝るか?」

 

「あっ……」

 

 だめ……駄目駄目駄目駄目駄目!! ボクに優しくしないでっ! なんで、なんで優しくするのっ!? そんなに優しくされたら、ボクはもう抜け出せなくなる。指揮官という檻に囚われてしまう。お願いだから、ボクを依存させないでくれ!!

 

「でも、ボクは……」

 

「どうせ今日も忍び込んでくるんだろ? なら同じさ」

 

 違う、全然違うよ……ボクが勝手に指揮官を利用していただけだったのに。指揮官からは一度も誘われなかった。だからまだ我慢出来ていた。なのに、なのにそんなこと言われたら……あぁ、ダメ。ダメなんだ、そんなこと……指揮官はボクのことを勘違いしている。失敗作だと詰られたボクを憐れんでいるだけ。指揮官は、ボクではなくて悲惨な境遇の女の子に同情しているだけなんだ! そう、そのはずなんだ。だからボクだって、悪夢から目覚める道具として指揮官を利用している。そう自分を騙している(・・・・・・・・)! だから、だから――

 

「違う、違うんだ指揮官……」

 

「無理するなって」

 

 やめろ

 

「俺はな? ワスカランのことが――」

 

 やめろやめろやめろ

 

「心配なんだよ――」

 

 やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ

 

「やめて。ダメなんだ指揮官……」

 

「どうしてだ? お前、なんか変だぞ?」

 

 やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ

 

「ワスカランっ」

「あっ……」

 

 抱きしめられる感触。暖かかな人肌。そっか、ボクはもう――

 

 この檻に囚われていたんだ――

 

 

 

 目を開ければ指揮官がいる。結局ボクは指揮官と一緒に寝ている。もう我慢することも、誤魔化すことも出来ない。ボクは指揮官に依存している。指揮官がいなければ、ボクは悪夢から目覚められない。唯一ボクを悪夢から助け出してくれる光。それは綺麗で、眩しく、甘美で、媚毒だ――指揮官はきっと、ボクがこんなに狂っているなんて知らない。ボクだって、知らなかったんだから。

 

 あっ……指揮官がボクを抱きしめてくれてる。きっと抱き枕にしてくれているのだろう。嬉しい。ボクをもっと必要といてほしい……ボクは指揮官にならなんだって出来るよ? だから指揮官もボクを必要としてよ。ううん、せめて傍に置いてほしい。ずっと、ずぅっと……

 

 それは鎖。ボクを縛り付ける鋼鉄の鎖。決して外れることはなく、緩まることもないただただ締め付けるだけ。

 それは楔。ボクとボク(・・)を別つために打ち込まれた楔。

 

 あぁ、なんて甘美な響き。それは、ボクを支配するためだけに存在する概念。ボクを包み込む、柔らかな温もり――

 

 檻に囚われたボクに贈られた一つのプレゼント。ボクを、ボクだけを包み込むソレは、優しく、暖かく、静かに、暗く、冷たく、痛みを伴い、じわりじわりとボクを蝕む快楽――ボクを包み込む鉄の処女(アイアンメイデン)。流れる血が、暖かい。絶えず沸き起こる痛みが、気持ちいい――

 

 これなら、悪夢をみることもない。指揮官の優しさに、身体が溶けそうだ。脳に走るノイズを掻き消し、痛みと快楽に溺れていくこの感覚は、きっと後戻りできなくなる。それでもいい。指揮官さえいえば、ボクはボクでいられる。ボクが何者だろうと関係ない。

 

 ――指揮官、ボクを支配してくれ――




 というわけでワスカラン回でした。日常回はシチュエーションが思いついてないと書くの難しいなって。質量ともに格差できちゃってるし……

 次回からまた誰得展開始まります。
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