番外編で、士郎が変貌するに至った経緯に少し触れたいと思います。
世界が救われて切嗣がこの世を去った後、士郎は偶然失われていた記憶を取り戻してしまいます。
これは真実を知った士郎が、美遊を復活させる事を決意するまでのお話です。
本編とは違い、主役は士郎です。
仮面ライダーは、一切登場しません。
「子供の頃、僕は正義の味方に憧れていた……」
「何だよそれ?憧れてたって、諦めたのかよ?」
「うん、残念ながらね……ヒーローは期間限定で、大人になると名乗るのが難しくなるんだ。そんな事、もっと早くに気が付けば良かった」
「そっか……それじゃ、しょうがないな」
「そうだね、本当にしょうがない」
「うん……しょうがないから、俺が代わりになってやるよ!」
「ん?」
「爺さんは大人だからもう無理だけど、俺なら大丈夫だろ?任せろって!爺さんの夢は……」
「……そうか、ああ……安心した……」
ふと、五年程前に親父と交わした会話を思い出した。
先日、俺の父“衛宮切嗣”が他界した。
父といっても、血は繋がっていない。
十年前、冬木市を原因不明の大火災が襲った。その火災で俺は実の両親を失い、自分自身も死にかけた。そんな俺を救ってくれて、養子として引き取ってくれたのが切嗣だった。
俺にとって切嗣は、正に“正義の味方”だった。
だから、自分がその意志を継ごうと思った。
本来なら死んでいた筈の自分が生き残ったのは、その為だったのだという使命感すらあった。
そう、あの日記を見つけるまでは……
俺と暮らし始めても、切嗣は家を空ける事が多かった。一年近く帰って来ないという事もざらだった。どうやら、国外に行っていたらしい。
切嗣は魔術師だった。
俺には最初、
“僕は、魔法使いなんだ”
と言っていたが、こちらにも知識が付いて来ると“魔法”と“魔術”の違いは判って来た。“魔術”とは、傍目には“魔法”のように見えるが、ちゃんとタネも仕掛けもあって人間が体現できる物を言う。“魔法”とは、本当にタネも仕掛けも無い。およそ人間の力では体現できない、人知を超えた力のことを言う。そして切嗣は、本物の“魔法使い”を捜していたようだ。
亡くなる一年程前から、また切嗣は家を離れて帰って来なかった。そして数週間前に帰って来て、突然体調を崩したかと思うと、そのまま他界してしまった。
結局切嗣は、魔法使いを見つける事は出来なかったのだろうか?
俺には、“美遊”と言う妹が居る。
俺と美遊……もちろん切嗣も、血は繋がっていない。美遊も俺と同様に、切嗣が引き取って来た身寄りの無い孤児だった。
本当の兄妹では無かったが俺は美遊を実の妹のように想い、美遊も俺を実の兄同然に慕ってくれていた。しかし美遊は生まれつき体が弱く、殆ど外出する事は出来ず家の中だけで生活していた。切嗣が亡くなってからは余計に様態が悪化してしまい、今ではずっと寝込んでしまっていた。
ある日俺は切嗣の遺品を整理する為に、部屋の押し入れの中に頭を突っ込んだ。その時にふと、中の奥行の狭さに違和感を覚えた。
“何だ?……この奥、何かあるのか?”
俺は生前の切嗣から、“魔術”を習っていた。教わっていたのは“強化”と言い、物質の構造を透視して解析してその性質を変化させるものだった。
「トレース・オン!」
気になった俺は、押し入れの奥をトレースして見た。そしてそこが、二重構造になっている事に気付いた。その二重構造の中には、何かの書物が隠されている。
“何だ?いったい……”
故人の遺品を漁るのは気が咎めたが、気になって仕方が無かった為、俺は壁を壊してその書物を取り出した。
“これは……日記帳?”
それは、切嗣の残した日記であった。
“どうして爺さんは、わざわざ日記をこんな所に隠したんだ?”
俺は何気なしに、その日記を読み始めた。
“……っ?!”
その途端、俺の世界は一変する。
失われた記憶が、雪崩のように押し寄せて来た。今迄俺が信じていた事は、全てが偽りの記憶だったのだ。
切嗣が十年前の大火災から俺を助け、引き取って育ててくれた事は紛れも無い事実だ。だが五年前、俺が切嗣にあの言葉を言って以降の俺の……いや、世界の記憶が書き換えられていた。
切嗣は一人で旅に出ていたのでは無い、常に俺も一緒に旅に出ていた。そして俺達は見つけていた……本当の“魔法使い”を!
俺は切嗣の部屋を出て、離れにある妹の美遊の部屋に急ぐ。
ノックもせず、荒々しくドアを開ける。中に入り、ベッドに眠る美遊に近寄る。
「こ……これが現実か?……み……美遊ううううううっ!」
俺は、ベッドの前に跪いて泣き崩れた。
そこに眠っているのは、美遊では無かった。よく出来てはいるが、命の無い人形だ。魔術により、昏睡状態の少女に見せかけられているだけの……
美遊は、もう居ない。
世界の代わりに、彼女は犠牲になったのだ。
そう、あの第五次聖杯戦争による悲劇から、この世界を救う為に……
正義の味方になる誓いをして以降、俺は切嗣の旅に同行するようになった。切嗣と二人で世界中を飛び回り、魔法使いを捜した。
しかし、何処を捜しても魔法使いなど見つから無かった。そもそも、本当に居るのかどうかすらも分からなかった。
だが、それは突然に見付かる事になる。それも、この冬木市で……
何度目かの旅の帰りに柳洞寺の近くを通った時、突然切嗣が時空の歪みを感じ取る。
「な……何だ?これは?」
「ど……どうかしたのか?爺さん?」
切嗣は急ぎ、その場所に車を向かわせる。それは、円蔵山の麓の辺りだった。
「誰か居る……」
雨に濡れた道端に、六~七歳くらいの女の子が倒れていた。
切嗣は慌てて車を降りて、その少女に駆け寄って行く。俺も、その後に続く。その少女を抱き上げた切嗣は、大きく衝撃を受けながら呟いていた。
「つ……遂に……見つけた……」
その少女は、荷物を何も持っていなかった。この近辺では、全く見た事も無い顔であった。おそらく、冬木の人間では無いであろう。
何故この娘は、突然ここに現れたのか?
この言い方は少しおかしいが、そうとしか思われなかった。その日はずっと雨が降っていて、周囲の道はかなりぬかるんでいた。その為その少女が倒れていた付近には、彼女の残した足跡がくっきりと残っていた。
だがそれは、少女が倒れていた場所から数メートル先で途切れていた。その周りをいくら探しても、彼女が歩いて来た痕跡も車等が通った痕跡も残っていなかった。この足跡を信じるのならば、少女は突然この場所に現れて、数歩歩いた後に倒れていたのだ。
少女が目を覚ました後、俺達は色々と質問をしたが彼女は殆ど何も答えられなかった。
耳が聞こえない訳でも、口が利けない訳でも無い。彼女には、普通の六~七歳の少女が持ち得る知識が何も無かった。知識的には、赤ん坊と大差が無かった。殆ど閉鎖された場所で、外界と接する事無く育てられたのだろう。
その少女が俺達に答えられたのは、“美遊”という名前だけだった。
切嗣は美遊を衛宮家に連れ帰り、離れの部屋に匿った。
部屋に結界を張り、外部からは部屋の存在が判らないようにした。俺と切嗣以外の人間が屋敷に居る時には、決して美遊を部屋から外に出さなかった。
また俺には美遊の世話を任せたが、必要以上に親密になる事を禁じた。
理由を聞くと、切嗣はこう言った。
「美遊は、特殊な力を持っている。それこそ、本当の魔法使いなんだ。どんな願い事でも叶えてしまう、万能の願望機と言ってもいい。それ故に、人間の欲望や喜怒哀楽の感情で汚染させてはいけない。願望機自体がそのような感情を持っては、願いを良からぬ形に歪めてしまう危険がある。あの歳まで彼女が何の知識も持たずに、閉鎖空間で育てられていたのはその為なんだ」
しかし、俺はそれを完全に守れてはいなかった。
美遊の世話は俺がしていた為、彼女はいつも俺の後ろを付いて来た。美遊にとっての遊び相手は、俺一人だけだった。
そうやって接し続ければ、当然愛着も沸いて来る。日に日に愛おしくなって来る美遊を、俺は邪険には出来なくなっていった。それどころか、本当に自分の妹のように思えてならなかった。
“美遊に、外の世界を見せてあげたい”
“彼女にも、人間らしい生活をさせてあげたい”
“同世代の、友達も作ってあげたい”
俺の願望は、募るばかりだった。
美遊が来てからしばらくして、切嗣はまた別な用事で海外に頻繁に出掛けるようになった。
今度は美遊が居る為、俺は付いては行けなかった。美遊の監視と世話が出来る者は、俺しか居なかったからだ。
ただその間、切嗣から固く命じられていた事があった。
・美遊と、必要以上に親密になってはならない
・美遊を、屋敷の敷地より外に出してはならない
・美遊の存在を、他人に知られてはならない
しかし、俺はそれを守りきれなかった。
切嗣が不在がちになった途端、俺は今迄以上に美遊と親密に接するようになっていった。そして美遊も、そんな俺にどんどん懐いていった。
俺が学校に行っている間は、美遊は家で一人きりになってしまう。その間寂しく無い様に、俺は学校から本を借りて来るようになった。
美遊は、今迄知らなかった一般的な知識を得る事が余程楽しかったのだろう。毎日熱中して、それらの本を読み続けていた。
そんな中で星や星座に関する本を借りて来た晩に、縁側で星を眺めていると急に美遊が言い出した。
「星に願い事……もし、ひとつだけ願い事が叶うなら……私、士郎さんと本当の兄妹になりたい……」
そう言って真剣な目で俺を見た後、美遊は直ぐに訂正する。
「何て……だ……駄目だよね?」
美遊の目には、涙が溜まっている。
「いや……駄目な訳……無いだろう?」
ついそう答えてしまった俺の目からも、涙が流れ出る。
俺はこの時、覚悟を決めたのだった。
その日以降、俺は完全に美遊に対し兄として接するようになった。
学校からもっと色々な本を借りて来て、美遊に読ませ始めた。今迄僅かな知識しか無かった為か、美遊の学習速度は異様に早かった。次々と、知識を吸収していった。
美遊が人並みの知識を身に付けると、今度は人目にも晒してしまった。
まずは、毎日のように家に顔を出す藤姉に紹介する。最初は怖がった美遊だが、屈託無く明るい藤姉に美遊は直ぐに懐いてくれた。
次は、親友の慎二だ。ちょっと癖のある奴だが、根はいい奴なので美遊も直ぐに仲良くなった。
流石に外に出すのだけは不味いと思い、“病弱”という事にして他人と接するのも家の中だけにした。それでも俺以外の人と接する事により、美遊はより人間らしくなり、明るくなっていった。
そうして一年近く過ぎた頃、突然あの事件が起こってしまう。
何があったのかは知らないが、突然慎二が間桐の家を出てしまった。
高校も中退して、一人東京に行くと言う。彼の妹の桜に聞いても、何も答えてはくれなかった。ただ桜自身は、酷く落ち込んでしまっていた。
東京に行く当日に、俺は慎二を捕まえて問い質した。
「どういう事なんだ?慎二?」
「お前には関係無い……これは、間桐家の問題なんだ」
「関係無いって……お前……」
慎二は何も理由を言わず、そのまま行ってしまおうとする。
「桜はどうなるんだ?お前、桜の事が心配じゃ無いのか?」
俺のその言葉に、慎二は足を止める。
「……な……何も理由を言わないで、虫が良すぎるって事は判ってる……だけど……頼む!衛宮!美遊ちゃんの半分……いや、十分の一でもいい……桜の事を、気にかけてやって欲しい……」
そう言い残して、慎二は俺の前から去ってしまった。
桜は塞ぎ込んで、学校にも来なくなってしまった。
そうしてその数日後に、俺はあの恐ろしい戦争に巻き込まれる事になったのだ。
その日俺は生徒会の手伝いで遅くなった後、弓道場の清掃も行った為に帰る頃には陽が暮れてしまっていた。
もう校内には誰も居ないと思われたが、校庭を歩いているとサッカー場の方から金属的な騒音が聞こえて来た。気になって様子を見に行った俺は、そこでとんでも無いものを目撃する。
その場ではおよそ人間とは思われないような超人的な動きをする、二人の男達が殺し合いをしていたのだ。しかもそれを見てしまった為に、俺は争っていた男達の内の一人、赤い槍を持つ青いタイツ姿の男に命を狙わる羽目になってしまう。
散々追い回された挙句に校内で一度は殺されたと思ったが、何故か俺は一命を取り留めていた。その後何とか家まで帰ったのだが、タイツ姿の男は再び俺を殺しに家まで追って来ていた。今度は殺されまいとは微かな抵抗を試みながら、俺は直ぐに庭へと逃げ出した。出来るだけ、眠っている美遊から遠ざけようした。だが直ぐに追い付かれて痛めつけられた挙句、俺は土蔵の中に追い詰められてしまう。
もう駄目かと思われたその時、突如俺の前に彼女が現れた。
「あなたが、私のマスターか?」
青い礼装に銀の鎧を纏った、ブロンドの髪と蒼い瞳の少女は俺にそう言った。
それが、セイバーとの出会いだった。
セイバーが青いタイツ姿の男“ランサー”を退けた後、俺達はお互いに自己紹介をする。その時何故かセイバーは、俺の姓である“衛宮”に反応を示した。
その後同じ穂群原学園の同級生であり、“物静かな優等生”で通っていた“遠坂凛”とそのサーヴァントの“アーチャー”とも遭遇する。
騒ぎを聞きつけて起きて来てしまった美遊を再び眠らせた後、俺は遠坂から自分が“聖杯戦争”という魔術師同士の殺し合いに巻き込まれてしまった事を告げられる。
俺も遠坂も、その聖杯戦争に参加するマスターである事。
セイバーとアーチャーはマスターが使役する、サーヴァントと呼ばれる使い魔である事。
聖杯戦争とは、どんな願いでも叶う万能の願望機“聖杯”を求めて、七人のマスターが七人のサーヴァントを使役して戦うサバイバルである事等を。
どんな願いでも叶う万能の願望機……それは切嗣から聞かされた、美遊の存在と同じであった。
“ならば美遊も、その聖杯なのか?”
俺の心に、大きな疑念が生まれてしまう。
更にその後、俺は遠坂に連れられて新都の言峰教会に向かう。そこで聖杯戦争の監督役であると言う、“言峰綺礼”という神父により詳しい説明を受けた。その結果俺は、衝撃的な事実を知る事になる。
聖杯戦争は二百年も前から始まっており、過去に四度も行われている事。
前回は十年前で、俺の父切嗣と言峰綺礼もマスターとして参加していた事。
切嗣は一度聖杯に接触していながら、何も望みを叶えなかった事。
十年前に俺が死にかけたあの大火災は、聖杯戦争により起こされていた事等。
あのような悲劇を二度と起こさない為、俺は聖杯戦争に参加する事を決心する。
そんな俺に、言峰綺礼は言った。
「喜べ少年、君の願いはようやく叶う……例えそれが君にとって容認し得ぬものであろうと、“正義の味方”には倒すべき“悪”が必要なのだから」
こうして聖杯戦争は膜を開けた。
その後俺はバーサーカーやライダー、他のマスターやサーヴァントとも戦う羽目になった。その中で遠坂は、俺に同盟関係を申し入れて来た。俺は二つ返事で、その申し出を受け入れた。
ただ同盟関係は結ばなくとも、他のマスターとも戦う事にはかなりの抵抗があった。
何しろバーサーカーのマスターは、“イリヤスフィール”と言う美遊と同い年くらいの少女だった。非戦闘時に遭遇する彼女は、何処にでも居るあどけない普通の女の子だった。
加えてライダーのマスターは、何と慎二の妹の桜であった。
またセイバーは、実は十年前の聖杯戦争でもサーヴァントとして召喚されていた。その時の彼女のマスターが、よりにもよって俺の父切嗣だった。そしてあろう事か切嗣は、やっと出現させた聖杯をセイバーに令呪による命令で破壊させていたのだった。
それは、本当に信じられない話だった。
切嗣は、魔法使いを捜していた。その理由は“戦争の根絶”、本当に争いの無い世の中を実現させる事だった。万能の願望機なら、その願いも叶えられた筈なのに……
その聖杯があれば、美遊を探し出す必要も無かった。美遊より先に冬木の聖杯に接触していながら、切嗣はそれを破壊して新たに美遊を探し出した。
いったい何故?……
それとセイバーが、俺の事をどう思っているのかも気になった。俺は思いきって、その事をセイバーに問い質した。
「セイバー、本当に俺と契約を続けていいのか?俺はお前を裏切ったマスター、衛宮切嗣の息子なんだぞ」
だがセイバーは、迷わずにこう答えて来た。
「私は、既に貴方に誓った。この身は貴方の剣になると……それにここまで貴方と接して、私は確信している。シロウ、貴方は切嗣とは違う。目的のために平気で人を陥れたり、相手を裏切ったりは絶対にしない!」
かえって俺とセイバーの絆は、より強いものとなったのだった。
俺は聖杯戦争を戦いながら、もう一つの聖杯と思われる美遊も必死に護っていた。
特に、敵マスターやサーヴァントにその存在を知られないように注意した。皆、聖杯を求めてこの戦争に参加している。簡単に手に入る聖杯がもうひとつあると判れば、躍起になって手に入れようとするだろう。
但し、遠坂には本当の事を話した。同盟関係を結び、家に泊まるようになって彼女の方が気付いたという事もあるが、他のマスターと違って遠坂は聖杯自体を求めてはいなかったからだ。
その後ライダーを倒し、桜を影で操っていた間桐臓硯も倒して彼女を解放した。
かなりの苦戦を強いられアーチャーを失う結果となってしまったが、バーサーカーも何とか倒してイリヤとも和解をした。
イリヤは衛宮家で引き取る事にして、俺達と一緒に暮らす事になった。丁度美遊と同じくらいの歳だったので、美遊に同世代の友達を作ってあげたいと言う願望もあったからだ。案の定二人は、直ぐに仲良しになってくれた。
そうしてキャスターも倒して、残る敵はランサーのみとなった。
そんな時イリヤが突然熱を出して、意識も失って寝込んでしまう。何故か美遊までも、同じように熱を出して寝込んでしまった。
遠坂は、イリヤは実は聖杯の器なのだと言った。サーヴァントが倒されると、その魂は一時的に器であるイリヤに吸収される。それはやがてイリヤを完全な器と化し、人間としての機能を失わせてしまう。仕組みは違えど美遊も聖杯と同等の存在と考えられる為、何らかの影響を受けてしまっているのであろうか?
何とか美遊とイリヤを救う術は無いのか?
俺は、言峰にその事を聞きに教会へと向かう。
しかしそこで、俺は言峰の罠に嵌ってしまった。実は言峰こそが、最後に残ったランサーのマスターだったのだ。
教会の地下で不意打ちを喰らい、俺はランサーに胸を貫かれた。駆け付けたセイバーをランサーが制している間、言峰は生死の境を彷徨う俺に問うて来る。
「私は、聖杯を相応しい者に授けたいだけだ。衛宮士郎、お前が望むのなら、お前に聖杯を授けよう……どうだ?聖杯を求めるか?」
しかし俺はこの聖杯戦争を通して、聖杯の存在に疑念を抱いていた。イリヤを助ける為にも、聖杯は完成させてはいけない。だからこそ答えた。
「聖杯なんていらない……この道は、間違って無いって信じてる……俺は、置き去りにして来たものの為にも、自分を曲げる事はできない……」
俺の答えに失望した言峰は、今度はセイバーに問う。
「お前はどうだ?セイバー?小僧は聖杯などいらぬと言う。だが、お前は違うのではないか?お前の目的は、聖杯による世界の救罪だ。よもや英霊であるお前まで、小僧のようにエゴはかざすまい?交換条件だセイバー。己が目的の為、その手で自らのマスターを殺せ!そのあかつきには、お前に聖杯を与えよう」
だが、セイバーもそれを拒絶した。
「シロウは殺せない!……聖杯が、私を汚す物ならばいらない!私が欲しかった物は、もう全て揃っていたのだから……」
セイバーが、俺に寄り添って来る。すると、見る見る俺の傷が回復していった。
「お前達はつまらない……ここで死んでもらおう!」
完全に俺達を見限った言峰は、冬木の聖杯が既に汚染されていている事を俺達に告げた。
全ての願いを“人を殺す”という手段でしか叶えられない、呪いの壺であると言う事を。
更に、それを自分がそれを完成させるという事も。
最後にランサーに俺達の始末を命じて、言峰は地下室を出て行ってしまった。
その後はランサーとの壮絶な戦いとなったが、俺を庇いながらもセイバーは何とかランサーを打ち破った。
教会を出た俺達は、傷の回復を待つために少しその場で休む。そこで、セイバーが俺に言う。
「切嗣が何故?私に聖杯の破壊を命じたのか、ようやく判りました……この地の聖杯は、私が必要とする物では無い……」
俺もようやく理解した。
何故切嗣が、冬木の聖杯を破壊してまで美遊を求めたのか?
何故美遊を、他人と接触させないよう隔離していたのか?
セイバーに、俺も言った。
「セイバー、聖杯を破壊しよう!」
「はい!貴方なら、そう決断すると信じていました」
家に戻る頃には、もう日が暮れていた。
帰って来た俺達を待っていたのは、傷付いた遠坂だった。俺達の居ない間に言峰が来て、イリヤを連れ去っていたのだ。美遊の方は、熱を出して奥の部屋で寝込んでいた為に無事だった。
言峰の目的は、聖杯を完成させる事だ。それを行う場所は、柳洞寺しかないと遠坂は言った。俺にアゾット剣を託して、遠坂は気を失う。そんな遠坂と寝込んだ美遊の二人だけを残すのは心配だったが、今はそんな事を言っている場合では無かった。
聖杯の完成を阻止する為に、俺とセイバーは直ぐさま柳洞寺へと向かった。
だが俺達は、大きな見落としをしていた。柳洞寺の山門に、まだサーヴァントが一人残っていたのだ。
アサシン……キャスターが、ルールを破って召喚したサーヴァント。
柳洞寺の山門を憑代としていたこのサーヴァントは、キャスターが消滅した後も何故か現世に留まっていた。
セイバーにアサシンを任せ、俺は単身で言峰に挑んだ。
言峰は既にサーヴァントであるランサーを失っていたが、何故か呪われた聖杯の機能を一部使う事が出来た。その為俺一人では酷く苦戦を強いられたが、それでも何とか言峰を倒す事が出来た。最後に遠坂のアゾット剣を、奴の胸に突き刺したのだ。
しかしそうするまでに、あまりにも時間が掛かり過ぎていた。俺達が闘っている間に、聖杯は完成してしまっていたのだった。
「ふ……ふふふ……残念だったな?衛宮士郎……聖杯は……既に完成した……」
勝ち誇る言峰の背後の空に開いた大穴から、一気に暗黒の泥が流れ出して来る。
「うわあああああああああっ!」
言峰も俺も、その泥に飲み込まれてしまった。
しばらくして、俺は何とかその泥から這い出る事が出来た。正直よく、正気を失わなかったものだ。泥に呑み込まれた途端、頭の中に数多の憎しみや怨念が流れ込んで来た。普通ならば、精神が破壊されていてもおかしくはなかった。
そんな中で俺が耐えられたのは、体の中にある何だが判らない聖なる力に依るところが大きかったのだろう。
気付くと、左手の甲の令呪が無くなっている。セイバーもあの泥に飲み込まれて、聖杯に取り込まれてしまったのか?
俺は高台に立って、街を見て愕然とした。
「そ……そんな……」
そこは見渡す限り、地獄のような光景だった。
街中をあの暗黒の泥が覆い、街中が激しい炎に包まれている。十年前の惨劇の再現……いや、それよりも更に被害は広がっている。こうしている今も、空に開いた大きな穴から泥が溢れ出し続けている。
深山町は、完全に炎に包まれている。俺の家も、遠坂や桜の家も……
「み……美遊……遠坂……」
これでは皆、到底助からなかっただろう?
「士郎……」
その時突然名前を呼ばれ、俺は後ろを振り向いた。
「じ……爺さん?!」
そこに立っていたのは、ずっと音信不通だった養父の切嗣だった。
そしてその腕には、意識を失ったままの美遊が抱かれていた。
「み……美遊!」
俺は切嗣に駆け寄って、その腕から美遊を奪い取るようにして抱き締める。
「よ……良かった……美遊……無事で……」
「これは……聖杯が、完成してしまったのか?」
そんな俺の背後で、目の前に広がる地獄を見詰めて切嗣が言う。
「す……済まない爺さん……俺が……もっと早く言峰を倒せていれば……」
「そうか……士郎、お前もマスターになっていたのか?」
切嗣は実は自分の娘であるイリヤを助ける為に、北欧のアインツベルン城に行っていた。
しかし何とか城への侵入には成功したものの罠に嵌まり、今迄ずっと地下牢に監禁されていた。しかも彼と丁度入れ替わりで、イリヤは既に聖杯戦争の為に日本に送られてしまっていたのだった。
切嗣はずっと監禁されていたところを、十年前の聖杯戦争では敵でもあったロード・エルメロイⅡ世(旧ウェイバー・ベルベット)に助けられた。そして彼から日本で再び聖杯戦争が勃発している事を知らされ、慌てて帰国したのだった。
「ど……どうすればいいんだ?このままじゃ、冬木だけじゃ無く世界が……」
そう問い掛ける俺に、切嗣は言う。
「士郎……お前は、僕の言い付けを守らなかったな?美遊と、必要以上に親密な関係になっているな?」
俺の問い掛けには答えず、切嗣は突然その事を追及して来た。
「あ……ああ……その通りだ……」
俺は美遊を自分の妹同然に可愛がった事、色々な本を読ませてこの世界の知識を吸収させた事、藤姉や慎二達にも打ち解けさせた事等を洗いざらい話した。
「そうか……士郎、お前は美遊の……兄になる事を選んでしまったんだな?」
「す……済まない、爺さん……だけど、あのままじゃあまりにも美遊が不憫でならなくて……」
「いや、僕のミスだ。お前にこの娘を任せれば、こうなる事も予想できた筈なのに……」
そう言いながら切嗣は、俺の腕から再び美遊を抱き上げる。
そして……
「士郎……お前には更に辛い思いをさせてしまうが、世界を救う為に僕は美遊を使う」
「え?……つ……使うって?……っ?!」
気付くと体が、金縛りに合ったように動かなくなっていた。切嗣が俺に、何らかの魔術を掛けたのだ。
「ま……まさか……」
切嗣は美遊を抱いたまま、高台の端の方へ歩いて行く。
彼は美遊を“使う”と言った。ならば、やはり美遊は……
「や……やめてくれ!切嗣!み……美遊は、道具なんかじゃ無い!人間なんだ!」
切嗣は俺の言葉は一切聞かず、美遊の体を天に翳すように高々と上げる。
「や……やめろおおおおおおおおおおおおっ!」
美遊の体が、眩い輝きを放ち出した……
こうして、世界は救われた。
停止させられた冬木の呪われた聖杯は、二度とこの世界に現れぬよう完全に封印された。
聖杯戦争により壊された街、失われた命は全て元通りになり、人々の記憶も書き換えられた。第五次聖杯戦争自体が、行われなかった事にされたのだ。
俺が少人数だが美遊を他人に会わせてしまった為、その者達には余分な記憶が付け加えられた。生まれつき病弱だった美優は、数ヶ月前から病状が悪化して寝たきりになってしまったという記憶が……
だが、俺はその全て思い出してしまった。
美遊は世界を救う為に、その短い生涯を終えた。
どうせあのままでは、俺達も美遊も助からなかった。美遊一人の犠牲で世界の全てが救われるのならば、それは恐らく正しい選択であろう。
しかし……それじゃあ、美遊の人生は何だったのか?
彼女がどんな世界に生まれて、俺達と逢うまでにどんな生活をして来たのかは知らない。だが俺達と逢った後、あいつが人間らしい生活を送れたのはたった一年だけだ。それだけで、美遊の人生が終わってしまっていいのか?聖杯として生まれた美遊には、人並みの人生を送る事さえも許されないのか?
俺はかつて、切嗣の横で正義の味方になる事を誓った縁側に立ち、改めて呟いた。
「切嗣……大勢を助ける為にたった一人を犠牲にするのが“正義の味方”だと言うのなら、悪いが俺は“正義の味方”にはなれない……」
切嗣の残した日記を握り締め、更に俺は続けて呟く。
「俺は、どんな事をしてでも美遊を蘇らせる……例え、この手を血に染めてでも……それを“悪”だと言うのなら、俺は“悪”でいい!」
( 第一話につづく )
こうして士郎は、“Unlimited Mirror World”やカードデッキシステムを創り出し、聖杯戦争を復活させます。
なんか、内容が“プリズマ☆イリヤ 雪下の誓い”みたいになってしまいました。
“HFルート”の“鉄心END”の真逆って気もしますが。
全般的に描写不足、説明不足だったので、その辺りを書き足して改訂しました。