かなり時間が空いてしまったのでクオリティ等が落ちているかも知れませんがご了承下さい。
──どうしよう。
もしも今の雄大の心象を一言で答えよ、という問いがあったならば、その五文字こそが最も適当であると言えるだろう。
さて、雄大は現在第一高校の演習棟、その中の演習室の近くにいた。
ボケッとしていたのがいけなかったのかもしれない。通い始めて半年も経ってはいないとは言え学校で迷うなどいい笑い者だ。
「困りましたね…」
守護騎士はいつかのテロ騒ぎのせいか過保護になっている。流石に学校まで干渉をしてくることはないが時間の問題であった。そんな時に彼らを呼び出せばどうなるか…想像に難くない。
闇の書を開く、というのも手段の一つではあるのだが、そんな事をしたら守護騎士達が殺意マシマシで突っ込んでくるのが目に見えている。
「本当にどうしましょう…」
そんな風に呟きつつ、廊下を歩く。マップを出そうにも、デバイスから逆探知されそうだから紙のものしか使えないし、勿論のことそんなものを都合よく持っているわけがない。要するに手詰まりであった。
「──あれ?」
彼女を見つけたのは、そんなときだった。彼女は演習室の中から光が漏れ出ているのに目を奪われているようだった。その彼女、柴田美月に声をかけようと近づいて──一瞬、足を止める。
「誰だ!」
鋭い
「きゃっ!」
突風か何かに吹かれたように、柴田美月が倒れる。雄大は弾かれたように走りだし、演習室の中へ入っていく。
「──落ち着け幹比古。今ここでお前とやりあうつもりはない」
そこにいたのは、柴田美月を抱き止める司波達也と、彼を憎悪のこもった目付きで睨む吉田幹比古だった。
「──一体全体どうなってるんですか?」
思わず、小さく漏れた彼の呟きに吉田幹比古が反応し、雄大へ目線を向けた。
「…森崎?」
「ええ、森崎雄大ですよ…それで?一体どうしてこんな状況になったんです?」
そんな事を言いつつ雄大が演習室に足を踏み入れると、吉田幹比古が一回、目を閉じて。
「──すまない達也。そんなつもりじゃなかったんだ」
そう、頭を下げた。
「気にするな。元はと言えば術者の集中を乱した美月が悪いからな」
「私ですか!?」
「いや、柴田さんは悪くないよ。気配を感じたぐらいで切れるような集中力なら、術者としてはまだまだ未熟だ」
そんな風に話す彼らの横で雄大はぐるりと部屋を見回し、呟いた。
「魔法の練習ですか?」
「そんなところだ」
へぇ、と意味ありげに頷いて。雄大は服の内ポケットから小さな本を取り出した。
「相変わらず変わったCADだな」
「自分の一番使いやすい形を追求した結果ですよ」
そう言いつつ、雄大は部屋の隅へ歩いていく。それを見て苦笑する吉田幹比古に、司波達也が話しかけた。
「知り合いなのか?」
「知り合いというか…面識がある程度かな」
幹比古曰く、数年前の話だ。まだカートリッジシステムが普及していなかった頃。『森崎家にはすさまじい技術力を持ったエンジニアがいる』という噂が流れた。その時期に森崎雄大という少年が森崎家に養子として入ることになったというものも。
「もっとも、
そんな事を言って、彼はまた苦笑した。
「──」
「どうした美月?」
そこで司波達也は、柴田美月が呆然とした表情で雄大を見ている
事に気づく。
「い、いえ…雄大君の回りに沢山の
そんな彼女の様子に、司波達也は思わず雄大の方を見る。しかしそこにいたのは手元の本のようなもののページをめくって灰を巻き上げ、一ヶ所に集めている彼の姿だった。
「…色?」
ぽつり。驚きで限界まで目を見開いた吉田幹比古がそう、小さく呟いた。
「幹比古?」
「ひょっとして柴田さん。君は──「吉田くーん」
吉田幹比古が何かを柴田美月へ話しかけようとしたのを、雄大の声が遮る。
そこにいた彼は香木をくべていたであろう卓上の炉を指差していた。
「これ、片付けちゃって良いですかー?」
「俺も手伝うよ、少し待っててくれー──ごめん二人とも、また後で」
そう二人に断って、吉田幹比古は雄大の元へ行こうとするが、司波達也と柴田美月はその後を追った。
「俺も手伝おう」
「わ、私もお手伝いします!…元々私が原因ですし」
「さっきも言ったけど、柴田さんは別に悪くはないよ」
そんな事を話ながら、雄大の元へ歩いていく。どうやら、先程幹比古が何を聞こうとしていたのかについては後回しにせざるを得ないらしい。そんな事を思いながら、司波達也は歩いていく。
──西城レオンハルトと千葉エリカとの待ち合わせがあるのを、いつ言い出そうかと思いながら。
─────────────────
八月一日。それは九校戦へ向けて出発する当日であった。
基本的に一高は遅めの現地入りをする事が多い。というのも現地の近くにある練習場は基本的に遠い学校から割当てされるため、一高の早くに現地入りする事に対するメリットが薄いのだ。
そんなわけで、司波達也以下九校戦へ参加するメンバーはバスに揺られ…ということはまるでなく、むしろ自己主張の激しい太陽の下に立ち尽くしていた。
「司波」
「何だ」
「水、いるか?」
「…助かる」
隣で背筋をピンと立てて立っている森崎駿から受け取ったボトルに口をつけつつ、司波達也は空を仰ぐ。
「ごめーん、お待たせー!」
そんな事をしていると、そんな声共に一人の少女が駆けてくる。七草真由美。一高の生徒会長である彼女の到着をもって、九校戦メンバーが全員集結したのだった。
「七草会長、おはようございます」
「おはよう森崎君。──弟さんは元気かしら?」
「?まあ元気ではありますが…」
首を傾げる森崎駿に代わって、渡辺摩利が話しかける。
「遅いぞ真由美」
「ごめんごめん」
そんな短いやり取りと共に、彼女と渡辺摩利はバスの中へと入っていく。と思うとちょっとしてから彼女だけが戻ってきた。
「──何か忘れ物でも?」
ポーカーフェイスを保ちつつ、司波達也はそう問い掛けた。化粧品等の諸々は前日の内に発送を済ませており、全員分あるのは彼も確認済みだった。
尚、化粧品周りの知識は妹である司波深雪から仕入れたのは言うまでもない。
「ううん。違うわ。…ごめんなさい達也くん、私のせいで随分待たせちゃったみたいで…森崎くんも」
「事情は聞いていますし大丈夫ですよ」
「自分は職業柄、最後にバスに乗らないと落ち着かないので…」
連絡があったのは、今から三時間前の事だった。彼女、七草真由美は日本の十師族のうち『
彼女には兄が二人いる。順番で数えれば三番目──ましてや一介の高校生の身である彼女が駆り出されるということは、よほどの用事であるらしかった。
「それでも、よ。暑かったでしょう?」
「こまめに水分をとってましたし、そう暑いとも感じませんでしたよ」
彼女が連絡してきた際に現地で合流すると言っていたのだが、三年生全員の意見が待つという事で一致したので彼女も急いでやって来たというわけだ。…もっとも、達也は内心反対だったが。
「そう?でも汗とか結構かかなかった?こんなに暑かったのに」
「発散系統の魔法なら多少は明るいので…夏場に汗をかかないほど、変態でもないつもりですが」
そんな司波達也の言葉に、駿が吹き出しそうになるのをこらえた。
「変態って…」
そして、七草真由美がそんな言葉と共に苦笑する。しかし直ぐに悪戯っぽい笑みに変わったかと思うと、白いサマードレスの裾をつかんで気取ったポーズをとった。
「それよりどう?これ」
これ、というとその白いサマードレスのことだろうか。そう司波達也は思考する。
「…ん?」
それを見ていた森崎駿の元に、電話が一つかかってきた。どこぞの病弱(笑)なショタに持たされた前時代的なケータイのディスプレイには、『森崎雄大』の名前が記されている。
「もしもし雄大か?」
『もしもし?駿ですか?』
「ああそうだが、どうした?」
電話口から聞こえてきた耳慣れた声に、若干の安堵を覚えつつ森崎駿は雄大へと話す。
『今車の中ですか?』
「いやまだだ。今から出発だが、それがどうかしたのか?」
司波達也に『少し待っていてくれ』の意味を込めてアイコンタクトを送り、雄大にそう返す。
『いえ何も。…気をつけて下さいね、何があるかわかりませんから』
「?あ、ああ…」
『では来客があるのでこれで』
頑張って下さいねー、という気の抜けた声と共に電話が切られる。
「なんだったんだ…?」
そう呟きつつも、駿はバスの方へと歩いていくのだった──
「………」
「森崎?どうかしたのか?」
「桐原先輩?…いえ、なんでもありません」
前方では、丁度生徒会メンバーのほぼ全員が服部副会長(本名は服部刑部少丞半蔵というのだが、長いのと本人が本名を嫌っているようなので駿はこう呼んでいる)をからかっている。後ろでは
そんなカオスな空間の中、近くの席に座ってた先輩である
「何か考え事でもしてるみたいだったがどうした?」
「いえ…珍しいことがあったので」
「珍しいこと?」
そう言う桐原武明の顔は、どことなく好奇心が見え隠れしていた。
どうやら相当考え込んでいたらしい、と森崎駿は自省する。そして一つ、咳払いをした後に話始めた。
「実は今日、珍しく弟の方から連絡がありまして」
「弟っつーと…雄大って名前だったっけか?」
「はい」
頷いて、顎に手を当てる。
「アイツ、普段は自分の方から連絡してくることなんて滅多にないんですよ」
「そうなのか?」
「なんでも『駿ならそう易々とは死なないでしょう』ってことらしいんですけど」
「…弟なんだよな?」
「義理で双子の、ですけどね」
弟とは?と桐原武明の脳内で哲学的な問いを繰り広げられる。
そして数分後、そんな思考は放棄されたのだった。
「…まあいいや。それで?」
「アイツが連絡してきたってことは何かしら起こるんじゃないかと思いまして」
「中々酷いことを言うな!?」
「それくらい珍しいっていうのもありますけど「危ない!」…ん?」
「あん?」
外へと目を向けた駿が見つけたのは、対向車線のオフロード車が傾いて、車輪の部分から火花を散らしている光景だった。
「事故みたいですね」
「だな…」
車内のあちらこちらから興奮するような声がしている。高速道路の両車線の間には強固な壁が張られており、この車内に炎や衝撃が来ることはない。
若い少年少女にとっては、ただの見世物程度の感覚なのだろう。
少なくとも、その時までは。
ひっ、と誰かの悲鳴が聞こえた。
何の偶然か、対向車線のオフロード車がスピンしながら壁をかけ上がり、あろうことかバスの進行方向へと落ちてきたのだった。
急ブレーキがかかる。
苦悶の声は、シートベルトをしていなかった生徒のものだろうか。
しかしそんな事を考えている間にも、車は刻一刻とこちらに近づいている。
「っ…」
反射的にCADを抜き放ち、迫ってくる車へ向けて発動しようとする。
「吹っ飛べ!」
「止まって!」
「ッ!?」
しかしその行為は、あとコンマ数秒のところで中断せざるを得なくなってしまった。
魔法を発動する、ということを判断できたのは普段ならば称賛されるべき事なのだろう。しかしこの状況において、下手に魔法を発動できなくなった事を考えると邪魔でしかなかった。
「待て、撃つな!」
「くっ…」
苦虫を噛み潰したような表情で、駿はシートベルトを外して立ち上がった後、太ももへ手を伸ばす。彼が取り出したのは、リボルバー式拳銃の形をしたCADのようなものだった。
「
駿の足元に頂点に円を持つ正三角形のような魔法陣が展開される。
「私が炎を!」
車内の視線は二分されており、一方は迫り来る車へ、もう一方は立ち上がったたおやかな一年生へ向けられている。
誰かが気づいてもいいはずなのに、誰も駿の方へと目を向けない。
ガシャン、ガシャン。二つの薬莢のような金属の塊が床に落ちる。刹那、駿は迫ってくる車へ銃口を向け、引き金をひく──
しかし、その魔法は発動されることはなかった。
「(何っ!?)」
展開されていた魔法式が全て消滅したからだ。勿論、それは駿の展開していた魔法陣も例外ではない。
そして、それを待っていたかのように司波深雪の魔法が行使される。
見事な魔法だった。
炎上した車を凍らせる訳でもなく、ドライバーを窒息させることもなく。常温に冷却することで瞬時に消火を成功させた。
十文字克人が展開した防壁に激突した車が潰れる音がする。
こうして、ちょっとしたトラブルは終結したのだった。
「…くそっ」
車内が生き残ったことに対する安堵に包まれるなかで、駿が小さく舌打ちをする。その表情はまるで苦虫を噛み潰したようであり、またどことなく悔しげだった。
「みんな、大丈夫?」
そのタイミングで、七草真由美がそう声をあげる。
「司波さんと十文字くんの活躍で、今回は大惨事にはならなかったわ…シートベルトをしてなかった人は、次回に役立てましょうね?」
もっとも、次回なんて来ない方がいいけれど。そう冗談混じりに締めくくった彼女に、車内から若干の笑い声が響く。
「………」
それでも尚、駿は難しい顔をして考え込んでいたのだった…
─────────────────
一方、東京某所。
「…………」
その場所には、一人の少年と、何人かの男女が立っていた。男女たちの位置は丁度、少年を囲うようである。中心にいた少年は開いていた本を閉じると、顔をあげた。
「…遅いですねぇ
その声は、誰かを案じているようだった。
白髪がメッシュのように入った黒髪をいじり回し始めた少年の言葉に、彼の隣にいた女性が耳打ちする。
「彼女に限ってそのような事はないかと…仮にも
「まあそうなんですけどね?やっぱりどこか心配じゃあありませんか?」
そのシュテル、もしくはなのはという人物が心配なのかしきりにその辺りをうろうろとする少年だったが、そこに一人の少女が文字通り
「遅れてごめんなさーい!」
「ああなのはさんお帰りなさい…シュテルもお帰り。どうでした?」
『ただいま戻りました…付近100メートルに人影、魔法的な細工、どちらもありませんでした』
その少女…正確には彼女の持っている杖の声に少年は満足そうに頷き、男女たちの中心に一枚のウインドウを投影した。
「さて、今回の議題は──アインス」
「了解しました」
少年の右隣。白銀の髪に、深紅の瞳、長い丈の黒いノースリーブコート。人形のように整った顔立ちをした女性が、すっくと立ち上がった。
「さて、皆。
アインスと呼ばれた女性がウインドウに触れると、十数枚程度の画像が現れた。
「この組織は香港系の国際犯罪シンジゲートで、此度の九校戦において『親』の役割を担っている」
「親?」
「賭けの胴元、ということだ」
アインスのその言葉に質問した人物…帽子を被った赤毛の三つ編み少女が納得したように頷く。
「といっても今回の一件はこの中の一部…東日本支部に限った話だが」
「えーっと…その組織がどうかしたんですか?」
おずおず、といった風に手を上げたのは金髪のゆるふわ系といった風貌をした少女だ。
「何、簡単なことさ」
それを受け、アインスは不敵に笑う。そしてウインドウを消し、自らの右手に一冊の本を
「今からこの組織を壊滅させる」
「…それは、その組織の構成員を殺す、ということですか?」
金髪の少女の周りに、一瞬にして機械的な翼が出現する。
アインスは何も言わない。ただ本を開き、そこに立っているだけだ。
一触即発。剣呑な雰囲気が辺りを包み、そして──
「落ち着いて下さいユーリ」
少年が、口を開いた。
彼は立ち上がると、アインスとユーリと呼ばれたゆるふわ少女の間へと入る。
「アインスも、意地が悪いですよ…必要な情報はなるべく早めに伝えるように」
「分かりました…ユーリ、お前の心配しているようなことはない。ただ支部を機能不全にするだけだ、誰も殺すことはない」
「要するに彼らのいるビルを解体するんですよ、流石に住宅街、それも九校戦の会場近くでそんなことがあったとあっては
女性の言葉に、少年が補足を入れる。ほっ、と安心したような溜め息を一つ吐いてユーリは翼を消した。
「他に質問はありますか?」
「解体する、っちゅーてもどうやって?まさか爆弾でも使うん?」
「それこそまさか、ですよ…まあビルは跡形も無くなるでしょうけど」
「うっわー、悪い顔しとるー」
茶髪の少女が、口元をひくつかせながらじとっとした目で少年を見つめる。
「で、結局のところどうするの?」
金髪少女…こっちはゆるふわではなくストレートのツインテールだ…の問いかけに、少年は持っていた杖を軽く振り下ろした。
「最大火力でドカーン」
「シンプルでいいね、分かりやすい」
「え?」
「え?」
そんな返答は想定外だったのか少年が金髪少女の方を驚いた顔で見る。
そんな会話をした後、少年が一つ咳払いをした。
「………まあいいでしょう。じゃあ、行きましょうか」
少年がそう呟いた瞬間、部屋から少年以外の人の気配が消えた。
誰もいない部屋の中、少年は天井を見ながらぽつりと呟く。
「僕は…今、君との約束を守れているでしょうか?ねえ──
──
かくして。日本の若き魔法師たちがそのプライドをぶつけ合う、その裏側で。夜を統べる者達が動き始める。
…次回もこれくらいかかるかもしれませんが、気長に待っていただけると幸いです