シャルティアになったモモンガ様が魔法学院に入学したり建国したりする話【帝国編】   作:ほとばしるメロン果汁

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『フールーダ・パラダイン30歳魔法使い』

 ――え?

 

 全身鎧(フル・プレート)の震える音と、僅かに聞こえた口から漏れ出た声。

その言葉を聞いたこの場にいる誰もが驚きで動揺していた。フールーダ自身もまた、頭をハンマーで殴られたように呆けている。

 

 「若さを取り戻して上げましょう」と少女は言った。

そしてその言葉とその内容、それを時間をかけて脳が溶かし終え理解したとき――

 

「そッ!……それは本当でございますかゃぁあ!!!」

 

 自分でもわかるほど目が飛び出し、口調と息が荒くなる。その姿で見上げる自らの崇拝の対象である少女は、玉座に身を引き何かを考えるようにあさっての方向を向いていた。

 その姿を見て僅かに残っていた冷静な思考が、この御方の考え事を邪魔するとは恐れ多いと静止をかける。

 

(わわわッ若さをと、取り戻すなど、……『不老』とほぼ同義!? やはり見た目通りの歳月を生きられた方ではないのだ!!!)

 

 全身の穴から汗と涙が吹き出し、地面に零れシミを作る。

今までの二〇〇年以上の人生全てが、今この時、この方に会うためだったのだろう。

 

 湧き上がる喜びと歓喜に身を任せ、踊りながら〈飛行(フライ)〉の魔法で魔力が尽きるまで空を翔けぬけたかった。今の自分が舞い上がり過ぎてるのは、心の隅で理解しているので思い止まっているが、胸中の歓喜を抑えることなど出来ない。

 バジウッドの言う通り『不快に思われて良い事はない』のだ。なんとか落ち着いて自身の有用性を立証しなければならない、全てを投げうってでも。

 

「ただし、条件が一つ。お前の頭の中を〈記憶操作(コントロール・アムネジア)〉……精神魔法で見させて貰う。この条件が――」

「はいッどうぞ!!」

 

 一切の迷いなく顔を上げ、玉座に座っている少女に向けて頭を突き出す。汚れている事を思い出し、袖で額の辺りを急いで拭きながら。

 

「……あなたの地位なら、国家機密とかあるのではないの?」

「あなた様の御力に比べれば、そのような物は雑事にも劣るものでありますッ! 私は先ほど全てを捧げると誓いました。私の知る全ての事は、あなた様のモノであると思っております!」

「そう、では楽にしなさい。……〈記憶操作(コントロール・アムネジア)〉」

 

 関心のなさそうな力のない返事と共に、頭に僅かに違和感が出始める。

今まさに神の如き圧倒的な魔力で、自らの記憶の中を調べられていると思うと興奮でどうにかなりそうだった。僅かに残った冷静な思考が、魔法の行使の邪魔になる事を告げなければジッと動きを止める事さえできなかっただろう。

 

「なるほど。ジル、いや鮮血帝ジルクニフ……デスナイト……法国、それに王国との戦争か――」

 

 頭に残った違和感が抜けると、少女は眉を顰め考え始めた。

フールーダは偉大なる少女の熟考を邪魔しないよう、そのまま待つ。この後期間が決まってるとはいえ、夢のような褒美が待っていると思えば何日でも待つ覚悟だ。

 

 やがて考えが纏まったのか、新しい主は顔を上げる。

 

「……では条件通り若さを取り戻して上げましょう。効果は先ほど言ったように数日、せいぜい二、三日。その後正式に配下となり、私が認める程の貢献ができれば、その時は若さを完全に取り戻して上げましょう。皇帝の説得は、あなた自身でなんとかしなさい。魔法は……まぁ、見せるだけなら――」

「是非! 是非!!お願いします!!! 何年掛かっても、何十年何百年、全てを投げうってお仕えさせていただきますッ!」

「ハァ~、そうか」

 

 座ったままため息をつき、呆れたような返事をされてしまった。

目の前の少女との力量差、虫と天ほどの差を理解すれば当然の反応かもしれない。

 

 そしてフールーダに視線を戻し、白いドレスに収まっていた手を伸ばしてきた。

 

「解放。超位魔法 〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉」

 

 神の少女が静かに告げた瞬間、体中を信じられない程の力が駆け抜ける。

その感覚は、自らが開発した『不完全な不老の魔法』に酷似していた。

 

 ――だが圧倒的に魔力の桁が違う。

 

 まるで魔力の濁流が全身を貫いたようだ。

しかしそれは一瞬。フールーダが歓喜で叫びだす前に過ぎ去り、消えてなくなってしまった。

 

「へぇ……さぁ、立ち上がって鏡を見なさい」

 

 まじまじとフールーダを見つめた少女の隣に、突然巨大な鏡が現れた。

おそらく立ち上がったフールーダよりもやや大きい、金の枠と煌びやかな銀の装飾が施された鏡。帝城に比べられる鏡があるだろうかと、思ってしまうほどの逸品だった。

 

 だがそんな考えはすぐに吹き飛んでしまう。

 

(誰だ?)

 

 こちらに向いた鏡に映る四つん這いの男。

馬鹿のように呆けた顔。顔は紅い血と涙でグシャグシャとなり、元々白いローブだったものは土で半分茶色くなっている。

 

 やや短い髪は茶色く、髭もない。

 

 周囲でガチガチという音が響き始める。

鏡の隅で騎士達が震えているのが見えた。派手な音を立て、後ろへ倒れ座り込んでいる者もいる。

 

「おぉ……おお、……あ…あぁああ!」

 

 鎧の次々倒れる音を聞きながら、四つん這いでローブを引きずりながら鏡へ近づく。鏡に映った男のみっともない顔が、次第に大きくなっていく。

 

 理解はしていたが、信じられなかった。

二百年前の自らの顔など、とっくに記憶から抜け落ちている。だがその穴にピタリと目の前男の顔がハマった。

 

「ひひゃあああああぁ――ッ!」

 

 鏡を掴み、抱きしめる様に鼻先まで近づけて確かめる。

ぎらついた眼、皺のない張りのある顔、腕には若々しい筋肉、つやのある短く整えられた茶色い髪。記憶の蓋を開ける様に、体の隅々まで目を見開き確かめた。

 

 そして全てを理解した時、若さを取り戻した体から獣のような咆哮をあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……うわぁ。

 

 モモンガはひたすら引いていた。

馬車から降りてから何度目か、最早数えるのも面倒な程に。鏡にキスをしながらクルクル回っている自身、――鈴木悟とほぼ同年代となった男の奇行と奇声を、内心で冷や汗を流しながら引いていた。

 そしてそれ以上に混乱もしている。昇りつめた精神は何度も抑制されるが、目の前の()()()()()変人にどう接すればいいのか迷っていた。

 

(魔法を教えることは出来ない事を告げて、ひとまず時間を稼ぐことは出来た……よな?)

 

 なにせモモンガにとっては、営業の挨拶に訪れた会社の副社長に「貴方の下で働かせてください!」と、土下座と共に言われたようなものなのだ。他人事なら笑えるかもしれないが、それが当事者となれば逃げだしたい気分にもなる。

 

(女王なんて嘘をついてる罰か……歓迎への礼の挨拶しか考えてなかったからなぁ。こいつだけが特別なのか、この国には『地位の高い変人』が多いのか。〈記憶操作(コントロール・アムネジア)〉だと皇帝含めみんな優秀に見えたんだが……)

 

 帝都が近づいたここ数日は、様々な展開への対応を考えていたが。

 

 ――馬車の扉を開けた途端土下座をする人物

 

 そんなシチュエーションへの対応は流石に考えていなかった。

多少のトラブルには寛大に対応、それくらいしか台詞を用意していない。靴を舐められた時は動転して頭を踏みつけてしまったが、そんな特殊過ぎる状況は今後関わらずに避ければいい。シャルティアの設定であれば全く問題ないのだが。

 

 そして会社の副社長――もとい、国の重鎮であるフールーダの本気具合に空を見上げながら現実逃避しながら考えた結果『いざとなったら逃げればいい』という前提で、圧倒的な力の差を見せつけるカードを切ることにした。ぷにっと萌えが常日頃言う『冷静な論理思考』とはかなり離れたものだが、モモンガ自身もいっぱいいっぱいなのだ。

 

 どのみち全てのきっかけとなった『山を吹き飛ばした魔法』を見せるように、皇帝には要請されただろう。相手の言われるがまま、人形のように応えるのも癪な上に交換条件を付け、〈記憶操作(コントロール・アムネジア)〉でフールーダの記憶を読むこともできた。

 もっともなんとか得られたのは、皇帝ジルクニフやその配下たちと周辺国家のおおまかな概要、そしてフールーダの仕事場である帝国魔法省や魔法学院の事くらいである。要は広く浅くしか得られなかった。

 

(もうちょっと上手く立ち回れたらなぁ……まぁこの変人が帝国全軍に匹敵すると言われてるそうだし、相対的に俺を無下に扱うことはしないだろう。ユグドラシルのギルド間交渉でも、圧倒的な差のある下位ギルドは食い物にされることがあったからな)

 

 『戦闘は始まる前に終わっている』というのが誰でも楽々PK術の基本だ。それなら交渉も双方の力関係次第で始まる前にある程度決めることができる。フールーダはこの後、皇帝にモモンガの事を伝えるだろう。幼少のころからの教育係という関係は既に分かっている。世迷言と切って捨てられることはないどころか、実力の差をすぐに理解してくれるハズだ。

 そうなればプレイヤーに関する情報や待遇なんかも良くなるだろう。力に任せて胡坐をかくようでほんの少し罪悪感もないではないが。

 

(操り人形は嫌だけど、この国を拠点にできれば守るのは当たり前だし。一応対等な取引になればいいか……しかし、それにしても――)

 

 チラリッと座っている玉座からやや離れた場所へ目を向ける。

 

「ふふはははははは」

 

 

 ――変人の男が高々に笑っていた。

 

 

 モモンガが玉座の隣に置いた大きな鏡はその手の中で、男の涎やキスマークでベチャベチャになっている。白かった髪が茶色の短いものになり、髭はなくなっていた。細かった体は瑞々しい筋肉と、皺のない皮膚に変わり、目も黒く鋭いものになっている。

 

(半ば人体実験も兼ねてたんだが、上手くいったようでなによりだな。色々驚いたと言うか、かなりビビっちゃったけど……)

 

 年齢以上に若返らせたら消えるのだろうか? などと少し考えもしたが、国の重要人物にそんなことできるわけがない上に、そもそもコストとして消費する経験値は最小限にしなければならなかった。

 

(消費も怖くて試せる機会がなかったからなぁ。後でレベルダウンしてないか確認しとこう)

「フールーダ!」

 

 内心のことはおくびにも出さず、ある意味ブレインと同じ『配下候補』となった男を呼びつける。高笑いしていた男はピタリと踊りを止め、土煙を上げながら滑り込むように目の前に現れ、鏡を脇に置くと頭を地面に叩きつけ派手な音を鳴らした。

 

「……顔を上げよ」

 

 女王ならばこう言うのが正しいのだろうと、半ば疲弊した心で確信しながら命じる。

顔を上げ老人から見違えた顔には、新しい赤い傷ができていた。

 

「どう? 体の調子は?」

「はいッ!! まるで自分の体ではないような、あ、ッいえ! 間違いなく幻術の類などではなく、自分の体ではあるのですが、二百年ぶりの若い体です故すっかり忘れてしまったようで!! その――」

(ひえ、怖ッ)

 

 手を前に突き出し静止させる。今にも飛び出そうな血走った目がギョロギョロ動き、息も荒く涎を垂らしている姿はかなり怖い。見てるだけで心臓に悪いのだ、アンデッドであるシャルティアの心臓がどうなっているのかは知らないが。以前出来心で触った時は、鼓動は感じられなかった。

 

「そ、それでお前はこの後、皇帝の下へ行くのでしょう? ならば……伝言を頼まれてくれるか?」

「はッ! しかし、帝都の案内はよろしいので?」

「彼らがいるでしょう」

 

 落ち着いた声を意識しながら、玉座に座ったまま周りを見渡す。

帝国式の最敬礼をしていた騎士達のほとんどが倒れ、ガチャガチャと震えながらこちらを見ていた。目立つ立派な鎧を着た人物の何人かが辛うじて立っているが、その顔に映る感情に大した差は見られない。ちなみにブレインや銀糸鳥も同じような状況だ。

 

「皇帝にはこう伝えなさい『責任者をいきなり手放すのは、惜しい事でしょう。ですがそろそろ老後の幸せを考えさせてもよろしい時期かと、提案させていただきます。私は()()()()()()()ので、跡を継ぐ後継者の育成にお励みください』と」

「はいッ! しかと一字一句偽りなくお伝えさせていただきますッ!!」

 

 後半部分を強めて伝えておく。若返させることができる人間が何を言ってるんだと思われるかもしれないが、長年国に仕え働き詰めた老人が辞めたいというなら、それは許されるべきだろう。その目的が自分に仕える事なのが頭の痛い問題である上に、さらには別の悩みがあった。

 

(魔法に対する執着はなんとなく理解できたから……怖いけどまぁ我慢するとして。問題はやっぱ給料だよな)

 

 早い話がフールーダに払えそうな金のアテが、今のモモンガには無いのである。

前の世界の感覚で言えば、国の重鎮だったフールーダに払うべき年収は鈴木悟の十倍かそれ以上だ。ドワーフに対するアンデッドのレンタルで、少し懐は潤っているが、正直今後の事も考えるとその収入だけは厳しい。

 

(いやでも脱サラして夢を追いかけるようなもんだよな。ゼロからのやり直し、それなら給料がかなり下がってもいいかもしれないけど……)

 

 ブレインの件もあるし、必要であればさらに配下が増える可能性もある。それにフールーダは優秀だ。魔法に関する記憶を見ただけではサッパリわからなかったが、モモンガの下に正式にくればすぐに目覚ましい実績を示すかもしれない。業績に貢献すれば昇給アップは最低限しなければならない事だ。

 

(あぁ~、こんな時ナザリックがあればなぁ)

 

 ――失った事を後悔しても仕方ない。こぼれたミルクは元に戻らないのだから。

 

 ドラゴンを使った空輸貿易が正式に認められれば、モモンガのペットであるドラゴンのレンタル収入が見込めるので、何としても同行している商人会議長には頑張ってもらわなければならない。

 

(魔法を餌に無給で働かせるなんて、ヘロヘロさん以上のブラックだし絶対だめだよな。フールーダの後継者が数日で決まるとは思えないし。空輸貿易もだけど俺自身の足場も固めないとな……。皇帝があっさりフールーダの首を切りませんようにッ!)

 

 

 ――まだ記憶でしか会えてもいない鮮血帝ジルクニフに、祈らずにはいられないモモンガであった。




・若返ったフールーダは茶髪ニグン変人イメージです

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