シャルティアになったモモンガ様が魔法学院に入学したり建国したりする話【帝国編】   作:ほとばしるメロン果汁

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『獲物を狙う紅い瞳』

(あぶなかった……)

 

 思わずソファの背に体を全力で投げだし、出てもいない額の汗をぬぐう。

窓にチラリと目を向ければ、大通りの真ん中で止まってしまった馬車の周りでせわしなく動く騎士達とレイナース。そしてそのさらに周りでは止まった車列に何があったのかと騒めく群衆。

 結局少女が襲われていたのは罠でもなんでもなく、偶然の事件だった。念のため現場に残してきたハンゾウからもとくに不審な情報はない。その報告を聞きながら、ある意味一番の成果でもあった自身の吸血衝動について考えていた。

 

(不味いぞ……血を見ると見境がなくなってるんじゃないか? いや待て、顔から血が出ていたフールーダには何で反応しなかったんだ? あの時はひたすらドン引きしてたからか? 怖いというか気持ち悪かったしなぁ……アレ)

 

 相手に嫌悪感を抱けば、血を吸いたくなくなるのだろうか? 仮にそうだとしてもそれはたぶん一時的だろう。根本的解決のためには今のところ血を吸う以外選択肢がなさそうだ、先ほどのように無意識に――

 

(いやいや、さっきのアレは不味いだろ。俺の年齢の半分くらいの女の子の頬の血を、何と言うか……ペロリと舐めとろうとしちゃったんだぞ! 色々とアウトだろッ!!)

 

 あんなのをギルドの仲間達に知られれば優しく肩を叩かれ、慰められながら治安当局の扉の前まで送り届けられてしまう。『出来心でやりました』では終わらないんだ。ぶくぶく茶釜さんを始めとした女性陣には、ゾッとするほどの冷たい視線を向けられてしまう。

 

(これから皇帝と会うんだし、それまでに吸血衝動をなんとかしないと。そのうち本当に我慢できなくなるかもしれないし……なにかアイテムボックスになかったっけ)

 

 ソファに座ったまま手を伸ばし、割れた前方の空間内を確認する。できれば継続効果のあるアイテムが良かったが、今はともかく一時的な物でも構わない。

 

(そりゃないよなぁ、転移初日にさんざん確認したし。そもそも吸血衝動を抑えるアイテムなんか聞いたことないし、それっぽいのはバッドステータス対策のアイテムくらいか……)

 

 シャルティアも本来のモモンガもアンデッドであるため、毒・病気・睡眠・麻痺などバッドステータスには完全な耐性がある。まだ本格的な実験はできていないため、転移した世界でどの程度アテになるのかは定かではない。

 とはいえユグドラシルでは『屍毒のブレス』など、アンデッドの完全耐性を突破するスキル攻撃も存在していた。そのため手元に残っている対策アイテムはそれなりにはある、ただし今身につけている装備を除けばほぼ消費系アイテムばかりという点が心許なすぎるが。

 

(補充のアテのない物を適当に試すのもな……たぶん効かないだろうし。そうなるともう吸うしか――)

 

 モモンガ自身が苦渋の決断を下そうとしていた時、――コンコンッと止まっている馬車の扉をノックする音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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(どうされたのか?)

 

 再出発した馬車の中でレイナース・ロックブルズは、向かいに座る帝国にとっての客人――シャルティア・ブラッドフォールン・アインズ・ウール・ゴウンの微妙な変化に、冷静で礼儀正しい女騎士を演じながら、その鎧の中では冷たい汗が雨のように体を流れていた。

 

 ――見られている。

 

 正直に言えば最初の挨拶からとてつもなく緊張していた。なにせ自分の悲願である『呪い』を解いてくれるかもしれない人物から――事情を知った上で興味が出たので馬車に同乗して欲しい――などと同じ四騎士であるバジウッドから伝え聞いたのだ。フールーダ・パラダインを若返らせるなどという、途方もない力を見せつけた人物。期待も大きい分同じくらい恐れも感じていたが、相手の美しさに対する嫉妬も隠し、挨拶は無難にこなせたように思う。

 

 だが、いざ馬車に同乗しても肝心の呪いについての質問はなかった。それどころか窓に張り付いた少女の興味は帝都や帝国の文化ばかりで、レイナース自身については一切聞いてこなかったのだ。相手の機嫌を損ねてはいけないと思い、今すぐ懇願したい気持ちを抑え冷や汗を流しつつその流れのまま案内を続けたが、再出発した馬車内でそれは一変した。

 

 ――見られている。

 

 なぜだかわからないが、案内の合間に少女からの強い視線を感じていた。路地裏の治安について思うところがあるのだろうか? 勿論レイナースも、そして現場の指揮官も謝罪はしているがこの後の会談に支障が出るかもしれない。現状の四騎士で一番忠誠心が低いとはいえ、少なくとも会談は成功してほしい、レイナース自身のためにも。

 王国民の流入による治安悪化を言い訳にならない程度に、案内の中にそれとなく含ませているがそれが悪かったのかもれない。レイナースが不安を抱き始めた時、聞きなれた少女の問いかけが馬車内を包んだ。

 

「レイナース、一つ質問しても?」

「はいッ、何なりとお申し付けください」

 

 向かいに座る純白の少女の笑顔とともに、何度か道中で繰り返されたやり取り。

 

「あなたにとって一番大切なモノってなんですか?」

「……えっ?」

 

 初めて帝都に関する事ではなく、ある意味待っていたレイナース自身への問いかけ。だがその唐突な質問内容に一瞬固まってしまった。どのような意図で問いかけられたのか考えてしまいそうになるが、迷って時間を置くのは悪い印象を与えるかもしれない。

 覚悟を決めて今の自分の胸中ほぼ全てを占める悲願を、顔半分を覆っていた髪を上げながら口に出すことにした。

 

「『モノ』ではありませんし、フールーダ様の記憶をご覧になったあなた様は既にご存知かと思いますが……今の私が生きる目的は、この顔を治す事ですわ」

 

 懐からハンカチを取り出し、覆っていた顔の右半分を少女の目の前で拭う。呪いにより膿だらけの醜い顔だったもの、初めて見た者は貴族の令嬢どころか騎士達も顔色を青く変える姿。だが確信していた通り、向かいに座る少女はその白い顔色を何一つ変えず見ている。

 

「元の姿に戻るためでしたら『命』以外、何でも差し出す覚悟はありますわ。そういった意味で一番大切なものと聞かれれば、命でしょうか?」

「……なるほど」

 

 恐れるどころか顎に手を添え、しきりに頷く少女の視線が顔の右半分に集中していた。その視線に悪い感情は見られなかったが、相手が相手だけに冷や汗は相変わらず止まらない。

 

「騎士としては『主君に対する忠義』とお答えするのが正解なのかもしれませんが、生憎私と陛下の交わした約束――いえ、取引にはそういった物は含まれておりませんから」

「ん? 取引?」

 

 可愛らしく小首を傾げる姿。どうやらこれはご存知ないようだ。それとも知らないフリをして試されているのかもしれない。慎重に言葉を選ぶ事を意識して、ゆっくりと答えていく。

 

「帝国四騎士に誘われた際、私は非礼を承知でこの顔を治す事と自身の身を守る事を陛下の身の安全よりも優先する事を条件とさせて頂きました。陛下はアッサリ承諾されてしまいましたが……」

 

 条件のもう半分『実家と元婚約者への復讐』は既に果たしているため言わなくてもいいだろう。その時の光景を思い出し、冷静な仮面に僅かな苦笑いが浮かんだことを自覚する。あの時胸中に浮かんだのは、感心でも驚きでもなく呆れ。どこの国に配下が主君の命よりも自分を優先する事を許可する王族がいるのか。それが仮にも今仕えている主君だと思うと、感謝すればいいのか微妙な気分になる。

 

「ふむ……思ったより柔軟というか……ホワイト、なのかな?」

 

 ホワイトというのがどういった意味なのかは分からないが、良い意味で感心してくれたようだった。少なくともこの後会うジルクニフ、そしてレイナースにも今の会話で悪い印象は持たなかったハズだ。冷静な表情の裏で心底ホッとするように一息ついてしまう。

 

「でもそういった雇用関係なら問題ないか……レイナース、その呪い解いてみる?」

 

 その挨拶でもするような気軽な一言に、安堵していたレイナースは再び固まってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「そ……そ、……それは本当ですかあぁああああ!!」

(ひぇ! またこのパターンッ!?)

 

 どこかの狂った誰かと全く同じ反応に、モモンガ自身も同じようにソファの背に体を押し付けてしまう。同時に座っていたソファから悲鳴のようにギシギシときしむ音がした。

 

「お、……落ち着いて、レイナース」

 

 向かいのソファに座っていたハズのレイナースの顔が間近まで迫っていた。両手はモモンガの左右背後に突き立て、ソファに座ったままのモモンガを体で覆うようにしている。そして何より顔が近い。普通なら男として多少の役得感を持てたかもしれないが、例え半分美人だとしてももう半分の膿と腐ったような顔で迫られるとスプラッターホラーだった。怖い。

 

「ほら、あの変……フールーダと同じように条件もあるから」

 

 二度目という事と相手が女性であることが幸いしたのか、精神の安定化もあって思ったより落ち着いて対処できた。相手の両肩をポンポンと叩き、慣れた営業スマイルで落ち着かせる。怖いけど。

 

「し、……大変失礼しましたわ、お見苦しい姿を……」

 

 乱れた髪を――特に右側を慌てて整えた後、馬車の床に届きそうなほど頭を伏して謝罪するレイナース。その姿と先ほどの行動に微妙な思い出しか浮かばず、早々にやめさせて元の場所に座ってもらった。

 

(まさか帝国では謝罪するときみんなあのポーズなのか? いやそんなわけないよな、銀糸鳥はそんなことなかったし)

 

 その場を仕切りなおすように手を叩き、対面のソファへ座りなおしたレイナースに改めて笑顔を向ける。これから彼女に対してプレゼンをするのだ。先ほどの様子からして断られることはないだろうが、事前にできるだけ好感を持ってもらうのは基本だ。

 

「それで条件なのだけれど、私の配下に――いえ、吸血鬼の眷属になれば呪いを解いてあげますが、どうかしら?」

 

 契約に嘘があってはならないため、あえて吸血鬼を強調しつつ交渉を始めることにした。




もうここまで来るとみなさんおわかりでしょうが、吸血鬼レイナースが登場しますわ。設定はWeb版の吸血鬼ブレインそのままになる予定となっていますので、ご了解くださいませ。

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