シャルティアになったモモンガ様が魔法学院に入学したり建国したりする話【帝国編】   作:ほとばしるメロン果汁

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『靴を舐める覚悟、ジルクニフの場合』

「やっと着いたか……」

 

 帝都アーウィンタール、その中央に位置する皇城。

傾いた日の光を反射するその城をバジウッドは、まるで戦場で疲弊した若い兵士がようやく故郷へ帰って来たような心情で見上げていた。もっとも彼自身の故郷は同じ帝都でも、もっとどぶ臭い裏路地なのだが。

 

 帝国の賓客を城へ招く馬車の護衛、そういった任務はもちろん初めてではない。だが今回の客は美しくも末恐ろしい存在だ、細心の注意を払わなければならなかった。

 そして、結果的には失敗したと言えるだろう。賓客である少女が離れた路地裏で帝国魔法学院の生徒が襲われているのを察知し、それを助けるために飛びだした。バジウッド達騎士はそれを追いかけることしかできなかったのだ。

 

 事前に騎士の多くを路地裏などの見回りに回せば防げたのかもしれないが、その可能性は低いだろう。国の首都というだけあって帝都は広い、この日駆り出された騎士も確かに多いが、コップの水にインクを一滴垂らすようなものだ。探知の魔法を使える騎士も限られる。

 

 ならば飛びだした少女を止めれば良かったのかもしれないが、まさに目にもとまらぬ速さだった、消えたと言ってもいいだろう。追いかけたのはいいがすぐに見失ってしまい、再び見つけた時は既に騒ぎは収まっていた。帝国にとっての賓客に――しかも自国民同士のトラブルが原因なだけに、文句など言えようはずもない。

 

(陛下に合わせる顔がねぇな。流石にタイミングは偶然だろうが、間が悪いにも程があるだろう……おっととッ)

 

 車列が城の内門前で止まる。既にここは城内、ここからは徒歩になる。バジウッド自身も考え事を中断し馬を止める。門の方を見れば騎士達が門から入り口までの道を囲う様に一面に整列していた。流石に警備の騎士は除くだろうが、まるで帝都中の騎士達が呼ばれたのかと思ってしまうような光景だ。おそらく城内に入れば、騎士に代わってメイドが広間や通路に並んでいるのだろうことは予想できた。

 

「じゃあブレイン・アングラウス、先も言ったとおり武器は腰に差したままで構わない、陛下の前でもだ」

「あぁ。しかし本当にいいのか? 一応罪人のつもりで、縛り上げられて馬に引かれるくらいは覚悟してたんだが……」

「二言はないさ、なにせ陛下直々だ。ただ陛下の前で剣を抜いたらどうなるかはよく考えてくれよ」

 

 馬にまたがっていたバジウッドはすぐ隣の馬車、御者席に座っているブレイン・アングラウスに片手をあげ声をかける。彼の前では少々霞んでしまうが、帝国最強の騎士の一角であるバジウッドは当然のように馬車の隣に護衛のため併走していた。そうなると道中では自然と彼()と軽く言葉を交わすことになっていた、勿論警備に支障のない範囲――のハズだったが。

 

「少し良いでござるがバジウッド殿。それがしは付いて行って大丈夫でござるか?」

「あ……あぁハムスケとドラゴン――ヘジンマール殿には城の庭を開放してそこに案内するように言われている。ドワーフ族は待合室に案内できるんだが通路の大きさとか色々とな、だが食事に関しては期待してくれていい。たぶん帝都で手に入る食材ならなんでも食い放題だからな」

「おぉ、それは楽しみでござるよ」

「なんというか……宮仕えは大変だな」

 

 後ろ、馬上からやや下に位置した魔獣に振り返りながら予定を説明する。その横で門まで並んだ大勢の騎士達を見ながら、ブレイン・アングラウスが漏らした同情するような声には心の中だけで頷いておく。

 

「そんなことよりも、到着の取次をお願いいたします。アングラウス殿」

「あぁわかった」

 

 バジウッドが公の場用の言葉使い――にしてもやや粗暴なものだが、言葉使いと雰囲気を変えると合わせるように彼も動いた。車列の護衛を指揮していた別の騎士が命令を出し、出迎えのため並んでいた騎士達が一斉に最敬礼を行う。バジウッド自身も馬を降り馬車の出入口傍で控える。車内の人物が出てくれば膝を折り、トラブルの際にはいつでも動ける態勢だ。御者であるブレイン・アングラウスが扉越しに中の人物と会話をするのを見守る。

 

 当然だが最初に出てくるのは同じ四騎士のレイナースだ。

彼女の今の役目は案内役(ガイド)だが、騎士である以上護衛も兼ねるのは当然だろう。当の守るべき人物には、例え帝国四騎士と言えど護衛役になりえるのかは疑問だが。

 

 しばしのやり取りの後ゆっくりと扉が開く。西門ではこの時、バジウッドは少女のあまりの美しさに固まりフールーダ・パラダインを止めることができなかった。二度と同じ失敗はできない。レイナースに続けて出てくるであろう人物に備えた。

 

「――は?」

 

 だが最初の人物、よく知るレイナースの顔を見たとたん固まってしまった。幸い二度目のためかそれは僅かなもので、その後出てきた少女に対する礼はなんとか間に合いはしたが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ご苦労、下がれ」

「はッ!」

 

 考えることが多すぎるせいでやや冷めたい労いの言葉が出る。伝令の騎士は気にする様子もなく下がったが、気を付けねばならない。上に立つ者は上に立つ者なりの態度が必要なのだ。

 

 皇帝執務室、先ほどまでメイド達が部屋を整えるため忙しなく出入りしていた部屋、そこでジルクニフと待機している者達は本日二桁になるであろう定期的な伝令を受け取っていた。

 大半は順調に城に向かっているという類のもので、そのたびに部屋中の空気を安堵させるものだった。だが、残念なことに例外が二つ存在した。

 

 最初の知らせは道中で護衛対象が馬車を飛びだし、帝国の民である少女を助けた事。

これを聞いた時、ジルクニフは思わず震える声で伝令に来た騎士に詰め寄りそうになってしまった。『なぜそんな事が起きたんだッ!』と、相手の胸倉を掴みそうになり、そして冷静な思考がその行動が無益なものだと押し止めた。

 最初の知らせが概要のみだったためそれ以上の事はわからず、続く伝令で事態のあらましがわかりジルクニフは頭を抱えることになった。

 

(貴族同士の、しかも子供同士の問題で? 三男坊と末端の貴族の娘だと……よりによってこんな時に! 糞ッ!!)

 

 報告はまだ調査の初期段階、現場にいた者達から簡単に聞き取ったもののため事件の細部はわからなかった。だが地位も力もある貴族が、格下の貴族家に対する嫌がらせの延長線上のモノ――それが子供同士で行われたところに出くわした。そう推測するには十分な証言だった。現場の騎士達も事態の深刻さは理解しているだろうが、念のため徹底的に調査するように厳命して下がらせた。

 

 そして伝令の騎士を下がらせた後、ジルクニフは拳を机に叩きつけた。その様子に怯えた文官の何人かは窓から空を見上げ、まだ青い事を確認してしまっていた。少女の怒りがこの国に向けば、すぐにでも空は赤く染まりこの帝都は消える。この部屋で未だフールーダしか会っていない少女に、ほぼ全員が怯え切っていた。

 

 

 二つ目はたった今、おそらく今日最後になるであろう伝令だった。

少女の乗った馬車が到着した知らせ、それだけなら問題はなかったが、道中案内していた帝国四騎士の一人『重爆』のレイナース。彼女の呪いを少女が解いたという知らせだ。この事態は幸いにも予想できていた。なにせレイナースの呪いが気になるということで彼女に案内役(ガイド)を要望したのだ。西門を出発した際、当然その知らせも受け取っていたためジルクニフ自身に混乱はなかった。

 

 ただ周りはそうもいかない。若返ったフールーダは幸いソファに座ったまま「当然ですな、っほっほ」と自分の事のように自慢げにしているだけだったが、騎士や文官達は真っ青になっていた。

 

(駄目押しという事か? 随分とプレッシャーを掛けてくれるじゃないか)

 

 今まで帝国の魔法技術が手も足も出なかったレイナースの呪い。

それをこの短い間に簡単に治してしまったのだ。しかも治した理由が『案内役(ガイド)のお礼』であり、治療自体は予想していたジルクニフもこれには開いた口がふさがらなかった。

 

「お前たち、落ち着け。いや、そうではないな……全員その場から動かなければそれでいい。先も言っただろう、相対するのは私自身なのだからな」

「陛下、しッ失礼いたしました。若返りの魔法という奇跡を起こせる方なのですから、レイナース殿の呪いなど案内のお礼に硬貨を心づけで渡すようなものなのでしょう……」

「そうだな。何か狙いがあるわけじゃなく、そういった可能性もある事がさらに厄介だ」

「しかし陛下、こうなりますとレイナース殿はッ――」

「言わずともわかる。レイナースとは元々そういった関係だ……まだいい」

 

 いち早く正気を取り戻した秘書官ロウネの危惧に、ソファに座ったフールーダをチラリと見ながら答える。実際大きな問題ではない。帝国魔法技術の根幹に関わるフールーダに比べれば、帝国四騎士はまだ代わりがきく。かつて行われた王国との戦争でガゼフによって討ち取られ、後に補充されたこともあったのだ。

 それにレイナースはもっとも忠誠度が低いということを承知で四騎士に誘った。治療のアテが見つかれば黙っていなくなることも考慮していたくらいだ。

 

 考え事を終えると同時に目を向けていた人物の首が突如、ギュルッと勢いよく振り向き嘲笑のような表情を浮かべながら問いかけてきた。

 

「ほっほっほ、陛下どうされます? 寛大な方ですからな、貴族の件も水に流してくださるかもしれませんぞ」

「どうかな? 私が同じ立場であれば、相手の弱い部分を見逃すとは思えない。遠回しに攻撃して色々と相手に吐き出させると思うがな」

「へ、陛下……仮にそうなった場合は……」

「勿論、吐けるだけ吐くしかないだろうな。体中(帝国)のモノ全てを吐き出さなければ殺されるのであれば、吐くしかないだろう?」

 

 隣のロウネの顔が今の帝都の空のような青々としたものになる。当然だ、貴族の件がなくても実力差は既にはっきりしている。

 

「ロウネもみなも、そう悪い方にばかり考えるな。間もなくこの部屋に来られるのだ、それまでにその面白い顔色を治せ。爺……フールーダが言う様に寛大な人物に賭けようではないか? 当たれば帝国は安泰だぞ?」

 

 逆だった場合はどうなるのか? ――決まっている、どちらにせよ会うしかない。

ある意味潔く、開き直るように笑いながら部屋にいる者達全員に笑いかけた。

 

「ところでジル、私はやはりジルを含めた全員伏してお待ちするのが良いと思うのですが……」

「……それは非常に魅力的な提案だ。いざとなったら私も迷わずそうする。だが西門でバジウッドの謝罪への対応を考えると、あくまで王や騎士として対応するのが正しいように思う」

 

 とはいえフールーダが全てを差し出し、伏して相手の靴を舐め譲歩、――譲歩とは言えるか疑問だが、少女の承諾を得たのは事実だ。いざとなればジルクニフも同じような事をしなければならないだろう。

 

 皇帝としてのプライドも捨て去って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ――お見えになりました。

 

 随分と冷たく聞こえる声とその内容を、執務室にいる全員が聞いていた。

おそらく極度の緊張状態がそうさせたのだろう、報告をしてきた老齢の執事の様子はいつも通りだ。

 

「お通ししろ、くれぐれも失礼のないように」

 

 ジルクニフ自身も座っていたいつもの執務机が冷え切っているように感じられ、立ち上がることにした。

 

 部屋にいる者達がそれぞれの位置につき、そして扉が開く

 

 

 ――なるほどな。

 

先頭で入室してきた少女を見た瞬間、ジルクニフは納得の声を心の内で満たし、周りの文官や騎士達は少女のその美しさに目を奪われていた。

 

 報告通りの、いやそれ以上の美貌。ゆっくりと部屋に入るその姿は、清雅な気品に満ち満ちており、装飾をあしらった白いドレスと帽子、なにより優雅に舞う銀髪がそれを後押ししているようだった。揺れる胸も男達の視線を集め、美しい真紅の瞳は見る者を魅了しそうだった。

 

(バジウッドが舌を巻くわけだ。そしてあれがブレイン・アングラウスか、なるほど俺の目にも強者に見えるが……)

 

 おそらく入室した少女に全員の目が集中していただろうが、ジルクニフは冷静に観察をしていた。くたびれた服に似つかない小綺麗な白いマント、そこから覗く肉体は細いながらも力強く見えた。部屋の奥にいる皇帝ジルクニフ、それを見る瞳はギラついた歴戦の戦士のものをしており、ここが戦場であれば一瞬で首と胴体が分かれるであろうことは想像ができた。

 

 そしてさらにその後ろに四騎士のレイナースが続いている。

 

(ん? 顔色が……いやそれよりもなんだあの顔は……)

 

 レイナースは確かに顔の呪いが綺麗に消えていた。普段髪で隠している右側の顔を露わにしており、左側と同じように美しいものとなっている。

 ただ顔色がかなり悪い。治療による影響か顔色が白いものになっていた。そして充血した瞳は主人であるハズのジルクニフに一切注がれておらず、先頭にいる少女を見つめていた。その後にドワーフが一人、おそらくドワーフ国の商人会議長だろう。

 

(まずはなによりも道中の件だな)

 

 レイナースの変わりようは少々気になったが、先頭の少女は間もなく部屋の中央にたどり着く。そこまで来てこの部屋の主が声を掛けないのは少々礼儀に反する。少女の美貌に目を奪われていたと言い訳したとしても、既に大きな非がこちらにある現状、得策ではない。

 

「あなたのような方にこの国にわざわざお越しいただき、国を預かる者として大変光栄に思う。シャルティア・ブラッドフォールン・アインズ・ウール・ゴウン殿。私がバハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスだ。なによりもまずは、お招きしたにも関わらず道中の数々の非礼をお許し願いたい」

 

 相手の正面に立ち、名を名乗るとともに頭を下げる。

平伏ではないが立ったままできるだけ頭を下げた状態だ。ここまで頭を下げる帝国皇帝の姿を見た者はいないだろう。この後の相手の出かたはいくつか予想はしている、場合によってはフールーダのようにひれ伏さなければならない。

 

 少女からの返事はスグにはなかった。正面とさらには部屋中から見守るような視線を感じながら、ジルクニフはあくまで皇帝としてジッと耐え相手の反応を待った。

 

「シャルティア・ブラッドフォールン・アインズ・ウール・ゴウンと申します、皇帝陛下――」

 

 少女の美しくも固く、氷のような声が部屋に満ちる。

 

「――その謝罪を受ける前に、先にこの男ブレイン・アングラウスへの罪状の言い渡しをお願いできませんか?」

 

(やはりそう来るか、意地の悪い事だ……)

 

 一応は予想の範囲の相手の反応に胸をなでおろしながら、ジルクニフは頭を上げた。




え? ジルクニフまで舐めるの?(ドン引きですわ!)

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