シャルティアになったモモンガ様が魔法学院に入学したり建国したりする話【帝国編】   作:ほとばしるメロン果汁

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ジル君恒例の考え過ぎパート


『考えすぎる皇帝と労わる女王』

「――は?」

 

 間抜けな声は誰が発したのだろう、部屋にいる文官の誰か――いや、ひょっとするとジルクニフ自身かもしれない。それほどに意外過ぎる少女の言葉に唖然としているのを、自分自身でも心の隅で自覚できていた。

 

 バハルス帝国、現皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスの執務室。

少女の――シャルティア嬢の言葉「帝国魔法学院に通いたい」、それに対する疑問はただ一つだろう「何のために?」である。

 

「ち、ちょっと……待ってくれ……ふうぅ。……いや、そのシャルティア嬢、どうやら少し聞き間違えてしまったようだ。申し訳ないが、もう一度お願いできるかな?」

 

 何を言えばいいのかわからず、慌てて息を吐き出す。

対面のソファから美しい小顔を前に出し、見た目に不相応な豊かな胸を首元に覗かせながらこちらを見る美姫は、今度は伺う様に問いかけてきた。

 

「魔法学院に通いたいのですが……?」

 

 小首を傾げながら「なにかマズイですか?」と、控えめに確認するように問いかけてくる少女。

その美しくも可愛らしい姿に少女の傍に控えるレイナースが怪しい笑みを浮かべていたが、直接声を掛けられたジルクニフはそれどころではない。相手の意図が全く読めず、ただ"混乱"しているだけだった。

 

(待て待て待てッ! どういうことだ! 何の意味がある!? いや何もないだろ!! それほどの力を持ちながら学院に、しかも他国の学院に通いたいだとッ! 全く……意味が解らん……)

 

 ――帝国魔法学院

 

 魔法と名が付くが、別に魔法詠唱者を専門的に育てる学院ではない。

魔法を使える生徒は魔法学科所属の者という一部に過ぎず、ほとんどの者は多種多様な知識を身につけ、大学院に進学する者、そのまま就職する者、非常に優秀な場合は国の機関へ配属されるなど様々だ。ただ帝国ではどのような分野に進むにしても、魔法に関する知識は必須といってもいい。なので使える使えないに関わらず知識の根幹として『魔法』が必修科目として取り入れられている。

 

 興味を持ち、見学をしたいならまだわかる。しかしこのような教育施設に所属し、教育を受けたいなどと彼女の身で願い出るのはまさに意味が分からない。なにか帝国の事で知りたいことがあれば、学者に聞くなり本などで調べればいい。わざわざいちから学ぶ必要など『外部の人間』である彼女にはないのだ。

 帝国自身におきかえれば、創設者の一人であり帝国の英雄であるフールーダ・パラダインが入学するようなもの。そんな(フールーダ)が跪く相手、遥か高みにいる人物が入学したいなどと――

 

(いや、確か……爺の記憶を読み取ったのだったな。ならば必ずなにかある筈だ! ……考えろ。この少女が学院に通えば……どうなるか)

 

 あくまで表面上は笑顔を浮かべながら、頭の中を必死に回転させる。

まず間違いなく騒ぎになる筈だ。これだけ美しく少女の身でありながら――本人の前では言えないが、魅惑的な魅力に溢れている。まだ学生の身であるひな鳥たちは言わずもがな、熟練した女性経験を持つはずの貴族にとっても目の毒だろう。

 

(毒……? いや、まさか……)

 

 

 ――ひな鳥の間に毒を盛り、飼いならす

 

 その考えにたどり着いた時、思わず自分の頭を疑った。

そしてじわりじわりと理解し、それがどのような結果に繋がるかを理解した時、全身の肌が急激に冷え首筋から汗が大量に吹き出した。

 

 帝国魔法学院には意外と貴族出身の者が多い。意外という理由は国家運営、つまり国が教育指導を行う場ということだ。それは貴族の家それぞれの教育方法とは相反する場合もあり、最悪家よりも皇帝に忠誠を尽くすようになる危険もあるということ。

 それでも貴族が多い理由は、言ってしまえばその多さが理由だ。つまり人脈を作る事を目的として入学させる。同じことを学び、同じ場所で生活し、そして同じ学び舎を卒業する事は太い人脈を生む。それは貴族社会での大きな武器になる場合が多い。

 

 この少女は年月をかけてそれを一挙に手に入れ、巨大な派閥を形成するつもりなのではないか?

 

(……いや、あり得る。つまり内部から喰らうつもりか? この国を時間をかけゆっくり、味わう様に……)

 

 それ以外に説明できない。絶対者の力を持ちながら学院で得られるものなど――

 

 

 首筋に止めていた冷や汗が体中に広がる。

なぜ今この場で力を使い、この国を乗っ取ることをしないのか? それはわからない、おそらく力づくで瓦礫の山に立つ趣味がないなどの強者のこだわり――つまり、ジルクニフには理解できない事なのかもしれない。

 なによりこの方法をとるという事は、まだ子供と言ってもいい若者達を弄ぶのが趣味なのだろうッ! まだ女を知らない彼らにとっては、少女の美しさはまさに黄金の蜜だ。そこに毒が含まれてる事にも気づかず、群がるように少女の周りに競う様に跪くのが容易に想像できる。

 

 若返ることができるため何歳かはわからないが、とんでもないヤバイ女だったという事だ!

 

 そしてこの流れの中で、この女が何を欲してるのかがなにより重要だ。

 

 ただの国自体を遊び道具にして弄ぶのが好きなのか。

 自らの下僕である巨大派閥を作り、皇帝を追い落とし国を乗っ取りたいのか。

 

 頭のキレる女だけに他の目的もあるのかもしれない。ただ一つ言えるのはこれは少女にとってのゲームなのだろう。わざわざジルクニフに今この場で宣言したという事だ。そしてその力の前では、入学を断るという選択肢は存在しない。

 

「も…もも、もちろんか、構わないと、も…」

 

 笑顔を保てているだろうか? 全身の感覚が曖昧で、顔が青くなっていないことを願った。

 

「よかった」

 

 対して相手は花が咲くような満面の笑顔をしている。その花にこの国を腐らせるかもしれない猛毒の蜜があるとわかった今、その美しさを目にしても枯れた笑いが出そうになるだけだった。

 

「その条件……ではなく、お願いがあるのだが……」

 

 ただジルクニフは何もせず白旗を上げるつもりはない。

今自身が情けない顔をしてるであろう自覚はあるし、相手はその顔を見て内心であざ笑っているかもしれない。ただ鮮血帝と呼ばれる矜持――支配者としてのプライドがジルクニフに戦わずしての敗北など許さない。

 

 この状態で睨みつけることなどできそうもないが、強い視線で相手を見据えた後――

 

「その……貴女の美しさも衝撃だろうが、他国の王族が入学されるとなると浮足立つ生徒も多いだろう? なのでそちらが構わないのであればだが、王族ということを隠すため『シャルティア・ブラッドフォールン』と、しばらくは名乗っていただけないだろうか?」

 

 全力で頭を下げる。彼女に群がるであろう貴族を少しでも少なくするため、せめてもの抵抗を試みることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――え? なんで突然?

 

 急に頭を勢いよく下げたジルクニフの唐突な願いに、モモンガはただ"混乱"しているだけだった。

 

(え? なにか不味かったのか? もしかして王族が通っちゃいけないとか決まりがあるのか? ……いや、『しばらく』って事は期間限定? ならなんで……わからん。なんかジルクニフの顔色悪くなってるし、いきなりどうしたんだ……)

 

 血色の良かった顔色が青くなり、下げる直前は白にまでなっていた。

病気だろうか? どこか体調が悪いのか、何かストレスの元になる悩みがあるのかもしれない。それにそろそろ夜になる頃だ。体調がすぐれないのなら、早めに休むように言ってあげた方が良いのかもしれない。

 

(しかし……『アインズ・ウール・ゴウン』を名乗らないでくれ、か……)

 

 ひとまず相手の要望について考えてみるが、『無理』としか言えない。ただし、彼の言う事も分かる。

 王族が――実際は嘘だが――王族が学院に通い、一般人と肩を並べて勉学に励むなどあまり無いのだろう。それくらいの想像はモモンガにもできる。ここまでの道中、銀糸鳥の反応を始めとしてかなり目立つ容姿をしていることも理解している。

 そんな人物が堂々と王族を名乗り入学などしては、他の生徒の精神的負担になってしまうかもしれない。すごく尊敬できる人と話をする時、必要以上に丁寧な言葉遣いになってしまう事はままある。

 

(確かに俺自身、あんまりへりくだった態度で話しかけられても対応に困るし。周囲の学生たちと仲良くなるまで、『シャルティア・ブラッドフォールン』で通すのも悪くないか? 名声はなんとかズーラーノーンで稼ぐとしても、それはまだ出来そうもないし……)

 

 頬に手を添え慎重にメリットとデメリットを熟考する。

ひとまず相手の紹介で学院に行くことになるのだから、顔を立てるためにその条件は呑んでいいかもしれない。ただシャルティア・ブラッドフォールンの名前だけで名声が広ることは避けねばならない。ギルドを示す『アインズ・ウール・ゴウン』が消えてしまっては何の意味もないのだ。

 

「わかりました。ただ、訳あって私が名前を伏せている事は周知の事にしてください」

「あ、あぁ……それは、もちろん。貴女の容姿で貴人と思わない人間はいないだろうが、念のため学院全体に知れ渡るようにさせていただこう……」

 

 モモンガはできるだけ柔らかい、相手を労わるように優しい声で了承を伝えたが、顔を上げたジルクニフの顔色は相変わらず悪い。

 

「ジルクニフ? 顔色が悪いようだけれど、気分が悪いとか――」

「い、いや、大丈夫だ。少しなんというか、いろいろと仕事が溜まっていてね」

(うわぁやっぱりか……って俺への対応も仕事の一つだよな! 貿易交渉はとりあえずまとまったようだし、学院については明日でいいか? 後でフールーダに聞いてもいいだろうし、早めに切り上げよう)

 

 皇帝の平均労働時間など知らないが、少なくとも顔色が悪くなるほど仕事をするのは頂けない。

どんな人間にとっても体は資本、一度崩れたらなかなか治らない場合もある。これから世話になるであろう彼に体調など崩されてはモモンガにとっても損失だ。

 

「ジルクニフ、今日はとても楽しい時間でした。私からは急ぐ用件はとくにありませんし、体調がすぐれないようでしたら本日はこれくらいにしませんか?」

「あ、あぁ……気を使っていただいて申し訳ないが、お……お言葉に甘えさせていただこうかな」

 

 疲労を感じさせる虚ろな目のまま、首を縦に振るジルクニフ。

どことなくデスマーチな労働環境に従事しているヘロヘロさん、彼を思い出させる姿だ。

 

「その、申し訳ない……夕食なのだが、私には他にも少し仕事が残っていてご一緒できそうにもないんだ。というわけでもないが、同じ女性で私が一番信を置いてる者をご一緒させていただきたいのだが……どうだろうか?」

 

 ――いえ、一人で大丈夫です。

 

 本音ではそんなことを考えてしまったが、相手の気遣いを無下にするほどモモンガの社会人レベルは低くない。初対面の女性と食事などかなりのハードルではあるが、今の体ではそういった気遣いをされるのは仕方がない事だ。

 それにジルクニフが一番信用する女性ということは、断れば彼にもマイナス印象を与えてしまう。「えぇ、それは勿論」とにこやかに頷き、ジルクニフの気遣いに感謝を伝える。

 

「よかった……食事の用意ができるまで先に客間に案内させていただこう。そちらで休んでいただき、準備ができれば使いの者を迎えに行かせよう」




 名前ですが帝国的には焼け石に水です、前回で貴族達にはある程度伝わっている旨は書きましたからね。シナリオ的には少々使う予定ですが、勘のいい読者さんにはほぼ読まれてるだろうなぁ(白目)


次話→3日後投稿予定(ロクシ―との会食はカット、会談&会食後)

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