シャルティアになったモモンガ様が魔法学院に入学したり建国したりする話【帝国編】   作:ほとばしるメロン果汁

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『揺れる食堂』

(やっぱりネメル達は用事で来られない……とか言っておけばよかった……)

 

 後で悔いるから後悔という。

仕方ない状況だったとはいえ、隣で固まっている幼馴染を巻き込んでしまった事に心の中で頭を下げた。数分前の自分の判断の誤りを身をもって体験中のジエットは、自分たちの座った場所から見る食堂の様子を見ながらそんなことをぼんやり考えていた。

 

 静かだ。

 

 いつもは『群衆』と言ってもいいほどの生徒達の会話で一杯となる学生食堂。

いつもの時間いつもの場所のはずのそこは、ボソボソと小声がそこかしこで発せられており、やや困惑と混沌、そして一人の姫君――女生徒に多くの生徒が絶句するとともに、目を奪われていた。

 

 そんな食堂の中央、生徒会が事前に用意していた真新しい机と椅子にジエット達は腰かけていた。

 

(よりによってこんな場所ですか……フリアーネ先輩……)

 

 四方八方から注がれる視線、視線、視線。――最早拷問と言ってもいいかもしれない。

特別に用意された大きな丸い机を囲むように一同は座っていた。ジエットの左隣にはおっかなびっくりといった様子のネメル。教室と同じように右側にはシャルティアが座っており、その場所を挟んで貴族令嬢としての微笑みを浮かべたフリアーネ、そしてディモイヤが恨みがましそうな視線をジエットに向けている。

 当然だが周囲の視線は廊下を歩く時よりさらに増えた。大半は当然シャルティアの美しさに対するものだったが、逆に相反する存在を見るような視線が無遠慮にジエットに集中している。

 

 理由はなんとなくわかる。 ――この五人の中でジエットがただ一人の男だからだ。

遠くから顔はわからなくても制服のデザインは男女でかなり違う。五人中一人だけそんな恰好をしていればさぞや目立つことだろう。

 

「シャルティア様、お食事は本当に通常のランチで宜しいのですか? 今からでも特別なものをご用意させて頂く事は可能ですが?」

「ありがとうございます。ですが、生徒達の事情を考慮して無料で提供される食事というものに興味があるので」

 

 すぐ隣では食堂までの道中と変わらず、生徒会長であるフリアーネがホスト役のようにシャルティアと歓談をしている。ジエットは相変わらず学院に関する話を振られて相槌を打つ程度で、緊張で固まっているネメルやディモイヤはほぼ会話に混ざる様子はない。

 その穴を埋めるように積極的に話すフリアーネにジエットは感謝していた。だが、フリアーネが積極的にシャルティアと会話をしているのは、ジエット達のためというわけではないのだろう。生徒会長として同じ生徒を持て成す姿ではなく、貴族として自らより上位の存在を持て成している。いつもの優しい生徒会長ではなく、初めて公爵令嬢としてのフリアーネを見ている気がした。

 

(やっぱり……先輩はシャルティア様がどんな地位にいるのか、知っているのか?)

 

 ジエット達の教室でも、廊下でも、そしてここの食堂においてもシャルティア・ブラッドフォールンが何者であるか知っている人間を、少なくともジエットは見ていない――フールーダ・パラダイン以外は。

 彼らよりもジエットが知っている事といえば、ネメルを助ける際に彼女が魔法を使ったことくらいだ。つまり、彼女は魔法詠唱者(マジックキャスター)ということになる。魔法科に転入したのだから当たり前と言えばそれまでだが。

 

(まさかパラダイン様より実力が上とか、そんなワケないよな……)

 

 ジエットのよく知っている学院始まって以来の天才、自主退学を余儀なくされながらも未だその伝説は学院内に強く残っている女性。そんな人物でも第三位階間近とは言われたが、流石に帝国の英雄(フールーダ・パラダイン)にはまだまだ届かないのだ。それに比べてジエットの隣に座る少女はジエットより少し若い程度か同年代。その可能性は考えられない。

 

 一方フリアーネは教室へ入室した際に、皇帝陛下からシャルティアの学院案内を頼まれたと、そのような事を言っていたはずだ。貴族としては目の前に降って湧いた好機なのだろう。皇帝にごく近い人物、生徒会長という名目をも利用して顔を売っておいて損はない。

 

(後で先輩に相談してみようかな……)

 

 数日前に助けてくれた彼女がジエットの隣の席になったのは偶然なのか、誰かの意図が関係しているのか、せめてそれくらいは知りたい。だがそれを聞いてしまえば、知りたくもない貴族社会の裏話に足を突っ込む危険性もある。そんな話は平民が知ってもどうにもならないし、むしろ知っている部外者など邪魔な存在だ。最悪の想像をしてしまい、ぞわりとジエットの背中を冷や汗が流れ落ちる。

 

(やっぱり止めておこうか……でも身を守るためにも情報は――)

「お待たせいたしました」

 

 ジエットの考え事を断ち切るように、ワゴンに乗ったランチが五人分運ばれてきた。

ワゴンを押してきたのは貴族の家に仕えているようなメイドだ。もちろん普段の学院で見ることはない。フリアーネが事前に手配したのだろう。落ち着いた雰囲気と慣れた様子から、メイドとしての経験が豊富なのだろう。その割には年齢は若く、そして美人だった。

 

「失礼いたします」

 

 当然のように最初にシャルティア、次にフリアーネ、そしてジエット達三人の前に料理が置かれていく。

 

(いつものランチだ……)

 

 目の前に置かれた平凡なランチを見て、感傷にふけるようにそう思った。

いつもは奥の厨房まで受け取りに行く食事をメイドが持ってきた事、そして相変わらず降り注ぐ周囲の視線、さらには一緒に食事をする四人が全員女性といういつもとは違う違和感の中、唯一変わらないはずのランチが逆に奇妙に思えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事の時間は残念ながらアッサリと終わってしまった。

モモンガとしては雑談を交えながらの学生気分の食事を楽しみたかったのだが、生憎と出遅れたこともあり時間が無い。そのため会話の数は控えめに食事が進んだのは自然な流れだった。

 

 不作法にならない程度に少し急いで食事を終える頃、ジエット達三人は食欲があまりなかったようで半分ほどを残してしまっていた。

 

(おいおい、無理なダイエットでもしてるんじゃないだろうな? なんか顔色も悪い気がするんだけど……)

 

 ランチは無料のせいか、成長期の生徒達が食すにしてはややボリューム不足に思えた。そこからさらに半分残すとなると、ヘタをすれば栄養不足に陥ってしまう。モモンガは特にそういった事に詳しいわけではないが、体がまだ成長途中に栄養を過剰に絶つのはいかがなものかと思う。とはいえまだ初対面と言ってもいい間柄で、そんな事を無遠慮に注意するというのも躊躇われる。

 

 出来るだけ周りから優雅に見えるように意識しつつ、食後のお茶を飲みながらどうやって注意しようか――と考えていると、再びハンゾウから伝言(メッセージ)による報告が送られてきた。

 

「か、会長ぉ!!」

 

 多くの生徒が行き交う出入り口から、血相を変えて全力で走ってくる生徒会所属の男子生徒。異変を察知した周囲の視線が集中する中、モモンガは残り少なくなった紅茶の最後の一口を飲み終える。

 

(来たか……しかし本当に何しに来たんだ? 何人かの職員と何度も話してたようだし視察とかかな?)

「たっ、大変です! 帝国四騎士の方が!」

「四騎士が? ここに? ……誰ですか?」

 

 チラリとモモンガの方を伺う様に報告を聞くフリアーネ。

モモンガは気にしてないですよ、と営業スマイルを向けて答える。何しろ教室を出た段階で()が部下を引き連れて学院を訪れたのはハンゾウの報告でわかっていたのだ。だが流石に食堂に来るのは予想外、しかも今は食事の時間帯で多くの生徒達がいる。

 

(騒ぎになるんじゃないか? いや、実はよくある恒例行事だったりするのかな? 民に対してフレンドリーな支配者アピールとか……)

 

 慌てる生徒から報告を聞くフリアーネの様子に周りも異常に気付いたのだろう。

隣に座るジエットもネメル達も、そして周囲の生徒達も緊迫した空気で男子生徒の声に意識を向けていた。そして食堂出入口のほうから生徒たちのざわめきが上がり、学院の警備をしていた騎士達とは違う鎧を身につけた騎士が数名姿を現した。

 

(あれは確か……ロイヤル……なんだっけ?)

皇室地護兵団(ロイヤル・アース・ガード)……」

「は、はい! 『雷光』のバジウッド様ですッ!」

 

 モモンガ自身も何度も目にした騎士達――名前はうろ覚えだったが――を先導して大柄の顎鬚を生やした騎士がこちらへ向かって歩いて来る。当然食堂内はさざ波のようにざわめきが広がっていく。男子生徒を下がらせたフリアーネは、騎士達を迎えるようにその正面に立った。その背中はまっすぐ伸び、会ったばかりのモモンガにもどことなくカリスマのような物を感じさせる。

 

(うーむ、俺の半分程度の年齢なのに立派だなぁ。会社の社長が来たようなものだと思うんだけど……)

 

 バジウッドの影に隠れている人物に目を向ける。

モモンガには丸わかりだがフリアーネも、たぶん周囲の生徒も気づいていないのだろう。

 

「お久しぶりです、バジウッド・ペシュメル様。おそらく、今日学院にお越しになるというお話は――」

 

 間近で止まった騎士達にフリアーネが頭を下げると、それを止められた。

バジウッドは片手を上げ小さく首を振る。『真っ先に挨拶をするべきなのは自分ではない』と、言外に告げるように。そして騎士達が周りを囲っていた()()()()()()()()()に道を譲るように横へ体をずらした。

 

 その瞬間若く、威厳ある男の声が食堂内に広く、そして確かに響き渡った。

 

「邪魔をしてすまないな、グシモンド家の娘。今日は公務で忙しくてな、どうしてもこの時間しか取れなかったのだ。少しの間だけ彼女の友人として同席させていただけるとありがたいのだが――」

 

 

 ――食堂内の全ての人間が凍り付いた。

 

 あり得ない。

 

 何もなかった空間に突然現れた眉目秀麗な青年の姿を見て、ほぼ全員が同時に抱いた言葉。

 

 多くの臣民からは畏敬の念を抱かれている皇帝。

数多くの貴族を文字通り粛清したことにより『鮮血帝』と、貴族達からは恐れられ、周辺国にまで広くその異名が響き渡る人物。

 

 バハルス帝国現皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。

 

「シャルティア嬢。入学初日だが如何だろうか? 我が帝国が誇る魔法学院は、気に入っていただけたかな?」

 

 そしてモモンガの方へ真っ先に目を向けると、その支配者に相応しいカリスマに溢れた笑顔を向けてきた。




あーもうめちゃくちゃだよ()

次話→3日後投稿予定

3章サブタイトルアンケート(例によって1位を選ぶとは~)

  • モモンガ様が見てる
  • 何でもお願いを聞いてくれる友達100人~
  • 偶然出会った可愛い女の子は、大体転校生~

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