シャルティアになったモモンガ様が魔法学院に入学したり建国したりする話【帝国編】   作:ほとばしるメロン果汁

48 / 50
『不機嫌な皇帝(ジルクニフ)

 騎士が先導する馬車が五台、帝都の石畳を走る。

その周囲を多くの馬に跨った騎士が併走し、目ざとい通行人はその外見と護衛の規模から――いや、そうでなくともその仰々しい姿に即座に道を譲る。

 どの馬車も豪華な装飾と力強いスレイプニールに引かれ、平民は勿論そこいらの貴族では届かないほどの相応の地位にいる人物が乗っているのは間違いない。何人かは馬車本体の揺れが少ない事を見抜き、卒倒するほどの金額が必要なマジックアイテムが使われているのではないかという疑念を持つ。

 

 そしてそれは事実だ。

他の馬車に囲まれるように走る中央の一台、そこに座る男がこのバハルス帝国の皇帝。鮮血帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。

 

 彼は今――

 

 

 

(クソッ! 何なんだ、あの余裕の笑みは!)

 

 非常に機嫌が悪かった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 ――おい! 誰か、話しかけてくれ。

 

 ジルクニフと同乗するバジウッド、文官であるロウネとその部下達が顔を見合わせ、お互いの意志を確認する。そしてどうしたものかと全員がソファに体を沈めた。彼らの仕える主である皇帝ジルクニフ、彼は無言のまま眉間に皺をよせ不機嫌なオーラを放っていた。魔法学院の視察――という建前の下に行われたシャルティア・ブラッドフォールン・アインズ・ウール・ゴウンと学院関係者への牽制。

 

 おそらくそれが上手くいかなかった、と自分達の主人は考えている。

 

 ひょっとすると上手くいかなかったどころか、悪い方向に進んだと考えているのではないか?

そんな不安が他の者達の胸中に浮かんでいた。

 

「あ、あの陛下?」

「……なんだ?」

 

 観念して代表するように声を掛けたバジウッドに、底冷えするような声で返事が返ってきた。

誰の声だ――と、一瞬思ってしまう。ジルクニフに相当長く仕えてきたバジウッド自身、主の機嫌が多少悪い姿くらいなら何度か目にした事はある。だが不機嫌の塊のような、眉間に大きな皺を寄せて部下を睨む主人を見るのは初めてだった。

 

「その……上手くいかなかったんですかい?」

「……それはまだわからん。周りの反応次第だが、まぁ上手くいったとしても時間稼ぎと保険程度がせいぜいだ。根本的解決策は……あると言えばあるが今はまだ無理だな」

 

 どういう反応を返せばいいのか、近くの文官達が困惑したように顔を見合わせた。

バジウッドも同じ気持ちだ。続く言葉は当然決まっている。

 

「それじゃあ、その……なんでそんな不機嫌なので?」

「……気に入らないだけだ。待ってましたと言わんばかりのあの態度。こちらの思惑通りジエット・テスタニアと友人にはなっていたが、あれもこちらの手を楽しんでるフシがある。こちらが用意したテスタニアとグシモンド家の娘以外、何の権力もない家の者達を『友人』だと、わざわざ嬉しそうに紹介する辺り趣味が悪いとしか言えん」

「は……はぁ」

「全くッ!……私の嫌いな女を二人合わせたような奴だ!!」

 

 ドンッ! ――窓を強く叩き悔しそうに歯を噛みしめるジルクニフ。

 

 これほど感情を露にする皇帝を初めて見たバジウッドは困惑し、周りの者達も同じ感想を抱く。

学院への抜き打ちの視察など、当然予定はされていなかった。今までもそういった事は行っているが、せいぜいジルクニフやフールーダの部下が足を運ぶ程度。ましてや皇帝本人が直々に生徒達が利用している食堂に足を延ばすなど、文字通り前代未聞と言ってもいい。

 そんな周囲が騒然とした中で友人の様に会話を交わすのが今回の目的だった。皇帝とただならぬ関係にある美しい少女。ジルクニフとしては不本意だが、ロクシーのような愛妾と勘違いする人間もいるだろう。あるいは――ジルクニフは絶対に嫌がるだろうが、突如現れた正妃候補。そんな可能性のある女性においそれと欲望の目を向ける男は、ただの馬鹿か命知らずの馬鹿だけになる。

 

 これで少なくとも無謀な好奇心で生徒が彼女に近づき、その力が暴発する可能性は最小限に抑えられた。今日帰った貴族家の跡取りは実家へ急ぎの手紙を書くなり、親に直接会える者は指示を仰ぐことになるだろう。そして学院を舞台として情報収集という名の貴族同士の争いが起こる。

 

「ですがそれは、上手くいってるって事なのでは? 平民しか周りにいないわけですし……」

「今はな、時間の問題だ。まだ周りの者達はあの女がどういう力を持っているか知らずに、ただ美しく眩しい宝石に驚いて距離を取っているだけだ。その価値に気づけば、貴族共が蜜に群がる蟻のようになるだろう」

 

 有利になるのは皇室地護兵団(ロイヤル・アース・ガード)と繋がりのある者だろう。

西門でフールーダが若返った件は当然箝口令を敷いているが、秘密というのものは何処からか必ず漏れてしまう物だ。

 

 そして若返ったフールーダが城で騒ぎを起こしたのも、今更ながら頭の痛い問題だ。

あれでいくらかの貴族にはおおよその概要を把握されたかもしれない。どのみち隠し通せるものではないが、聡い貴族がその中にいればジルクニフにとって厄介な行動に出る恐れもある。

 

「貴族共にはお互いに足を引っ張り合って時間を稼いでほしいものだが……」

「ですが、ブラッドフォールン様が――いえ、あの女の方から貴族に近づくという可能性はないのですか?」

「いや、今日の様子を見る限りそれはない」

 

 恐る恐るといった風に問いかけた秘書官にジルクニフは顔を向ける。

その瞳には少しだけ温かみが戻り、声もいつもの調子に戻っていた。

 

「言っただろう、あの女は楽しんでいると。私を含めた周囲が慌てているさまを見て楽しんでいるんだ。あの美貌だぞ! 甘えた声を一つかけるだけで、どんな地位を持つ貴族の跡継ぎだろうが従順になる。それを未だにせず、平民同然の者達を連れて食事をするなど余裕の表れだ」

「で、ですが食堂では、男は遠慮したいなどと――」

 

 慌てて口を挟んだ文官をジルクニフは馬鹿を見る目で睨みつける。

 

「あの言葉を信じたのか? 若返りの奇跡が使える化け物だぞ? アレは純情なフリをして有力貴族を釣るための撒き餌だ。あの場を利用して生徒達に男慣れしていない無垢な姫を演じてみせた。こちらはまんまと利用されたというわけだ」

「そんな……」

 

 ふぅ、と息を一つ吐きジルクニフは自嘲げに笑う。

 

「あの女の事は今はいい、この借りはその内足払いの一つでも掛けて返すとしよう……それよりもだ。バジウッド、食堂であの女の周りにレイナースの気配を感じたか?」

 

 不機嫌は視線はなりを潜め、真剣な問いかけをバジウッドに投げかけるジルクニフ。

その瞳にはバジウッドが首を縦に振る事への期待が宿っている。バジウッドは一瞬迷うが、嘘を言ってもどうにもならないと思いなおし正直に首を振った。

 

「すいません、全く感じませんでした。見慣れた相手ならなんとなく察せると思うんですが、見えないだけでなくてその辺りも対策してるのかもしれませんね」

「そうか……もし仮にあの女が私に暗殺者を仕向けてきたら防げない、だろうな」

「陛下、それは――」

 

 早計では? そう続けるつもりだった文官が口をつぐむ。

 

 帝国皇帝の居城、いまここからでも見える帝都の中央に建つその城にはそれなりの安全対策がされている。皇帝ジルクニフが普段生活をする区画などは、選りすぐりの魔法技術が使われており、その技術自体が国の宝と言ってもいいほどだ。それを全て通り抜け、皇帝の首を取りに来るなど考えられない――とは言えない。

 

「すまんな、直接的に言い過ぎた。だが予想はできていた事だな、そうだろう?」

 

 おどけるように肩をすくめるジルクニフ。

その姿には全員が頷くしかなかった。色濃く蘇る記憶はフールーダ・パラダインの若返った姿。その奇跡を起こした本人の言った通り、数日で元の姿に戻ってしまった。だが、その経緯を全て知る者の記憶には、大きな杭が撃ち込まれたように強く刻まれている。

 

「まぁ今は心配する必要はない。今私を殺すことであの女が得をすることはない」

 

 ジルクニフは息を一つ吐くと、顔を上げる。その表情はいつもの支配者然としたものに戻っていた。

 

「それと、学院長の件だが何かわかったか?」

 

 ――それは魔法学院に到着する前。

 

 移動する馬車内で準備を進めていた一行に伝言(メッセージ)で急報が入った。魔法学院長が実験室内で倒れているのが発見されたという知らせ。タイミングがタイミングだけに一行は慌てたが、魔法学院に到着すると同時にただの魔力切れとの報告が入った。

 

 馬車内にいる者の中で、その件を調査していた文官が声を上げる。

 

「既に意識を取り戻されていますが、やはりただの実験による魔力切れと仰られているそうです」

「……」

 

 その文官の返答にジルクニフは口を曲げ、再びピリピリした視線を文官にぶつけた。

 

「……今朝シャルティア嬢と面会した際、多少時間が掛かったそうだな? 具体的に何があって遅れたんだ?」

「い、いえ。それはただ、フールーダ様がブラッドフォールン様の素晴らしさを延々と語ってしまったせいだと聞いていますが」

「……学院長は既にあちら側かもしれないな」

 

 ジルクニフの漏らした一言に、ざわりと馬車内の空気が揺らぐ。

 

「それは本当ですかい? 陛下?」

「この国の魔法技術に従事する者でフールーダを尊敬していない人間はほぼいないだろう? そんなフールーダが師として仰ぐというだけで、貴族共はもちろん魔法技術に携わる者も注目するのは間違いない。……やはりフールーダを取られただけでも不味すぎるな」

「では、魔力切れで倒れたというのは……」

「さてな。だが、フールーダほどではないにしろ、学院長も年齢相応の魔法技術は会得しているのだろう? それが部屋で魔力切れを起こすほどの何かをしていた……解せないな」

 

 顎に添えていた手を離し、報告を上げた文官に再び視線を投げるジルクニフ。

文官の男はその視線の意味に気づくと大きく頭を下げた。

 

「も、申し訳ありません。お年を召しているという事もあり、直接本人には確認しておりませんでした!」

「そうか、まぁいい。どうせ学院長に限らず、遅かれ早かれあの女の下に多くの人材が集うのは間違いない。あのグシモンド家の娘も何か切っ掛けがあれば、すぐそうなるかもしれんしな」

「……それって止められないんですかい? 陛下」

 

 ジルクニフは面白くなさそうに自嘲げに笑う。

人によっては手を上げて降参のポーズに見えただろう。実際バジウッドにはそう見えなくもなかった。

 

「今はまだあの女も遊んでる段階だ。その間にできるだけ情報を集めるとしよう」

「情報ですか?」

「さしあたっては実際の戦闘力だな。あと弱点がわかればなおいいが、あの頭の良さではあったとしても簡単には見せてくれまい」

「確かに……実際山を吹き飛ばす姿は、俺達どころか銀糸鳥も見てませんからね」

「フールーダが師事した時点でそれは疑ってないがな。とりあえずバジウッド、お前にこの件で少し働いてもらおう」

「……え゛!」

 

 思わず目を丸くして自らの主人を凝視するバジウッド。

ジルクニフより遥かに大きいその巨体の彼だが、言われた言葉によりその背中が目に見えて小さくなっていく。そんな彼を見てジルクニフは思わず面白いものを見るような目を向けた。

 

「そんな怯えた顔をするな。お前がそんな顔をしても逆に不気味なだけだぞ」

「……冗談きついですよ、陛下」

「別にお前にあの女と戦って貰おうなどと言うつもりはない。エ・ランテルについて調べていた情報の中に興味深いものがあってな――」




ジル君の頭の中ではモモンガ様が学院の女王様やアイドルになる未来が見えているのかな?

でもまぁ実際書籍版アインズ様はアイドル向きの設定ですよね
お○○もう○○もしないし、男と付き合ってしまう心配もないしさらに一生未経験!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。