シャルティアになったモモンガ様が魔法学院に入学したり建国したりする話【帝国編】   作:ほとばしるメロン果汁

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1話4,5千文字程度とはいえ、10話目になっても一日が終わってない作品。まだ終わってないんだよジエット君


『長い夜の始まり』

 ――リーン、ゴーン――

 

 (やっと終わった……)

 

 昼休みを告げる鈴の音の時も同じ事を思った気がする。

だが、今この教室に張り詰めている空気はあの時以上のモノ。特に教卓によりかかり、ジエットの隣の席へ向けて強張った顔を向ける教師の緊迫感はどれほどのものか。

 

「で、では本日の授業は……これで最後になります。ご清聴……ありがとうございました」

 

 青白くなった顔をゆっくり下げた後、ヨタヨタとした足取りで廊下へ出て行く教師。

見送る生徒はみな憐れむ様な、同情するような目をしている。当然ジエットもだ。

 

(明日から……どうなるんだこれ……)

 

 午前だけでも異様な緊迫感に包まれた教室。

それが昼食の事件で一気に膨らみ、学園全体を包み込んでいるのをジエット達生徒は肌で感じており、どうしようもない不安に襲われていた。

 

 

 

 


 

 

 

 昼の授業開始は若干遅れてしまった。

ネメル達に正気を取り戻させて、彼女達の教室まで連れて行ったジエット。シャルティアも当然のようにそれに付き添い、二人そろって授業に遅刻することになってしまった。だが遅刻したのはジエット達だけではなく、他の顔色の悪い生徒達も、そして各教室の教師陣も数分遅れで教室に駆け込み授業開始となった。

 

 午前の授業だけでも限界まで張りつめていた教室の空気だったが、午後はその限界を突き破ったものとなった。特に皇帝自らの視察に震え上がった教師陣と、あの食堂の光景――シャルティア・ブラッドフォールンと皇帝との『会談』を目にした生徒達の緊迫感は計り知れない。

 

 わかっていた。なにせ彼女は皇帝の紹介で今この学院にいる。面識があるのは当たり前、むしろないとおかしい位だ。だがあの光景はそれ以上の激震を学院中にもたらした。あの皇帝――多くの貴族の首を刎ね『鮮血帝』と恐れられる人物と、まるで友人のように親し気に話す姿は一体何なのか。美しさもさることながら、その光景はすべての学院関係者に衝撃を与えていた。

 

「あの……ジエット君?」

 

 教員が退出した教室内に澄んだ声が響く。

昼休みの時以上に空気が張り詰めたのをジエットは感じた。そしてその声が再び自分に向けられている事に、最早どうしようもない諦めの感情が生まれる。

 

「は、はい。なんでしょうか?」

「最後の授業が終われば、もう帰宅してもいいのでしょうか?」

 

 すぐ隣で小首を傾げながら問いかけてくる銀髪の美姫。

サラサラ揺れる銀髪とルビーのような瞳、そして若干揺れる胸を目にした瞬間心臓が高鳴りそうになる。

 

「そッ! そ、そうですね。ですがシャルティア様は、フリ――生徒会長が学院の案内のために迎えに来られると思いますから、今日はこのまま待っておくのが良いかと……」

「良ければジエット君もご一緒しませんか?」

 

 慎んで遠慮します。

 

 と、素直に言えればどれほど気が楽だろうか?

だが本当に断らなければならない事情がジエットにはある。今日これまでの彼女の反応からして、相手に無理難題を突き付ける類の人間ではないとジエットは考えていた。そうであって欲しいと祈りつつ、出来る限り細心の注意を払い、申し訳ない気持ちを表情に出しながら震える口を動かす。

 

「も、申し訳ありません。自分はその、この後商会の仕事がありますので……」

「……」

 

 綺麗な瞳が瞬き、まじまじとジエットの方を見つめてくる。

断ったのはやっぱり不味かったか!? 先ほどとは別の意味で心臓が高鳴りそうになったが、その不安はすぐに霧散した。

 

「苦学生……なのですか?」

「えっと、そうですね。自分は父親がいなくて、母と二人暮らしなので。それに最近は母も病気ですから自分が頑張らないとって……」

「へぇ、立派なんですね」

「え?」

 

 立派、と言われた?

今度はジエットが目を丸くしてしまう。初めて言われた訳ではない。仕事先の商会の長や友人にも言われたことくらいはある。だが彼女のような貴族の人間に言われる事など稀だ。加えて本当に感心したように彼女は何度も頷き、ジエットの仕事に興味を持ったのか言葉を続けてきた。

 

「どのようなお仕事なんですか?」

「え、えっと……香辛料を扱っている店なんですが、自分はそこで生活魔法を使って香辛料を作っています。魔力が尽きると取引先の店に配達とか、注文書を受け取りに行ったり……でしょうか……」

 

 上手く説明できているだろうか?

自分でも分かるくらいカチコチに緊張しながらのたどたどしい説明。だが隣に座る少女は思ったより興味を持ったようで、目をキラキラ輝かせながらこちらに体を近づけてくる。

 

「ふむ、生活魔法で……それは毎日ですか?」

「え? あ、そうですね。店の開いてる日はほぼ毎日、日が暮れるまで働かせてもらっています」

「なるほどなるほど」

 

 ジエットが働いているのは、生活費の他に母の病気を癒す魔法のアイテムを手に入れるためだ。

だが、学院の生徒でジエットのように働いている平民の生徒は決して珍しくない。同じ商会にも何人かいるほどだ。ジエットのような理由で働いている人間も中にはいるかもしれない。

 

 やがて目の前の少女は幾つかの質問の後、少し考え込むような様子を見せ顔を上げた。

 

「それなら仕方ありませんね、お仕事頑張ってください」

「あ、ありがとうございます!」

 

 平民の仕事に興味を持つ、その意外な反応を除けばほぼ期待通りの展開になったことに心の中で胸をなでおろす。

 

「ところで、ネメルさんもそういったお仕事をされてるんですか?」

「え? い、いえ、あいつ――ネメルはそういった仕事はしていませんが」

 

 なぜ突然ジエットの幼馴染の名前を口にしたのか。

考えるまでもなくその答えはアッサリと告げられる。

 

「代わり……という訳ではありませんが、ネメルさんもお誘いしてみようかなと」

「え゛、あ……そ、それなら……私も一緒にあいつの教室まで行って、き、聞いてみましょう」

 

 おそらく、末端とはいえ貴族の地位にいるネメルがこの誘いを断るのは不味い。

嘘をつくわけにはいかないとはいえ、自分の発言で幼馴染を巻き込んでしまった事に肝を冷やしながら、ジエットはネメルが今日無事に過ごせる方法を必死に頭の中で組み立てだした。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「あー……ツカレタ」

 

 仕事を終え、ズルズルと足を引きずるようにいつもの帰路につく。

日も完全に沈む夜の帝都。魔法の街灯がついた明るい道を、今日の給金を大事に服の内側に抱え込みながら歩く。その足取りはいつもより何倍も重いものとなっていた。

 

 精神的な疲労は相当なものだ。

それはジエットだけではなく、おそらく今日の魔法学院を目にした関係者全員がそうだろう。今日の仕事中には、もはや日課として慣れているハズの香辛料精製魔法に失敗していた。詠唱しなおせばいいだけなので特に問題は無かったが、こんな失敗をする事自体珍しい、と商会の人を少し心配させてしまっほどだ。

 

 集中できてない理由は言ってない、というか多分すぐには信じて貰えない。

今日魔法学院で起きたことはそれほどの異常事態だ。特に皇帝の関係者が編入して、その日の昼食に皇帝自身が会いに来るなど。

 

(一体あの二人はどういう関係なんだ……?)

 

 男女の関係? 普通に考えれば誰もがこの結論になる。

だが、不本意ながら間近で見た――見てしまった身としては、そういった関係には見えなかった。あくまでジエットがそう感じただけだが、二人は対等の友人同士のように話していた気がする。もちろん平民であるジエットとはまさに違う常識の世界に住む二人だ、男女のありようも様々なのかもしれないが。

 

(皇帝陛下が……シャルティア様に一方的に好意を寄せているとか?)

 

 それなら今は友人のように話しているのも納得ができる。

聞いてしまった会話の中には男が近くにいては緊張してしまう、と彼女は言っていたはずだ。そういった経験がない箱入りのお嬢様なのではないだろうか。

 

(……って、どんな関係だろうと俺には関係がないじゃないか)

 

 頭を左右に振り、思考を切り替える。

 

 思わず真剣に考えてしまったが、今のジエットが考えるべきはそんなことではない。

隣の席になってしまった彼女――シャルティア・ブラッドフォールンと今後どのように接していくかだ。

 

 いっそ金を本格的に稼ぐために学院を辞める事も考えたが、彼女が来た途端に辞めてしまっては色々と尾を引く可能性が高い。特にジエットの隣の席になった理由、そこに権力を持つ人間が関わっていた場合は尚更だ。せめてその辺りが判明するまでは辞めるわけにはいかない。

 

(アテがあるとすればやっぱりフリアーネ先輩だよな)

 

 貴族令嬢の身分を持つ彼女なら、ジエットの知らない事、平民には考えられない知恵を持つはずだ。

学院案内中にネメルのフォローを懇願した事といい、あまり一方的に頼り切るわけにもいかないが、事情を説明すれば何かヒントくらいは貰えるかもしれない。

 

(そうするにしても、明日からずっと今日みたいな日が続くのか……)

 

 情報を集めるのにも時間はかかる。

その時間の間にもシャルティアと毎日顔を合わせるのだ。どうするにしても数日か数週間かはわからないが、一定期間は彼女と無難な関係を過ごさなければならないだろう。下手な事をしてしまえば彼女――もしくは鮮血帝という帝国最高位の怒りを買うことになる。

 

 想像するだけで両肩が下がり、胃の辺りが少し気持ち悪くなってくる。

 

(まぁシャルティア様は良い人だとは思うけど)

 

 少なくとも権力を使って平民を一方的にいたぶる人間ではない。

ネメルを助けてくれたのもそうだし、平民であるジエットにも配慮をしてくれている。今日一日だけではまだわからないが、同じ学生として分け隔てなく接してくれる類の貴族なのかもしれない。ある意味でネメルと近い気がする。そもそもの立場は大きく違うが。

 

 フリアーネも表向き似たところはあるが、やはり貴族と平民という絶対的な線引きはどうしてもある。それに比べてジエットに名前を呼ばせようとして来たり、食事に誘ったりと彼女はなんというか――

 

(子供っぽい……? って、これは不味いな)

 

 彼女と会う時に少しでも意識しては不味い。そう思い、頭を左右に振ってその考えを消した。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「おう、やっと来たな」

「えッ!?」

 

 ようやく足を引きずって着いた家の前。

小さな家々が肩を寄せ合うように乱立する集合住宅の区画。その中にあるジエットの家の扉の前、そこに大きな影が一つ立っていた。

 

(誰だ! まさかッ)

 

 瞬時に思い付くのはランゴバルトの手の者。

もう解決したはずの問題だったが、そう思わせるための罠だったのではないか。あれからランゴバルト本人には会っていない。わざわざ執事と金貨を寄こして油断させ、気を抜いたネメルとジエットを一気に釣り上げる。

 

 身構え、いつでも逃げ出せるように腰を落とした。

だがそのジエットの動きは無駄に終わる。

 

「……え? ……貴方は……」

「お互い挨拶はしていないが、昼ぶりだな。坊や」

 

 金の顎鬚を纏った口がニヤリと曲がる。

ジエットの倍近くある大きな背丈。魔法学院の食堂、隣に立つ人物に目を奪われていたがその姿を見間違えることはない。

 

「四騎士の……バジウッド……様?」

 

 ――帝国四騎士、『雷光』の異名を持つバジウッド・ペシュメル。

 

 なぜか扉の前に彼が一人、ジエットの帰りを待っていた。




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今回の三連休(明日の更新)でストック分終了となります。
目標毎週更新だけどリアル次第、私含めて社会人は世界中で今大変なんで許してや~

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