やはり俺がゴーストスイーパーの弟子になったのは間違っていた。 作:ローファイト
誤字脱字報告ありがとうございます。
小町がオークに掴まれたまま、俺の20m手前に連れて来られる。
小町の顔は恐怖の涙で濡れているのがはっきりと見える。
「……う…ううう…おにい…ちゃん」
横島師匠なら……、いや俺がもっと強ければ、小町にこんな怖い思いをさせずに済んだはずだ。
自分の不甲斐なさに拳を力いっぱい握り込み、爪が皮膚に食い込み血がにじみ出るのを感じる。
「大丈夫だ小町……」
俺は奥でハイ・オーク3体を従える稲葉を一瞥し、手元にある黒ずんだ契約書を見やる。
悪魔契約書………ケルト文字か……何の悪魔だ?……いや、悪魔の真名が記されるべき場所が空白だ。
どういうことだ?これでは不完全だ。
奴は仮契約と言っていたが……
そんな事は後回しだ。
俺はこの仮の悪魔契約にサインするつもりなどさらさらない。
俺が心が折れてこの仮の悪魔契約書に俺のサインをしてしまえば、奴の思うつぼだ。
俺は奴に逆らえなくなり、その場でジ・エンドだ。
俺は小町を助ける。
学校の連中にも手を出させない。
正義感からじゃない。
俺もこの学校に大切なものが出来てしまったからな、雪ノ下や由比ヶ浜はもちろん、一色や川崎、俺と関わった連中が今迄通り学校生活を送るには、何一つかけてもダメだ。
俺は少々欲張りになったのかもな。
昔の俺であれば、何かを得るには、何かを犠牲にしなくちゃならないてなことを普通に考えていたからな。
これは美神さんや横島師匠の影響かもな。
俺の周囲凡そ30mには遠巻きにオークが100体強、そしてその中に、ひと際大きな個体のAランク相当のオーク・ジェネラルが控えている。
オーク・ジェネラル1体でも相当厄介な相手だ。
それに50m先の稲葉の周りにはハイ・オークが3体。
小町を掴んだハイ・オークが俺の前、凡そ20m。
こいつ等は稲葉の先輩GSだった元人間だ。
何とか殺さずに無効化しなくちゃならない……いや、そうも言ってられる状況ではない事は分かっている。分かっているが……。
美神さんに躊躇するなと叱られた事が今更ながら頭をよぎる。
その時は覚悟を決めるしかない……か。
俺に出来るのか?……いや、小町や皆を守るには……。
さらに、オークは今も異界の門から次から次へと現れている。
そして、稲葉自身は何仕出かすかわからない。稲葉自身からは強い霊力を感じないが、オークを操るすべを持ち、こんな大それたことを仕出かしたんだ。俺の見た事もない魔道具や封印筒を持っているようだしな。
まだ、奥の手を隠しているかもしれない。
もしかしたら、オークやそれ以外の魔獣を封印した封印筒をまだ手元に持っているかもしれない。
小町は捕まったまま、体育館の生徒達を守らなければならない。
普通に考えれば、BランクGSになりたての俺じゃ歯が立たないシチュエーションだ。
確率は低いかもしれないが、まだ、やり様はある。
そして俺はある期待をしている。いや、ほぼ確実視していることがある。
きっと、この場に助けが来ると……
先ずは小町の奪還だ……。
人質としてオークに掴みあげられているが、幸いにも小町は俺の20m前にいる。
そこは俺の間合いなんだよ。
小町は返してもらうぞ。
俺は悪魔契約書を書くふりをして、霊気を開放し、霊力を最大限まで高める。
霊視空間結界改………
通常は霊視空間結界の間合いは15mが限度だ。
だが、瞬間的に25mまで広げる事が可能だ。
その代わり、多量の霊力を消費するがな。
そして……俺は心の中で叫ぶ。
【内なる魂の叫びを顕現せよ!ダーク・アンド・ダーククラウド!!】
俺は霊視空間結界を最大出力範囲25mに一瞬だけ拡張し、俺の内なる存在であるシャドウ、ダーク・アンド・ダーククラウドを顕現させる。
真っ黒な雲のような物がハイ・オークに掴まれた小町を一瞬で包む。
次の瞬間、俺の背後にオークに掴まれていた小町を包み込んだ真っ黒な雲、俺のシャドウ、ダーク・アンド・ダーククラウドが現れる。
「妹は返してもらったぞ」
俺のシャドウ、ダーク・アンド・ダーククラウドは、俺の霊視空間結界内でのみ発現する限定的なシャドウだが、特性として、触れたものの時間を遅らせる事が出来る。
さらに俺の霊視空間結界内では、自由に出現できる。
要するにだ。限定的だが霊視空間結界内では瞬間移動の真似事が出来る。
ダーク・アンド・ダーククラウドが包み込める質量の物なら、一緒にこんな感じで瞬間移動が可能なのだ。
春の妙神山の修行でさらに特性が増えている。
『なっ!?……』
稲葉は遠目でもわかる間の抜けた驚き顔をさらしていた。
「お…お兄ちゃん………?」
ダーク・アンド・ダーククラウドに包まれたままの小町も同様で、涙でぬれた目で俺を不思議そうに見上げていた。
俺はそっと小町の頭を撫でる。
「もう大丈夫だ。小町」
『な、何をやった!!なんだそれは!!そんなのは僕は知らない!!』
通信札越しにもわかるぞ。その驚き様は……
「俺の奥の手だな……奥の手は最後まで隠しておくもんだ。あんたが最初かもな、これをさらしたのは」
俺は小町を抱き寄せてから、ダーク・アンド・ダーククラウドを人型の黒い霧か雲状の影のような姿に変えてあえて見せる。
『だましたな!この僕を!もろとも死んじゃいな!!……なっ!?なぜ発動しない!?』
稲葉の奴は、小町に魔法式のブービートラップを仕掛けていやがった。
だが、ダーク・アンド・ダーククラウドは小町の制服上着に描かれた爆破の魔法式と描かれた上着の一部を分離させ空間移動させていない。小町には悪いが今着ている制服上着の背中は丸くえぐり取らせてもらった。
魔法式が描かれた制服上着の一部は、まだハイ・オークの手の上にあり、トラップの爆破の魔法式は発動しハイ・オークの手を腕ごと吹き飛ばしていた。
「そりゃ、お互い様だ」
俺はそう言いながら、撤退行動を取ろうとするが、既にオーク共に囲まれている状態だ。
しかもAランクのオーク・ジェネラルが俺の撤退を阻む。
流石にきついか……
『くっ……まあいいや、どっちにしろ君も学校の生徒達もお終いだよ。オーク共の半分は体育館の生徒を襲え!残りのオークとオーク・ジェネラルは目の前の目障りな男を妹共々喰ってしまえ!!』
稲葉は俺と小町共々、学校の連中をオークに襲わせようとする。
だが、突如として、大きな振動音が上空から襲ってくる。
次の瞬間、光が俺の横を横切ったと認識した直後に、俺の目の前のオーク2体の顔に大きな穴が開いていた。
………やっとお出ましか。
遅いっすよ。
俺は期待していた救援が現れた事にホッとする。
俺はそう思って振り返ると……
「クゥーーン」
そこには何かメカチックな小さな物体が、俺に腹を見せて尻尾を振り撫でてくれとせがんでいた。
「………あれ?いや、俺が期待していたのはお前じゃないんだが……え?今のお前がやったの?」
「キャンッ!」
ロボコップ犬……いや、体中にはチョバムアーマーのようなメタリックな装甲が取り付けられ、背中から肩口にはビーム砲二門、頭にはシ〇アのようなヘルメットをかぶり、腰にはウイングが取りつけれていたが、俺が良く知るちっちゃな犬だった。
ドクターが開発した家庭用多目的装甲装備を装着した由比ヶ浜家の愛犬、ミニチュアダックスフンドのサブレだった。
何?オークを一撃で倒しちゃったんだけど……へ?あのビーム砲って蚊とかハエとかを駆逐するぐらいの威力とか言ってなかたっけ?
そして………
「わーーっはっはーーーーっ!!わし、参上!!!」
上空にぽっかり空いた結界の大穴から、高笑いをしながら降りてくる紳士風の中年西洋人。
その中年西洋人は、空中に浮いているピンクのポリバケツをひっくり返したようなフォルムのよくわからない物体の上に直立不動で立っていた。
そのよくわらからん物体とは由比ヶ浜家のガハママのお使い家事補助ロボなんだが、割りばしのような手の部分だった所にはプロペラが回っていて、胴体下からロケット噴射を噴き、その中年西洋人を頭に乗せて空中を飛んでいた。
………なんで飛んでるんだ?あれって、捨てられてた生ごみ処理機と洗濯機から作ったって言ってたよな。どんなテクノロジーなんだ?
そんなとんでもない中年西洋人を見て稲葉はその言葉言ってしまう。
『だ、誰だ!?』
ああ、言っちゃったか……まあ、仕方がないとはいえ……アレだ。
空飛ぶ中年西洋人はマントをはためかせ、口上する。
「わーーっはっはーーっ!わしを誰とな!?良く聞け!!小僧と豚面共!!そして恐れ崇めよ!!数多の錬金術を生み出し、世界の真理と科学を我がものとするヨーロッパの魔王ドクター・カオスとはわしの事じゃ!!わーーーはっはっーーーーー!!!!」
相変わらずの自己紹介、これが言いたくて仕方がなかったんだろうなドクター……。
というか、稲葉が俺に通信札越しに発した言葉がどうやって聞こえたのだろうか?
いや、ドクターに一般常識は通用しない。深く考えないでおこう。
『ド、ドクター・カオス!?あのSランクの!?ヨーロッパにいるはずの!?いや、そんなはずはない。ドクター・カオスは見た目もかなり年がいっていたはず!』
稲葉は大いに狼狽していた。
そりゃそうだ。教科書とかに載ってるドクター・カオスは70歳ぐらいの爺さんの姿だからな、若返りの秘薬のお陰で今は40歳前後のナイスミドルな姿に若返ったなんて、常識的に考えられるわけがない。
まあ、ドクターの事を知ってる人物なら、あり得ると考えが至るかもしれない。
何せ非常識が人の皮を被ったような人だ。
「ふはははははっ!カオス式雷光砲じゃ、っとおわっ!落ちるとこじゃった!」
ドクターは何やら背中から巨大なビームバズーカーのような物を取り出し構えたのだが、
足元が狭いお使い家事ロボの頭からズレ落ち、ビームバズーカーを取り落とし、必死にお使い家事ロボにしがみ付く。
ビームバズーカーは電撃を乱発射しながら、地面に落ちて行くのだが、何体かのオークがそれ巻き込まれる。
というか俺も危なく当たりそうになったぞ。俺を殺す気ですか?霊視空間結界を発動してなかったら避けられなかったところだ!
次に………
上空から、足からアフターバーナーを吹かし自力で飛んでくる若い女性を見て、稲葉はさらに唖然とした感じだった。
『なっ、あの女はなんなんだ!?』
そうマリアさんだ。
空から飛んで来て、生徒達を襲うために体育館に向かったオーク共の前に降り立ち、ロケットパンチやら、腕からガトリングマシンガンやら、目からのレーザービームやら、足から飛び出すミサイル群やらで全てをあっさり吹き飛ばし粉砕殲滅する。
圧倒的だった。
マリアさんの戦闘をする姿を初めて見たんだが……でたらめに強い。
……強いんだが、あの重武装は何?普通に銃刀法違反とかじゃない?霊能とか全く関係ないんじゃないか?というかグラウンドが穴だらけのボコボコに……。
もう、別次元だろこれ、スパロボとかなんかそんな感じだ。
小町は俺にしがみ付きながらもその光景をポカンと口を開けてみているだけだ。
そうなるよなこれ。
俺もそう思う。これは酷い。
俺は小町と甘えてくるサブレを小脇に抱え、マリアさんの所まで大きくジャンプし後ろに下がる。
「マリアさん。助かりました」
「ヒッキーさん・ご無事で・なによりです」
マリアさんはこの頃、俺の事をヒッキー呼びになってしまった。
由比ヶ浜がヒッキーって呼び続けるし、由比ヶ浜のかーちゃんはヒッキー君だし、遂にマリアさんまで……。ドクターは相変わらずガリレオ呼びだけどな。
そう、俺が期待していた助けとはドクター・カオスとマリアさんの事だ。
ドクターとマリアさんが由比ヶ浜のピンチに来ないはずが無い。
由比ヶ浜のスマホや時計にGPSでも仕込んでいたんだろう。
あの結界で通信が途切れたから、セフティモードか何かが発動して、あのカウントダウンだ。しかもドクターとマリアさんに何らかの手段で由比ヶ浜の危機を知らせたのかもしれない。
ドクターは何だかんだと、由比ヶ浜の事は孫娘のようにかわいがってるし、マリアさんも姉妹のように思ってるからな。
これに気が付くのに、ちょっと時間がかかったが、冷静に考えれば当然だった。
俺は途中から、ドクターたちが救援に来るだろうと考え、時間稼ぎをしていた。
9割9分の確率でな。
「ガリレオよ!!うんこが渋ってな、遅れたわい!!小娘も無事そうじゃな!」
ドクターはお使い家事バケツ型ロボと俺達の目の前に降り立つ。
遅れた理由がそれかよ?あの由比ヶ浜の時計のカウントダウンは一体何だったんだ?
「……ドクター、正直助かりました」
「ガリレオ!そんな事よりもだ!オークとな!こんな面白そうなことを独り占めとは!しかも、あれは異界の門じゃな!なかなかのもんじゃ!わし、ラッキー!」
ドクター、俺達を助けに来てくれたんだよな。
自分の知的探求心で来たわけじゃないよな。
俺は疑ってはいけないが、つい疑いの目でドクターを見てしまう。
「…………いや、助けに来てくれたんじゃないんすか?……まあ、いいです。異界の門を止める事は出来ますか?」
「わーーはっはっ!わしを誰と思っておる!言われんでも全て調べつくしてやるわい!!」
「いや、止めて貰えるだけでいいんで……って聞いてないし」
ドクターは俺の話なんて聞かずに、高笑いをしながら異界の門へと走って行く。その後ろをお使い家事ロボがついて行った。
俺の腰にしがみ付き、涙をポロポロと流し鼻をすする小町に頭を撫でながら語りかける。
「小町……」
「お…お兄ちゃん……怖かったよぉ……」
「小町、体育館に一人で行けるか?」
「……お兄ちゃんと一緒がいい」
小町は子供のように首を横に振る。
「俺はこいつ等を如何にかしないといけない……わかるよな」
「グスッ…………うん」
「すまん小町。だがこいつが一緒だ。この札を持って行けば、体育準備室の裏扉が開く」
俺はロボコップ犬、いやサブレを抱き上げ、小町に渡す。
「ハァハァハァ、キャン!」
小町に抱き上げられたサブレは元気づけるためか、小町の鼻をなめる。
「お兄ちゃん……頑張って」
「ああ」
小町は足早にサブレと共に、体育館へと駆ける。
こうしてる間にも、マリアさんは目の前のオーク共やオーク・ジェネラルに攻撃を加え、けん制をしてくれていた。
『なんなんだ!?一体なんなんだよ!!比企谷八幡!!』
通信越しに稲葉は叫んでくる。
「魔獣を操り、非合法な手段で学校の平和を脅かし、あまつさえ俺の妹を人質にとり、生徒の命を奪おうとした所業はもはや悪魔とかわらん。ゴーストスイーパー比企谷八幡がお前を倒す」
カオス登場で、シリアスが崩壊><
しかたがないよね。ドクター・カオスだし。
ガハマさんのあのカウントダウンの正体は……