やはり俺がゴーストスイーパーの弟子になったのは間違っていた。   作:ローファイト

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(155)狙われた美神令子 その5

眼前には深紅のタコ型の悪魔、本性を現した中級魔族プロフェッサー・ヌル、さらに四方には様々な形態の合成魔獣であるキメラが俺達を囲んでいた。

普通だったら絶望的な状況なのだろう。

 

だが……。

「あんた達、いーい、いつもの作戦で行くわよ」

美神さんは悪そうな笑みをニヤリと浮かべていた。

何故だか、この悪そうな笑みを浮かべる美女がそう言うと、絶望感など微塵も感じなくなる。

世界最高峰のS級辣腕ゴーストスイーパー美神令子への信頼感というのだろうか。

いや、少し違うか。

美神さんに比べれば目の前の悪党ぶりなど可愛く見えてしまうのかもしれない。

悪魔よりも悪魔らしい美神さんの悪魔的頭脳と破滅的精神構造に対しての圧倒的信頼感。

これがしっくりくる。

あの美神さんのせこさやド汚さに眼前の連中が勝てるとは到底思えないからだ。

言っておくが決して悪口じゃないぞ。誉め言葉だ。

 

俺はそれを皮切りに、退魔用スモークグレネードと嗅覚を狂わす特殊ハーブを配合した対悪魔用の発煙弾をその場に放り投げ、辺りに煙幕を一気にまき散らし、視界を遮ると同時に相手の嗅覚をも狂わす。

光を放つ閃光グレネードとは違い、相手の目に直接ダメージを与える事が出来ないが、効果が一瞬である光とは違い、煙はそこそこ滞留するため相手の視界をしばらく遮る効果がある。

 

煙幕の中、俺達は三人ひと固まりとなり、もちろん逃走を図る。

 

そう、これは戦略的撤退だ。

今の盤面は、相手の本拠地であり、場所的にも戦力状況も明らかに相手側に有利な状況だ。

わざわざ相手が有利な場所や状況で戦う必要はない。

 

煙の視界の中、どうやって一緒に行動できるのかって?

俺の場合は霊視があるから問題ない。

霊視空間結界を発動し、周囲10m内の状況を煙の中でも正確に把握できる。

それに、ここに来るまでに、霊視であらかたこの洞窟や研究施設の構造を把握していたため、撤退ルートも大方決めていた。

美神さんが好きそうなシチュエーションや撤退ルートも大体把握している。

まあ、美神さんと伊達に数年過ごしていないし、横島師匠やキヌさんほどじゃないがなんとなく美神さんの次の行動パターンが分かってしまう。

 

煙の中、プロフェッサー・ヌルの声が聞こえてくる。

「ほーーっほっほーーー!同じ手は二度も喰いませんよ」

ヌルは炎と氷結の強力な魔術攻撃を正面に広範囲に連続で放ってくる。

こんなものが直撃すればひとたまりもない。

防御結界を張ったとしても俺レベルが張った結界など、直ぐに破られ、わずかな時間稼ぎとしかならないだろう。

 

だが、ヌルの攻撃は俺達には当たらない。

 

「おや?手応えがありませんね。では、あちらですか?」

ヌルは、今度は水や風の強力な魔術攻撃を右遠方に放ったが、やはり撤退中の俺達には全く届かない。

それどころかさっきから全く的外れな場所に攻撃を放っている。

 

そう、ヌルが攻撃を仕掛けているのは俺達じゃない。

美神さんが放ったダミーの簡易式神だ。

美神さんは俺が煙幕を張ったのと同時に、式符札をばら撒き、俺達の姿と霊気パターンがそっくりな簡易式神を何体も展開していたのだ。

美神さんの霊力コントロールなら、ダミーの簡易式神をわざと偽物っぽいものから、限りなく本物っぽいように調整でき、ある程度走ったり飛び跳ねたりなどの動きを付ける事も出来る。

ヌルが最初に攻撃したのは、恐らくヌルへ向かって攻撃するような動きをさせたダミーだろう。

美神さんはヌルに、初手で閃光グレネードで視界を奪い攻撃したのと同じ攻撃パターンだと思わせたのだ。

この視界の悪い煙幕の中、色んなパターンのダミーの簡易式神をまき散らすことで、まんまとプロフェッサー・ヌルを騙食らわせた。

 

「プクククク、どこ狙ってるのかしら?なーにが同じ手は二度と喰わないよ!このタコ!」

美神さんはバカにしたように笑いヌルを挑発する。

 

「おや、逃げるつもりですか?ですが貴方こそバカものですね。自ら声を上げて場所を知らしめるなどと。先兵、キメラ共、美神令子はあちらです。追うのです」

ヌルは俺達が逃げ出した事に、ここでようやく気が付いたようだ。

 

「げっ、やばっ!!」

 

「ほーーっほっほーーーっ、そちらは行き止まりですよ。悪あがきもここまでです。美神令子を捕縛なさい」

スモークグレネードの煙幕の効果も薄れだし、徐々に視界も良くなり、一見ピンチに陥る様に見えるが、ヌルたちが追ってる美神さんはダミーの簡易式神だ。

簡易式神に美神さんの声を再生させたのだ。

美神さんが念じた言葉がその簡易式神が発するという仕組みなのだ。

美神さんは簡単そうに発動させているが、これが相当高難易度の術儀だ。

複数の異なる術儀を同じ媒体を通して発動させるには相当な霊力コントロールが擁する

気配から動き、声までこれ程精巧な簡易式神を再現できるのは、日本でもごく限られた霊能者だけだろう。

 

俺達は既に随分とヌルから遠のき、ヌルたちがダミーの簡易式神を追ってる隙に、通って来たトンネルを抜け採掘場へと出る。

 

そして、採掘場が一望できる向かいの崖の上まで移動し、岩場から採掘場の様子を伺う。

「そろそろかしら。ヌルの奴、私達がとっくに外に出て行ったことにようやく気が付いて、茹でタコのように真っ赤になって慌て私達を追って来くる頃ね。そういえばタコが悔しがる顔ってどんなかしら?まあいいわ。比企谷君、霊視でヌルがトンネルの真ん中位を通ったら、爆破しなさい!」

 

「了解です」

俺は逃走中に美神さんの指示に従い、トンネル各所にリモコン式の高性能プラスチック爆薬をセットしていたのだ。

何故そんな物を手慣れた様にセットできるかって?そんなもの美神さんの元で働いてれば嫌でも慣れてくる。

美神令子除霊事務所の常套手段だ。

 

俺は霊視で採掘場のトンネルを注視し……。

「ヌルとキメラがトンネルを通ります」

 

「爆破よ!」

美神さんの掛け声と共に俺は起爆スイッチを押す。

トンネル仕掛けた爆薬が轟音と共にトンネルが崩れ落ち、切り取られた山肌が崩れ落ち、トンネル入り口は完全に塞がる。

 

 

爆破と崩れ落ちた土砂による土煙が採石場を覆う中、俺は霊視を続ける。

「キメラの反応は微弱、ヌルは健在です」

トンネルは爆破の崩落で埋まったはずだが、ヌルの気配は多少のダメージは受けているようだがほぼ変わらない。

しかもどうやってか、崩れたトンネル内を移動しているのだ。

 

「ふん、想定内よ。奴は腐っても中級魔族。この程度で終わるはずが無いわ」

 

「美神さん、どうします?」

キヌさんは美神さんに次の指示を仰ぐ。

 

「おキヌちゃんはこの場で防御結界を張り待機、私のバックアップサポートよ。比企谷君は生き残ったキメラが現れたら任せる。ヌルの奴は私が直々に蹴りを付けてやるわ。奴には借りがある。借りっぱなしってのは性に合わないのよ」

美神さんは札を腰のポシェットに詰め込みながら、神通棍を手に瓦礫が崩れ落ち塞がったトンネルの入り口をギラついた眼で見据えていた。

普通だったら中級魔族相手にタイマンなど自殺行為も甚だしいが、美神さんだったら何とかしてしまうのではないかと自然に思ってしまう。

 

「わかりました。準備します」

「了解です」

キヌさんと俺は当然のように返事をする。

 

そうこうしている内にトンネル入口を塞いでいた瓦礫がゴトゴトと音をたてて更に崩れると同時に、タコの姿の悪魔、プロフェッサー・ヌルが現れる。

「逃げられましたか……研究所をここまで破壊するとは美神令子許せませんね。必ず捕まえてありとあらゆる実験を行った後、屈辱的な辱めを受けさせてあげましょう」

 

 

「あら?タコがこんな所に何でいるのかしら?ここは海じゃないのよ?こんな山奥まで迷うなんてよっぽどの間が抜けてるのね」

美神さんは採石場を見渡せる崖の上からヌルに対し相変わらずの挑発をする。

 

「美神令子!!…ほほほほほっ、てっきり尻尾巻いて逃げたとばかり、間抜けは貴方ですよ。たかが人間の小娘がこの私に勝てるとでも思っているのでしょうか?それこそナンセンス」

 

「どうかしら?タコはタコらしく刺身になりなさい!」

美神さんはそう言って、崖から飛び降り、ヌルに対して札を10枚程一斉に投げつけながら採石場に降り立つ。

 

「四大属性を操る私にはそんな攻撃は通用しませんよ」

ヌルは触手を上に掲げ、魔術で炎をまき散らし美神さんが投げつけた札を焼き切る。

 

「そうだったわね。ならこれならどう?」

ヌルが放った炎が引くと同時に、美神さんは神通棍を二本を両手に持ち、間合いを取りながら、神通棍を鞭の形状に変化させ、ヌルに連続で打ち据える。

二本の鞭はしなりを活かし上下左右から縦横無尽にヌルに襲い掛かった。

 

「ふむ、やりますね」

ヌルも自らの触手を鞭のように操り、美神さんの鞭攻撃を防ぐ。

 

「ふん。前の様にはいかないわよヌル」

美神さんの神通棍の鞭攻撃は防ぐヌルの触手にダメージを与え、何本かは切り落とし、攻勢に出る。

俺はこの様子を遠巻きに見ている事しか出来ない。

キメラの邪魔が入らない様に採石場全体に霊視で監視しないといけないと言うのもあるが、美神さんとヌルの凄まじい攻防に入る余地などない。

俺が横やりを入れる隙も無いし、邪魔にしかならないだろう。

 

 

だが、ヌルの触手は切り落としたと同時に直ぐに生え変わり、切り落とした触手は低級悪魔に変化し、美神さんに襲い掛かる。

 

「確かに少々面を喰らいましたが、私には8本の触手があるのですよ。圧倒的に私が有利なのはかわりませんね。これはどうでしょう」

ヌルは美神さんの鞭攻撃の合間をぬって、触手から氷の礫や炎の弾を美神さんに放つ。

 

「くっ……」

美神さんはヌルの魔法攻撃を避けつつも攻撃の手を緩めないが、徐々に押され気味となり、少しづつ後退していた。

 

そして、美神さんはヌルの攻撃に耐えきれなくなった様に大きく後ろにジャンプし下がるが、体勢を崩し膝を付く。

 

「ほほほほほほっ、美神令子。大人しく私の実験台になりなさい」

ヌルが好機と見て、美神さんに一気に迫り決着を付けようとする。

 

するが……

迫り来るヌルの足元に突如として地面から術式が展開され、ヌルは足元から一気に氷で覆われ氷漬けとなる。

これは美神さんが展開した氷結の術式だ。

「誰が実験台になるですって?」

 

俺はこの霊視に優れた目ではっきり見えていた。

美神さんは鞭でヌルを攻撃しながらも、鞭で地面に術式を描いていたのだ。

しかもこれ程強力な術式を……。

 

「何度も言いますが四大属性を操る私にこの程度はどうってことありませんよ」

ヌルは氷漬けになりながらも、余裕の声を上げると同時に、氷が溶けだす。

 

「あっそう。じゃあこれは?」

だが、それと同時にヌルを中心に視界を奪う程の水蒸気が一気に吹き上がり辺り一帯に激しい爆発を起こる。

 

「ぐほっ!?」

水蒸気爆発だ。

美神さんは複数の術式を組み込んでいた。

ヌルが氷から抜け出す事も想定し、次の術式を仕込んでいたのだ。

たぶんこれは、氷を一気に蒸発させることによって、物理的に水蒸気爆発を起こさせたのだろう。

火山の噴火と同じ原理だ。

しかもこの威力。まさしく火山爆発の如く勢いだった。

美神さんはこれに巻き込まれない様に大きく後退したのか。

いくら中級魔族といってもこれはたまった物じゃないだろう

 

「まだよ」

美神さんはそう言って、ヌルを中心として水蒸気爆発の影響で濛々と立ち上がる煙と水蒸気に、数枚の札を素早く投げつける。

 

すると水蒸気と煙が電気を帯び、プラズマが水蒸気と煙りを駆け巡り、激しくスパークする。

「があああああああああっ!?」

ヌルの苦しむ叫び声が響き渡る。

たぶん水蒸気を利用して、電撃の札か何かで電気を流し電子レンジの様な力場を作ったのだろう。

しかもプラズマに膨大な霊的エネルギーを感じる。

対悪魔用術式も組み込んでいるのだろう。

 

凄まじい連続術式だ。

こんな事をサラッとやってのけるが、オカルトだけでなく物理や自然科学等の高度な知識と、術式の構成や精密な霊気コントロールが成せる超高度な連続攻撃なのだ。

こんな事が出来るのは俺が知ってる限り美神さんぐらいだろう。

美神さんはああ見えて、オカルトに対して研究熱心で弛まない努力を重ねている。

美神さんの札や術式の扱いは右に出る者はいないだろうと俺は思う。

それこそ対抗しうるのは母親の美智恵さんぐらいだろう。

俺の術式や札の扱いについては美神さんのほぼ見様見真似だ。

直接教わる事は少ないが、これに関しては師匠だと言ってもいいのかもしれない。

 

「いーわ!その声が聞きたかったのよ!」

そんなヌルの苦しむ叫び声を聞いた美神さんは何故か晴れやかな笑顔だった。

まあ、霊能に関しては尊敬できるが……性格的にはどっちが悪魔かわかったもんじゃない。

 

「ば……ばかな!?」

触手も吹き飛びボロボロとなったヌルは丸焦げになり煙を上げながら倒れる。

 

「あんた達魔族は人間をなめ過ぎなのよ」

そう言って美神さんは倒れたヌルに近づき土角結界を施した。

ヌルは土に覆われ石造の様になり封印される。

その上に更に封印札を厳重に張り付ける。

 

「美神さん…流石ですね」

凄すぎるだろ美神さん。

中級魔族を拘束しちゃうとか……。

やはり美神さんもゴーストスイーパーとして抜きんでた存在だ。

 

「ふう、比企谷君、キメラの方は?」

 

「出て来てないですね。生きてる奴はいますが生き埋めですね」

 

「そう、後はオカGに任せればいいわね。このタコも捕まえたし報奨金もたんまり貰えそうだし。おキヌちゃーん、オカGに連絡して早く来いって言ってやりなさい。それと念のために札の補充と神通棍の替えをお願い、後なんか飲み物も頂戴」

美神さんは後方の防御結界陣で待機していたキヌさんに大声で催促する。

 

「はい」

キヌさんは既に準備していたのだろう。

直ぐにこちらに駆けつける。

 

 

しかし、俺は突如として巨大な霊気を感じ上空を見上げる。

 

美神さんも同じく霊気を感じたのだろう。

身構えながら上空を見据えていた。

 

「これは困った。ヌルはまだ計画には必要なんだよ。返してもらえないかな?」

声から男だと分かったが、フードを深く被り灰色のマント姿の背の高い何者かが空に浮かんでいた。

 

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