やはり俺がゴーストスイーパーの弟子になったのは間違っていた。   作:ローファイト

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ご無沙汰しております。

本編再開前に番外編です。
長くなりそうなので前後編になりました。


【十六章】クリスマス編
(183)番外:乙女の心うち雪ノ下陽乃の場合 前編


 

「もうすぐクリスマスか……」

大きなクリスマスツリーやクリスマスに向けての宣伝広告など、街の雰囲気がクリスマス一色に染まりつつあるのを見て、思わず口ずさむ。

 

クリスマスは私にとって特に特別な思い入れがない。

確かに家では父さんがプレゼントを渡してくれたり、食事がクリスマス風であったりしたし、学生時代はクリスマスイベントなんかにも参加したりもした。

だからと言って、本当の意味で宗教的に祝ったりなんてことはもちろん無いし、世間一般に言う恋人たちの特別な日なんてことも感じたことが無い。

確かに、クリスマス前になると男たちがよく告白をしてきたりしたけど、全部断った。

 

 

「比企谷君と……か」

一緒に過ごしたい人がいる。

 

比企谷八幡……

3つ下の男の子。

雪乃ちゃん、妹の同級生。

 

ただ、それだけだったんだけどなー。

 

 

彼と直接出会ったのは1年半前……。

雪乃ちゃんが珍しく興味を持っていた男子で、奉仕部の部員。

だから、雪乃ちゃんに近づく不届きものかどうか見極めるために、雪乃ちゃんと買い物に出かけている彼にちょっかいをかけたのが最初。

彼自身は、雪乃ちゃんが乗っていた車で事故に会わせてしまった相手だったから、その時に調べがついていた。

何の変哲もない一般的な家庭で育った普通の男子だった。

 

最初に会った時の印象としては、かなり警戒心が強く、独りよがりなところがある男子って感じで、私の事も警戒し、世間面も見破ってきたわ。

でも、初心なところがあって、何となくほほえましくもあった。

私の周りには居なかったタイプの男の子で、ちょっと興味が湧いていた。

人付き合いが悪い雪乃ちゃんが興味を持つのもわかる気がする。

最初の頃の比企谷君の印象はそんな感じ。

 

とりあえずは、雪乃ちゃんを害するような男子じゃないことはわかったし、面白そうだからそのままにした。

 

私は私で忙しかったし……。

 

その頃、京都の大学に通いながら、住み込みで陰陽師としての修行を励んでいた。

私の肩書は土御門陽乃

平安時代から続いている陰陽師の大家、土御門家の一門衆としての私。

 

雪ノ下家は土御門家の分家の一つではあるのだけど、陰陽師としての役目などは既に負ってはなく、関東における拠点の一つといった程度。

ただ、経済的には雪ノ下の方が大きく。

金銭面的に本家をバックアップしているようなもの。

陰陽師としての力は失った分家ではあるが、稀に私のような霊能力に恵まれた人間が生まれ、本家に迎え入れられる。

私が霊力に恵まれている事が発覚したのが8歳の時。

あんなに喜ぶ母を見たのはあの時が初めてだった。

 

10歳になると、土御門家から陰陽師の教育係の園儀先生が派遣されてきた。

園儀先生は、後の師匠である現当主土御門風夏を幼少の頃から支えて来た実力者で、70を過ぎて現役を退き、相談役をされていたそうだが、私のために教育係を買って出て、わざわざ千葉まで来られたのだとか。

父や母が言うには本家から期待されているということなのだそう。

 

両親に言われるがまま、園儀先生の元で陰陽師の修行を始めた。

最初は勉強や生け花やピアノ等の習い事と同じで、ただただ、両親の言いつけを守りこなしていただけだった。

 

しかし、陰陽師の修行は今までの私の常識を悉く壊してくれていた。

今迄の日常とは非なるもの、学校の勉強や習い事では味わえなかった高揚感を感じるようになった。

悪霊や妖怪から人々を守るために、それらを討ち倒すための力。

そう、倒すべき敵が存在しそれを自分の力でねじ伏せる。

私の心に火が付いたのはこの時だったと思う。

今迄は両親に言われるがまま、いい子になろうとする自分がいた。

それとはまったく違う自分、何かから解き放たれたような感覚だった。

私の本能なのか本性というべきかそんなものが膨れ上がる。

私は勉強や習い事も今まで通りこなし、雪ノ下にとっていい子を演じながらも、陰陽師の修行に没頭する。

 

中学、高校へと進学し、陰陽師の修行を続けていた。

学校ではそれなりに交友関係を持ち過ごしてたけど、何か物足りない感じがいつもしていた。

私は既に将来は陰陽師、ゴーストスイーパーを生業にすることを決めていた。

危険を伴う仕事だけど、実力さえあれば、どこでも生活ができる。

それに私の性に合ってるし、いざとなれば家を出ることも可能だと。

 

だが、私は母親の命令で高校卒業と共に京都嵯峨野の土御門本家に向かうことに。

土御門で陰陽師の修行が出来ることは私としても異存は無いし、むしろ望むところだったのだけど、そのまま言いなりというのもしゃくだったため、何かと理由を付け条件を出す。

大学に通いながらであれば向かうと。

土御門本家もそれを受け入れてくれたのもあるし、両親も意外とあっさり私の要求が通してくれた。

後で知ったのだけど、この時既に私は土御門当主の次男に嫁ぐ事になっていたらしく、その次男や長男も地元の大学に通っていたため、それ程難題な要求ではなかったらしい。

 

 

ただ、心配だったのは雪乃ちゃんの事。

私のかわいい妹。

でも純粋過ぎて、世間になじめない。

両親の教育方針であの子は自分で何も決められない子に……、

あの子一人にしてしまうと両親の言いなりになってしまう。

だから、あの子を一人暮らしさせるように仕向け、両親にも納得させた。

 

 

そして4月、土御門家へと。

私は当主から直々に師事を受けるものだと思っていたのだけど、見習い入門生と同じ訓練を受けることに……。

そこには主に関西一円の霊能家の子息子女や私のように土御門家の分家の人などが集まっていた。

そこで、実技模擬戦でも私にかなう人はいなかったし、こんなものかと期待外れではあった。

でも、当主や上級陰陽師の方々からはひしひしと強者の力を感じる。

私も早くその方々から学びたくて、直訴した。

すると、当主直々の除霊に同行を許されることになった。

 

そこは、いにしえの悪鬼の封印された洞窟。

当主と土御門家の陰陽師12人での大規模地鎮だった。

封印が弱まり、妖魔が至るところから湧き出る状況、私も千葉で園儀先生の除霊に同行し実戦の経験もあったのだけど、まるで違う。

私は前に出過ぎて妖魔に囲まれピンチに陥る。

死がすぐそこにあるギリギリの感じに私は何故か笑みを浮かべていた。

この感じ、どうしようもないこの感じが私の感覚をマヒさせる。

私はまだやれる。

周りの連中を打ち倒せと。

 

 

しかし、私を囲んでいた妖魔が次々と結界に囲まれ、結界内で消滅。

その後に、土御門家当主土御門風夏がひょっこりと顔を出す。

「ごめんね。ちょっと刺激が強すぎたかしら?」

 

私が必死抵抗していた妖魔たちを、あんなにあっさりとこの人は本物だ。

「……当主様、今の結界をどうやるんですか?どのような術で消滅まで?」

 

「あら?天狗になってるあなたの鼻をへし折ってほしいと言われていたのだけど。そんな必要はないようね。この状況でもあきらめるどころか、全然動揺してないものね」

 

「天狗?……そんなことよりも、教えてください」

 

「それにしても聞いていたのとは随分違う感じね。いいでしょう。雪ノ下陽乃さん、あなたを正式に私の直弟子とします。明日からは私の元に来なさい。それと、これからは私の事は当主ではなく師匠と呼びなさい」

 

「はい、師匠」

 

「ふふっ、元気のいいことで……」

 

こうして私はご当主直々の直弟子となる。

これはかなり異例の事らしい。

いくら分家の才能がある人間でも、本来他の見習い入門生と1~2年は修行を行い様子を見るのが通例とか。

霊能の才能があっても土御門の陰陽師になれるとは限らない。

適性を見定めるためにもそういう制度にしているようだ。

私の場合元々、教育係の園儀先生が派遣されていたため、ある程度当主にも私がどのような人間なのか伝わっていたハズなのだけどな。

 

私は師匠土御門風夏の元、寝食を共にしながら修行に励む。

修行はかなり厳しいものだった。

体裁などは邪魔でしかない。

それに高レベルの霊能者で精神感応系の能力に長け、人生経験豊富な師匠には私の表向きの顔やちょっとしたウソなんて直ぐにバレてしまう。

そうなったらもう、自分をさらけだして、本音で付き合うしかないわ。

だから、修行は厳しいけど、なんだかんだと師匠との生活は雪ノ下の家に比べるべくもなく、心地よかった。

まあ、次男の数馬はいちいち突っかかって来るから面倒くさかったのだけど。

 

一年後、式神雪刃丸の使役試練を乗り越え、正式に土御門の名を名乗ることが許される。

ゴーストスイーパー免許資格試験の5か月前の事だった。

 

 

 

そして……。

10月末のゴーストスイーパー資格試験当日。

二次試験の前に比企谷君と再会した。

 

霊能者ではないと試験すら受けられないゴーストスイーパー資格試験の受験者として。

そう、彼は霊能者だった。

それだけでも驚きなのに、あのSランクGS美神令子の事務所に所属していたなんて。

 

驚きをもって私は彼の試合を見ると……。

身体捌きもかなりいい。

古武術かしら?

それに、かなりの霊力を内包しているのもわかる。

霊力だけなら土御門家の上級陰陽師にも匹敵、それ以上に感じる。

 

良い。

彼、いいわ。

私は久々にゾクゾクとした感覚を覚える。

 

そして、彼との決勝戦。

私はいつものように次々と術式を行使し、彼を追い詰めようとする。

でも、彼の術式に威力は無いけど、それをカバーする回避能力、私の術をこんなに避けられたのは始めてかもしれないわ。

それ以外の霊能があるのかもしれない。

 

彼はこんな激闘の中、搦手を使い、私に持久戦を挑んできていた。

それが分かった段階で、既に私の霊気も僅かしか残っていない。

やられたわ。

 

でもなにかしら、この高揚感。

 

お互い切り札を使い、全力を出し切って……。

最後には私が勝った。

 

私はしばらく、彼との対戦を振り返り気分は高揚しっぱなしだった。

……私は比企谷君の事をもっと知りたい。

あの回避能力とか事前察知能力のような霊能、最後の霊波刀の事も。

 

 

その日、師匠と共に雪ノ下の実家に戻ると、私と次男の数馬との結婚話が上がる。

土御門家と雪ノ下家の立場的にはそういう話になるだろうとは、予想はしていた。

雪ノ下の母の方がこの話に積極的だった。

雪ノ下家としてはそうすべきなんだろうけど。

 

京都への帰りの新幹線で、師匠は私にこんな話をする。

「土御門家の立場と数馬の母親としては、陽乃と数馬の結婚は喜ばしいものよ。でも……あなたの師匠としては複雑なの、陽乃に数馬はもったいないと。だから、あなたに決めてほしいのよ。但し、あなたが数馬以外の伴侶を選ぶのなら、霊能家の人間として、理由が付く形じゃないといけないわ。わかるわよね。要するに少なくとも数馬よりも陰陽師、いえゴーストスイーパーとして優れた人であれば、問題ないわ」

師匠は私にここまでの話をしてくれた。

雪ノ下の母よりもずっと私自身の事を考えてくれてる事に、胸が熱くなる。

そして、この話を聞いて直ぐに彼の顔が思い浮かぶ。

 

「師匠、ありがとうございます。数馬兄さまは確かに霊力も高いですが……将来の私の伴侶は少なくとも私と同等の力を持ってる人と決めてるので」

 

「誰かいい人いるの?」

 

「比企谷君」

 

「陽乃が決勝で戦った高校生の子?確か美神令子ちゃんの事務所だったわね。知り合いだったの?」

 

「はい、彼が霊能者だったことは知らなかったですが、妹の同級生で今迄何度か会ってましたんで、前々から気になってはいたんですが、今日確信に変わりました」

 

「なるほどね……うーん、うん、うん、彼だったら」

師匠は少し思案顔をしてから、頷く。

 

「認めてくれます?」

 

「そうね。でも会ってみないことには、結論は出ないわね」

当然の答えね。

試験で実力を目の前で見せたとしても、自分の息子と天秤をかけるのだから。

 

「師匠が彼に会って認めてくれたらいいんですね」

 

「いいわよ」

この返事をもらえて私はほっとする。

政略結婚は覚悟していたのだけど、数馬は避けたいところだったから。

この頃は、比企谷君については、霊能には興味はあったけど、数馬との婚約破棄の口実にちょうどよかったし、もし比企谷君と結婚する羽目になっても数馬に比べればまだいいかな程度しか思っていなかったし、恋愛感情なんてものは全くなかった。

 

とりあえず、比企谷君を師匠に会わせる算段を立てる。

それで、比企谷君の修学旅行を利用して、師匠に会ってもらった。

 

師匠に対して比企谷君はかなり好印象だった。

これで決まりかな?

 

後は比企谷君を落とすだけ。

 

 

その晩。

土御門家が代々受け継がれている大規模再封印の儀式を執り行われる。

平安時代、京都で猛威を振るった神の血脈を持った鬼、酒吞童子の再封印。

封印が弱まる200年に一度行う儀式ということだった。

私は師匠の横について儀式を学びながら雑務を行う。

 

でも、数年前から準備していたハズの大規模再封印式が起動せず、酒呑童子の瘴気が漏れ、餓鬼等の低級妖魔が湧きだし始める。

「陽乃!私は大規模封印式の修復と再構築に集中します!妖魔共を私に近づけないようにしなさい!」

「はい」

こんなに余裕がない師匠を見たのは初めて、それ程切羽詰まっていたということ。

 

師匠はその場で簡易の大規模術式を展開しつつ、再封印式の修復と再構築という離れ業を一人で行た。

その見事さに、西日本唯一のSランクGS、結界の土御門風夏と世界にその名をとどろかせているのもうなずける。

 

 

封印を終わらせ、土御門本家に戻る途中で、雪乃ちゃんから電話がかかって来る。

もしかしたらこの騒動で雪乃ちゃんも巻き込まれたかもしれないと思っていただけに、ホッとし、電話に出る。

「雪乃ちゃん無事だったのね」

『私は大丈夫。……姉さん、私、比企谷君に助けてもらったの……でも、比企谷君がひどい怪我を……』

「え?どういうこと?」

雪乃ちゃんの話はとんでもないものだった。

数馬が雪乃ちゃんの命を狙って現れ、餓鬼をけしかけて来た事。

比企谷君がゴーストスイーパーを名乗り、餓鬼と数馬を倒した事。

倒した数馬が贄になり茨木童子が現れ、雪乃ちゃんとガハマちゃんが食べられそうになった事。

比企谷君がボロボロになりながらも抵抗し、雪乃ちゃんとガハマちゃんを茨木童子から守った事。

最後は横島忠夫が現れ、その茨木童子をあっという間に倒したと……。

 

茨木童子は酒吞童子の配下の鬼。

平安時代の討伐で唯一生き残った鬼。

その力は恐らくSランククラスはあるだろう。

そんな鬼に狙われ、普通は生きてはいられない。

GSでも師匠クラスの力が無いと抵抗すらできないレベルの妖魔。

私や土御門の上級陰陽師でも単独でどうにかなるものじゃない。

比企谷君はそれでも、何とかしようと、命をとして、雪乃ちゃんを守ってくれたのだ。

雪乃ちゃんが思っている以上に、絶体絶命の危険な状態だったことはGSじゃないとわからないだろう。

 

土御門本家に到着すると、ボロボロで意識が無い比企谷君と右腕を失った数馬が運ばれ、治療を受けていた。

 

私は比企谷君の様子を見にいく。

見るからに比企谷君はひどい状態だった。

全身あちらこちらに骨折に裂傷……。

比企谷君は命の危険を顧みず、必死に雪乃ちゃんを守りきったのだろう。

そう思うだけで、涙が自然と溢れる。

「……比企谷君…ありがとう」

 

この頃からかな。

比企谷君と本気で結婚しようと思い始めたのは。

 


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