やはり俺がゴーストスイーパーの弟子になったのは間違っていた。   作:ローファイト

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㊳精神暴走事件の一端を見る。

 

俺は大きな見落としをしていた。

千葉県で起きてる中高生を中心に起こっている精神暴走事件だが、ニュースやネット、美神さんの報告書にはすべて、急にとか突発的に精神暴走が起きたように書かれていたため、そうじゃないケースやその他のパターンについて全く考慮していなかったのだ。

 

奇しくも先日久々に会った折本の様子が気になって、本人を今日見かけなかったため、海浜総合高校の生徒に様子を聞き、折本の状態が普通でない事が判明し、精神暴走が突発性ではないケースがあるのではないかと気づかせてくれた。

 

今の段階では、折本が精神暴走事件の何らかの影響を受けている確証はないが、可能性はある。

俺は自宅まで折本に会いに行こうと行動を起こす。

 

キヌさんに経緯と状況を説明すると、一緒に来てくれるとの事だ。

雪ノ下と由比ヶ浜にも簡単に状況説明をする。この後の話し合いはキャンセルし、後日にということにした。最初は雪ノ下も由比ヶ浜もついて来ようとしたが断る。デリケートな問題なため、折本に会うのは最少人数の方が良い。それにここからは俺たちGSの領分だ。

それでも、二人はサイゼで待つと言っていたが、どういう流れになるかわからないため、かなり時間がかかるかもしれない。後日必ずキヌさんを交えて話すことを約束し、引き下がってくれた。

 

 

キヌさんがタクシーを呼んでくれて、俺とキヌさんはそのまま折本かおりの家へ向かった。

 

俺の名前を出しても、折本は会ってくれないだろう。まあ、当然と言えば当然だ。

知り合いといっても、中学で同じクラスでしかも、告白されて振った相手だしな。

そこで、キヌさんが表に立ってくれるとの事だ。キヌさんも一度顔を合わせた程度だが、同じ女性だし、キヌさんは誰がどう見ても不審者に見えない。俺が対応して、精神暴走の恐れがある等と説明しても、あやしい不審者に間違われ追い返される自信がある。

 

住宅街の一角にある折本の家に到着し、キヌさんがチャイムを鳴らすと、カメラ付きインターホン越しだが折本の母親と思われる女性が対応してくれた。

キヌさんは六道女学院の名前を出し、GS免許を提示する。

娘さんは何らかの霊障に掛かっている可能性があると……六道女学院の名前は世間一般でもビッグネームだ。霊能科があるお嬢様学校として世間一般に認知されている。

インターホン越しだがキヌさんの誠実で柔和な雰囲気と、六道女学院の制服、そしてGS免許が功を奏したのか、家の中に通される。

 

折本の母親にキヌさんは改めて自己紹介をし、GS免許と六道女学院の生徒手帳を提示する。

俺もGS免許を提示し、総武高校の生徒であることを告げる。俺は普段から生徒手帳は携帯していない。流石は真面目なキヌさん。いつも生徒手帳を内ポケットに携帯してるらしい。

話を聞くと、どうやら折本の母親も娘の様子がおかしい事には、気が付いていたらしく。キヌさんがインターホン越しに霊障かもしれないと告げた際、母親もニュースに流れている事件がもしかしたらと、その可能性について頭によぎっていたらしい。だから、俺たちを家にすんなり上げてくれたようだ。

家に上げたのはいいが、俺とキヌさんと学生だけの二人だったため、訝し気な目で見られていたが、GS免許を提示した際にGS協会のホームページからダウンロードできるアプリを使ってもらい確認してもらった。このアプリ、GS免許をアプリをダウンロードしたスマホのカメラに掲げると本物であるかどうかと本人確認ができる代物だ。その他に協会員であるメンバーの簡単なプロフィールとかも確認できるが、学生であるキヌさんと俺のプロフィールは閲覧できない。一応未成年の個人情報保護という名目らしい。

折本の母親は、俺たちが本物のゴーストスイーパーであることに、さらにCランクであることに驚いていたが、これで、信用してくれたのか……いろいろと折本の現状を話してくれた。

俺はそれを聞いて、これがオカルトによる精神暴走である可能性が非常に高いと判断した。

 

折本はやはり、家でも10日か2週間前から、言動がおかしかったようだ。これぐらいの年頃の女の子が学校や友人関係などで情緒不安定になることはあるだろうと、家族は最初、見守っていたのだそうなのだが、本人がそれに気が付きだし、色々と話し合ったそうだが、ついにはふさぎ込んでしまったらしい。

折本は自分がおかしいと気が付いた時、自分が自分じゃない感じがして怖いと盛んに言っていたそうだ。

俺はそのことを折本の母親に聞いて多少ショックを受ける。俺はもっと簡単に考えていた。

学生がキレたり、暴行する事件は昔からある。俺はそれに毛が生えた程度にしか思っていなかった。

しかし、オカルトにより、霊的構造の一部を損傷させられ精神の一部を歪められた人間は明らかに自分の意思とは関係なく精神をいじられたことになる。影響の大小はあるだろうが、本人にとっては、自分の意志で歯止めが効かない何かの感情と捉えてもおかしくない。あのあっけらかんとして、精神が強そうな折本でも、こんな状況に陥る。

この事件は死人こそ出ていないが、暴走を起こされた人間は、今後の人生に大きな心の傷跡を残すだろう。

犯人がこれを面白がって起こしているのなら……卑劣極まる。俺は怒りをも感じる。

キヌさんも同じ思いなのだろう。あのキヌさんの表情が厳しく硬かった。

 

俺は折本に直接会わせてほしいと願いでる。

母親は本人が了承するかわからないと……

キヌさんが、私であれば霊障を治すことができると説得したのだ。

 

母親は折本の状況を治してくれる先生が来たと告げに2階の折本の部屋に説得をしに行った。

本来なら、俺たちはここで美神さんに事前連絡を入れるのが妥当だが、この件はキヌさんと俺に一任されているため、現時点では報告義務は発生しない。多分キヌさんのこの後の対応は、単に個人的な霊障改善ではなく、一連の霊障調査で派生した霊障調査協力として今回の件を報告に上げるだろう。その結果折本が霊障改善されていようともだ。そうすれば、折本家に金銭的な負担はないはずだ。美神さんが警察からGS協会、オカルトGメンから受け取った依頼料の範囲内となるからだ。

 

そして、折本の部屋をノックするキヌさん。

「入りますね」

 

「……どうぞ」

本来ならキヌさんだけで折本の部屋に入った方が良いのだが、霊視ゴーグルが無い現状では、かなり精度の高い霊視が行える俺が一緒に入った方が早く解決できる。

 

「……なっ!比企谷!!それに六道女学院の!!どういう事!!」

ベッドに腰を掛けていた折本は俺とキヌさん……特に俺を見て、勢いよく立ち上がり、顔を歪ませ、取り乱す。

 

【落ち着いて】

キヌさんは言葉に精神を安定させる言霊を乗せる。

キヌさんの言霊はかなり強力なものだ。精神感応系の霊能に、キヌさんの右に出る人は見たことが無い。

 

「……大丈夫だから、もう安心して。私は六道女学院の霊能科に通ってる霊能者でもあるの」

キヌさんはそう言って折本の肩を優しく抱いて、座らす。

その際もキヌさんは精神を安定させるために霊気霊力を折本に送り続けている。

 

「………比企谷はなんで」

折本は落ち着きを取り戻したようだ。

 

「……急にすまんな折本。俺も霊能者だ。ちゃんと資格も持ってる」

 

「え?比企谷が霊能者?」

 

「ああ、この前、お前の現状を気づけなくて悪かった」

 

「………」

 

「折本さん。よく聞いて、あなたが今不安に思っている事、自分が自分じゃない感覚は、霊障の一種の可能性が高いの。あなたが悪いわけじゃないわ。今こうやって、私と比企谷君であなたの霊障を調べて治すわ。だから協力してほしいの折本さん。あなたは目を瞑ってベッドに横になっているだけでいいの。痛い事もつらいこともないわ」

おキヌさんは微笑みながらやさしくそう言って寝かせつける。

おキヌさんはこの状態でも言霊を乗せ、さらに霊力を注ぎ込み精神を安定させている。

 

「……うん」

折本は素直にうなずいて、ベッドに横になる。

 

「比企谷君」

 

「はい」

俺は折本を霊視する。ごくわずかな揺らぎも見逃さないように霊的構造を上尸部分だけでなく全身くまなく視る。

 

「キヌさん。やはり資料にあった上尸部分に一部破損が見られます」

 

「比企谷君、正確にお願い」

 

「上尸、中葉下部感情を司る8番目の経穴です」

 

「……わたしも見えたわ。これならすぐ回復できる」

そう言ってキヌさんは霊気を集中的にその部分に注ぎ込む。

 

やはり何度見ても、キヌさんのヒーリングはきれいだ。霊気、霊力が澄み切ってる。

問題部分に絡みつくキヌさんの霊気、それをコントロールする霊力はもはや芸術といっていいだろう。

 

30秒ほどで、キヌさんは霊気・霊力を送るのを終える。

折本の霊的構造体は完璧に修繕されたのが俺の霊視で確認できる。

 

凄まじい能力だ……こんな短時間で霊的構造体をものの見事に修繕できるとは……

 

 

「折本さん、終わりましたよ。もう目を開けていいですよ」

 

「え?もう?」

折本は体を起こし、ベッドの脇に腰を下ろす。

 

「これで折本さんはいつも通りです」

 

「ありがとう……でも。よくわからない」

折本がそう答えるのは仕方がない。

折本の場合、感情のたがが外れるような感じだからな。直ぐには実感できないだろう。

 

「まあ、学校にでも行けば実感できるだろうが……」

 

「……ちょっと怖いな……私、クラスの子にひどい事言っちゃった。……比企谷にも……ごめんね」

俯き加減で力なく笑みを浮かべるが……俺に謝った折本は必死に涙を我慢していた。

 

「いや……」

俺は慰めの言葉が出ない。

見るからに辛そうだ。当然だ。折本が学校で築いた人間関係が壊れたかもしれないのだ。正常な状態では無いにしろ、自分の言動でだ。

今後、学校の生徒達は折本の状況をどれだけ理解できるかはわからない。精神病の一種だと思われるかもしれない。いずれにしろ、理解が薄い生徒達には色眼鏡で見られるだろう。

ただ、この事件が警視庁や政府がメディアを通じて、オカルト関連の事件であることを正式に発表すれば、一般的に認知され、折本の状態を理解してもらえるだろうが……今の所その動きはなさそうだ。

 

「……折本さん。こんなことがあった後で申し訳ないのですが、いくつか聞いていいですか?」

 

「……はい」

 

「折本さんのお母さんに聞いたところ、2週間程前から様子がおかしいとおっしゃってました。その頃、折本さんは何か新しい事や、いつもとは異なる事を行った。又は買い物やどこかに出かけたとかありますか?」

キヌさんも折本が今は答えられる状態では無いとわかってはいるのだが、これも仕事の一環だ。

 

「すみません……急には思い出せません」

 

「ごめんなさい。こんなことを聞いてしまって、何か思い出したら教えていただけませんか?」

 

「はい……」

 

「あと、すまんが俺とキヌさんがGS資格者であるのと霊能者であることは口外しないでほしい。一応今回の件は守秘義務が発生するんだ。親御さんには話してる。連絡先も親御さんに知らせてある。なにか思い出したらいつでも連絡してくれ」

 

「……比企谷……なんか、かっこいいね」

力のない笑顔でそういう。

 

「いや……まあ、しばらく休んでくれ」

「お大事に……」

俺とキヌさんはそう言っていそいそと折本の部屋を出る。

 

「……ありがとね」

背中越しに折本の声が聞こえる。

 

 

これからの方が大変なのかもしれない。

俺たちは折本の精神暴走を止めることができたが、それによって出来た深く傷ついた心を癒すことはできない。

 

 

この後、折本の母親に折本が霊障に掛かっていたことと、治療したことを説明する。

そして、折本の母親に2週間前の折本の言動に違和感を覚えた前後の行動について聞いたが、いつもと変わらないと言っていた。

何か気が付いたことがあれば連絡してほしいと告げる。

キヌさんから、霊障やオカルト関連の被害者が受けることができるGS協会が主催しているカウンセリング制度について説明する。バカ高い除霊料に比べれば世間一般的な常識範囲内の金額で受けることができるのだ。

施設的には、今の所、東京と京都にしかないのだが。

 

折本の母親は帰り際の俺たちに何度も頭を下げる。

 

 

折本の家から俺の家は意外と近かった。徒歩30分。自転車で10分ぐらいの距離だったためこのまま帰る事にする。

キヌさんは一度俺の家に来てもらって、横島師匠に車で迎えに来てもらうことにした。

 

「比企谷君……これ以上被害者が出ないように、頑張って解決しましょうね」

 

「……そうですね。……キヌさん。この事件、表面的には被害者は少ない様に見えますが、潜在的にはかなりの人数が居るんじゃないですかね。その精神暴走に程度の差があるんじゃないでしょうか。それと、もしかすると徐々に悪化するとか……。もう一度洗いなおした方がいいですね。美神さんや横島師匠にも報告して意見を聞かないとだめですね。大々的になれば、俺たちだけでは手が回らない」

 

キヌさんと自宅に帰ると、小町が夕食を用意してくれていた。

3人で夕食を取ることに……

小町はキヌさんにはかなりなついている。

小町がキヌさんに会う機会は少ないが……会うたびに俺は嫌味を言われる。

目が腐った兄じゃなくてキヌさんみたいなお姉ちゃんが欲しかったと……

俺もキヌさんみたいなお姉ちゃんが欲しい。……他の家族が冷たくても、きっと優しくしてくれる。

 

 

 





キヌさん大活躍回でした。

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