やはり俺がゴーストスイーパーの弟子になったのは間違っていた。 作:ローファイト
誤字脱字報告ありがとうございます。
今回、長くなったんですが、2回に分けることができませんでした。
ということで続きをどうぞ。
週末の土曜日。
約束通り、雪ノ下と由比ヶ浜とキヌさんとの、精神暴走事件の意見交換の場を設けた。
場所はキヌさんの部屋。……要するに美神令子除霊事務所の3階だ。
元々、俺とキヌさんが事務所で精神暴走事件の打ち合わせをする予定の日だった。
キヌさんの提案で、その日に2人とも話しができればということで……
そのことを2人に伝えると雪ノ下と由比ヶ浜は二つ返事で了承してくれた。
「東京の一等地にこんな土地があるのね。流石。全国長者番付で名が出てくる資産家美神令子の事務所ね」
雪ノ下は事務所を見上げてそんな感想を漏らす。
そんなに金もってるんだ美神さん知らなかった。そういえば、全国に沢山別荘持ってるとか言ってたな。泊りがけの仕事の時、一度別荘の一つにとまったな。かなりゴージャスだったんだが。なんか管理人さんとかいてたし。そんなに金持ってるなら俺の給料をもっと上げてほしい。
まあ雪ノ下も人の事は言えないが、雪ノ下の父ちゃんも資産家だろ、千葉の資産家ランキングで毎年3位以内に名を連ねているのは俺でも知ってる。
「ほえー、この建物が全部事務所なんだ。なんかレトロな雰囲気が良い感じだね。ゆきのん」
由比ヶ浜も目を丸くしていた。
「入るぞ」
建物の玄関に2人を促す。
すると建物から無機質な男の声が響く。
『女性2名を確認、霊的脅威無し。結界内に通過させてよろしいですか?』
「そうだ。人工幽霊、俺の知り合いだ。雪ノ下と由比ヶ浜だ」
『了解しました。霊気パターンを登録します』
「え?ヒッキー誰かいるの」
「………」
由比ヶ浜は急な声の主に驚き、周りを見渡すが誰もいないため、俺に恐々聞いてきた。
雪ノ下は何故か俺の真後ろにピタっと付く。
「この建物に憑いてる人工的な幽霊らしいが俺も詳しくは知らない。この建物のセキュリティを管理してる」
正式な名前は渋鯖人工幽霊壱号、俺もこの事務所に来たての時には驚いたものだ。
「ゆゆゆ、幽霊?」
「………」
由比ヶ浜は驚き、俺の腕をつかんでくる。
雪ノ下も何故か無言で俺のコートの後ろ裾を掴む。
「まあ、気にしないでくれ。超優秀な管理人がいるとでも思ってくれればいい」
『初めまして、渋鯖人工幽霊壱号と申します。あなた方を歓迎いたします』
「なんか良い人っぽい?驚いてごめんね!し…さば!サバッチ!」
由比ヶ浜……順応力高すぎないか?しかも、もう変なあだ名付けてるし……
「……雪ノ下です」
雪ノ下は俺の後ろで恐々自己紹介をしていた。
エレベーターに乗り三階で降りる。
廊下を少し歩くとキヌさんの部屋に到着。
そういえば、キヌさんの部屋の前まで来ることはあるが、中に入るのは初めてだ。
「ごめんね。遠いところまで来ていただいて、上がってね」
キヌさんは笑顔で俺たちを迎えてくれた。
「こんにちは、今日はお世話になります。大したものでは無いのですが」
そう言って雪ノ下は持参したお土産を渡す。
流石だな。こういうところはキッチリしてる。
「わあ、綺麗、お邪魔します」
「お、邪魔します」
由比ヶ浜と俺は雪ノ下に続いてキヌさんの部屋に上がる。
実は俺がこの中で一番緊張してるのかもしれない。あのキヌさんの部屋だぞ!男だったら緊張しない方がおかしい。
スリッパを履いてリビングに通される。
中は今風に綺麗に内装されてる。そういえば、俺が事務所に入る頃に改装したって聞いたような。
間取りはどうやら2LDKの様だ。一人で住むにしては広そうだ。家族で住んでも問題なさそうな広さはある。まあ、雪ノ下の部屋よりは狭いが、あそこは一軒家の俺の家よりも広いしな。
「そこに座って待ってね」
そう言ってカウンターキッチンに入るキヌさん。
俺たちはリビングの真ん中に位置する床直置きのソファーに座った。
「ゆきのん家と同じで物をあまり置いてないし、すっきりして綺麗だね」
「そうね。氷室さんとは共感できそうね」
2人はそんな感想を漏らしていたが、俺は落ち着かない。年頃の女子の部屋に今いるのだ。しかもキヌさんの部屋だ。雪ノ下の家に上がった時も落ち着かなかったが、あの時よりも更に落ち着かない。なんか良い匂いがするし……
「ヒッキーは、その……絹さんの部屋によく来るの?」
「いや、初めてだ」
「そ、そうなんだ」
なんでそこで嬉しそうなんだ?由比ヶ浜は。
1年半以上事務所に通っているが今回が初めてだ。まあ、キヌさんの部屋に呼ばれる理由がないしな。
「美神令子さんも、ここに住まわれているのかしら?」
「そうですね。美神さんはここの5階に住んでますよ。ご飯はほとんど美神さんの部屋のキッチンで作って、一緒に食べてますね」
雪ノ下の質問に、ちょうど紅茶セットを持ってきてくれたキヌさんが答える。
「へー、仲がよさげ」
「そうですね。美神さんには良くしてもらってます。シロちゃんとタマモちゃんもこの事務所に住んでるんですよ」
紅茶のカップを用意して、それぞれに注ぎながら答えるキヌさん
シロとタマモは昔は、俺とか横島師匠が宿泊室として使ってる屋根裏部屋に、一時的に2人同じ部屋に住まわせてもらっていたそうだが、今はキヌさんと同じ3階でそれぞれの部屋で暮らしてる。
二人の部屋には1、2度程行ったことはある。キヌさんの部屋と凡そ同じくらいの広さはあるだろう。ただ、シロもタマモの部屋も和室が主体だったと記憶してる。シロの部屋は女の子の部屋という感じが全くしない。なんて言うか武士?物も殆どないしな。タマモの部屋には本棚を組み立てるのを手伝ってやるために入ったことがあるが、本をかなりかき集めていたな。一部屋が丸々書庫になっていた。うらやましい限りだ。後3階には従業員の居住区以外に事務所の書庫がある。美神さんが集めたオカルト関係の本が山ほどある。美神さんはああ見えて勉強家だ。なんか呪いの本とかもあって金庫に厳重に封印されてるものもあった。
そういえば美神さんのプライベートルームは入ったことはないな。5階丸ごとだから、相当の広さがあるはずだ。たぶんゴージャスなのだろう。
まあ、横島師匠は頻繁に覗きや、下着泥で侵入してるようだが……よく警察に突き出されないな。
そういえば、人工幽霊は横島師匠を止めないのだろうか?
「絹さんは、一人暮らしなんですか?」
由比ヶ浜は部屋をキョロキョロと見まわしながらキヌさんに質問をする。
「そうですよ。東北の実家に両親とお姉ちゃんが居るんです。美神さんと横島さんと一緒に仕事がしたくて、今はここで一人暮らしですが、美神さんやシロちゃん、タマモちゃんが一緒なので、一人っていう感じは全然しないですね」
キヌさんは学校が夏休みとか春休みとか長期休みの際、キヌさんは実家に帰ってる。その間、美神さんのプライベートルームがかなり汚くなるらしいが………こっちに帰ってきたキヌさんにいつも美神さんは注意されてたな。
……そういえば、キヌさんがここの事務所に働くことになった経緯をしらないな。
横島師匠と美神さんの出会いは知ってる。
横島師匠は俺と同じで、最初は霊能者じゃなかったらしい。
美神さんの色香に迷って、強引に師匠の方からアルバイトを買って出たらしい。
それで霊能も何にもない、若さとスケベだけが取り柄の横島師匠は時給250円の荷物持ちしていたと……まあ、この情報は横島師匠本人と師匠の友達のタイガーさんからの情報だ。
ん?そういえば、横島師匠どうやって、霊能を得たんだ?……何か言っていたような。バンダナがどうのこうのとか、試験がどうのこうのとか、姫様がどうのこうのとか……まあ、どうせ、とんでもない理由なんだろうが、そのうち聞いてみるか。
今から思えば、美神さんは俺と同じ後天的に霊能を得た横島師匠に同じ境遇だからと面倒を見させたのかもしれないな。
「……姉と両親」
雪ノ下はつぶやく。
「ゆきのん家といっしょだね」
「氷室さんのお姉さんやご両親も……その、霊能力者なのですか?」
雪ノ下は躊躇したような顔をしてから、一呼吸おいてキヌさんに聞く。
「そうですね。実家の氷室神社は起源が陰陽師の古い神社なので、代々霊能力者の家系なんです。両親は霊能は霊を感じる程度の微弱なものでが、お姉ちゃんは霊能が高いんです。地元の大学に通いながらイタコ巫女として、神社の巫女をしてます」
「そうなんですね」
雪ノ下の表情は少し影を落とす。
まあ、そうだな。
雪ノ下の家系も一応、血は薄まっているとはいえ、土御門が源流の陰陽師の家系だ。家族は両親と姉一人。
一方のキヌさんも同じく陰陽師の家系の神社出身で、両親と姉がいる。家庭構成はそっくりだ。
しかし、キヌさんのお姉さんも霊能が高いらしい。キヌさんは言うまでもない。姉妹揃って霊能力が高いのだ。しかし、雪ノ下の家は、姉の陽乃さんは優秀な霊能力者だが、妹の雪ノ下自身が霊能力者として恵まれなかった。そこに大きな違いがある。
この話を聞いて雪ノ下も思うところがあるのだろう。
霊能の家系ではない、俺や由比ヶ浜にはピンとこないが……ただ、霊能があったとしても、あの土御門の次男、数馬のように劣等感にまみれる結果になったかもしれない……。一概に霊能を得たとしても、霊能力者の家系では色々あるだろう。
そんな会話をこの後も少々した後、本題に入る。精神暴走事件の件だ。
「今、千葉限定で中高生で大々的に流行ってる事や、皆がやってる事を挙げてくれ」
前に雪ノ下と由比ヶ浜に聞いた質問と多少ニュアンスが変わってきている。
潜在的に精神暴走事件の被害者が多いだろうということを見越しての質問だ。
女子3人はいろいろとネタを上げるが、ほとんどが由比ヶ浜がしゃべっている。
雪ノ下はあまりこの辺の話は得意じゃないのはわかっていた。
キヌさんは千葉在住ではないため仕方がない。
千葉限定プリクラや千葉市にある中高生に人気なショップなどが挙がってきてる。
やはり、スマホアプリ系の物も多い。
全国的な有名なコミュニティーサイトやショッピングサイトも、千葉在住限定とか中高生限定キャンペーンとかも結構あるらしい。
項目的には千葉限定で中高生で皆流行ってと、一致することが多いが、ただ、スマホアプリやサイトから、霊的構造を破損させるような話は聞いたことが無い。
由比ヶ浜は楽しそうに話してるのに対し、この手の話にあまり発言ができない雪ノ下は、なんだか申し訳なさそうな表情をしていた。
そんな雪ノ下にキヌさんが由比ヶ浜の話を系列別に書き並べてほしいと、ノートとペンを渡す。
雪ノ下の表情は和らぎ、聞き手に徹し、言葉足らずの由比ヶ浜の話に質問や言葉の意味を聞きながら、ノートに項目別に綺麗にまとめだした。
流石はキヌさん。よく見てるな……俺ではこういう対応はできない。
しかも、俺もこの手の話は苦手だから、俺も殆ど発言してないが……
休憩を挟みながら、2時間半ぐらい経った頃。
美神さんがキヌさんの部屋にやってきた。
どうやら、様子を見に来たらしい。
雪ノ下は無難な挨拶をする。
由比ヶ浜は緊張した面持ちで、自己紹介をするが舌を噛んでいた。
美神さんは超有名だしな。
美神さんは雪ノ下がまとめたノートを手に取り。
「ふーん。わかりやすく綺麗にまとめてあるわね。なかなかやるじゃないあなた」
雪ノ下は褒められて素直にうれしかったのだろう。それが表情に若干出ていた。
美神さんはそう言いつつ。別角度からのアプローチについての話しをし、この輪に入っていく。
よく考えると、美人美少女がこの空間に4人……そこに俺一人。いよいよもって俺は落ち着かなくなった。
そこに、タマモとシロまで来る始末……
まるで女子会……いや、女子会とか行ったことも見たことも無いからわからんが、たぶんこれが女子会なのだろう。
もはや俺は空気と化する。
俺の居場所はこの場に完全になくなった。
この場に居づらくなり、外の空気を吸ってくると告げ、キヌさんの部屋を出る。
そういえば、屋根裏部屋の宿泊室の冷蔵庫にマッ缶のストックがあったな。ちょっとリラックスと……
俺はエレベーターへと向かうと……
エレベーターの前に横島師匠が紐でぐるぐる巻きにす巻きにされ、転がってた。
しかも、ところどころ廊下は血で汚れてる。
「……何してるんすか?」
そんな横島師匠に俺は冷静に対処する。
「ゴモゴモゴ!!ーーーぶはーーー!!あの女!!俺が何をしたって言うんだ!!」
さるぐつわを自ら歯で引きちぎり、す巻き状態のまま叫ぶ横島師匠。
美神さんにやられた事は確定してる。
だいたいなぜこんなことになったかもわかるけどな。
「……キヌさんの部屋にちょっかい出しに来たんじゃないですか?それがバレて美神さんにやられたんじゃ?」
「ギクッ……な、何を言ってるんだ。は、はーちまん。はっはっはー」
……ギクッとか言ってるし、目は泳いでるし、バレバレなんだが。
「美神さんに邪魔しないように言われたんじゃなかったんですか?」
「3階の廊下の掃除に来ただけなんやーーー!!」
「………掃除道具はどこに?」
「ピューピュー」
わざとらしく口笛を吹く横島師匠。
なにそれ、誤魔化しになってないぞ。
「八幡!俺は八幡の事を心配してきたのだ。美少女達の色香に迷って、少年誌で言えないような、あんなことやこんなことをしていないかと、師匠として責任もって見に来たのだ」
今度は真剣な顔になり俺にこんなことを言ってくる。
「……するわけないでしょ」
「あああ!!八幡だけずるいぞ!!密室で美少女とイチャコラするなんて!!横島も混ざりたい!!」
本音が漏れたか……しかし、この師匠。キヌさんには絶対手を出さないくせに、由比ヶ浜と雪ノ下に手を出すつもりなのか?……俺はいつもだったら、くだらない雄たけびをスルーするのだが、キヌさんの顔を見た後だからなのだろうか、ムッとしていた。
「……ふう、何がしたいんですか?キヌさんと二人っきりになっても、手を出さないくせに!このヘタレ!」
「八幡が言うか!!お前だって!!あの二人に手を出さないじゃないか!!」
「はぁ?あの二人は部活仲間であって、そういう関係じゃない。キヌさんはあんたに明らかに好意を持ってるじゃないか!」
「ああ!?そのまま、そっくりその言葉を返してやるぞ八幡!!」
横島師匠はす巻きの状態で器用に立ち上がり、俺と顔を突き合わせお互い威嚇する。
「ぐおっ!」
「かぺぺぺ!」
しかし……突如として俺の後頭部に強烈な衝撃が襲い。俺はその場で床に倒れる。
目の前の横島師匠も靴が顔面に突き刺さり、床に倒れた。
「あんたらうるさい!!ケンカなら他所でやれ!!」
美神さんの怒声が廊下に鳴り響き、バタンと扉が閉まる音がした。
どうやら、美神さんに靴を投げられ、後頭部にクリーンヒットしたようだ。
もちろん、ただの靴じゃない。靴はただの靴だが、美神さんの攻撃的な霊気が通った靴だ。
そんじょ、そこらの悪霊や妖怪ならば一撃で蒸発する威力だ。それを俺たちが死なない絶妙な力加減で放ってくる。そこが美神令子の恐ろしいところだ。従業員は生かさず殺さず……
横島師匠は靴が顔面に突き刺さったまま、血がどくどく出てる。
俺は後頭部に靴がヒットして、美神さんの霊気が体に回り、スタン状態に陥っているが、まだ普通の状態だ。……人の顔面に靴が突き刺さるってどういう状況なんだよ。しかもそれで生きてるし……
しばらくすると、横島師匠の顔面に突き刺さった靴がスポンと抜け。
「……八幡。おキヌちゃんに手を出したらどうなると思う?」
床に倒れたまま俺に話しかける。
「……確実に殺されますね……美神さんに」
俺も倒れたまま答えた。
「だろ?」
「でも、キヌさんから……」
「おキヌちゃんは妹みたいなもんなんだ……」
「それが本当の本音っすね」
「…………」
「キヌさんの方から明確に告白されたわけじゃないんですよね」
「……そうだな」
「なら、仕方がないっすね」
「…………」
横島師匠は苦笑していた。
横島師匠とキヌさん。この二人に何があったんだろうか?
キヌさんが横島師匠に告白できない理由が……実はキヌさんも氷室家で親が決めた許嫁がいるとか……。
それとも横島師匠に恋人がすでにいる?……いやそれはないか。
この後、美神さんは俺たちの事をすっかり忘れていたようで、床に転がってる俺たちと顔を合わせた「あんたらそんなところで寝てないで、事務所で食事ができるようにとっとと用意しなさい」なんて言ってきた。
事務所の面々と雪ノ下、由比ヶ浜を交えて、4階の事務所で夕食をとることになったようだ。
おキヌちゃんが幽霊だったことを
知らせてません。
八幡を信用していないとかではなくて、
ただ、話すタイミングが無かった。
まあ、あんなちょっと、アレな話ですからね。なかなか話しずらいとは思います。
タイガーの存在確認w